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家族で朝からぶどう狩り。なんかギクシャク。疲れがたまっている者同士なのでしょうがない。午後からセンターに。Goebbelsの原稿書き。次に、たまっているコラム書き。うーん、いまいち。自転車を回収して、帰宅。家に着くのは何時かなぁ。
September 30, 2007
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札幌起床。早朝のバスに乗って、新千歳空港へ。バスがついた時点で、お土産を事務所に忘れたことに気がつく。がっかり。賞味期限も切れるので、事務所の皆さんで食べてください。飛行機、電車と乗り継いで、最寄の駅に。天気は雨。北海道が涼しかったので、蒸し暑い。家内のお迎え。帰宅。取り敢えず、荷物を片付けて昼食。振込みしたものが振込みされてないような話に。納得できず。地味な書類がたまってる。めんどくせぇ。取り敢えず、お昼を食べる。家の昼食が一番いい。わくわくセンターに出勤。スタッフの連絡用のBBSがクラッシュ。最低限のデータを救出。後は地道に作業。Goebbelsの原稿を一つ書く。結構疲れた。明日にすることにする。あと、コラムも書かなきゃなぁ....。結構しんどい。帰って寝たい。無理やり働いちゃいかんね。
September 29, 2007
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朝、一度、今日泊まるホテルに荷物を置いてから出勤。それでも職場一番乗り。まずは、10月イベントの配布物の送付調整。いらしていただいた方に無料で当たるプレゼント。あとダラダラすごす。久々に講師業。本業的内容。うん、大人相手に起業の心構えを語るのは気楽。だって、起業しようがしまいが俺のせいじゃない。もっと言えば失敗して沈没しようが知ったことではない。とはいえ、起業万歳は言わない。打ち合わせは少しヒートアップ。実はこの話に喰い付くほうが企業人としては健全。この爺が一番企業家の素質あり。この人がこのプロジェクトの継承の社長しないかなぁ。事務所戻り、だらだら雑談。飲みにも行く。たまにこんな日があってもいいか。
September 28, 2007
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早朝出勤。PPTの出来上がりがいまいち気に入らない。クリップアートを心行くまでダウンロードして、PPTを整形しなおす。10月のイベント電話を一本。バタバタしすぎ。お昼を食べて、NPOの修正報告をして、雑談。PPTを完成させる。岩見沢に行く前に、少し買い物。これでいいかなぁ。お買い得だしいいか。岩見沢に行って、グローカルベンチャーの社長に少し営業。後、雑談。なんというか、自分は「さなぎ」の時期なのかなという気分。無理して殻を割っても腐っちゃうから、ちゃんとさなぎでおりましょう。でも、この社長と喋っていると雑談でも鏡のように、自分の心が映る。主題の力仕事。懐かしい部材を見る。起動をしっかりして、完了。そのあと、岩見沢のF氏と、そば屋で夕食。ここの蕎麦はいつ食っても旨い。札幌に戻る。少し早めだけれども就寝。明日の講師は大丈夫かな。
September 27, 2007
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早朝出勤。PPTのクリップアートをガリガリとダウンロード。結構いろいろある。たのし。PPTの制作に熱中。その間に、H嬢らに再度、NPO申請書類の改修にいってもらう。再提出なのに原本は返さないとはこれいかに。郵送関連物が少なくないので、急ぎ修正。多少不恰好だけど知らん。まぁ、こんなもんだろう。もう再提出時には愛知に戻っているので、改修された書類の取り扱いをH嬢にひと通り指示。PPTの仕上げ。まぁ、言いたいことは他にもあるけど、こんなもんだろう。それ以上言ってもたぶん消化不良になるだろうし。勤務終了。今回はじめての職場飲みってことで、H嬢とそばの焼鳥屋で死ぬほど食う。ホテルに戻って就寝。
September 26, 2007
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相変わらずの早めの出勤。パワーポイントの製作にかかる。今ひとつ気に入らない。話の流れはこれで収めちゃおうと決めているものの見せるパーツが不足。でも、明々後日には使うんで急がなきゃ。朝のミーティング、変なお菓子とジュースでみんなで気晴らし。書類修正の呼び出しの対応をH嬢らに託す。が、速攻戻り。先方の担当者、風邪。変な客が来る。勘違いオルタナティブ。1時間ほど無駄になる。&テンション下がる。PPTを作る気力なし。ノートPCを持って早めのホテル戻り。いまいち、良い絵がない。というか、ネットワークがつながらないので、効率悪い。内容を完全に固めた後に寝る。後は絵をはめたり整形したりするだけのはず。
September 25, 2007
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のんびり起床。急ぎでやれることも少ないので、少し気分が好転した分だけ、作業をする。チェックアウト後はホテルのロビーで、PCの作業。公民館長がお迎えに来る。別人のルックス。びっくり。相変わらずのブレスト。いつも視点と視界が広がる。社員の自殺に鈍感な労組・本社・社長。デジタルデバイドの本質はコミュニティデバイド。アマチュアコミュニティがプロ市場の成長に不可欠。日本が弱いのは何であれアマチュアがいないこと。アマチュアは文化や教養の源で、社長の教養はアマチュアリズムの有無。本当の地域活性化は、地域に住む人の活性化。一個一個がコラムのネタになりそうな感じ。時間を見て頭で練っていこうかな。あとは、謀反の話。起こすことを期待。適当な時間になったので、駅に送ってもらう。あとは、事務所に行って荷物を置いて、荷物を持ってホテルに行って、洗濯をして寝るだけ。あ、晩御飯も食うか。
September 24, 2007
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美深で起床。時間になったので、特急で再び旭川へ。早い時間についてやることが無いので、一度降りて、乗り換えて、深川に行く。ここは、10歳のときに住んでいたところ。昨日の美深が20年ぶりなら、ここは25年ぶりのところ。とはいえ、中学生までは時たま友達のうちをたずねて遊びに行っている。しかも自転車で。確か1時間30分ぐらい漕ぐと着く。たしか、自転車ではじめていったときは親をたばかって行ったんだよね。連休の日に、道中にあるカムイコタンのSL見に行くって言って、親があとからいくはって言って、その公園を過ぎて、そのまま自転車で快走してみたんだよなぁ。でも、友達の親が親に電話して、ばれちゃうし。何というか、勝手に買い物してきたうちのチビにそっくり。あいつが勝手にどっか行くのは血だな。でも、親の心子知らずとはよく言ったもんだ。さぞや親も心配したろうなぁ。SL公園行ったらいないんだから。で、深川に着く。駅舎は昔ながら。駅前ががらりと変わっている。びっくり。なんか、通りが一個消滅している。昔住んでたあたりにいけんじゃん。祖母が入院していた病院は健在。で、自宅周辺に行くと、巨大な屋内プールに変貌。なんだか驚き。通学路がいまいち分からない。ひたすら歩く。結構遠い。これを毎日通っていたんだな。通学路の途中の簡易裁判所に到着。塀が低い。建屋が小さい。塀の上には相変わらずトンボが止まってる。ここのトンボ、よく虐殺したなぁ。簡単につかまるんだよね。片っ端から捕まえて地面にたたきつけて殺すの。ろくでもないことをしてたもんだ。裏に行くと、整備されて無い芝生。懐かしい。この芝生で遊んで遅刻したんだよね。学校はいつも友達を適当に誘って、早朝から行ってたんだよね。学校到着7:30とかざら。で、そのときも早くって、その芝生で友達と遊んでたんだよね。なんかタンポポをひたすらクビチョンパしていたような気がする。で、気がついたら、昼近く。もう、遅刻なんてレベルじゃない(笑)まぁ、何も考えてない馬鹿っぷりですな。小学校5年生でこれじゃぁねぇ。うちのチビの行動様式にそっくりだ。子供怒る資格は無いわ。まさに「子供叱るな来た道だ。年寄り笑うな行く道だ」ですな。やれやれ。で、そこの道路を渡ると学校、のはずが跡形も無い。学校教育の施設が、巨大な社会教育の施設に変貌してました。自宅といい学校といい、思い出がかなり詰まったものはこの深川では抹殺されておりました。落語を読むようになったのもこの小学校のときなんだよね。あと、ゲームっ子になったのもこのころだし、いろんなものを作る癖がついたころなんだよね。しょうがないので町を散策、ぽつぽつと記憶にある建物もあるけどあんまり愛着無い。ゲーセンとかおもちゃ屋が無いよなぁ。しばらく歩いてよく見ると、外装が変わっているだけで、結構昔からのものもある。よく見ると、SLGを買いに行っていたおもちゃ屋は健在だし、通ったプラモ屋も生き残っている。お年玉握り締めて買い物言ったよなぁ。そうしてみると結構変わっているようで、変わっていないのかも。適当なところで、旭川へ。ホテルにチェックインして、ダラダラすごす。ご飯食べてねよっと。
September 23, 2007
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岩見沢起床。大正時代の古い建物の横を抜けて駅へ。久しぶりに美深に。特に用事は無い。美深町自体は、中学2年後半から3年のときすんでいて、中学卒業後も友達の家に遊びに行ったり、それこそ放送局時代は番組をつくりに訪問している。それでも、23の時の話なので、十数年ぶり。でも、考えてみれば、住んでいた周辺や中学校や通学路周辺は、中学卒業後まったく行ってない。こう考えると丸20年ぶりにそういうところを見たい気分になった。なので、チョウザメとか井上食堂とか美深の松山湿原とか普通の観光は却下。いつも乗るので旭川までは何のことは無いのだが、さすがに旭川より北の車窓の風景はなんだか気になる。でも、眺めてみるとずいぶん印象が違う。なんだか、宗谷本線を走っている印象は、常に夜汽車。当時は旭川でぎりぎりまで遊んで夜に美深に帰るわけだから、当然の印象かもしれない。でも、今日は朝のさわやかな風景。おまけに、当時走ってない特急での移動なので、風景の印象がさらに違う。駅に降り立ってみる駅前の風景は、駅舎が新しくなっても、僕の印象は常に猛吹雪。だって、はじめて美深に降り立った日が吹雪いていたし、卒業して引っ越す日も吹雪いていた。駅を背にしてみる駅前の通りはそれほど変わっていない。それに、23のときに再度訪問済みだったりもする。で、駅を背にして左に。家のあったところだ。何ときれいな公園に整備済み。管理は指定管理者制度で。しかも周辺の住宅も結構新しくなっている。中学校に向かって歩いていくも、なんだか記憶と風景が一致してこない。でも、道は正しく歩ける。なんだか、川も道も異常に広く感じる。拡幅工事でもしたのかという感じ。でも、そういう形跡は無い。とりあえず、中学に行く途中の神社に。親と合格祈願に行って、しっかり不合格。そのときの自分としては、かなり心の中でここの神様のことを罵った。けど、今となっては、あの不合格があればこそ、この自分がいる。それに、ものすごくここの町を嫌っていたけど、自分の人生の転機にこの町はかかわっている。それも、そのときは禄でもないなぁと思うことばかりだけど、どれも、終わってみると「雨降って地固まる」的な事件。おまけに、結婚前に今の家内と僕をつなぎ続けてくれたやつは、ここの町で知り合った友達。子育てSOHOになりたいと思った心の原点も、ここの町。あと、共産主義者だったのが自由経済主義者になったのも、ここの町。今となってはここの町の神様を罵ったのは悪かったなぁと思っている。ここの土地の神様の20年先を見た計らいなんだなと思うので、とりあえず、謝ってくる。中学校を見る。中には入らないで、遠巻きに。思えば嫌な生徒だったよなぁ。本当にあのころは、嫌々生きていた気がする。あと、街中をぐるぐる歩く。だんだん記憶とシンクロしてくる。何のことは無い、内地で狭い道ばかり見ているので、道が広く感じただけだ。懐かしい書店に入る。ここの書店で、星新一の「ノックの音が」を購入したのが、多読人生の始まり。その前から本はよく読んだけど、フィクションをよく読むようになったのはこのときから。それまでは、落語と科学書とノンフィクションしか読まなかったんだよね。気が向いたので、また手ごろな小説を買ってみる。昼飯は、子供のころ、兄貴が帰省したときに親が喜んで連れて行ってくれたお店。山女魚の天ぷらを食べる。お土産を購入して、時間が早いが旅館に。たぶん電話を掛ける労を厭わなければ、誰か彼かに会えるんだろうと思うけれど、なんとなくパス。なぜか、宿泊するところは神社の目の前。宿でちょっと休憩して、また外出。町を一周。徒歩で。うん。この田舎が嫌だったんだよな。といっても、あのころ都会から来たような気でいたけど、今思えば、あの程度は「田舎→田舎」の転校。で、この年になって町を一周したら、田舎の尊さがよく分かる。うらやましい。街中のラーメン店でラーメンとビールで夕食。意外においしい。あのころ、美深でおいしいと思って食事した記憶は無い。曲がった心じゃ美味しいものもわかんないんだよね。日が暮れてホテルに戻って、読書。少し心のリフレッシュになったな。一族の原点探しも大事だけど、自分の原点探しも大事だよな。
September 22, 2007
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朝から岩見沢出張。本題のシステム調整は前提条件が変わったので、あっという間に終了。時間が思いっきり出来たので、久しぶりにNPOの事務所に顔を出す。一応理事なんだよね。いやぁ、すごい攻めのNPOになってました(笑)2本柱の収益源でがりがりと攻め立てて、自律回転どころの騒ぎじゃないです。新潟行くわ幕張行くわ。果ては愛知上陸のネタ作れとまでくる始末。いやいや、こりゃすごいわ。成功事例です。はい。理事としては何にもしてないけど(^^;夜は、このスタッフたちに理事長とともに、飲み会という名の無能ぶりのつるし上げ会に行くことに。いや、痛いっす....。
September 21, 2007
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早起きのしすぎ。AM2:50起床。大学に行くも、早すぎでセキュリティサービスが来る。片づけしたり、友人のBLOGで出ている変なサイトで遊ぶ。定時になって、銀行めぐりとチケット確保めぐりに出る。帰ってきてから、打ち合わせ。隣の建物。来週の講師の話。ついでに同じ建物の前の仕事の方のところに訪問。大変そうだねぇ。事務所に戻る。残務整理。ホテル戻り。明日は岩見沢。
September 20, 2007
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なんだか巷で、鉄道会社での日勤教育ってのがもめているようで。なんでも、運転手に草むしりさせるのはいけないことなんだそうな。と騒いでるそうな。バカか。運転手は運転しかしねぇとか言ってるんだったら、社会人失格だろうが。余剰人員騒ぎの時にも「トイレ掃除させられた。苛めだ」「草むしりやらされた。苛めだ」ってのがあったけど、普通に考えろ。自分の周辺の職場環境をきれいにするのは、社会人として当たり前の行為だろうが。草ぼうぼうの環境で視界不良で作業ミスでも起こしたほうがいいってか?お客に汚いトイレ使わせて不快感を覚えられた方がいいってか?俺的には社会人の癖に職場の草むしりやらされたって怒る奴の気が知れない。草むしりやトイレ掃除を、懲罰として課すほうの感覚も変だけれども、課されたほうもそんなことを訴える方がどうかしてる。小学生の忘れ物のおしかりじゃないだろ。そんなことを当たり前に全社員が普通にやっていない鉄道会社のほうがおかしいし、それを懲罰だと騒ぎ立てる連中もかなりおかしい。職場の草むしりやらトイレ掃除ぐらい、懲罰だとかいわれてやる前に普通に毎日やれ。それが社会人の当たり前のエチケットだ。こんな報道見て「にっきんきょーいくってひどーい。じこもおこるよねー。おとなしゃかいのいじめだよねー」なんて寝ぼけたこというな。これは苛めうんぬん以前。むしる草が残るほど、普通の職場改善をしていない鉄道会社の社員のが「社会人失格」というだけの話。
September 20, 2007
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朝、昨日の呑みが効いたのか、朝がきつい。急いで出勤。打ち合わせかと思ったら打ち合わせの開始時間は遅くなる事に。講師業の料金合わせの電話の対応。そうこうしているうちに打ち合わせ。打ち合わせ終了後、ちょうど待ち人来る。NPO申請書類渡す。渡した後、雑談の続き。本学って迷走するなぁ。夜になって、偉い人を抜きにして晩御飯。狸小路のはずれのラーメン屋でラーメン。ホテルに戻って即就寝。凄い早い時間。
September 19, 2007
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なんか、昔の青年の主張チックな恥さらしのシリーズをやってみる。で、昔、以下のコラム書いたんだよね。http://www.fsinet.or.jp/~mfuna/syakai/hihyo3.htmたぶん、書いたのはちょうど今から10年前くらい。で、いまさらこのコラムを書いたなぁって思い出した理由は、ニュースで子育てに関する検定をどっかのNPOがするという話を読んだから。検定という点を除けば応援したいなとは思うので、そのNPOの名前等は伏せておく。この記事を見たときに、なんだかなぁと思ったわけだ。実際に子供を育ててみれば誰でも判ると思うけれど、子育てにランクもなければ、ペーパーテストで身につく知識ってのも限定的。変な話、ちゃんとした子供を見る資格として、保育士と言う資格もあるのでこれに準じてやってくれればそれほど問題もないと思う。僕としては、にもかかわらず何で独自の検定がいるんかいと思うわけだ。で、驚いた事にネットで検索すると、子育て検定と名のつくものがあるわあるわ。幾つかやってみたけど愚にもつかないものばかり。どのブランドおむつがいいかを答えろだの、抱っこ紐の名称を答えろだの馬鹿馬鹿しいものやら、子供と遊んでますか的な検定にすらならないもの、加えて、個々人の勝手な子育て感の押し付け的なものまで。なんじゃこりゃってかんじ。以前、コラムに書いたアンケートも酷いと思ったけどもっと酷いそもそも、面倒を見るべき子供がいない状態で、そんな偏った検定だけで良い点を取って、「僕は子育てエキスパートです」といわれても良いメイワクでしかない。そんなやからと結婚して子供を任せれない。少なくとも僕は。大体そんな都合の良い紙切れと同じようには子供は成長しない。保育士でもとって、実務経験でも踏んでくれればまた別だけど。こういうマニュアル子育てがこれほど批判されているのに、まだ皆マニュアル欲しいですか。いいかげん目を覚まして、マニュアル暗記して旨くやろうなんて発想は捨てて、まじめに子供と向き合ってくれればいいだけなのに。僕には、そんな検定を受ける輩ってのは、外目を気にして何処までも身勝手な大人にしか思えない。まぁ、もともと下に書いたみたいに資格大っ嫌いなので、この前降りは割り引いて読んでいただければと思いますけど。----------資格は必要か?何やら最近、いろんな資格の御勉強をしている人が、満員電車の中で目に付く。で、いつも思うのだが、資格って役に立つ人がどれくらいいるのだろうか。まあ、取り合えず情報何種とかいうのは、会社によっては持っていると給料が増えるというのがあるらしく、現実的な金銭として役に立つだろう。そういうの以外で、役に立つことってどれくらいあるんだろうか? たとえば学生さん。就職に役に立つとかいって、いろんな資格とるけど、本当に役に立ってる?場合によっては職を決めるのに役に立つかもしれないけど、その後のことって考えてる? 今、あまりにも、役に立たない資格が多いのではないか?また、資格がうたっている実力と、資格所有者の実力が、あまりにも違いすぎるのではないか?どの資格がどうとはいわないが、(そんな事言えば、高卒ほど、同一の資格で資格所有者の違いが大きいものもないでしょうし、いわゆる普免もそう)そんな資格を持っているといっても逆に迷惑、ペーパーだけでそんな資格とったって、実務は話が違う。そんな資格所有者、使う人も困るだろうし、使われる人も資格があっても実力がないのだから、悲劇としか言えないことも起こりうるだろう。 そんな人がいるばかりに、実力のある資格所有者が、「あの資格って役に立たないから」というレッテルを貼られてしまい、これまた迷惑を被るかもしれない。 結局中身の伴わない資格は、資格としての価値がないばかりか、いい迷惑となりかねない。資格を与える方も、試験で単純に資格を与えるのではなく、何らかの実力評価で、資格を与えるべきであろう。 たとえば、情報何種のたぐいは、実際にプログラムを組ませれば(もしくはバグ取りをさせる)すぐに分かるだろうし(ご自分でプログラムを組んだことがある方なら御分かりでしょうが、以外とプログラムは、教科書通りでは動きません。)調理師のたぐいは料理を作らせれば分かるだろうし、簿記会計だって、大量の架空の伝票でも渡せば、一目瞭然だろう。こんな当たり前のことをしないから、履歴書上だけの、役に立たない資格所有者が増えるんだよ。きっと。 ----------
September 19, 2007
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何でも、今年の僕は大殺界らしい。おかげさまで物事がうまく行かないそうな。それはさておき、今日から出張。到着してすぐにお茶屋さんと記者さんと一献。なんかしんどい。
September 18, 2007
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朝から、甥姪連れて義父母と子供たちはラグーナに。これで敬老の日かいな。のんびり出張準備。まぁ、これぐらいの用意で大丈夫じゃろ。仕事の忘れ物より温度差だな。僕のせっかくの休日を気遣ってか家内が早めに帰宅。うれしいことで。夫婦でランチに。うーん、イマイチ。質より量が。少なくてもいいとは言っても少なすぎ。来週の3連休のお出かけの調査。といっても僕は北海道でいけないけど。夜は夫婦で晩酌。静かなのもたまにはいいけど、明日から出張だからにぎやかでも良かったかな。子供の帰りは未定。まぁ、のんびり帰ってきてください。
September 17, 2007
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結局ただの休み。甥姪が来たので、そばの銭湯に家族と甥姪で。
September 16, 2007
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朝、天気が微妙な中、自転車で出勤。今日で、出張前最後の出勤なので、最低限の整理整頓ということで、団体のNPO法人化の書類を整備。一通、住民票と誓約書がないけれど、それは北海道で回収することにする。でも、これで本当に通るかは謎。NPO法人認証の書類も、他の書類の例も漏れず受け付ける担当者しだい。道庁の担当者様が物分りが良いことを祈るって感じ。空き時間はちょっとした文章の添削。出張スケジュールの調整。勤務終了後自宅に帰宅。家内と子供はどっかに行っちゃってるので、出張に向けて荷造り。今回は結構放浪するので、コンパクトに。あ、あと講師業用にセミフォーマルな感じの服もいるのか。めんどくせぇなぁ。家内と子供らが帰宅。ちょっと晩酌。「地球へ」を鑑賞。「私たちは組織のために生きているのではない」想いを次に受け継ぐという思想の大切さ。なんか、知っている感じの話しだなぁと思ったら、高校生のころ聞いたFMラジオのドラマだった。結構このころの聞いたラジオドラマって自分の考え方の肉付けになってるよな。寝るか。
September 15, 2007
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さっきのエントリーの続きのネタなんだけど。某TVのコメンテーターが、「高齢者への福祉はどこまでも優しく無いとおかしいですよ」と政治屋にほざいていたのを見て。ぉぃぉぃとか思ったわけです。普通に考えて、際限なく福祉ばかりやれるわけはないし、公益システムである国や地方自治体にそれをやれと言うのは、憲法にも矛盾しているんじゃないのと思ったわけです。普通に考えれば、日本国憲法の25条に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を公共の福祉の観点で実施するわけだから、際限なく特定の福祉だけやり続けるって話にはならないし、最低限でいいって話なわけだから、国家や政府がそこまでやることを義務付けられてはいないはず。全く、こいつは憲法改正でもしろっていうのか。と、思ったんだけど、ひょっとかすると、このコメンテーターの主張を擁護するような条文が無きにしも非ずかもとか思って、日本国憲法の全文を読んでみたりしたんだな。いやいや、ビックリ。もとの主題なんかどうでもいいです。前文のすごいこと。前文の最後は「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」って、誓っちゃったんですか。ひえー。「この理想と目的」って・正当に選挙された国会における代表者を通じて行動・われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保・恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚・平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占める・全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する・自国のことのみに専念して他国を無視してはならないと、この辺なのではないかと。改めて読むとすげぇ崇高。しかもこんな凄いものをカタチにすることを日本国民は誓っているのです。明日から頑張って、全力をあげないとね。誓っちゃってるみたいだし。こう思うと明日の俺のネンキンよこせとか騒いでいるのも小さい人間だなぁとか思えます。日本国民失格ですね。まぁ、それを突っつく僕もですけど。こんな崇高なことできないと思ったあなたは改憲派です。現行憲法ではろくに選挙に行かないくせに、お上にやってくれとか言って批評と批判だけするようなことは許されないということのようです。で、まぁ、先の本題に関しては第25条の2があって「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」となっているんだな。どこまでも優しくなれと言うのは行きすぎとしても、最低限度でいいじゃんかという姿勢はダメらしいということです。
September 15, 2007
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最近、自国の首相様が政権をほっぽり投げてくれたおかげで、政治ネタがTVをにぎわしてくれています。そこで、いろんなコメンテーターがいろんなことを言うわけだけれども、何こそ抜かしているねんとか思うわけだ。TVに突っ込みいれているレベルでの話しなので、BLOGに残すほどの話かどうか微妙なんだけど、気が向いたので書く。ネンキンやらシャホチョウとかの議論で出てくるのが、僕らの世代があまりに無責任で面倒を見ないと言う奴。それが不払いになっていたり、横領になっていたりするんだ。若い奴らが悪いとか言う議論、うちのまちの中にも「ボランティアより親孝行でもしろ」とか言うやからもいる。ある意味正論で、家系とか地域単位で下の世代が上の世代支える部分を支えていれば、支出も減るし事もうまく回りそう。でもねとか思うわけだ。そもそも、今の上の世代が下の世代にちゃんと投資したのかいなとか思うんだわさ。もっと言えば横の助け合いも構築してないんじゃないのと。そもそも、今のネンキンでどーのこーの騒いでいる連中ってのは、世代的に言えば、高度成長期に地域のことや次世代に何を遺すかなんざ、ろくすっぽ考えないで、金儲けにまい進して貯金を無意味にふくらませて、バブル期に責任ある立場として、私利私欲に走ってこれまた会社の金や税金でノーパンシャブシャブ何ぞで現を抜かしていた世代。自己利益のためだけに邁進して、次世代に投資もしなければ、学校システムがゆがんできているのにお受験だの受験戦争なぞをお気楽に激化させてきた世代でもあるわけだ。TVのコメンテーターなんかも寄ってたかって年金やらなんやら払い込んだのに、残ってないとはどういうことだとか、今の世代の連中が高福祉国家を作って施せとかほざいている。でもな、あんたらの世代が政治をまっとうに監視しないから、ネンキンの無駄遣いとかシャホチョウのいい加減なシステムが出来て運営されたんだろうがよ。自業自得ジャンか。上の世代にしてみれば「食わしてやったのに、何抜かすんだ!」とかお叱りがあるかもしれないけれど、こんだけ社会をゆがませておいてその自己責任を取らないで、これまた自分の権利だけほざくんかい。反省しやがれとか思うわけだ。食わしてもらったことの感謝を割り引いたって許せるものじゃない。教育から地域と家庭を切り離しその教育に子供を押し付けて、地域と家庭を切り離して地域のこともを行政に押し付けて自分は何もせず、自分の私利私欲に全力で走っておいて、いざ老齢になったら、地域は面倒見てくれない、子供は面倒見てくれない。だから最後の砦の行政、何とかしろなんていう主張は虫が良すぎる。因果応報自業自得。よくかみ締めろ。むしろ君らに年金を払う意思は僕にはなし。むしろ君らの貯蓄を全部放出して、この社会のゆがみを直してください。厳しいかもしれないけど、僕にそんな財源と時間があったら、次世代と地域に全力投球するに決まってる。カネに頼り頼るものはカネに泣く。人に頼り頼られるものは人で必ず幸せになれるんだ。
September 15, 2007
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朝、雨なので家内に子どもを送ってもらう。政治がごたごたなので、TVもそういう報道ばっかり。もう一個の仕事はアドバイザーだと思っていたら講師業だったことが発覚。最近講師の仕事多いなぁ。結局晴れ。自転車で講師の会場に。メールの使い方講習。もっともっと気楽に使って欲しいなぁ。帰りは子供のお迎え。家内は少し遅く帰宅。晩御飯はたこ焼き。少し晩酌。疲れているのか強烈に眠い。寝る。
September 14, 2007
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朝から、わくわくセンターに出勤。書類はそろわないので、センターの雑務をする。研修のカリキュラム案を考えることを指令される。うーん。お客の狙いがわからんので、いまいち難しいんですけど。でも、考える。あとは、展示物のレイアウト変更を少し手伝う。首相がやめるのはご自由に。お疲れさん。人それぞれの事情でしょうし。間接的に選んだんだしね。行政の長がちょっくら休んだぐらいで、日本はぐらつく国じゃないよ。ぼくも、疲れてきたんで、首相みたいに仕事投げ出してみたいわ。そういう意味では、そんなこと思う自分を含めた国民の代表なのかなぁ。批評は出来んね。でも、政治が混迷しちゃうのは困るよなぁ。未来に向けて必要な法案が、いくつも支えているような気がする。シャホチョウいじめとか後ろ向きなことやってる場合じゃないと思うけど。余談だけど、自民党の党員でもないので言うべきことでもないけど、個人的には、総裁選の議論は、麻生vs谷垣をもういっぺんやってほしいんだけどね。前回も美しい国の裏で、この両名は、税のカタチということを通じて今後の日本の形は中央集権か地方分権かをしっかり議論していたんだし。いい加減ちゃんとした政策論議してくださいな。子供のお迎えをする。道中電話が来る。うまく返答できず。家に帰る。メールと電話で連絡が来ている。これも返答するもイマイチな感じ。少し遅めに家内が帰宅してきて食事。やっぱり遅めの時間なので、子供を寝かしつける。で、自分も寝ちゃう。
September 13, 2007
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先日、僕が取ったわけじゃない電話の話。たまに市民活動を支援するセンターに勤めているわけなんだけれど、電話で、「有償ボランティアが発達していない。日本のボランティアは遅れている」というのが来たわけだ。で、電話の主の主張だと有償ボランティアが発達しているアメリカが先進国だと言うことらしい。この電話の主は持ち出しになる日本のボランティアはおかしいと、アメリカに住む友人が言うから遅れていると主張しているのだけれども、本当に、有償ボランティアが無いところは遅れた地域なのかなぁとか思ったわけだ。そもそもボランティアってのは、ある種の公益性を国家や自治体等のガバナンスが提供できないから、その公益性を主体的に埋めようと言う話であるはずだ。国際的なNGOなんかはその国家間の利益調整がもどかしいからやっている性質だ。とすると、そもそも論として、まずは日本という地域に住むことにおいて、公益の提供がどうなっているかと言うことに他ならない。次にその公益提供を担う組織のありようがどうかという議論にうつるべきだ。とすると、アメリカと同じ土俵でボランティアのありようを議論するのは不適切なのは明白だ。そもそも、ガバナンスが公益が提供する公益の幅と内容が違うので、有償ボランティアが成さねばならぬような領域まで、自治任せにしていないと言うことに他ならない。まぁ、それだけ国家なり地方公共団体なりが公益を幅広く提供してきたということなのだ。それでも、住民が望む公益の幅が広がってきているなかで、日本でも特定非営利活動推進法が施行されたり、ボランティアに関する状況は欧米に近づいてはいる。でも、それは金銭的持ち出しが0と言うことではないはずだ。どの国のNPO法人法でも読んでみるといい。基本的には「会員=社員」であり、会員はお金を受け取るのではなく、会費を払うのだ。お金を払って社員をするのである。なので、必ず金銭的持ち出しは議論のベースになっている。ボランティアの組織論で行けば、世界中どこでも基本は、その会費の総額に対して予算を配分して自治なり公益の提供をしていくのだ。その中で、それ以上の支出で必要な経費は再度持ち出した人に払われるものの、原則としてボランティアをやるために初めにお金を払うのが当然なのである。おまけに、理事と言うのは原則無給の仕事とされている。いわば「責任者は無給ボランティアであれ」と言う厳しさだ。たしかに寄付や助成金や補助金などで財源が潤沢なNPOは社員以外にも有償でスタッフを雇うことも出来る。こうしたものを有償ボランティアと呼ぶわけだ。日本だと、寄付に関しての控除等は少ない。裏を返せば寄付であちこちの公益を回すのではなく税として取り、国家として公益をやっていくと言う仕掛けになっている以上、有償ボランティアが広がりにくいのは当然ともいえる。これは、公益を提供する社会システムとして進んでいるとか遅れているという性質のことではない。僕たちは、何でもかんでもなんだか分からないけれど、とにかく気に入らないことがあれば「日本が遅れている欧米が進んでいる」(加えて言えば「日本は進んでいる、アジアの食は僕らをパクって設けている」等)と言いがちだが、実態を良く見るべきだ。こんだけへ理屈を捏ね回した挙句に書くのも恐縮だが、自治機構が優れていると言うことで2005年に世界一のインテリジェント・コミュニティとして表彰されたのは東京の三鷹市だし、他方で公益として提供している電子政府ランキングで、北朝鮮の後塵を普通に拝している体たらくでもあるわけだ。この事実を踏まえて、日本の公益システムがアメリカより遅れているとも進んでいるともいえないはずだ。変な話、有償ボランティアが発達していないこととか瑣末な指標をあげてあげつらうより、もっとちゃんと「公益とは何か」とか、自分のノウハウでどういうことを提供することが公益に資するか、と言うことを考えてやって欲しい。あと、日本にだって昔からボランティア組織でしっかりとしたものがある。町内会だって子ども会だって立派なNPOなのだ。こういうことを考えればかなりNPOの歴史もあるしこういう為政者の中での独自の発展を遂げているはずだ。当然かれらも公益の一翼を担っているのだ。決して欧米の自治機構に遅れをとっているとは言い切れないのだ。
September 13, 2007
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世は、首相の辞任劇で騒いでいるようですが、私の家庭は保育園の父母の会の事務処理で大騒ぎでした。その大騒ぎ自体はいいんですけど、その事務処理を見ながら「あれ?」と思うことが。と言うのはその事務処理って言うのが、園でのちょっとしたイベントの写真の注文のとりまとめ。年少さんより上の代はそこそこちゃんと注文があるのですが、そのすぐしたの2歳児は1件、0~1歳児は0件なのです。人数はそれなりにと言うか過去最高の人数が属しています。ちなみに、うちの娘の0~2歳児のときにはさすがにそこまで注文がないということはありませんでした。まぁ、注文自体は任意なので、個々のご家庭が注文しないことをとやかく言う気もありませんし、僕自身も注文を忘れて、他の父母に代わりに注文してもらったぐらいの体たらくなので、何か言う資格は無いのかとも思います。とはいえ、この世代から突然写真注文しなくなったと言うのもとても不思議な感じもします。いくつか原因は考えられるのですが、一つには注文しにくい環境だったと言うこともあるでしょう。16:00までの保育がベースで、お迎えは15:30からで16:00までに完了せよ。で、延長をかけてようやく18:00とか言う時間までみてくれる。という、ある意味時代錯誤な公立の保育園です。ちなみに、世間の男女共同参画の常識に照らして考えれば、女性でも普通にフルタイム労働なので、18:00に勤務完了して18:30お迎えが普通で、延長というのも残業に対応して20:00までというのがおおかたの都市の主流なわけです。24時間保育と言うのはさすがに公立では厳しいと思いますけど、この程度は普通になっています。なので、この保育園にお子様を預けている、多くのちゃんと働いているお母さん(お父さん)にしてみたら、そんな写真をゆっくり確認できないわいと言うのも当然あるでしょう。#ちなみに写真を掲示しているところは17:00で閉めちゃうとか。ですが、変な話、うちのまちに関して言えば、その条件はここ数年それほど変わっていないわけです。変えて欲しいのは山々なんですけど。とすると、ここまで注文が激減した理由は、他に求めるのが筋かなと思うわけです。当然、いくつかの仮説が立ちます。ひとつには家内には申し訳ないですが、家内の代の写真注文やお金の取り回し方が悪いとか父母の会自体の変容もあるのではないかと。でも、だとすれば、全世代で激減するはずですので、この仮設も成立しないかと思われます。で、世のトレンドとか色々照らして考えると、最も恐ろしい仮説に行き着くんですよね。「親が子供に関心が無い世代」と言う仮説、もしくは「親が子供に出費するのを嫌う世代」と言う仮説です。いわば、給食費未払いとか、保育費未払いにしたいという潜在的な思いのある世代、と言う仮説だったりします。普通に考えて、こういうイベントの写真ってのは、親が見ていることの出来ない園の中で自分の子どもがどういう表情でどういう生活を送っているのかを知る一つの大事な手がかりなわけです。子供に関心があれば当たり前に欲しいと思うはずです。(思わないのかな....)で、普通に考えれば、公立の保育園だって万能の子育てマシンじゃないわけです。そうすると、園の中で起こっていることは常日頃知りたいと思うとおもうのです。(思わないのかな....)そう考えるとそういうことをしないと言うのは、「子供に無関心だぞ」って宣言されているみたいで、とても空恐ろしい気分です。うちの娘の下の世代が一気にそういう無関心親に育てられた子供たちになるのかと思うと、本当にぞっとします。もしそういう気分で子育てをやっているんだったら、熊本の赤ちゃんポストに置いてきてください。と思います。ネグレクトで死者が出るのは勘弁願いたいですし。まぁ、これらが所詮はただの僕の心の中の仮説で、杞憂になってくれることを期待しているんですけど。杞憂じゃなかったらどうしましょう.....。
September 13, 2007
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といっても、どっかの企業の勤め人ではないので、主任は主任でも外部契約の主任研究員という役職です。今日も朝からセンターに出勤。研修にお見えになっている県庁の職員の方とお掃除と雑談。研修は、一緒にローテーションに入っている防災アイドルのお嬢様(主婦)にお任せして、内職。動画の仕上げ作業の続き。修正リクエストももう無いようなので、これでよしとすることにする。なんだか分からないクレーム電話の愚痴を聞く。アメリカと比べて日本は遅れてるんだとさ。インテリジェンス世界一の都市もあるけど、電子自治体は北朝鮮以下だしな。午後からセンターのミーティング。今後の話。まぁ、他県の活動センター視察に行って「A全の引き延ばしが出来る印刷機はいいねー、うちにも欲しいねー」しか見て来れないようなのを議員に選んでしまったのかと、とってもがっかりする。もっと違うこと見てこい!アホンダラ!ダメ市議団のおかげで失意の中、子どものお迎えをして帰宅。帰宅をすると、メールで主任研究員に関する作業完了のお知らせが来ていた。まちづくりとか地域おこしの研究が担当。今現在、研究員三つ。主任と学術と客員。本業はITで大学の研究は化学と哲学なのに、学術のほうは産学連携で、客員のほうは地方自治と言語分析。なんかだんだんまちと地域と言うのが僕のキーワードになりそう。うーん、学位は別に要らんけど、仮に学位を貰うとしたらどこで貰うのが筋なんだろう。夜は子供の習い事。少し遅めの夕食。帰宅して速攻就寝。明日遅刻するなよ。
September 12, 2007
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朝わくわくセンターに。天気が微妙。着くと見慣れぬ方が。県庁からの研修だそうで。えー、何にも考えてないよー。どうにかこうにか座談をしながら作業をしてもらう。男子なので対応自体はやりやすい。で、夕方からセンター長にバトンタッチして、乗り切る。帰りは怪しい天気の中二人ともお迎えを完了させる。あと、内容の修正情報を頂き動画の修正作業をする。家内が帰ってきたので、西尾の打ち合わせに送ってもらう。豪雨。V等々、当日のイベントについて舞台設置を確定する。あとPCレスキュー。なんともならん。確定したので、パンフとポスターを持って帰る。帰宅したらいい時間だったので就寝。明日も研修だぁ。何させよう。
September 11, 2007
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今日は一日在宅勤務。昨日の夜のV作りのつづき。SOHOリレーフォーラムの分を作る。ロールの文章を作って、当て込み作業。まぁ、こんなもんか。細かい作業だけど結構時間を食ってしまう。読書したいなぁ。完成したところで子どものお迎え。少し雨。下の子は家内に任せることに。上の子と家でのんびり。家内と下の子が帰宅。夕食。ちゃんとしたもの。やっぱり家内が作った方が食い物は美味しい。夜中になったので就寝。昨日まで夜更かしが続いていたので結構早寝。
September 10, 2007
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今日は終日わくわくセンター。で、終日動画制作。SOHOリレーフォーラム&働く女性フォーラムのパネルディスカッションのパネリストとコーディネーター紹介用。Flashで動画を作るのは初めて。うーん、いまいち。テロップのロールを入れたいのにうまく入らん。もっと言えば操作がわからん。あー、面倒くせぇ。でも、当日紙を配布するのもめんどうくせぇ。ひたすら大枠の動きを作り上げる。何とかなった。うごかす。やっぱりテロップのロールがほしい。まぁ、現場で読むなり録音でもいいんだろうけど。帰り際に、トゥイーンという謎のチェックボックスの使い方が判明。テロップのロールが可能になる。成功。いったん帰宅。家族が就寝済み。自宅で、続きをする。自宅PCにフォントが無くて、全部MSゴシックに。まぁいいや。気にしない。テロップロールを全員から情報の集まっている働く女性フォーラム版だけ入れちゃう。ということで、働く女性フォーラムの動画は完成。あとは、テロップのコピーを考えて、SOHOリレーフォーラムを作るのは明日。疲れた。
September 9, 2007
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休日。しかも朝はセンターが無いので、かなりのんびり出来る。子どもらと散歩に出掛ける。あったかい。過ごしやすくなっては来たけどあついは暑い。戻ってきてポストから郵便物を回収。うーん。書類が揃わん。たのむー。みんな早く送ってー。そんな中、不思議な手紙が。社長様から見たことの無い女性と連盟のお手紙。あけてみると、結婚式のご案内。感動。おめでとうです。昼食を食べて、家族でお買い物。お買い物の終了後、そのままセンターに。センターで、書類の整理。後は結構、千客万来。久々に、き~こん氏が若い女性連れで訪問。雑談。先日、講師業をした団体さんがミーティングに来訪。少し雑談。で、昨日、講師をしたパソボラの方も訪問。アクセスの状況を伝える。書類の整理がいまいち進まない。あと、自己紹介文を考えねば。それに合うフォトも。うーむ。いまいち作業の消化不良のまま帰宅。一度寝てからおきて、深夜まで写真選びと自己紹介文を作る。取り敢えず、これで良しとして寝る。
September 8, 2007
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朝、子どもを送って、一旦帰宅。こまごました処理をする。細かな事務処理。紙のものがたまっている。うがー。よくわからん。そうこうしているうちに時間になったので、自転車で教育センターに。ボランティア向けのインターネット入門講座の講師。と言ってもそれほど形式ばったものじゃなくて、僕が所属しているのボランティアサークルが毎年開催しているもの。何の準備も無いが、相変わらずここの設備の調子が悪い。しょうがないので、カリキュラムの順序を変える。質問受付の時間ができるぐらいカリキュラム変更で無難に進む。来週が心配だけど、これはこれで調べて対応することにする。子どもをお迎えして帰る。家に帰ってから子どもと遊ぶ。生活のリズムが悪いので家族で早寝する。なんだかバタバタした日。
September 7, 2007
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台風が近づいてきていて、天気がよろしくない。上の子は小学校にいったけど、下の子は休ませることにする。特別急ぎの作業はないけれど、やることはそれなりにある分は全部停止。で、子供が「つーしんしよー」と、DSを持ってくる。でも一台。これで、通信は出来んじゃろうと思うと、なにやらPinoの空き箱を持ってきて「これ、おとーさんのー」という。開けてみると、あー、手作りのDSになっている。まぁ、十字キーとボタンの場所が左右逆とかあるけど、まぁ、よっぽど遊びたいという執念の賜物だな。でも、子供のころってこういうこと良くしたよなぁ。上の子がこういうことをしなかったことのほうが不思議。まぁ、この機械を使って通信ごっこに興じる。通信ごっこに飽きたころに、夜になる。家内と上の子が少し帰りが遅い感じなので、あきらめて晩御飯を作る。たいした美味しくないけど、ラーメン。出来上がったころに家内と上の子も帰宅したので、みんなで食べる。最低限の明日の用意をして就寝。仕事をしていないけど、なんか疲れた。
September 6, 2007
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昔、以下のコラム書いたんだよね。http://www.fsinet.or.jp/~mfuna/syakai/hihyo24.htm今じゃログインできないサーバー内で、元ファイルを取っておいてあるはずのPCも再起不能状態なので、ほとんど、日付情報がないんだけど、これを書いた日付は1998年7月23日ってことはわかる。本文に書いてあったから。再録しようと思った理由は、このコラムの元ネタになった記事の元ネタになるリリースを、たまたま社会生産性本部のWebでこの提言を見つけたから。http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/lrw/activity000795.htmlで、読んでみると、この提言の要旨の中の公立の小中学校の学区制を廃止して、家庭(親・生徒)が学校を自由に選択できるようにする校長のリーダーシップを十分に発揮して、教師との連帯による教育ができるように校長に学校経営権を与えるは、なんちゃら再生会議でも論じられているんだよなぁと。でも、実際はこの提言のポイントは、この要旨の中の、をやるにしても、以下の、がないと機能しないんだよな。多分。なので、歯抜けなんだわさ。と改めて思ったので。要は最も重要なところをやってないんだよね。で、わけのわからん教育改革が横行して混沌の極みとなっているわけだ。今でも思うけど、ここの本丸を崩してこその教育意識改革になって、そこから始めて本当の教育改革が議論できる基本環境が出来るんだよなと思う。特に、これの大学改革の概要はすばらしく項目だけ引用しますと 4.大学の改革 学生定員を廃止して、入試をなくそう 学費制度を改革し、奨学金を充実させよう 大学の流動性、機動性を高めようとなり、夢物語チックですが、実際は現実性を帯びた提言となっております。なぜ、あのころ日本の国家はこいつに挑戦しなかったのでしょうか。ただ、悲しいかな、文部省が文部科学省になって、国立大学が国立大学法人になるような流れの中で、ここに書いてある大学改革が今出来るのかという気分的にはかなり絶望感が漂います。ある意味、真逆に走っておりますので。で、サーバーから中身がなくなったときの対策用に、以下自著コラムを原文のまま。かなり恥ずかしいですけど。ただ、読み返してみると産業界はその方向に向かってやることやってるんですよね。やっていないのは、誰と誰とは言いませんけど。----------NO!と言った産業界本日(平成10年7月23日)の東京新聞に「社会経済生産性本部提言」が掲載されていた。この内容はまさに、私が述べてきた文部省の政策に対する批判が、そのままと言っていいくらいの形で述べられている。 この、社会経済生産性本部というのは、経営者や労組の代表で構成されているグループだ。まさに、産業界からの提言なのである。彼らが述べたのは、学区制の廃止、高校大学の受験の廃止など、革新的な教育構造の改革なのである。学校教育の個性化と自由化による競争原理の導入である。細かい内容や議論は他に譲るとして、ようやく、産業界からも、教育への提言が出てきた。 今までの既存の教育構造の擁護者の論法の一つに産業界が望む人材を輩出するために現在の制度がある。よって、産業界の要請が変わらなければ制度は変えられないと言うのがあった。 もはや、この論法では、現存の制度を擁護できない。受験システムに対し、産業界のすべてではなにせよ、産業界は明確なノーを突きつけたのだ。 長いこと、産業界が求めている人材と、東大を頂点とする教育ヒエラルキーから生み出される人材が、食い違う時代が続いていた。それは、バブルの頃からささやかれていた。が、産業界からの提言が無いばかりに、彼らは、今まで、「いらない人材」を国から押し付けられていたのである。そして、「いらない人材」をため込んだまさにそのタイミングで、この大不況に襲われたのである。 非常に残念なことだが、確かに、この提言は重要だが、遅いのである。人材が育つのには時間がかかるのだ。この点は、産業界は猛省すべきである。目先の金もうけに追われ、的確な提言をすべきタイミングを逃したと言っても過言ではない。もっと、国に活力と余力のある時に制度を改革しておくべきであったろう。しかしながら、遅くとも、やらないよりましな事は確かである。ぜひとも、斟酌し、次期内閣にはこれを受けいれ、実行していただきたいものである。 そして、この提言が、的確に実施されるには、産業界自身の、意識改革も大きな問題となる。奇麗事を言っても、結局採用は、学歴と、学校歴で決まるなどといわれないような、人材採用が必要不可欠となる。ほぼすべての業種において、履歴書から学歴欄を消すぐらいの意気込みが必要だ。産業界が、受験を不要というなら、彼ら自身が、勇気を持って、その範を示すべきだ。 まさに「就職試験からの学歴の一掃」の実行こそが、まずはじめに、求められてしかるべきだろう。 ----------青年の主張の出来損ないみたいでこっぱずかしいコラムだわい(苦笑)たまに、この恥さらしシリーズでもやりますかな。
September 6, 2007
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最近、夢やらビジョンやら持って起業した人たちと一緒に仕事をすることが多い。もともと、僕自身、夢を持ったらその夢に向かって素直に頑張れる社会を作りたい、と思って生きてきたし、そうして本当に夢に頑張っている人を応援したいと思ってやってきている。他方で、自分自身の夢の実現はちょっとばかり(ちょっとばかりがずいぶんたっちゃったような気もするけど)横によけているところもある。それ自体は自分の勝手な都合でやっているので、他人に対してどうこう言う話ではない。そういう理由で、空っぽの道具に徹してやってきているんだけど、気がつくと世間の状況はだいぶ変わって、夢の実現を支援するような起業支援なんかが増えてきている。そういう支援を横目に見ながら勝手にいろいろやってきているわけだけれど、ちょっと首をかしげることが多い。やっぱり、自分が好きで頑張ってきてそれを突き詰めていけばご飯が食べれている、という状況が理想的なわけで、ご飯が食べれる一番の理由は、好きで頑張ってやっていることを「自分のメリット」と捉えて買ってくれる人がいるから飯が食えるだけのことだったりする。ここをシンプルに捕らえると、用は気に入ったサービスや商品を買ってお客になることが一番基本的な支援である。ところが最近の支援というのはなんだかおかしいものが多くて、その商品を使ってあげることもなく「パッケージを考えてやる(有料で)」や「サンプルをよこせ(無料で)、俺が宣伝してやる(有料で)」や「客の嗜好を俺が調べてやる(有料で)。その上で指導もしてやる(有料で)」というものが大半。で、こういうことを言う輩が寄って集って「俺はあの商品のファンだ。支援してやってるんだ」とか言う。そりゃ支援じゃなくて商売だろ。その人の稼ぎがない中から奪い取る姿勢は支援といわない。堂々とコンサルティング業とかパッケージデザイン業とかPR業とか普通に商売として商売してください。挙句には、自分が何もしていないくせに、なんかの雑誌にその商品が掲載されたら「俺が口利いてやったからだ」ぐらいのことを平然と抜かす。ここまできたら商売どころか、ただの搾取。こういうあきれた輩が横行している。でも、本当にそこの商品が気に入っているなら、堂々と買ってあげればいい。でも買わないという人もいる。その商品(もしくは作っている人)のファンなのに何で買ってあげないの?とか思う。どこに売っているかわからない?/作った人に聞けばいい。その人が恥ずかしがって売ってくれない?/頼み込めばいい。自分だけ買うのも格好悪いし....。/本当にファン?お値段が高いし。/いくらなら買えるか交渉したり、みんなで買う努力とかすればいい。好きなことで食えるという社会を見せるためには、彼らに食ってもらわないと困る。だから僕は、財力も行動する時間も無い文字通りの貧乏ヒマなしだけど、結構日本中を走り回って、好きなことをやって新しいことを生み出している人にたいして「サービスを買ってあげる」相当のことを出来る限りしている。僕よりお金があって時間があって人脈があるような人が、支援の名の下に、好きなことで食っていこうと頑張っている人を食い物にしている様をみるのはちょっと悲しい。まぁ、好きなことで食いたいのだからそういう人を見抜いて生き抜く強さも必要なんだろうけど。その商品を応援したいという人のやるべきことは簡単だ。その商品を買ってあげる。そして出来れば建設的なクレームをその人に伝えてあげる。人目を気にせず、これを黙々とやっていける人が本当の支援者だし、本当のファンだと思う。自信を持って「自分の求める社会像に必要と思う商品やサービス」を買っていく、これを繰り返せば必ずいい社会の半分が作れる。利口な消費者としての市民のあり方だ。いい社会を作るのに変な事業を起こしたりなんだりという強迫観念に駆られる必要はない。7年ほど支援まがいのコンサル業をやってきて、支援としては「商品を自分が必要なだけ買ってあげる」何よりもこれに勝るものはないと実感している。コンサル業はコンサル業、支援は支援なのだ。
September 6, 2007
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子供を送って、センター出勤。細かな作業を思ったら、なんか飛び入りのお客様がたくさん来る。飛び込み調査の大学教授に、助成金相談、あとなんだか良くわからないけど教育問題を語って帰る若者。なんか、やるべきことが抜けているような気がする。子供のお迎えをして帰宅。子供の習い事。夕食は少し遅めに外食でうどん。家に帰って就寝。
September 5, 2007
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今日は子どもを送って、講師業。男女共同参画の団体様向けの講義。と言うかゲームで遊ぶ。人間マネジメントゲーム。盛り上がるか不安だったけど、結構盛り上がってよかった。イラストのパワーは絶大でした。イラスト提供のH様有難うございます。昼食会でも色々なお話が出来る。素人は素人らしくやるのがいいのです。センターによって少し仕事。その後、お迎え。色々一段楽したので、少し電話で未収分の確認。家内が、残業なので子供らの晩御飯作る。チャーハン。HDDレコーダーからDVD-Rがうまく焼けない。困った。でも疲れたので寝る。
September 4, 2007
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疲労がたまっているので、やっぱりちゃんと起きれない。それでも下の子だけ保育園に送っていく。なんか知らないが、水遊び用の着替えが気に入らないらしく、烈火のごとく怒って帰ろうとする。親譲りだな。こりゃ。着替えだけ取り出すと機嫌が直ったので、何とか朝の送り出しは終了。家に戻る。契約書とか明日の講師業のシナリオを作成。困った内容に対応。もうしらん。ついでにPC環境を整理する。されについでにSNSの諸整理をする。利用方法を変えよう。でも、ビジョンはあれど方針がないので、最低限の作業をして放置。あと、昨日の録画したドキュメンタリーをチェック。お、娘が写ってる、ついでに自分も写ってる。こりゃいかん。報道の名折れじゃ。そうこうしているうちにお迎えの時間。道中、請求書と契約書を送付。念のため配達記録に。上の子と下の子と普通にお迎え。夕飯を作る。家内の指示でマーボ豆腐。結構ちゃんと作る。家内はがっちり残業。何とか寝かしつけて一日終了。眠い。
September 3, 2007
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もう疲れたので今後何もしません。皆さんご勝手になさってください。と、宣言だけする。何の件かは書かない。
September 3, 2007
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朝、天気がいまいち。やるべきことをかばんに詰め込んでわくわくセンターに。なんか疲れが取れてません。家族に送ってもらう。それでも午前中は防災訓練の遠隔協力。その後、カードのラミネート作業に集中。まぁまぁ作業は出来て完了。子どもが少し遊びに来る。残り時間は、書類の整理。契約書とか請求書とか。午後から10月のイベントの諸事調整メール。目論見がごろごろ崩れているので、適当なラインで再連絡。後は夜までだらだらモード。いかんなぁ。月初からの脱力感から復帰しない。どっかで持ち直さんと。
September 2, 2007
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最もプリミティブで、その内容を適切に論じられにくいのが、地球という自然の構成要素としての人間の理解である。その昔は、自然の構成要素としての人間を論じるときには、人間中心的な自然観か、相対的自然観かという二律背反的なイデオロギーとして論じられた。いわば、地球環境が人間の為に存在するのか、それとも、地球環境の為に人間も含めた全ての存在が活動すべきなのか、という極論である。続きは、こちらをご覧ください。ヒューマニング論考集ヒューマニングの本
September 2, 2007
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朝、チェックアウト。昨夜は量は飲まなかったけど、北12条→(地下鉄)→北24条→(地下鉄)→すすきの→(徒歩)→北24条という意味なく移動しまくった宴会は結構体がきつい。それでも、目の前のバス停から新千歳空港へ。北海道土産を物色するも、いまひとつ決め手がない。結局手ぶら。読書に専念。飛行機と電車で自宅の最寄り駅に。なんかこっちの公共の場の中ってマナー悪いよね。移動中つくづく思う。駅に着くと改札口が変わっていた。とうとう、この駅舎なくなるんだなぁ。残念。自転車で自宅に。久々に家での晩御飯。姪がお泊りで遊びに来ている。最低限のことだけやってとにかくいったん寝る。
September 1, 2007
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