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今頃の時間まで、あせって仕事していて、タイトルのような言葉が頭をちらついたんですけど。まあ、どう考えるかは本人次第です。(^^)ヒマないわりには、ちらちら本読む時間とってるし。上2人が小さい頃のへとへと子育て時代を思うと、今は余裕の生活かも。 たまには、本の紹介をしてみたいですー。1.運命がどんどん好転する 2.意のままに生きられる3.自分につよくなる4.ついに悟りをひらくテーラワーダ仏教会のスマナサーラ長老の「釈迦の瞑想法」シリーズ。すごい薄い本だけど、4まで読んだら、悟りがひらける!すごい簡単に書いてあるので誰でも読めます。 実は、「運命がどんどん好転する」とか「意のままに生きられる」とか、とてもお坊さんが書いたとは思えない、世俗的なタイトルで、長い間、引いてたんですけど、やっと読む気になって読んだんです。読んでよかったです。特に、瞑想法。すごい簡単にできて、効果実感。ブッダの心理学、基本の基本っていう感じです。やっぱりスマナサーラ長老はいいです。
2008年01月25日
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はるかは、お父さんが倒れた翌年、高校2年のときに高校を辞めました。家庭教師さんの助けは得ていますが、予備校にも行かず、一人で今、大学受験しようとしています。お父さんがいたら全然違っただろうな・・・と思うこと多いですが、今また教育について考えていて、ネット検索していると、自分が書いた文章が出てきました。神戸で、ラーンネットグローバルスクールを運営する、炭谷俊樹さんが書いている『第3の教育』メールマガジンで紹介された私の意見でした。5年前の我が家の光景・・・・・思い出すな~2003年3月「第3の教育」メールマガジンから抜粋 ☆☆☆☆☆☆☆☆先日、夜、帰宅するとリビングの扉に大きな紙が貼ってあり、「次のテストで90点未満をとったら家には帰りません。はるみ」(←掲載時にわざと名前を変えてくれてる)と書かれていました。夫が中学1年の娘に書かせたものです。偶然にも、先日の「第3の教育」のメルマガを読み、夫にそれを転送した翌日でした。(夫は読んでくれていませんでしたが)我が家では、夫が「教育パパ」です。メルマガの話、私の考え方、炭谷さんらの考え方などをその後、夫と話す機会がありました。夫は、強制のない教育は実現しないと思っています。その理想が実現するまで10万年くらいかかるだろう、と言っていました。しかし、私の話には理解を示していました。もともと、私のほうが忍耐力が強い、というか、夫に短気なところがあるので、直情的に娘に接して強制力を行使することが多いですが、それはそれで、娘たちには「刺激」になっていて、夫と娘、私と娘たちとの関係で、家庭全体はそれなりにバランスがとれている、と今のところは楽観してます。さて、先日の「強制のない教育」については、実現した例がある、というのは炭谷さんや、モンテッソーリの方のお話から、理解できました。しかし、私自身、やはり、多少の強制も含めて「外的刺激」はあったほうが良い、と考えています。子供たちは、接し方の違う夫(父)と私(母)から、学び取っているものは多いのではないかと感じているからです。仮に、外的刺激のない教育だけを受けたとすると、その人は、社会性を十分に備えた人間になっているのだろうか?生きていく上で重要なことを十分に経験できるのだろうか?という疑問を持ってしまうのです。強制されたり誉められたりすることで勇気づけられる、という感覚をたくさん経験するのも、生きていく上での力になりますよね。それは、学習とは違うところで経験するから、と簡単に割り切れるものでしょうか?学習以外の経験で得られる社会性は大きいと思いますが、強制や外的刺激による教育から副次的に得られるモノも長い目で見れば、それなりに役立つモノなのではないか?というふうに感じています。論理的ではありませんが、直感的に感じることが、ホリスティックな見方である場合もあるのでは?と...もし、この話で何か感じられることがあれば、またメルマガに書いていただけませんか。自分でもよく分からない部分なので、ヒントをいただけると嬉しいです☆☆☆☆次の号で、炭谷さんが意見を書いてくださっていましたが、炭谷さんの言う、「強制しない教育」はもちろん、ありうると思うし、そのほうがいいと思うのですが、今読んでも、やはり自分の意見はあまり変わっていません。炭谷さんの意見はここ↓http://archive.mag2.com/0000065743/20030403235000000.html炭谷さんが経験された、自立した人間があたりまえの社会、デンマークで住み、仕事をしていけたらよいと思うのですが、今の日本は、社会に出ると、大人の姿をした子どもばかりで、強制力を行使する人だらけです。本当にひどい社会です。こんな社会で何とか生きていくためには、免疫を作るためにも、多少経験して知っておくのもいいのではないか、と思います。ある意味、まともな人間が社会不適応を起こしそうな社会ですよね、日本って。 話が違いますが・・・お父さんの名誉のために書き加えておくと、お父さんは、うちの家庭内では、冗談で「我が家の金正日!」と自分も含めて家族みんなが認めるほど、強権ぶりを発揮していましたが、外ではものすごく人あたりがよくて、人気者でした。みんなが、あんまり「いい人、いい人」「ご主人、やさしくていい人でいいわねぇー」とばかり言われて、(家では違うのに)と私はよく思ったものです。でも、強権ぶりを発揮していても、家族の人気者でした。得な性格です。お父さん、聞いてる?でも、あのままいったら、はるか、ほんとに家出してたかもね~。
2008年01月23日
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今日はセンター試験だったんだなぁ。出願しそびれたけど、そんなことより、今の晴香は受験生とは思えない。一応、W大学の受験料を昨日振り込んで、写真をとり、週明けに願書を出すようだ。東京のホテルは、私が予約した。何と、3泊も。W大学1本で、3学部も受ける予定。雰囲気としては、社会科学部が一番、本人には合っている感じがする。家庭教師さんには、「180%落ちる」といわれたけど。 (一応、縁起悪いので、線で消しときました。)昨日だったか、「何のために大学に行くのか・・・」というようなことをボソッと今頃、言っている。 この期に及んでこれって。「みんなが行くから行く」「いい大学入っておいたほうがいいから」そういうのに比べたら、この問いかけを自分にしているのは、悪いことじゃない。はっきり言って、社会全体がおかしいよね。こんなにみんなが大学行くことが。大学行っても勉強もろくにしないのに。それに、大学行かなくても勉強できることは山ほどあるし。研究したいとか、医者や教員になりたいとか、そんな人だけ行くというのが常識だったら、こんなにみんな大学行かないよね。大学行ったのに、高校時代から知識がほとんど増えないまま、卒業する人もたくさんいるでしょ。逆に悪いこと覚えたりして。そんなことなら、社会に出て働いたほうが本当は、本人にも社会にとってもプラスだと思う。税金いっぱい投入して、ボンクラ大学生育てるより、高校卒でしっかり社会で働いてもらったほうが、良い。 でも、それでも親としては、一応、大学に行くことを勧めることになる。大学に行ったら、今までにない学問に触れて目覚めるかもしれないしね。あとで勉強したくなっても、なかなか行けないんだよね。今の日本という国では。アメリカのように、一旦働いてから、また大学に戻るのがメジャーになればいいなと思うけど。とりあえず、みんなと同じようにしておかないと日本人は不安なんだ。えらそうなこと言って、私も同じだ。まあ、大学に行くのを勧める理由は、モラトリアムだね。その間に自分を探すのも悪くない。自分のことなら、もっとはっきり言えるけど、結局は、娘自身が決めることだから。 「何のために大学に行くのか・・・」でも、今頃こんな問いかけをしているのは、 勉強に邁進できない自分への言い訳を探している、ともいえる。 (えっ?ずぼし?)とりあえず、耐えてがんばる、という経験も大事な経験だよ。それが難しくて大事だということは分かってるよね。生きていくには、耐えてがんばらないといけないときが何度もあるから、その練習にはなる。まぁ、自分で考えて、あるいは考えずにとりあえずがんばるか、してちょうだい。何が正解かは、30年くらい経ってから分かるのかも。どう転んでも、お母さんは、あなたの優しくて明るくてマイペースで個性的なその性格が好きです。いい子に育ったなと思ってます。イライラ、ハラハラしてしまうのは、社会の常識の枠に押し込めようとしてしまうからです。 さぁて、子どものことはおいといて。今日は、仕事も忙しかったけど、劇の魚も何とか作ったよ~。なおちゃんは、大喜び。なおちゃんの強いリクエストに答えて、アニメ風じゃなく、かなりリアルな魚(タイ)にしたけど、はるかには、評判悪かった。園の劇には、シュールすぎてダメだって。明日にでも、記念にデジカメにおさめておこう。まだ、仕事中。在宅の仕事って納期に追われなきゃ楽なんだけどね。
2008年01月19日
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新年早々、いろんなことが押し寄せてくるのと、自分から引き寄せているのとで、頭の中がいっぱいで、書くことすらできずにいる。連休といっても土曜は淀屋橋で3時間の研修の講師、日曜は保育園の劇の練習(劇は子どもじゃなく、親=私です!)、その後、TOEIC試験を受けにいって、月曜は保育園の卒園文集作成続き。直ちゃんの自転車乗りにつきあったり、家事などで、劇の魚のかぶりものを作る時間がなく、来週末に持ち越し。はぁ~~~~~~と、ため息が出ますが、それでも休みの間に栄養ドリンクならぬ、栄養本何冊か読めました。それに、先週日曜日に見たある新聞広告がきっかけで、この1週間、ちょっとしたプランが沸々と出てきて、ひょっとするとふわふわしていたのが、方向性が定まってきそうな気配が・・・新年早々、今年はとりあえず目標立てずに・・と思っていたけど、ひょっとすると大きな変化のある年になるような気がしてきた。あくまで、「気がしてきた」という程度にしておこうと思う。あんまり熱くならないように、慎重に、抑えて行動しようと自分を牽制してる。受験生かかえてると、塾の時間とかで、夕食時間が早くしなくちゃいけなかったりして、生活リズムの調整が意外とむつかしかったりする。チャッピーに保育園のお迎え頼めなくなったし!お父さんが倒れたのが、去年だったりしたら、娘2人の勉強もまったく身が入らなかっただろうね。えっと・・・こんがらがる頭の中・・・英語教育・翻訳・育児・受験・人生・東京?・稼がなきゃ!・選択・心理学・精神・ヴィパッサナー瞑想・光のボールの瞑想・自立・自律・平等・集合無意識・基礎教育・国語教育全部つながってるような・・・『教育の完全自由化宣言』天外伺朗『宇宙の根っこにつながる生き方』天外伺朗『こどもに「日本語力」をつける本』樋口裕一かなり触発された『統合心理学への道』ケン・ウィルバー難解で、飛ばし読み『マイクロソフトでは出会えなかった天職』ジョン・ウッドこれはまだ読んでないけど、読む前から中身がわかったような気がしてる
2008年01月14日
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あけましておめでとうございますー!新年なので、1年の目標とか抱負とか掲げたいところだけど、今年もはっきりしないなー。単純明快、すぐ行動する分かりやすい性格だったのが、去年1年は行ったり来たりしながら過ごしたなぁ。今年はとりあえず、目標立てずにもう少し、家族の生活と自分の仕事との調和をはかることにしとこう。私より、娘たちが全員1年生(小1、高1、なれたら大1)になる年だから、そちらのほうがごたごたしそう。2日に実家から帰ってきてから、炊事洗濯と保育園の卒園の文集作りに明け暮れています。かわいいレイアウトを作るの、まったく慣れないので四苦八苦。1月から3月下旬の卒園まで、園の行事が立て続けにあるし、長女と次女の受験に3人の入学準備。イベントが多すぎて抜けだらけになりそう。昨年末のセンター試験事件のようなことは起きないよう、上2人はくれぐれも自分のことは自分でしっかりやってもらわないと。自分のことでは、とりあえず、・来週は企業研修の最後の詰め。受講生に目標達成させてあげるために、最後の1週間をどう使うか、よく考えてカリキュラムをつめる。・一つ一つの翻訳の仕事をきちんとこなす。・某大学の教員向けプレゼンテーションセミナーの準備(ちょっと頭イタイ)・1月下旬からのTOEIC授業の準備、・顧客候補企業に送るための翻訳サービス案内を準備 一つ一つ目の前のことを無事終えることで、先が見えてくるといいなあ。
2008年01月05日
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