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政権交代後初の鳩山首相による施政方針演説があった。「いのちを守りたい」という言葉で始まり、ガンジーの「七つの社会的大罪」に言及する格調の高い内容を持つ演説であった。 これに対し今日のマスコミの論調は、理念先行で具体性に欠けると概ね冷たいものだった。朝日新聞の「演説の美辞に酔う暇なし」という社説では「聞く方が気恥ずかしくなるほどの理想を語り続けた」とある。演説の成された国会では、野党議員の野次の大きさで、首相の声が聞き取れない状態だったという報道もあった。 理想を語ると、条件反射的に揶揄する言葉が起きてくるという文化風潮がある。現在の若者の心の深いところを蝕む悲しい現実にもつながる。国会の有様が、出来の悪い学校の教室風景を類推させてしまうから不思議だ。 もっとも野党議員には、当然大声で野次らなければならない理由があった筈ではある。首相の語る理念や理想に、相容れないものがあったに違いないのだ。なぜなら、ここで語られた理想は、これまでの政権のやってきた政治に対する根本的な反省に基づくものなのだから。彼らが聞く耳を持たないのはけだし当然かもしれない。 しかし、ガンジーの「七つの大罪」の一つである「理念なき政治」に陥るのではなく、目指すべき日本のあり方を示して欲しいという声は、国民や世論が求めてきたものではないか。今回の演説ではそれがかなりはっきり示されている。世界に新たな価値を発信する日本像というものも明白に示されている。 特に若者に薦めたい。この施政方針全文をよく読んで理解してもらいたい。そしてこれからの日本の行き方に心と考えを真摯にめぐらせてもらいたい。その大きな示唆が得られる筈だ。「人のいのちを守る政治、この理念を実行に移すときです。…この平成22年を、日本の再出発の年にしていこうではありませんか」という言葉で演説は締めくくられる。 この施政方針演説で示された理想を一つ一つ確実に実現していくこと実行してくこと、多くの国民はそれを期待し、応援している。
2010年01月30日
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驚くべきニュースが立て続けに茶の間に飛び込んできている。「一ヶ月ルール」が守られなかったのは政権による天皇の政治利用だとして、それを糾弾する記者会見をわざわざ開く宮内庁長官。アメリカ政府から異例の呼び出しを受けて普天間問題について苦言を述べられたと発表した駐米大使。(直ぐに米政府から、それは事実と違うという訂正が入った。) 国の不利益をかりたてるとしか思えぬこうした行動を、どうしてとるのだろうか。多分そうすべきだと考えたからそうしたのだ。自らがその一翼である国家権力を今一時的に握ってしまった政権与党に対し、従わないこと背くことこそが自分の使命だと考えたのかもしれない。 脱官僚依存を掲げ、ゼネコン利害で動く政治を人へと転換しようとする政権に対して、これまで政治を欲しいままに操ってきた官僚たちが抱く謀反の気持ちは充分に予測できる。むしろその方が彼らにとって自然な選択であるとさえ思える。 選挙前から西松違法献金事件なるもので、あたかも贈収賄事件でもあるかのごとくに仰々しく演出していた検察官僚も、ここへ来てまた自らの出番を作った。政治資金虚偽記載容疑で国会議員を含む3人の逮捕、事務所や企業の強制捜査等で、民主党小沢幹事長に対する「疑惑」報道がピークに達している。マスコミの皮相でワンパターンな報道の仕方も予定に入っていたに違いない。事件の真相よりも、大騒ぎによって政権にダメージを与えられるか否かが重要問題なのだ。 予測されていたこととはいえ、脱官僚依存、こうした環境の下で進められなければならない。 国民を信じて、右往左往することなく、民主党はやるべきことを進めれば良い。
2010年01月17日
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茨城に娘が住んでいるので、そこを訪問がてら、以前は筑波山へ行ったが、今回は大洗へ遊びに行った。茨城は、潮来の水郷めぐりをしてから鹿島神宮近くの寂しい海で泳いだ学生時代の思い出があるくらいで、私にとって縁遠い所だった。だからその郷土料理があんこう鍋であることや那珂湊とか大洗という場所についても殆んど知らなかった。 行ってみると、そこは魚市場やたくさんの魚料理屋のある、なかなかの観光地だった。 私の泊まった大洗ホテルからは、太平洋の荒波がその名の通り岩場を大洗いしている一面のオーシャンビューが見渡せた。 食事前の「あんこう吊るし切りショー」では、料理長のトークと慣れ切った包丁さばきで、その夜のメイン材料について充分な知識を得ることができる。そしてそのあんこう鍋だが、これはちょっと感動ものだった。実はこれまでにも何度もあんこう鍋は食べたことがある。しかしそれとは別ものだった。そもそも味噌ベースで作ったことがなかった。それに肝の使い方が違う。これほど濃厚に溶かすとは思わなかった。 しかし一番の決め手は鮮度にあるのだろう。私の家の近くにあるスーパーも、場所が横須賀だけに鮮度には気を使っている筈だ。しかしここの鮮度とは雲泥の差がある。特に肝は「海のフォアグラ」とも称されている割に、その魚臭さが今一気になるということがあった。しかしここのあんこうにはそういう臭さは全く無い。喉を通過する味の深さと舌に弾ける様々な感触。あんこう鍋は矢張り茨城で食べるものなのかもしれない。 この地の郷土料理ということで、あんこうの供(とも)酢も食べた。淡白ではあるが味わい深く、酒の肴にはもってこいの品だ。まあ、酒の肴ということになれば、けっこうどのようなものでもそれなりにおいしく食べられるわけだが、これは珍味。新鮮なあんこうの味を食せられるので、これも食べておくべきものだろう。
2010年01月10日
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正月の良く晴れた一日、三浦七福神を廻って過ごした。以前、やはり正月に湘南葉山の七福神めぐりをしたことがあったが、三浦のそれは初めて。地図を手にオリエンテーリングをするような趣きで、福の神の祀られている寺や神社を探した。こんな所にこんな場所がと新鮮な驚きを感じさせられることの連続だった。 住宅地を抜けると忽然と現れる緑の山間とその斜面に広がる花山曼荼羅。雲一つ無い青空を背に山頂に鎮座する大日如来を本尊とする188躯の仏と水仙等の花木で構成される参拝道。四国88ヶ所お砂踏みも体験できる本堂等、なんとも興趣に富んだ妙音寺(鶴園福禄寿)。 油壷ヨットハーバーの透き通った海の向こうに、雪を抱いた富士山の姿が望める。その海辺にある白髭神社(長安寿老人)。叩くとカンカン音を立てる鳴石もあって、いかにも海上安全を祈る漁民たちの神社という趣を持っている。 三崎港近くにある海南神社(筌籠弁財天)は、七つの中で一番賑やかで、参道には屋台も出て賑わっていた。港の後ろに立ち並ぶ飲食店の中から、これまでも何度か入ったことのある「立花」を選び、まぐろ料理を食べた。 拡がる畑や静かな湾の景色を楽しみながら概ね海沿いに進むと、広大な大根畑の中に慈雲寺があった。毘沙門堂はずっと畑の中にあって、車をどうするのか判らなかったので行けなかったが、お堂から洞窟を通るハイキングコースはいつか歩きたい。 こんな風にして一日がかりで七つ全部の御朱印を集めた。 天気にことのほか恵まれ、暖かな日差しを浴びたのどかな風景の中で、正月らしい良い時を過ごせた。
2010年01月04日
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