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記憶違いでなければ国鉄→サンケイ→アトムズ、そしてヤクルト。プロ野球に関心を持ち始めた子供の頃から、広島と大洋を含めた三球団は長くセ・リーグの弱小球団でありました。同病相哀れむとか、私は未だにこの二球団には親近感を持ち続けております。 昨夜はカープ期待の若鯉、山口翔投手のプロ入り初先発試合でした。運良くテレビ中継有り、帰宅と共に妻に問いました。「どげだ?」「7 対 0」「そうか7点取られたか、まあ初先発だけえ仕方無いのお」「違う違う、カープ勝っとるよ」「は?」 何がどうなって 7-0 なのか?「ヤクルトの先発は誰だった?」「小川」「えっ、ライアンか?」 東京ヤクルトスワローズのエース、ライアン小川こと小川泰弘投手、はっきり言って大好きな選手です。 快速球に落差のあるフォークボール、威風堂々としたマウンド捌き、エースと呼ぶに相応しいヤクルト球団の大黒柱です。そのエースが高卒2年目の言わば若造に後れを取るとは、小川監督の胸中如何許りかと拝察した次第。 ヤクルト球団のファンの皆様、14連敗は厳しい現実ですが明けぬ夜は無く上がらぬ雨はありません、期して勝利の日を待ちましょう。 苦しい時こそベテランの力、青木宣親選手に期待!
2019年05月31日
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昨定休日は亡き渋谷茂樹君の墓参、一年ぶりに彼のご両親にもお会いしました。 丸15年、あの時高校に入学したばかりだった長女のなっちゃん、そして小学校四年生だった次女のりかちゃんにも15年の歳月が流れたことになります。 女性の年齢を申し上げるのはタブーかと存じますが、15歳だったなっちゃんは今年30歳になるのですよ。お茶を頂きながらご両親と彼女のことを話しました。「なっちゃん、お相手が居るそうですね」「この間連れて帰って来てねえ」「ほう、それは・・・」「初めて会うたけど、優しそうな、良さげな人だったわね」「そりゃあご安心ですね、彼も喜んでいるでしょう」 そう話しながら遺影に目をやると、心なしか彼が頷いた様に感じました。「確か長男さんと聞きましたが」「長男もなにも、一人っ子だがね」「そうですか、で、広島の人ですか?」「三次だとね」「三次なら近い、松江尾道線で1時間ちょっとですわ」「それでもねえ」「は?」「嬉しい様な、寂しい様な気がしてねえ」 伺えば11月に広島市内で挙式とか、遠方、そしてご高齢故に「自分達は遠慮することにした」と仰います。孫娘の晴れ姿は「ビデオで見ます」とお二人、何時までもお元気でと願う昨日でございました。
2019年05月30日
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平成16年6月1日、高校時代からの友人、渋谷茂樹君が48歳の若さで旅立ちました。 早いものであれからもう15年の月日が経ち、私も間もなく満63歳の夏を迎えようとしています。 毎年命日前後の水曜日、今年は明日、幼馴染みで松江市内で曹洞宗のお寺の方丈を務めるK君と二人、墓参に伺う予定にしています。 おい渋よ、奥さんから長女のなっちゃんが結婚するかもって聞いたけど、お前もこれでやっと肩の荷が半分下りるよなあ。後は次女のりかちゃんか、こちらも付き合ってる人が居るらしいから大丈夫。 明日は一年ぶり、父上と母上にお会い出来るのを楽しみに出掛けることにするけえね。 今朝は久しぶりに恵みの雨、お前が降らせてくれたんかな?
2019年05月28日
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閑話休題、5月21日火曜日午前8時15分、松江市内Nクリニック診察室、前日の採血の結果CRP数値はどうなった? A師「ふ~む」 私「Aさん、どげですか?」 A師「お前良くワシの言う事を守ったな、見てみい」 私「拝見します。おっ、0.72↑ 」 A師「正常値が0.3以下、0.72なら後は抗生物質の服用で2~3日中に治るだろうて」 私「すると・・・」 A師「良いか!24日金曜日、乾の方角、遥か出雲大社を遥拝せえ。さすれば全快必至、床上げは間違い無いであろう!」 私「うっへ~」 Aさんは兄と同級、加えて中学・高校の先輩、とても心安いのです。ですから10日金曜日、「ちょっと風邪気味かな?週末も来週も忙しいからニンニク注射でも打って貰おう」なんて気軽に出掛けた訳ですよ。 今にして思えばそれが良かった。自覚症状は殆ど無かったけど体の中の何処かで密かに炎症が進み、A師の言によれば「放っておけば大事になるところであった」とのこと。 そう言えば高校同期、松江日赤病院のUが以前言っておりました。 U「一番怖いのはなあ、自覚症状が無いことなんよ」私「ふむふむ」 U「大したこと無いと思って放って置く、けど3~4カ月経っても体がシャンとせん、で、大きな病院を受診する」私「うんうん」 U「その時には残念ながら手遅れのこともあるのよ」私「へ~、そうなんだ」 U「だけえAさんの医院へ行ったら血液検査は必ずして貰え、それが早期発見への一番の近道よ。まあそれでも、お前はそんなに長生き出来んけどのぉ」 23日からは平常通り勤務しておりますが、還暦過ぎの皆さん、たとえ処方箋を貰うためだけの通院でも血液検査は必ずやって貰いましょう。 今回の教訓、それは『転ばぬ先の杖』。
2019年05月27日
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さあレース開始! 6艇揃ったスタート、しかしこの時、舟券が当たるとは思っても居りませんでした。何せ「宮本選手が一着なら高配当」だけが頼りの願望舟券、こんなのが当ったら予想屋さんが泣きます。 本命は格上の重成選手、その重成選手が負けるはずが無い、況してや唯一の女性レーサー宮本選手が1着になる可能性はほぼ皆無、買った舟券が紙屑になるのは時間の問題かと思われました。 然るに1マーク、上がる水飛沫の中から抜け出して来たのは赤いカポック、宮本選手です。目を疑うとはあのことか、大本命の重成選手はと見てあれば三番手を航走中、茫然自失ってあんなことを言うのですね。 レースはそのまま一着宮本選手、二着選手は失念、重成選手がまさかの三着に敗れ大波乱、払い戻しは1万6千円ほどの高配当、思わず「取ったあ~」と絶叫しておりました。 続く最終12レース、優勝戦も2号艇の女子レーサー田口節子選手から勝負、これも取って配当は5千円弱、10連敗のあとの2連勝で大勝利を収めました。 さてこの11・12レース、それぞれ舟券を何枚持っていたかは敢えて申し上げませんが、平和島競艇場から宿泊先の新宿プリンスホテルまでのタクシー代、そして夕食時に「てっちり?、良いんじゃないですか」、更には「ひれ酒?どんどん遣りましょう」と大盤振る舞い、この事で凡そをご推測頂ければ幸いに存じます。 てっちりにひれ酒かあ、あれは寒い時期だったんだろうなあ、多分。 この項続く。
2019年05月26日
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明けて20日月曜、ベテラン看護師さん(推定年齢68歳)に「頑張って下さいね」と励まされながら朝一採血、点滴、そして例の如く家に帰って安静を保ちました。 そして21日火曜、CRP数値はどうなった? 名前を呼ばれ「血液検査の結果や如何に、いざ勝負!」とばかり診察室のカーテンを開けました。 この時の「勝負!」って言う気持ち、切羽詰まったやるせなさ、あの時に似てるよなあ。 それはもう15年ほど前、ですから48歳頃、頼母子講のメンバーで東京へ行った時のことでございます。羽田空港到着後に「お前はどうする?」と先輩方に問われ、すかざず、しかしやや遠慮気味に「今日は優勝戦、平和島競艇へ行きます」ときっぱり申し上げました。 すると先輩方も「競艇かあ。まっ、非日常を体感するには良いかもなあ」と皆さん同行されることになり、揃って平和島競艇場へと向かったのでございます。 その日のことは忘れもしません、第1レースから第10レースまで絵に描いた様に全敗、いわゆるボウズ。悲惨一途の状況に、財布君は「ご主人、ワシもう底を突きまっせ」と悲鳴を上げます。 迎えた11レース、泣きそうな顔で『ここ勝負!!』と舟券を購入しました。 このシリーズは男女混合戦、私の一方的な思い込み舟券は女性レーサー宮本紀美選手の頭から男子レーサー重成一人選手の2・3着付け三連単8点、あり得ない大穴舟券です。 レースの始まる前、「サラ金→街金→ヤクザ屋さんの取り立て→家庭崩壊→ドヤ街行→行く方知れず→行旅死亡人」の構図が頭を過りましたねえ。 この項続く。
2019年05月25日
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A師「ともかく今のままじゃ薬石効なし、数値が下がるまで点滴と安静だな」 私「えっ?、今週は忙しいんですけど・・・」 A師「お前ねえ、医者の、それも頓原の先輩の言うことが聞けんか?」 私「わ、分かりました。Aさんの言われる通りにします」 点滴を受け、しかしちょっと逆らってその日の午前中は仕事、午後からはお言葉通り安静を旨としベッドに入りました。 翌17日は朝一採血→点滴→帰って寝る、そして迎えた18日土曜、前日の血液検査の結果を伺いました。 突然ですが私の出身大学では前・後期の試験結果が優・良・可・不可の四段階評価に分かれておりまして、当然のことながら単位を取得するには「可」以上の成績が必要でございました。 当時試験の度に念じましたねえ、「不可だけは勘弁」と。18日の結果言い渡し、凡そ40年ぶりに学生時代に戻り「入院だけは堪えて」、そう祈りましたよ。 A師「ふむ、ちょっと下がったな」 私「そうですか、いや~これで一安心ですわ」 A師「お前ねえ、この数値見てみいや」 私「おっ、4.23↑。明日から仕事、大丈夫ですよね」 A師「あんなあ、前にも言ったろ、正常値は0.3以下だって。まだ正常値の14倍もあるがな」 私「おっ、Aさん計算が速い!」 A師「冗談言っとる場合か。4.23はなあ、これでやっと抗生物質が効く、快復の見込みが立った、そんな数値だがな」 私「じゃあ今後も?」 A師「うん点滴と安静、それと抗生物質」 この項続く。
2019年05月24日
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皆さん、CRPってご存知ですか?『体内に炎症が起きたり、組織の一部が壊れたりした場合、血液中に蛋白質の一種であるC-リアクディブ・プロテイン=CRPが現われます。このCRPは、正常な血液のなかにはごく微量にしか見られないため、炎症の有無を診断するのにこの検査が行われます。(中略) 陽性反応が強い場合は、結核などの感染症、膠原病、リウマチ熱、心筋梗塞、肝硬変、敗血症、悪性腫瘍など。弱陽性の場合もウイルス性疾患、急性肝炎、脳炎、内分泌疾患などの疑いがあります。(中略) CRP検査は採血により行い、1デシリットルの血液のなかにCRPが0.3ミリグラム以下であれば正常。』日本衛生検査所協会HP抜粋 5月10日金曜、「風邪気味かな?」とかかりつけ医のA先輩の医院を訪ねビタミン注射、「風邪ではないと思う、これでちょっと様子を見よう」とA師、「今度のお前の定休、水曜日に朝一で来い」とも言われました。 5月15日水曜、ご指示通りに朝一で受診、「今日は点滴、ついでにレントゲンと採血も」と仰います。レントゲンの結果「肺炎などは無し」とのこと、採血後に点滴を受け「今日は一日ゆっくり寝るかあ」と安気に構えておりました。 然るにその日の午後「明日も必ず朝一で来い」と自宅にお電話を頂き、しかしこの時点でもそれ程心配してはおりませんでした。 そして5月16日木曜、一枚の検査報告書を示してAさんが仰います。 A師「このCRPってのがあるだろ」 私「はあ」 A師「これなあ、体のどこかに炎症がある時に数値が上がるんだわ」 私「はあ」 A師「これ見てみ」 示された欄の数値を見ると11.7↑、こっちは素人ですから何のことやらさっぱり分かりません。 A師「これの正常値は0.3以下、15で即入院、お前は11.7!」 私「はあ」 A師「お前なあ、無茶苦茶しんどくないか?」 私「いや、それ程でもないですけどね」 この項続く。
2019年05月23日
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高校時代の三年間、私は松江市奥谷町の下宿でお世話になりました。 特筆すべきは小母さんの手料理、朝夕と親元を離れた下宿生に大変美味しい食事を作って頂きました。 また土曜日の夜は茶話会、一週間に一度だけテレビを観て、小父さんや小母さんと茶菓を楽しみました。 昨地元紙、その大恩を受けた小母さんの訃報、96歳での旅立ちです。 今夏の新盆、当時の下宿生で是非お参りを、そう固く誓う昨日でございました。 小母さん、安らかにお眠り下さい。合掌。
2019年05月16日
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『第90回都市対抗野球大会の岡山県・島根県予選(岡山県・島根県野球連盟、毎日新聞岡山支局主催)は12日、1次予選の3試合目が美咲町のエイコンスタジアムであった。 両チーム1勝1敗で迎えた3試合目はショウワコーポレーション(美作市)がMJG島根(松江市)を5-2で降し、2次予選進出を決めた。』毎日新聞 5/13配信 松江市 001 000 001│2 美作市 120 200 00/│5 この試合美作市の大山投手が完投、MJG島根も9回表に1点を返して食い下がるも残念ながら1次予選での敗退が決まりました。 さて先に行われた第49回JABA徳山大会で山口防府ベースボールクラブさんとの一戦は 0-8 と一安打完封負け、三原選手の言によれば相手水本雄也投手は「見たことも無い」球速151キロだったとか。 151キロ?、まるでプロ並みですね。今秋のドラフトで指名があるやも、防府の大山投手、記憶に留めておくことに致します。 またこの大会の記録を見ると防府さんは初戦で福山ローズファイターズさんと対戦、5-3 と勝利したのですが何と佐伯和哉投手が完投勝利を収めています。 懐かしや佐伯投手、思い起こせば2015年8月1日、全日本クラブ野球選手権の全国大会出場を賭けた準決勝でMJG島根と対戦したのが佐伯投手でした。 素晴らしい投球を披露した佐伯投手でしたが9回裏にヒットとエラーが重なりサヨナラ負け、マウンドに蹲る姿が今も目に残ります。 そうか、佐伯投手まだ現役で頑張ってるんだ、その闘志に拍手また拍手。
2019年05月14日
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昨11日、第90回都市対抗野球大会の岡山県・島根県予選が始まりました。 1次予選に登場はショウワコーポレーション(岡山・美作市)とMJG島根(島根・松江市)、2戦先勝方式で対戦しました。 結果は1勝1敗、本日雌雄を決することになりましたが昨第2試合でMJG島根の山本投手が完封とか、山本投手?、新戦力か? 昨年は2次予選観戦に岡山県のマスカットスタジアムへ出向いたことを思い出します。島根県唯一の硬式野球クラブMJG島根、今年も何とか2次予選進出をと願っております。
2019年05月12日
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昨日体調がやや不良、かかりつけ医であるA先輩の医院を訪ねました。 A師「ふむ血圧が普段より高い、草臥れとるんだろ」 私「はあ、今年のGWはちょっと忙しかったもんですから」 A師「ふ~ん、気ー付けんとイケンで。お前も62歳だけんな」 私「風邪ですかね?」 A師「いんにゃ単なる草臥れだろう、、ビタミン注射で治ると思うわ」 私「頓服下さい、あれが一番効きますわ」 A師「うん、じゃあ強力なのをね」 処置室に入り腕まくりをしたところへA師がカーテンを開け入室、こう仰います。 A師「お前、『きらく』さんのこと聞いちょう?」 私「いえ別に、何です?」 A師「どうも近々閉店するらしいわ」 私「へ~そうなんですか」 A師「時期まではワシも聞いとらんけどな」 故郷頓原の『きらく食堂』、ラーメン、豚汁、おでんが名物でして、私がチキンライスなる物を始めて口にしたのも『きらく食堂』さんでした。 何せ極度の少子高齢化、人口が減り続ける一方の頓原での食堂経営、それはかなり厳しいだろうなと察してはおりました。 「そうか、あのラーメンも食べられなくなるか」、医院をあとにしながら一抹の寂しさを感じる昨日でございました。
2019年05月11日
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昔の話ですが、20年くらい前まではGW次週の火・水・木は広島県展、府中・福山展、香川・徳島展と各産地の新作家具展示会が毎年開催され、当時は私も先ず広島に入り続いて府中・福山、時間が許せば四国までへも足を延ばしておりました。 中心は何と言っても府中新作展示会、婚礼家具が売れていた時代には中四国へ全国から家具商が集う一大イベントでございました。 それが婚礼家具が売れなくなると共に府中が衰退、関連する四国の鏡台メーカーさんの激減、更には外国産に押された国内メーカーの不振と一気に産地展示会そのものが無くなって行きました。 その後は各メーカーさんの個展へと姿を変え、今では広島の数社がこの時期に展示会を開いています。 手元に二通の案内状、取引先の浜本工芸さんとドリームベッドから頂き「是非に」とお誘いを受けています。 でもかなり腰が重い、店外催事に始まりGW期間中は定休日を除き全出勤、一人店番も四日を数えたにも拘わらずその間飲み会三度、還暦越えの身には堪えます。 15日の広島行は体調次第、しかし広島には高校同期のIが居るけえなあ、前泊して一杯やるのも有りかなと。
2019年05月10日
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高校同期の島田三郎参院議員が昨日逝かれました。肺がん発病以来11年、病状の悪化に伴い今夏の参院選には出馬せずとのことでしたが、政界引退で島根に帰り、養生してくれればと願っておりました。 残念な思いはございますが、一方で「これでやっと楽になったね」と言葉を掛けたい心持ちも致します。 サブの愛称で親しまれた島田三郎君、どうぞ安らかにお眠り下さい。合掌。
2019年05月09日
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改元初日、5月1日に高校時代を同じ下宿で過ごした先輩お二人、そして同輩一人と私、都合4人で飲み会を開催しました。席上、お二人が仰います。 K氏「この頃なあ、思うんよ。ワシの人生も後20年かってなあ」 F氏「ホントだよなあ」 K氏「20年なんて、きっとあっという間だろうな」 F氏「全くなあ」 私「ちょっと待って、あんたら85歳まで生きる気?」 K氏「そりゃそげだわな」 F氏「今はお前、それくらい普通だろう」 私「いや、普通ったてねえ」 K氏は難病持ち、F氏はアルコール依存症、それでもお二人とも酒を止めようとはなさいません。 それで85歳まで? 而して、こう申し上げました。 「あんねえ、そりゃちょっと無理だと思うよ」
2019年05月07日
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昨夜9時頃、携帯に着信がありました。発信者の名を見ると京都に暮らす高校同期のN、「何事かいな?」と電話に出ると何やら騒々しいところからの電話。 直ぐに「こいつ何処かで呑んでるな」と分かりましたが呂律が回らず意味不明、すると電話が別の声に代わりました。それは同じく高校同期のI、聞くとN夫婦が来松中で一緒に呑んでるらしい、「お前も直ぐに出て来い」と申します。 その時点で晩酌も終わりベッドの中、もう何時眠りに落ちてもおかしくない状況でしたが高校時代のNの顔が目に浮かび、「よっこらしょ」とベッドから降り着替えを始めました。 電話を受けてから40分後、Nが待つスナックのドアを開けると旧知の顔が4~5人、その中にNの顔を見つけました。賀状のやり取りはしているものの高校卒業以来約45年振りの再会、さすがに涙腺が緩みました。 残念だったのはNが酩酊寸前だったこと、酔っ払いの常で同じことを何度も繰り返し喋り、しかしその間強く握った私の手を放そうとは致しません。 11時過ぎに散会、Iから「Nは酔っとる、お前ホテルまで送って行け」と言われ、ふらつくNの腕を取り夫婦の宿泊ホテルへと同行しました。「おい、俺とお前は友達だよな」「おおそうよ、友達だがな」「何でお前と知り合ったん?同じクラスだったか?」「違うって。お前は三刀屋でワシは頓原、同じ飯石郡出身だけえの」「ふ~ん、お前頓原か」 道中もスナックでの話の繰り返し、奥様の困ったような笑顔が目に残る松江の夜でございました。
2019年05月06日
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何と昨日は14万人超の方々が一般参賀とか、驚きましたねえ。 まあ田舎暮らしの身では望むべくもありませんが、仮に大学卒業後も東京に残り、あのまま小金井市に住み続けて居たとしたらどうだろう? 武蔵小金井駅から皇居まで一時間ほど。加えて自身、左翼とは馴染まぬ右寄り。 故に祝意はある。でも行かないな、きっと。 多摩川競艇へでも行ってるかな? でもって一万円くらい磨って「ヒ~ン」と泣きながら多摩川線、武蔵境で中央線に乗り換えるんだろうな、きっと。 でも、2千円は残してると思うな。 それ持って『百薬の長』へ行くな、きっと。 梅割り焼酎3杯、モツ焼き5~6本、マカロニサラダ、これで余裕の2千円弱。 アパートに帰りセンベイ布団に包まりながら、「あ~良い休日だったな」と独り言つんだろうな、きっと。 ん?、てことは独身か? まっ、しょうがない。都会で所帯を持つ甲斐性なんて無いだろうからな、きっと。 貧乏学生からそのまま40年、そんな姿が目に浮かび、懐かしく彼の地を想う今朝です。
2019年05月05日
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平成最後の日、「今上陛下のご苦労を謝し、秘蔵の酒でも開けますか」、お昼頃はそう思っておりました。 通常、私は家で洋酒を呑むことはございません。これはおそらく、学生時代にブラックニッカやサントリーホワイトを十二分に堪能したからではないかと合点しております。 さて過日、左官業を営まれる先輩のIさんから「あんたに上げるわ」とお酒を頂き『分不相応、これは何かの折に』、そう思っていたのです。 右端、オールドパー15年 43度。 然るにそれを思い出したのは普段の晩酌、芋焼酎霧島を「今日は平成最後の日かぁ~」と感慨深く呑み終えた後でございました。 そして令和初日は飲み会、翌二日も飲み会、このお酒を開ける日はやって来るのでしょうか?
2019年05月04日
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昨2日、兵庫県は伊丹市から幼馴染みが来松、こっちに居るもう一人と都合三人でミニ同窓会をやりました。 しかし何ですな、幼馴染みが顔を揃えると話は昔の頓原のことに終始しますな。「万対橋のところに大判焼きとタコ焼きの店が在ったよなあ」「在った在った」「それからあそこの所に自転車屋さんが」「在った在った」「魚屋さんは三軒!」「そう、在った在った」 この「在った在った」で1時間は話が弾みますからねえ、懐かしくも嬉しいものですよ。 居酒屋で2時間、〆の焼肉屋で30分、昨夜はとても楽しい時を過ごしました。つよっさん有難う、また帰っておいでね。
2019年05月03日
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今まで宿泊ホテル、旅券など様々なネット予約をして参りましたが、これを信じ込む愚かさを昨夜初めて体験致しました。 18時に10分前、予定通りにネット予約したお店へ行き、店員さんに予約者である自分の名前を告げたのですよ。 するとですねえ、予約一覧表みないな物を何度も見直した店員さんが「何時予約されました?」と聞くのです。 ご免けど何月何日にネット予約したなんて覚えちゃいませんからね、こっちは。その旨を告げると「少々お待ち下さい」と店員さん、その時点で私は近くの焼き鳥屋さんへ電話を入れ空席の有無を確認しておりました。 程なく店長と思しき男性登場、「誠に失礼致しました。こちらの手違いです、予約の確認を怠っておりました」とのこと。 「はぁ?」とは思いましたが幸い焼き鳥屋さんに4名席が空いていましたので「皆に連絡しなくちゃ」と再び電話を手にした時、店長氏が「お席を用意しましたのでこちらへどうぞ」と6人席へ案内され事無きを得ました。 予約前日確認メールも来た『ホットペッパーグルメ 予約サービス』、時として盲いる。
2019年05月02日
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