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というわけで今日はADSL騒動のまとめを。TelefonicaのADSLが問題なく開通したものの、もう1つ問題が残っていた。それはVodafoneの解約。先週の月曜日に解約係に電話したが、それで解約が成立したわけではない。解約するには、受け取ったルータやUSBモデムを宅配業者に返却し、その控えと身分証明書を添付して、解約したい旨を書いたFaxをVodafone宛に送らなければならないのだ。VodafoneがそのFaxを受理して初めて解約のプロセスが始まる、というなんともやっかいなやり方。解約希望の電話から2日後、ロジスティック係から電話があり、明日、宅配業者が受け取りに来るという。昼間なので職場に来てもらうことになったが、結局翌日、宅配がきた時間が昼時にかかり、返却できず、今日まで到る。。。で今日の昼、Vodafoneのカスタマーサービスに電話、長時間たらいまわしにされたあと、やっと解約係の女性につながった。で、いつ引き取りに来るのかをたずねると、宅配業者は一度きりしか引き取りにいかないため、私がVodafoneの解約係宛てにルータなどを郵送しなければいけないという。で、送付先住所を聞くと、うちの職場の近くだったので、だったら直接自分が返却しにいくことにした。と思ったらそれから1時間後、宅配のおじさんから電話があり、ルータを引き取りに来たという。な~んだ、さっきの女性の言ったことは嘘じゃん。というわけで午後一にルータを返却し、今度は解約希望のFaxを送ることに。もちろんロクトリオ(電話センター)から送ることもできるが、ネットの情報で、Vodafoneのお店で無料で送ってもらえるし、その方が確実と聞いたので、近所のVodafoneのお店へ。問題なくFAXを送ってもらい、その控えをもらって今度は郵便局へ。Burofaxなるものを送るためだ。なんでもVodafoneが指定したFAX番号にFAXを送付してもあとで送ったのに届いていないなどの問題が起こるため、FAXしたことをのちのち法的証拠として使うことを考えたら、BUROFAXがよいのだそうだ。27ユーロちょっとお金はかかるが、これまでのVODAFONEをやり方や仕事ぶりをみていると、送った送らないの問題が絶対でてきそうだったので、保険料としてBUROFAXも送ることにした。郵便局のおじさんはきっと同様のFAXをこれまでも何度も扱ったに違いないようで、手馴れているようだった(笑)。明日には私のFAXがVODAFONEに届くらしい。あとは数日たったら私から再度VODAFONEに電話してFAXが届いたか、解約手続きが開始したかを確認する予定。ところでVODAFONEを将来的に解約したい人のために。123に電話しても、機械の声で流れるオプション一覧に「解約」というオプションはありません。じゃあ解約係に回してもらうにはどうする?オプション一覧は無視して一言「baja(解約)」と言いましょう。そうすると解約係に回してくれます。なるほど、そうやってuserをかく乱させてbajaをさせない作戦なのか。やり方が汚いなあ。ちなみに今朝、vodafoneよりもっと前に利用していたtele2のルータを返却した。宅配のおにいさんが取りに来てくれた。こちらは返却もすべてスムーズだった。Telefonicaから移行するときもスムーズだったし、adslのスピードも大満足だったし、請求書の問題も一切なかった。なのでTele2のままでいられなかったのはとても残念だ。友人のセルヒオは未だにtele2ユーザー。このまま引っ越さない限りはとりあえず今のところはtele2でいられる。あ、もちろん請求書はvodafoneから来るのだが、でもこの2つは同じ会社でありながら、請求書の発行もカスタマーサービスもまったく別。でもそのサービスは雲泥の差なのだが。Telefonicaとの契約はとりあえず1年。その後はどうするかゆっくり考えます。あ、でもVodafone以外ということで。
2011.04.18
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こないだの木曜日、やっと新居にADSLがついた。引っ越したのが1月6日だから3ヶ月ちょっとかかったことになる。でも結局オペレータを変えたのであった。この件を細かく書くと本が2冊ぐらいかけそうなので、かいつまんで短く書くことにします。私はもともとTELEFONICA(日本で言うNTT)でADSLを契約していたのだが、ちょうど2年前からTele2に移行、これまでは3メガ契約だんたが、tele2になって20メガ契約、実際にも11メガでていたので、動画はバリバリokだった。で、昨年11月に引っ越した際もそのままtele2。なので今年の1月に引っ越したときもTele2にしようと思ったが、tele2はVodafoneに吸収され、昨年12月を持って、移転やら新規の契約ができなくなってしまったため、Vodafoneで同じスピード、同じ金額の契約で移行することになった。これが間違いだった。。。。それから2週間後にルータとUSBモデムが届き、その5日後からはUSBモデムを使ってネットと通話が可能にはなったものの、モデムが切れる切れる。おまけに1月中旬には新規契約料として25ユーロあまりが間違って引き落とされたり、最初から問題続々。もちろんカスタマーサービスにはしょっちゅう電話はしたのだが、対応する相手によって言うことが違う。「あなたのADSLはいついつ開通します」、でも開通しないからまたヘルプデスクに電話。で、受けた人は「あ、いついつですね。」、といっても開通せず再度電話。おまけにその都度最初から説明しないといけないから、耳に受話器のタコができるかと思ったぐらい。あるときは頭に来たから解約係にもまわしてもらい、確認すると「遅くてもいついつまでには必ず開通します、上のものもそう言っています」。上のものもそういったが、その日付には開通しなかった。頭に来てもう解約してやる!と思った翌日、日本で大震災が発生。ここでネットがなくなっては困るので、とりあえず実家の様子が落ち着くまでは我慢することにしたが、ADSLがつながる様子はまったくなく。日本の家族との連絡は情報収集にはネットが必要だから早く開通して欲しい!と泣きついたら、とりあえず動いてくれて、Telefonicaのテクニコが自宅に来るまでにはなった。(ほとんどのオペレータは自社で電話回線を持っていないため、契約はその会社であっても、回線のチェックのためにtelefonicaがやってくる仕組み)て、Telefonicaのテクニコいわく、シンクロしない、何か問題があるみたいだ、Caja central(各建物にある、電話回線の集まった箱)を見る必要があるので、また日を改めて連絡する、とのこと。ところが数日たっても連絡がないのでこっちから連絡したところ、「Vodafoneにシンクロしないって伝えたら、別にそれは問題じゃないっていうから、伺う必要はなくなった、今から48時間以内にADSL開通の携帯メッセージが届くはずだから」とのこと。それでも腑に落ちなかった私はまたVodafoneに連絡すると、今日3月24日から30日までの間にADSLは開通します、とのこと。でも30日になってももちろんADSLが来るわけでもなく。。。で、またVodafoneに連絡すると、「え、もう24日にADSLがついてるはずだけど」。だからまだないってばというと、ではテクニカルな問題のヘルプデスクに電話しろとのこと。で、電話すると、確かにADSLのシグナルが行ってないわね、じゃあ、48時間以内に連絡しますとのこと。48時間以内に電話が来て、回線が切れているようだ、Departamento de Provisionに電話しろというので電話すると、「数時間以内にADSLが開通します」とのこと。もちろん翌日になっても開通するわけもなく、再度テクニカルな問題のヘルプデスクに電話、またまた48時間以内に電話しますとのこと。それが先週の金曜日、8日のことだった。で、翌日9日、夜10時40分に電話が来て、これはテクニカルの問題ではなく、Administrativeの問題で、あなたの電話回線が解約されていました、とのこと。私「ってことはどういうこと?」女「ADSLを開通するには新規に申し込みをしてください、あなたはVodafoneでADSLが欲しいのよね?」私「え?(本気で今更そんなこと聞いてるのかの「え?」)」女「それではIncidentの番号を言います、I de Italia、ブラブラブラ」私「ちょっと待って、この番号って何のための?」女「新規契約123に電話をして、この番号を言ってください。」私「あんたたちのミスで3ヶ月待ってそれでいて新規申し込みしたいわけないでしょう?」女「(明るい声で)では解約するには123に電話してオプションから解約を選んでくださいネ。」というわけで解約をしようと思ったが、解約係は月-金しか開いてないらしい。で、11日月曜日、会社の帰りにTelefonicaのお店に行き、契約。3~5日でADSLが付くらしい。ホントか!と思ったら翌日には連絡が来て水曜日にテクニコが来て、でもcaja centralを見るために翌日朝再度来てもらい、なんと14日の朝にはADSLが開通しました。今までの3ヶ月ちょっとは何だったの~。というわけでやっとADSLが堪能できる環境になりました。長かった~。明日はいろいろとまとめを。
2011.04.17
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大震災から1ヶ月が過ぎた。未だに大きな余震が続いていて、そのたびに「もうやめてよ~」と叫ぶ私。心配なのは1ヶ月前の本震では持ちこたえたとしても、かなり弱っている建物がたくさんあり、今回の余震でそれらの建物が崩壊しているケースがあるということ。うちの家も以前から今度大きいのが来たら危ないと言われてるので、余震のたびにびくびくものだ。それ以外に心配なのは、物資の流通がまだまだだということ。近所の食料品店では品物の種類に限りはあるものの、なんとか店頭に並んでいるものを買って、それでなんとか料理してしのいでるらしいのだが、全然店に入ってこないものもあるらしい。例えば牛乳とか、なかなか店に入ってこないから買えないと母が悲しそうに言っていた。避難所暮らしではないから、他人が聞いたら贅沢に聞こえるかも知れないが、でもそんな話を聞くとまたまた私の心は悲しくなる。。。そんなときに、追い討ちをかけるようにちょっとショッキングなことを見てしまった。たまたま週末にネットで田舎の情報を探していたら、私が小学校、中学校時代を過ごした地域の震災後の写真が掲載されていたのだがこれがまた。。。たまたま去年帰省した際に同じようなアングルで写真を撮っていたので、比べてみて唖然。真正面に大島があるからかろうじて同じ地域とわかるものの、まったく何も無くなってしまった。。。何もかもが津波に飲まれてしまっている現実を目にして(といっても写真でなのだが)、震災後1ヶ月経って逆にその被害の大きさに驚いて、かつ、不安になる自分がいた。ちなみに昨年9月の写真はこれ。そして震災後の写真はこれ。母もこないだタクシーでこの地域を通ったときは運ちゃんがほらここは、、、というまではわからなかったほどだという。しっかりした母だが、このときはかなりびっくりしたらしい。子供の頃に遊んだ近くの空き地、同級生たちの実家、子供の頃の思い出が詰まった場所が一切消えてしまった。。。。早く収まって欲しいよ~。
2011.04.11
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