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いずれが、あやめかかきつばたの、美の競演の季節。GM破産法申請提案とのこと。駅馬車経済のなれの果てか?大儲けすれば摩天楼。勝負に負ければリストラと破産の博打経済。これでは、あやめとかきつばたの違いは、判るまい。
May 29, 2009
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咲き終わった蒲公英(たんぽぽ)は、痩果を風神がさらって天高くまきあげ、風まかせで、世界中に種をまいてくれる。人間も煙となり、魂は千の風に乗って、世界のどこかに旅立つのかも知れない。
May 23, 2009
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民主党の新総裁の鳩山さんが選ばれた。自民党の鴻池さんは、ご自分の不倫旅行で国会議員の特権「JRパス」を使ったとか。(笑)人間というもの色欲に目がくらむものである。これを地方の原動力に活かせないかと考えるのである。振り返ると、小さな田舎町で生まれ育った若者が、大都会に憧れるのは当然だと思う。大都会とは、簡単に言うと「夢や恋人」と言った類である。振り向かない夢や恋人は、田舎の若者から一途に想い続けられる・・嫌らしく不倫を好む都会人である。決して、田舎が不便だから、夢も仕事が無いから・・それだけの理由や動機づけで都会へと向かわない。理由は、簡単である。田舎の濃密な対人・友人関係の煩らわしさが、都会へと心を運ぶのである。思春期に最も大事なイベントは、異性との語らい、過ごし方である。田舎で恋に破れた者も、都会へ向かいたくなる・・これまた同じ動機である。また、子供の頃から育ってゆくと、友情という美辞麗句よりも力学的な上下構造の人間関係である。品の悪い、強い奴の口数、暴言に閉口しつつ、このまま何年も同様な人生を田舎で過ごすかと思うと、人生は空しいと感じる。「故郷には、それほど美しい物語はない」と誰かが言ったが、共感する部分も多々ある。かつては、東京にある大学を、すべて地方に移転させる妙案もあったと思うが、何故か、今は、東京にある企業本社機能を移転せよ・・という過激的な発言も出てくる。要は、東京で暮らしみるとよく解るが、それほど便利な大都会、街の生活ではない。が、雑多な清潔な空間に品の良い人間が多いので心地良いのである。とりわけ、地方から上京するとよく解る。昭和初期まで、日本一の大都会は、商都の大阪であった。東京は、第二位の都会だった。その大阪も、徐々に地盤沈下している。海外では、大阪のネームバリュは、それほどもない。現在、海外でもっとも有名な日本の都市名は、圧倒的に、東京、広島、京都である。東京で暮らした者にとって、田舎に戻るという決意は大変な勇気がいると思う。田舎者という言葉があるが、実際、何の変哲もない田舎者に戻るということである。田舎者というイメージが、善いのか悪いのか、今の時代は、都会人という言葉のあやふやな存在の無さに較べると、断然と重みや厚みが多少加味されていると思う。これは、今や世界共通の印象かもしれない。フィルムの中で、パリジャン、パリジェンヌに憧れたフランス国民の田舎者も同様で、都会暮らしが、単純に心地良い生活地域に変化し実感し認識しているように思えるのである。日本の高校生の修学旅行の行く先に英国の都会と田舎を薦めたい。日本の方言よりも、英国の方言の数が多い・・それに、その方言をあまり直そうとしない。いかに、ロンドンよりもカントリーサイドの方が、美しいのか・・歴然とする。英国の田舎者が、大都会ロンドンに暮す人間を憐れむ。東京の問題は、日本の大問題である。しかし、地方の問題は、日本の死活問題である。都知事の石原さんが「東京は、人間で言うと心臓部にあたる」と喩えていたが、心臓移植は、いくらでもできる。逆に東京の衰退と地方の繁栄ならば、日本人のほとんどが納得できるのではないだろうか・・。東京がなくても、地方は存在する。地方でオリンピックが開催されなくても地方昔、若い頃は、東京に憧れて暮してみた。今も東京が好きだが、地方の田舎風景をもっと愛してしまう。いつのまにか東京を離れた田舎者の小生の感想である。ニューヨークから東京に入ると、東京は混沌とした大都会に映り、ニューヨークが洗練されたビジネス街に映る。逆に、そのニューヨークの摩天楼が、ロンドンやパリの伝統や風格のある都市美に較べて、金をかけた巨大な墓石街としか映らない。東京の一極集中問題は、「過信すぎる東京に、これから美しい物語が始まるのだろうか」の一言に尽きると思うのである。東京は、まだまだ差し置くことの出来ない存在である。それだけ人口が多い分、日本人の夢が詰まった世界に誇れる日本一の場所だと思うのである。近未来、日本一老人の多い東京首都圏になるという前代未聞の現実と大前提(天災も含む)が、警鐘として響き渡っていないのが、この国のお粗末さ、能天気な日本の実情なのである。このままの日本の地方の衰退は、忍び寄る東京の衰退に繋がる。共倒れとなる可能性もある一蓮托生の現実社会なのである。第一次産業国家に戻ってもよいのではないかと思うのである。農林・水産漁業の生業を基本とする圧倒的な日本国民でもよいのではないかと思うのである。しかし、日本の一地方から世界へと発信する時代になりつつあるのである。日本の地方の特権は、「卑屈」にも「誇り」にも「自負」にもなりうることである。
May 17, 2009
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石川県山中温泉郷を流れる大聖寺川に鶴仙渓遊歩道があります。今日は、こおろぎ橋から黒谷橋まで散策しました。独りで散策したのが、何か物悲しい気持ちになりました。せせらぎの音が、とても気持ちよく心に響きました。あの人・・2ヶ月ほどまえに再び現れて再び消えてゆきました。「心がつかめないよ・・!」その人・・4ヶ月ほどまえから大きな存在となっています。「心はどこにあるの・・?」アレコレ考えると・・心が止まってしまいそうです。・・しっかりしないといけませんね。地球は、それでもまわる♪ 老いらくへと歳をとるばかり。喝!
May 14, 2009
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林芙美子が亡くなったのは、1951年享年47歳。その10年後の1961年に森光子さんが放浪記の初演を行う。以来2000回の48年は林芙美子の生涯年数を越えた。林は芙美越えて、森となって光り輝く。林を見て森を見ず、 森を見て林を見ず。花の命は短くの林芙美子の生涯と 花の命は長くの森光子さんの生き様が重ならない。「巷に来れば憩いあり 人はみな吾を慰め 煩悩滅除を善知鳥なり」
May 9, 2009
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久しぶりのおよそ20年ぶりに大学時代の友人(女性)に会うことが出来ました。異性間での友情は成り立つのか?若い頃、誰でもそんなことを考えて想い悩んだこともあったと思いますが、その相手と30分間ほど、ずっと手をつないでいることは可能ですか?それが、「答え」かな。彼女・・誰かの車を借りて、手をつなぎながら一緒にドライブ運転・・首都高速の環状線をグルグル回ったという思い出があると言う・・私は、全く憶えていない。誰かと勘違いしているのでは?50歳を過ぎれば、男も女も・・苦い友情や恋愛の思い出さえ美化したくなるのでしょう。(笑)だから、「一生青春」という言葉も使いたくもなります。
May 4, 2009
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衛星を持たない金星人は一つ目で描かれる。月をもつ地球の生物には左右の目があり、左目が月で右目が太陽目と云われる。月にも日にも一を加えると目になる。生きる為に貪欲な目の二河地獄を白道に牽引するはムーンリバー。
May 3, 2009
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人生は、不満を言うほど悪くない。どうぞ、よい一日を!享年17歳・・生きた長さではなく、どう生きたかだ。合掌。
May 2, 2009
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五月蠅(うるさい)ハエも、近頃ご無沙汰である。平成の子供らはハエ獲り紙の存在すら知らない。あのハエは、小蠅になったのか、それとも別の黴菌に姿を変えたのか?昭和の子供たちの免疫は、古典的な黴菌には強いが、新型黴菌に耐えれるか問題である。 「働かざる者食うべからず」の働かざるものとは、100年昔には貴族のことだった。現在の働かざる者とは、失業者のことを言うらしい。クライスラーは、破綻であるが、貴族まがいの経営者が増えたとき、大量の「働かざる者」を増産し、オアシスは枯渇する戒めか。クライスラーの商品名ジープは、どうなるのだろう? ジープではないが、明日から東北地方まで愛車でドライブするつもりです♪
May 2, 2009
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