全99件 (99件中 1-50件目)
世の皮肉。力の有る者は力を貸したがらない。力の無い者程貸したがる。力の有る者程遣らない。力の無い者程遣りたがる。年寄りが子供に手伝わ無くて良いから邪魔するなと良く言った。彼のヒットラーが力の無い遣る気の有る者は幹部登用してはならないと言ったと言う。問題は力の無い者に遣らせない事よりも力の有る者に如何に遣らせるかと言う事。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.31
不可能の証明は不可能。可能性を特定する事は不可能。由って可能性が在る限り不可能とは言得ない。宇宙には終わりが在ると言う証明の様なもの。其の向こうに何も無いと言う証明は出来ない。何となれば何も無いと言う事の意味を証明出来ない。空気中には何も無いと思って居た時代も在った。可能の証明は実に簡単。遣って見せれば済む。小柴先生のノーベル賞業績が正に夫れ。可能には前提に向かう可きローマが在るが不可能には夫れが無い。因って何事もローマを見付ける事が原点。創業とは創造とは然う言う事。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.31
流浪。近所の小さな角店が三年で三回代わった。只今募集中で四店目。此の10年程近所で随分閉店が続いた。半分も再開しない。半住半店の地区で長く土着の店が多かった。再開店は殆どが外来者で替わる度に短くなる。再開店しても然様の次第。何処から来て何処へ行ったのだろうか。何をして居るのだろうか。私も人様からすれば然様の一人。人は人生の旅人。計画は在れど結果は然様は行かぬ。計画無き流浪の旅こそ旅の本質。計画以上の流浪の旅で在ればこそ。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.31
小ささに疲れる。彼の大国の中国ですら近隣の島々を掠め取る事が最大の仕事。全部取った所で地球丸ごと程度。其れも嘗て誰も叶えた者は無い。仮に出来たとしても高が人間同士の約束事。動物は固より天地自然は支配も所有も出来ぬ。針の穴も小さいが見れば其処から宇宙も見得る。潜水艦や空母等破壊の道具を造る金を平和や幸福の為に使えぬ不幸せ。況してや今更現実的に人間同士の殺し合いの戦争でも在るまい。国家と言う人類最大の組織も指導者が小さいと小さな存在。小さく小さく生きて小さく小さく死んで行く。生まれて来た甲斐が在るのだろうか。思いつつ瞬時瞬時に終わって行く。最後の終わりも遠く無い。推理能力の乏しきを過ぎて識る哉。何選り自分の小ささに疲れ果てて消えるしか無い。振り返れば正に邯鄲一炊。然りとて今少しもう少し。今が一番力持ち今が一番元気。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.30
全財産。物的資産を全て使い切って大方一昔に成る。基本的には夫れ以来自分の全財貨は何時も持ち歩く財布の中身で全て。極めて分かり易い。財産と言うと財布の他に身が一つ。是にて正に全財産が往く。大方狸狐の野生の生き様。必要以外は殆ど何も無い。他人様の御役立ちと言う仕事以外には此の世に在る理由すらも無い。多く人は財貨で財産を考え勝ち。財貨が無く成ると自ずと他の財産が見得て来る。財は財貨のみに非ず。且つ又所有のみが自分の財に非ず。美術館の絵画も見る権利が在れば此れも自分の財。利用権も財の内。樹木は枝が折れると脇から他所から新しい枝を芽吹く。生き物は失うと必ず代替機能を産む。産め無く為れば一巻一生の終わり。失う度に選り大きな財産に気付く。或いは失った空所に新たな財が入って来る。彼是今が一番の財産持ち。他への御役立ちと言う人生最大の仕事が在る。最大の財産に恵まれた。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.30

近所の公園の桜模様。真白な桜。彼方此方で白い桜を見掛ける。大方が其の他の桜より花付きが良い。ビル街の近所の公園の桜模様。高層ビルと競って桜。
2015.03.29
明暗。花が有り陰が有る。季節で最も華やかな春。其の春は又離別惜別の春。咲けば散る。生まれれば死ぬ。古きを捨てて新しきを産む夫れが春。季節で最も明るいのは夏。最も影が濃いのも夏の白昼。表裏一体相対性が天の意志。れを識る事が即ち安寧。識らぬが真逆の不安不幸の元。構えて生きる覚悟で生きる。夫れが又神の意志。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.29
守破離。子供は何も無いのに守りたがる。生まれて何も持たぬに握った手を開かない。掴んだ物を離さない。何も無いのに守りたがる。軈て言う事を聞かぬ子供に成る。親に世間に逆らう。彼是の前例に従わぬ。壊したがる捨てたがる破りたがる。軈て親離れして行く。親を越える事こそが此の使命。親から出来る限り遠くへ行く事が出世。人や命は守破離が其の宿命。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.29
自己中開発。開発者は屡自分の赴く儘に機能や製品開発をする。曾て其の典型が電電公社の電話機。日常的に使いもしない多機能電話でボタンだらけ。又一時の計算機。此れも加減乗除の他に大方使わない高機能多機能化。開発型の中小企業が屡陥った倒産陥穽の典型。自己中開発。今は排便後立ち上がると自動的に流す機能のトイレが在る。排便で健康チェックが出来ない。排便は体調を語る。此れは開発者の自己中。プロダクトアウトからマーケットインへと言うが結局は人間力。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.29
コンプライアンス。此の言葉に託けて何も遣らないを決め込む人や会社が多々。何かを遣るから問題が起きる。以て問題回避には遣らぬ事。等と決め込む。問題が起きるのは遣るからでは無い。良からぬ事をするから。遣るべきを遣らぬのも不作為の作為と言う行為。為すべきを為さぬも良からぬ行為。ならば良き事為すべき事は積極的に即刻為すべき。以て為さざるも時にコンプライアンス違反。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.29
感謝・当たり前・不平不満人は何処かに自分の基準を持って暮らす。同じ物同じ金額同じ暮らしでも人夫々の思い。幸せ観同様。腹の減った時と満腹の時の食べた物の味は違う。感謝の物差しで生きるか不平の物差しで生きるかで価値は天地。夫れも自身の価値では無く多くが他者との比較の価値を言い勝ち。幸せとは然う思える人丈に遣って来る。何んな時何んな事でも感謝は為れば出来る。感謝が出来れば人は屹度幸福。後悔とは変えられぬ過去に不満を持つ事。変えられぬ過去は不平を言っても詮無き事。ならば過去には感謝をしよう。感謝を為れば幸福。感謝は明日の力。未来への不平不満は夫れを努力に向かわせられる。未来への不平不満とは希望に出来る。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.29
出度い人選り出し度い人を。一昔二昔前の選挙の啓発キャッチフレーズ。後藤田先生は総理大臣への要請ですら固辞された。昨今の政治家は所謂青二才ですら総裁選挙に出る。由って選挙等候補者に出し度い人等希少にして出しゃばり許り。選挙投票の対象が居ない。然様にして団体役員や講演会講師の仲介を頼みに行くと自分が横取りする。仲人が結婚相手に成る様なもの。積極的に適任者の紹介と言う近頃では珍しい人も居る。処が足り得ない人を紹介して来る。其の心は其の人を紹介する事に依る自己利益。何とも矮小姑息小さな国民小さな国家に成り下がって終った。自分は担いもしないで担い手探し等と言って給金を貰う公務員。今朝の新聞にも仲人の話が出て居た。昔の仲人さんは正に善意の人。幸運に恵まれた両者は御礼もするが仲人は御祝儀にして返贈。結局は彼是の経費は自前。今は仲人商売。西洋文明開化の時に澁澤榮一翁が論語と算盤と看破箴言為れた。其の杞憂が実現の社会。論語無き算盤社会化。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.29
スランプと希望。王選手が屡スランプに陥った。此れ程の選手で且つ此れ程スランプに悩んだ選手を識らない。偉大な丈にスランプが激しかったのか。真面目さがスランプの要因なのか。王選手のスランプ克服方は打席に立つ事だと言う。仕事でも些かの落ち込みが在る。其の時には仕事を敬遠し勝ち。然し仕事を始めると必ず希望が湧いて来る。王選手と比ぶる可くも無いが同様。仕事をする事が仕事の最高のスランプ脱出方。現場に身を置くと言う事も同じ。野球も仕事も何も彼もが現場に身を置けば希望が湧く。可能性が見得て来る。夫れが希望。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.29
真心の大掃除。年に1~2度其のチャンスが遣って来る。所謂非常事態。命に関わる様な非常時は一生の内何度か。其の都度考えさせられる。危機脱出の知恵。小手先や技術で解決出来るなら非常時では無い。抜本的対策が必要。一番は自己否定。或いは思想の転換を迫られる。過去は都度越えて来て今に至る。其の都度大きくして頂いた。従って危機が遣って来る度に感謝をして立ち向かう。大きく撓やかに強く成れる。人生が雄大化する。其の一番が真心の大掃除。真か如何か偽心無かりしか如何か。真の心か如何かを問われる。心が段々に真化する。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.29
寡黙。サービス精神で人を気遣い良く喋った。其の親父が晩年寡黙に成った。社会性が小さく為って人様にサービスの必要が無くなった。夫婦二人切りで真面目に話す大した話題も無い。段々に其の心境。必要にして話す。良かれの親切な話は段々面倒に成る。天下国家でも無い他愛の無い日常の井戸端会話等尚面倒。本当に気を入れて話す相手も話題も少なく為った。生きるに最低必要のみに向かって行く。然う思わぬ人には変人奇人。心地良からぬ存在。好き嫌いでは無く必要か如何か。他人様に有益有用か如何かの存在価値。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.29
段々頑張らなく為った。所謂無理をしなく為った。明日の健康を考える。遣って来ないかも知れない明日を考える。段々尻が短く成って行く程に明日の安寧楽を考える。明日が短いのに明日を考える。明日が無いかも知れないのに明日を考える。何時迄も明日を考え乍ら生きる。故人曰くの昨日今日とは思わざりし様。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.29

春。人が愛でても愛で無くとも春は来る。人とは何の関係も無く春は遣って来る。昨日今日とは思わなくとも遣って来る。花と緑寸景。御茶ノ水橋の枝垂れ柳の春寸景御茶ノ水橋の枝垂れ柳の春寸景2霞ヶ関・日比谷公園の春近景霞ヶ関・日比谷公園の春の朝霞ヶ関・日比谷公園の桜の春遠景
2015.03.29
人格造り。知識を体験で実感実証する。其の知識体験を順列化する。即ち論理化。夫れが人格化。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
何事も間違えぬが良い。されど人は間違える。因って問題は間違えた後の対応。間違えたら謝る。先ずはたった夫れ丈からの遣り直し。謝れば必ず進化する。謝らない人は其の場で命果てる迄の踏鞴踏み。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
上手く行かぬ時。大方が独り善がり。時に偶に全くレベル違いの独り善がり。又大方が其の因を他に求める。反省が無いから又同様。自分に因を探せば可成り。大方は夫れが出来ぬから凡人で大成為ない。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
桜人生。咲き揃うと此んなに見事な花も無い。然れど又散り際の見事さも又類を見ない。又慶事は悉く無常の憐れを連れて来る。又慶事のは必ず哀情も携行する。瞬時に満開し瞬時に花吹雪。人生の象徴の桜花。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
桜。幼児二人を連れて夫婦で北の丸公園に花見に行った。絶好の御花見日和で集う人皆が桜色に染まった。青い空の明るい日差しの下の一時が昨日今日の様。彼れから既に30余年。今其の幼児二人が父母に成り同じ事をして居る。正に丁度一世代の隔世。今日も今年一番の暖かく明るい御花見日和。邯鄲一炊の現実。確実に時は流れ命が更新して行く。昨日今日とは思いも寄らず。然れど今日もたった今も何処かで誰かの命が更新されて居る。明日は我が身とは思わざりしを。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
卒業入学の季節。入社退職の季節でも在る。組織では異動の季節。彼方此方彼是の離合集散邂逅離別。人生此の世への誕生出世或いは卒業も在る。何事も終わりは寂しく悲しい。苦しい事ですら終わりが分かると惜別の感が湧く。目出度い結婚ですら悲しみが在る。況してや葬儀の様な別離となれば尚の事。生き別れも死に別れも別離や終わりは悲しく寂しい。事実や思いが成長発展に立つか別離消滅に立つかで真逆になる。又其の感情が自分の為か相手の為かで又真逆。自分の為なら惜別相手を思えば快哉の事が多々。時を同じくして桜の開花散華花吹雪の如き人生劇場。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
結局は一人。眼が悪く成って暫くに為る。今の医学では治りそうも無い。医者も匙投げ。然らば其の悪い眼を前提に生活する選り無い。自分の眼の悪さは誰にも分から無い。分かっても直せもしなければ代わって何かをして貰える訳でも無い。自分で遣るしか無い。最後は一人。第一世の中には身寄りの無い人が増えた。少子高齢化は着実に身寄り無き一人者を増やす。何んな理由で在れ最後は一人。夫婦親子が居ても結局最後は一人。彼の世へ行くにも最後は一人。路銀の少々と草鞋履きの一人旅。人生は所詮一人旅。覚悟の問題。一人で此の世に出て又一人で彼の世に帰る丈。此の世も旅彼の世も旅。旅以上の面白き事も無し。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
猫に小判。三浦雄一郎先生に御話を何度か伺う機会を頂いた。同様歴史に数々の冒険家が居る。此の冒険家達の冒険で一番の感動者は屹度本人自身。冒険をした事の無い人に真の感動は無い。言わば価値が不明で感動の仕様が無い。何となれば感動の大きさは為した苦労に比例する。苦労の無い感動は異質のもの。冒険に限らず何事も然様次第。苦労をしなければ不明の価値が在る。似て非なるもの。正に猫に小判の感動。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
膝が折れる。緊張の糸が切れる。ガッカリする。失望絶望。夫れでは無い。情け無さにこそ膝が折れる。空気が抜ければ萎む。正に気が抜け心が萎んで関節が折れる。今日も又膝が折れた日。然れど倒れては居られない。七転八起。否生きて居る限り転んだ数丈必ず起き上がる。命在る限り起き上がる。志の在る限り倒れても倒れても再起。心身の新陳代謝。膝が折れるから倒れるから起き上がれる。新陳代謝の幸運。人間が強化され人生が大きく深く成る。感謝。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
忍耐。久し振りに能らしきものを観た。らしきとは能を語れる程には識らないから。舞台の役者はじっと佇んで居る時間が長い。幽かに髪飾り様の物が揺れる位。只管佇む。やっと動いても摺り足で滑るが如くの殆ど動きの無い歩み。此れを観る方は忍耐。縁起者も屹度不動の忍耐。能とは演者も観客も関係者が皆自分との戦い。人間力を試されて居る。能は哲学の舞と思って居たが然に非ず。能を観て居ると哲学者に成る。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
心体能力。身体では無い。多く身体能力や頭脳能力を語り為す。然し一番の人間の基本は心。正に精神の存在。然う言う意味で人の教育は身体能力では無く心体能力で在る可き事。人の育成評価は心身足る事。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
溜め池。四国には数知れずの溜め池が在る。其の溜め池が無ければ四国の農業は殆ど成り立たない。其の溜め池の多くが遠く弘法大師が造り或いは改修したと言う。以て御大師様は土木事業で大地に溜め池を造成し人の営みを育んだ。一方仏教を以て人の心に溜め池を造成し人を育んだ。共に永遠の人の生きる糧。偉人とは永遠に生きる人。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
習字。大方毎日寸暇を活用して習字をする。今更と思いつつも日々刻々営々。習得する迄に人生が終わる。ならば何故に。人生の事は全てが途中。且つ又一生学徒。其の日迄終わりは無い。今日も又黙々習字。何事も然様。日々兀々刻々営々。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.28
カード。若い時は時代の所為も在ったが財布にカードは殆ど無かった。其の内段々金融系のカードや会員権カードが増えて行った。入り切れない程に為った。老年の今は然う言うカードは殆ど無い。一番多いのは彼方此方の病院診療所のカード。序乍病種も増えたが専門医も増えた所為。最後は全てのカードが不要無用に為る。自分も含めて全てが不用に為る。夫れが一番の安寧。然れど夫れ迄の為す可きが在る。マラトンの故事。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.27
段々なだらかに成って行く。嘗ての中国山脈は何時の頃からか山地に成った。自然も年々歳々老いて丸く成って行く。日本アルプスや世界の屋根のヒマラヤ山脈も若く高く尖って聳える。何時の日か山は崩れ谷を埋め丘に成り山地に成って行く。終わりが近付くと皆丸く小さく成って行く。人の一生も自然の成り行きも同様。揉め事も争いも老いる程に小さく成り為なく成って行く。終わりを感じると皆丸く且つ矮小化する。なだらかに成って行く。心身が丸く成って行く。残余の時間で何を為す可きか。為さざる可きかを考える。此れか諦観。旅立ちの仕度。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.26
政党の風次第選挙の選良。間も無く統一地方選挙。選挙で多くが風で受かり又落選する。落ちるも通るも本人の努力の如何では無い。自分の評価の選挙で無くてはならない。然も無くば党首同士の選挙で良い。政党評価選挙で良い。風選挙で満足する様な人に政治が出来る訳が無い。選ぶ方も風次第選ばれる方も風次第。此の国は文字通り風来坊。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.25
誉める。過去の人は誉めるが良い。貶しても叱咤しても苦言を呈しても過去は変わらない。変わらぬなら誉めるが良い。然れど後世の為には事実を語り遺すが大事。事実とは屡足らざる事悪しき事。夫れが指針。然れど夫れには勇気が要る。人は多く生き易く勇気を捨てる。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.25
一日が短い。何程の事も無く今日も終わった。後10時間もすると又同じ場所に戻る。一生も終わった時に屹度一生は短いと言うに違いない。正に邯鄲一炊の故事。愈々日々刻々兀々営々人生急ぎ旅。27・3・22春分の日「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.23
悪い夢。見度無い夢。寝覚めの悪い夢。斯う言う夢は大方が邪心の暴露。深層心理に在る邪心を炙り出す夢。思いも寄らぬ事は夢にも見ない。斯う言う夢を見る内は邪心の存在。夢にも見ない所迄の修行。日々刻々兀々営々。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.23
一週間違いで冬と春。先週の水戸は体が痺れ頭が痛くなる程の冷たい日だった。今週の房総は夏支度でも良い程の陽光。先週の車は28度の暖房。今週の車は22度の冷房。何事も然様。時と場所に寄りけり。人や場合に因りけり。待てば海路の日和。天の時迄の忍耐我慢が必要。人に会う迄の辛抱。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.22

房総ふるさと一景。誰かのふるさとの想い出の駅舎誰かのふるさとの駅房総半島への道次此んな駅に出会った。駅前広場だか道路だか判然としない駅前広場。ジーゼルでは無く電車の路線。夫れなりの利用客が在るのだろう。東京の直ぐ近くにも此んなふるさと然とした街や駅が在る。命の洗濯。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.22

房総の春。100万本のポピーと言う。一株づつ温暖シートの穴に植えのだと言う。だから本数は間違いない。又夏用には別の植栽をすると言う。冬は手が悴む。夏は背中が焼ける。農作業とは斯くも厳しく根気の仕事。観るは極楽為すは地獄。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.22

専制国家遺産の梅園・水戸偕楽園専制国家とは。我々は戦後の義務教育で悪の権化として習った。民主主義と言う理想の制度が遣って来たと習った。然し専制国家は多くの遺産を遺した。古くはエジプトやローマギリシャ。日本の奈良や京都の歴史遺産。日本中に専制国家の遺産。専制国家とは遺産国家。悠久国家。民主主義国家とは消費国家。刹那国家。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.21

水戸は冷え切った。夫れにしても寒かった。寒さに疲れた一日。早朝よりも日中の方が気温が下がったのでは無いか。半日ですっかり冷え込んで終った。藩校の「弘道館」では板の間を歩く足の裏が痛くなった程。頭痛がする程冷え込んだ。靴の脱ぎ納れに足裏が攣って終った。徳川記念館の屋内でやっと一息。冷気の御蔭で梅の花は日持ちがした事と思う。弘道館の甍弘道館を囲む白壁土塀
2015.03.21

孔子廟。水戸藩校弘道館の裏手に在る孔子廟に参拝。入り口の両脇に孔子木(楷の木)の植樹。記念の木碑。何と会津藩校日新館の贈り物。孔子様を建学の精神に共にする両藩校。曾て訪校し感銘を受けた日新館に水戸で再度の邂逅にして縁なる哉。序乍楷の木は雌雄異株の由。以て2本組の植栽だと思うが只今の所は苗木の折に雌雄を区分出来ないとの由。境内の孔子木(左側)境内の孔子木(右側)
2015.03.21
初期消火。初期消火とは早々早速に適切を為す事。力が要る。咄嗟の判断力。咄嗟の対応力。力が無ければ力を借りる。普段が大事。真逆の為に借りる力を用意して置く。真逆の時には躊躇無く此れを使う。其れが初期消火の骨。不断の備え。消火の戦。戦の心得。悔い無き備え。悔い無き戦い。最高の備え。夫れで負ければ仕方が無い。負ければ悔い。然れど悔いは有っても仕方が無い。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.21
鬼の画。古くより人は多くの鬼を想像し描いて来た。何んな鬼も大方が相場の範囲。創造性で言えば最初に画いた人のみが夫れ。最初に画いた鬼の着想は人の心の鬼に違い無い。ならば鬼の画も創造力と言う選り気付き発見。富士山の画は富士でしか無い。然れど鬼や仏は心の表現。然れど最初の鬼の画から大方変化が無い。画家の夫々が富士山と言う実体を心象化し鬼と言う心象を写生化した。創造力の多少強弱有無哉。心の大きさ多様性次第哉。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.21

吉田先生が救命したと言う梅の古木。吉田梅と言われる由。吉田先生が何時も掃除をして居られると言う湧水。(白い大理石の水汲み場)先生に頂いた手作りのみとちゃん扇子の両面先生に頂いた手作りのみとちゃん扇子の両面現代版の黄門様に会って来ました。3月15日(日)早朝偕楽園の観梅。施設が9時頃開館の故夫れ迄2時間半位のぶらぶら観梅。偶大学の先生に駐車場でガイドマップで見当を付けようとして居たら声を掛けて頂いた。葵の御紋の手拭頭巾の其の名は吉田先生と言う黄門様。梅園の手入れからガイド迄のボランティアとの由。御言葉に甘えて些かのガイドを頂く。文字通り先生は所謂朝飯前。小一時間のガイドの後一旦御帰宅。食後再び幸運にも再会。暫し又御付き合い頂く。聞けば正に黄門様の様な人助け人生。水戸は冷たかった。今日は寒さに疲れた。然れど偕楽園のボランティアの黄門先生は温かかった。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.20
最後に自分の葬儀のデザインを間違えた大デザイナー高名なデザイナーの葬儀に参列した。或る高名なデザイナー曰く随分古風な葬儀をされて疲れたと。延々3時間近くの告別式葬儀。大勢で室外にも延々。風も雨も無く日照りも穏やかな春。故人の仁徳の御陰か。荒天で在ったら目も当てられない所。弔問外交と言うが久し振りの再会が出来る工夫をすれば集まる意味が選り多く有る。又延々も意味が出て来る。御本人の責任では無いが此れもデザインの内。何れ人は去る。其の去り方をデザインして置くのもデザインの内。最後は実に月並みで在った。凡人に小人に対する配慮か。多々御苦労様でした。御世話に為りました。御冥福を御祈り申し上げます。合掌「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.20
ロボットは理で動く。人は情で動く。生産性向上とは人をロボット化する事と錯覚。人は人足るが一番の高機能。以て心亡き労働をすればさせれば人の生産性は落ちて行く。多く「労働者」の派遣化は其の最たる物。心の涵養こそが最も人間らしく以て最も生産性が高くなる。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.20
昨日今日は靄の朝。此の春は雨が多かった。春雨を十分に吸い込んだ大地。夫れが昨今の強い春の陽に急に温められた所為。殊の外昨日の好天で今朝の靄は低く深い。春霞と言うよりも夏の朝霧の如し。何事も因果応報。為さぬ努力の成果無し。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.18
自分の価値。他人との比較上の価値。時に屡々相手を引き下ろし自分を比較して高める。又時に自分の縁の物の価値を高める事で擬似的に自分の価値を高める。家柄所有物友人等の価値。其の際は実体以上に価値化の努力をする。高貴な方が一休みに腰掛けた石とかの具合。大事は全うな努力に依る自分の価値造り。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.17
歴史の悲壮感。偕楽園に行って来た。好文亭と言う史跡。又弘道館と言う藩校史跡。おおくの先人が理想に向かった痕跡。皆歴史に為って終った。人間の歴史と言う痕跡には悲壮感が歴史と共に遺る。終わるから悲壮観。終わらぬ自然に悲壮感は無い。人は理想に向かって努力する。時には自然の力にさえ向かう。然れど叶わない。理想は達成される事は無い。何んな栄耀栄華も結局は歴史に為った時叶わぬ夢の痕跡。或いは其の痕跡は敗者消滅の歴史。驕らぬが良い。終わらせぬが良い。終わるから歴史に為る。人の事等高の知れた事。謙虚に謙虚に日々刻々兀々営々。一生学徒末代迄も学徒。「”ふるさとテレビ”はふるさとの写真とビデオの投稿テレビです。」ふるさとテレビhttp://furusatotv.jp
2015.03.16
全99件 (99件中 1-50件目)

