2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全11件 (11件中 1-11件目)
1
人の掲示板にカキコしながら思い出しちゃいました。グフッ!ミュージシャンというのは本当に健康を害する職業だと思う。(反論ある方ごめんなさい。いっさい受け付けませ~ん。)とにかく睡眠時間も短く、やることといったらヤバそうな事ばかり。ま、個人差はあるけど。で、一心発起して運動を始めることにした。ボストン1年目の終わり頃だったと思うが、同期で入学した高校の先輩と、YMCAに通い始めた。ヤングマン、さあ立ち上がれよヤングマン、さあ、、、、、、というあれね。水泳、ラケットボール、ウェイトリフティング、バスケットとかを一緒にやったりしていたが、平日はスケジュールが合わないので一人で通っていた。更衣室は日本のそれと違い、前(MUSUKO)を隠す奴なんぞいない。いわゆるフリチンで、全員闊歩している。ま、当然といえば当然の光景なのだ。問題は、ここにオカマが多いということだ。前にも言った通り僕は決してオカマ嫌いなどではない。むしろ肯定派で友達もいた。ともあれ、なにかと理由をつけて、人の生ケツを触ってくる。Excuse me! パチン!こんな調子だ~。最初はびびった。でも最終的には慣れてしまった。怖いね~。皆さん、「ヤングマン」の歌詞を思い浮かべてみて欲しい。ちょっとヤバイよね!
2002.03.29
コメント(1)
歳は僕よりもいくつか先輩だが、大学の入学はほぼ同時。彼は僕のアパートの4階に住む日本人で、ルームメイトを除いてはボストンに着いて初めて出会った、身近な人だった。小柄だが博学で喜作、おまけに酷い恥ずかしがり屋だった。徳島出身のギタリストだったが、すでに東京での一人暮らしの経験もあり、いつも楽しい話を聞かせてくれた。とりわけジェフ・ベックに関しては熱がこもったものだ。加えて、彼は読書家で、純文学から哲学やカーマスートラ、コーランまでも読破していたので、話のネタにはつきないのだ。ある日ルームメイトと僕、しゅうさんと3人で中華料理を食べに行った。一緒に食事をしてくれるような彼女もいない我々は,ちょっと重たい気分での外食だった。そこに超ド級中国美人のウェイトレス登場。しゅうさんは一発で一目惚れ。それを機に、毎週末僕らは彼につき合う羽目になった。毎週金曜の7時頃になると、照れくさそうに現れるのだ。もうこうなると手の着けようがない。彼女の仕草一つ一つに、想像を巡らしはじめて、一人の世界に入ってしまう。いろいろとちょっかいは出すのだが、微笑みだけだ。僕らも毎週つき合わされちゃ、たまったもんじゃない。早く告れ、と毎回迫るがなかなか腰が重い。しかし意を決した彼は、やっと重い口を開いた。He " Excuse me. c ,c , Can I ask a personal question?"She "Yes"He "Do you have a boy friend? *"She ",,,,,,,, Sorry! I’m married and have 3 kids"He "You’re kidding! I can’t beleave it!"彼女はにこやかにその場を立ち去った。 さすがにショックは隠せない。それもそのはず、なにせ彼は大のニンニク嫌い。ここの料理には大量に使われているので、卒倒しそうな状況のなか、堪え忍んでの行動だったのだ。しゅうさんのボストン恋物語、第一幕終了!僕らは翌週から別のピザ屋につき合う事になった。僕は、「いい人達」だった。切り替えが早すぎるよ!to be continued注釈:通常恋人の事を言う。boy friendとは単なる男友達ではない。
2002.03.28
コメント(0)
ボストンの街角に住んでいた僕は、よく窓の外を眺めていた。丁度僕の部屋は、 6階建ての1階にあたり、角部屋であったせいか、道行く人と交わすそれとない会話を楽しむ事が多かった。しかし、ボストン到着初日の事情が違っていた。当時既に生活を始めていたルームメイトは、その日は何かの用事で部屋を空けることになっていた。で、僕はベッドを借りて一夜を過ごすことになった。深夜、窓の外でものすごい銃声が4~5発鳴り響いた。僕は怖くて外を見る勇気がなかった。窓越しにピストルを向けられる事を考えてしまったのだ。なぜそんなに怖がったのかは、わけがあった。ちょうど僕の部屋の角は、多くの娼婦達が客を拾う場所だったからだ。状況は到着したその日にルームメイトから説明を聞いていた。1年後、娼婦達とも話をするようになったので、仲良くなっていた。とはいえサービスを受けた事はない。(神に誓って。)よく彼女等は警察に追われると、僕らのアパートに逃げ込んだ。当然かくまう僕らにも危険が及ぶし、密告されれば「御用」になる。しかし、そのお陰で僕らのアパートには泥棒が一度も入らなかった。彼女達が目を光らせてくれているからだ。彼女らの長老シンディーとは、特に仲良しだった。毎日が命掛けの彼女の顔には多くに傷跡があり、歯も相当抜け落ちていた。ともあれ、Cindyは優しくて近所でも知り合いが多かったことから、仲間のミュージシャンたちで、彼女を更正させようとした。彼女も、時折サラダをもって遊びにきたり、トイレを借りに飛び込んできたり、寒い時は暖をとらせながら話をした。歳を取れば今の家業も続かないのは誰の目にも明らかだったが、どうしても足が洗えないと言うのだ。ヒモからは逃げられないのだそうだ。ボストンの冬は半端じゃなく厳しいのに、その極寒の中で客を取ろうとする姿は、本当に痛々しい。今となっては生死も判らないけど、なぜか今日は彼女の優しい笑顔を思い出した。ついでに、何も出来ない自分の歯がゆさも思い出した。★今回も笑いネタじゃなくなってしまった。
2002.03.26
コメント(0)
小学校3年生の頃、何にでも興味ありプラモデルに懲り始めていた。この頃の年令になると、プラモデルもモーターで動く物とかを作り始めてた。当時は、今と違 ってミニ四区とかはこの世に存在していないし、ラジコンとかも高嶺の花で、とても小学生が買えるような代物ではなかった。そのころ、単純に前進後退と方向をコントロールできる、いわゆるリモコンのプラモデルを作ったことがあった。例えば戦車とかがそうだ。当時は、なんであれリモコンがついていれば、相称してリモコンと呼んだものだ。で、リモコンとならば、なんでも手にしてみたくなるのが、当時の子供だった。ある日、近所の友達が変なリモコン見つけたと言ったので、見に行くことにした。それは、ちょうど当時住んでいた家の前が田んぼで、その反対側に駐車してある車の影で見つけたらしいのだ。行ってみると、車と草の間あたりに、靴箱程の大きさの箱に入っていた。大きさ20センチ程の人形で、ロシア人形のような顔と身なりだ。リモコンを動かしてみると、なんだか首を前後左右に振るだけで、なんの面白みもない。ぎぐ:「なにこれ~?」友達:「くねくね動くで、くねくね人形だら~。」ぎぐ:「どへんなリモコンじゃん」「なんのおもちゃ~?」友達:「俺も分からん」ぎぐ:「これどうする?」 「おまえ見つけただもんで、もってきゃいいじゃんか」友達:「じゃ、俺遊んでみる」彼は持ち帰った。もうなんだか想像つくだろう。その後のリモコンの運命はと、、、翌日友達:「あのリモコン、父ちゃんに見せたら、捨ててこいって言われた。」「なんでか分からんけど、叱られた。」ぎぐ:「捨てるだったら、おれにちょーだい」友達:「いいよ」「持ってきん」ぎぐ:「ありがとう」当時貧乏だったぎぐ少年にっとって始めてのリモコン。いそいそと、くねくね人形を持って帰った。当時自宅は、自営の工場内にあって、従業員達も一緒に食事をしたりして、和気あいあいの雰囲気だった。もちちろんぎぐ少年は彼等にとって恰好の、からかい相手だった。ぎぐ少年は、嬉しくて従業員達に人形を見せびらかした。従業員:「おまえ、おもろいもん拾ったな。かあちゃんに見せてこいや」かあちゃん:「なんだん、これ?どこで拾っただね?」かあちゃんは、何だか知らなかったらしい。(今とは時代が違う)父ちゃんに見せた。父ちゃん:「すぐに捨ててこい!」 ぎぐ:「なんで~~~~?」父ちゃん:「なんでもいいから、さっさと捨ててこい。」ぎぐ少年は不満だったが、別のリモコンを買ってもらう約束をとりつけ、素直に言われた通りの行動をした。しかし、捨てるのはやっぱり惜しかったので、草むらに隠した。あくる日行ってみると、既に誰かに持って行かれたようだ。残念だった。しかし、なぜ捨ててこいと言われたのか、不思議でしょうがなかった。それから10年。それが電動こけしだと知ったのは、「洗濯屋けんちゃん」でした。納得!
2002.03.22
コメント(5)
皆さんはビタミンCの純粋な結晶粉を見たことは有るだろうか?白い粉には違いはないが、塩や砂糖とちがって、こまかな結晶の大きさや形はまちまちで、一見して直ぐに違いは見分けられる。もちろん理科実験の常連、ホウ酸とも違う。ところがアメリカに住んでいた人や、その筋の人には判ると思うが、コカインを砕いた粉にちょっとだけ似ているのだ。貧乏な、われわれ学生ミュージシャン(当時)の生活は、不健康不健全このうえない状態だった。しかし、貧乏とはいえ多少はジャズミュージシャンらしい事もしていた。特に想像力をかき立てる事には、どん欲だった。だから今にしてこんなバカバカしい話が出きるのだが。そのぶっこわれた生活でも、一応健康管理のためビタミン剤を買ってきたのが事の起こりだったのだ。ある時新入生に面白い奴が来た。この新入生はナンにでも興味をもち、トライして行くというクリエータの鏡のような性格の持ち主だった。その話を友達としていたとき、この粉をコカインだと言って新入生をだましてやろう、といういたずらを思いついた。早速ありがちな紙にグラム程度を包み込み、2飽ほど作った。初めは冗談のつもりだったが、その場にいた悪達は即実行を唱えた。僕はその日はそれで自分のアパートに帰った。あくる日には、僕は既にそんな話もすっかり忘れてしまっていた。しかし奴は違っていた。-----ここからの話は後から悪先輩本人から聞いた話-----奴は彼を呼んでしまった。そしてその袋を手に、こう切り出した。悪先輩「おれさ~、今日いいもん持ってんだよ~。」 「なんだとおもう?」良後輩「あれ、ひょっとして、、、、」悪先輩「それそれ、お前さ~、こないだコークやってみたいって言ってだろ」(コーク=コカイン)良後輩「ハイ!」悪先輩「ちょっとお祝いにと思ってな」良後輩「ほんとっすか?」悪先輩「ちっと記念にやってみ~」良後輩「いただきま~~す」(ルンルン)といって、手鏡の上に白い粉で、線を作った。ストローで思いっきり鼻から吸い込んだ。良後輩「ぎゃ~~~、す、す、すっごいっすね~。」悪先輩「そうか~。」(笑いを必死にこらえた。)「そりゃ上物だからな。ぎんぎんだろ」良後輩「鼻ん中、びりびりですよ、ひぇ~~~。」その後、良後輩はのたうちまわったそうだ。その話を聞いた僕は、大笑いでのたうちまわった。良後輩よ、ごめんな~。発案者は俺だよ。でも笑いが止まらない。
2002.03.19
コメント(1)
昨日は息子の卒園式だった。手作りの卒園式で、いい感じだったが、その後の謝恩会では、父兄による寸劇「仮面の忍者赤影」では大爆笑の連続。反対に、つもる気持ち一杯の母親達は涙涙、、、、。松竹新喜劇状態。しかし、誰も欠けることなく卒園出来たのは本当に良かった。「みんなおめでとう。 」さて、本題。随分前にYMCA(USAワシントン州で)でボランティアをした事があった。僕は大学への入学手続きに失敗してしまい、やることがなにも無かった。しかたがないので、困ってホストファミリーに相談してみたところ、隣町のYMCAに募集があるというので、早速駆け込んだ。する事が無い、という状態は本当によくない。自分が情けなくなるだけだ。しかし、運良く水泳のインストラクターを募集していた。日本でも同じバイトをしていた僕は、その経験も買われ、簡単な面接だけで快く受け入れてくれた。問題が一つあった。英語が喋れないのだ。出国前に英会話を習いはしていたが、やはり現場ではカタコトでしか通用しなかった。水泳を教える現場の言葉をどう話せばいいのか、さっぱり検討がつかなかったので、一日悩んだ。そして意を決っして初仕事へ。正直言って最初はびっくりした。殆どの生徒が障害児だったのだ。ダウン症、筋ジストロフィー、知的障害、自閉症他なんでもありだ。年齢もハイティーンから幼稚園児まで様々。彼らは施設の教育の一環として、プール遊びにやってくるのだ。その初日である。知的障害に加え、てんかんと軽い運動障害(多分脳性麻痺)をもった女の子が、プール遊びの最中に水中に顔をつけたまま動かなくなった。他のインストラクターは気が付かずにいたが、僕だけが異常を発見。すぐに助けを呼びプールサイドへ上げ応急処置を施した。担当の医療スタッフが駆けつけて事なきをえたが、発見が遅れたら人命に関わる事故になっていた。他のスタッフからは大変感謝をされたが、びっくりしたのはその後だ。ろくに口もきけない当事者から、お礼を言われた。彼女の言葉はウォウウォウ言っているだけで、言葉として理解が出来なかったが、付き添いの施設側のインストラクターから、She thanks to you!と訳された。そうしたら、その横にいたもう一人の女の子(知的障害児)が、僕の手をとって、She is Shelly. She is my friend.と言って紹介してくれた。こっちも酷い発音だ。しかし、コミュニケーションのなんたるかを教えられたような気がした。大切なのは言葉よりも、伝えたい気持ちと、理解したいという気持ちを持たなければ、どんなに言葉の知識があっても、所詮無意味だということを知った。一日悩んだ事はすっかり忘れ、外国語への恐れは完全に消えうせてしまった。このことは今でも時々思いだす。#思い出し笑いの日記のはずが、教訓的になってしまった。お許しあれ。でも僕にとっては嬉しい瞬間だった事は間違いない。
2002.03.18
コメント(1)
学生の頃、僕はある女性を同棲をしていた。お金は無いし生活も不安定だったけれども、二人の関係も良好で毎日が楽しい****の日々であった。 それまではルームメイトの居るアパートを借りていて、 2カップル4人で生活を共にしていたが、共同生活では人間関係に亀裂が入り、仕方なくアパートを探すことになった。結局近所に別のワンルーム(結構広い)アパートを見つけ、生まれて初めての二人だけの生活になったのだ。そんなある日、トイレで彼女が「オエッ、 オエ~~~ッ」「ウェ~~~」「ゲホ、ゲホ、オェ~~」一瞬血の気が引いた。当時僕は23歳。学生としては最悪の事態を想定せざるを得なかった。いろいろな考えがものすごい勢いで頭をかすめて、どうしようかと一瞬思考が停止してしまったのだ。とにかく彼女はトイレでいまだに、「オェ~~ ウェ~」の状態だった。もし、「赤ちゃん出来たの」って言われたらどう答えようか考えあぐねていた頃やっと出てきた。凄い形相で目は真っ赤、涙をこぼしながら、よたよた出てきた。僕はついに覚悟を決めた。でも一応念のため聞いてみた。「ね、どうしたの?」(深刻な顔)「えぇえええ、ぐぇっぷが、、、、ぐぇっっぷが出ないの~~。」うえ~~~~ん」なんと彼女は恐ろしい程げっぷが下手くそな女だった。次の瞬間「げぼっ 出た~!」 (^_^)/僕は初めて見る人種にあっけにとられた。その後彼女は僕と結婚し、いまではげっぷの腕も上々、子供もできた。
2002.03.15
コメント(3)
これも相当前の話だけど、ボストンに住んでいたころ、ベネズエラ人のルームメート(男)と同じアパートをシェアしていた。彼は僕より少し年上でギターを弾く。そんなに腕の立つタイプではなかったが、何せ人柄がいい。彼の弟は本国では有名なボケ系のコメディアンで、お母さんは学校の教師、お姉さんはOL。家族構成はこうだったらしい。そんな彼と暮らし初めて1年目の事だが、かれの姉さんが遊びに来ることになった。随分僕より年は上だし、彼の人柄を考えても、それほど期待するイベントではなかった。良く話を聞いてみると、なんと3ヶ月も滞在するらしい。そして、お姉さんがやってきた。カワイイ!。見た目も性格も。近所(といってもごろつきのミュージシャンの卵達)の評判となり、 見知らぬ人間の出入りが頻繁になった。いつもがやがやしているので、まじめな学生だった僕は、(本当よ)ちょっと気分を害していた。 作曲や編曲の宿題は、まったく手に付かない日もあった。ある日、仕事から疲れはてて帰ってきたら、自分の身の回り品が、やけにきっちりと整頓されていて、穴のあいたズボンやシャツが綺麗直っていた。 テーブルの上にはアレパというベネズエラの食べ物が作っておいてあった。涙の感動シーン。ちょっと大袈裟だけど、嬉しかった。結局そのあと彼女は半年ちかく滞在して、ドイツ人と結婚してハンブルグで暮らしてます。ちょっと切ない話だけど、ちゃんと僕もいいことありました~~~。 おあとがよろしいようで。
2002.03.13
コメント(0)
これは今日(っていうか正確には昨日)の出来事だが、実は息子と二人で春の味覚、ツクシをとりに外に出た時のことだ。僕の両親はツクシが好きだ。そのことを知っていたので、親子3代でのツクシ取りを誘った。即答で「行こう」ということになった。親父の散歩コースに沢山出ている所があって、そこへ行くことになった。移動の最中のことであるが、息子がスギナとツクシの違を尋ねてきたので、ツクシは雄株、スギナは雌株で同じ植物なんだよと説明した。息子:「おかぶ~?めかぶ~? それなに?」ぎぐ:「動物にも雄と雌があるでしょ。この植物にもそういうのがあるんだよ。」息子:「へ~、そうか。じゃスギナは女でツクシは男なんだ。」ぎぐ:「ま、そんなようなもんだ。」息子:「バーバがツクシはスギナの子っていってたけど、あれは違うんだね。」ぎぐ:「そうだね、ツクシが出た後でスギナが生えるから、そう言う人もいるけど、本当はパパがいう通りなんだよ。」息子:「じゃスギナとツクシは、なかなか会えないんだね。」と可愛らしい話をしているうちに現地到着。ものすごい数のツクシがにょきにょきで、息子は鷲掴み。あっという間に買い物袋はいっぱいになった。渋る息子を説得して帰ることにした。でないと後の袴取りが大変な事になる。帰りの車の中息子:「ぼくね~、ツクシとスギナが一緒に生えているの3本もとっちゃったよ。」ぎぐ:「そりゃーすごいね。でもどうして一緒にくっつけて取ってきたの?スギナは食べられないよ!」息子:「そりゃ、めったに女に会えないから、一緒にしてやったのさ。」--爆 --なかなか気が利く息子である。(6歳)
2002.03.10
コメント(1)
ある日、つき合い始めた彼女と映画を見に行く約束をした。久しぶりに黒人のカワイイ彼女できて、オレも力入っていた。そこで半年切っていない髪を、切る事にした。しかし、これが問題だった。美容院に入るやいなや、黒人のチョー格好いい兄ちゃんが寄ってきて「僕に切らせてね。」ときた。ご当地ではチップ制なんで、手の空いているスタッフが客に声をかけるのは当たり前の事だった。最初のうちは普通に髪を濡らしてカット、再度シャンプー(これは別の人)で、仕上げ。問題はここだ。彼の口説きが始まった。どうやら兄ちゃんは、最初からオレを狙ったらしく、アプローチもキョーレツ。うなじや耳元など、職業上不自然に見えない性感帯を総攻撃してくる。坊主頭にしたので、兄ちゃんやりたい放題。(結構やばい。)兄ちゃん:「今日はこれからどうするの?」僕:「彼女と映画」兄ちゃん:「そう、、、でもね、たまには男の子とデートしな~い?」僕:「・・・・・」(対応に困る)兄ちゃん:「ねえ、いいでしょ~。」僕;「いや~、彼女と約束してるし、、」兄ちゃん:「じゃさ、彼女の後で~、、私じゃだめ~?」僕:(いいわけねーだろ)「、、、、」兄ちゃんのプッシュは続いた。初なオレは、かわし方を知らない。生まれてそれまで、口説かれるという経験の無かったオレとしては、一大事だったのだ。しかも相手は背丈1m90cmの大男だ。恐ろしいことに、そこまでプッシュされると、うっかり乗ってしまいそうになる自分が怖かった。別にゲイを嫌うわけじゃないが、アレをやるのかと思うとね~~~~。それにしても、女性は大変だなと実感した。もてる人って男の口説きを巧みにかわす術を知っているんでしょ。どうなんですか、皆さんは?(^_^;)/
2002.03.08
コメント(2)
今日も3時までかかっちゃいました。思い出し笑いの日記ということで、スタートするんですが、今日はもう寝ます。おやすみなさい。
2002.03.07
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1


![]()