銀河はるかに
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世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対する献金被害総額は35年間で約1237億円も「氷山の一角」でしか無いと言う・・・・。とうとう、そのことが原因と明言できるような元首相殺人事件までに発展してしまった。と捉えるべき事案だと感じる。そこで、わが国が憲法で認めている「信教の自由」について多少は考えて見る必要もあるのではないかと、私自身としては感じることになって来た。私は声を大にして言う「私は完全な無神論者です」と。ですから、そうでは無い方は、この後不愉快な表現が続くと思いますから、ここでこのBlogを読むことを中断してください。これ以降は、「無神論者のたわごと」でも、読んでみようか?と思う人だけが、「自己責任である」と、理解した上で読んでくださいね!完全な無神論者と言うのは、つまり神や仏といった言葉が示す心霊的な事柄を全く否定しているという事ですから、神の御加護と言う物は有り得ないですし、天罰なども実際は無いという考えです。宗教心を抱くことは、日本国民としての権利であると認めているのが信教の自由と言う法律でありますが、本来そこまでに留めるべき物であります。神を信じるという心情までは自由なのですが、自由という事は、それを信じず否定することもまた自由と言う意味なのです。そこで、今回の様な問題に対する対策はあるのか?と言えば、信教の自由は国民の権利と言う部分は仕方ないとしても、過大と言えるような集金行為を制限する法律が必要と思います。具体的には宗教は個人の宗教的心情が自由ではあるが、同じ考えがある者が複数いても団体として群れ集まることを制限し、個人的にも法人格としての金銭の授受も国税庁による完全な管理下に置いて厳密に制限するべきと感じます。宗教で飯を食う事は原則的に禁止すべきです。宗教って事実に基づかないことを「ああだの、こうだの」と言ってるだけで、利点が僅かにあるとすれば、人の倫理観を形成するための方便と、精神的なブリンカー(遮眼革)の役割しかないでしょうから、そうした宗教の普及を生業にすることを認めないでも良くありませんか?どうしても他人を巻き込んで行きたいならボランティアでやれば良いのでは?という事です。人が、殆ど金儲け目的のインチキな宗教もどきの団体に騙されることは、個人の心情的なものとして勝手にさせるしか無いですよ!確かに、愚かで情弱な人間に忖度した憲法に保障されていますからね。だから、路傍の石を崇めるのも自由な訳ですが、その代わり、それによって収益を上げる行為を法律で制限すれば良いのです。教祖も、それに関係する者も全て宗教以外から報酬を受けて生き、宗教とは無縁な所で生活の糧を得ることを義務付けるべきであって、貢がれた金で豪勢な生活をする等とんでも無い所業です。そんなことも見抜けずに貢いでしまう人間が居ることが私には全く信じられませんが・・・、トンデモな詐欺師の教祖が居ても貢いで従う人間が居なければ問題は起きないことも事実ですから、そこも考えなくてはなりません。架空のことで金銭を得ようという企てる側と、騙されて金銭を失う側のどちらをより強く規制すべきかと言えば、企てる側の数が圧倒的に少ないのだから、そちらを重視して規制すべきであるが、騙されて金銭を失う人を何とか救い出せない物かと普通人は考えるものだから、騙されない為に国は何かできることを探すべきであると思うのだ・・・。その様な策を行なった上で宗教団体として集金できる金額を無くすべきですし、信者同士が集まることも制限すべきと思うのは、そうすれば広い会場もいらないし、団体もそうした建物などを用意する必要も無くなって、その為と言う名目のお金も不要になるでしょう・・・。騙される側の問題を考えれば、そもそも、宗教に頼まずにも、死への恐怖を克服する術も、人間の世界に対する疑問に答えてくれる学問は幾らでもあるでは無いですか?宗教に依存してしまう人間に共通するのは、その信じてしまった宗教以外を排斥してしまう安易な選択に見られる愚かさであり、存在する数多の学問や歴史的思想遺産に対する不勉強さだけではありませんか?信教の自由を考える時、何かしかの宗教を信じようが信じまいが、本人の自由であると言う日本の憲法の理念をちょっとだけ考えてみても、「宗教が必須ではなく本人の自由な考えに任されるべきものである」ということに絶対に気付くべきであります。つまり、はっきりと言えば「宗教は信じる必要は無い」という意味なのであり、もし、それを信じる必要が有るとされるのであれば、信教は自由ではなくなるのです。さらに言うなら、概ねこの地球世界には幾つの宗教があるのか調べて見ては如何でしょう、実は全ての数は解ら無い程で、7000~8000種あると考えられている上、日本には18万を超える宗教法人が存在します。その事実を少しでも知っているなら、そして普通の知能と判断力を持っていれば、それは奇妙な話だと気づきますよね・・・?幾つもある事でそれがどう言うものかが解るはずです。しかし、それにしても人間とは、なんと哀しい奴らなのだろう・・・・。
2022.07.17
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