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朝、ふとんの中で半覚醒状態でいると、なんだかみそ汁の香りがする。何故? すると、下の子が部屋に来て、『お姉ちゃんがもう起きてみそ汁つくってるよ!』と教えてくれた。 昨晩、娘にみそ汁の作り方を教えたのだった。さいきん、娘は成長著しく、パワーがみなぎっている時がある。これから毎週土曜日はみそ汁の香りで目覚められるかも? 白菜の味噌汁はとても美味しかった。
2004.10.30
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今日はバイトの給料日。早速記帳して来た。研修中の手当てだけなので、わずかだけれど、とても嬉しい。 今まで、無為に過ごしていた時間が、こうやってプラスに転じると言うのはなにか不思議な気がする。 どうやって使おうか考えよう。
2004.10.28
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土砂崩れに巻き込まれた車の中から助け出された男の子、凄いなあ。 お母さんも、お姉ちゃんも死んでしまったけれど、お父さんと強く生きていって欲しい。 雄太ちゃんが助かったのは、事故で亡くなってしまったお母さんの強い願いのせいもあるのではないかと思えてならない。 事故の現場を映像で見るにつけ、車が見つかったのも凄いし、レスキューした人たちも凄いし、何より、生きていた雄太ちゃんが凄い。 命って不思議だ。
2004.10.27
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夏にダイエットをして、余分なぜい肉を落としたら、上半身の貧弱さが気になるようになった。今までは脂肪で覆われていたので目立たなかったが、上腕も胸も貧弱で情けない。ジムに通おうかなと考えた事もありましたが、パートをはじめたら、どうやらその必要が無いと言う事がわかりました。 肉体労働は無いはずでしたが、それなりの重さのあるものを持ち上げたり降ろしたりする事も割とあり、上半身をけっこう使うのです。 ジムだとお金を払わなくてはなりませんが、パートならお金ももらえて体も動かせて一石二鳥であります。 何ヶ月かあとには、ナイスバディになってるかも????
2004.10.26
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台風が次々とやって来て、やれやれと思っていたら、今度は地震だ。 土曜日の地震のときは、夕方子どもとダイニングにいたら、カタカタと小さなゆれが長く続き、それからぐらぐらと来た。子どもはテーブルの下に隠れていた。 新潟が震源で千葉がこれだけ揺れるのだから、震源地ではどれだけ揺れたのか。 ここ百五十年くらい、人間が地表でエネルギーを沢山使ったので、地球がそれに反応しているのだろう。 新潟で被災されたかたがたには、言葉のかけようもない。 夫と発電機を買おうかと言う話になった。上の方に置いてある重いものをとりあえず下に降ろした。 不要な食器も処分しよう。 普段は生活を守っている家や家財が、地震のときは凶器になってしまう。 自分たちに本当に必要なものは何か、あらためて考える必要がある。
2004.10.25
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昨日、今日とお仕事に行っている。職場もオープニングから数日たち、ようやく落ち着いて来たようだ。 手伝いに来てくれていた人たちも、だんだん減り、本来のスタッフの存在感が大きくなってくる。 お互いに顔と名前が一致して来た。こちらの事も覚えてもらったようだ。 社員の人たちはオープニング以来休まず頑張っていて、若さの凄さを感じている。 これからなるべく長い期間、職場と良い距離感で付き合ってゆければと思っている。
2004.10.21
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午前中、久しぶりにユザワヤに行った。地下の工芸コーナーであれこれ見ていると、まだ小さい赤ちゃんが泣いている。 見るとベビーカーに乗っている可愛い子。傍のお母さんに聞くと3か月だそうだ。幼稚園前のお兄ちゃんは3歳。お母さんは2人も連れて大変だ。 赤ちゃん話し掛けると泣き止みアーウー可愛い声で喋りはじめた。 赤ちゃんてこんなに小さいウチから喋るんだっけ?小さい手を一生懸命動かしている。 可愛いなあ。 我が家の子どもは全員小学生になった。本当に手がかからなくなった。 上の子が11歳だから初めて子どもが生まれてから11年。あっと言う間だった。ひどいときはひとりオンブ、ベビーカーに手を繋いで出かけたっけ。 おおきいバッグの中はオムツやお尻拭き、着替えなどがいっぱい。飲み物やおやつなども持って、ちょっと出かけるだけでも民族大移動みたいだった。 それが今では、小さいバッグ一つで幼稚園のお迎え時間も気にせず出かける事が出来る。 これもひとえに3人とも元気に学校に行ってくれているおかげだ。 ひとりで出かけていると赤ちゃん連れのお母さんがやたら目に付く。 今は大変だけどすぐ楽になるよ!頑張って!と言いたい。
2004.10.19
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今日は私は午前中バイト、夫は年休を取って休みだった。子ども達はもちろん学校。 1時過ぎに仕事が終わって、家に電話してみると誰もいない。帰宅すると、車が無かった。夫は車ででかけたらしかった。子ども達がゾロゾロ帰って来たが、夫は戻らない。 夕方になって夫がスーパーの袋を下げて戻って来た。 子どもに靴、私にはヨーグルトを買って来てくれた。 夫は、午前中、歩いて街まで出かけ、お昼を食べて戻ってから車で出かけたそうだ。 歩き過ぎたらしく、夜足が痛いと言っていた。私が一緒だったら、疲れたとか言って、休んだりパスに乗ったりするが、ひとりなので無理をしたのだろう。きっと妻の有り難さが身に染みたはずだ。 いつも夫の年休には一緒に出かけていた。別行動したのは結婚以来初めてかもしれない。
2004.10.18
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思い付く四文字熟語を二つ言って下さい。一つめは?二つめは?一つめはその人の人生観。二つめはその人の恋愛観なのだそうです。試しに夫に聞いてみたら、一つめは何故か天上天下唯我独尊。四文字じゃない・・・。二つめは自業自得でした。これには本人も深く納得していました。わたしは、ひとつめが四面楚歌。ふたつめが順風満帆でした。
2004.10.16
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今日はバイト先のお店のオープン初日でした。九時前に店についてみると、まだどこの店内にも段ボールがつまれたり、台車がいっぱいあったりして、本当に十時に間に合うのかと不安でしたが、時間にはどのお店もきれいになっていたのはさすがプロと感心しました。 オープニングのセールでたくさんのお客さまがみえたので、本来するべき仕事はできずにセールの商品を売らせてもらいました。楽しかった。 他のパートさんは仕事が終わると速攻帰りましたが、私は子どものお土産に変なお菓子を買って帰りました。
2004.10.15
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先生の個展に教室の先輩方と一緒にいって来ました。二十日まで、船橋の東武の五階の画廊です。興味のある方はどうぞ。 何十体もの人形が大きいのや小さいのやいっぱい並んでいて時間がいくらあっても足りないくらいでした。 私が気に入ったのはやはりブリュです。小さいサイズの人形がやはり観てかわいいなあと実感しました。 しかし衣装を縫う事を考えるとひとまわり大きめの方がぬいやすいんですよね~。 先輩方とのランチも楽しかったし、良いお出かけでした。
2004.10.14
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カルフールが撤退するかもしれないそうだ。業績がイマイチ不振らしい。なんだかわかる気がする。 フランスには行った事が無いけれど、スペインの市場にいったとき感動したのは、農場や漁場から来たばっかりの新鮮な野菜や果物や魚がオシャレに並んでる~って事。ふぞろいな野菜や果物がピラミッド形に積み上げられていて、必要なだけ一個だけ買う事が出来た。 肉もひつじが半身で横たわってたり、ぶたの顔がドンっておいてあったり、うさぎの丸むけになったのがぶら下がってたり、ちょっとグロいけど食べるってこういうことなんだよな~と実感できる凄く素敵な場所だったって事。 加工食品もパッケージがオシャレで可愛くてこういうのが部屋にあったら良いなってモノがいっぱいあった。 日本のカルフールにも多分そういうものを求めた人が多かったのでは無いだろうか。 でもいってみると、売ってるものは日本のものが多いし、おフランスの製品が以外にない。 パンやチーズや肉も日本のスーパーの売り方と変んない。野菜もびっくりする程オシャレな売り方はしてなかった。 つまりヨーロッパの風があまり感じられなかったんですね。 逆に幕張のカルフールだったら、千葉の農家と組んで新鮮な農作物をもっとオシャレに売ったら良かったのにね。 魚は勝浦や銚子のをこれまたオシャレに売ったら良かったのに。 辺にこぎれいにしちゃったのが敗因か? エコロジカルな感じもあまりしなかったし。 ヨーロッパ的強さを取り違えたか??帰ってドイツ辺りの資本がうまくいったりして。
2004.10.12
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住んでいる地域が今年から2学期制になったので8日から12日まで学校が休みになった。夫はカレンダー通り9日から11日が休み。しかし台風のせいで急遽出勤したりでなんだかバタバタしていた。天気も悪くなんだか家にずうっといた連休だった。 子ども達は新しくブラックジャックのアニメが始まったのがうれしいらしい。 何を隠そう、私が初めてはまったマンガがブラックジャックだった。少年チャンピオンでガキデカなんかと一緒に連載されていた。手塚治虫の予備知識もなかったが、他の作者とのレベルの違いは子どもの私にもすぐわかった。 健康会館の談話室にバックナンバーがずらりと置いてあって、手当りしだいに読んだものでした。 秋田書店の単行本は全巻持ってたし、ほとんど全話読んでると思う。 私の好きなエピソードは「時には真珠のように」とあとタイトルは忘れましたけど、キリコの毒薬をイタリアのスリ少年がお母さんにの増せちゃって、BJと2人で助ける話。他にも好きな話はいっぱいありますが、今思い出せるのはこの2話かな。 ピンクレディーのミーが好きな漫画がブラックジャックって何かのインタビューで答えていたのを妙に覚えています。良い人だな~と思った。
2004.10.11
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ひる前、夫の職場からデンワがかかって来て、台風に備えての動員で呼び出しがかかった。よっぽど深刻な台風なのだろうか??? お昼ご飯を食べて、雨戸を閉めて、植木鉢のいくつかを移動させた。 夕方、雨は横なぐり。雨戸は凄い音を立てているし、さすが台風、という感じになって来た。真っ暗だ。 表の通りでは先刻から救急車や消防車が盛んにサイレンを鳴らして行き交っている。 停電したら嫌なので、子どもを早く風呂に入らせ、ご飯を食べて台風情報をみていた。 まさにウチのすぐ近くを台風が通っている!今回の台風は足が早かったので通り過ぎてしまえばあっけない程静かになり、夫も九時前には帰宅し、「する事無くてずーっとテレビ観ていた」と申し訳なさそうだった。土嚢積みにかり出されるよりマシだと思うのだが。 被害が無いかと見回ったら、裏のアーチが完全に壊れてしまった。 薔薇の被害は無かったようだ。良かった。
2004.10.09
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私は昔から熊が恐い。実際に野生の熊をみたことも無いのに、よく夢に出てくる。 田舎のおばあちゃん家に泊まると、山から黒い大きな熊が出て来て押し入れに逃げる夢を何度もみた。 スペインに行ったときも、マドリードの広場の熊の銅像を観た晩、熊に追い掛けられる夢をみた。 上野動物園にいってヒグマを観たときには子どもながらに「熊には絶対に勝てない」と思ったのを覚えている。 前世で熊にくわれでもしたのだろうか。父も生前全く同じ事を言っていたそうだ。 今年は熊が沢山おりて来ているようだが、幸いな事に私の住んでいる近所にはさすがに熊はいないと思われる。 熊と人間が平和に共存できる環境が保たれる、もしくはそういう環境が出来る事を望みます。
2004.10.07
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今日もバイトの研修。本当はパートって言うんだろうか?午前中のパートは6人でほぼ顔と名前が一致するようになった。実際の仕事がまだ始まらないのでドキドキしているのがお互いにわかる。どうなることか?社員もお店が開いてみないと実際わからない事だらけらしく、若さもあってか、「なんとかなるさ」と言うムードを感じる。 つい怠けがちになる脳と身体が活性化すると良いのだけれど。
2004.10.06
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いつか作ろうと思っていた手帳カバーをやっと作った。細畝のコーデュロイのあまり切れを使ったのだが、ちょっとふがふがになってしまった。キチンと接着芯をはったり、キルトや刺繍をすればもっとしっかりしたものが出来た筈である。手帳カバーごときと侮ったのが敗因であった。来年暖かくなったら、コットンでさっぱりした夏仕様のを作るぞ。
2004.10.05
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先日、押し入れの天袋から、自分が子どもの頃に書いた絵や作文が入った袋が出て来た。降ろしたはいいが、重くてどうにも持ち上がらないので子どもに見せてやろうとリビングまで持って来た。 暇なときに作文を引っ張りだして読んでみると、これがvowなみに笑える。小学一年のころの、間違いだらけの消しあとだらけの作文。 文集はさらに面白い。当時は他人の作文なんか熱心に読まなかったが、今読むと面白い。女の子の作文で、その子のお母さんの台詞が出て来るものは特に笑える。当時住んでいたのが、団地だったのだが、お母さん同士の人間関係がある意味透けて見える。 男の子でも誰君は好きだけど誰君は嫌いだとか実名で書いてあって今だったら発禁になりそうな事がいっぱい。 昭和五十年代のおおらかな子育てが垣間見える。 私の母は、団地の中では数少ない自営業者の妻だったので、割とアウトローというかマイノリティだった。単独行動が多かったように記憶している。もともとアナーキーな性質が、俗物の中で攻撃性を帯びていたのかなあと当時の母を思い出して微笑ましく思ったりした。 大人になって読み返すと面白いので、子どもの作文はとっておくことにする。作文は、え~こんな事書いたっけと自分ではすっかり忘れているエピソードがいっぱいある。逆に、絵はこういうイメージをかきたかったんだよな~という当時の記憶がかなりはっきり残っている。 テクニックの無かった過去の私のもどかしさが蘇って来る。 一年生の息子に一年生の私が書いた作文を見せたら大受け。息子の方が自が上手だった。 こういうモノをキチンと保存してくれていた母に感謝である。
2004.10.01
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