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今日は、信州ビジネス牧場の第一回研鑚会がありました。10名ほどの集まりで、午後2時近くに開始のゴング。リー宮沢氏の、実践ブレーンストーミング手法によって繰り広げられた、怒涛の3時間。GL400さんにとっても、もちろん信州BBのみんなにとっても、とても充実した一時になりました。第二ラウンドは、ファミレスで。食事を取りながらの、これまた熱い、GL400さんの一人舞台。でも、ひとごとではありません。自分も今、会社の転機を考える中で、とても参考になりました。感謝。熱い夏の午後はかくして終わり、次は、よびりんさんのセミナーに向け、GO!!です。9月は忙しくなるぞ!
2003年08月31日
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誰だって 今日一日くらいなら 頑張れるでしょう 明日以降のことは その日が今日になったら 考えればいいのです 中山庸子著
2003年08月30日
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本日、私目のほうで、講演会参加者をゲッツ!GL400さんからも参加者希望が入った知らせ。と思ったら、イッちゃんE320さんからも、参加希望者があり、早めに詳細をファックスしたいコーーーーール。おいおい、リンクしてるね!うれしくなっちゃいます。やはり、思いは通じるんですね。でもまだまだ、これからです。全ての人に感謝。
2003年08月29日
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この世には、全てにおいて偶然とか、奇跡とかはない。全てが必然であるということ、会うべくして会ったのです。起こるべき事が、起こったのです。全てお互い、引き寄せたのです。楽しいでしょう。
2003年08月28日
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会社の机の中を整理していたら、一本のカセットテープが出てきた16年前の「小椋佳コンサート」のテープだった。懐かしい、すぐさま、。カッセトコーダーへ(^^)いいねーーー。音もばっちり!45分しっかり堪能しました。中学の時からの大ファンで、それが今でも続いている。布施明が歌った「シクラメンのかをり」がヒットする前までは、友人らに変り者扱い。ヒット後は神様扱い?…な、いいだろう!!小椋佳をこよなく愛しつづけて、三十数年。小椋佳の世界は、詩が一番、(電話は2番?)曲もいいなーー。みんな良いってことか!! 今年も長野(東部町)へコンサートに来るので、是非行ってきます。楽しみです。今日の聞いた中では、これがグットきたな! ●あなたが美しいのは●>きっと初めての空を 飛ぶ鳥の心映して 誰の胸にもひたすら 待ち望む時があるはず いつか心隠す 重ね着をみんな剥して 惑い一つもない 汗をかいてみたい筈 あなたが美しいのは 愛されようとする時でなく あなたが美しいのは ただ愛そうとする時。>きっと霧深い海に 沈ませた宝のように 誰の胸にも必ず色あせる夢があるもの いつか心の底に 輝きをひとつ見つけて 泣いて思いのまま、泣いて笑っていたいもの あなたが素晴らしいのは 愛されようとする時でなく あなたが素晴らしいのは ただ生きようとする時
2003年08月27日
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中々晴れの日が続かない、雨は雨で惠をもたらしてくれるのでそれはそれでとても感謝しています。そして、雨だから、気づかされたこと、毎回雨の朝は、感謝・感激しています。 雨の降ってる朝、会社にきてポストに入っている新聞を取り出すと、濡れないようにビニール袋に入っている。絶対濡れないように封入口も閉じてある。落としても、雨にあたっても大丈夫だ。凄い!これには、毎回感激している。自宅に来る新聞にはそんな加工は無い。濡れてることがよくある。濡れてると、読みずらいし、読む気になれないこともある。でも会社に来る販売店は違う、お客を心底大切にしている。石鹸配ったり、ティッシュ配ったり、そんな小手先見え見えの販売店とは比べ物にならない、客への心が感じられる。他の新聞店もそうなのだろうか?少なくても、自宅へ持ってくる新聞店はやってない。雨が降った朝、ビニール袋に入った新聞を見るたびに、うれしくなります。きっとこの多くの、この販売店の購読者はそう感じてるだろうなでも、中には当たり前と思ってる人もいるんだろうな!なんでもそうだけど、こういうことの何気ない気づきが、自分から一日を楽しくできる。そういうことでうれしくなる単純な自分がGood!気づきの心は感謝の心。そう、思ってます。ちなみにその販売店は、会社のとなりにあります。
2003年08月26日
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毎月、色々な顔で俺を迎えてくれます。最初は、あんまり意識してなかったけど、だんだん、心を引かれていってしまった。不覚。月に一度、癒してくれるとっても大事なひと。今日もまた、近くに行ったので、逢ってしまった。 また会いに行くよ、浅間山さん。俺が今一番気に入ってる山です。近じか登ってみたいと思ってます。
2003年08月25日
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これ、左手で書いたんだけど、なんか味がある…かな?利き腕の右手で書くと、どうしても小細工に走ってしまう。でも、左手だと、一字一句書くにもう真剣。とても、小細工なんて使えない。うまくないんだけど、なんか味があるみたいだ。味のある生き方。良いですね。
2003年08月22日
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今日、仲間内で作る、津留さんを囲む会?でいいのかな(^^)の集まりがあり、遅れて参加。久々に出る会に、懐かしい?顔もありうれしかった。津留さんの話は長ーーーーくなるのでなに?って思った人は次を除いてみて!http://www1.ttcn.ne.jp/~turu/ 話の中で、仲間内でやってるMLのことが話題に上りました。MLの内容に結構誤解が生じてるなんてことも言ってたけど所詮、MLはML、手紙とはまたひとつ違うし電話でもないし…。思ったことはひとつ、MLの限界と接近戦が一番だなって事日記は自己完結的要素があるのでいいと思うがMLはみんなに投げかけることが基本だから当然、そこには限界がある。MLは情報交換の場か、連絡網がせきのやまかな!ところで、津留さん奥が深いので、気をつけてください。なんて、いうのも誤解が生じるか(^^)/
2003年08月18日
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西の空だけが、かすかに憧れ色を 見せているようだ 盆前の夕暮れ時、会社の2階の窓から見えた夕焼け。たまたま傍にあったデジカメで撮影。自分のパソコンの壁紙にしたほど、結構気に入ってます。雨雲の切れ間に突如現れた幻想的な風景。(掲載写真はちょっと粗く、明るいかな(^^))少し恐ろしくなるほどに、もの凄く深いオレンジ色が目に焼きついて離れないほど。いやー、まさしく自然の贈り物ですね。ありがたくいただきました。やっぱ、信州はいいよねーーーー!
2003年08月17日
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今日、モーニング娘。のコンサートがあるというので娘らを、会場の「ビッグハット」(オリンピックのアイススケート会場)までの送り迎えをした。送っていったときは、開演1時間前、もう会場の周りはもの凄い人の波。何人ぐらいいるんだ?凄すぎる!!迎えは4時なので、いったん帰宅。そして、4時ジャスト、お迎えにと思ったら、会場周辺の混雑で前まで行けず。しょうがないので隣のダイエー・ハイパーマートにいったん車を止めてお迎えに。店内出口は、コンサート帰りの人で、溢れかえっていました。おいおい、こんなおっさんまでいくか?こんな奴まで?特攻服なんて着てくなよ!あまりの光景に、笑ってしまいました(^^)まあ、無事合流して帰宅。迎え盆とあいなりました。それにしても、モー娘。は凄いな!ビッグハットっていえば普通に入って、8000人は入るところ、ステージの関係で客席が少しつぶれても、一階席は全て立ち見。8000人とはいかなくても5000人は入っているんじや無いか?それを2ステージ。一人6000円。で、6000万円の売り上げ。稼ぐよなーーー。グッズやら何やらで今日はかなり稼いだんじゃないか!モー娘。人気が5年間も続いてるってとこが、つんくプロデューサーの凄いとこだな。どこまで続くこのモー娘。景気!!
2003年08月16日
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今日は58回目の終戦記念日。改めて平和を誓う日?今年もテレビでは、議員の靖国神社参拝が報道されたり「平和についてどう思いますか?」「戦争が起こったらどうしますか」などというお決まりの インタビューがなされていた。その中で「愛国心についてどう思いますか?」って言うインタビューが若者に向けられていた。「愛国心?愛着心はあります」「日本は好きだけど、国のために死ぬ事ははできない」「日本は好きです、愛国心はあります、おいしいもの食べてる時に感じます?」「アイコクシン?ってなんですか」「アイコクシン、興味ありません」等など、いろいろな答えがあった。今の時代を反映していたし、若者も素直に答えていたと思う。「愛国心もわからないのか!」っていう大人たちもいると思うが、それはそれでいいと自分は思う。ただ、愛国心=国のために死ぬという発想は多くの人たちが抱いてるんじゃないかと感じた。自分の中の愛国心っていうのは、国のために死ねますか!では無く、他の国の人たちに、胸張って日本の国を誇れるますかっていうこと、引き継がれてきた伝統・文化を理解し説明できること。じゃないかと思う。日本人であることの誇りを持つことが愛国心じゃないかと思います。私も当然、国のためには死ねません。
2003年08月15日
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遠ざかる風景 遠のいた日々をたぐり寄せよう 風車 逆さにまわして 小椋佳あすは、迎え盆。お墓参りなどへ めったに行かない罰当たりが、年に2回いく大切な日。迎え盆と送り盆。お盆というと帰省してくる友人との再会も楽しみのひとつだがここ近年、それも無い。寂しい話です。少し前は、この時期、昔の思い出にどっぷりつかって、バカッ話に花を咲かせて、大笑いしたものでした。またあの頃に戻れたらいいね……風車逆さにまわして。同級会でもやるか!!なんて、ちょっと、センチメンタルブルースな感じでした。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーもう、色々あって、爆発だーーーーーー!
2003年08月12日
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……… この時期なら、暑中見舞いを出しますが、メールにしてもこの楽天日記の書き込みにしても、投げかけた物全てに、お返事の期待はしていません。投げかけた時点で自己完結です。投げかけたこと事態に満足してます。相手にしても、自分に対してもそれがベストの状態だと思います。もし、相手が返事をよこしてくれたら、非常にうれしいですがそれは、また新しい時点でのうれしさなんです。だから、今日も投げかけて終わりです。満足、満足。
2003年08月11日
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花も美しい月も美しいそれに気づく心が美しい夕方テレビを見ていたら、お寺の住職さんが言っておられました。気づきの心をもっともっと大きくできたら毎日、毎時間、心豊かに過ごせる気がしました。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ー№2ー昨晩のニュースで、長崎平和式典の模様を伝えていた。その中で耳の不自由な被爆女性が手話で訴えていた姿が印象的であった。58年間閉ざされた思いを、全身を使って表情豊かに平和への思いを訴えた姿に感動した。二度と同じ過ちを起こしてはいけないと、改めて感じました。その前文をよんでみて下さい。下記に載せました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 平和への誓い」 皆さん、私の話(手話)を聞いてください。 私は、生まれた時から耳が聞こえない、言葉が話せない ろうあ者です。昭和20年8月9日、一番、おしゃれを したい年ごろの18歳でした。 その日、私は、爆心地から北に6キロほどのところの疎 開先の時津町で、バラックの家を建てる両親の手伝いを していました。 11時ごろ、少し疲れ横になった時、突然目の前が明る くなり、オレンジ色の光を放って広がるものが見え、直 後にものすごい勢いで床にたたきつけられました。 いったい何が起きたのか、その時は恐怖よりも驚きのほ うが大きかったのです。 夕方、両親と私は山里町の自宅へ戻ることにしました。 家には3歳年上の姉が待っているはずでした。道ノ尾か ら先は道もなく、線路を伝って歩きました。川のかたわ らに、顔や首の皮がはがれ、足をガクガク震わせながら たたずんでいる人がいて、水が飲みたかったのでしょう が、焼けただれた腕は伸ばすことができません。顔がゆ がみ、引きつった唇が何かを訴えようとしていました。 母が、身ぶりで、「イタイ、イタイ」と言っていると教 えてくれました。もちろん、耳が聞こえない私には、原 子野をさまよう人たちのうめきもなにも聞こえません。 音というものが私にはわからないのです。時々父と母が 何かを話し合っていますが、私にはなにが起きたのかわ からなくて、頭の中はボーとしたまま見ているだけでした。 私たちの家は爆心地近くの山里町にありました。それは 押しつぶされ、残がいの奥に赤い炎を残してくすぶって いました。母はきっと姉の名前を呼びながら姿を求めて いたのだと思いますが、私は声を出して姉の名前さえ呼 ぶこともできず、ただオロオロしていました。 突然、うつぶして両の拳で地面をたたきながら泣く母の 様子から、私は姉の死を悟りその背中に覆いかぶさって 大声で泣きました。夜になって、ようやく道ノ尾に帰り 着いた時、浦上の真っ黒な空からは想像もできないきれ いな星が輝いていたことが今も忘れられません。 私たちろうあ者は家庭にあっても、日常的な会話のほか は、ニュースやうわさ話から遠ざけられて、ぽつんと孤 立した状況にあります。そのため、詳しい情報は伝えて もらえないまま月日が過ぎ、信じられないでしょうが、 私は原爆をずっと大きな爆弾と思っていました。終戦か ら1年たったある日、偶然に見た写真展で、それが実は 「きのこ雲」の形をした「原子爆弾」だと知りました。 さらに、放射能を浴びた被爆者が後遺症に苦しみ続ける といった詳しい被害の状況を聞かされたのは、それから 随分たってからのことでした。ろうあ者は長い間、原爆 の実態を知ることからも閉ざされていたのです。 被爆から58年が過ぎた今日、皆さんの前で、こうして ろうあ被爆者の苦しみを訴えることができて感無量の思 いです。同時に、文字どおり、何も語らないまま亡くな っていった仲間たちのことを思うと涙が止まりません。 大切な家庭や親せき、友を一瞬にしてなくした苦しみと 悲しみを乗り越え、今、こうして生かされている私にで きることは、既に亡くなった多くの、ろうあ被爆者の仲 間たちに代わって、この目、肌で感じた58年前の出来 事を語り続けることです。 いつまでも、世界平和を祈り、この命が続く限り戦争の 悲惨さと平和の尊さを次世代の1人でも多くの人たちに、 語り(手話)続けていくことをここに誓います。 平成15年8月9日 被爆者代表 山崎栄子 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2003年08月10日
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2003年08月09日
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2003年08月08日
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2003年08月07日
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2003年08月06日
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今日取引先から、選挙前の大集会をやるからぜひ参加してくださいという、FAXが入ってました。日ごろからお世話になっているので、もちろん参加しますが俺、長野市民じゃないんだよね、そんなんでいいの?まあ、人数あわせってことか!
2003年08月04日
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精神世界と呼んでいいのか良くわかりませんが2~3年前から、全てを受け入れようと努めてからまず感謝の心が少しずつ、着実に大きくなって来ている。当然全てではない。そんな簡単に極められるわけが無い。そうすると、いままでぼんやりと現れていたもう一人の自分が、以前にも増して強く現れてきているのがわかる。まさに同居状態だ。 怒っている自分を、もう一人の自分が冷静に見ている。時には「おい、それで良いのか」と、問いかけてくる。すると、今までの自分もわれに返ることもある。外に現れて、五感で感じてる自分を「自我」。うちにいる自分を「ハイヤーセルフ」というらしい。この話は、長くなるので書きたくないが、とにかく、感謝の心と、全てを受け入れる心がもう一人の自分を強く感じるようになってきているのは事実である。自分にとってはうれしいことである。はたから見れば、不思議な世界のように見えるかもしれないが、結構面白い。楽しんでます。
2003年08月03日
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