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従業員の若手23歳のIと40歳のS、最近ふたりに冷戦状態が続いているという。Sは入社1年ちょい、経験者ではあるが今ひとつ歯車があっていない感じだ。注意しても言い訳が先に来るタイプ、素直さが足りない。そんなIにSが教えても、前はこうやっていたとか 教えにたいして感謝とか受け入れる気持ちがない。そんなIにSが嫌気をさした。いうこととやることが一致してないからだ。Sも怒ると何もいわなくなり、態度で怒りを表現するタイプ。流石に見かねて昨晩Iと打ち合わせを兼ねてそのことを話した。とにかく全てをまず受け止めてから 自分の思いを話せと。先輩を立てる付き合いをしていけと。教えてくれることが自分の知っていることだとしても、教えてくれことに感謝をしろと。全ては自分のために…。そんなIとSに加えNの三人が斑尾の現場に出かけるが、どの程度わかってくれ 行動に移せるか?少数精鋭で動く仕事にコミュニケーションが大切だ、Sももっと大きな心で受け止めてくれればと思うが、いかがなものか。なにか、人間ちっちゃいな…。もっと大人になれよ!そう叫びたい気分だ!いい加減にしてくれ!!
2005年08月31日
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今月は慌ただしい月であった。お盆や昨日のKの親父さんの葬儀も重なりバタバタしている感じだった。今日は少し時間を作る事ができるかな。勢いがあることは良いことだがただ仕事に振り回されているだけでは明日は見えてこないな。今週末からはkも復帰するだろうから来月は引き締めていけるかなよし、やるぞ!!-------------------------------------------------------------夕方、Kから電話が入る。「2日より出ます」これでいつものペースに戻れる。ホッと一安心だ。明日は大町へ行くのだ!!
2005年08月30日
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早朝 東京の東大和市に向けて出発した。今日はやけに肌寒く感じたが、その冷たさが気持ちよかった。下仁田の辺では、素晴らしい朝日を拝ませて頂いた。そして、関越道から圏央道に入り、青梅から下道をいく。朝の通勤ラッシュと重なり、青梅のまちは混んでいた。その通勤ラッシュも計算に入れての 出発だったので時間には余裕があった。狭山市はさすが茶処、お茶畑が道路沿いに広がっていた。東京の親戚は通過途中の武蔵村山にある。そこも順調に抜け葬儀場に着く。9時からの告別式はすでに始まっており、あわてて中に入ったが受付がない。ホールとかかれた扉を開けると、20名くらいの方々が椅子に座っていた。初七日法要も済ませ終わったのが10時前。そして斎場。宗教がらみやその地方のやり方などで若干面食らった。椅子に着くといきなり回し焼香がやってきて、あわてて手を合わせ済ませた。華やかな仏壇もなく見た目質素だが、葬儀屋の為の葬式ではなく、故人と家族の為の心ある葬儀と感じた。一時間で終了したが、手作りのお葬式って感じで又新鮮でした。それにしても今日の東京は 暑い。エアコンが効いていたから善いが、もう礼服の中は汗だらけであった。親戚の方と挨拶をして、出棺のあと自分は帰路についた。74歳の人生でした。
2005年08月29日
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昨晩遅くケントからメールが入る。親父さんが亡くなったという内容だった。最悪のことも考えての帰郷だったが、一番近い肉親の死を受け止めることは大変なことだと思います。亡くなった親父さんを送りだすまでは、そんな悲しみに浸っていられないことは確かある。遠い地からご冥福を祈ります。今日あたり葬儀の日程をメールしてくれることになっている。安らかに、安らかに…。
2005年08月28日
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昨日 深夜作業の報告書を提出に元請けに行った帰りに そのテナントビルの駐車場近くで声がかかる。「社長…、●ッグの社長さんでしょ?」「はいそうですが…?」「あっ!●●建設にいた…」名前も忘れ、おぼろげな記憶の中から引き出してきたその人との接点、「もと●●にいた、福●です、その節は…」相手から名乗ってくれたのでホッとして、こちらも挨拶を返す。正直いまでもその人と関わり合った事すら思い出せないの…だ。失礼はさておき、F氏は7月に仲間3人と独立したという。自然派志向の住宅を展開していこうということで、すでに数件の注文をこなしているという。そこの仕上げ清掃を依頼してくれた。感謝。そして今日、事務所開きがあるというので祝い酒をもって行ってきた。社長を紹介された。若い社長だが、アイデアを沢山持っておられ、うちとしてもちょっと面白い展開になりそうである。竣工清掃だけでなく、お客様と家との関わりを一生持って行きたいので自分の会社でできることを、提案してほしいという。新築して一年目もいわば家の一歳の誕生日に何ができるか…とか、信頼関係の大切さをアピールしていきたいと言っていた。なるほど…こちらもワクワクしてきた。善い展開になるよう、早めに提案をしたいと思う。もし、あのとき声をかけてくれなかったらこんな展開は望めなかったかもしれない。偶然という風が引き起こす、必然な出来事であった。
2005年08月27日
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ケントの親父さんが危篤状態に近い状態にあるらしく、昨日から休みを取っている。実家は東京にあり、家族全員で向かった模様。以前からいつ逝ってもおかしくない状態と 本人は言っていたがズーット体調が安定していた。しかし、ここにきて医師もわからない状態になっていて、ひょっとすると…。全てを覚悟して向かい、着いたらこちらにも連絡を入れてくれと頼んだがいっこうにこちらには連絡無し?連絡どころではないのだろう。そんな訳でこちらも大幅に予定変更を余儀なくされた。月末の忙しいときだが、ケントの分までがんばらねば!こういうときは各自の動きで会社への思い、ケントへの思いがはっきりと出てくる。面白いものだ。そんな人間ウォチングはさておいて、今日もこれから深夜作業の二連チャン。3時間ほどの睡眠しか取れなかったから、昼間の眠いこと。まあ、怪我だけはしないよう気を入れてがんばろう!!
2005年08月26日
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台風11号が上陸するらしい。今夜未明から明日の朝にかけて再接近する。今回も東海・静岡の辺に上陸したあと、進路を右にかたむけ北上する。毎回思うが、急に角度変えて行くケースが多いよね。陸地との関係もあるのだろうが、今回もカクッと東京方面へ変える。台風の右側が勢力大で、左側が少ないらしいがここの場所はいつも山で遮るせいか左側になるので あまり影響が無い。これはありがたい話である。秋の収穫を前にした、リンゴや梨。落下などの影響が少なければ良いのだが。リンゴを育てるのも自然。リンゴをダメにするのも自然。自然には太刀打ちできないのだ。
2005年08月25日
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昨日は歯の治療に行った。なかなか歯茎の腫れが引けず一本の歯を二つに分けるという手術をした。事前の麻酔の注射が痛いのでとても嫌だ。麻酔が効いてるとだらしなくなってしまう口元うがいしても目標のところに吐き出すことができずなかなか大変だ。一時間半の大治療が終わり 次回は3週間後。奥歯だけに最悪抜くことは最後の最後にしたいという先生の考えに、歯磨きをしっかりやらないと本当に駄目になってしまうという危機感に襲われた。ココ数ヶ月 衛生士の指導の下 歯磨きに時間をかけている。昨日はその衛生士に「良く磨けてますね」と お褒めの言葉を頂きちょっと満足な自分であった。まだまだ、治療は続くのだ。
2005年08月24日
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先日ゲットした日常管理の引き継ぎのため、朝から諏訪に出向いた。今回は2件、来月からは1件追加で計3件を受け持ってもらう。10時に待ち合わせ、1件30分ぐらいの説明をしながら引き継ぎをおこなう。2件を終ったのが昼前だった。予定では佐久に一件簡易清掃をしようと思っていたところがあったので 和田峠越えで行こうと決心。下道で一時間半あまりかかるとナビにでる。その指示通りの道をひたすらとばしつつ、気温20度の快適なドライブとなった。順調に現地について、無事仕事をし帰路についた。帰ったら20〆をしなくてはならない。銀行にも行けなかったし、23日は前日の挽回で忙しくなりそうだ。ここ数日間、遠出が多いが 気分転換には最高だ。ママさんもようやく車いすに乗れるところまできた。今日から本格的なリハビリに励むようだ。入院してもうじき4週間。早いものです。あと一ヶ月チョイかかりそうだ。
2005年08月23日
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中学生の夏休みが昨日で終わった保護者からの一言を頼まれ、悩みながら書き上げた。宿題の作文も、難産の末できたようだ。今日から二学期。元気に登校だ。高校生は引き続き夏休み続行中だ!
2005年08月22日
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何年ぶりぐらいだろうか高校野球を見入ってしまったのは…派手な記録を出し続けた大阪桐蔭はまず左腕・辻内崇伸君は藤代戦では19奪三振と大会タイ記録を達成したりそして同じく、4番・平田良介君。準々決勝の東北(宮城)戦では、大会史上2人目の1試合3本塁打を放って、チームを勝利に導いた。 そんなド派手な記録の中昨日、決勝戦が行われ、駒大苫小牧(南北海道)が5―3で京都外大西(京都)を破り、大会史上6校目、1947、48年の小倉(小倉中、福岡)以来57年ぶりの大会2連覇を果たした。記録こそ ド派手だが その試合内容は 高校野球の基本、堅い守り、着実な攻撃。そして何より 試合中常に声を掛け合って チームがひとつになっていたと言うことだろう。それがつきを呼び、今回の優勝になったのだ。三連覇も夢ではないだろう!
2005年08月21日
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昨日は急遽やめることになった、諏訪管轄の代わりの人を探しに朝から出かけた。ここ何年か、とある会社が県内各地に設置したところの日常管理のため、求人をし続けてきた。住んでいる県とはいえ場所場所の感じは全くわからない。いつも自分の勘だけが頼りで、それが功を奏してきていた。今回もその勘と行動力だけが頼りでやってきた。諏訪。まず管理する現場に近い住宅街へ入り、車でグルグルまわる。怪しい感じは十二分にするだろう…なから感じを掴んだところで チラシを持ってここぞと言うところにアタックしていく。一件目。おじいちゃんが出てくる「ここは年寄りしかいないからね…」「あっちの方が 新しい住宅街だからそっちの方が良いよ」数分話しながら、情報を得ていく。この情報集めも大事なのだ。言われたところへ移って再び開始。話好きのおばちゃんと出くわす。「ここよりもう少し先が良いよ…」歩いてその言われた場所に行き、ここかな?と思う家にアタック。30代の女性が出てきて、興味深げに話を聞いてくれた。これはやってくれそうと思ったので「ぜひ助けて下さい」と あなた無しでは考えられないというラブコールをだす。先方が「こちらこそ お願いします」と言う。決まった!3件目で決まり。こう言うのは今まで数十人決めてきたが、長引くと気持ちも萎えてきて悪循環になり、終いには決まらずに終わる。決まるときはいきなり一件目で決まることもある。今回も早く決まって良かった。そして、前任者に会い引き継ぎをしたり諏訪と岡谷を行ったりきたり。なんとか午前中にけりがついた。時間ができたので、今月末から始まる新しい管理場所の確認と、もう一件 これも全く新しい場所の「大町」へと向かった。大町での求人も2回で決まりホッと一安心。流石に、諏訪→岡谷→諏訪→岡谷→松本→穂高→大町→長野はお疲れちゃんでした。こん回もご縁でつながっているんだという感謝で一杯でした。
2005年08月20日
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8月の暑い毎日、朝方は涼しいススキの花が咲いたというニュースを聞いたが秋は少しずつ近づいてきた
2005年08月19日
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いよいよ会社の前の公園に公会堂が新築される。現在使っているところは、昔、土地を持っている方からの好意で無料で貸してもらっていたと言う。時代が子から孫の代に変り、その土地を返してほしいと数年前から言われだし、ようやく市との話が決まり、着工にこぎ着けたらしい。町も借りっぱなしでこのまま行くつもりだったという、身勝手な部分がありその辺で、少しトラブルがあったらしい。しかし、好意で何十年も貸して頂けたのだから、感謝が先だろう。公園に公会堂が新築されることによって、子供達の遊ぶ場所が又減ってしまった。それはとっても残念なことだ。近くに公共の施設もあり、そこを借るという事はできなかったのだろうか?必ず町に公会堂が無くてはならないという事もないだろうに、ましてやこんな時期につくろうなんて…もちろん、各戸の負担もある、会社単位の負担もある。勘弁してよ!今日は神主さんを読んでの工事祈願をおこなうらしく、朝っぱらから、テントを張ったりで公園は騒がしい。完成は12月。
2005年08月18日
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昨日は最後の盆休み、かねてから約束していたボーリングに娘2人と出かけた。混んでいるんじゃないかと心配していたが、直ぐにできた。かれこれ7年以上やっていなかったので気乗りはしなかったが、娘等の張り切る姿に押されながら、1ゲーム目を投げた。なかなかスペアが取れないものだと、半分ふてくされながらおわると、133。まあまあかな。よし、2ゲーム目はもっとがんばるぞ!思いとは裏腹の空回り、116…。もうやめるか…。娘等は「まだまだやるよ!」その元気な声に後押しされながら渋々…3ゲーム目に突入。「おっつ、やっとストライクがでた!」「ダブルだ!」「えっつ、水ノ江たきこ?ターキー!!」終わってみたら、181。自分でもビックリ!娘等はもっとビックリ!!ちょっと胸はっちゃおうかな(^^)さあ、気分良いところでやめようとしたが娘等は「もう一回!」「えっつ…」親父はもう限界にきているしかし…「じゃもう一回やるか。最後だぞ!」先ほどの勢いが残った自分、4ゲーム目も181。娘等は唖然…。スコアよりも疲れの方が気になってその場をあとにした。「ちょっと、自慢話できちゃったぞ!」という娘等の会話に思わずほくそ笑む自分がいました。マイボールでも作ろうかな?なんちゃって…おじさんでした。今朝は流石に昨日の疲れが足腰を襲っています。今日から後半戦、がんばってやりますぞ!!!「
2005年08月17日
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昨晩は寝る頃になって 雨が降り出し その雨音と時折轟く雷鳴が気になって寝付けなかった。朝、窓に映った真っ赤に焼けた色が不気味で飛び起きた。雨雲と青空が交互に顔を出し、その東の空から昇りかける太陽の光が 見渡す限りの風景を 真っ赤に染める。不気味さが気になって飛び起きたが、その自然が織りなす鮮やかな色を見つめながら、その素晴しさにしばし固まった。部屋に吹き込む冷たい風が心地よい。しばらくすると 雨雲が再び覆いだし 朝焼けのショータイムが終わった。そして、雨。今日は送り盆。ご先祖の御霊が帰っていく。
2005年08月16日
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60年を迎えた終戦記念日の今日、毎度の事ながら 日常の人のフォローに出かける。終戦から60年、戦争が間違いかどうかという事よりも 少なくとも戦地へ行って日本ために戦って亡くなった人々のお陰で今の日本があるということへの感謝をしよう。今は戦後ではなく、戦前という話も良く出てくるが、自分としては戦後でありつづけて欲しい。戦争から得られるものは何もない。アメリカのように 言うことの聞かない国は潰してしまえなどという考えは本当に恐ろしい。平和という隠れ蓑をきて戦争を平気でする 異常な国だ。ちっぽけな地球の中で 傷つけあうことはやめよう。助け合っていくこと、それこそが地球人のすることなのではないか。戦後60年、一年に一度戦争を平和を考える時なのだ。
2005年08月15日
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数日振りにお見舞いに行った。毎日のリハビリ(まだ立てないからベッドの上で)で少しずつ足が動くようになっている。もう少し経つと、歩ける感じだ。食事も飽きたらしく、何かしきりに他のものを食べたがっている。ダイエットにはいいチャンス!!ゆっくりゆっくり のろまな亀でいきましょう-------------------------------------------------------今日は、久々に遅くおきた。良く寝た。今日も暑くなりそうか?
2005年08月14日
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ばたばたした慌ただしい毎日を過ごしていたら今日はもう迎え盆。夕方家族でご先祖様をお迎えにお墓へ行く。そして今晩は酒盛りとなる。ご先祖様が帰る三日間。毎年の恒例である。今年も無事おむかえに行くことができることは ありがたいことです。盆帰りこの時期は里帰りとやらで昔の仲間も帰郷している。それでも中々会う機会がない。たまには 懐かしい顔と懐かしいあの頃に戻りたいね。今日も バタバタするのだよ。早く酒盛りをしたいのだ。
2005年08月13日
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昼に元請けから電話が入った。日常管理を任されているところの管理が上手くなされていないという、クレームだ。担当のおばちゃんは一癖のある人で、状況を伝えるときにもまさしく言い訳を繰り返す。聞いてもいないことを勝手にしゃべり出す。前もクレームがあり、その対応に追われた。今度で二回目。流石にアウトである。「そんなにいうのなら辞めさせて頂いても結構です…」と言ってきた。「はい、そのつもりで電話を差し上げました」そう答えると、しばしの間があり「今日にでも…」というので、「今日の明日ではこちらも間に合わないので、盆明けの週はおこなって下さい」とこたえた。近隣ならいくらでもフォローができるが『諏訪』なのさ。会社から高速に乗っても一時間半はかかる場所。毎日は通えない。だからしょうがなく、一週間猶予をもらったっていうか、当たり前の話だろう!こちらの気持ちの問題もあるが、お客さんに迷惑はかけられない。ここは気持ちを抑えてそういう事にした。こんな盆にしょうがない話だ。普通にやっていれば何も言われないのに、手を抜き出すと歯止めがきかない。そんな人に来週もやってもらって良いの?????そんな声も聞こえるが、仕方ないのだ。来週は忙しいぞ!!あさってから盆休暇だ!!
2005年08月12日
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あと今日も入れて3日で盆休みに入る。13日から休みにしたかったが、お客さんの都合もあったので、13日は丸一日となった。まあ、14日から三日間あるし良いか!最近はお陰様で忙しい日々を過ごさせて頂いている。これが一年間あるように自分がもっとがんばらねばならない。盆明けはもっと積極的に行動しよう。次の事業のこともあるし、休みなんて行ってだらだらできないぞ!!さあ、今日も気を引き締めてがんばろう!!
2005年08月11日
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ママさんのところへ 長女と見舞いに行く。大部屋に移され、すこぶる元気な感じだ。リハビリも少しずつやり始めたし、回復に向かって少しずつ 前進している。しかし、まだまだ自分では思うように身体が動かせないから、人にやっていただく部分が多い。こちらが普通にしていることもできないから、ちょっと位置がずれるだけで届かない…から イライラする。昨日も移ったばかりの病室で荷物をロッカーに入れるときも いろいろ指示が出る。ちょっと口やかましい感じだ。まあ元気になったのだから少しは我慢(^^)帰り際 「身体は動かせないけど、口は人並み以上に連射するな…」というと、長女も「そうだ、そうだ…」と 追い打ちをかける。最後は笑顔で「じゃあね!」身体が思うようにいかないって大変だ。
2005年08月10日
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いままでママさんに全て任せてきた会社の経理、振り込みやらが大変だ。明日のパートさんの給料日に間に合うように今日ネットバンクで振り込むわけだが、昨日病院まで行ってやり方を聞き、今日の手はずとなる。ママさんの回復が若干遅れ気味なので、病院までノートPCを持ち込めず 結局自分がおこなうことになった。盆前の慌ただしさに加えこの振り込みほかの作業、20名近くいるパート、上手く振り込みができるか、ちょと心配だ。簡単な事なのだが 慣れないことには時間もかかる。このまま盆に雪崩れ込みか?若干お疲れ気味の今日この頃だ!!!
2005年08月09日
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昨日午後急遽病院へ。ママさんが一般病棟からまたクリーンルームへ戻された。現在使っている痛め止の薬が合わなかったため、ものを食べても吐いたりしてしまう。そこへ持って、呼吸がしづらいと言うことで、急遽移ったと言うことだった。面会すると少し苦しそうな顔をしていた。点滴が腕に、そして酸素吸入が鼻へ通されていた。子供達もこわごわ除いていた。ママさんは 血圧が普段から低く95ぐらいなのだが、今日計ったら140。「看護婦は普通ですね」と言ったらしいが、50も高いのに普通はないだろう!!血圧も状態もそれぞれ違うのだから、その人の状態を把握した上で変化を読み取るのが看護婦の役目ではないのだろうか。術後は特に看護婦にゆだねられるのだから、看護婦が三流では治る者も治らない。医者も看護婦も一流でなくてはならない仕事なのではないか。退院するまでは気が気ではない。
2005年08月08日
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昨日午後ママさんがクリーンルームから一般病棟に移れたと連絡が入り、娘等と向かった。東京の親戚もお見舞いに来てくれており、一年ぶりの再会となった。子供がだいぶ成長し、顔も変わった感じがした。上の兄貴達はさすがにもう親と一緒には動かなくなったと聞いた。どこも同じだな…。ママさんはと言うと、昼に食事したとき吐いたと言うことで点滴をしていた。胃も少し小さくなった感じだと言うが、これでカラダも絞れるかな?なんていう期待はしない方が無難だ。大部屋に移ったと言っても、まだまだ自分では動けない。まだ一週間ぐらいは大変だが リハビリをし出せば徐々に回復がまして行くであろう。隣のベッドの人も同じ手術らしく 10日を過ぎれば楽になると言う。あともう少しだ。入院して10日目を迎えた。一番下の子も昼間は気丈に振る舞っているが ベッドにはいるとママさんのいない寂しさを実感するようで 「早く会いたいな~」と、ぼそっと言う。こうやって成長していくのだ。さあ、今日は日曜出勤。自分もがんばらねば!!
2005年08月07日
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今日はヒロシマへ原爆が落ちてから60年目となる。昨晩TBSで「ヒロシマ」という番組を放映していた。原爆の実態や惨劇の全貌が生々しく伝わってきた。戦争を終えるための最良手段とアメリカが考え、実行。世界で最初の原爆の被災地になったヒロシマ、これが人間がやることかと憤りを感じた。原爆投下。そして…爆発して10秒の間に、半径二キロにある町が、建物が人が消滅。助けたくても助けられない惨状、友達が自分の子供が…。放射能の黒い雨が降る。その雨で焼き付いた喉を潤す。80歳を超えた被災した男性は、そのときの様子を話し始めると、気持ち悪くなるという。60年過ぎたが、心のキズは到底癒されてはいない。核兵器廃絶。北朝鮮が核を持つことに対しての避難が高まった。当然だ。しかし、先頭に立っているアメリカが核を保有している。まずアメリカがやるべき事ではないのか。原爆だけではなく、テロに関わること全て、アメリカの勘違いをたださなければ、世界平和は訪れないように思える。ノーモア ヒロシマ。そして、ノーモア ナガサキ。合掌。
2005年08月06日
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今月下旬に研修を予定していたが、元からの連絡で10月最初へと延期となった。なんでも今研究中の製品が遅れ気味なのと、講演会のためだという。そこの社長は、ドクターでもあり、一級建築士&理学博士という肩書きをお持ちで、大学の客員講師もおこなっている優秀な方だ。それがゆえ、こちらの研修日程にもろにかぶってくる。研修もしっかりと腰を落ち着けてやるという考えを持っているので 空いた日にチョコチョコとやるというのは性に合わないという。受ける側としては心強いが、延期になったことは辛いものがある。今月研修して、9月からGO!と思っていたからだ。まあ先方の意向なので仕方ない。10月の研修に向けてまた勉強だ。
2005年08月05日
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11年目の事務所には相変わらずエアコンがない。扇風機と北からそよ吹く風だけが 頼りのこの期間。しかし、風がない日や湿度の高い日、カンカン照りの日は最悪なのだ。報告書を書く時も、腕が用紙に着かないようにあげて書く、汗でダメになるのだ。エアコンぐらい入れたらいいのに…と、来客者から再三言われ続けてきたがそれも11年になってしまった。みんな外で暑い中がんばっているからという とってつけた理由を心の中で唱えながら、未だに入れる計画はない。慣れればとは言うが、なかなかこの暑さには慣れない。いい加減、エアコンでも…うーーーん、もう少しすれば秋だからね。ことしも入れないまま終わりそうである。
2005年08月04日
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今回の入院で一番燃えた感じだったのが表面的には次女であった。自分の役割を果たそうとそれなりにがんばっていた。普段あまりやらないから 長続きはしないもの それなりの成長が伺えた。長女のおねえちゃんは表向きには冷静さを装っているが、かなり家のことをやってくれている。「おっ、お姉ちゃんがやってくれたのか!」と ついそんな言葉が出てしまうほど、良くやってくれる。洗濯物を干したり、しまったり。部屋の掃除をしたり。夕食の手伝いや妹の世話、見ていて頼もしい限りである。親はなくても子は育ついや、知らず知らずのうちに親の背中を見て育ってくれたのかと 勝手な解釈をしながら、その成長ぶりがうれしくなる。2学期の通知票にも書いてあったが、熱い闘志が無い?あるのだが表に現れてこない。どん欲さが無い。まあ、こちらが欲張りなのかもしれない。おねえちゃんはおねえちゃんなりに自分のペースでやっているのだ。そっと見守ってやろう。兄も兄なりに、学校の帰りにスーパーで買い物にいってくれたり、受験勉強の間の縫って、彼なりに協力してくれる。このママさんの手術は家族の絆を確認&強めてくれたと感じた。それはそれで大いに感謝なのだ。
2005年08月03日
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お陰さまで手術は大成功のうちに無事終了しました。最良の方法で行なうことができ、先生に感謝しています。皆さん、有難うございました。まだクリーンルームにいるため、面会は出来ませんが 日曜には出来そうです。長い一日、長女と次女ともども半日の長丁場を病院で見守っていてくれました。---------------------------------------------------------------- 朝から暑いな!今日も最高気温32度予想。現場は斑尾の別荘内だが、湿気が多く、それが蒸発すると無性にこたえる。後3日はかかりそうな現場。なかなか人の手が思ったように揃わず、今日も若いのが休んで、応援要請の電話をかけまくった。朝からボルテージが最高潮だ!!午後はママさんの手術に立ち会う。昨日から、クリーンルームに入り、消毒槽の風呂に入り殺菌をしている。家族といえども中々入れない状態だ。手術前が大切なときだから、病院の言うことに従うしかない。2時頃からの手術。成功してくれと祈ることしか今の自分にはできない。今日は熱くて長い一日になりそうである。
2005年08月02日
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いよいよ夏真っ盛り。連日暑い。しかし後二週間もすればお盆でそれを過ぎれば、秋へ移っていく。ママさんの手術を明日に控え、今日も月末の〆で追われそうだ。そこに持ってきて、一人歯痛でお休みだ(^^!)もう、笑ってやり過ごすしかなかんべ!!来月からの新規事業の発信のためにも今週は忙しい。忙しいのは楽しいことだが、落ちが怖い。調子に乗りすぎぬよう落ち着いて行動しよう。さあ、やったるで!!
2005年08月01日
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