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ひともまばらな、まちの小さな公園。夏の終わりの空は秋をもうそこまで呼んで感傷の気をそそる。なんだか知らないけれどひとは生きるほかないんだよなぁ。 みなわ ひとし 穏かな陽射しが、フロントガラスからやさしく入り込んでいる。正月2日とあって、普段はにぎやかな繁華街もしんと静まりかえり、ただ年賀の張り紙と門松だけが、同じようにならんでいるのが目に入る。「左に寄りすぎだよ」「あ、右、寄りすぎ」助手席に乗った喜一さんは私の運転にハラハラどきどきといった感じで細かい指示を出す。「そんな心配しないで。これでもだいぶ慣れてきたのよ」「だめ。よそ見しないで。ほら、右折」失礼しちゃうわ。運転免許を取ったばかりでそのうえ運動オンチだからって、教官みたいに横で言われたんじゃ実力なんて発揮できないわ。喜一さんがこんなにうるさいひとだとは思わなかったわ。後ろの三人は、それぞれ思い思いの格好で沈黙のしじまにいた。元は、窓にもたれかかるようにしながら、走る景色を眺めていた。風祭さんは、くしゃくしゃになったあごひげを大きくてやわらかそうな手でふわりふわりとなでている。閉じた目を時折開いて、気持ちを整理しかねるようにまばたきを何度か繰り返す。そしてまた静かに目を閉じ、あごひげに手をやる。桃子は、そんな風祭さんと元を交互に見つめて、声にならないため息をつく。「あ、また右に寄ってるよ」喜一さんは、あー、とか、えー、とか本当にウルサイ、なぜ?(疲れてるんじゃない。少しやすんだら?)「寝てられないよ、心配で」(まあ、失礼しちゃうわ。ほんとに教官みたい)ああ、とうとう口に出してしまった。「赤、だよ。止まって」喜一さんの顔がゆがんでいる。もう、あなたがごちゃごちゃ横でうるさいからじゃない、あわててブレーキを踏みながら、喜一さんをうらめしく思っている。思いのほか早く郊外に出て、最初の山の麓に着いたのが、午後2時ころだった。「この先の森林公園で飯にしませんか」喜一さんが、後ろを向いて話しかけた。「そうしましょう」私と喜一さんの一触即発の会話を聞いていたのか、風祭さんが心配そうに言った。元さんもうなづいた。桃子ちゃんが目をぱっと見開いて「私、何も食べなくていいの!」と真剣な表情。「桃子!」わがまま言うな、と喜一さんの声がとがっている。「桃子ちゃん、ちょっと休んで腹ごしらえしたほうがいいと思うんだよ。みんな疲れているから」風祭さんが、やさしい声音で桃子ちゃんに話しかけた。桃子ちゃんが、素直にうなずくのが、ミラー越しに見えて、なんだかいじらしい。公園のキャンプ施設に車を寄せる。「ひえー、ちょっと風がつめたすぎるね」と風祭さんが、おどけた声を出した。「よし、窓ガラスが曇るかもしれないけど、ワゴンの後ろで食べようか」喜一さんが、いつもの穏かな声に戻っていた。狭い空間に身を寄せ合って黙々と準備してきた鍋をつついていると、いつのまにか、心までほぐれてきて、みんなの顔に笑顔をもどってきたみたい。「少し飲んだほうがいいよ」喜一さんが、元さんに酒を勧めている。「アッチチ」。風祭さんがズボンの膝に落っことしたつみれをつまみあげて、何事もなかったように自分の口にほうりこんだ。本当に食欲のなかった桃子ちゃんがそれを見て、クスクスっと笑う。元さんが、すかさず桃子ちゃんの手から小鉢をとって、エビとつみれと春菊をいれてあげてた。桃子ちゃんはそれを受け取りながらぱっと頬を輝かせたの。そしてきゅうに元気になってぱくぱくっと平らげると、「おかわり」甘えるように元さんに小鉢を押し遣ったの。「自分でやれば」なんていつもの元さんの憎まれ口。そう言いながら、またよそってあげている。ま、青春している。「道路が空いているから、この分じゃあと3時間ぐらいで着くね」喜一さんがまた助手席に乗り込んできた。「ボク、少し寝かせてもらうよ」まあ、大歓迎よ、私は思わずにんまりしてしまう。元さんたちは、後ろでトランプを始めた。やわらかな空気がふくらんでいく。ハハハヒヒヒ、元さんのいつもの笑い顔が聞こえてくる。(私、安全運転してお父さんのところへ無事届けてあげる)まっすぐに見つめる道の先に待ちわびる魂に向けてアクセルを一歩踏み込んだ。(続く) 楠田レモン
Feb 14, 2005
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いーい、ここから入ったらぜったいだめよ――と、言って少女は一本の線を引いた。なんの不思議もないただの一本の線少年はそこに深い闇のようなものをかんじた。 みなわ ひとし どこまでも広がる青い空。正月二日は新年にふさわしい日本晴れだ。「あっけまして、オメデト」元が、喜一の店の脇に、れいの赤いシビックをとめようとしていると、桃子の元気な声。振り返ると、桃子が、正月らしくウールのアンサンブルを着て立っている。「うおっ」と、おおげさによろける元。「明けましておめでとう」桃子が正しい日本語で、言う。「おめでとう。みんな、集まってる?」てれたのか、桃子を見ないようにしながら元。「レモンさんが、まだ。風祭さんとおじさんは、ワゴンに飲み物積み込んでいるわ」いつになくおしとやかな桃子。「そうか。喜一さんたち、裏?」あくまで桃子を避けるように、元が裏に入っていく。残された桃子は、口をとがらせている。大変。準備に手間取って20分も遅刻だわ。どうして私はこんなに愚図なんだろう、正月早々無駄な自己反省。タクシーがネットカフェの横に到着。「レモンさーん」桃子ちゃんが、可愛いきもの姿で手を振っている。(桃子ちゃん、ちょっと手伝ってくれる)タクシーの支払をしている横で、桃子ちゃんが荷物をとりにきてくれる。「わ、重いね、これ」風呂敷包みを持ちながら、桃子ちゃんの不思議そうな顔。(喜一さんから電話があって、山の上で鍋をしよう、って言うから)「鍋、おじさんが? 山の上? 寒くない」(そう。でも、そう言ったの)桃子ちゃんと話しながら、ワゴン車に近づくと、すでに3人が乗り込んで待っていた。「あけましておめでとうございます」「おめでとう」「早く乗り込んで」とドライバーの喜一さん。後部座席では、元さんと風祭さんが、ほんのりピンク色になっている。「さ、こっちに坐って」と、風祭さん。桃子ちゃんは、元さんの横にさっと坐った。元さんは、心なしか、身を固くしたように思えたわ。喜一さんが、運転席でひとり孤独にワゴンをスタートさせた。「今日は、3社まいりだからね」と、風祭さんが張り切っている。「ということは、三つの神社を回るってことね」特別に猪口でほんの少しお酒をいただいた桃子ちゃんは、目をとろんとさせている。(桃子ちゃん、着物よく似合ってるわ)「うん。今日は、美人に見えますね」と、ひげをさすりながら、風祭さん。「孫にも衣裳、フヒヒ」元さんたら、憎まれ口を言う。「なによー」と桃子ちゃんは、軽くたたく真似。ひょいと避けながら、「ぼくはね、レモンさんの着物姿だったら、見たかったなー」と、元さん。「もう、知らない!」桃子ちゃんは、きゅっと口をとがらせている。「桃子さん、彼はね、テレ屋なんですよ」風祭さんが、やさしく言った。最初の神社におまいりをすませるころには、元さんと桃子ちゃんは、ふざけながら、すっかり仲良くなっていた。「次の神社の山のところで、食事にしましょう」と喜一さん。(運転代わるわ)と私。「いいよ」と喜一さん。(ま、私のウデ、信じてないのね。お正月なんだから、後ろでお酒飲んだら?)喜一さんが、しぶしぶという感じで、後ろに乗り込んだ。途中、ぬかるみのところで、ほんの少し(ホント、少しだけ)車が揺れた。「ほらほら、でしょ」と、ほろ酔いの喜一さん。「あぶねー」と元さん。(失礼でしょ)と思わず振り返ると、「あ」「ぶ」「な」「い」と、みなが口を揃える。そりゃあ、ちょっと未熟だけど、運転免許持ってるんだから、失礼しちゃうわ。心で、ぷんぷんしていたら、だれかの携帯電話が、「踊る大走査線」のメロデイ―を奏でた。「もしもし」元さんだ。「はい。……はい。いえ、はい」ただならぬ気配が、だれもを無口にした。見守っている。「オヤジ、死にました」元さんが、静かにつぶやいた。私は、目についたドライブインに、あわてて車を止めた。「タクシーで帰ります」と元さん。「この時間だと、夜まで電車はないね」と、考え込むように喜一さん。(私、元さんを送っていくわ)「無理だよ」その運転じゃ、無理だというように、喜一さんが、きっぱり。「みんなで行けばいい」風祭さんがみんなの顔を見ながら話しかける。「お酒を飲んでいないのはレモンさんだけです。助手席でナビゲーターすれば初めての道でも大丈夫。急ぎましょう」「そうよ。私は行くからね」と桃子ちゃん。いいの?と目顔で問いかけると、喜一さんがうなずいて助手席に乗ってきた。元さんは、みんなのやりとりを聞いてるのかいないのか、ただ震える手で、コップの酒を飲んでいる。私は、元さんの田舎に向けて、車をスタートさせた。(続く)
Feb 7, 2005
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