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我が家のジャーマンポインター、セナが旅立ったのは昨年の節分の日。毎日、仏壇の前で声明させていただく際、彼女のことも思い浮かべているのですけれども一年たったその日は、夫が静かにハウスの前でお線香をあげていました。弔っていただいたお寺からも、昨年二月に旅立ったペットさんたちの合同法要の知らせが届きます。平日でしたので、当日に行くことはできなかったのを気にしていましたら夢に現われましたので、やはり二月中に足を運ぶことにしました。白い菊を墓前に供えて手を合わせ、一年前の様子を思い出して。苦しみの中でも一生懸命生きようとしていた姿には心打たれたものでした。「我が家で一番、性格の良いのはセナくんだったわね」「そうだね。最期まで我慢強かったな」一年が過ぎ去るまで、そのままにしておこうと決めたハウスやグッズが並んだあたりは、やはり寂しいままですが一歩前に進むときを迎えたのかもしれません。「セナの旅立ち」
February 28, 2009
3月14日(土)は夜7時からの2時間スペシャル。ゲストは、はるな愛さんですね。***日本とフランス、どちらで暮らすのか悩んでいるという中村さんに贈られるメッセージとは。江「中村さんは真面目っていうか生真面目」中「自分でもちょっと嫌になるところがありますね」江「すごい…実はね、その迷い、まあもちろん国際結婚っていう形であれば悩むことも良くわかるけれども…何ていうのかな…本当に今日、この言葉だけ貰えればもう良いぐらいっていうかね…中村さんの場合は自分が本当に迷っているわけではないの。要するに背中を押して貰いたいだけなの。要するにね全然、話が変わるんだけれど中村さんと似た人は、この世の中にいるかもしれない、けれども瓜二つの人はいないでしょう?顔かたちから経験から全部…みんなオリジナルなの。いいの、自分のやり方で。自分の子供さんは自分の子供さんの人生でいいの。同じじゃなくていいの。だから何処かでそれが不安になっちゃって。でね『それで大丈夫』っていうね、その言葉が欲しいだけなの。だからそういった意味では『いいじゃないですか。どちらでお勉強なさろうが、途中で3年来ようが5年居ようが自由』ね?そのご自身の経験と感動が、また一杯あるわけだし。ね?その都度その都度、その思いに任せていれば良いんですよ」中「だから頭でっかちに考え過ぎちゃうんですね、眠れないほど考えちゃうのでそれを…」美「それはね、いま江原さんがとっても良いことをおっしゃっていたんだけどね中村さん自身がね、自分を理解していらっしゃらないのね。何でも片付けてきちっと『これはこう、これはこう』何でもきっちり居士でね、全部境界線を設けてね『これはこっち、こっちじゃないと駄目よ』だけど本当は、中村さん自身はきっちり居士っていうのは、これは後天的な性格なのよね。お家の教育によってそうなっちゃったわけ。『これはこうですよ、あれはああですよ、そうじゃないでしょ』お母様とかお父様とかね周りの人とかそういうもので形作られちゃったの。でも生まれた時に、持って生まれた中村さんの性格は、夢見る夢子さんで、妄想族で」中「妄想族です、そうでした」美「ね?それで得体の知れない綺麗なものや色んなものや何かを追い求めて…その中で生きていたいっていうのが本当は、生まれた時の本性なんですよ」中「でも、それは小さい時は特に強くって…もう自分の世界でお城に住んで…じゃないですけれど『こういう物に囲まれて、美しいこういうもの』っていう絶対あり得ない世界を夢描いているのは、今も時々あるんですけれども…」江「その理由が前に対談でも話した前世に関わるんですよ」中「あー」江「あのね、中村さんの前世っていうのはスイスかドイツか、ヨーロッパのあちらの方なんですよ。でいてね、若くして亡くなっているの、女の子なんだけど。だから病弱で、いつも妄想が友達っていうか、想像力でね『こんなことをやってみたら…』とかね、そういう色んなことでいつも見える美しい景色の中にいて、自然が一杯ある…だから、いつもどっちかと言うと今回はザワザワした所に居たいの」中「東京とかパリの方が好きですね」江「時間がピタッて止まった様なところが怖いの」中「あの…長くは居られないです。あまり居心地が良くないリラックスできないです、はい…」江「それとね、物凄くせっかちな理由は、実は幼くして亡くなってるでしょう?『人生って長くない』っていう感覚が物凄くあって、あとは『そこで後悔したくない』とか…だから要するにキチッキチッと自分で腹をくくって決めていかないと嫌なの、子供のことでも何でも。だから何か取り越し苦労。『先へ、先へ…』スケジュールを立ててゆきたい」中「そうです、そうです…」江「だからそれも、実は前世でそういう幼くしてっていうか、そういうところが見えて…で、全然話は違うんだけど、ご主人ってああいう明るい陽気な方じゃないですか。で、さっきね何で『空気みたいだ』って言いましたでしょう?で、こんなことを言ったら何だけれども実はご主人って凄く甘えん坊でしょ?」中「はい…はい…」江「で、中村さんにまとわり付くでしょう?」中「うん、もう…2分見えないと呼んでます、私を」江「弟なのよ」中「ええ?!」江「やっぱり早く姉が先立っちゃってるでしょう?だから何処かで気になっているの、いっつも」中「本当にね…有り難いんですよ、女性としてはあんな風に思いをぶつけて貰えていつも気にして貰えるというのは有り難いんですが、私は割りとさっぱりしてると自分で思っていて『もういいよ、傍に来なくて』って言う位、凄くこう…傍に居ることが多いですね」江「だからね、そういう意味で『空気みたいで、まあ別に籍を入れなくてもねずっと居られるでしょう、一緒に』って思えちゃうのは、実は弟だからなんですよ。だからね、今は夫婦ですよ。感覚的にフッとね『この人、弟じゃないの?』っていう風な雰囲気っていうか、その…じゃれてきたりこう…ツンツンって引っ張ってるようなところがあるというか…『まるでこれって、お姉ちゃんみたいじゃない?』っていう感覚がね、あって…だからね、そういった意味で魂がね、引き合っていた。だからさっきの、最初のお父さんのことじゃないけれども、何でもテレパシーの人でねだから以心伝心っていうのが常に大事にされているそういう質を持っているっていうかね…」中「あ、私自身が…はい…」江「そうです。だからね、常に引いてゆくのね。だから不思議でしょ今まで全然関係のないことでも『こういうことで、こういう専門の人がいたら助かるな』と思うと出会うでしょう?」中「そう…だからすごくいつも『あ、恵まれてるな』と思います」江「で、『何かのことで教えを請いたいな』と思うとパッと会う」中「本当に今、時期的にそうで、本当にこういうお話をいただいたというのも何処かに行って誰かに訊こうとかそういうことはなくて『誰かから背中を押して貰えたらいいな』っていうのを思っていたら本当にお話を頂いて…実は何年か前に、ごめんなさい、頂いた時はスケジュールも合わなくて『ごめんなさい』だったんです。でも今回は『もう何としてでもお目にかかりたい』と思ったんですね。だから多分もしかしたら…」江「だから何となくね、引き寄せられたように思っているかもしれないけれども、私からすれば(釣竿を投げる仕草で)ヒュッて自分でやってるところがあるのね、手繰り寄せてるっていうかそういうところもあって…先々のことなんだけれども、色々とね社会貢献とか色々なことを中村さんは考えると思う。慌てない、急がないことなんですよ。何故かと言うとね…これ、言わない方が良いかどうかなと思ったんだけど、言うとほらかえって何か詰まらなくなっちゃうことってあるから…ある意味で、お母さん自身のやってきたことを引き継ぎますよ、仕事を」中「あ、何かそんな気はでも…してます」江「アーティスティックなことで。でいて、フランスとかに居ながらもちょっとそういう芸術交流的なこととか、色々と関わってくるプランもあるなあって☆いう位に」国「でも『ちょっとそんな気がする』って言ってましたよね?」中「何となく私の中では『家業を…』じゃないんですけれども…何か『自分がやる』ということではなくて『多分私は一生、何かサポートをしてゆくんだろうな』と。今は逆に言うと全く何もしていないですけれども、でも気持ちの中で小っちゃい時からあったんだと思うんですね、長女ということもあって…というのはあるんですけれども…」江「とにもかくにも、今日はこの言葉だけ覚えておいて下さい。『急がない、急がない』急がない、何事も取り越し苦労しない」中「分かりました」美「だって急いだって、まだお子様が小っちゃいでしょう?」中「そうなんです」美「小っちゃいのにね、どうするつもりです?」中「そう、だからどうにも出来なくて、もがいてたんです☆」美「もがく必要ないじゃないですか」江「中村さんはね『早期教育いいかもしれない』とか『いや、もう少し大きくなってからの方がいいかもしれない』とか『でも、やっぱり文化を身に付けるには早い方がいい』もう行ったり来たり」中「そう、日本に来るっていうのは何か頭のいい子になって欲しいとかじゃなくて色んなことを知って欲しいので『それには10歳より前に来た方が多分言葉も覚えるだろうし人との関わりも』とかって思うと『じゃあ娘が10歳になる前の…逆算してそうすると息子が7歳だから』とかっていうのを物凄く」美「余計なお世話ですよ☆」江「それがね、自分で物凄い勢いで『頑張ろう!』と思ってみたと思ったらガガーン!と落ち込んでみたり、また上がってみたりって連続の人なの。常にジェットコースターみたいな人☆」国「どうですか?」中「だから疲れるんですね☆」江「でも、好きで疲れてるの、それ」中「自分で望んでることだっていう…」美「だからね、それをね、今はインターネットの時代でしょう?パリだってアメリカだって離れていても距離はないわけですよ。だからそれは、実際的に体を運ぶとなると12時間13時間かかりますけれどだけど生活の基盤をね…フジコ・ヘミングさんもパリに居て、日本に居て両方行き合っていらしゃる…融通性を持たせた生活、そういうやり方の時代にもう突入しているんですよ。だから江戸時代の方みたいにね『それはこれはこう。東は東、西は西』っていう風にね、それは時代遅れですよ」中「あ、そうですか☆」江「ただね、ちょっとお父様からのメッセージなんだけれども…あのね、お父さんはねさっきも『最期の我がまま』っておっしゃったけれどもね、今日来ていらっしゃってね『実は子供の教育のこともあるんだけれども、やっぱり今の親を思ってる』って。『やっぱりそのことを自分が少しでもやっぱりきちんと面倒を見てあげたい』とか年代と共に1人ずつ去ってゆくわけでしょう?『そういう見送りとか、そういうのをきちんとしたいという気持ちが娘にはある』ってこうお父さん、おっしゃるのね。だけれどもお父さん、これはまたね『古臭く聞こえるかもしれないけれども嫁に出したんだ』と。『昔の感覚かもしれないけれど、嫁に出したということは自分自身の足場を一番大事にしなさい』って言うのね。『だから今の自分の家族を一番大事にしなさい。そこが足元がグラつく様だったら、親のことを色々心配してもらっても嬉しくない』ってそれは」中「はい…」江「うん。『やっぱりそれはきちんとしなさい』と。『だから優しい子だけに、やっぱり親のこと』特にお祖母ちゃまとかでもお年だしだからそれが物凄く心配になっちゃう…ね?」中「もう…それはかなり…かなりのパーセンテージを占めて私の中にあるので」江「…そこと、子供をどこかでこじつけて理由にしたい自分もどこかにあって…だから人間っていうのは単純じゃなくって色んな考える自分があってねでもその全部を叶えるといったら、なかなか難しいことでね…でもこうやって行き来できるわけだし、ね?それで今日のテーマになっているけど自分が望んで引き寄せていれば必ず悔いのない時間を過ごすことができるはずですから、ね?お祖母ちゃまとも」中「はい…ありがとうございます…」江「それが心配だったはずなんですよ」中「はい…」【スピリチュアル・メッセージ】☆ 子育ては日本でもフランスでも大丈夫。子供たちはオリジナル。どちらでもそれぞれ違う経験と感動があります。大事なことは「慌てず急ず」です。【オーラの言葉】☆ どこの国も良いところはあるけれど、海外に出ると日本の良さがわかる。世界の芸術家が認める日本の文化、洗練された美意識は日本だけのもの。読んでいただいてありがとうございました。
February 26, 2009
フランスに拠点を移してからは、日本との違いを様々に感じられることも増えたようです。国「フランスは出生率がヨーロッパで1位(2008年のフランスの出生率は2.02日本は1.34)なんですか?」中「いま、1番みたいですね」美「昔はね、最低だったの」中「そうです、だからバッと上がったというのは聞きました」国「それは何で上がったんですかね?」美「政府ですよ。日本の政府なんて、何もしないでしょ?『少子化、困る、困る』って言ってるじゃない?フランスもね、本当に潰れそうだって言われていたの。少子化で、生まれなくて」国「それはどれくらい前ですか?」美「2,30年前から。それでね、政府が全部、対策立てちゃって、全部ケアするようにしたの」国「ケアというのは?」美「お金を払わなくてもいいように…」中「だから妊娠、出産に関わる費用、基本的には決められた額までは只なわけです(公立病院で出産した場合、出産に関わる費用は100%補助される)。だから普通の病院に行っていれば只なんです。検査費用もエコグラフィも出産費用も入院費も。それからさらにすごいのが出産後の女性の体をケアしてくれるというのも只なんです(運動療法士の治療を10回まで無料で受けることができる)。10回までは、そういうトレーニングを受けるんですけれども、それも只なんです。それからやはり当然、働いている女性が産みやすくしなくてはいけないので法的な制度が整ってきているし、保育所とか託児所というのが充実していたりとか…」美「それはもう、びっくりするくらいの細分化した細かーいことまでね…」中「例えば、やっぱり貧しい方たちもいらっしゃいます。そういう方たちも安心して産めるようなものもあるし、一人目を産んだらいくら、二人目から三人目からいくらっていう補助が国から出るし。それは、ある程度の収入があればそこは出ないけれどそうじゃない人は出るとか…すごく細かーい、細かい…かなり恵まれていると思うんですね」美「そこは本当に見事に徹底してね…もうヨーロッパでも世界中でも最低の方だったのよ。それが今はトップになったんですもの」EUの平均出生率が1.52のなか、フランスが2.02にまで上昇した理由とは。17歳、10歳、8歳、5歳と4人のお子さんを持つ48歳のフランス女性コリーヌ・ミシウさんのお話「政府の支援があるから安心してたくさん産みました。フランス人で本当に良かった」ミシウさんのお家の場合、子供が20歳になるまで支給される家族手当は4人分で月に約6万円、所得税は40%減額になるそう。「子供を2人産んだら3人目を産んだ方が得になります。子供が3人以上いると大家族カードがもらえるんです」大家族カードの特典は、鉄道運賃で国鉄が30~70%、地下鉄が50%割引、パリ市立の美術館、プールなどの公共施設の利用が無料に。公立学校は授業料が無料、公立大学は年間登録料2万円で通える一方で消費税は19.6%(食料品は5.5%)なのだそうです。国「逆に不便なところというのは?」中「不便というのは、サービス大国日本から、サービス後進国フランスに行ってしまったために…もう…イライラすることがとっても多かったですね」国「例えばどんな…」中「日本で皆さんが多分当たり前と思っていることは、あちらではあり得ないわけです。まず、24時間のコンビニエンスストアなんてありませんし宅配が届いて不在通知があって希望の時間を電話して『じゃあ10時から12時に来て下さい』『はい、承りました』って気持ち良く来てくれることなんて向こうではあり得なくって…私なんか一度、日本から書類が届くので、大切な書類だったんですけど不在でいなくて電話をしたら『じゃあ明日届けます』『じゃあ午前中に来ていただけますか?』『何時になるか分からないので、とにかく居てください』『…ええ?』みたいな…でも大切なものだから、もう待つしかないので待ってましたけれども…」国「あーそうか、日本だったら…」中「そういうことが…」美「もう日本はね、まあ居心地が良いっていうか馬鹿みたいに…☆」中「ちょっと居心地が良過ぎちゃいますね。良過ぎて…」美「良過ぎてね、ボケちゃう」中「ボケちゃいますね」美「平和ボケで」国「そうですねー」中「何処に行ってもサービスが…」美「世界一」中「世界一で、こんなに居心地の良いところ無いですよね」美「時間も正確だしね」国「昔、外国人のペーパードライバーを日本で、僕が助手席に乗って教習するっていうコーナーがあったんですよ。片言の英語ですけれども、ガソリンスタンドに寄った時に『オーライ、オーライ』とか、最後に帽子を取って『ありがとうございました』って言うことに『何てこんなに親切なんだ!?』って大爆笑したんですよ。でも面白さが分からないじゃないですか、それが普通だと思っていたから。やっぱりそうなんですね、日本っていうのは」中「窓なんかを拭いて下さっても私なんか『ありがとうございます』って本当に今もう…何をされても『やっぱりこれって普通じゃないんだ』ってことが分かったから…もうタクシーの運転手さんが機嫌よく気持ち良く送って下さったら、もう『ありがとうございました』って…」美「だから本当に日本は住むには極楽」中「もう極楽ですね」美「まあフランスもスペインも、イタリーも英国人も全部、向こうの人はね『自分の国が一番』自分の民族が一番なの」中「はい」美「だから私は、フランス、スペイン、ドイツと演奏旅行で行ったりなんかした時に…スペインに行ったらね、私のプログラムが休憩中に捨ててあるわけ。『失礼ね!』って言っていたら『フランス語で書いてあるからいけない』って言うの。『ここはスペインだからスペイン語で書くべきだ』って言うのよ。ね?『そんなにスペイン語って素晴らしいものなの?』って私が言ったらね『そうだ、世界一だ』って言うの。でね『英語は商人の言葉だ』って言うのね、ビジネスの言葉。『フランス語は?』と言ったら『セックスのための言葉だ』って言うの、愛を語る言葉。『ドイツ語は?』と言ったら『馬の言葉』って言うの。『じゃあイタリー語は?』と訊いたらね『これは詩を語る言葉だ』って言うの。『じゃあスペイン語は?』と訊いたら『神と語る言葉だ』って言うのよ。ところがドイツに行ったらドイツに行ったで同じことを言うの。英国もそうだし…みんながそう。よく『人種差別云々…東洋人だから…』とか色々言うじゃない?白人同士も、もう凄い人種差別なの」国「それはどうですか?」美「そうですよね?」中「それは…私自身は幸い、そこまで感じてはいないんですけれどもやはり同じ陸続きで過去に争いがあったりするわけで、その中で生まれたこう…『私たち日本人には何か分からない微妙な感情というのはあるんだな』と」美「歴史とかね、色んなものを全部、引き摺って生きています…現在に生きていないのよ」中「あの…凄くこう…持続しますよね、気持ちが。だから変な話日本人の方がさっぱりしているというか、上手に忘れると思うんですけれども色んなをこう…長く長く…」美「いや、日本人は忘れちゃいけないことまで忘れちゃうの☆」中「そうだと思います☆」国「お子さんはもう、フランス語を喋られるんですか?」中「二人とも…まだ下の子(長男 1歳)は言葉は喋れないんです、でも日本語もフランス語も100%理解しているのは分かっているんです。娘(長女4歳)の方も理解してて、娘の方は今かなり、日本語の方が物凄いレベルで出来るようになってきていますので、毎日褒めています。『あ、すごいね、そんな単語を言えて!』って言って」国「どうですか、将来的には日本に戻ってこようかなっていうのは…」中「ここが凄く迷うというか、これは私個人だけが迷っていて…ただ…いずれは日本で子供たちは2、3年、3、4年なのかな…何か…」江「今、でも一番悩んでいますでしょう?でいて、住まいのことも悩んでいますでしょう?住むところ」中「はい」江「で、どうしようかっていうこともあるんだけれども、先のプランもあるから…家をちゃんとするべきなのか、それとも日本に来ることも…そうすると何も手につけられなくなっちゃって動けなくなって…」中「もう…疲れちゃいました☆」江「…ストレスになっちゃって…」中「もう凄くストレス…ただ子供のことを考えると、やはり最終的に日本に住みたいかフランスに住みたいかは子供たちの選択だと思うんですね。私たちが決めることじゃないので。ただ、日本という国を今、ずいぶん分かってきてくれてると思うけれどもやっぱり本当に住んで学校に通って漢字を書いて読んで、本を読んで舞台を観て…そういう風にしていかないと本当の日本の文化というのは分かってもらえないから…それはいつか、もうちょっと大きくなったところで、まず絶対にやりたいと思ってるんです。2,3年なのか、3,4年なのかは住みたい、私も一緒に住みたい…(江原さんが笑っているのを見て)え?何で…でも、私個人は、どうなんだろうというのは…凄くフランスが好きですし、でもやっぱり離れちゃってからの方が日本が好きになってしまってるんですね。もう…良い国だなと思うんです…」美「みんなね、それはね、中村さんだけじゃないの。ね?向こうの良いところもありますよ。それは素晴らしいところは。さっき言った美意識だとかね、色んなもの…だけど悪いところも一杯あるわけですよ。ね?それで日本の現代の色んな悪いところも沢山あるけれども、歴史的に見れば、もう日本の素晴らしさったら…もう言葉から何から洗練されてね、もう世界一だと思うのね、文化っていうのは。だからモネもマネも、ゴーギャンもロートレックも日本のことを憬れて憬れて…もうジャン・コクトーにしてもね、めちゃくちゃ憬れて…ピエール・カルダンと話した時でもね『日本のそういうもの、どう?着物や何か、文化、どう思う?』『手がつけられないくらい洗練されている、完璧だ』って言うのね。‘C’est parfait!(完璧だ!)’『完全です』って言うの。だからそういう日本の素晴らしさを引き出して、それを皆さんに再確認していただいてそういう仕事が私には残されてるんじゃないかって思ったのね。で、その中で自分が同志のような人たちと生きていれば…その方が居心地が良いなと思ったんですよ」1987年にヨーロッパで公演を行い現地のマスコミから絶賛、中でもフランスは芸術家を大切にする居心地の良い国だったそうですが『一生住むなら話は別』と思われたという美輪さん。海外に住んで初めて分かった日本の良さが、かえって中村さんを悩ませているようです。中「日本にいた時というのは、やはりどうしても嫌な部分の方が目に入ってきちゃう…日本人の嫌なこととか…でもそれが一歩外に出たことで『何て日本人が持っている美しいものっていうのは尊いもので他の国には無いものなんだろう』ということが分かって…それはだからもう、大切にしてゆきたいって凄く心の中で思っていますし…でも、逆に今すごく日本ブームでもあって、フランスでは。やはり私が日本人というだけで、もう色んな方が本当に好意を持って接して下さるんですね。そういう人たちが周りに一杯来て『日本の人と触れ合いたい』『日本の話を聞きたい』ってすごくやってくれるのも楽しいんですよ。『日本のことを、じゃあ私もまた勉強しよう』と思うし…だからそういう形でフランスでこう…また生きてゆくっていうのもいいのかなと思いながら…何か凄く揺れてます」美「分かります」中「でもやっぱり、家族はフランス、彼はフランス人ですし、彼は当然ずっとフランスで生きてゆく人なので…どうするだろうっていうのが…(江原さんを見て)何か…そんなに笑わないで…☆」続きます。
February 25, 2009
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フランスの方とのご結婚には深いご縁が関わっているようです。国「さあ、そして『運面を感じた』というので『ご主人と三回偶然(出会った)』…これはもう偶然じゃないですね。これはどういうようなことだったんですか?」中「あの…実は彼が初めて仕事で、初めて日本、東京に来て目黒の方にあるホテルに滞在していたんですが、私がそこでイベントの司会のために、やはり行っていて控え室が客室だったので着替えてエレベーターに乗ったら、背の大きい人が乗ってたんです。で、『あ、大きい人がいるな』と思って地下の宴会場まで…だから本当に何分もないと思うんですけど、降りていったというのが一回目の出会いだったんですね。で、二回目はそれから私が数ヵ月後に1人でパリに遊びに行った時に、やはり偶然、ブティックの中で会ったんですよ」国「これ…凄いですね」中「で、まあ社交辞令で『是非、次回来た時には食事でも…』というので別に連絡先を交換したわけでもなく、本当に社交辞令で終わってしまって…」美「電話番号、訊かれませんでした?」中「訊かれないで、そのままです、もう。名前も電話番号も何も…」美「フランス人の男にしちゃあ、ずいぶん珍しい…」国「だいたい訊くんですか?二回会ったら」美「うん。私が、パーティなんかでもね、追いかけられてきて『あなたのアドレスを…うちではこういうパーティをやってますからあなたの電話番号とアドレスを教えていただきたい』って言うから、で、私『じゃあ私はお月様に住んでいるからお月様に電話ちょうだい』って言って…☆」中「わあ、すごい☆」国「返しもおしゃれな返ししますねー、それ☆」美「そういうの好きなんですよね、フランス人って」中「多分…☆」美「いや、そういう洒落た会話が」国「あーなるほど」中「それはそう思います。でも私はその時は…」国「二回目もそういうお話もなく…」中「もう本当にご挨拶程度で…三回目にそうでしたね。三回目に日本でまた再会した時に…」美「やられたのね☆」中「あの…電話番号と…立ち上がって『僕のこと、覚えていますか?』って言うから『あ、覚えています』『お名前と電話番号を教えて下さい』」国「三回目の出会いっていうのは何だったんですか?」中「ええっと…東京でパーティがあった…レストランで小っちゃな…で、私も友人に誘われて『何か…えー面倒くさい…』って言いながら行ったら、いたという…」国「凄いですねえ」美「全部仕組まれてるみたいね☆」中「だから『本当にそんなことってあるのかな?』っていうような…」国「それは電話番号を教えて、もうすぐにかかってきたんですか?」中「もちろんすぐかかってきたんですけど、私はドタキャンを何度もしてしまったら彼の人生で初めてだったみたいで、逆に『なにくそ!』っていう…『これは何としてでも!』って燃え上がってしまったみたい…☆かなり失礼なことをしたんですけれども、彼は逆にそれが人生初めての…」美「いや、そこでね、あの…値打ちが決まるんですよ。『この人は安売りをしない人だな』と思うの」国「あ、なるほど…」美「御曹司だとかね、『背が高くて…』色んな条件が揃うと、普通の女の子だったらねすぐ尻尾を振って来るわけですよ」中「尻尾…☆」美「本当に。もうとにかく『愛して、好きよ好きよ』と言って…シンデレラ・コンプレックス(いつか白馬に乗った王子様の様な男性が現れ自分を幸せにしてくれるという女性の幻想)の連中が来るのね…だから、そういうのはもう沢山なのね。一杯来るから」国「あーなるほど」美「だからシンデレラのおねえさんたちは要らないんですよ」国「なるほど☆中村さん、ドタキャンですからね☆」美「そう」国「これは『なにくそ!』ってなりますし…お付き合いになったのは、どのくらいですか?」中「だから出会ってから、そういうのを繰り返し…多分初めてディナーをしたのは…もう三ヶ月位たっていたと思います。その間、こう…色々…電話があっても断ってそれから1人で私がパリに遊びに行って…でも結局、それがきっかけになったんです。『ごめんなさい、パリに行くので夕食はご一緒できません』って断ったら彼はいったいどういうルートか、私のホテルを調べたんです」国「ええ!?」中「で、着いたら花束が届いていたんです」国「うゎ…(椅子で仰け反って)それかぁ…☆」中「…届いてたんです。で、彼の中では賭けで『これで電話を、ありがとうの電話の一本もして来なかったら、これは本当にマナーのない女性だ』という…『ここは賭けだ』って本人の中で思ってたらしく…当然、私はそんなことをしていただいたら高かろうが何だろうが国際電話をかけて☆まず、『ありがとう』『本当に狭い小っちゃなホテルだけれども、お花があるおかげでとっても快適だわ』ってひと言…」国「…言って…」中「と言って…」国「‘Yes!!!’って☆」中「彼は『よし!』ってなったようです、はい☆」国「絶対になるわ、それは…☆それは気持ちいいですね☆」美「彼の言葉の中でね『これは礼儀作法を知らない女だ』っていうこともあるけれども『全く脈がない』っていう風にも取れるわけ」中「そうです」美「『じゃあ、これはもう引いた方がいい。押しても無駄』ということなのね」国「はいはい…おしゃれですねえ…パリでの暮らしの良いところというのはどういうところですか?」中「あの…やはり私自身は…すごく古い建物も多いですし…パリでも地区によって色々違うんですが、私が居る辺りは本当に古い建物があって美しいと思います。緑も多いので…後は、私自身は東京に居るときよりも、やはり時間の流れがゆったりしていてすごく自由な感覚があるんですね。何をしていようと、何を着ていようと自分の責任を持ってやっていれば人からとやかく言われないという…その自由がすごく良いなと思います」美「そうしてね、綺麗なものが一杯あってね、綺麗な…何処で撮っても絵になるんですよ、写真を」中「なるんですよねー本当に…」国「何か高いビルってあまりないようなイメージなんですけど…」中「ちょっと郊外の方とか、あと地区によってはやはり70年代に高層ビルが建ったりしたんですけど、結果的には規制されているので…やっぱりパリは空が大きいんですよ。東京はやっぱりビルが高いのでこう見上げた時に空の分量が凄く少なく感じるんですね、私。でもパリって高さが制限されているから、ブワーンと空が見えるので『すごく開放感があるな』というのを、私の中ですごくパリの印象として強い…」国「あ、それは変わりますね、全然…」中「全然。空がね、大っきいというのは違うと思うんですね」美「それとやっぱりね、段差がすごいのよ、パリは。坂道…」中「…坂道、石畳…」美「ちょっと高い所へ行くとね、物凄く見晴らしが良くてね…」中「穴場が、だから沢山あるんですよ。本当にアパルトマンとアパルトマンの間の『ここから見る○○が綺麗』とか…本当に素敵ですね…」中村さんはパリの16区という高級住宅街にお住まいで歩いて数分のところにバカラ美術館、マルシェ(市場)があるそう。画面にはお気に入りの散歩コースから望むエッフェル塔が映りました。パリでは伝統的な風景を守るために厳しい規則があり建物の高さは37メートルまでと決められているそうです。続きます。「オーラの泉の日記」
February 24, 2009
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アナウンサーとして活躍、フランスの実業家と結婚された方がゲスト。【スピリチュアルチェック】☆ 小さい頃なりたかった職業→自分の好きな物だけを集めた小さなお店をやりたかったです。☆ 毎日欠かさずすること→ゆっくりと丁寧にお茶やカフェを淹れて飲むことです。☆ パリで生活していて一番大変なこと→やはり言葉の問題です。☆ 運命を感じたこと→運命…これは…今の主人、今の主人というのは変な言い方ですけれど主人と三回の偶然の出会いがあって今こうして一緒にいるというのはもしかしたら運命だったのかなと思います。☆ 不思議な体験→実は以前、江原さんと対談をさせていただきまして、その時に「赤ちゃんが見えます」と言っていただいたんですが…その後、妊娠をしました。国「どうぞお座り下さい…今日はパリからですか?」中「そうです」国「パリから!東京までってどのくらいでしたっけ?時間は…」中「12時間です、およそ12時間ですね」国「12時間ですか…僕は今日、15分でここへ着きましたけれども☆…またはるばる…一度お会いされてるわけですか?江原さんとは…」江「雑誌の対談でご一緒させていただきました」国「その時に赤ちゃんが見えると…」中「そうなんです…あの、2006年の多分、春頃だったと思うんですが対談でお会いして、まあ色々なことを言っていただいた中で『赤ちゃんが見えますよ、近いんじゃないですか?』っておっしゃっていただいて…実は本当に二人が凄く望んでいた時だったから、その言葉が物凄く嬉しくてすぐに彼に電話して報告したくらいです」江「あぁそうですか☆」美「いや…大変でいらっしゃると思う…☆ほら、何処の国でも良いところと悪いところがありますけれどね、ご結婚ってうかがった時にね『これは苦労しに行くみたいなものだな』と思って…」中「あ、そうですか…まあ苦労というか、やはりパリとかフランスのイメージって多分日本のメディアのせいと言ってしまってはいけないんですがやはりとても華やかなイメージがあると思うんですね。特に女性は憬れると思うし実際そういう場所だと思うんですよ、美しいし…でも、そこで生活している人たちは質素堅実で、やはり全く…」美「シビアですものね」中「シビアなんですよ。逆に日本って、やっぱり恵まれているので私たちはのほほんと生きていられるけれどもフランスに行ってのほほんと生きていたら生きてゆけないんです。それが行った時というのは無我夢中だから何とかなるんです。でも今、結婚してもう八年目になったんですが、やはりこれぐらいになってくると言葉もわかってきて、色んなことがわかってくると、逆にわかってきたことによって凄くこう…『え?え?』って立ち止まることが多くなってしまったんですね」美「だから見なくてもいいものが見えてきたり、聞こえなくていいことが聞こえてきたり…」中「そうなんです。綺麗なことだけじゃないのは、もちろん生活をするってことでは当たり前なんですが、やっぱり私もまだ友達がいるわけじゃないし、家族もみんな東京で…もちろん彼がいてくれるし、家族はいるけれども、何かやはり急にこう…凄く孤独なんですよ」1969年に東京で生まれた中村さんのご実家は、明治7年創業の日本で最初の西洋楽器店「銀座十字屋」。2005年にお父様が亡くなった後は、お母様が社長となり楽器販売、楽器教室、コンサートなど音楽文化振興に努めておられるそう。国「実家が日本で最初の西洋楽器屋さんだったんですか?」中「そうなんですね。私もあまり自分の実家の歴史というのは詳しくはないんですが明治7年創業ということで…」国「明治7年…今、お母さんが社長と言っていましたけれども…お父さんは…」中「以前は父だったんですが、2005年の5月に父が亡くなって、突然…まあ母もその当時から銀座で、その十字屋っていうところで仕事をしていたんですが母はどちらかというと…あの、ホールを持っているんですね。で、音楽が好きなのでやはり色んな音楽を発信してゆきたいという願いで仕事をしていたのですが父が亡くなって結果的に自分が社長という形で会社の責任者にならなければならなくなり今に至っているんですけれども…」国「中村さんは日本にいたんですか?お父さんが亡くなる時っていうのは…」中「それが不思議だったのが、2005年の5月に亡くなったんですが、まあ詳しく話せば病気が発覚したのが3月だったんです。3月の末に病院に呼ばれて…という状況だったんですけれど、その時もパリに住んでいる私たち、私も主人も娘もいたんです、東京に。だから家族みんなで父の病気を知って『どうやっていこうか』っていう家族会議というのも、そこにも参加して…それからその後は、もちろん彼は仕事があるのでパリに行ってたんですが私はほとんど東京にいて…で、変な話、父が亡くなった日というのも、彼も娘もいたんです。みんな病院に、全員、父が亡くなる瞬間に揃ったんです。だから普通、日本にいても、同じ東京にいても、なかなか身内のそういう場に立ち会えないことってあると思うんですが、全員が病院に集まれて…だから本当に感謝をしました…やっぱり父が亡くなるということは、とても…今もこう…なかなかちょっと自分の中できちんと消化できてないことなんですけど『でも、そこにいられたんだ』っていうことは『これはもう神様がそういう風にして下さったんだ』ということで物凄くそれは家族みんな『感謝しなきゃいけないよね』って言ってるんですね」江「まあ、お父様の望みでもあるしね…でいて、あの…『生涯、悔いとして残るっていうことのないように』っていう…でいてそれはお父様の願いでもあるし、だからやはりそこも以心伝心。だから『偶然はない』…呼び寄せた必然なんです」中「あぁそうですか…」江「だから逆に言うと、あたたかく語れるのは、そのおかげですものね。でなかったら、それは悔いが一杯残ってしまって…」中「そうです、もう…凄く辛い、辛い気持ちばっかりになってたと思うんですが『辛いけど、悲しいけど…あ、一緒にいられた』っていうのがもう本当に大きな救いになっていて…」江「しかも大らかな方ですからね、お父さんって」中「あ、本当ですか?何かもっと…あ、そうですか…」江「何故かというと、どうして大らかって私が言っているかというと何でもかんでも結局、最終的にはいつも家族に対して『いいよ、いいよ…』って言い続ける人なの」中「はい、そうですね」江「だから自分の我がままを言っていないんですよ、実は」中「そうなんですよ」江「だから、それだけですよ、我がまま…」中「あ、そうだ…」江「『自分の最期に居合わせて欲しい』ね?だから最期にできたお父様の我がままなの。それを私は大らかって言う…何でも寛大で『いいよ、いいよ。お前がやりたい様にやりなさい』『お母さんのやりたいようにやりなさい』ね?自分の主張をするのは最期のそれだけだったはずなの」中「あ、そう思います…はい…」江「そう…だからいい親孝行ができたんですよね…」国「そういうお父さんでしたか?」中「はい…」美「でも、お幸せな家庭にお生まれになったのね」中「はい、本当にそう思います…」美「本当に…」人気アナウンサーとして活躍していた中村さんは28歳のときフランス人実業家シャルル・エドワール・バルトさんと出会うも、最初は結婚には乗り気ではなかったそう。画面には2001年に南仏プロヴァンスでの結婚式の様子が映し出されました。結婚式直後のバルトさんの言葉「あなたと結婚したかった、ずっと前から。でもずーっと前から彼女『いいえ』言いました。今日『はい』言いました。私はすごい嬉しいです」「けんかとかはなさそうですね」という質問に中村さんが「けんかしますか?」と伝えると「はい、いつも毎日。ちょっとヘルシーと思うよ…皆さんに言いたい。彼女、すごく大変!(中村さんに軽く叩かれて)見て見て!」***国「元気なご主人ですね☆」中「明るいですよね、今見ても」国「物凄く日本語も上手くて…」中「今はもっと上手ですね」国「あ、そうですか…最初は断ってたんですか?結婚をするというのは…」中「結婚を断っていたというよりも『別に結婚しなくてもいいんじゃない?』って言ってたのは私だったんですね」国「それは何でですか?」中「別にその…フランス式というわけではないんですが私の中でまだ結婚というのは形になって実感がなかったのと『別に結婚しないでも、このままフランスで二人で暮らしていってまあ時期が来たら…という選択もあるんじゃないかな?』というのが私の考えだったんですが、彼はもう『家庭を作りたい』それから『きちんと国にも認めてもらいたい。教会できちんと式を挙げたい。神様にも認めてもらいたい』という思いが強くて…だから『いいえ』と言っていたわけじゃないんですが、でも初めて、この日初めてまあ教会と役所での式で『はい』って…‘Oui’って言ったので凄く嬉しかったみたいです、本人は」国「そのテンションですか☆さっきのは」中「そのテンションです☆嬉しく…☆」江「でも中村さんは、じゃあ誰とでもそういう感覚で恋愛とかをするかっていうとそうじゃないと思うんですよ。彼だけ特別に何となくね『空気みたい…』自然だったと思うんです、最初から」中「あの…そうですね。格好つけるということは…余裕もなく…そうですね、はい…」江「だから『まあ、ずっとこういられるんじゃないの』っていう自信っていうか変な安心感っていうかね。それには理由があるの☆」中「え?何で、何でですか?」国「何か理由がありますか。これは後ほどにしましょうか」江「ええ」続きます。「オーラの泉の日記」
February 23, 2009

針と糸でちくちくとバッグの持ち手を付け替えてみました。四年越しで使っていた帆布素材を使ったバッグの持ち手にヒビが入りA4サイズの入るジャガード調素材の鞄に買い換えたのは二年前。 本など、ついつい荷物を重くしてしまうため、持ち手から痛んでくるわけなのですが、本体はまだそれほど痛んでいなかったので、二年前に買い換える前に帆布のバッグを近所のお店に持ち込んだところ、二つの持ち手を替えた場合、修理代が3万円近くになるとのこと。元々の値段以上になってしまうのでやむなく見送ることに。その買い換えたバッグも、やはり持ち手の根元がよれてきたため、ネットやショップを逍遥して、次のバッグを探していたのですがいま一つ気に入ったものが見つからないまま、再び修理のサイトを探していたところ楽天さんで材料を売ってくださるお店を見つけましたので、試しにブラウン(帆布バッグ用)と黒(ジャガード調バッグ用)の持ち手(合皮)と皮革用の針と糸を購入してみました。(送料込みで計2000円ほど) 届いた商品を見てみると、何とか付け替えられそうでしたので午後の時間を使って修理にかかります。 まずは元々の持ち手を開いて、縫い方を確認。外したところで、新しい持ち手の縫い目を頼りにセットします。 新しい持ち手は、芯がやや長めに入っていますので、切り口にテープを巻いて広がらないようにしてから、金具に合わせてカット。真ん中の縫い目に針を通し、金具を巻き込むように縫ってゆきます。 お手本となる元の持ち手は、角の部分を差し込んで寄せてありましたので見よう見まねで縫込んで完成。持ち手二本、計四箇所を取り付けるのに三時間ほどかかりました。 → 元々の持ち手の長さを根元から計ったところ48センチだったので、新しい持ち手を購入する際にぴったりのサイズのものを選んだのですが巻き込む部分を含めての長さだったためか、完成したときはやや短めに。今度、付け替えることがあったら、少し長めの物を買うことにしましょう。元々の色と糸も持ち手も違和感がなかったのがラッキー。これからしばらくは、愛用できそうです。【楽天さんで購入可能な材料】
February 22, 2009
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ジェラルド・バトラー主演の映画が本日公開されます。今のところ東京・大阪のみで当地では上映館がないため、遠征してご覧になる方もいらっしゃるよう。「オペラ座の怪人」のファントムに出遭って以来、ジェリーの映画は、「Dearフランキー」から当地での初日に劇場に足を運んでいるので上映そのものが決まっていないという状況がとても残念。全国各地で待っている多くのファンの方々が地元で安心して観られるようになることを期待しています。ご覧になる皆さま、どうぞ愉しんでいらして下さいね。 「ロックンローラ 公式HP」「オペラ座の怪人の日記」
February 21, 2009
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2月21日のゲストは中村江里子さんですね。***お話をお聞きしているうちに、奥菜さんの周りに滞っていたものが晴れてきたようです。江「こうやって時間をある程度かけて話していったでしょう?別に何もしなくてもねパラパラ、パラパラ剥がれていっているのよ…あのね、表情が柔らかくなっているでしょ?」国「何かスッキリしている感じはしますよね」 江「あのね…オーラクリーニング成功なんですよ。こうやってキレイになってゆくの。不思議でしょ?あのね…何とかで…ええい!とかってね、ばっかりじゃないの。例えば美輪さんの音楽会とかでもそうだし、後はお話の会とかとかでも話を聞いていって具合が良くなるという人がいっぱいいるの。あれはどうしてかというとね…『美輪さんのおかげ』『江原さんのおかげ』とか、みんな言うんだけど違うの。自分がクリーニングしてるの。それを受けて、ちゃんと真剣に聞いて自分の中でちゃんと反省したりとか…」美「自浄作用」江「そう。そういったことでサーッとキレイになるんですよ。それが本当のヒーリングですね」美「だから『成仏』するっていうことは『仏に成る』と書くでしょう?仏の心に成るということなのよ。仏の心の状態って何かというと、完全なる人格。つまり、強くて優しくて、厳しくて明るくて、清くて正しくて…良いところを全部集めたそういう素晴らしい欠点のない人格になる…これが仏の人格、ね?仏の心に成るということが、成仏するっていうことなの」奥「はい…」美「そうなると、人に甘えたり何かしている暇はないじゃない?そうでしょ?今度は人々をこの人格で助けなくてはいけないっていう風になってゆくのよ」江「でも、ここしばらく、自分の中の孤独感みたいなものが増してね、何かどこかで極端に『自分でやらなきゃいけないんだ』『人なんか頼れないんだ』みたいな気持ちとか湧かなかった?」奥「…あったと思います…」江「それはね、ご自身の気持ちだけじゃないの、それ。それは憑依があってなの。だからお見合いが成立しちゃったのね。ご自身の中にちょびっとそんな感覚でいたら(他人の気持ちを受け取ってしまって)もう増幅しちゃう。だからこうやって影響が出ていたんですよ。だから本当にいま美輪さんがおっしゃったようにそういう風にやって女優さんとして本当に極めていって、自分の能力を女優さんとして一杯使ったり、開花させて。まだお若いんですし…だからそういう風にしてゆけばもっともっと研ぎ澄ます…何というか自分の気持ちに集中できてねピンポイントで充足感を味わえるはずなんですよ」奥「はい…」江「あの…ところでね…また結婚されるおつもりがあるんですか?」奥「いえ…☆ないですけれども…どうしてですか…☆」美「いやだけど、ちょっとロマンスの男の人がちらほらとね☆」奥「本当に…?」江「あのね、だからね…」美「ちょっと気になっている人がいるでしょう?」奥「え…☆」江「笑うしかないですよね☆…ただね、憑依体質の人ってね、惚れっぽくもなるから…」奥「はい…」江「だからきちんとこう…研ぎ澄ませていって、またいくらでも人生を構築すればいいじゃないですか」美「地に足を着けて…」奥「はい…歩いてゆきたいっていう気持ちも…」美「で、現実問題をどうするかって、そっちの方がまず最初」奥「はい」美「ね?それが大変なこと。大変だけれど覚悟すれば、あなたはお出来になる方でしょ?」江「そうですよ…で、いくつになっても『女江原』はできますし☆」美「いや、女江原はもう卒業しないと」奥「はい☆」美「それよりね、普通のね、そういう霊的なものと決別してね、普通の女優さんアーティストとして恋愛もして仕事もして…その現実問題をこれからね肌で実感としてお楽しみになった方がいい。その代わり、楽しみは苦しみも『正負の法則』だから付いてまわります」奥「はい」江「いまは切り替え時ですね」美「大変なのよ。だから私もね、『メケメケ』で一度袋叩きの目に遭って『ヨイトマケ』のシンガーソングライターの元祖をやる時に、本当に八方塞りで業界が全部シャッターが閉まっちゃったんですから。こじ開けるのは大変よ。誰も助けてくれない、自分しかいないの。だから自分でプロデューサーもやらなくてはいけない。切符売るのも誰も売ってくれないから自分で売って歩かなくてはいけない…命がけですよ。それでカムバックしてきた…だからね、本当にこの世界でやっていこうとなったらそれぐらいのことを全部、やっていかないと駄目ですよ。だからそういうことをおやりくださいっていうこと」奥「はい…」美「だからそうやってやるとね、自然と人間の力で良くなってゆくんですよ」江「奥菜さんは珍しくオーラの中でも本当にキレイな金色(崇高 英知)を持っているのね一部分ね。だから本当に研ぎ澄ませたら、本当に美輪さんがおっしゃるように一杯一杯いろんなことができますよ。それこそミドリガメはお嫌だったかもしれないけれど…☆」美「すみません☆」江「いや…☆だけれども、緑(平和主義者)のオーラだって凄くキレイになっているのね。ということは、気持ちは落ち着いたのね、色んな意味で」奥「そうですね…」江「だから心の中での平和はできたんだなあと思って、良かったなあって。前よりね、ずっと自分の時間、自分のやりたいことを自分で出来るんだ…とかっていう気持ちっていうのが凄く出てるから、それは良かったなと思うの」美「だってね私、前回の時、言いましたよね…某TV局で放送していたあなたの舞台のお芝居ね…素晴らしい演技だったの」奥「ありがとうございます」美「これだけの演技ができる女優さんってそうそういないなって思って楽しみだったのね。だから、例えば古今東西のね、大女優、大名優がいますからそれを片っ端から全部チェックしちゃってね、頭に入れといて三味線から日本舞踊からモダンバレエから…とにかく色んなことやることは一杯あるわけでしょう?だからそれを全部やらなくてはいけないから忙しくて神仏どころじゃないですよ。そうでしょう?そういうものができて、初めて一人前の女優になるんですから。だからやることは山のようにありますよ。そう…だからボーイフレンドともねちらほら気になっている人、それもアバンチュール、息抜きで良いんですよロマンはロマンで楽しめばね☆」国「まだまだ勉強することはたくさんありますね、こうやって話を聞いていると…」美「人生は忙しいの☆本当に忙しい」国「でもこうやって、また来て、またご自分の中ですっきりしたっていうことはとっても大事なことですよね」奥「何かすごく心の中がすっきりしました、今日は本当に…迷いもあったし何か無気力というか…気持ちはあるんだけど、気持ちが追いついていかないというか…」美「それは何故かといったら、いまみたいに具体的に何を江原さんがさっきからおっしゃっているように、理論構築していないから。理論的に何をすべきか。ね?じゃあそれに近づくにはどうしたらいいか。『現実的に、まずじゃあこれから。次はこれ…何時から何時まで、何曜日にはこれをやる…』そういう風にしてゆくと、そうすると色んな、どんな役が来たって『はい、できますよ』『これできるか?』『はい、できます』…ね?そうしたら引く手あまたじゃないですか」奥「はい」江「その部分も含めて漂流って言ったんですよ」国「無気力な部分とか…」江「そうそう…それはね、安らぎにも繋がるから緑が多くなったのかもしれないけれど『それだけじゃ駄目だよ』ってミドリガメを一杯見たんじゃないですか☆」美「すいません☆」奥「…はい☆」【スピリチュアル・メッセージ】☆ インスピレーションを研ぎ澄ますのは舞台の上だけにして下さい。女優の道を極めるため、日常生活ではスピリチュアルな関心を断つことも大切です。【オーラの言葉】☆ 何もせず奇跡を待つのは横着。現実に生きてゆく方法を身につけ、実践することが先です。人智を尽くして天命を待つ。(美輪明宏著 「愛の話 幸福の話」より)読んでいただいてありがとうございました。「オーラの泉の日記」
February 19, 2009
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女優としての才能を豊かに持つ奥菜さんに贈られるメッセージとは。江「でも奥菜さん、どうしたいの?」奥「どうしたいっていう…」江「要するに、女優さんとして極めていきたいの?」奥「はい、そうですね」江「…なんだけど、後ろにいらっしゃる方とかね、そう言うと『そう言いながらね、海外に行こうとしてたり、自分の生活土壌を変えようかとか変えたいとか思うことがあったり、と思えば、仕事をこっちでやってゆくと思ったり過去を振り向いてみたり、やっぱり先を転換しなきゃとかって暗中模索っていう状況』っていうことを言っているの」美「どなたがおっしゃっているの?どういう方がおっしゃっているんですか?」江「あのね、前回に出られたその…しずこさん(奥菜さんの亡くなった伯母)という方もそうなんだけれど、その奥にね、あれって何て言うんでしたっけ…(手で大きな頭を描いて)頭がこんな…いるじゃないですか、お爺さん…ふく…」美「福禄寿(ふくろくじゅ 七福神の一人)?」江「福禄寿!…に似た…☆その人が、ある意味で非常にその霊感的なものをね影響を与えている人じゃないかと思うんですよ。その人が凄くそういうことをおっしゃっていてね…だから『今のままで持っていると、ちょっと危ないよ』って…」国「奥菜さん自身は、そういう気持ちを持っているつもりはない?」奥「ないというか、むしろそういう気持ち…あの、前回から多分3年位経ってそういうものをやっぱりコントロールし切れない状態だっておっしゃっていただいてそういうのもあってやはり、あまりそういう方向に…例えば何かあったときにすがりたいとかっていう気持ちがやっぱりどうしてもあったんですけどやっぱり良くないと思って…自分の中ではそういうものから少しずつ自立というか立って意志を固めてきているというような思いは凄くあったんです…」江「これを分かって欲しいのはね、TVを観ていらっしゃる方もそうなんだけれども、一番はねそれをコントロールっていうのはね、何か凄く呪術的にとられるかもしれないけれど違うんですよ。理論構築なの。きちんとそういう理論をね、自分で確立する、学ぶことなんですよ」美「方程式ね」江「うん。さっき言ったみたいにスピリチュアルなことっていうのは、例えば世の中で『スピリチュアル』って言って、私から見たら全然スピリチュアルじゃないことって一杯あるのね。どういうことかと言うと、現世利益を示す人。『こうすれば成功する』『こうすれば儲かるから』ね?これ全然スピリチュアルじゃないんですよ。求めているものは物質だから結局は物質的価値観っていうのね、それ」美「欲」江「欲。で、スピリチュアルなことっていうのは、心だから。ね?見えることは関係ないんですよ。だから『どれだけ充実したか』とか『どれだけ込めたか』とか、自分の中の。例えば『幸せ』っていうこと一つでも幸せって人から決められることとか、外から見えることじゃないでしょう?例えば、憮然とした顔をしている人でも中身はすごく幸せかもしれないの」美「充足感だからね」江「そう。だからそういう意味でも、理論をきちんとね、ご自身の中でもしっかりと分けないと。だから『断つ』なら断つのも一つの道なの。現実に生きる。まずね、身の回りの物からちょっと処分していかないといけないの。何かね、関わった人とか、そういった人から来ているグッズとか物みたいなものとかも見えるのね。だからそういった物もきちんと整理しなくちゃいけないし…」美「そういうもの、持っていらっしゃる?」奥「石とかですか?石は凄く好きで…コレクションというか…」江「ただの石ならいいんだけど、その人が何か『お祈りしたよ』とか何か言ってない?」奥「ああ、そういうのも持ってます」江「でしょ?だからそういうのを処分していかないと…それで私は何が言いたいかというとそれをあなたがそう決めるんだったらば…あの…取るの。掃除しなくちゃいけない」美「処分するってこと」奥「はい」国「今、どのくらいあるんですか、家に」奥「家に…あの…」江「大小合わせたら一杯ありますよね」奥「はい、何個かあります…」美「だからそういうね、祈祷したものであるとかね、御まじないのものとかね『これ、縁起が良いんです』とかね、色んなものや何かを一切、受け取らないこと」奥「わかりました、はい…」江「する?」奥「はい」江「そうしたい?」奥「そうしたいです…何かそこに自分でも自覚がないというか振り回されている自覚が、まず無いということが怖いことだし…」江「だって自覚が無いっておっしゃるけれど、でもそういう風に色々言われたりとかアドバイスを得ることで自分で心揺らいで色んなこと…それで充分振り回されてる…」奥「そうか…そうですね…」美「一般の人はみんなそうよ。ね?一般の人たちは全部そう」国「石とかっていうのは、どうすればいいんですかね…」江「しまっちゃうの。表に出さない」国「表に出さないだけで良いってことですか?」江「そうです」奥「凄くずっと気になってはいて、もう何年も何年も持っているものなので捨てるに捨てられないし…」江「でもね、あなたみたいな敏感な人は、たかがそれかもしれないけれど、振り回されるの」奥「はい…ああ、良かった~」江「あのね、何ていうの…いっぱい電波が来ているラジオ…で、色んなのを拾っちゃうの」美「そうするとね、プラスの役が来なくなるのよ。怨霊の役とかね、貞子の役とかね…」奥「そうかもしれないですね」美「そういうものしか来なくなるの。それは体(たい)を表しちゃってね自分の状態をそのまま表すわけ。だから自分の想念が変わったり周りの守護が変わってくると、一切そういう仕事が来なくなっちゃうの。それで別のまともな仕事が来るようになるの」江「それでね、身近で赤ちゃんが駄目になったりした人がいましたでしょう?」奥「はい」江「その赤ちゃんまで、あなたは背負ってるわけ。だからどこかであなたが何とかしてあげたいとかって色々思ったのかもしれないけれど…」奥「それはどうしたらいいんですか?自分の思考回路というか『もう可哀想って思わない』とか…そういうこと…」江「あのね、いたずらな情とか、後は『自分で何とか』というよりも…もちろん祈ってあげることは悪いことじゃないんですよ、だけど『自分で背負いましょう』みたいな気持ちは止めた方がいいのと…もうね、自分がそういう付着する掃除道具だと思った方がいい。『だから注意しなくちゃ』って。ね?」奥「どういう風に注意してたらいいんですか?」江「簡単な…というか難しいんだけど、理論なの。常に自分自身を律して理性で物事を判断し…美輪さんとかもよくおっしゃっているけれども、哲学書とかそういうものをきちんと自分で読みながら、そして自分を律することなの。『生きるとは何だろうか』そういった中でやってゆくとあなたの良いアンテナが本当に研ぎ澄まされて、良いものだけに通じるようになるんですよ。だから余所見はいらないっていうか、ね?だからそれだけに心がけた生き方をしていたら一番良いの、ひとりスピリチュアルなの」奥「うん…」美「人生術の本があるじゃないですか、物の考え方。だからそういう本を読んだりなんかすると、例えば『あの人、可哀想だから何とかしてあげたい』と思うけれども『でもそうなるには、もっと奥には何か原因があったんだ、その原因は何なんだ』そういう風に考えるということは、ただいたずらに『あ、これは同情するに値しないんだ。この人はこの人でそういう風になったんだから。だからこの人は自分で始末をして手を貸さない方がこの人のためになるんだから』『可愛い子には旅をさせよ、この人の修行を邪魔することになる。今、可哀想って色々やってやったら、この人のカンニングを手伝うことになるから』そうしたら試験の実力が無くなっちゃうんですよ、その人は。だから可哀想だけれど、突っ放すことがこの人のためになると思ったらいたずらに同情しない。『それは自分でおやりなさい』ってピシッと切ってやることがその人のためになるということなのね。だからそういう風なことを一杯学ぶ本をたくさんお読みになったりとかそういう風になさると…情念だとか情感だけで生きるというと、とっ散らかっちゃうから。そうすると整理されてきますよ」続きます。「オーラの泉の日記」
February 18, 2009
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前回は「ここしばらくが人生の節目、いろんなことが切り替わる時、ネガティブな感情に振り回されないように」と注意された奥菜さんは出演時と同じ2005年に離婚。何度か一人旅に出るなか訪ねたのは、琉球神話で「沖縄を作った神が最初に降り立った」と言われる神の島で二日間、涙が止まらず、その訪問の直後に事務所を独立することに。国「これ、どんな現象が起きてるんですかね?」江「うん…いくつかのことがあります。ただね、あの…最初のことでちょっと申し上げた…あの、奥菜さんで、そしてそういう旅で、そういう場所に行ったからまだ違和感はないかもしれないけれど、普通…例えばそこでずっと二日間泣き通しとかっていうのは、日常生活の中にいたら、やっぱり異常な人ですよね…そういうことなの。だから感情に振り回されるとか…理性的にしないと日常生活が上手くいかなくなりますよっていう、まあそういうことであってね。私も行きましたけれども、難しいなと思うんです、ああいう場所っていうのは。何故かというと、あそこの場所はやっぱり沖縄の、琉球の信仰の場であるから誰でも彼でも行っていい場所ではないと思うんですよ」国「そういう島だっていうのは、行ってから…」奥「行った時も何も知らなくて、帰って来てその島のことを調べて初めて知って…『あ、こんな場所だったんだ…』っていうので…帰って来て初めて知ったんです」江「あの…逆にちょっと…まあお話が進んでいる中なんだけれども手っ取り早く先に伺っちゃっていいですか?あの…奥菜さん、どうしたいの?どうなりたいの?だから例えば、そういう島に行ったりするのもいいけれどそこまでして行くって何かそういう世界をもっと探求したいんですか?」奥「いや…もうその時はそういう気持ちがあって行ったわけではなく…」江「というか、そういう気持ちが無くして行く場じゃない。ただ、その感性っていうのは、この番組でもいつも申し上げているようにね女優さんとしてはとても必要なことなんですよね、インスピレーションっていうのは。でなかったら、やっぱりその役になれないもの。美輪さんでもそうだし、色んな役者さんでも優れた方を見ていると『ああ、この方じゃなくなってる』ということが凄く多いわけです。今日ね、私はね、奥菜さんは二回目だしね、今日来られる意味っていうのを凄くね…私の中でね、ずーっとこう…煮詰めていったんですよね、先にね。そうしたらばね、やっぱりね『迷いを断ちなさい』っていう言葉が聞こえてきたの。『迷いを断ちなさい』」美「仕事とかね、これからの生き方とかね」奥「でも常に岐路に立たされているっていう感じはありますけど…」江「…なんだけどね、ごめんなさい、言葉が悪くてごめんなさい…あのね、漂流している感じなの」奥「漂流…」江「魂が漂流しちゃっててね、あの…自分で帆を掲げていない。要するに方向を決めていない。帆を掲げていないっていう状況で、仕事にしても自分でどうしたいのか…スピリチュアルなことをどう生かしたいのか…そういった色々なことを一個一個整理しないと…だからそれがずーっと漂流し続けるということが今後あったとしたら、それ自体もう振り回されちゃってるっていうね…何でも言っていいですか?」奥「はい…」江「あのね…あの…生きた人の、そういう…何て言うんだろう…ちょっとスピリチュアルなことのアドバイスも色々受けていますでしょう?」奥「例えば…?」江「特定っていう人じゃなくて、霊感が強いとかいう人の、女の人とか色々見えるのね。で、その人が『こういう所に行ったら?』とか『こうしたら?』とか色んなことを言ったりするのが見えるわけ」美「そういう人、います?」奥「そうですね…ちょっとケンカをしてしまったので最近は連絡を取ってないんですけど…はい、そういう人はいました」江「あのね…自立しなくちゃね…」奥「うん…」江「あのね、ごめんなさい、ちょっとオーラの泉らしくないかもしれないんだけどこういう話って…あのね、まあ私も世の中全般からしたらスピリチュアルな世界のあれじゃないですか。だけど私はねスピリチュアルなことを極めれば極めるほどに、この現世での生き方というものにきちんと前向きに向かい合って、地に足を着けて生きてゆくことだと思うんですよ。要するに僕が言っているのは『この世はスポーツジム。魂を鍛えるスポーツジム』要するに筋肉を鍛えるのと同じで、そういった時には筋肉痛が起きる。だから色々なマシンがある…仕事というマシン、家族というマシンとか色んなマシンがあるんだけど、そういった中で良いことばかりじゃなくて、痛みはある。痛みはあるけれども筋力は高まる。だからそれを『そんなに現実的な暮らしは全ておかしい』なんて言ってね新聞も読みません、社会のことも無関心、それでいて、どこか聖地とかだけでね、何か『自分が気持ち良く生きられれば』みたいな…それも一つの生き方かもしれないけれど私はどうかな?って思うのね。奥菜さんがそうだって言ってるんじゃなくて、あの…どこかでしっかりと理論構築しなくちゃいけないと。何が一番…精神世界にしてもねそういうものをプラスに生かしてゆけるのかなっていう…ここは『郷に入れば郷に従え』で、現世なんですよ」美「現実ね。リアルなの。だからね、私ね、携帯サイトやったり色々なことを何かやったり身の上相談もやってますよ。だけどね、色んなお手紙をいただいたり『助けてください、助けてください』と言われるんだけれども私は別にお助け婆さんじゃないしね☆とにかく私は歌い手であって芝居をやったりして生きてきた人生の実際の現実を切り抜けてきたというノウハウを『こういう方法もあります、ああいう方法もあります』それを人間の先輩として皆さんに伝えているだけであってね…それをね、皆さんが間違えているのはね、現実の初歩問題を置いといてとにかく神社に拝みに行ったり『あそこの神様、こっちの神様』ってあっちもこっちも拝み倒して歩いてね、それで『何か仕事が来ますように』とか何とか…努力しないで、そっちの方ばかりに寄りかかってね、神頼みをして『どうしたらいいでしょう?何か憑いているせいじゃありませんか?』とかねそういう風に何でもかんでもスピリチュアルなものっていうのでね奇跡が起きるっていう…横着なんですよ、それは。私はそういう人は『ご相談にはあずかれません』ってパッと切っちゃうのね。それより現実問題として『人事を尽くして天命を待つ』だから。やらなきゃいけないことは一杯あるでしょうっていうの。だからそれにはどうしたらいいか。技術、知識、教養を身に付けるとか『こっちで駄目ならこっちがあるさ。じゃあこういう方法でやったらどうだろう』現実的な初歩問題で生きてゆくものを、まず方法を身に付けて実践することが先でしょうっていうの。だからね、よく世の中の人って、そういう人をね…何でもかんでも神頼み、不思議なことスピリチュアル、『助けてください』何とか…本当に他力本願でねそういう人は神様、誰も助けませんよ。奥菜さんがね、こうやって一度出たにも関わらずいらっしゃるということはね『大変わりよ』って言ったのは…前はね『漂流してる』って江原さんがしょっちゅうおっしゃってた…」江「ごめんなさいね」美「本当にね、他力本願じゃないけれども、現実に生きていながら現実に生きていなかったみたいなところがおありになるけれども今度は独立なさったでしょう?離婚したわけだし…全く現実の自分に戻ったわけですよ。今度は大地にしっかり足を踏みしめて、今度は普通の職業婦人としてやってゆく時間になったわけですよ」国「その自覚っていうのはどうですか?」奥「そうですね…そういう場所を求めていたっていうのもあっての決断っていうのもあります…」江「もう一歩のところだと思うのね。でないとね、ただの感覚だけで生きてる…ごめんなさいね、精神世界にいがちな『変わり者』みたいになっちゃう」美「でも芸能界っていうのはね、難しいのもよくわかりますよ。奥菜さんだけじゃなくてね、それこそハリウッドの大スター、トム・ハンクスのねインタビュー番組を観ていていてもね『俳優とは何だ?』と言われたのね。『ただ待つことです』って彼は言ってたのね。本当にね、遊郭の遊女たちじゃないけれども、キセルを持ってお客が買ってくれるまで待っているじゃないですか、あれと同じなのよ。だから仕事のオファーがあるまで待ってなきゃいけない商売だから。どれだけ待てるかっていうのが芸能人の資質の一つでもあるのよね。だから『こういう風にやって…ビジョンを持って、こういう風なことをやりたい』っていったらねそりゃあ大変…」続きます。「オーラの泉の日記」
February 17, 2009
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3年ぶり2度目のご出演。映画、舞台で活躍される女優さんがゲスト。【スピリチュアルチェック】☆ 前回「自分の性格はマイペース」と答えていましたが、現在、自分の性格をひと言で→はい…マイペースで変わらず、マイペースです。☆ 最近よく見る夢→最近よく見る夢というか、印象に残っている夢が…あの…ミドリガメがたくさん出てくる…気持ち悪い夢を見ました…(美輪さん、ご自分の緑がかった青いドレスをつまんで「ミドリガメ…☆」)☆ 得意料理→はい…得意料理…あの…ひじきの煮物とか、煮物が好きですね、はい。☆ 行くと元気の出る場所→緑の多い場所が好きです。神社とか…あと美術館とか好きです。☆ 幸せを感じる瞬間→最近は寒いので、炬燵に入って温かいお茶を飲んでいるとき、幸せです。(太一くん、「おばあちゃんじゃないですか、もう…☆」)☆ 前回の出演後の最大の転機→やはり16年間お世話になった事務所を辞めたということですね。☆ 前回の出演後の不思議な体験→沖縄のある島に行った時に…島に着いてちょっとしてからずーっと二日間位、涙が止まらなかったことです。☆ 今の心境→ものすごくドキドキしています…手に汗をかいています☆美「ミドリガメでございます☆」奥「ずーっと笑っていらっしゃいましたよね☆」国「『私のこと☆』って言ってたんですよ☆スピリチュアルチェックで『ミドリガメの夢を見る』…『私のこと☆』」美「『それがとっても気持ち悪いんです』って☆」国「今回、奥菜さんはこういう形で出るのは二度目(前回は2005年7月に出演)という…」奥「はい」国「これね、オーラの泉では初めてのことなんですよ…初のことです…前回出たときと、やっぱり心境は違いますか?」奥「…うん、全然違いますね…」美「ご自分のお家に帰って来たみたいでしょ?」奥「そうですね☆はい…」国「ご自分の家にまたミドリガメがいるとは思わなかったですよね☆…もう三年ぶりという部分ですけれども、スピリチュアルチェックとか、そういう…(江原さん、ミドリガメの辺りから笑いが止まらず)ツボに入っているみたいで全然こう…あの…江原さんに聞きたいことがあって今、質問しているんですけれども…もうちょっと待った方がいいですか☆」江「…ちょっとだけ…☆…ごめんなさい…☆」国「チェックって、結構こうやって振り返ってみると『よく見る夢はどんな夢ですか?』っていうのは、三年前は『最近は美輪さんと夢で話した』っていうことを言ってたんですよ、前回は。で、今回も『ミドリガメがたくさん出てくる』という部分があるのでずっと美輪さんは見ているってことなんですね、これね☆…あとまあ『得意料理』、覚えてますか、三年前に言っていた得意料理」奥「ええっと…何ですかね…」国「これはね、驚きです…『豚キムチ鍋』って言ってました…☆これを料理と言っていいのかっていう部分がありますけれども…これは『煮物』に変わってちょっとほっとしましたね。ひじきの煮物…」奥「はい、ひじきとか好きですね」国「今はじゃあ、料理とかは普通にするようになったわけですか?」奥「そうですね、お料理は…はい」国「三年ぶりに…やっぱりメッセージとかは変わってくるものですか?」江「(まだ笑いの余韻が収まらず)そ…そうですね…☆ごめんなさい…☆」美「この人は…☆」国「入りましたねえ☆」美「15、6の小娘みたいにさ☆箸が転がっても笑いが止まらないっていう☆…でも、大変わりよ」国「あ、そうですか!美輪さんから見て変わりましたか?」美「うん、大変わり」江「あのね、ええっと真面目な話…これから先にもうちょっと申し上げますけどね、前回の時もそうだけれども、やっぱりあの…割と霊感質(霊感が強い)な体質の方でいらっしゃるっていうのがね、非常にポイントがあったと思うんですよ。だからその霊感質の部分をね、自分でどのようにコントロールしてゆくのかっていうことっていうのはね、やはり凄く大事なことなんですね」奥「はい。自分の感情なんだけど、その…自分じゃないみたいな状態に陥ることは多々あってそれをコントロールするのが凄く難しいなっていうのを感じること…」江「あとね、自分の言葉と自分でない言葉との差も、ちょっとずれてきたりするんですよ。『何でこんなに強く言っちゃったのかな?』とか…」国「わかりますか?」奥「はい、何となくわかります…」江「ね?『そこまではっきり言う必要なかった』と思うんだけれども、後になってねちょっと悔やんでみたりね…っていうことになると、やっぱりそれをどこまでこう…『自分』という認識を持ちながら、しっかりとコントロールするかっていうことなんですよね」美「コントロールするっていうのはね、憑依体質でしょ、あなた」奥「はい」美「だから憑依体質の人ってね、よほどの修行を積んでいる人でないとねコントロール不可能でね…理性でコントロールできないのよね。『わかっちゃいるけど止められない』みたいなね。だからそういうところをどう処理するかっていうのは、ちょっと大変ね」江「大変ですよね」美「今日はね、霊的な話とか、いつもは徐々にお話しなさるんだけど、今日はもうのっけからねもうそっちの方の霊的な話がポーンと、スピリチュアルな話…でないと時間内に収まり切れないものね」江「うん…」***霊感が強いという奥菜さんが三年前に出演された時のお話中学生で映画のオーディションを受け合格できるかどうか不安で眠れなかった夜、金縛りになり亡くなったお祖母さまが枕元で「大丈夫。見守っているから」と告げられその言葉通り合格されたのだそう。また、魂が体から抜け出すような不思議な体験もあり天井を抜け空を飛ぶような感覚を味わい宇宙から地球を眺めたことや写真撮影でイギリスのお墓を訪れた時には偶然見かけたおじいさんの姿に何かを感じて涙が止まらなくなったことも。江「前世とかのね、関わりの何か、そのイギリス人の方との何かしらのご縁があるかもしれません…」さらに、友人と食事をしていた時、寂しそうな日本人形の姿が見えてそのことを指摘された友達が家に帰ってから確かめると物置の片隅に忘れていた人形が本当にあったのだそうです。美「だから今のところね、お話をうかがっていると、霊感があるんだけどそれが整理されないで体系付けられないで、とっ散らかったままになっているのよ。それを整理する方法が見つかれば、江原さんは仕事を失ってこの人に取って代わられるのよ」***国「最近はその…宇宙に行ったりとか…」奥「いやいや…全くないですね」国「全く…無くなりましたか、逆に」奥「はい」国「でも不思議な体験というのは、あれからもしてきてるわけですよね。先ほども言ってましたけれども『沖縄のある島へ行った時に二日間涙が止まらなかった』っていうような話がありましたけれども」奥「そうですね…」美「どんな島なんです?」奥「あの…沖縄の物凄く小さな島で…あの…TVでその島の名前を言ってしまうと色々影響があるかなと思って伏せますけれども…」江「信仰の島なんですよ。私も行ったことがあるんですけれども」美「ああそう」国「どうやって知ったんですか?そこは」奥「そこも本当に偶然で…私は旅が好き、一人旅とかも好きで、よく旅に出るんですけれどその時に沖縄本島の、ある村に行ったんですけど、そこで『こういう島があるので、そこに行ってみたらちょっと面白いかもよ』っていうのでその島のことは全く知らないで『じゃあ行ってみようかな』っていう感じで行ってみたんですけど…行ってみたら、もう涙が止まらなくなってしまって…もう二日間位ずーっともう…」国「それは日帰りっていう形なんですか?」奥「泊まったんですよ、民宿に泊まって」美「その涙はどういう気持ちになる涙なの?嬉し涙、悲し涙、悔し涙とか色々あるじゃありませんか」奥「あの…悲しいのかな…今まで色々押さえ込んでいた感情のフタが溢れて…ブワーっと出てきてしまったような…自分がそういう状態になったことで『あ、自分はこういうことで悩んでいたんだ』っていうのに向き合えたというか…はい」国「あ、向き合うことができたわけですか」奥「そうですね…まあ『心の叫び』じゃないですけど…そういうのがブワーって出たんだと思うんですね」美「それで何か結論を得ました?」奥「その直後なんですけれど、16年位お世話になった事務所を『辞めます』ということで…」美「そういう結論だったわけね」奥「はい」続きます。「オーラの泉の日記」
February 16, 2009

先日「マンマ・ミーア!」の舞台を観た帰りにおみやげに買ったのがフーシェのチョコレート。デパートの地階の小さなコーナーで、私はこちらのミルフィーユも好きなのですがチョコレートもリーズナブルでカカオが効いて美味しいのです。チョコを買って、別のショップで自分チョコを選んでいる友人を待ちながら緑茶の試飲をさせていただいたお店で、お抹茶も購入。こちらは自分用に。帰ってバレンタインを待たずに渡すと夫は「お客さんにももらったんだ」と明治の板チョコと栄養ドリンクを☆せっせとキッチンに篭もっていた子供は試作品を、それぞれ持ち寄った甘味を連ねて。楽しく珈琲でいただきました。その翌日、街中に友人と出かけていた子供からメールがあり「昨日のデパートってどこ?」どうやらデパートの紙袋がバレンタイン仕様だったのを覚えていたよう。「今はどこにいるの?そこなら○○が近いから。この時期はデパートならどこでもバレンタインコーナーがあるわよ」にこにこと帰ってきた子供は製作工程や試食で参考にさせていただいた後、結局は紅ほっぺのケーキとシュークリームをおみやげにしてくれましたので前日のお抹茶を点てました。数日後、実家に行くことになり、近所のマーケットで母の好きなカステラと父にはチョコレートを買ったついでに、夫にも同じモロゾフのチョコを購入。いつもはメリーのものを買うことが多いのですが、バレンタインコーナーに全て移っていたよう。この箱も早速渡しましたら、夫は14日まで取っておくとしまい込んでいましたので今日は一緒にお味見をさせてもらいましょう☆皆さまも素敵な一日をお過ごしくださいね。
February 14, 2009

ホットケーキミックスでも作れる好評のレシピを作成手順の画像付きで再録します。我が家で普段からよく作るレシピで、今回が九度目のご紹介☆「作ろう!」と思い立ってから、最短で40分後には出来上がっている手軽さ。この二週間ほど、連日のように子供がせっせと焼く試作品の匂いが漂っていた我が家。ようやく前夜、50人分の「友チョコ」を完成させ、今朝学校に持っていった子供もこのシンプルチョコケーキで育ち、美味しさのギフトを贈ることを覚えてくれたものです。ココアを入れない場合は、シンプルリングケーキになります。簡単チョコケーキ材料「粉系」ホットケーキミックス 130gココア 8g砂糖 30g「汁系」卵 1個蜂蜜 20gサラダ油 80g牛乳 70g********************ホットケーキミックスがないとき (()に置き換えるとヘルシーケーキに)「粉系」薄力粉(全粒粉) 130gココア 8gベーキングパウダー 5g または重曹 または2g砂糖(黒砂糖) 70g(黒砂糖の場合は50g)「汁系」卵 1個蜂蜜 20g(卵を使わない場合は40g)サラダ油 80g牛乳 70g *********************手順・オーブンを180度に温めておく。・エンゼル(ドーナツ)型にサラダ油(分量外)を塗る。・はかりにボールを載せ、目盛りを0にして、粉系の材料をはかりながら入れ、汁系の材料を入れ込み、スプーンで粉気がなくなるまでよく混ぜる。・オーブンで30-40分焼く。☆大さじ○、○○g、○○ccなどの単位がいろいろなものを、すべてgに統一しましたので、材料を書いてある順に計りながらどんどんボールに入れてゆくと、タネがあっという間にできます。洗いものはボールひとつと混ぜるスプーンと型だけですみますよ。☆焼けたかどうか、お箸をさしてチェックしてください。刻んだクルミを焼く前に型に入れたタネの上にふりかけると香ばしくて綺麗です。チョコチップを入れるとさらに美味しい。☆8-10等分してラッピングして配ったり、丸ごと差し上げたり。☆ お子様でも簡単にできます。☆ エンゼル型がない場合は、普通のケーキ型でもOK。少し低めになりますが、美味しくできます。 今回はホットケーキミックスを使わないときの画像です。 【粉系すべて投入】→ 【汁系すべて投入】→ 【スプーンで混ぜる】・はかりにボールを載せ、目盛りを0にして、粉系の材料をはかりながら入れ、汁系の材料を入れ込み、スプーンで粉気がなくなるまでよく混ぜる。(左側の画像に見える薄い茶色のお粉は黒砂糖、濃い茶色はココアです。) ・チョコチップを入れた場合。今回は30g入れました。 ・型にサラダオイルを塗って、タネを流し込みます。 ・くるみを入れた場合。今回は30g刻んで、表面に散らしました。 ・あらかじめ180度に温めたオーブンで30分焼いて、完成。あら熱が取れてから、フォークをふちに入れて外します。 ・ひっくり返してお皿に出したところ。元に戻して、くるみが見えるようにします。・八等分に。 冷ましてからいただくと、しっとりとしてさらに美味しくなります。クリームやいちごで飾ってみても。よろしかったらお試しになってみてくださいね。「チョコチップ」おなじみ「ヴァンホーテン ピュアココア」香ばしいくるみも。「栄養満点くるみパック1kg」テフロンが便利「エンゼル型」
February 13, 2009
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源氏物語には印象的なシーンが数多散りばめられているのですが上の巻で描かれていて嬉しかったのは、源氏と朧月夜が扇を取り替える場面。源氏物語 上の巻(葵~明石あたりまで)この扇を頼りに、右大臣家に数人いる娘たちのうち、誰が相手だったのかを源氏は探し当てるのです。原作には描かれていないのですが、朧月夜が楽しそうに化粧するシーンも。ネイルは、爪というよりは指先を紅く染めるといった感じで唇の色もくっきり、自分の方から恋して源氏に迫ってゆく奔放さ、迫力がありました。もうひとつ、なくてはならないのが車争いのシーン。子供を懐妊し、源氏との関係が以前よりは少し改善された葵の上は、夫の晴れ姿を見るため祭に向かうのですが、立錐の余地もないため供人たちが無理やり退かせようと手をかけたのが愛する人の姿をひと目みようと六条御息所が身をやつして乗った質素な車。正室対愛人のみならず、藤原大臣家と王族の争いでもあるような派手な立ち回りを家に引きこもり勝ちだった女性がよく描けたものと思うのですが当時、案外よく見聞きすることだったのか、夫や道長から聞いた話なのかもしれません。車争いの後、葵の上は生霊に悩まされ、息子・夕霧を出産後すぐに他界。もちろんこれは、御息所の魂があくがれでたもので、源氏に己の姿を見られてしまった御息所は、娘(後の秋好中宮)が斎宮になったのを口実に、一緒に伊勢に下ることを決意します。精進潔斎している御息所を源氏が訪れるのが草深い野宮の場面。物語中の白眉といえる嫋々とした美しい別れの景色も描きつつ、ドラマでは、御息所が源氏に対して、娘が都に還ることがあっても愛人の1人に加えないようにと釘を刺すという、原作ではもう少し後、御息所の今わのきわに口にされる言葉がここで語られ、限られた時間でストーリーを進める苦心が見られました。葵の上を亡くし、御息所も都を去ったのに追い討ちをかけるように、絶対的な庇護を与えてくれていた父・桐壷が崩御。弘徽殿の皇子・朱雀は帝に、世は右大臣家の天下となって左大臣家は斜陽に、藤壺は尼になってしまうことに。右大臣家の野望を阻止しようと近づいた朧月夜との関係はかえって狂おしいものとなり、ついに二人でいたところが露見、政治世界からも失脚すると予想した源氏は、自ら須磨に下ります。この時点で、二条院にいる若紫はまだ幼いまま。原作ではすでに妻となっていて、源氏の留守をきちんと守り、紫の上と呼ばれるほど成長しているのですが、ドラマでは、上の巻と下の巻の世界観を分けるためか役者さんたちがかなり入れ替わっているため、幼いままとしたのでしょう。源氏の都落ちを希望を持って迎えたのが明石入道(藤岡琢也さん)。もともとの身分は高いものの貴族社会と肌が合わず地方長官として財を成し須磨に近い明石の広大な所領で娘(後の明石の上 古手川祐子さん)を育てた入道は落雷によって焼け出された源氏を迎えることに漕ぎ着けます。入道の思いが叶い娘は懐妊するも、源氏は許されて帰京することに。夢に源氏と朱雀双方の父・桐壷が現われて睨んで以来すっかり目を患い右大臣も弘徽殿も病になってしまったのは源氏を左遷したからだと朱雀の帝が思い込んだため。次の帝の後見役としての帰京は凱旋とも言える故に左遷先から娘を伴わせることはできないと涙を呑んで源氏を見送る明石入道。光源氏政界復帰後の物語は、下の巻へ続きます。***源氏物語のあらすじをもう少し詳しくお読みになりたい方は、よろしかったら「源氏物語で恋と人生を学ぶ」(ayakawaの楽天さんのもう一つのブログ)、下記のリンクから2004年10~12月の日記へ、もしくはトップページ左側に設置されているフリーページから「源氏物語で恋愛セミナー」をご覧下さいませ。「源氏物語で恋愛セミナー 葵~の日記」「源氏物語の日記」
February 12, 2009
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身分の高い女性を恋人にしても心の隙間を埋められない光源氏が次に出会ったのは、北山の尼君(森光子さん)と暮らしている、まだ10歳ほどの若紫。源氏物語 上の巻(若紫~花宴あたりまで)若紫の父親が藤壺女御の兄であると知り、恋する女性の姪を手に入れたくなった源氏は尼君が亡くなると、連れ去るように自邸へ幼い姫を迎え入れます。その一方、源氏は女房・王命婦(波野久里子さん)の手引きで藤壺本人とも関係を持ってしまい、あろうことか藤壺は懐妊、桐壷の帝の皇子として、道ならぬ恋の結晶が誕生します。興味深いと思ったのは、物語中ではあいまいになっている部分にはっきりとした解釈をほどこしてあるところ。ドラマでは桐壺帝が当初から源氏と藤壺の関係を知っていて、なおその皇子を次の東宮に立てると宣言する場面があります。原作では、かなり後半、女三宮と柏木の関係を知ったあたりでようやく源氏は同じことを行っていた自分を父である桐壺帝が知っていたのではないかと気づくといった表現がされているのですけれども、番組では桐壺帝どころか源氏の周辺にいる人々が感づいている、それを源氏が知って悩むといった表現に。ドラマは時折、紫式部(三田佳子さん)が現れ、藤原道長(声 石坂浩二さん)に促されて時には渋々と嘆息して物語を書き綴って閑話休題、という形式。原作そのものも女房が聞き書きしたといった形をとっている物語のためか主筋に対してあからさまな表現をしていないのですけれども色にいでにけり…といった風で、目ざとく耳さとい者たちが秘めた恋に気づかないはずはないといった解釈なのでしょう。市川団十郎さんが歌舞伎の源氏物語で桐壺帝を演じられた際も、同じ解釈をされていたそう。舞台や映像になる場合は行間の間に潜められた役なきものたちの思いや声も露わになってゆくのでしょうね。さて、そんな針のむしろにいる源氏の、さらなる破滅への道を進むきっかけとなるのが朧月夜(岸本加代子さん)。もともと道ならぬ恋をしたきっかけは、源氏の母・桐壷の更衣に藤壺が似ていため、つまりは、藤壺が入内したのも亡くなった源氏の母親の代わりとしてだったわけですがその桐壷の更衣をいじめ抜いていたのが朧月夜の姉であり、右大臣家の長女、桐壷の帝の妃として現・東宮を生んだ弘徽殿の女御(水谷八重子さん)。自分の子供である東宮・朱雀(三田村邦彦さん)が帝に上った後、次代の東宮がライバルである藤壺の皇子に決まったと知った弘徽殿は朱雀の叔母にあたる朧月夜を入内させることを画策、宮中の宴で引き合わせようとしますが美々しい舞を披露した源氏の方に奔放な姫君の心は奪われてしまいます。宴が果て、藤壺の住まう辺りを窺おうとしていた源氏は朧月夜に出会い左大臣家にバックアップしてもらっている身としては敵方にあたる右大臣家の姫と知りながら関係を持つことに。原作では、藤壷への感情が抑えきれず代わりの恋にのめり込んでゆくような印象も強いのですがドラマでは、弘徽殿の野望=右大臣家の優勢を阻止するために朧月夜と関係を深めてゆくといった政治的な側面もはっきりと描かれていました。権力という視点で観ることも源氏物語の楽しみ方の大きな要素、また、母親を死に追いやられたこと、帝にもなり得る才知と美しさを持ちながら臣下になったこと、最も愛する人が奪われてしまい、かつその愛する人が母の身代わりであるという幾重にもたたまれた意趣の裏返し、復讐の物語の側面も浮かび上がってくるようです。続きます。***源氏物語のあらすじをもう少し詳しくお読みになりたい方は、よろしかったら「源氏物語で恋と人生を学ぶ」(ayakawaの楽天さんのもう一つのブログ)、下記のリンクから2004年10~12月の日記へ、もしくはトップページ左側に設置されているフリーページから「源氏物語で恋愛セミナー」をご覧下さいませ。「源氏物語で恋愛セミナー 若紫~の日記」「源氏物語の日記」
February 11, 2009
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光源氏・東山紀之さん、脚本・橋田壽賀子さん。源氏物語千年紀のうちに…と橋田さんが要望して下さったおかげで17年ぶりの再放送が実現したそうで、それぞれ4時間、計8時間に渡る番組を愉しむことができました。源氏物語 上の巻 (桐壷~末摘花あたりまで)冒頭は光源氏と左大臣の娘・葵の上(竹下景子さん)との婚儀より。元服し臣下となった帝の皇子を婿取りしたことを家の誉れと慶ぶ左大臣家の様子が奥行きのある寝殿造りの中で描かれ花婿の沓を花嫁の家人が隠し押し抱くようにしていた、つまりは慶び迎え入れた君が帰らぬように、その後も通ってくれるようにとの願いをこめていたと思われる当時の風習も語られます。左大臣家の喜びをよそに、自邸である二条院に戻ってきた源氏は結婚した後は身を慎むよう諭す女房・かえで(山岡久乃さん原作には登場しない人物)の言葉を受け流し、故東宮の妃であった六条御息所(長山洋子さん)の元へ。実は、父・桐壺の帝(丹波哲郎さん)に入内している藤壺女御(大原麗子さん)に思いを寄せているため、その面影を求めて若い公達の憧れの的だった六条御息所を恋人にしている光源氏。ただでさえ、王族として高い身分でありながら若い恋人を持ってしまったことに引け目を感じている上左大臣家との結婚によって心激しく揺れる御息所。互いの思いがすれ違い始めたときに源氏の前に現れるのが、五条界隈の質素な家にひっそりと暮らす夕顔(沢口靖子さん)。たちまち恋に落ち、白布で覆面をして通い詰めた源氏は、縁の屋敷に恋人を連れてゆくのですが、あっという間に生霊となった御息所に夕顔を殺されてしまいます。この生霊は、原作では誰なのかは曖昧にされていて御息所ではないという見解の方が大勢なのだそうですが映像化するには具体的であった方が良いとの判断だったのでしょう、限られた時間枠の中でも、その後の御息所の動向に一貫性の出る効果があったように思います。夕顔を亡くして気落ちする源氏が出会ったのが末摘花。王族の流れをくみながら荒れた屋敷に住まい、琴の奏で方も歌の詠みぶりもいまひとつ、女性としての情緒にも欠け、まともな受け答えもできず、その上、呼び名となった末摘花(紅花)に紛う赤い鼻の持ち主=不器量な姫君。この役、どなたが演じるのかしらと登場前から少し心配していましたら泉ピン子さんが引き受けておられて。よく納得されたなあと思ったのですが、ドラマでの末摘花はかなりの才媛に。原作でも和歌の本などを繰り返し読んでいると描写されていますけれども番組では源氏との会話がどんどん弾むほど才気煥発。漢文を読みこなし、女房を教え諭し、源氏との限りある逢瀬を味わい深く感謝して暮らしつつ、誇り高く己を持す姫君に。末摘花を才女にしたという伏線は、下の巻になって活かされてきます。続きます。***源氏物語のあらすじをもう少し詳しくお読みになりたい方は、よろしかったら「源氏物語で恋と人生を学ぶ」(ayakawaの楽天さんのもう一つのブログ)、下記のリンクから2004年10~12月の日記へ、もしくはトップページ左側に設置されているフリーページから「源氏物語で恋愛セミナー」をご覧下さいませ。「源氏物語で恋愛セミナー 桐壷~の日記」「源氏物語の日記」
February 10, 2009
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劇団四季のミュージカルに。福岡に続く二度目の鑑賞に臨みました。【舞台の内容に触れますのでお読みになりたくない方はどうぞスキップなさって下さいね】最近では公開中の映画のプロモーション映像を目にする機会が増え、二年前の鑑賞時の復習にもなっていたため、幕が上がると同時にスムーズに劇中に入り込むことができました。見知ったお顔があまりないのが少し残念でしたが、三人の父親候補のうち、お声に聞き覚えのある方がいましたので幕間でキャスト表を確認すると「クレージー・フォー・ユー」で拝見したことのある荒川務さん。福岡で拝見したときは、知っている方がいませんでしたのでかえって役を役として見られたのか母親のドナの印象が強く残っているのですが今回は娘・ソフィの相手役としても通りそうな荒川さんのサムに自然に意識が向きました。心身の弾むナンバーが続き、フィナーレも楽しく。ペンライト持参の方もいらっしゃいました。「マンマ・ミーア!」名古屋公演は今月で千秋楽を迎えるとのこと。当日券も一部あるようでしたので、ご確認の上、よろしかったらどうぞ。 「劇団四季鑑賞の日記」
February 9, 2009
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「美少年大募集」のチラシを見てから5ヶ月。美輪明宏さん主演・演出「毛皮のマリー」、チケット案内が来て無事に予約することができました。美少年=半ズボンの似合う少年・欣也に抜擢されたのは吉村卓也さんという方。小さなハガキの写真から推してもかなり美しい顔立ちでさすがは麗人の御めがねにかなったと思われる、表現力も相当にある方なのでしょう。欣也といえば、前回公演で演じられたのは及川光博さん。すでに30代を迎えていたとは思えぬ瑞々しい少年ぶりでおみ足にも目を奪われたものでしたが、その傍らで秘かに初舞台を踏まれていたのが美輪さんの相手役として後に堂々と立つことになる木村彰吾さんでした。子育てが落ち着き、久しぶりに観劇を再開、美輪さんの舞台を観るようになった年月はちょうどお二人が共演された期間と重なるため木村さんの成長ぶりを刻々と拝見していた数年間でもあります。「毛皮のマリー」の何回目かの再演にあたって美少年募集と銘打ったオーディションがあると聞いたときまた新たな方の躍進を拝見できる年月が始まったのだと頼もしく嬉しく思いました。寺山修司さんが美輪さんのために描いた物語、アンダーグラウンドな雰囲気たっぷりで夢に出てくるような人物がいくたりも登場します。よく目を凝らせば、もしかしたら欣也の傍らにも次なる華がひっそり咲いているのを見つけることもできるかもしれません。麗人の伯楽ぶりにも期待大です。 「美輪明宏さんの舞台&映画の日記」
February 8, 2009

夫とイタリアンのランチを。いつものようにマリノ家さんです。スープ、パスタ、ピッツア、ドルチェ(デザート)を数種類の中から選ぶことができる、2人分のランチメニューを注文。スープは、ミネストローネ。お味噌汁と同じく、食事の最初に温かいスープを飲むのはダイエットにも効果があるのだそうです。ピッツァはマッシュルームがたっぷり。パスタはほうれん草入りで以前よりも歯ごたえが増し具にはじゃこと九条葱がたっぷり使われていてスープにも美味しく魚と野菜の風味がしみていました。(赤いのは夫がちょんとのせた鷹の爪です)ドルチェは、ひとり3つずつ。 1夫 2私 ☆1・・・珈琲ムースケーキ、ブルーベリーチーズケーキ、ティラミス☆2・・・苺のミルクレープ、苺のタルト、マンゴーゼリー夫のケーキやドリンクを取りに行くのは私の役目。ティラミスとチーズケーキはいつものパターンなので3つ目をどれにするかがポイント。幸い、珈琲ムースは気に入ってくれたようです。ドリンクは二人とも、泡立ミルクたっぷりのカフェラテに。ケーキと良く合いました。ここでの食事の後は、かなりの比率でヴィレッジヴァンガードという書店へ立ち寄ります。倉庫のような店内は、四方の壁が天井まで届く図書館のような書棚になっていて前衛と呼べる読み物がぎっしりと詰まり、手の届かない場所は可動式梯子で探索。フロアは迷路のようにショーケースが入り組んで手招きし、床にも所狭しと妖しげなグッズが並ぶ地下倉庫ドアの向こう側にあるアジトのような雰囲気の雑貨と本の店。私はいつも最初に入り口正面に位置する書棚(もちろん真っ直ぐには行けません)の河出文庫の澁澤龍彦の新刊をチェックし、次に隣にある三島、谷崎文学を眺め角のインディアン関係の本をめくって、旅行本、アート本、建築本、キレイになる本のあたりを彷徨います。今回はコメントで教えていただいた開高健さんの本があるのを発見、何冊もあるので、次回以降も行くのが楽しみです。 「休日スタイルの日記」
February 7, 2009
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節分の日、暦が入れ替わるタイミングにボトルを選んでみました。解説・画像はナチュールアロマテラピーさんより。☆ 一本目 魂のボトル(本質を現わす)ボトルNo 086 ボトル名 オベロン カラー クリア/ターコイズ テーマ・・・ハートの問題に明晰性をもたらすおすすめの使用部位・・・頭髪の生え際、または胸部周り・感性豊かでとてもクリエイティブな人です。沸き起こってくる発想・感性をいろいろな形で表現していく人です。本を書くとかいろいろな芸術的方法で伝えていく人です。・このボトルは、感性が豊かでたくさん感じていることがあるのにそれをどのように表現してよいかわからない苦しみから助けてくれます。つらい経験のために、自分の感情を押さえ込んでしまうとき自分自身を表現できずにいるとき、癒しサポートしてくれます。・コンピュータの分野で仕事をしている人の創造性を促します。 ☆ 二本目 チャレンジ&ギフトのボトル(過去と課題)ボトルNo 063 ボトル名 ジュワルクール&ヒラリオン カラー エメラルドグリーン/ペールグリーン アファメーション・・・私は正しい場所で、正しい時に、正しい事を行っています。おすすめの使用部位・・・胸部の周り・正直で心が広く、人の意見をよく聞く人です。人と調和をとり、人をまとめることが上手な人です。自分の道、成功を確信している人で、忍耐強く物事を続けていく方です。・狭い観念の中から抜け出せないとき、自分らしさが発揮できるよう新しい道を見出すことができるようサポートしてくれます。変化のときがきているのに、なかなか決断がくだせずにいるときスムースに決断が下せるようサポートしてくれます。 ☆ 三本目 「今ここ」のボトル(今の状態と気づき) ボトルNo 056 ボトル名 セントジャーメイン(サンジェルマン) カラー ペールヴァイオレット/ペールヴァイオレットテーマ・・・最高の秩序の道を歩むおすすめの使用部位・・・頭髪の生え際・高い精神性を持ち、人一倍強い感受性とインスピレーションの持ち主です。一人が好きで、新しい冒険を求めて旅に出るのも好きな人です。人を穏やかに癒し、自分も変容していく人です。・否定的な考えにとらわれて、小さなことでもついくよくよしてしまったり現実逃避してしまうことがあるかもしれません。自分を変えることができないと思ってしまうことはありませんか?バイオレットは変容の色です。変容には痛みを伴います。このボトルはその痛みを癒し、変容に導いてくれます。自分のインスピレーションを信じ行動することをサポートしれくれます。また孤独な気持ちを優しく癒してくれます。さみしさや痛みのわかる人は、人を癒すこともできるでしょう。 ☆ 四本目 未来のボトル(未来の可能性)ボトルNo 060 ボトル名 ラオツー&クアンイン(老子と観音) カラー ブルー/クリア メインテーマ・・・鎮静し、自分が誰かを知るおすすめの使用部位・・・のどの周り・一見静かな人ですが、存在感のあるカリスマ的な人です。話すととても楽しい人です。完璧主義で、自分自身の能力を現実的に見極め、目標に向かってしっかり努力する人です。・ストイックになり、感情を抑圧し、自分自身を表現できずにいるかもしれません。社会や目上の人からの威圧を感じているかもしれません。または自分自身が威圧的に振舞ってしまうことがあるかもしれません。心の中にあるものを浄化し、手放していくことで、もっと自分に対して、人に対して自由に平和でいられるようこのボトルはサポートしてくれます。穏やかで平和なブルーがやってきます。 ***昨日載せた「本と瞑想」という日記を下書きしてから選んでみると一本目が「本」、四本目が「瞑想」に関するメッセージを示唆してくれていて。先月末から急に旅の計画がいくつかできたり、ヨーガの問い合わせが続いていたりと内からも外からも変化が起きつつあることも。今まであまり選んだことのない「クリア」、創造性をあらわす「ターコイズ」、変容の「ヴァイオレット」と心機一転の季節に合うものに。やはりボトルは鏡のようにいまを映してくれているようです。☆ オーラソーマのボトルを選んでみたい方は、楽天さんに出店されている「ナチュール アロマテラピー」さんのメニューから「107本全体の画像と選び方はコチラ」へ。「オーラソーマボトルを選ぶ の日記」
February 5, 2009
ヨーガに出会う数年前、通勤途中に読んでいたたくさんの本たち。自宅から5分の職場が親会社のある市外に戻ることになり、通勤時間が電車も使って一時間半もかかることになったとき、辞めずに続けることにしたのは、要望をいただいたことも元より往復3時間あまりを読書空間に使えると思ったから。最初、主に読んでいたのはロアルド・ダールのペーパーバック。先ごろ映画化された「チャーリーとチョコレート工場」の原作者の描く物語は子供向きのパッケージのものでも、その実、非常にスパイシーだった印象があります。数ヶ月後、以前から悩まされていた腰痛が度々起こるようになり少しずつ糸を手繰り寄せるように手元にやってきた本のひとつが先日、少しご紹介した「リヴィング・ウィズ・ジョイ」「『私は本を読んで、瞑想するのが好きなんだけど、でもそれが自分の道であるはずがないし、お金をもたらすわけでもない」とあなたは言うかもしれません。しかし、もし自分が座って、本を読んで、瞑想することを許せば、道は開かれるでしょう。あなたは自分が最もやりたいことに抵抗することが多いのです… サネヤ・ロウマン著『リヴィング・ウィズ・ジョイ』より」毎日が歓びに溢れているかどうかなど、すっかり考えられなくなっていた心身ともに忙しい毎日に一石を投じてくれたこの文章もきっかけとなって、職場を去ることにしちょうど一年間続いた電車通勤=移動読書空間も終わったのでした。それからは毎日、自宅や図書館での読書と、何かしら新しいことを探す毎日。瞑想というキーワードを軸に、関連本やCDを手に入れ、実地で教えてくれるヨーガ教室を探していたときに地域活動でお世話になっていた方が紹介してくれたのが自宅から車で5分の今も通っている教室です。ヨーガ教室に入ったその年、ヨーガ療法学会が設立され2年間開講を待って、地元でのヨーガ療法士養成講座に通い、今年に入って、修了書をいただくことに。その間、ヨーガブームのおかげもあって教室に入って一年もしないうちに講師の依頼を受けたり、仕事を辞めてすぐに出会ったフレッシュオイルの手作り石鹸をお店に置いていただいたり、ネットでお分けしたりとこれまであまり経験したことのない毎日に。ブログで日記を書いている期間も、ほぼ一致します。先日、節分を前に、背中を押してくれたこの本を久しぶりに手に取りたくなり「本」と付箋のしてあるページを開いて迷わずその愛しい数行に再会しました。本に没頭しているときに「読んでいるだけでは駄目だよ」と言ってくれた方たちも。読んだことから派生した心おもむく方向へほんの一歩進んでみると広がっていた場所。次には何が待っているでしょうか。
February 4, 2009
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ヨーガ療法士のディプロマを受け取ることができた1月。多くの方々の支えとご縁によってその日を迎えられたことに感謝しました。先回の日記で、身内が病に罹ったことをお伝えしましたがその手術の日に病院に行くことができました。本人は以前、医療関係の仕事についていたため、病に関する知識も対処の経験もあり立会いは必要ないとのことだったのですが、当日になってやはり気にかかり、午前の教室が終わってからこっそり行こうかなと思っていたところ、電話があって。その様子は、また後日お伝えできればと思います。1月は、日本ヨーガ・ニケタンから毎月発行されている「ヨーガの森」を読み返していました。ヨーガ教室に入れていただき、まだ右も左も分からない頃に手渡された冊子でよちよちと手探りで歩き始めたヨーガの道を照らしてくれた素晴らしい道しるべです。読書を進め、ヨーガをする日々を過ごすことが出来る日々の発端の一つを与えてくれたのが「リヴィング・ウィズ・ジョイ」。読書と考えごとが好きではあるものの、世人としてこれで良いのかどうか迷っていたときに、この本の中で出会った数行を久しぶりに読みたくなり、その愛しい数行に再会、続いて中断していた同著者の「クリエイティング・マネー」をしおりから数年ぶりに読み始めました。さて、源氏物語原本も少し読み進め、並行して昨年末に再放送された「源氏物語(上の巻)」「源氏物語(下の巻)」のノベライズ本を図書館で借りました。面白いことに、新年会でヨーガのお仲間に逢ったとき、彼女も同じ番組を観ていて。寿ぐ場で東山紀之さんの光る君ぶりに話の華が咲いたのは嬉しいことでした。春の京都行きが決まり、瀬戸内寂聴さんのサイトを久しぶりに訪問、新刊が出ていることを知って早速注文したのがその名も「The寂聴」。瀬戸内さんに先駆けて源氏物語を訳された田辺聖子さんとの対談があるそうで届くのが愉しみです。観劇はしませんでしたが「マンマ・ミーア!」「キサラギ」「トロイ戦争は起こらないだろう」とチケットが三つ届きました。ヨーガ療法学会のための旅の予約も入れ、今年も様々に楽しめそうです。1月に観始めたドラマ「必殺仕事人 2009」「メイちゃんの執事」「ラブ・シャッフル」「ヴォイス」「ありふれた奇跡」再放送鑑賞「アンティーク」「ヒミツの花園」「感謝したこと」を手元の手帳に書き留めること、今年も続けます。1月のギフト・ヨーガ関係のコンタクトが増えたこと。・ウォーキングを再開したこと。・子供と夫が元気に過ごしていること。・薔薇園訪問の日記がアップできたこと。・夫と行く京都の予定が決まったこと。***日常がどんなに喜びに満ち溢れているかが、目で見てもわかり、潜在意識にも教えてあげられる方法。お薦めです☆皆さまのこのひと月が、素晴らしいものになりますように。「今月のギフトの日記」
February 1, 2009
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