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成田に降り立つと、真っ白な世界が広がっていた。雪だ。すべての景色がうっすらと雪のベールをかぶっている。 ついさっきまで真夏の中にいたというのに、眠っている間に反対の季節へと戻ってきた。生まれて初めての一人旅は無事に終わったのだ。 期待していたことの何倍もの収穫があった。 私はもう、ただのお堅いだけの阿南じゃない。おろかなだけの奈々でもない。 体が軽い。歩幅は広い。足音も高らかに荷物をピックアップし、出口へと向かった。 税関を抜けて自動ドアが開くと、見覚えのある顔が叫んだ。「阿南! おかえり!」 祥二だ。わざわざ出迎えにくるとは、どうした風の吹き回しだろう。到着便についての伝言はしたが、まさか本当に来るとは思ってもみなかった。 祥二はスタスタと近寄ると、私のスーツケースを運ぼうとした。「車で来てるからさ、家まで送るよ」 物理的には楽な交通手段だったが、心理的にはまったく逆だ。話すことはもう何もない。「気持ちだけ受け取っておく。電車で帰るから大丈夫よ」「なんだよ、迎えにこいって言ったのは阿南だろ?」 そこまでは言ってないわよ。心の中で反論する。「まだ怒ってるのか?」「怒ってるわけじゃないわ。私の方こそ、連絡が遅くなってごめんなさいね」 私は立ち止まると、しっかりと祥二の目を見て言った。「今までのことは楽しかったわ。でも、もう終わりにしましょ」 祥二の動きが止まった。どうやら彼にとっては予想外の言葉だったらしい。その一瞬の間に私はスーツケースを手に、歩き出した。 懐かしい我が家につくと、客間には、にぎやかな酒宴の準備が整っていた。 東華とそのダンナの姿もある。「お・か・え・り~!」 パ・パーン、パン! クラッカーの音が派手に響く。「あらら、なんのお祝い、これ?」「阿南がいなかったからクリスマスをずらしたのよ。さあさ、早く着替えてらっしゃい」 母にうながされて、二階でコートを脱ぐと階段を駆け下りた。 テーブルでは今まさに義理の兄がシャンパンを開けるところ。 フルートグラスが5つ、すきとおった液体で満たされる。 私もその一つを取ると、乾杯に参加した。小さな泡が喉を刺激する。「ぷはあ! おいしい」 それを見て、東華がニコニコと近寄ってきた。「やっと一家そろってのだんらんが実現したわ!」「奈々が帰ってきたからね」「ホント、阿南、雰囲気が変わったわ。カドが取れてイキイキして。オマケにお酒まで飲めるようになったとはね!」「人は変われば変わるものなのよ」 私はグラスを傾けながら、父と母を見た。 あんな騒ぎを起こした娘なのに、温かい目で見守ってくれてありがとう。 今回の旅行に出る時もずいぶん心配しただろうに、と思うと胸がいっぱいになった。 大丈夫、もう、心配はかけないから。「ねえお姉ちゃん」 盛り上がる客間から抜け出て、私はキッチンで東華にお茶をいれた。「私ってばさ、恋のABCもマスターしてないくせに、一気にZまで走り抜けたって感じだよね、ハタチの時」「不幸な恋愛フルコース速攻編、だったわね」「申し込まれたから結婚しなきゃならないなんてこと、全然ないのにね」「誰にだってしんどい恋の思い出はあるものよ。楽しい恋は、これからね」 そうだ。私は自分が思っていた以上に、恋愛シロートなのだ。最初に痛い目にあってつまづいたから、健全な進行が阻まれていただけなのだ。だけど希望はある。 私の人生はまだまだこれから、なのだから。「阿南さん、熱いから気をつけて。甘酒って言っても、アルコールは無きに等しいから大丈夫。さ、体が温まるから飲んで」 末吉は約束通り私をデートに誘った。初詣を一緒に、というので気合いを入れて着物を着た。それを見た末吉の喜びようといったらなかった。「私は美しい蘭を腕に抱えているようだ!」 ――意味不明。コピーライターの真意を測るのは難しい。 でも、いわゆるデートっぽいデートを体験するのは、悪くない気分だ。終始笑顔の私を見て、末吉も嬉しそうにしている。「阿南さん。返事を聞くのはやめましょう。私は、今が楽しければそれでいい」「そうですよ。私、人のことを好きになるのに、ものすごく時間がかかるんです。信頼できる友達関係が発展するタイプなの。ゆっくりいきましょ。楽しく遊べるお友達としてなら、私、喜んでおつきあいしますよ」「じゃあ、あれは私の思い込みだったんですね。あなたは結婚に憧れてるわけじゃないんだ」「そうですよ。だって私もバツイチですもん」 末吉の目が大きく開いた。今にも落っこちてきそうな、大きな目! 私は笑いが止まらなくなった。「開けましておめでとうございます! 今年も一年よろしくお願いします!」 年明け初の出勤日は、仕事らしい仕事にならないのが恒例だ。 女性が多い会社なだけに、あちらこちらに衣装自慢の花が咲く。この日はまた、上司の武岡が張りきってホームパーティを開く日でもあった。「阿南ちゃん、よく戻ってきてくれたわ。もうすっかり体はいいの?」「とっても元気ですよ。やっぱり、たまにはお休みを取って気分転換するって大事なんですね。サンスクリーンの効果もばっちり感じられたし、いい旅行になりました」「どうせ仕事はお昼でながれ解散だから。うちに顔を出してよ」「喜んで」 嫌われたらどうしようとか、自分を誤解されたらどうしようなんて、つまらない心配はもうしない。出会うべき時に人は出会い、別れるべき時に人は別れる。 きゃっきゃとはしゃぐ女性陣を引きつれて、武岡が会社を出る。 その後を小走りに追いかけようとすると、後ろから私を呼び止める声があった。「国立さん!」 ふりかえると、どこかで見た顔の女性が立っている。 フードのへりにフェイクファーをあしらったショートコートに、ピッタリとしたパンツ。膝まであるロングブーツのヒールは10センチ近くあったが、それでも充分、背は小さい。「千紗です、ちさ! オーストラリアで会ったでしょ。覚えてません?」 おお。言われてみれば確かにそうだ。でも、今頃は夏を満喫してるはずじゃ?「どうしてここがわかったの?」「自社製品だって言って、日焼け止めくれたでしょ。会社名から探したの」「龍ちゃんとは一緒じゃないの?」「先に帰ってきちゃった。だってバカらしいんだもん。リュウってば、何を聞いても上の空。私ね、私のことを一番好きじゃない男とは、一秒だって一緒にいられないの」 ――はっきりした娘だ。「ねえ阿南さん。この私が身をひいたんだから、リュウのこと、ちゃんと幸せにしてくれなくちゃ困るわ」 相手は私だと確信しているらしい。最もあのタイミングでは無理もないけど。「そんなふうに強要されても困るわ。だって、幸せって誰かにしてもらうものじゃないでしょ?」 責任をとる、そんな言葉に振り回されて私は後に引けない結婚に踏みこんだのだ。 こと恋愛に関しては、誰かが誰かに責任をとる必要なんかないんだと、今の私は知っていた。「んもう! シャクにさわるわね、あなたって人は」「あなたのほうがフったんでしょ? もう別れた人のことなんか、ほっておけばいいじゃない。それに、私がこれから誰とつきあおうが、あなたには関係ないはずよ」 彼女は、ぶうっとほっぺたを膨らませた。「そりゃ、関係ないけど。関係ないけど…。なんで私じゃなくて、あなたなの?って」 みな、考えることは同じなのだ。どうして私じゃないの?「彼の気持ちを決める権利は、私にもあなたにもない。本人にきいてみなけりゃわからない謎なのよ」 本当はまだ好きなのね。ふっきるためにわざわざここまで来たのね。 ついに彼女の頬には涙がつたいはじめた。 私はあわててバッグからハンカチを取り出した。 ふと、あの海で私が溺れそうになったとき、彼女が手助けしてくれたことを思い出した。「あなたのことなんかキライよ。絶対にキライでなきゃいけないわ。だって、あなたがもしもいい人だったら、私が負けても仕方ないって気持ちになっちゃうもの」 だからあんなにツンケンしていたのか。私にはない発想だ。「ねえ、私たち、龍ちゃんを奪い合ってるわけじゃないでしょ? だったら、ちょっと仲良くしてみたって悪くはないじゃない」 泣きやまない彼女をあやしていると、武岡が近寄ってきた。「あら、阿南ちゃんのお友達? もしよかったらうちでやるパーティに来ない? 女のコはいつでも大歓迎よ」 おっと、意外な展開。だけど案外悪くないかも。少なくとも寒空の中、二人きりで立っているよりはマシだし、彼女が元気を取り戻す可能性もある。「さあさ、そんなに泣いたりしたら可愛い顔が台無しよ。お正月なんだから、ぱっと明るく行きましょう。女の子は笑顔、笑顔が大事なんだから」 千紗は、武岡に肩を抱かれながら歩き出した。私は一歩下がってその後をついていく。 コートのポケットに手を入れると、昨日届いたエアメールが入ったままになっていた。取りだしてもう一度眺める。 千紗が一足先に帰国。早い話がふられた。 波に乗ってたらイルカがそばに寄ってきた。 もしまた休みが取れたら、波に乗りに来ないか。 私にはもう、パスポートがある。一人で行きたいところに行ける。行く手をはばむものはない。そしてこれから誰を好きになってもいい。 あとは心の命ずるままに。ただ、自分の心の声に耳を傾ければいいのだ。――――――――――――――――――――――― おわり ――――――――――
2005.05.17
「阿南とデートなんて、初めてだな」 私は龍一と並んで砂浜を歩いていた。真っ暗な空には、降るような星と、丸くなりはじめた月。風は海から吹いてくる。「食事してワインのんで散歩ってデートのうち?」「つっこむね」「そりゃそうよ。だって、映画みてコーラ飲んで一緒に帰るってことなら、高校時代にもやってたもの」 今宵の私は、攻めの姿勢を崩さない、と自分に誓っていた。あのとき言えなかった言葉、今でも伝えたい言葉を口にするのだ。「あのころと今とでは…違うから」 何が違うというのだろう。聞いてみたい衝動に駆られたが、グッと抑えた。「私、ずいぶん長い間、龍ちゃんに見守られていたんだね。奈々っていう人格を作るときから、いずれは私の中に戻すことを考えてたんでしょう?」「あの時はそれが一番いい方法に思えたから。でも、いずれ阿南は奈々としての記憶を取り戻すべきだと思ってたし。ただ、時がこないとそれができないこともわかってた」「長かったね」「過ぎてしまえばあっという間さ」 沈黙が二人の間を吹き抜けた。 白いTシャツに包まれた龍一の背中が、ゆっくりと遠ざかる。 私は、サンダルを脱いで、裸足のまま波打ち際へと歩いていった。 水を吸って固くなった砂が、ひやりと足の裏に気持ちよかった。そのまま歩を進めて、波が足首を洗うままにまかせた。空と混じり合ってしまった水平線を眺める。「阿南?」 駆け戻ってきた龍一が、私の右手をつかんだ。手首につたわる龍一の体温が、心臓の動きを早くする。耳の中で、どくどくと音がひびく。「やだ、別に泳ごうってわけじゃないわ。ただ、こうして水にさわっていると気持ちがいいから」「もう海は怖くなくなった?」「おかげさまで。泳げることも思い出せたし。ね、それより」「なに?」「手をつないでもいい?」 おぅ、と小さな声をあげて、龍一は私の手首を離すと、そのかわりに手を握った。手のひらを通じて温かいものが私の中に流れ込んでくる。なんだか、心を輸血してるみたい。「龍ちゃん…」 私は、つないだ手を軸に体を半回転させた。暗がりに慣れた目が、龍一の顔をとらえる。「私ね、本当は、ずっと龍ちゃんのことが好きだった」 龍一は、静かにまぶたをとじた。言葉を反芻するかのように。 ゆっくり目を開けると、私の目をじっと見ながら、聞いた。「それは、過去形?」 頬が熱くなった。なんて答えればいい? このときめきは、過去からもたらされた置きみやげなのだろうか? あのときは勇気がもてなくて言いだせなかった。 その埋め合わせをしたいだけなの? それとも、今でもつづいている進行形の恋なのだろうか。 今でも私は龍一の恋人になりたいと思っている? 龍一には今、別の彼女がいるのに。 そしてかつては、私の姉を愛していたというのに。 告白したまではよかったが、先のことは何一つ考えていなかった。 口はぱくぱくと開くのだが言葉がいっこうに出てこない。「オレは…」 龍一はもう片方の手を握った。二人の手が輪になってつながる。「オレはやりたい仕事をしてるし、休暇をとって旅することもできる。可愛い恋人だっている」 ――今、充分幸せなんだから、私の恋心なんてお呼びじゃないか。 一気に血圧が下がった。「中途半端になっていた心理療法にもケリがついた。阿南がちゃんと奈々を受け入れとき、オレの役割は終わったんだ」 ――言い聞かせてるのね、私に。もう二人をつなぐ絆は消えたって。 貧血に似ためまいがやってきた。「だけど、阿南が、もう用件は終わったって車に乗ったとき…、もう会う理由が無くなったって思ったときに…」 龍一は言葉につまって、つないだ両手に力を入れた。「オレは、待ってるときの楽しさに気づいてなかった。もう待たなくていい、これが終わりだって、て言われるのは、気の抜けるものなんだな」「奈々は、もう待たなくていいって喜んでたけど」「それは。奈々はずっと阿南と一緒にいられるからだ。だけど、オレにとっては終了と別離を意味する」 ――さみしいってこと? これから私がどこかへ行ってしまうのが。 私は両手をぐいっと引っ張った。バランスを崩した龍一が私との距離をつめる。そのスキに、私は両手を龍一の背中に回して抱きついた。「私、先のことはわからないわ。でもこれまでの人生でずっと、龍ちゃんのことが一番好きだった。今この瞬間も、やっぱりそう」「今、この瞬間…ね」 つづきは言葉にならなかった。 顔が大きな両手に包まれる。 目をつぶるのと同時に、やわらかな唇が私の唇をふさいだ。 夢に見たとおりの光景。願望は今、現実になった。 私は長年の夢をやっとかなえることができたのだ。
2005.05.16
「いいお店じゃない! マイって旅慣れてるのね」「旅慣れてるってアンタ。情報の集め方を知ってれば誰にだってできるのよ。それより私はアナンの方がすごいと思うな。知らない国で車をブイブイいわせるんだから。私なんて免許はあるけど、完全ペーパードライバーだもんね」 私はバックパッカーズロッジからマイを連れ出すと、お洒落なレストランでの夕食に誘った。いつも突然で強引なのね、と笑いながらマイは相手をしてくれる。 私は今、女友達との気楽な会話を楽しんでいた。私の心を囲っていた壁は、がれきの山となって、一輪車でせっせと運び出されているところなのだ。「実は私、マイの恋愛観について知りたいのよ」「ひゃあー。照れるー。でも私、けっこうサッパリしてるからなあ。全然、ドラマチックな話なんてないよ」「たとえばね、自分の親友とか…姉妹とか、身近な人の彼を好きになったら、どうする?」「おお。ありがち。ただ、アレだねえ、成就させるのは難しいシチュエーションだよね。どーしても、比べられてる気がするしね。でも参考になることは言えないな。そんな相手は見ないようにするから」「見ないようにするってどういうこと?」「つまりさあ。接する時間が長くなると、その人のことが見えてくるじゃない? 身近な人の彼っていうのは、話にも出てくるし見る機会も多いから、自然と親しみを感じちゃうもんなのよ。だから、できるだけ見ないようにする。惚れないように」 接する時間が長いと惚れやすい。単純だけど真理かも。私は、生まれたときからのつきあいに等しい龍一のことを思い浮かべた。「じゃあ、恋は先着順てこと? ある男性がいて、二人ともその人のことが好きだったらさ。先にくっついた方に優先権があって、それに出遅れたら、いさぎよく忘れる、と」「先着順て言ったってアンタ。人には好みってもんがあるんだし。先にアタックした方がフラれる可能性だってあるじゃない?」「とにかく! ここぞっていうタイミングを逃すと、もやもやするのよ。不完全燃焼。どうせダメでも、ちゃんと告白してフラれたかったって。黙ってるだけで土俵にのれなかったのって、悔しいじゃない」「アナン、それって昔の話でしょ? 過ぎたことにこだわりすぎると、今を見失うよ。失敗したっていいのさ、それで勉強になったんだから」 鋭い。この人は鋭すぎる。マイこそ占い師のようだ。「じゃあ、話を変える。 結婚って恋愛のゴールだと思う? 私ね、結婚にいいイメージが無いのよ。契約をむすんで、お互いの利用方法を決めたって感じがして」「まあ、結婚にもいろいろあるからね。そうね、私だったら、利用価値あるかな。例えば、永住権を手に入れるためとか」 そうか、さすが発想がグローバル。私は日本の常識にガチガチに縛られていた。 人との会話には発見が多い。一人で考えているだけでは手に入らない視野が開けるものなのだ。 黙り込んだ私をみて、マイは言葉を続けた。「でもさあ、結婚なんてしたい人はすればいいし、したくなければしなくていいじゃん。日本ではまだ、年頃なのに独身だと肩身が狭いわけ? だいたい、一緒に住みたいと思える人ができたときに考えればいいじゃない? 結婚ってのは生活なんだからさ」 すごい。なんてシンプルな考え方だ。私は感動していた。 恋愛と結婚は違う。あの時の私も、うすうす気づいてはいた。ドラマのような激しい恋が、日常的な落ち着き先を持てるわけがないと。 私を夢中にさせた危険な香りは、非日常的な異国のスパイスだった。時々ならば刺激だが、毎日食べても飽きない味噌やしょうゆには成りえなかったのだ。「いいこと言うね。生活のリズムって確かにある。私は誰かのためにそれを乱されるのがすごくイヤだわ。あと、女なんだから当然って顔で家事を要求されるのもイヤ」「じゃ、結婚なんてしなきゃいい。恋に落ちたら必ず結婚しなきゃいけない、なんてルールがあるわけじゃないんだから」 胸の中に稲妻が光った。一瞬にして、真理が照らし出された感じ。 私は、恋とは結婚相手を捜すための入り口だと思っていたのだ。別々の存在としてとらえたことがなかった。 奈々と私の二人分がまざりあった意識の中で、ただよっていた言葉、「結婚」。 必要ないなら放って置けばいい。無理やり自分の人生に採用する必要なんかないのだ。 笑いがこみ上げてきた。 私ったら、なんて律儀で大まじめだったんだろう。 これまでは他人の価値観で囲まれた檻の中にいたのだ、と始めて気づいた。最初の結婚は相手の口車に乗せられた、という要素が大きいけれど。あれからもう10年たつ。 私だって成長してきたはず。自分なりの考え方で歩いていいのだ。「ほんと、マイの言うとおりだわ。やりたいことはやる。やりたくないことは、やらない。それが自分を解放するってことなのね!」 いやはや。これまでの私はいったいどれくらいの重石を使って、素直な欲求をを押しつぶしてきたんだろう! ここへきてようやく、答えが見えてきた。 選択肢は「どっちをとるか」だけじゃない。「どっちもいらない」もアリだってことに。
2005.05.12
私には、昔から車を運転しながら考え事をまとめるクセがある。 自分で運転ができれば、車は完全な個室だ。外界からきっちりと遮断され、なおかつ、目の前には常に動く景色がある。この取り合わせがいいのだ。 私には、部屋に閉じこめられ、自由がなかった時代があった。だからこそ、その反動でドライブがこんなに好きになったのだ、と今では納得できる。 なぜ、他人の運転する車の助手席をあれほど嫌がってきたのか。人の手に自分の運命を握られているようで、いいように操られる気がして怖いのだ。振り返っても、男性と二人でドライブしたことはなかった。いや、今回の龍一とのドライブは別として。 龍一は、特別だ。昔から私のことを知っていて、私の窮地を救ってくれた人だから。 龍一は、別の男と結婚した私に、手をさしのべてくれた。 失敗の後始末を手伝ってくれたのだ。そう考えると、私がどっぷり悲劇にひたっていた理由もわかる。ひどい夫に耐える妻、という立場が、龍一を私のそばに引き戻してくれたのだから。 姑息な手段だ。今さらながら恥ずかしい。 そうまでして、私は龍一を求めていたのだ。 そして本当は、彼と恋愛関係を築きたかった。 龍一は単なる友達、と言い聞かせていたのは、ふられた事実を認めないためだった。 なんて素直じゃないの? おろかな自分の姿が浮き彫りになって、私は身もだえした。好きな人の名前をノートに書いてみるだけで、真っ赤になってしまうような、幼い照れが、津波のように襲った。 こんな気持ちになるなんて。封印されていたほうがましだったかも。 つい、そんなことを考える。 だって、もうわかってしまったのだ。 龍一への思いと比べれば、祥二との関係は単なる恋人ごっこだってことに。 今の私には、どうして祥二とつきあい始めたのか、その理由が見えていた。 この人ならば、結婚をせまらないだろう、とわかっていたからだ。東華の指摘は当たっていた。私は、結婚に向かない男が良かったのだ。 彼はいろんなタイプの女性に興味があった。私はその中にあって、都合よく物わかりのいいサンプルのひとつに過ぎなかった。 だけど同時に、彼は、私にとって都合のいい男でもあった。 彼は、私に対して金を期待しなかった。癇癪を起こして暴力を振るうこともなかった。女を縛り付ける人じゃないのは確かだった。私はいつでも好きなときに彼の隣を離れて自分の古巣に帰ることができた。そうやって、自分を安全な場所に置きながら、恋人ごっこを楽しませてくれる相手だったのだ。 手をつないで歩くとか、待ち合わせて食事をするとか、そのために新しい服を買うとか。ベッドの中で肌を合わせるとか。一人ではできない楽しみの相手を、彼につとめさせていたに過ぎない、のだ。 認めるのはシャクだが、私は、彼のことが好きだからつきあっているのでは、なかった。 自分が、年相応に恋人を持っている、魅力のある女だと周囲にアピールするために必要だったのだ。たしかに彼は私を利用していた。でも、私もまた彼を利用していた。 不誠実はお互い様だったのかもしれない。 あの時私が怒ったのは、彼が別れを言い出さなかったからだ。 相互利用はお互い様。だけど、他の女と付き合いながら見逃せ、という条件はのめない。隠している間はまだいい。だけど、堂々と他の女と男を共有するなんて、そんな間抜けなマネをするのは、私のプライドが許さない。 申し訳ないから別れる、というのならいい。 あっちの女の事が好きになったから別れる、というのも問題ない。 でも、どっちも好きだけどお前を失うのは困る、というのは認めない。 本当に私を欲しているなら、他の女はすべて捨てることよ。 ただ、もし。祥二が人員整理をして、私だけを選ぶといったら? 祥二がどう出るかは、まだわからない。 私は本当はどうしたいのだろう。
2005.05.09
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