しあわせのかたち

しあわせのかたち

2004/08/25
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テーマ: ネット恋愛(48)
カテゴリ: カテゴリ未分類
私にはネットがキッカケで友人になった人が何人かいる。


結婚式に出席して祝辞を読むような仲になったヤツもいれば、数年前から毎晩のようにチャットで話すのに、いまだに本当の住所氏名年齢職業を知らないヤツもいる。私はまっっっったく興味がないので手を付けた(なんじゃこの表現)ことはないが、知り合いのなかにはネットで知り合った仲間から恋愛に発展し、結婚して2子をもうけた連中もいる。(会長、元気か?)

そのいっぽうで、ネットのみの付き合いの方々もいる。
2年ほど前から公(おおやけ)のサイトに書き込む機会が激減したせいもあってほとんど存在しないのだけども、顔も本名も知らない、ただハンドルネームと文体だけは知っている方々がいる。(皮肉な話ではあるが、これを書いているこの日記サイトを読まれている方々のほとんどが、その「一部」の方々となる)

また、当たり前の話ではあるが、ネット以外で知りあった友人もたくさんいる。
元同級生や同僚、先輩や後輩、部活が一緒だったヤツ、近所の幼なじみ。我ながら社交的な性格だと自惚れているので、その数は比較的多いほうなんじゃないかと思っている。
向こうはどう思っているのか知らないが、一応こっちは親友だと思っているヤツもいる。

私自身はネットがキッカケで知り合った友人と、それ以外で知り合った友人とで有意差をつけることはしていない。もともと学生時代にはふらふらとひとりでバーに入っては、そこで飲みに来ている連中と友達になったり、ディスコで声をかけた女の子と仲良くなって、もちろん当初は下心があったわけだが、そんなことはすっかり忘れて今でも続く友人になった人もいる。



ネットの付き合いで気をつけなければいけないことは、実際の友人付き合いで気をつけなければいけないのと同じ。実際の友人付き合いで有効な手段は、ネットでの付き合いでも有効。こうした考えは一定の普遍性を持っていると思っている。

が、しかし。
多くの方々は「そうではないんじゃないか」と思っておられることだろう。実際に対面して付き合う機会の多い友人には話せないことが、モニターの向こうにいる顔も知らない友人になら話せることができたり、ほんの数カ月前から数通のメールのやり取り、掲示板でのいくばくかの交信、チャットでの会話をしただけで、数十年来の友人と等しい親密感、親近感を感じる人は少なくない。

こうした理由を、 「ネット・コミュニケーション解体」 というサイトでは以下のように分析している。ちょっと長いけど引用する。


>以前書いた「人のいないオアシスが点在する砂漠」も、同じことだ。
>ネットには、膨大な-検索登録だけでも1億2000万ページ-言葉が
>蓄えられている。それは画面の上で完璧に再現される。完璧な
>大都市のようだ。しかしそこを歩くとき、どこにも生きた人間がいない。
>あるのは、書き込まれた「情報」のみ。
>(チャットは、そこにこそ意義があるのだが、それはチャットの章にしよう)
>
>企業サイトがあり、宣伝があり、今日のニュースが映し出される一方で、
>きわめて個人的な憂鬱や喜び、怒りや涙にもあふれている。
>しかし、生きた言葉には出会うことは無い。しかしいつのまにか、
>新しい言葉はネットの上に打ち上げられつづける。
>生きた帝国に刻み込まれつづける、死んだ言葉。
>その無人の帝国の中で、ぼくたちは膨大な言葉を手に入れて、
>なおかつそれをだれに伝えることもできないでいる。
>ネットはざわめきにあふれているのに、誰一人ここにだれあらぬ
>このわたしがいることを、知らない。
>
>ぼくは、個人ページの掲示板へたどり着くまで、この孤独を噛み締めた。
>すべてはそろっている。何もかもがここにはある。
>でも、なにもなかった。ぼくを必要とするものは、何もなかった。
>ネットの中で、膨大な言葉に出会い、膨大な言葉がぼくの中に蓄積され、
>何度も感情がプラスに、マイナスに揺さぶられた。
>でも、それを分かち合う誰も、あの完璧な帝国の中にはいなかった。
>すべては世界であり、なおかつすべては自分である完璧な帝国の中で
>ぼくはひとりぼっちだった。
>
>そして人は一般に、境界線の内側、自分の領域の中にいるとき、
>無防備になる。映画も、映画館では我慢できても、部屋でビデオを見る
>ときは思い切り泣けたりする。ネットという広大な自分の領域で、
>とはいえ実際は自分の狭い部屋の中で画面に向かうだけなのだけれど、
>ぼくたちはかなり自分のよろいを脱ぎ捨てて情報に相対している。
>だからこそ、ネットの中の言葉には腹の立つものが多くなるのだ。
>人間、自分とぴったり来るよりも違和をおぼえる人のほうが多い。
>ネットにいると、違和感だらけだ。当然、腹の立つことも多い。
>腹が立つのだけれど、すべては自分の部屋の中のことだ。思う存分、
>誰もいないネットの向こうに腹を立てることができる。
>
>ネットの中でぼくたちは、自分のよろいを脱ぎ、たくさんの言葉を抱えて、
>ひとりぼっちを感じている。
>
>そして、ある日、異変が起こる。
>無人の完璧な帝国のどこかからか、「あなたを見ています」という
>かすかな声が聞こえるのだ。
>それは、どこの誰かもわからない名前で届けられ、「はじめまして」という
>ちいさなつぶやき、少し遠慮を伴った初々しいつぶやきとともに始まる。
>
>あの帝国のどこかに、誰かがいる。
>わたしのことを認めてくれる、誰かがいる。
>
>はじめて誰かからメールが届いたときのことを思い出す。
>あれで「狂って」しまわないほうが、どうかしている。
>いままで読むだけ、対話のないのっぺりとした世界が、いきなりまばゆく
>輝き出す。対話が始まる。始まろうとしている。
>なにも知らない誰かが、わたしのことを認めてくれた。
>なにも知らない誰かと、何かが始まろうとしている。
>
>メールを受け取った瞬間から、もう、深い連帯感はぼくたちを捉える。
>
>メールを送ることも、同じことがいえる。誰かの言葉が、自分を揺らす。
>この人のことが、知りたい。ひとこと何か、伝えたい。わたしはあなたの
>言葉を読んでいます。わたしはあなたの言葉に揺られています。
>ようやく、出会いました。この帝国の中で。この腹の立つ帝国の中で、
>ようやく、出会いました。
>メールを送る人も、あの無人の帝国の中で、ようやく自分を揺らす
>言葉を見つけて、誰かの息吹を感じたのだ。

<『ネット・コミュニケーション解体』第2章 第1節 「7 深い連帯感1-廃虚に響く声」 より引用>

いくぶん叙情的だが、美しい文章である。行間から知性が垣間見えているあたり、一瞬書き手を職業作家かと疑ったが、どうやら違うらしい(管理人さんのプロフィールを探したが、当該サイトでは見当たらなかった)。

ともあれ、上記文章の書き手はネットを「無人の帝国」と呼び、そこでのコミュニケーションに「狂ってしまわないほうがどうかしている」と綴っている。これはどういうことか。

思いのほか長くなったので、本日はここでいったん切る。残りは明日以降。
探し物をひとつ見つけた気がする。



頂いた感想はすべて読ませていただいており、当方真摯に受け止めております。ただ(私の)日記に関する感想にレスする、ということにいくぶん「照れ」を感じており、どう返していいのかも悩むところがありまして、どうしても滞りがちになっております。
恐れ入りますが、当方からの返事を期待されてらっしゃる方は、気長にお待ちくださいませ。





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Last updated  2004/08/25 06:36:33 PM


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