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皆さん、こんにちは。今日の私は、ちょっとワクワクしています♪ 明日から、NGOで働く夫の現場出張について行くことになっているのです。この国の違う地域を訪ねて、夫が働くNGOの活動を見るのが、とても楽しみです。◇◇◇◇◇そのため、このブログは土曜日までお休みします。◇◇◇◇◇私自身、NGOで働いていた時、現場に行くのは、一番楽しいことのひとつでした。普通だったら、足を踏み入れることなど、とうてい考えられないような、スラム地域や、山奥の村。そんなところを自らの眼で見て、匂いをかいで、音を聞いて、そこに住む人たちと、何らかの形でコミュニケーションする。そのことだけで、理屈ぬきにワクワクして、日本に生まれた私に、そんな機会が与えられたことが、とても不思議に感じられたものです。そうは言うものの、私は活動地域の人たちとコミュニケーションするのは、上手とは言えませんでした。型どおりの質問ばかりして場をシラけさせてしまったり、人見知りする子どもたちに心を開いてもらうことがどうしてもできなかったり、何を言っていいのか分からず、気まずい思いをしたり。そんなことも、沢山ありました。でも、打ちのめされたような気になったり、悶々としたりはしたものの、それは、コミュニケーションについて模索する良い機会でもありました。こちらの「意図」や「目的」がどれだけきちんと伝わるか。その「意図」や「目的」と、迎えてくれる村の人たちの「意図」や「期待」が、どれだけ同じ方向を向いているか。そして、どれだけ自然に心を開くことができるか。そんなことが、コミュニケーションに大きく影響するのですね。今回は、仕事抜きで、夫が働くNGOの活動地域を訪ねることになります。単純に、縁あって、この地域を訪ねることができるのだから、村の人たちと知り合って、私のことも少し知ってもらって、いい時間を過ごしたい。そう思っています。かたや、以前働いていたNGOから連絡があり、またひとつ、在宅の仕事をいただくことになりそうです! 内容は、大まかに言うと、寄附者の方たちと、現地に住む子どもたちとの交流の手順や決まりごとのマニュアルを改訂するというもの。ここでも、「コミュニケーション」がテーマです。まだまだ、NGOの世界からは足を洗えそうもありません(笑)。こうした形で、世界のあちこちにいる人たちがつながっていくための、ささやかなお手伝いができることに感謝しつつ、精一杯、いい仕事をしようと思います。そして、遠い国の遠い村や町に住む人たちとの出会いを、大切に楽しみたいと思います。
2006.09.26
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9月も終わりに近づき、日本では秋の気配が深まっているようですね。友だちや家族からそんな様子を伝えるメールをもらうたびに、日本の秋が恋しくなります。透きとおった空気、からりと晴れた青空、どこか哀愁を帯びた日差し、色づき始める木の葉たち、そして、きのこやら栗やらさんまやらの食べ物(!)。私が住んでいるのは、赤道直下の常夏の国。雨季と乾季はあるものの、四季の変化とは無縁の世界です。毎日、ほぼ同じ時間に日が昇って沈み、いつ見ても同じ木たちが同じように茂り、同じ花が咲き、市場には同じ野菜や果物が並んでいる。四季がある国に生まれ育った私には、ちょっぴり退屈に感じられてしまいます。昔から、私は四季の移り変わりに思い入れがありました。少しずつ日が長くなって、甘い水気を含んだ空気の中で花たちがつぼみをふくらませてゆく春。明るい木漏れ日にゆれる新緑がまぶしい初夏。だんだんと日差しが強くなって、木々の緑が濃さを増していって、梅雨が明けると、照りつける太陽の下で、すべての生物が命を謳歌しているかのような夏。少しずつ日が短くなって、寂しさとともに、終わりつつあるものが最後に見せる輝きの美しさを感じさせる秋。葉が落ちた木々の間を吹き抜けるからりとした冷たい風が、どこかすがすがしい冬。決してとどまることなく、移ろってゆくときどきをいとおしみながら、生命がめぐることの神秘のようなものを感じていたのだと思います。一方、私の夫は、四季のない国にしか住んだことがありません。以前、その彼と、四季の移り変わりの素晴らしさを分かち合いたい!と思って、その魅力を話し始めたところ、なんと、彼はこう言うではありませんか。「僕は、いつも季節や周りの風景が移り変わっていくという感覚は、あんまり好きじゃない。それよりも、いつも同じものがそこにあるという安定感があるほうが好きだ。」こんな考え方をする人がいるとは……。やっぱり、育つところが違うと、こんなに感覚が違うものなんだ。ちょっとした衝撃でした。でも、彼の感覚は、その時の私には、まったくピンと来なかったのです。昨日、久しぶりに夕方、家のテラスでひとときを過ごしました。大きな赤い太陽がゆっくりと傾いていくのを見ながら、ふっと思いました。明日もまた、同じように日が昇って、沈んでいくんだ。そして、そう思うことで、なんということはなしに、ゆったりとした気持ちになったのでした。もしかしたら、これが、夫の言う「安定感」なのかもしれない、と思いました。明日もまた、同じように一日がやってくることが確信できる。朝になれば、同じ鳥たちの鳴き声が聞こえて、同じ木々や花たちが迎えてくれる。それもまた、綿々と続いていく生命のあらわれのように感じられました。自然の、宇宙の生命が絶えず移ろっていくこと。そして、移ろいながらも、めぐり、続いていくこと。その二つが感じられるのも、いろいろな国に暮らすことの「特権」なのかもしれませんね。
2006.09.24
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皆さん、こんにちは。昨日の日記に、「まずは信頼してみることから」なんて書きましたが、実は、これを書くのには、ちょっぴり勇気が要りました。何を隠そう、私自身、他人を信頼するのをとても怖がっているからです(笑)。今まで仕事をしてきた中では、人にものを任せたり、チームを組んで仕事したりするのは、むしろ好きなほうでした。私が長年勤めたNGOでは、チームワークの文化がかなり浸透していて、何か新しい試みを始める時や、あるテーマについて掘り下げてみたい時など、有志のグループが集まってチームを作ることがよく行われていました。私も、そんなチームにいろいろと参加して、みんなで議論を戦わせながらアイディアを出し合ったり、協力し合って何かを作り上げたりする楽しさをたっぷりと味わったものです。ですが、それが楽しくできているのは、その対象が「仕事」という、(とても好きではあっても)どこか自分と距離があるものだからだ、ということも、なんとなく感じていました。私にとって、本当に本当に大事なもの。そこに他の人を招き入れるとなると、話はまったく別。とたんに心の扉を閉ざしてしまう私がいるのです。「仕事」というレベルではなく、自分の「ライフワーク」という形で、これからの生き方や、やっていきたいことを考え始めている今日この頃、そのことを繰り返し思うようになっています。一人でできることには限りがある。同じ方向を目指す人たちと一緒にやっていくことで、広がりが出る。頭では分かっていても、身体がなかなかついていかない。そんな感じです。思えば、昔からそうでした。例えば、学校で何かの論文を書いたりする時、「一人でやっても、グループを作ってやっても、どちらでもいいですよ」と先生に言われると、私はいつも、迷うことなく、一人でやるほうを選んでいました。一人の方が、自由に、好きなことを好きなように追求できる。そう思っていました。自分が大事にしているもの、または、自分が大事に作り上げてきたものに、他の人の手が加わることで、「よりよいものができる」のではなく、「邪魔されてしまう」ように、なぜか感じていました。そんな時、ふと思い出したのが、縁あって最近読んだ、犬飼ターボさんの「星の商人」。この本に一貫して流れているメッセージは、「他人の成功を助けることで成功する」、つまり、競争ではなく、共存の考え方が、真の意味で成功するためには大切だ、ということです。そうか、これが、互いを信頼しあうチームワークの鍵になるのかもしれない、と思いました。自分のライフワークについて考え始めると、ついつい鼻息が荒くなって、知らず知らずのうちに、「私はこれがやりたい!」「実現させるには、どうすればいいかしら」「誰か、力になってくれないかな」という、自分中心の発想になりがちでした。そこで、自分の夢は大切に温めつつも、ちょっと立ち止まって、他の人たちの夢をサポートするために、自分にできることは何?って考えるクセをつけてみたら、違うものが見えてくるかもしれません。とりあえず、その日にできる小さなことをリストアップして、やってみることから一日をスタートさせてみよう。そう思っています。
2006.09.22
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皆さん、こんにちは。今日は、朝からずっと停電です。そのせいでインターネットのサーバーにも問題があったりして、やっとつながったところです。今のところ、自家用発電機を回してしのいでいますが、長引くようだと、こちらもいったん休ませなければなりません。なので、今のうちに、ブログも早く書いちゃおう、と思って、今、パソコンに向かっています。今日も、「NGOで働いていた時の気づき」第三弾です。どんな商売や活動でもそうですが、NGOが特に大切にしているのは、「寄附者の信頼」です。眼に見えるものを提供するわけではないし、寄附金が使われるのは遠い国のことで、実際何が起こっているのか、分かりにくい。だから、「ここになら任せても大丈夫。託したお金をきっちり役立ててくれる」と、寄附者の方に信頼していただくことが、とても大事なのです。その信頼を培うために、NGO側が割く労力は、大変なものです。そのひとつの例が、寄附金を申請するためのプロジェクトの企画書の書き方。こういう企画書には、ありとあらゆることを想定して盛り込むのが一般的になっています。まずは、申請する団体のプロフィールや実績に始まり、どういう団体と協力してプロジェクトを行うのか?その団体と一緒に仕事をした実績は?予想されるリスクは何か?それをどうやって切り抜けるのか?寄附金をもらい終わった後、プロジェクトが頓挫しないために、どういう手立てを考えるのか?プロジェクトの成果はどのように図るのか?どういう指標を使うのか?などなど。「そんなことまで保障できないよ」とため息をつきたくなることもあります。私たちの普段の暮らしや仕事では、そこまで完璧な結果なんて、求めないのに……。でも、そこまでしないと、なかなか寄附金を手にすることができないのです。で、そうすることで、プロジェクトの成果が上がるのかというと、それはケースバイケース。綿密な計画を立てることで、いいプロジェクトが生まれることも、もちろんあります。一方、机上の計画を完璧にすることや、その計画に沿ってプロジェクトを動かすことにエネルギーが回ってしまって、実際にプロジェクトを動かしていく人たちの力が最大限に生かせないことも、残念ながら、あるようです。そんな時、思い出したのが、少し前に本やワークショップで知り合った「ソース」のことでした。ここでは詳しくは書きませんが、簡単に言うと、私たち一人一人の生き方の「源泉」(英語でSource)に立ち返るという生き方で、ワクワクすることを通してそれを見つけ、実践していくというものです。この考え方を仕事に当てはめてみると、携わる人たちが「ワクワクする」仕組みを考えて、自然に「やる気」を出すことで、成果も上げる、という、「計画や目標をもとにハッパをかける」のとは正反対の発想になります。もしかしたら、NGOの活動でも、こういうやり方をしてみてもいいのかもしれない、と思いました。こんなことを言ったら、専門家の方たちにお叱りを受けるかもしれませんが(笑)、ど~んと太っ腹に構えて、「このお金はね、みんなのことを気にかけている寄附者の人たちが、村のみんなにとって一番いいように使ってほしい、って言って贈ってくれたものなんだ。どういうふうに使うか、どう管理するか、みんなで話し合って決めてほしい。困ったことや、力になれることがあれば、いつでも相談に乗るよ」てな感じで、村の人たちを信頼して託せば、先方だって、「よ~し、やったろうじゃないか!」って応えてくれるんじゃないか、なんて思ったりするのです。寄附して下さる方たちだけではなくて、それが届けられる人たちと一緒に仕事するのにも、信頼が基本。信頼されれば、やる気を出して、応えようとするのは、どこの誰でも同じ。他人を信頼するのは、はじめは怖いけれど、結局、それが、みんなの力を引き出して、いいものを作る近道なのかもしれません。
2006.09.21
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★☆★☆☆★☆☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆今日の記事に入る前に、ちょっとお願いがあります。先日、日本に一時帰国した時、友だちに紹介してもらって、Mixiに登録しました。このブログを読んで下さっている、私の知り合いの方で、参加されている方がいらっしゃったら、メール又は私書箱まで、ご連絡下さいね。「お友だち」に追加させていただきたいと思います。それにしても、ちょっと探してみたら、あんなにいろんなコミュニティがあるなんて! 午前中はそれに没頭して、あっという間に時間が経ってしまいました(笑)。午後は、もうちょっと健康的に過ごそうっと。★☆★☆☆★☆☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆さて、今日も、昨日に続いて、NGOで働いていた時の気づきを書いてみたいと思います。活動している貧しい村やスラム地域を訪れる時、いつも印象的だったのが、そこに住んでいる人たちがこぞって大歓迎してくれることでした。訪れる地域の風習にもよりますが、だいたい、ちょっとしたイベントみたいなものが用意されて、村長さん、又は村の委員会の会長さんの挨拶に始まり、いろんな人たちのスピーチやら、歌やらダンスやらが催されて、最後には食事が出てくる、というのが、よくあるパターンでした。行く先々でこの「イベント攻勢」に会うので、みんな、仕事や学校があるのに、とか、こんなごちそうを出してもらって、子どもたちの食べるものがなくなっちゃったりしないのかしら、とか、心配になったものです。「ああ、そういうことだったのか」と思ったのは、村の人たちが口々に「こんな僻地までわざわざ訪ねてきてくれて、本当にどうもありがとう」と口にするのを耳にしたときでした。「こんな、奥まった、小さな村だし、訪ねてきてくれる人はめったにいないんですよ。」「あなた方の団体のプロジェクトはもちろん、とても役に立っています。が、それ以上に、誰かが私たちのことを気にかけていてくれる、そのことが、私たちにとっては一番嬉しいのです」と。誰かが村に来てくれた!というその喜びをストレートに伝えてくるのが、子どもたち。外国人の私が訪れると、珍しさも手伝って、子どもたちに取り囲まれることもしょっちゅうでした。「日本の子どもたちがどんなふうに暮らしてるのか、教えて」「僕の名前を日本語で書いてみて」とせがまれたり、年頃の女の子には、「彼氏、いる?なんていう名前?どこで知り合ったの?」なんて聞かれたり。一緒に写真を撮ってと頼まれたり、髪に触られたり、ちょっとした「スター気分」にさせられることもありました(笑)。そして、私の帰る時間が近づくと、みんな、なごり惜しそうに、異口同音に、「次はいつ来てくれるの?」と聞くのです。沢山ある活動地域の中で、またこの村に戻ってこられる可能性は、まずないだろうな……。そう思うと、いつも、私の胸はキュッと痛みました。「なるべく早く帰ってこられるといいわね」と苦しい返事をしながら、私は思いました。もう、この村には帰ってこられないかもしれない。でも、今日の出会いが、いい思い出としてこの子たちの心に残れば、本当に嬉しい。彼らのことを「気にかけていた」日本人がいた、ってことを覚えていてほしい。他にもたくさんいる、「あなたたちのことを気にかけている人たち」に代わって、私はここに来ることができたのだから、と。「気にかけてくれる人」がいない、と感じるのは、もちろん、貧しい国の村に住む人たちだけではありません。私たちだって、普段の暮らしの中で、みんなに取り残されてしまったように感じたり、一人ぼっちだと感じたりすることはあります。家族、友だち、知り合い、見知らぬ人、そして、遠い国の人たち。相手が誰であっても、必要な時に、「ひとりぼっちじゃないんだよ。こうして、あなたのことを気にかけている人がいるんだよ」という気持ちを、互いに差し出しあうことができたら。そこに生まれる希望や喜びが、何かを変えていく力になるような気がします。そしてまた、その機会に恵まれにくい人たちに、少しでも沢山、そういう気持ちを届けることができたら、とも思うのです。
2006.09.20
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皆さん、こんにちは。昨日の日記で、私の今までの経験や、置かれている環境から、開発途上国の人たちをサポートするために、何かできることがあるかな?って、つい考えてしまう、とお伝えしました。そこで、今日は、そのヒントを探しつつ、自分がNGOで働いていた時のことを少しふり返ってみたいと思います。私が働いていた団体では、医療、教育、農業や収入増加のサポートなどのプロジェクトを主にやっていました。保健所や学校の建物を作ったり、備品、薬などをそろえたり、看護婦さんや先生の研修をやったり。また、村の人たちのグループを作って、新しい農作物の栽培を教えたり、種や苗を提供したり。でも、そういう活動だけでは、何かが足りないことに、私たちは気がつき始めていました。「今までずっとこの作物を作ってきたんだし、わけのわからないものには手を出したくない」と、(栄養価が高くて、市場でもよく売れる)新しい作物の栽培にしり込みする農民たち。「私たちは貧しく生まれたんだし、誰も私たちを助けてくれようとはしない」と、あきらめの表情で、口を開けば「できない理由」を並べる人たち。そんなことで、プロジェクトがうまく進まないことがあるのです。変化が怖い。今までのやり方に執着する。自分で自分に枠をはめる。できない理由をあれこれ挙げる。これって、私たちの暮らしの中でも、よく起こっていることですよね。だから、同じような恐れやあきらめの前で立ちすくんでいる、貧しい村の人たちを見て、妙に親近感を感じてしまったりもしました(笑)。私たちが「もっと幸せになりたい」と思ったら、まず、自分から何かを変えてみることが第一歩。同じように、まず、村の人たち自身が、「変わりたい。もっと良い暮らしがしたい」と思うこと。そして、さらに、「変われる。もっと良くなれる」という自信が持てることが要なのでした。そして、いろいろな研修プロジェクトに、参加する人たちが自分の心の中をちょっぴりふり返ってみるきっかけになるような内容を織り交ぜてみると、これがまた、なかなか好評なのでした。今まで、こんな考え方、出会ったことがなかった!という感動を、みんな、味わっているようでした。自分を大事にすること。「もっと幸せになる価値がある」と気づくこと。そして、みずからの持つ力を信じること。「幸せ」や「より良いもの」がそこから始まるのは、きっと、どこの誰でも同じことなのだと思います。それを共有できる輪が、少しずつ、世界中に広がっていくといいですね。
2006.09.19
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日本に一時帰国したときに、強く感じたことのひとつ。それは、自己啓発とか、「幸せな人生を生きる」ための模索とか、ヒーリングとかに興味を持つ人たちが増えてるんだなあ、ということでした。本屋さんに行けば、そういう本のコーナーがかなり大きく取られているし、いろいろと趣向を凝らしたセミナーやセッションも花盛りです。かく言う私も、その一人。帰国を機会に、そういう本を買って読んだり、いろんな会やワークショップに参加したりしてきました。過去のストレスを癒す、自分が持つパワーを発揮できるようにする、ライフワークを見つける、幸せな人生を生きる。どれも素晴らしいことだし、そうやって、ハッピーな人たちの輪が広がっていったら、とてもステキですね。でも、実を言うと、私自身は、ちょっと心にひっかかるものをずっと感じてもいたのでした。それは、「ハッピーな人たちの輪」が、いつか、もっと広い世界の幸せとか平和とかに結びついていくのかなあ、という部分が見えにくいことなのです。これまでにも何度かお伝えしてきたように、私は開発途上国の子どもたちをサポートする国際NGOに長年勤めました。そういう世界に身を置いていると、日本ではあまり接することがなかったり、「どこか遠い国でこういうことが起こっている」というニュースとしてしか捉えられなかったりするようなことを、目の当たりにする機会もあります。栄養失調で今にも命絶えてしまいそうな赤ちゃんを抱えたお母さん。激しい内戦の深い傷跡から、すべてに脅えて生きている人たち。洪水に見まわれて、わずかな家財や仕事をすべてなくして、途方にくれる人たち。そういう人たちが「不幸だ」と言うつもりはありません。むしろ、厳しい状況の中でも、できるだけの力を尽くして前に進もうとしている人たちや、助け合っている人たちも沢山いて、こちらの心が動かされるほどです。でも、彼らが、前に進むための情報や機会に恵まれないのも、また事実。私が携わっていたようなNGOの仕事は、そういう情報や機会を提供しようとする、ささやかな試みのひとつなのです。人の幸せをサポートするためには、まず自分自身や身の回りから、というのは、その通りだと思います。でも、みんなが、自分が幸せになるために時間をかけていたら、その間にどんどん進んでいく貧富の格差や、病気や、環境破壊はどうなってしまうの?「まずは自分から」なんて、悠長に待っていてもいいの?同時進行でできることはないの? そんな焦りのようなものを、ずっと抱えてきたような気がします。じゃあ、どうすればいいのか、という答えは、私の中ではまだ出ていません。何かしたい、と思っても、普段の日本の暮らしの中では、寄附をするなど以外には、簡単にできることが見つかりにくいことも、よく分かっているからです。これは、これから皆さんと一緒に考えていきたい私のテーマでもあります。私たちひとりひとりが、「自分に何かできること、あるかな?」って考えることが、初めの一歩なんだと思います。もちろん、何もできることがない場合だって、あるかもしれません。そんな時は、自分を責めたり、あきらめたりするのではなくて、頭の片隅で考え続けてみる。できることがあったら、とりあえずやってみる。身近な人と、ちょっとアイディアを話し合ってみる。そんなちょっとしたことから、何かが変わっていくかもしれません。みんながハッピーな世界になることを、みんな、願っているのだから……。「こんなことをしてみた」「こんなアイディアを思いついた」ってことがあったら、またお知らせしますね。皆さんも、何か思いついたことや、「こうだと思う」「それは違うと思う」など、感想があったら、シェアして下さいね♪
2006.09.18
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先日の日記に書いたように、夫は今朝、出張に発っていきました。初め、二週間の予定だったのを一週間に変えてくれたので、「留守番」もそう苦なくできそうです(笑)。これから一週間、私だけの時間。そう思うと、自由なような、寂しいような、不思議な気持ちです。日本で買ってきた本を読んだり、新しい童話の構想を練ったり、久しぶりに大好きなピアノを弾いてみたり。やりたいことはあるはずなのに、何だか気が進まないのはなぜ?夫が出張で家を留守にしたことは、今までにも何度かあって、その度に一人で留守番をしていました。でも、今までは、結婚するまで勤めていたNGOから在宅のコンサルティングの仕事をいただいていて、それでけっこう忙しくしていました。今回みたいに、しなければならないことが何にもなくて、一人でいる、というのは、初めての経験。今までは仕事を理由にして向き合わないできたことと、今回は向き合わされているような気がします。私は、この国に住んでいる、という気持ちをちゃんと持たないまま、今まで来てしまいました。初めて住むアフリカの国。どんな人たちと出会うんだろう。どんな経験をするんだろう。そんなふうにワクワクしながら始めた新しい暮らしのはずだったのに、いざ始めてみると、予想外の難しいことのオンパレードにタジタジとなってしまいました。自分で運転できる環境じゃないので、出かける足が確保しにくい。家の中のいろんなものが故障して、修理を頼まなければならないので、時間をとられる。言葉が出来ない。習い始めてみても、何だか先生があまり気に入らないし、夫の運転手の空いている時間をやりくりしなければならないので、疲れる。そして、どこでどう、他の人たちと知り合えばいいのか、見当がつかない。そんなこんなで、何だか疲れてしまって、いわば、住み慣れた仕事と出張の世界に逃避してしまったのでした。とりあえず、目の前にはやる仕事が沢山ある。しかも、好きな仕事で、やっていれば没頭できる。あと一ヶ月、ここで頑張れば、次の出張が待っている。違う国に行って息抜きできるし、元同僚たちとも会える。そんなふうに、この国から出る機会ばかり楽しみにしていました。これじゃいけなんじゃない?とささやく声を心のどこかで聞いていたような気はします。でも、私は仕事が忙しいんだから、と、その声に耳を傾けないでいました。他の外国人の友だちだって、この国の暮らしを楽しんでなんかいないじゃない。暮らしにくい国なんだから、仕方ない。と自分に言い聞かせて。なんだか、そのツケが回ってきたみたいです。このままじゃいけない、と今度こそ思うのですが、何から手をつければいいのか、あまり思いつかないのが、ちょっと苦しいところ。でも、今の自分に考えつくほんの小さなステップを、とりあえず踏み出してみよう。そう思っています。今までと違うものが少しずつ見えてくることを期待して。
2006.09.16
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前回の日記の続きです。昨日の夕食での食卓では、この国の政情や、仕事しているみんなの体験についても話が弾みました。が、外国人の目から見ると、批判したくなる面が何かと多いこの国のこと。どうしても、仕事がしにくい、とか、政府の機関にはとにかく汚職が多い、とかいう話になってしまいます。例えば、こんなこと。夫が仕事の関係で知り合った、とある修道女の方は、エイズを患っていて、そのことを皆が知っているので、村八分状態だったとのこと。それを見た夫は、彼女によかれと思って、自分の働く事務所の受付の仕事をしてくれないか、と申し出たそうです。ところが、彼女は一生懸命に仕事を覚えようとする気がまったくないように見えるそうです。「彼女、いつも、電話が鳴ると、「ハロー」って一言だけ言うんだよ。いろんな人から仕事の電話がかかってくるんだから、『○○(組織の名前)です。誰にお取次ぎしましょうか?』って返事してくれ、って何度も頼んだのに、全然直らないんだ。今日は、とうとう、『直す気がないんだったら、悪いけれど、辞めてもらうしかなくなるよ』って言ったんだ。そしたら、彼女、泣き出しちゃったんだよ。」彼女や、彼女に代表される大多数のこの国の人たちは、チャンスが来た時に、努力してそれを生かそう、とする代わりに、どうやったら、楽をしながらいい思いができるかを考えるように見える、と夫は言います。私も、ずっと同じように感じてきました。現地の人たちと接する機会は少ないものの、家に来てもらっているお手伝いさんや、家の修理に来てくれる人たちなどに対して、頭に来ることも多かったのです。でも、昨日は、ちょっと違うものも感じました。この国の人たちが、私たちには分かりにくいような行動や態度を取っている、その奥にはどういう気持ちが潜んでいるのか、知りたい。そんな気持ちになったのでした。そうは言っても、外国人の私がそれを理解するのは、きっと、とっても難しいことだと思います。何が奥にあるか、見てみたい。そう思っても、いざ、誰かが不当な値段をふっかけてきたり、お手伝いさんがちゃんと仕事をしないで早い時間に帰ってしまったりした時は、どういう態度を取ればいいのか、分からなくなってしまったりします。今までのように怒るだけでは、きっと何も変わらない。でも、代わりにどうすればいいのか、分からない。そんなジレンマを、今、抱えています。そんなふうに、考えをめぐらせていた今日のこと。昼食の準備をしていたら、キッチンでアイロンかけをしていたお手伝いさんが、ちょっぴりはにかみながら、こう言いました。「マダム、あなたの作る料理を、私にも教えてくれませんか。」ちょっとびっくりしてしまいました。でも、もちろん、いいわよ。と答えました。そして、あなたの知っている、この土地の料理も、私に教えてね、と言うと、彼女は嬉しそうにうなずきました。こういう、小さいことから、もしかしたら、現地の人たちにもうちょっと近づくことができるかもしれない。そう思うと、何だかちょっとワクワクしてきたのでした。
2006.09.15
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皆さん、こんにちは。昨日の日記を書いたときは少し凹んでいましたが、気を取り直しつつあります。昨日のブログを読んで、温かいコメントを下さった皆さん、ありがとうございました!さて、昨日は、夫の仕事の関係で知り合った友人のオランダ人の夫妻を夕食に招きました。日本で調味料や食材も買ってきたことだし、和風料理を楽しんでもらおう!と、肉や野菜やワインを買い込んできて、はり切って料理を始めました。でも、二ヶ月近く実家で「上げ膳据え膳」の生活を送っていたのがたたって、何だか要領がつかめません。四人分って、これくらいの分量でよかったっけ?と悩んでみたり、蒸し茄子の中華風ソースかけに挑戦したら、茄子の硬さや形が日本と違うので、蒸しすぎてトロトロになってしまったり。挙句の果てには、料理している最中に停電が起きてしまいました。この国に来てから、常に私を悩ませてきた停電。ですが、今回、帰国してからは、ほとんどなかったので、よしよし、と思っていた矢先に、絶妙のタイミングでやられた~!という感じでした。とりあえず、備え付けてある自家用発電機を回してもらって、その電力に耐えられる簡易コンロに鍋を移して、料理を続けました。(ちなみに、電気が戻ったのは、なんと今朝の11時頃。長丁場でした~。)そんなこんなで、なんとか作り上げた昨日のメニューは、味噌汁、いり鶏、すりごまドレッシングのサラダ、そして蒸し茄子の中華風ソースかけ。自分としては、会心の出来!とはいえない味でしたが(笑)、みんな、珍しがりながら、おいしいと言って食べてくれたので、ほっとしました。その食卓での話しについては、少し長くなりそうなので、次の日記に引き続き書くことにしますね。
2006.09.15
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日本から帰国して2日経ちました。時差の影響もあまりなく、夜はかなりよく眠れています。日本滞在中の運動不足を解消しようと、こちらでは毎朝やっていたエクササイズを再開することにしました。こちらは、日中はかなり暑くなりますが、ありがたいことに、ここのところ、朝晩は涼しくて、過ごしやすい日が続いています。朝、まださわやかな風が吹く中、テラスで少し運動するのは、なかなかいい気分です。その後、シャワーを浴びて、朝食もテラスでゆっくりいただきます。庭にはバナナの木なんかがあって、空には鳥たちが弧を描いてゆっくり飛んでいるのが見えます。こう書くと、なかなか悪くない暮らしですね。さて、今日はとても残念なことがありました。夫は、隣国で開かれる会議に出席するため、土曜日から出張に出るので、私もついていくことにしていました。ちょっと観光客気分で、アフリカの他の国も見てみて、夫が昔一緒に仕事をした人たちにも会って、なんて楽しみにしていました。ところが、当地の政情がちょっと不安定になってしまったようで(アフリカはこういうところが多いですね)、いろいろ議論があった挙句、会議自体は中止にはならなかったのですが、配偶者を連れて行ってはいけない、ということになってしまったのです。従って、私はお留守番。しばらく離れていた後、日本から戻ったと思ったら、また夫とすれ違いで、一人で出歩けない街に二週間ひとりぼっち。そう考えると、やっぱりとても悲しくなってしましました。(心配した夫は、「せめて、会議が始まる前の週末だけでも、一緒に過ごせるようにしようよ。」なんて言ってくれました。ありがたいですね。)日本に滞在している間は、いつも家族や友人たちに囲まれていて、新しい出会いもあって、幸せ者だなあ、ってつくづく感じていました。それがこちらに戻っても続くように思っていたのですが、現実に戻ると、また違う「お試し」がやってくるものですね。でも、これも何かわけがあって起こってることなんだろうな。今の私に必要なことなんだろうな。一人でいる間、それを見てみよう。終わってみたら、「意外に悪くなかったじゃない」って思えることを期待しつつ……。そんなことを思っています。今日は、ちょっとしめっぽい書き込みになっちゃったかな。でも、たまにはいいですよね?読んで下さった皆さん、ありがとうございます。
2006.09.14
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今日、無事に帰国しました。長旅でさすがに少し疲れたものの、機内が空いていたので、思ったよりは元気です。久しぶりの夫との再会も嬉しくて、なんだかホッとした気持ちになりました。でも、日本に長く滞在した後、家族と「さよなら」を言う時は、本当に寂しい気持ちでした。滞在が長くなればなるほど、一緒にいるのが当たり前のようになってしまい、別れる時はつらいものだと、つくづく感じました。外国に暮らして、今まで出会ったことのないようなものと出会ったり、それで悩んだり考えたり感動したり、逆に、違う国の人たちと気持ちが通じ合えたりするのは、素晴らしい経験です。ましてや、パートナーが外国人だと、出会えるものの幅や、ものの見方も広がります。でも、それと引きかえにしているものも、やっぱりあるんだなあ、ということを、今回の一時帰国でひしひしと感じました。自分が選んだ道を後悔しているわけではまったくないし、間違った選択をしたと思っているわけでもありません。ただ、家族の絆を大切にしながら、違う国で暮らすことを選ぶというのは、簡単なことじゃないんだな、と改めて感じました。ここで大切なのは、家族の絆を大切にすることは、必ずしも物理的に近くにいることとイコールではない、ということをきっちり認識することなのかな、と思います。もちろん、感情的には家族の近くにいたいと思うし、離れていれば寂しいと思うことは避けられません。でも、両親が育ててくれた中で学んだことや、家族との時間を通して学んだことを別の舞台で生かして、何かの形で貢献する。自分も、周りもそれで少し余分にハッピーになる。それができれば、沢山の学びと愛情をくれた家族に対しての恩返しにもなるのかもしれません。昔、「親から受けた恩は、当の親ではなく、自分の子どもたちに返せ」と言われたことがあります。そうやって、学びや愛情を引き継いでいくのが、私たち一人一人の役目なんだろうな。大好きな私の家族への愛と感謝をこめて、これからその役目を果たしていきたいな。そう思います。
2006.09.12
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皆さん、こんにちは。7週間の日本もあっという間に過ぎ、いよいよ明日、帰国することになります。さて、先日、つらつらと考えをめぐらせていたら、自分が日本を発つ日が、なんと、あの9月11日であることに気がつきました!(予約したときに気がつかなかったのも、ちょっと間が抜けていますよね……)幸い、縁起が悪いとか、怖いとかは感じておらず、あわよくば、飛行機が空いているといいなあ、などと調子のいいことを考えているのですが(笑)、それを機に、5年前に起きたあの事件のことを改めて考えていました。ここ数年、テロ事件が多発したり、戦争が激しくなったり、心を病んでいるとしか思えないような犯罪が増えたりしていますね。そんな様子を見て、「世の中は悪い方へ向かっている」と感じている家族や知人も多いようです。一方、昔は見られなかったような新しい形での助け合いの輪や活動が始まったり、スピリチュアルなことへの関心が高まったり、戦争に対して普通の市民が大規模な抗議をしたり、といったことも、最近見られるようになりました。利益とか収入とかを追求するだけではなく、生きがいを感じられるような生き方がしたい、という若い方たちも多いようです。そういったことに目を向けると、未来に対して希望が持てるような気になりますね。大雑把に言うと、「世の中は悪い方へ向かっている」と感じるのは「性悪説」者で、未来に対して希望を持っているのは、「性善説」者のようです。私自身は、実のところ、性善説をとるか、性悪説をとるか、自分の中でずっと決められないでいました。人間の中にはどちらの要素もあって、それがせめぎあったり、どちらかが強く顔を出したりするんじゃないかなあ、と思っていたからです。多分、両面を併せ持つのは人間の性のようなものなのだと思います。だとしたら、それを前提に、世界が「善」の方向へ向かうためにはどうしたらよいかを考える必要があるのかもしれません。その答えは、まだ、私の中では出ていませんが、ひとつ思うのは、どちらが正しいか、という見方で進めていったら、きっと解決はできないだろうな、ということ。テロリストたちは間違ったことをしているのだから、と強気に出るだけでは、彼らがますますテロ活動を広げる結果になるだけです。先日の日記にも「盗人にも三分の理」と書きましたが、私たちから見れば悪の権化のように見えるテロリストでも、彼らが本当に求めているものは何なのか、そして、どうしてテロという形でそれを表現しているのか、そこから考えていく必要があるような気がします。私は、自分がテロの当事者になったことがないから、そんなきれいごとを言っていられるのかもしれません。でも、今までのやり方ではうまくいかないとき、思い切って発想を変えてみるのは大事なこと。悲しい惨事を少しでも減らすためには、誰かが「自分が正しい」から下りてみてもいいんじゃないか、と思います。
2006.09.10
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皆さん、こんばんは。外国に住んでいる、と言うと、「何が一番大変?」「向こうに無いもので、何が一番恋しいと思う?」といったことを、友達や親戚に聞かれます。日本食が食べたくなるでしょうとか、日本語で話したくなるでしょうとか、よく言われます。皆さんだったら何が一番恋しいと思いますか?私自身は、食べ物に関しては、ありがたいことに、「住めば都」と思える方です。基本的に何でも食べるし、どの国にもそれなりにおいしいものはあるし、自炊すれば好みの味も作れるので、食べるもので困ることは、ほとんどありません。日本語も、ずっと話さないでいると、意外と平気になってしまいます。(日本に帰ったときに、たまにスンナリ言葉が出てこなくて、やばい!と思うこともありますが……)そんな私が一番困っていることのひとつは、実は美容院なのです。アフリカに住んでいると、現地の人たちの、あのチリチリ髪ばかり扱っている美容師さんに髪を切ってもらうのは、やっぱり怖い!と思ってしまいます。ましてや、私は年に二回くらいかけるのが理想のストレートパーマをかけているので、アフリカに住むことが決まった時、これからどうしよう……と思ったものです。とりあえず、数ヶ月前にヨーロッパに出張があったのを機会に一度かけて、今日も美容院に行ってきました。やっぱり、髪をきれいにしてもらって、好みのカットにしてもらうのは、すご~くいい気分です。それだけで、女っぷりまで上がったような気になりますよね(笑)。もうひとつ、私がとっても恋しいと思うのが、日本のお風呂。私たちの家では、なんと、お風呂にお湯がちゃんと出ないので、湯船にゆったりつかることはおろか、温かいシャワーを浴びることもままなりません。夫は、「暑いんだから、水のシャワーでも構わないよ」と、あまり気にしていないようですが、日本人の私としては辛くて、今回の不在中に直してもらいました。日本に来てからは、毎日ゆったりと湯船につかって、気持ちよさを満喫しています。外国に住み始めた当時の私は、現地で手に入るもので満足に生活できるのがいいと思っていました。日本からいろんなものを買って帰って、それで生き延びるなんて、なんだかかっこ悪い。「郷に入れば郷に従え」と言うように、現地に行ったら現地の人のように暮らすほうがいい。と。でも、最近は、もう少し肩の力が抜けて、自分にとって大事なものは、チャンスがある時に手に入れたほうがいいと思うようになりました。5年間外国で仕事をして、仕事の面でも生活面でも、外国人として自分にできること・できないことがはっきり分かってきたからかもしれません。だったら、ムリして頑張るより、割り切って外国人として暮らして、日本でしか手に入らないものもしっかり楽しんだほうがいい。時々日本に帰って、好きなものを楽しめることに素直に感謝したほうがいい。外国人の自分でしかできない貢献のしかたも、またあるのだから。今はそんな風に思います。帰国したら、とりあえず、買い込んだ味噌や干ししいたけを使って和食を作って、夫や友人たちに楽しんでもらうことから始めようかな。
2006.09.08
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皆さん、こんにちは。先日の日記に、昔は、ふだん自然に接することのできる子どもがあまり身の回りにいなかったと書きました。ですが、ここのところ、なぜか小さい子どもと接する機会が増えているようです。義弟の娘、アフリカで仕事している夫のアシスタントの息子、そして今回一時帰国して会った友人の子どもと、なんと昨年の5月に生まれた知り合いの赤ちゃんが三人。その他の友人のお子さんなどに会う機会もあって、そのたびに、いつも束の間の叔母さん気分を楽しんでいます。赤ちゃんたちを見ていて、いつもつくづく感じるのが、みんな、周りの人たちにとってもかわいがられているんだなあ、ということ。誰もが眼を細くして赤ちゃんたちを抱き上げ、笑った顔見たさに、一生懸命話しかけたりあやしたり、変な顔を作って笑わせようとしたりしますよね。でも、残念なことに、大人になるとそういう記憶をなくしてしまうのですね。自分も同じようにかわいがられてきたに違いないのだから、そのことを覚えていないのが残念です。赤ちゃんたちを見ていて、もうひとつ面白いのが、2歳にもならないうちから、少しずつ好きなことや上手なことが見え始めていること。運転好きのお父さんの影響なのか、車の中ではいつも身体を乗り出してハンドルを握っては、キャッキャッとはしゃぐ赤ちゃん。きっと、将来はお父さん顔負けの運転上手になるに違いありません。ちょっとでも音楽が鳴ると、とたんに身体をゆすり、手をパタパタとふり始める赤ちゃん。きっと、踊るのが大好きな子になるのでしょう。何も考えずに、好きなことに身を任せてはしゃいでいる赤ちゃんたちを見ると、理屈ぬきに幸せな気持ちになります。小さい頃、私は、大人になるということは、自分とはまったく違う人になり、まったく違う世界に行くことだと思っていました。「大人」って、何でも分かって、何でもできて……。そんなふうに見えて、よく、早く大人になりたいなあ、って思ったものです。が、実際自分が「大人」とよばれる年齢になると、まったくそうではないことが分かってきました。いくつになっても、悩んだり、つまずいたり、分からないことやうまくいかないことがあったり。そして、逆に、そんな中で、子どもの時の気持ちを忘れないことがいかに大切か、見えてきたのでした。何も考えずに、ひたすら好きなことをやる喜び。純粋に、いいものを作ったり、いい仕事をしたりして人に喜んでもらおうとする思い。本当の気持ちを素直にストレートに伝えること。柔らかいアタマで、疑問に思ったことをつきつめていくこと。そういうことで、思いがけない道が開けたり、人との関係が変わったりすることが多いのですね。自分が親になったら、子どもの心を大事にしてあげたい。無条件に愛していることをできる限りストレートに伝えて、いいところを沢山誉めて、その子が好きなことや得意なことを伸ばしてあげたい、と心から思う今日この頃です。子どもの時のキラキラした経験を、その子たちが大人になっても持ち続けることを祈りつつ……。
2006.09.06
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皆さん、こんにちは。夫と一緒に住んでいるアフリカの国から日本へ一時帰国して、もう1ヶ月半近くなります。帰国も近づいてきたので、帰る前にやりたいことや楽しみたいことをやっておこう!という気持ちと、そろそろ帰って少し落ち着きたい気持ちとが入り混じっています。6年前に外国に暮らし始めてからというもの、私は日本に一時帰国するたびに、ワクワクしながら、やること、買うもの、行くところ、食べたいものなどをリストアップして、「さあ、これとあれとあれをやるぞ!」と張り切って動き回るのが常でした。「発展途上国」と呼ばれるような国に住んでいると、ふだん不自由なく暮らしていると思っていても、久しぶりに東京へ帰った時に眼にとび込んでくるモノや情報やお店やレストランの数々には、ちょっとクラクラさせられます。「日本って、こんなにいろんなものがあったっけ?」という感じです。(毎年同じことを思っているなあ、という気もしますが……。)今回もいつものように、「へえ、こんなものがある!すごい!」「これはあっちでは食べられないから、食べておきたい」「あっ、これも良さそう。買っちゃおうかな。」「ここもせっかくだから行ってみたいなあ」などと、買うもの、食べるもの、行くところ、どれをとっても目移りすることばかり。でも、全部こなすことはできなくて、結局疲れてしまったりもしました。あれ?何だかよく考えてみると不思議。と思いました。本当に興味があったり、欲しかったりするから、買ったりやったりしているのか、情報にふり回されているだけなのか、分からなくなってしまったような感覚でした。今住んでいるアフリカの国では、一人で出歩くことが難しく、娯楽も少ないので、住んでいると退屈に感じることが多いのですが、その分、ゆっくり自分のことを見つめたり、何かを考えたりするゆとりはあります。勝手なもので、離れてみると、そんな環境がちょっぴりなつかしく思えたりもします(笑)。情報や、やることの選択肢があふれている環境では、自分が何をしたいのか、何に向かっているのかがしっかりしていることが、やはり大事になってくるのですね。たまには楽しい道草も、そうでないと、度を過ぎてしまうことになりかねません。先日の日記に少し書きましたが、最近、あるワークショップに参加して、自分の言動の意図を明確にしていくことの大切さに気づくことができました。そのことが、情報や目先の新しいものにふり回されないことにもつながっていくんだなあ、と感じています。「意図」がはっきりしていれば、必要な情報が手に入ったり、やれることがたくさんあったりするのは素晴らしいことですよね。そういう形で、東京で手に入るたくさんの情報や刺激をたっぷり受け取って、帰国したらそれをじっくり反すうしてみたい、と思っています。
2006.09.05
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先日の日記で、少し前から童話を書き始めていて、今までに書いてみたいくつかの作品を小冊子にまとめる準備を進めること、縁あって知り合った方にその冊子の表紙のデザインを描いていただくことになったことをお話ししました。その方との話の中で改めて考えさせられた、どうして自分が童話を書きたいのか、ということを、今日は少しお話ししてみようと思います。私は、この世に生を受けた者は誰でも、祝福された素晴らしい存在なんだ、ということを子どもたちに伝えていきたいのだと思います。私自身は、自分の思いを周りの人たちに分かってもらうのがあまり上手な子どもではありませんでした。好きなことをしている時には熱中する一方で、いつもどこかに孤独な気持ちを抱えていたような気がします。自然に脚光を浴びたり、注目されたりするような姉や友人たちをうらやましく思ったことも、数知れず。自分が大事にしているものとは違うところで、「○○ちゃんはこういう子」というレッテルを貼られてしまうことにも、割り切れない思いを抱いていました。だから、大人になったら、子どもたちにきちんと向き合って、きちんと分かってあげられるようになりたい。なんとなく、そんな風に思うようになっていったのだと思います。さて、昔は、甥や姪、友人の子どもといった、ふだん自然に接することのできる子どもがあまり身の回りにいなかった私に、子どもというものについて改めて考えてみるきっかけを作ってくれたのは、開発途上国に住む子どもたちをサポートする国際NGOでの仕事でした。中南米、アジア、アフリカ。いろいろな国の貧しい村やスラム地域で、たくさんの子どもたちに出会いました。新しい教育のしかたが学校にとり入れられたり、グループで何かの活動をしたりことがきっかけで、自分を表現することを学んだり、自信をつけたりして、生き生きと輝いていく子どもたち。彼らは、こちらが圧倒されるようなしっかりとした口ぶりで、ものおじすることなく話をしてくれました。一方、口数は少ないけれど、黙ってハッとするような美しい絵を描いたり、鮮やかなギターの腕前を披露してくれたりした子どもたちもいました。思わず、「上手ねえ!」と感嘆の言葉を口にすると、彼らは、はにかんだような笑みの中で、本当に嬉しそうに瞳を輝かせるのです。どの子が特別、ということではなくて、機会さえ与えられれば、誰でも、その子にしかない輝きを見つけていくんだなあ、と、つくづく感じたものです。子どもの時、認められなかったとか、分かってもらえなかったとかいう思いを感じていたのは、自分だけではなくて、ほとんど誰もが同じような経験をしてきたんだ、ということも、最近分かってきました。自分が持っているものを見失いそうになったり、自信が持てなかったり、それをどう表現していいのか分からなかったり、愛されていると感じられなかったり。そんな風に感じている子どもたちや、その子どもたちの思いを上手に受け止めることができないでいる大人たちに何かを感じてもらえたら……。そんな思いで童話を書いています。
2006.09.04
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昨日、ちょっと嬉しい出会いがありました。私は少し前から童話を書き始めていて、今までに書いてみたいくつかの作品を小冊子にまとめて、興味のある方たちに読んでいただこうと、日本へ帰っているのを機会にその準備を進めていたところでした。推敲を重ねた原稿がまとまり、さて、冊子の表紙をどうしよう、ということになった時、独立してデザイナーをされているという方に知り合う機会に恵まれました。その方にお会いしたのが昨日。明るくて気さくな方で、初対面なのにすっかり打ち解けてしまったばかりか、「こんなことに興味がある」「こんなことをやってみたいと思っていた」というようなことが似ていて、互いにびっくりしました。何よりも嬉しかったのが、私が参考までにお渡しした作品にその方が共感して下さり、「私も絵を通じて同じようなことをしたいと思っていたんです」と言って下さったことでした。不思議な縁がまたひとつ増えた!という感じです。その方は、小冊子の表紙のデザインも、とても快く引き受けて下さいました。やっぱり、小さなものでも、共感できるものを持っている人と一緒に、「いいものを作ろう!」という気持ちで作るのは本当に楽しいものです。どんなものができるか、今からワクワクしているところです。その方との話の中で、どうして自分が童話を書きたいのか、ということも、改めて認識しました。そのことは、また改めて書かせていただきますね。
2006.09.02
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