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先週の土曜日、夫の事務所が企画したあるイベントに同行しました。以前の日記にも何度か書きましたが、夫はあるNGOでエイズ対策のプロジェクトを統括しています。そして、3月8日が「女性の日」だったのにちなんで、エイズに感染している女性たちのための小さなイベントが企画されたというわけです。その日は、あいにく、朝からどしゃぶりの雨。そうなると、この街では交通機関がほとんど麻痺してしまいます。仕事を休む人や、遅刻する人も続出します。イベントは朝の10時ごろから始まる予定だったのに、昼の12時を過ぎても参加者が一人も集まらない始末。夫と私は、お腹も空いたし、いったん外に出て昼食をとることにしました。その間に、ようやくぽつぽつと参加者たちが登場し始め、2時ごろ、やっとイベントが始まりました。イベントの余興にとよんであった、この国の有名な歌手が歌い始めると、参加した女性たちはみな、大喜びで一緒になって踊り出しました。デジカメを持って行っていた私は、あちこちから「彼と一緒に写真撮って!」とせがまれて、カメラマンに早代わり(笑)。時間の都合で、その歌手が歌ったのはほんの20分ほどでしたが、みな、たっぷり楽しんでくれたようです。(↓こんな感じ)一方、交通事情が悪かったせいか、歌手が立ち去り、午後4時を回っても、昼食がいっこうに届きません。やきもきして係のスタッフをせかす夫をよそに、参加者の女性たちは会場に流れる音楽に合わせて楽しそうに踊り始めました。朝から家を出て、遠い道をはるばるやってきて、疲れてお腹も空いているはずなのに、そんな様子は微塵も見せず、陽気に歌いながら踊り続けます。やっと食事が届くと、誰からともなく、鼻歌交じりに準備を手伝い始めます。そんなみんなの様子に、私はひたすら感心していました。エイズに感染していて、貧しくて、ひどい環境に暮らしていて、ろくな食事も出来なくて、傍目にはいろんな「問題」が山積みのように見える彼女たち。でも、折に触れて笑い、歌い、踊って楽しむことが身についている。「どうせ同じ状況なら、楽しまなくちゃ損じゃない」と言われているような気になりました。もちろん、彼女たちだって、グチを言ったり泣いたりすることもあるに違いありません。でも、どんな環境でも楽しみを見つける大らかさを併せ持っているおかげで、そこにとどまらずに済んでいるような気がします。とても素敵なものを見せてもらった一日でした。
2007.03.21
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この国で暮らしていて、友だちによく聞かれることのひとつに、「いつも、どんなものを食べてるの?」というのがあります。そこで、今日は食べ物の話を書いてみようと思います。私が普段、自分で料理する時は、和風や中華風の料理、それにイタリア料理風、自己流のシチューなんかをよく作ります。値は張るけれどこちらのスーパーで手に入るしょう油やごま油、オリーブ油、それに日本に帰る時に買ってくる乾物や味噌を利用します。お世辞か本当かはさておき、夫や友人はみな、けっこう喜んで食べてくれているようです(笑)。ただ、私の作る料理は、ごく簡単なものばかり。栄養のバランスや味のバラエティは考えるけれど、手のかからないものをささっと作る、といった趣のものがほとんどです。さて、以前の日記に書いたように、お手伝いさんのズズと一緒に昼食を作るようになってから、彼女に教えてもらって、この国の料理も作ってみました。そして、いつも驚くのが、その手間のかかること。さつまいもの一種の葉っぱを使う料理では、一本一本、その茎の固い皮をはがす。キャッサバ(いもの一種)の葉は、まず、大きな摺り器のようなものですりつぶすようにします。我が家ではその摺り器がないので、ズズが親切に自分の家ですりつぶしたものを持ってきてくれました。そこへ、赤くトロッとした椰子の油、水、塩を加え、茄子やきゅうりなど他の野菜も入れて、一時間半ほど、鍋でグツグツ煮るのです。(↓調理前はこんな感じ) 出来上がった料理は、いかにもビタミンや鉄分がたっぷりありそうな感じ。やわらかく汁気のある仕上がりなので、ピリ辛いソースを混ぜてご飯にかけて食べると、なかなか美味です。しかし、悲しいかな、テンポの速い現代の暮らしに慣れた私は、作るのにニ時間はかかるこういう料理を毎食作ろう、という気には、なかなかならないのですね。それほど忙しいわけでもないくせに……。生活が苦しいズズたちは、いつもこういったものを食べているわけではありません。フフと呼ばれる、とうもろこしの粉や小麦粉を使った練り物やパンだけで食事を済ますことも、よくあるようです。ちゃんとした食事が出来ないのは、実はこの街の貧しい人たちの大きな問題なのです。それでも、こういう食べ物は、ファーストフードや、添加物が沢山入った加工食品よりは健康的な気がするのは、私だけではないようです。ある知り合いが言っていました。僕たちの食べるものは、つつましくても、まだまだ自然の素材を生かしたものが多い。その分、「先進国」の食事に比べて、身体にいいみたいだ、と。そしてまた、じっくりと時間をかけて作り上げる料理には、素材のうまみだけではなく、作る人の「気持ち」もこめられるのですね。大きな木のへらでゆっくり、ゆっくり、鍋の中味をかき回して料理するこの国の女性たちは、その作業を通して、食べる人への思いも混ぜ込んでいるような気がします。以前の日記に書いたように、もうすぐ、この国を去る予定ですが、その前に、是非、もう一度、キャッサバの葉を調理してみよう。それも、摺り器ですりつぶすところから、じっくり時間をかけてやってみたい。そう思っています。
2007.03.12
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皆さん、こんにちは。前回の日記には少々ヘビーなことを書いたので、今日は少し楽しい話題でいきたいと思います。2月中のことですが、夫と友人とともに、この国のある歌手のコンサートに行きました。音楽は、この国ではとても大切なものです。暮らしの中に根づいている、という感じでしょうか。夫の仕事の関係で同行したイベントでも音楽を交えた催しが入るし、何でもないのに、道端でラジオから流れる音楽に合わせて楽しそうに踊り始める人たちがいたりします。世界的に知れた歌手も何人かいて、その人たちがここ「地元」で開くコンサートに足を運ぶのは、娯楽の少ないこの国での暮らしの大きな楽しみのひとつです。ただし、時間どおりになんか始まらないのが、この国のコンサート。○○時に開始、と言われた時間の2時間後くらいに、一応演奏が始まります。でも、目玉の大物歌手が登場するのは、まだまだ後の話。いわゆる「ワンサ」みたいな人たちがそれこそわんさと出てきて、歌ったり踊ったりを延々とさらに2時間ほど続けるのです。そんなわけで、お目当ての歌手が登場するのは、真夜中を回った頃になります。私たちはいつも2時か3時には引き上げるのですが、その頃は、まさに宴たけなわという感じ。後ろ髪を引かれる気持ちで、でも眠気に勝てなくて(笑)、会場を後にします。さて、この国のいわゆるポップソングに当たるような歌には独特の節回しのようなものがあって、軽やかなリズム感がなかなか愉しいのですが、ずっと聴いていると、全部同じようなメロディーに聞こえてきてしまうのも確かです。名の知れた歌手たちが、新しいCDを出したと言っては同じような曲を歌っているのには、少々物足りない思いでもいたのでした。今回コンサートを開いた歌手は、比較的若手のせいもあるのでしょうか。西アフリカのリズムやら、ラップ風のリズムやらも摂り入れていて、大分バラエティに富んだプログラムが楽しめました。しかも、2~3曲歌うと、後は「ワンサ」に任せてすぐに引っ込んでしまう「大物ベテラン歌手」たちとは違って、ほぼ歌いっぱなし。こういうエネルギッシュな若手が新しい血を入れていくとしたら、この国の音楽も先が楽しみだな、と思いました。そして、先祖や伝統から引き継いだものに手を加えて、あるいは独自の色を加えて、今の時代によりふさわしい形で発信していくのは、歌手に限らず、私たちひとりひとりの役割でもあるのですね。
2007.03.07
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皆さん、こんにちは。一ヶ月もご無沙汰してしまいました。2月に入ってから、フランス語のレッスンを再開したり、ちょっとした翻訳ボランティアの仕事をやったりと、けっこう忙しくしていました。実は、自分の小さなプロジェクトも進行中。このことについては、また日を改めてお話しできると思います。この間に、悲しいこともひとつありました。このブログにも何度か登場してもらった、我が家の門番のジョンのお母様が亡くなられたのです。折しも、お母様が逝去された時、私はジョンの運転する車に乗って、ある用事を片付けに行っているところでした。「昨日から母の具合が悪くて、入院しているんだ」とぽつりと言うジョン。イヤな気はしたのですが、どれくらい悪いのか聞くのも気がひけて、そのまま目的地へ向かいました。用事を済ませた直後、ジョンの奥さんから電話。お母様が亡くなられたことを伝えてきたのでした。私たちはそのまま病院に直行しました。家族みんなが集まっていて、ジョンが着くなり、みんなで抱き合っておいおい泣き始めました。こちらの人たちは、誰かが亡くなったときの悲しみを、大げさにと言っていいほど激しく表現するのです。そうすることで、亡くなった方を大切に思っていたことを表わすのだそうです。私はといえば、ジョンにお母様の入院のことを告げられたとき、すぐに病院へ向かう決断をしなかったことが悔やまれてなりませんでした。そうすれば、せめて死に目には間に合ったかもしれないのに……。夫も、同じ後悔を抱えていました。前日、お母様が入院されたことをジョンが伝えた時、休暇をとって一緒にいるように言えば良かった、と。しかし、悔やんでも後の祭りです。せめてものつぐない、というわけでもないのですが、それから埋葬までの数日間、夫は毎晩ジョンの家へ通って、できる手助けをし、埋葬にも同行しました。しかし、夫から聞いた埋葬の時の様子は、正直言ってショックでした。まず、出棺の時、ジョンのいわゆる「ご近所の人たち」がいわば道を阻んで、道を開けるためにお金を要求してきたそうです。また、墓地では、もう「満杯」なため、新しく亡くなった方を埋葬するために、以前埋葬された人の墓を掘り起こすことがよくあるのだそうです。ちょっときれいな棺を盗むために墓をあさる人たちも後を絶たないとか。そして、それを防ぐために埋葬後の墓にコンクリートをかぶせるのに、墓堀りの人たちは既に支払ってある金額のほかに法外なお金を請求してきたそうです。肉親の死を悲しんでいる人たちを前にそういったやりとりが繰り広げられるのは聞くに耐えなかった。君は来なくて良かったよ、と夫は言っていました。みんなが貧しいのも、暮らしが苦しいのも、政府が機能していなくてあてにできないのも、知っている。生きていくためには手段を選ばないようになるのも、好きにはなれないけれど、分かる気はする。でも、その中でも「聖域」はあるように思うのです。そして、葬式はその最たる例ではないかと。実に気さくで親切で信心深い顔を持つこの街の人たち。その一方で、平然と上記のようなことが行われていて、それが「よくないけれど起こってしまうこと」ではなく、当たり前のようにまかり通っている。愛する人たちの死を悼むために大声で泣く慣わしを持っていながら、埋葬の機会を利用して遺族にたかる人たち。こんなにも相反するものが、どうやってこの人たちの中に共存できて、どうして何のきしみも引き起こさないでいられるのか、私には分からない。違う国のことを安易に良い・悪いで判断して書くことは極力避けている私ですが、あまりにひどいことは、はっきりひどいと言おう。今日は、そんな気持ちで書いてみました。
2007.03.05
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