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2010.07.28
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高校を卒業して、更に何かを勉強すると思いつかず、昔から町の中心にあった精肉工場に就職した。 丘に囲まれた盆地の平べったい皿の真ん中に、ずっと当たり前にあり続けると思えた。一年に必ず一人は地元出身の高卒ルーキーを獲得し、そのように人質をとり続けて町の失えない存在となった。 確保されたルーキーが定年まで約40年工場に奉仕し、抜けるものも、ほとんどないから、まず40人いて、 そこに大卒の出戻り組が役員候補の名目で雑じり、転職組の中途入社と主婦組がパート参加したから、それなりの人数になって、曖昧な総数のまま、結局、数え切れないでいた。 誰でも、誰かのお母さんや兄だったりし、聞き覚えの無い名の無いコミュニティー。時々、出来の悪いのをとるが、知れた名だから計算内で、子供の頃の位置と関係性を保持した安定した社会がずっと続いていた。 外側を囲む町も似たようなものだったが、全ての価値や感覚が固定され、それが囲われてはなく、現代の安定した物流とエネルギー効率に、町民は自然と増えていて、決して増えない町が持つパイから溢れた数は、中央の都市か、人工調整が不十分な地方都市へと流れた(なので、中央の都市については人口の上限が設けられなかったし、全ての都市が人工の把握についてある程度の調査しかしていなかった)。多くの若者が、この町から消えていき、残ったものが町のルールを引き継ぐ。その毎年の繰り返しの中に町の長く続く平和は保たれた。 私が職についた翌年に、この町の持つパイが広がると噂を耳にしだし、狭いパイの限られた人口の中で急激に広まり、町民のほとんどで、それについての話を、わずかであっても交わすようになった。 ここ数十年では起こったことのない、もしかしたら百年に一度きりの出来事かもしれなく、なぜ今、それが、この町に起こり得るか理由が見当たらないまま、着々と進行し、町から見て、川を挟んだ対岸の山の裾野にある流通ラインのすぐ側に新しい工場が出来た。 町からは随分と距離のある人家のない所で、歩いて通勤するものはいないと予測できたが、幸運にも、ほぼ全ての世帯に免許所有者が居り、世帯数以上の車の台数があるので、それを見越した調査の行き届いた今回の出来事なのかも知れなく、何か大きな国策レベルの事情の出来事なのではないかと感じ、本来、無縁なものに巻き込まれたのでなかろうかと思える町と町民、それに私の家族のいつもと変わらぬ表情の無頓着さに、不幸な被害者と見てしまう。 3つ下の弟は新しい工場へ就き、母は新しい工場へ納品する簡単な部品作りをし始め、やがて近所の主婦も集まった我が家は下請けの小さな部品工場となった。 そうして町民の中の何割かに達する人々が新たに出来た工場「魚沼ミサイル」と関わることになるが、私の精肉工場は、戦後から何十年と変わらず、ただただ、生き物を解体し、箱詰めしては流通ラインに乗せ、都会だか地方の何処かへと送り続けた。 この町の人口のように、世界の食料供給が安定していたのは、何処か外国の町で成された合意の結果であり、それ以来、この工場もずっと同じ調子らしい。
2010.07.26
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いつも以上のドロっとした感覚に濃度を感じ、これは液体ではなく固体だと思った。原始の生命は劣悪な環境でも繁栄し、生命の断片にいたっては、更にその先の、ありとあらゆる隙間にもぐりみ、そこで結合した。環境の訴えはこうだ。我々は常に攻撃され、奪われる。防衛反応は何れにせよ、常に後手後手で、気づけば、領地を失う。私はすでに侵略されていたらしく、自分を維持するには共棲するしかなかった。固体へと成長したものは、もういいよと言い開放を求め、今流れ出たのでは、無意味だと、じっと我慢をして過ごす。そんな気分に付き合った挙句、ひょっとしたタイミングで飛び出すが、外気の無頓着に、寒いと訴え、不満をじたばたしてみせた。君の生は望まれていないよと言うと、では殺してくれと、やはりじたばたする。次の待っている生命がいたから、そろそろだねと区切ろうとすると、まだ一緒に居れるよと、世界は少しづつでも確実に変わっていくことを見せてくれた。ドロっとした先の個体が、何食わぬ顔で挨拶してきて、僕は救われるけど、君を救いはしないよって早速、ジャブをかました。
2010.07.13
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顕微鏡を覗き込みながら、つい呟いた。「とても薄く、それでいて、とても強力な生命だ」 押入れから望遠鏡を取り出し眺めてみたら、縁のはっきりしない浅い世界が散り散りに広がっていて、透明感のある水彩の技法とも思えた。その隙間の先の奥行きを見ようと捜すが、やはり薄く透き通っていて、その向こうは白のような無地だった。 改めて、肉眼で見直してみると、ユニークなようだが、どこにでもある単調な生命に見え、眼を凝らせば凝らすだけ、ますます周囲に溶けていく。 見失わないよう特徴的な部位に明かりを当てて、再度、顕微鏡で覗いたら、その質感はプラスチックに見え、「この新しい生命は現代に作られた紛い物なのか?」と、顕微鏡を覗いたときの癖で呟やいてしまい、苦笑してみたが、対象のあやふやさに、素早く明確な特徴を捉えなければ他のものと区別が付かないままで、この発見は、ふいになると焦りを感じる。 望遠鏡で見た散り散りに広がるイメージを思い出し、ふと沸いたアイデアは、モザイク模様の特徴点を結び、形を作り出したのは自分の脳の仕業ではないかということだ。 その時、対象が私の記憶に無い、腹部を庇うような仕草を見せたので、周りから浮き上がり、はっきり見えた。 この薄っぺらな生命体に、ふくよかさを見つけ、そのふくよかさこそが命を蓄え、生き延び、今、此処に存在している唯一の証拠のように思え、そうすると、そういった仕草が人間として見え始めた。 そもそも、ふくよかな腹部に欲情するとは何なのか、と自分の凡人さを悟って、物質として普遍であるレンズを覗くことが躊躇われた。 我がレンズと光学センサーも電子制御機能の中を走る粒子も物質としての普遍性を持っていると言い聞かせ、レンズでレンズを覗くが、もはやそこはレンズとしか見えなかった。
2010.07.06
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