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川崎で野猫をかまっていたら、見知らぬあばあちゃんが近づいてきて まあ、猫ちゃん可愛いわねえ ねえ、おとうさんこの「おとうさん」はボクですでもこのおばあちゃんは、ボクの女房ではありませんつまり、おばあちゃんは二人称としてボクに「おとうさん」と話しかけたんですね若き日、尾道にて、ボクの道を塞ぐ子供に対して若いおかあさんが おじさんの邪魔になるでしょっあれ以来の衝撃ですボクに対する二人称は「おとうさん」ですまあ「社長」よりはいいかな(涙)先日、出張で大阪に行きまして大阪の中の大阪、道頓堀界隈ですボクは産が大阪で、特に珍しくもないのですが宗右衛門町を歩いているときにですね、どっかに似ているなあ、と思ったんですよその町は、博多の中洲です鏡面のステンレス、ギリシャかローマの大理石の彫刻風な造形物どちらも極めてデコラティブですどちらも、異性がお酒でおもてなしを提供する街なのだと思いますがんばって、綺麗な表現をしましたあ、大阪では北新地が似てるかもでも、東京銀座は違う気がします二つの街の景色として表現されているのは、おねえちゃんの太ももを触りながらゲハゲハ笑うような店であっても、あるいはホストがなんか…ホストクラブは行ったことがないのでよく分かりませんでもきっと、同じようなものだとして実態はそれであっても、建てつけは「紳士淑女の社交場」ということなんじゃないでしょうかでね、そんなこと、考えたときにね、新宿上に書いた意味でのデコラティブさはないです掲げられているのは、デコレーションでさえなく、ホステス・ホストの写真です この写真の美女美男がお相手しますよ即物的です紳士淑女の社交場という建前さえありませんで、偶然、最近、司馬遼太郎さんの「司馬遼太郎対談集・宗教と日本人」という本を読んだんですが、その中にリービ英雄さんとの対談があって、英雄さんの作品の中に出てくる自由の街、日本に来た外国人を許容する街として新宿があるんですねものすごく乱暴にいいますと、福岡中洲や大阪宗右衛門町は古い文化を残す街で、新宿はフロンティアにできた新しい街なんじゃないかと思いますそういえば新宿の元の名は内藤新宿(ないとうにいじゅく)で、繁華街としての歴史は浅かったように記憶しています新宿、村人のボクにはよく分からない街ですこわいついでながら、新宿に行ったのには目的がありましてねふとね、M42マウントという古いカメラレンズを使いたくなって、それを物色しに行ったんです参考にしたのは、NAVER [東京]お宝が見つかるかも?中古カメラが豊富な店http://matome.naver.jp/odai/2132704825441610501でこれを、地図にプロットしましたhttps://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&newwindow=1&safe=off&biw=1024&bih=507&q=naver%E3%80%80%E4%B8%AD%E5%8F%A4%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.r_qf.&bvm=bv.41524429,d.dGI&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wlM42マウントレンズ、はまり始めているのでしょうかレンズ沼っていうらしいですいかがですか、ご一緒に道草、押さえる獅子狛犬場所失念子供を押さえつけるタイプです子供付き獅子狛犬はバリエーションが多くて嬉しいです
2013.01.29
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HMV(英)がピンチらしいですね音楽が売れないのは、世界的な流れなんでしょうか19世紀末、蓄音機の黎明期ですね蓄音機には二つの方式がありましたそれはエジソンのフォノグラフとベルリナーのグラモフォンです方式の違いはフォノグラフ・記録媒体はドラム(円筒)型・記録は溝が深浅になっている縦波グラモフォン・記録媒体はディスク(円盤)型・記録は溝が左右に波を打つ横波勝者はもちろんベルリナーのグラモフォンですそれぞれのコンセプトと事情はフォノグラフ・高音質で記録・再生したい・高音質のためには針は等速、そのため媒体はドラム型・ドラム型だから、記録済み媒体の量産はできないグラモフォン・音楽を安価に提供したい・媒体はプレスで量産に適したディスク型・記録?できなくてもいいんじゃないという違いがあったのだと思いますエンジニア視点で作ったのがフォノグラフ、マーケット視点で作ったのがグラモフォンといえるかもネーミングにもそういうニュアンスを感じますフォノグラフ(phonograph)は「音」+「記録装置」、まさに蓄音機(録音機も可)ですよねあくまで、記録が主体ですグラモフォン(grammophon)、grammoはよく分からないですけど最後にphon、音を出す機械感がしますで、日本ビクターさんの商標、蓄音機(フォノグラフ)に耳を傾ける犬(名:ニッパー)じゃないですかこれには物語があって、ご主人が死んでその弟に引き取られたニッパーそしてその弟がある日みつけたレコードをかけてみたら、そこから聞こえるのは元主人の声ニッパー え!?ご主人?という優しくも切ないシーンなんですねでもほら、さっき書いたじゃないですかグラモフォン・記録?できなくてもいいんじゃないディスク型だと録音できないんですねだからニッパーが耳を傾けた蓄音機は、ドラム型のフォノグラフのはずなんですや、エジソンもディスク型の優位性を認めて縦波で記録するディスク型蓄音機があって、それが記録できたのかどうか分からないのでもしかしたら、という可能性もあるので断言はできないんですけどねで、ニッパーが蓄音機に耳を傾ける商標日本では日本ビクターさんのものなんですが、あちらではHMVさんのものなんだそうです ピコーン!HMV、は「His Master's Voice」の頭文字だそうですニッパーのご主人に対する想いは、こんなところにも息づいていますがんばれ、HMV(買わないけど)補足以前同じようなのを書いた記憶があるのですが、いつの記事だったか思い出せませんので、やや再掲ですそれと今回、うろ覚えと雑な裏取りで書いているので、間違っている部分があるかもしれませんや、それ以前に、他の記事もそんな精度で書いていないいですけどね道草、お地蔵さん(っぽい)in平和島手作りです目指したものはお地蔵さんですだと思いますボクは、お地蔵さんを見れば手を合わせますお稲荷さんなら手を打ちますこの物件、手を合わすべきかどうか、迷う物件です
2013.01.17
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2012年読んだ本の中から、特に印象に残ったもの読書メーターというサイトに登録してまして、計測好きのボクにはたまらないサイトですそこで去年読んだ本をまとめるというサービスがあるのでまとめましたこのページの左の下の方、「読書」というところです・のぼうの城、著者:和田 竜いつもイヤな奴として描かれる石田三成が、この作品ではいいです曲がったことが嫌いで、誰に対しても不遜で、秀吉に憧れ、武力と銭に頭を下げるヒトに絶望しかけていた三成が、百姓の代表のような「のぼう様」に負ける爽やかに負けるという物語ボクにとってのこの話の主人公は三成です・ナンシー関の記憶スケッチアカデミー、著者:ナンシー関一般の人にお題を与えて描いてもらった絵に、女史が突っ込むというスタイルです抱腹絶倒です電車では読めないくらい可笑しいです・時代劇を考証する―大江戸人間模様、著者:稲垣 史生自称「時代考証屋」の方の本自称・時代考証屋というのは、学者じゃないよという謙遜だと思います元禄赤穂の松の廊下における吉良と浅野の服装の違い、吉良は狩衣で浅野は大紋直垂だったはずだから・・・という考察とか史伝とは違う当時の常識を基にした考察が面白いですこの方の著作は、しばらく追いたいです・もたない男の感想、著者:中崎 タツヤ指南本ではなく持てない生き方、その告白なんでも捨てちゃう捨てた方が快適ですよとか、不用品に家賃を払うんですがとかではなく、ただ捨てちゃう本当に要るもの意外は捨てちゃう、要るものも捨てちゃうあこがれますぼそぼそとした語り口もいいです・霧のなかのゴリラ―マウンテンゴリラとの13年、著者:ダイアン フォッシー・ゴリラとヒトの間、著者:山極 寿一これは2冊セットでダイアン女史はゴリラのフィールド観察の嚆矢で、山極氏はいわば後輩女史はゴリラの密猟者を憎悪し、妨害する、密猟者が捕まることを喜ぶそして、女史はその家で射殺されてしまう前者では当然そのことは語られない、死んでしまってますからね後者の最後にそれは語られます山極氏は暗にいいますゴリラは守らなくてはいけないでも、元々ゴリラを狩って生活をしていた人も守らなければいけないこれは明示されてはいませんが、ゴリラ狩猟者を密猟者にしたのは他ならぬ女史たちです生態系の保護はもちろん大事ですが、そこに住む人の生活を守ることも大事なのだと気づかされます・貧困旅行記、著者:つげ 義春「久しぶりに滅入って「ああ…」と溜息でもついてみようと思ったのに・・・」ガロ系の漫画家による紀行文、主に鉱泉(冷泉)の探訪記侘び寂びを行き過ぎて、侘しさの探求・嗜好ですボクの好みでいえば、しょっぱい遊園地が好きなんですねほら、百貨店の屋上とか、動物園の一部とかにある小さくて古い遊園地あれね、いいと思いませんかそういう共感です・狩蜂生態図鑑―ハンティング行動を写真で解くの感想、著者:田仲 義弘動きの速ハチは写真撮影が難しいのに、これでもかとカリバチの写真が掲載されている、すごい本文中の「万に一つのチャンスでも、20,000回くらい通えば1度くらい見ることができる。」という言葉がその根気を表してます著者だけでなく、この本を企画した人にも拍手を送りたいですよく撮ったなあ、よく出したなあ道草、生しらす取れませんでした。in葉山この日、夏でしたボクは生シラスが大好きです夏、葉山(鎌倉も可)、といえば生シラス丼じゃないですか ♪なーまし なーまし なましらすー(付けまつげの節で)と歌いながら、や、頭の中でね、声に出してたらアレな人だと思われますからね生シラスを求めて歩いてて、この店を発見ひゃほー、と思ったのもつかの間この表示です 本日、 生しらす取れません でした。お店の方、親切です店に入ってから、生シラスないの?、じゃいいですって店を出ればいいようなもんですが、お互い無駄で気まずいですから、店に入る前にそれが分かるのは親切です「あんみつ500円」という看板を出しながら、店に入ると「床では1000円です」という貴船の茶店の方々に見習って欲しいですそりゃ嘘でも詐欺でもないですけど、誤読を誘導する意図があるとしか思えない、店に入れればこっちのものとでも思っているのでしょうかぼったくりバーと精神の低さにおいて同じです商売の基本は、誠実であることを悟られたいです不快で、「生しらす取れませんでした」なんですが、釜揚げシラスは泳いでいません泳いでいるのは全て生シラスです「生しらす 入りませんでした」がよかったんじゃないでしょうかまた、訪れたいと思いますそのときは是非
2013.01.10
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まず国民数が増減しない平衡モデル(※2)を考えます00代 2010代 1620代 1630代 1440代 1450代 1260代 1270代 880代 4国民の数は116人です極めててきとーに決めていますが、死亡率は0歳児に高く、その後低い確率で推移し、60歳を超えたあたりから高まると思いますので、こんなものじゃにでしょうか国民のうち未成年率は36/116=31%ですそこでこれより前の時代の国民数が半分の平衡モデル(※0)を考えます00代 1010代 820代 830代 740代 750代 660代 670代 480代 2国民数は58人で、未成年率は18/58=31%ですでは※0から※2へと移行する途中にあるモデル(※1.1→※1.2)を考えます※1.1、00代と10代が大きい時代です00代 1210代 1020代 830代 740代 750代 660代 670代 480代 2国民数は62人、未成年率は22/74=35%です※1.2、30代まで大きくなった時代です(連続して増えるのはややこしいので、やめてます)00代 1210代 1020代 1030代 940代 750代 660代 670代 480代 2国民数は66人、未成年率は22/66=33%です※1.3、この調子で80代まで大きくなります00代 1210代 1020代 1030代 940代 950代 860代 870代 580代 3国民数は74人、未成年率は22/74=30%ですね?や、何が「ね?」かというと、人口が増えていく過程にある国に対して、その数が安定している国は子供率が低いんですね今書いたモデルでも、35%→33%→30%になりました日本の人口は、太平洋戦争後増え続けていたと思いますそして今は安定期です子供率が低いのは、当然なんです少子化問題というのは、少子化が問題なのではなく、少子化によって生じる問題だと思います以前も書きましたが、日本の適正人口というか限界人口は5~6千万人だと思います根拠は、食料自給率は1億3千万人に対してカロリーベースで40%、自給食料だけでやっていこうとすると5.2千万人江戸時代末期の人口数が3千万、技術向上によりざっくり倍を養えるとして6千万、ですそれが今じゃ、1億3千万人じゃないですかこれを可能にしているのは、技術力と良質な労働力だと思います最近ほら聞くに、グローバルスタンダードといいながら、従業員に経営者として考えよなんて企業があるじゃないですかグローバルスタンダードはそうじゃないと思います従業員はいわれたように作業し定時で帰り、その成果がどうであろうと会社がどうなろうと知ったことではないのがグローバルスタンダードだと思います経営者ではなくでも、いい仕事がしたいというのは、グローバルスタンダードにはない日本人の持つ美質というか資源だと思います大事ですで少子化問題これは今までの体制では、1億3千万人の国民を食わしていけなくなるんじゃないかという問題です仮にね、日本の人口が2億になったとしましょうそれを食わせていくには、稼ぎを150%にするか、生活費を2/3に切り詰めるか、どっちかです150%、無理でしょ?2/3、いやでしょ?だったら国民の数を増やすのは難しく、少子化は必然ですそして少子化によって生じる問題は、子供手当て出せば子供は増えるんじゃね?なんていう政策は、生活費が苦しいから3食インスタント食品で体を壊す行為にも似てましてやエコなんとか減税なんて、カンフル剤で、ごまかしですよそれは一時的に元気になった気がするだけで、もう日本の経済状況はカンフル剤でごまかせる時期を過ぎていますしかも減税というのは、裏返せば税金の投入と同じです少子化問題の解決策は、日本が1億3千万の国民を養える国になることそれが少子化を迎える日本に必要なことだと思いますそのための経済政策こそが必要なんですね?や、そのために何をすればいいのかは、分かりませんそこんとこ、よろしく道草、うちわとキンカン(客用)in逗子逗子市郷土資料館ですこの博物館、どなたかの家だったそうで、エアコンがありませんこの日は夏だったので、窓開け放しですうちわ(客用)が備えられています蚊、入り放題ですキンカン(客用)も備えられていますなかなか、キンカンを備えている博物館はないです快適です(汗だくで)
2013.01.01
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