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隠居人はせじぃさん
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真に 「九州の小京都」と言うに相応しい」光景が目の前に。

豫章館(よしょうかん)の門を中から振り返る。

藩主伊東家の屋敷と庭園。 明治2年に造られた藩主伊東家の住まいで、広い屋敷地に
主屋や御数寄屋・雑舎・蔵を配し、入口には薬医門を構えていた。

南面一帯は武学流の流派の作庭といわれる庭園で、広い空間に庭石や石灯篭、
庭木などが巧みに配置され、閑静な佇まいの枯山水式庭園。

裏庭から奥への道の紅葉も見事であった。

離れの建物であろうか?

竹林の緑も日を浴びて美しく輝いていた。

銀杏は葉を落とし黄色の絨毯に。

再び大手門へ通じる道を下る。
桜の幹が道路に飛び出しているので木塀に隙間を造る思いやりがすばらしい。

旧山本猪平家。
明治の商人屋敷を今に伝える飫肥の豪商であった山本猪平が明治40年(1907)頃に
建築した商家の本宅で、ほぼ建築当初のまま残されていた。
飫肥の商人屋敷を現代に伝える遺構として貴重なものであると。

小村壽太郎生誕の碑。
本町通り(国道222号)から飫肥城への案内板を入ってすぐ。
小村壽太郎の生家があった場所で、生家は大手門から東に続く武家屋敷通りに
現在は移築されていた。

本町通り(国道222号)は電柱が撤去され、見事に整理された旧街道に。
この美観工事は住民は大賛成であったろうが、唯一の反対派は『犬』たちで
あろうか??

商家資料館。
飫肥商人の暮らしに触れる飫肥城下の商人町の代表的な建物である妹尾金物店を
移築復元して本町の商家資料館としたとのこと。

建物は明治3年(1870)に当時の山林地主の山本五兵衛が建てたもので、
木造一部二階建ての白漆喰壁の土蔵造りで、樹齢200年以上の飫肥杉を使った豪壮な
建物。中に入ると、江戸~明治時代の店内が再現されており、和服をを着た人形や、
昔使用していた小物などが映画のセットのように展示されていた。

駐車場横の四半的射場(しはんまと)
飫肥藩に伝わる半弓で、射場から的まで四間半、弓矢ともに四尺五寸、的が四寸五分で、
すべて四半であることから四半的と呼ぶとのこと。四半的射場では、10射300円で
体験できるとのことでこの日も観光客が挑戦していた。

そして宮崎空港へ向かい海岸線を走る。
この地にも『富士(ふじ)』と言う地名があるのかと思ったが、よく見ると『富土(ふど)』。

そして宮崎空港に予定時間に到着。

江戸東京博物館へ(その10) 2026.05.27
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