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ウラジーミルにある黄金の門を訪ねる。
ウラジーミルはロシアの古都の一つで、ウラジーミル・スーズダリ大公国の首都として栄えた。
いわゆる「黄金の環」を構成する都市の一つ。
1108年頃にキエフ大公ウラジーミル・モノマフにより要塞として建設されたといわれる。
この要塞は、ロストフ・スーズダリ公国の南東を守るもの。
13世紀には北東ロシアの中心になったが、その後のモスクワの興隆と共に
地方都市的存在になってゆき現在に至っている。
1992年、ウラジーミル市の聖堂群は、先ほど訪ねたスーズダリ市に残る聖堂群とともに、
「ウラジーミルとスーズダリの白亜の建造物群」として、ユネスコの世界遺産に登録されたのです。
「黄金の門」は、ウラジーミルの正門。「黄金の門」はユーリー・ドルゴルーキーの子、
アンドレイ・ボゴリュプスキー公によって1158年から1164年にかけて建設されたと。
門の上にはリゾパラジェーニエ礼拝堂が。ただ、現在はこの門の中を車は通れなかった。
門の内部には歴史資料が展示されているとのこと。車は門の両側を通過。
黄金の門のすぐ外側にそびえる聖トロイツァ教会。
ロシア正教会の中でも古儀式派と呼ばれるグループによって建てられたものであると。

黄金の門の横の城壁の名残の土塁に昇る。
当時は両脇が城壁が続いていたと。10m程横に当時の城壁の一部が丘の様に
土塁の形で残っていました。

ウスペンスキー大聖堂に向かう。
大聖堂前の聖堂広場には、3面の銅像が建つ塔があり、それぞれ、違う像が飾られていた。
ウラジーミル2世、フセヴォロド3世あたりであろうか。

ウスペンスキー大聖堂。
ウスペンスキー大聖堂は生神女就寝大聖堂(しょうしんじょしゅうしんだいせいどう)とも
呼ばれ13世紀・14世紀の中世ロシアにおける母なる教会として位置付けられる聖堂の一つ。
この聖堂は世界遺産「ウラジーミルとスーズダリの白亜の建造物群」の一部。

ウスペンスキー大聖堂の主塔を見上げると何故か人の顔に見えたので望遠で。

大聖堂と連なる丘の南西には展望台とウラジーミル公の銅像。

こちらも世界遺産に登録されているドミトリエフスキー聖堂。
ウスペンスキー聖堂は5つのドームだが、ドミトリエフスキー聖堂は一つのドーム。

外壁の見事な浮き彫り。
フセヴォロド大巣公の守護聖人、テッサロニカのデメトリウスに捧げられたものだという。
白壁にある聖人のレリーフが印象的。

浮き彫りの中でももっとも大きく目立つのは、旧約聖書に搭乗するダビデ王。

シベリア鉄道と貨物列車の姿が。

シベリア鉄道ウラジーミル駅越しの展望。見渡す限り大平原が広がっていた。。

ウスペンスキー大聖堂を裏側から見た姿 。

バスに戻る途中のクリトゥリ・イ・オッデハ公園の噴水とハートマーク。

ホテルに戻るにはやや時間が早いと言うことで、ツアー仲間の女性陣のリクエストに
応えて、大型スーパーマーケット「Globus」に立ち寄ることに。

巨大なアルコール売り場。

「 BOДKA 」 の文字が。もちろん「ウォッカ」売り場。

果物も極めて豊富。

キュウリは日本のものよりメタボで寸足らず。
段ボール箱が陳列棚。

アメリカンチェリーも大量に。そしてスイカも。

肉も大量に陳列されていた。

ドライフルーツも山のように。

そしてサッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会の公式球「ブラズーカ」も。

ホテルへ戻る途中にスーズダリの世界遺産群を一望できるビューポイントでバスを
駐めてくれた。





そして夕食のレストランへ。入り口には伊藤 若冲の絵画の如き色づけの
鳥の置物が。

野菜サラダ。

スープ。

ペリメニ(水餃子)

ジャムのパイ。
