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Gママさん
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隠居人はせじぃさんComments
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最初の機内食を完食した後は、市販の睡眠改善薬・ドリエルを1錠飲む。
これは私の海外旅行の帰路での常套手段。
時差ぼけを防ぐため、帰路は日本時間に合わせて睡眠を取るのである。
よって爆睡、目が覚めると既にハバロフスク上空近くまで。
そして朝食。

成田空港まで1kmの表示。

そして成田空港に到着。

雨の成田空港。

出国手続きへ。

漢字を見るのは久しぶり。

出国手続きを全て終え、トランクを受け取り、お世話になった添乗員、旅友に
挨拶。
そしてSさんの車で佐倉城へ。
これは旅行出発前にSさんとの合意事項。成田空港に近い佐倉城は
旅友のSさんの未征服の日本百名城スタンプラリーの一つなのである。
40分ほどで佐倉城管理事務所に到着。ここでスタンプをGET。

そして佐倉城址公園姥ヶ池に向かう。アカミミガメが歓迎してくれた。
心なごませてくれたが、アカミミガメは環境省の要注意外来生物リストに記載されて
いる生物では。

池には白の睡蓮が咲き乱れていた。

日本に帰国したことを実感。

純白の蓮の花。

佐倉城址公園内にある菖蒲田には、紫・黄・白など色とりどりの花菖蒲約9,000株が美しく
咲き誇っていました。












1時間ほどの菖蒲観賞散策を終え再び車で帰路へ。
雨は降り続いていたのでした。

そしてSさんに自宅まで送っていただいたのです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
サンクトペテルブルクはかってロシア帝国の首都であった街。
第一次世界大戦開戦以降はペトログラード、ソビエト連邦時代はレニングラード
と呼ばれた街。
サンクトペテルブルクは、ピョートル大帝による建都以来ロシア最大の文化都市として
発展してきたのです。
人口が100万を超える都市としては世界で最も北に位置するこの街は、予想外に
暑く30℃を超える日々が続いたが、白夜に近い中、深夜まで暑さにも負けずに
かけずり回ったのでした。
ネヴァ川沿いに建つ国立エルミタージュ美術館は、女帝エカテリーナ二世が、
自ら買い集めた絵画コレクションを宮殿内ギャラリーに展示したことを発端に、
今日では所蔵作品300万点を超える世界最大級の規模を誇る美術館。
パリのルーブル美術館と比べると、圧倒的な所蔵作品の多さを想像することが
できたのです。
また、エルミタージュ美術館の建物そのものも第一級の芸術品。
その美しい建物の外観や内装は、心をとらえ、館内に展示されている作品と共に、
深い感動を与えてくれたのです。
サンクトペテルブルク市街はネヴァ川河口デルタの島々と両岸に広がる運河網が発達し、
以前旅したオランダのアムステルダムを想い出したのです。
ネヴァ川が凍結するという冬季にこの街も訪れてみたいとも思ったのであった。
街には商品が溢れ、スーパーの食料品売り場には日本以上の品種が。
そしてウオッカ売り場の広さは圧巻。
黄金の環とは、モスクワの北と東に位置する旧都市一帯をさす名称。
黄金の環はロシアにあって一番ロシアらしいところ。
かつて中世の時代に公国の興亡が繰り広げられ、今もそのころの街並みを色濃く
残していたのです。モスクワから比較的近い場所に位置しているため、多くの
観光客が訪れていたのです。
そして日の出と共にスタートした早朝散歩で、大都市の喧騒からかけ離れた、
穏やかなロシアの田舎の生活に触れることができたのでした。
スズダリとウラジーミル、セルギエフ・ポサードを2日間で巡る忙しい旅。
昔からスズダリは僧院で有名。その一つであるスパソ・エッフィミエフ僧院は堂々たる
自然風景を古い建築物との一体化していたのです。そして鐘の音も。
クレムリンは10世紀からあるスズダリの初期の中心部であり、ユネスコの世界遺産に
登録されているリザパラジェンスキー修道院で出会った老女の修道士は印象的。
ウラジーミルにあるユニークなロシア建築物やフレスコ画、そして有名なウスペンスキー、
ドミトリエフスキー大聖堂、金の門に施されている無二の白い石でできた彫刻模様を見て
感動したのです。
そしてモスクワの大渋滞は半端ではなかったのです。
この大渋滞の列にさらに横から自動車が突っ込んで合流するので一部ではむちゃくちゃに。
いたる場所で接触事故が発生しており、これが更なる大渋滞を。
ちなみにモスクワの人口は1040万人ほどで人口密度は世界でもトップレベル。
昼間の人口は1400万人にも達し、その渋滞レベルは世界一と現地ガイドが。
渋滞する主な原因の一つは、立体交差橋が少ないこと、そして6車線道路が突然3車線に。
旅行前は、モスクワといえば、『通りは殺風景で汚く、通行人は無愛想、治安の悪い町』と
感じていてやや不安を。しかし百聞は一見にしかず、自分の目で見てみると
この不安は全くの杞憂であったのです。
しかしながら『通行人は無愛想』はややあたっていたのです。早朝散歩で
『おはようございます→Доброе утро』と声をかけても多くの人が無愛想に。
私のロシア語が伝わらなかったのでしょうか、いや文化の違い!!
モスクワは世界でも最も大きな変貌を遂げ、今なお世界で一番変化の速い都市
そしてロシアの国 を体感したのでした。
特にこの10年ほどの経済発展は目覚ましく、日本よりも若干人口が多いだけなのに、
ロシア国内の携帯電話の契約台数はとっくに日本を抜いて世界第3位(1億台以上)、
また外国ブランド乗用車の販売台数は200万台を超えたとガイドから。
赤の広場は、クレムリンの赤い城壁、赤煉瓦造りの国立歴史博物館、グム百貨店、
色彩豊かなネギ坊主屋根の聖ワシリー聖堂に囲まれていたのです。
かってテレビでよく見たソ連時代の革命記念式典などでお馴染みの広場で、
その広さはなんと73,000m2にも及ぶと。
ソ連時代の名残と社会主義時代の雰囲気も所々で感じることも出来たのです。
華美ではないが大国であった痕跡を、スターリン・クラシック様式の巨大ビル
をはじめ、いくつも発見出来たのです。
新しい時代に向かっている勢いを感じられたロシアそしてモスクワを
体感できた今回の旅行だったのです。
そして来年は『モロッコ』へと旅友のSさんと。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
1ヶ月に渡る備忘録としての旅行記はこれで
・・・・・・・・・『完』・・・・・・・・。
そして明日からは再び
『つれづれなるままに、日くらし、パソコンにむかひて、心に移りゆくよしなし事を、
そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ』
で、日々の出来事を書き綴って行きたいと思っているのです。