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隠居人はせじぃさんComments
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阿弥陀堂跡。
阿弥陀堂の開創は、慶長年間(1596~1615?)か。
ここに今は廃屋となった民家が一軒。この前の道が、藤沢道。

陸軍歩兵伍長 落合元吉之墓と刻まれていた。

敷地の一角にあるこのお堂が阿弥陀堂?。中の石仏が阿弥陀如来?

首のない石仏がうち捨てられた如くに。

弘法大使石仏?

十一面立像?。

田畑神社。別名社宮神とも。
土地の人は「デンバクさま」とも呼んでいます。農業・土地の係わり合いがある神社とのこと。
この辺りは旧街道(鎌倉街道・藤沢道など)地帯で古道に沿って幾つかの神社・神が宿って
いるところなのです。
ご祭神は大比瑠女神(おおふるめのかみ)。

八松稲荷神社(やまつのいなりじんじゃ)。
この地は、昔は海岸砂丘で松林があり八松ヶ原(八松原)とありその名を残す
貴重な神社だと。総鎮守の辻堂諏訪神社の末社でもあり正一位稲荷。
ご祭神は宇賀魂命 ( うかのみたまのみこと ) 。![稲荷神社(神奈川県辻堂駅)の投稿(1回目)。辻堂元町には小さなお宮さんがたくさんあります。そ…[ホトカミ]](https://post.hotokami.jp/20200521-014547_sOvDqNRZMm.jpg)
クロマツの林の砂丘は天王山と呼ばれている。
鳥居を潜り丘に登っていく。

正面に辻堂天王社。

天王山は、宝珠寺の傘下にありましたが、明治六年(一八七三年)神仏分離政策によって
分かれました。昭和初期まで神輿が奉られ、毎年七月ニ十五日に町中をねり歩きました。
神輿は現在、諏訪神社に奉られています。
祭神 御嶽山権現(オンタケヤマゴンゲン)
長崎大明神(ナガサキダイミョウジン)
大日大聖不動明王(タイニチタイショウフドウミョウオウ)
平成ニ十六年ニ月
【問合先 辻堂市民センター】」。
中央の石碑は
「八海山提(大)頭羅神王」、「御嶽山座王大権現」、「三笠山刀利天王」
そして右の石碑は「笠守霊神」
左の石碑は「御山開闢普寛行者」
と刻まれていた。


宝珠寺(ほうしゅじ)
高野山真言宗の寺院。山号は八王山。別名は北の寺。
正しくは八松山明王院宝珠寺。創建は文治年間(1185~90)と伝えられる。

左手には六地蔵。

山門には「八松山」と書かれた扁額が。

高野山真言宗 寶珠寺 の文字が。
そして『開眼』 と。

風火水地と刻まれた五輪塔。
上から空輪=宝珠形、風輪=半月形、火輪=三角形(または笠形、屋根形)、
水輪=円形、地輪=方形。
古代インドにおいて宇宙の構成要素・元素と考えられた 五大(空・風・火・水・地)を象徴。
仏教のいう五大要素でもある。それぞれの部位に
「空(キャ)、風(カ)、火(ラ)、水(バ)、地(ア)」の漢字が刻まれていた。

鐘楼。

本堂。
ご本尊は不動明王立像。
像高96.0センチメートル、総高144.8センチメートル、平安後期作とのこと。

重要文化財指定の文字庚申塔は寛文6年の建立

隣は立派な笠塔婆の付いた青面金剛庚申塔で、元禄13年の建立です。

右手も笠塔婆型の青面金剛庚申塔で三面に猿が配置されています。
中央も笠塔婆型。
青面金剛庚申塔で三面に猿が配置されています。

歴史を感じさせる石仏がその横に安置されていた。

大きな常香炉越しに本堂を。

本堂の『寶珠寺』 の扁額。

弘法大師像と四国八十八か所の寺の石柱が。

「同行二人(どうぎょうににん)」 と刻まれた石碑が3本。
四国巡礼の遍路などがその被る笠に書きつける語。弘法大師と常にともにあるという意。
この日の私は『同行似仁(どうぎょうににん)』。

辻堂鳶職組合の碑。

聖徳太子堂。

英霊供養塔。

不動明王座像。

そして踏切を渡り左手に辻堂駅に向かって歩く。

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