JINさんの陽蜂農遠日記

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2021.12.13
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カテゴリ: 藤沢歴史散歩
昨日、12月12日(日)の午後に、我が市内にあり、自宅から車で20分弱の場所にある

この寺に行くのは今回で7度目くらいでしょうか?
この門柱に書かれている文字は、我が高校時代の友人Sさんから昨年に教えて頂きました。
「雨花知佛境 流水識禅心」ではないかと。



天嶽院の歴史は真言宗の古寺「不動院」から始まる。 源頼朝公が治承四年(1180年)、
伊豆に兵を挙げ鎌倉を目指す途中立ち寄り、 不動明王様に大願成就の祈願をされたとの
伝説がある。
明応四年(1495年)、北条早雲公によって伽藍の一寺が創建され、「不動院」を改め曹洞宗の

天正四年(1576年)四世住職の代に伽藍は焼失するが、玉縄城主北条綱成・氏繁公父子によって
伽藍が復興された。 更に紀伊大納言徳川光貞卿の信仰篤く、六世住職の代に七堂伽藍が
完成された。この姿が「相中留恩記略」巻之十八に記載されている。
なお天正十九年(1591年)十一月、家康公から三十石の朱印地を賜った事実がある。
安政二年(1855年)二月二十六日、二十二世住職の代に再び火災にあい、大伽藍はことごとく
焼失した。焼失を免れ現存する総門(山門)は江戸中期に水戸光圀公が建立したと伝えられる。
昭和五十一年(1976年)春伽藍復興に着手、二十年余を経て平成十年(1998年)七堂伽藍を
室町時代の様式に統一して復興した。
パンフレットより。



「功徳山早雲禅師 天嶽院」。
パンフレットより。
藤沢市渡内1丁目1−1。







この日の「掲示板」。



「夢と理想の光をうけて虹の大橋心に架かる」と。



正面に藁葺屋根の「山門」とその前の「寺号標石」と「仁王像」。
江戸末期の安政二年(1855)、再び火災に遭って七堂伽藍が灰燼に帰したが、水戸光圀の寄進と
伝わるこの総門(現山門)だけが焼失を逃れたのだと。







「仁王像(阿像)」をズームで。



「仁王像(吽像)」をズームで。



「山門」前にあった「仁王尊像」碑。



そして「山門」前からの今年の参道の紅葉。



昨年に比べて、やや茶色が濃いか?それとも紅葉の進み具合によるものか。



「山門」下から。



「千寿梅」と刻まれた石碑。
徳川家康公手植えと伝えられる千寿の梅、天正十八年(1590年)小田原城落城後、玉縄城周辺を
巡見、立ち寄られたという。
梅の木が手前にあったのだろうか?



「山門」の先、右手の紅葉を見上げて。



参道を進む。



一時(ひととき)の京都気分、人の数も少なく。



苔に落ちた紅葉。



そして階段を上がると右手にあったのが「不動殿」。



「山門」を振り返る。



ズームして。



「不動殿」横の道沿いに建っていた祠。



三体の石仏が祠の中に。マスクの姿ではなかった。



「参道」の脇の道を戻る。



色のアンジュレーションを楽しむ。



「山門」が後ろに。



椿も花を落として。



再び参道まで戻り石舟の上にある「不動尊」を。



優しい穏やかなお顔の「不動尊」。



「昭和平成伽藍恢興之碑」。昨年もあっただろうか。
最上部に三つ鱗(北条鱗)が。



「相生松」。



道元禅師御道詠碑
「峰の色 渓のひびきも 皆ながら 吾が釋迦牟尼の 声と姿と」
峯の色も、谷川を流れる水の音もみなことごとく、天地自然の道理の体現であり、 自己本来の
面目であり、わが釈迦牟尼の声であり、姿であると。



「中雀門」に向かって切石敷の参道を進んで行く。



参道左側のこの石は?異形の石燈籠であろうか?



「浄聖殿」。



「功徳山早雲禅師天嶽院」碑。
北条早雲公(戒名 早雲寺殿天嶽宗瑞大居士)が山号を「功徳」、寺号を「早雲」、
法堂号(本堂)を「天嶽」と命名。



左手にあったのが「庫裡」。



入口にあった「おそうじ小僧」。
「掃けば散り 払えばまたも塵積る 人の心も庭の落ち葉も」と刻まれた石碑が後ろに。



「庫裡」の玄関。



この日は「坐禅会」が行わるようであった。
参加費は無料と。次の機会に私も・・・。



大きなカエルの置物も。



玄関には「夢」と書かれた屏風が。



そして「中雀門」。



扁額は「 湘中早雲禅寺 」。



左右に白壁の築地塀のような回廊を設けた「中雀門」から「法堂」を見る。



「中雀門」の真ん中に「常香炉」が置かれていた。
香炉に乗っている鞠(まり)を踏む唐獅子と、左右の取っ手部に取り付けられた
阿吽形の龍が一対。



近づいて。
「常香炉」には北条氏の家紋「三つ鱗」が。



「中雀門」前から「山門」前の紅葉を 振り返る。



「不動堂」に向かって進む。



再び「浄聖殿」。



「不動殿」。



「山門」には多くの人の姿が。




                  ・・・​​ つづく ​・・・





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Last updated  2024.08.28 07:27:45
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