JINさんの陽蜂農遠日記

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オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

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2026.04.27
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カテゴリ: JINさんの農園
「相撲博物館」の見学を終え、外に出て再び「 櫓太鼓 」を見上げる。
高さ約16m(ビル4階相当)の鉄骨製の櫓 の上で、呼び出しが太鼓を打つ伝統的な演出。
開場を告げる「寄せ太鼓」や、その日の相撲終了後に打たれる「跳ね太鼓(はねだいこ)」
有名で、相撲興行のシンボルとして親しまれている。

・櫓(やぐら)の概要: 国技館の北西の角に設置された、鉄骨製のやぐら。太鼓を打つ場所は
            約2.1m四方。第二次世界大戦後、櫓は本場所ごとにヒノキの丸太を組み、
            縄で結ぶようにしていたが、平成7年(1995年)5月1日、両国国技館の
                                   櫓はエレベーターの付いた鉄骨製 のものとなった

・役割: 江戸時代からの「公許興行(幕府の許可を得た興行)」の証であり、現在はその日の開催を
         伝える役割を持つ。

・太鼓の種類:
  ・寄せ太鼓: 開場と同時に打たれる。相撲が始まることを知らせる。
  ・跳ね太鼓: 結びの一番が終わった後に打たれる。その日の興行が無事に終了したことを
   伝える。
・演奏者: 相撲の呼び出し   と。



2025年5月23日(金)に高校時代の3年のクラス仲間4人で「​ 大相撲・五月場所 ​」👈️リンク の
13日目の観戦に両国国技館に行った時の「櫓太鼓」の写真。
・前場所優勝の大関大の里は、この場所が綱取りのかかる場所だった。
 ・その大の里は、 初日からの13連勝を果たし、13日目に幕内最高優勝を決めた。 13日目での
  優勝決定は2015年1月場所の白鵬以来のことである。大関の13日目優勝決定は、
  2012年1月場所の把瑠都以来、日本出身力士となると、1996年9月場所の貴乃花以来である。
 ・大の里は、2021年9月場所・2021年11月場所の照ノ富士以来となる連覇を達成した。
 ・ 大の里は場所後の5月28日に第75代横綱に昇進 した。初土俵から所要13場所での昇進は、
  横綱が番付上の地位として明文化された明治42年以降で最速。 



「両国国技館」正門



「両国国技館」の「 館内入口 メイン・エントランス 」。



扁額「 國技館 」。
誰の書なのであろうか?



敷地内にあった 2社の「稲荷神社」 を訪ねた。
力士たちの開運、出世そして、興行の成功祈願や勝利祈願に祀られたものだと言われています。
両社とも、国技館の移転のたびに遷座して来たのだ と。



左:豊國稲荷神社



扁額「 豊國稲荷神社 」。 



豊國稲荷神社 」。
名前から、豊臣秀吉を連想する人も多いが、ここは秀吉とは直接の関係はない。
この神社は、相撲茶屋や案内所など、興行を支える人たちが、商売繁盛と興行の成功を願って
祀ったもの。「国技館が、豊かに栄えるように」その願いが「豊国」という名に込められている。



春に神社を彩る代表的な花木「 ハナカイドウ(花海棠)



そしてこちらは 右:出世稲荷神社
こちらは、日本相撲協会が、力士たちの出世と開運を願って祀った神社。
番付が上がる、勝ち星を重ねる、怪我なく土俵に立ち続ける。
力士にとっての「出世」を、静かに見守る存在。



中央に 巨石を刳り抜いた手水鉢・御手洗



奉納者の地域、名前が刻まれていた。



まるで 双子のように、同じ石鳥居、狛狐、社殿が並んでいた



再び「​ 櫓太鼓 ​」👈️リンク頂部を見上げて。



「両国国技館」正面入口の右、櫓の横に「 御製記念碑 」が設置されていた。




昭和天皇の御製
ひさしくも みざりしすまひ ひとびとと 手をたたきつつ 見るがたのしさ 」.
昭和天皇が初めて蔵前に行幸した際に詠んだ 御製歌  と。




「昭和三十年五月、天皇陛下親しく蔵前国技館に行幸 はじめて国民と共に本場所を観覧
あらせられた。陛下は終戦時國民を想い、「五内為ニ裂ク」と仰せられた。
又日常国民の上に御心の安まる間とてもない。然るに御観覧中は椅子を進められ、拍手を
送られ大衆も之に和するという光景を現出したのであった。天皇が一般国民と一つになって
我國の國技たる相撲を御覧になった和やかな情景は戦前には見られないことであった。
陛下がかくもお喜びになったことが新聞・ラジオ・テレビジョンによって傳えられるや
國民全体はまた心の底から喜んだのである。
これは其時の御製であって翌年正月初めて發表せられたものである。
我國相撲道の發展興隆期して待つべく大日本相撲協會の光榮まことに大なりと言うべきである。
昭和三十一年九月十五日    大麻唯男 謹識」



昭和三十年五月場所の「天覧相撲」の写真をネットから。

昭和天皇(昭和30年)▷蔵前国技館で初めて大相撲を御観戦 | ジャパンアーカイブズ - Japan Archives

さざれ石 」。



国歌
君が代に詠まれているさざれ石
この石は学名を石灰質角礫岩と云う。石灰質の石が雨水に溶解し其石灰分をふくんだ水が
時には粘着力の強い乳状体となり、地下にて小石を集結して次第に大きくなる。やがてその石が
地上に出て国歌に詠まれているの如く、千代八千代 年をへてさざれ石が巌となりて苔のむすと
云う景観実に目出度い石である。
全国至る処石灰質の山に産する石であるが特にこの石は国家発祥の地と云われる
岐阜県揖斐郡春日村 の山中にあったもので其 集結 過程の状態はが此の石を一見してよく
知る
ことが出来る。
繁栄と団結、平和と長寿の象徴を讃歌しためでたい石であります。」 



「太鼓櫓」を真下から見上げて。 



先ほど訪ねた「相撲博物館」への入口。



ヤマザクラ 」であっただろうか?



移動して。



幹が根本から数多くに分岐して。



入口の警備員詰め所。



二階席入口への石段。



「両国国技館」を出て、「国技館通り」沿いの西側の遊歩道から「櫓太鼓」を再び見上げて。



「櫓太鼓」の手前に「 忠臣蔵 俵星玄蕃の道場跡 」案内板。  



そして引き返すと、「 両国駅広小路 」案内板があった。
JR両国駅西口イベント広場 、かつての両国広小路を蘇らせたように、 人々が集い賑わう場に
したいと命名した と。




「両国駅」西口 を見る。
国技館と江戸東京博物館が駅西口を出てですぐの場所にあり、ちゃんこ鍋で有名な店も
多い両国駅。改札は東西二箇所あるが、大きいのは歴史感じさせる駅舎が残る西側
(浅草橋寄り)の出口で、改札手前には横綱の全身を描いた大きな絵が飾られていた。
改札前はかなりのスペースもあり、外に出てすぐの場所右の角に「力相撲」の石像が
置かれていた。



旧安田庭園 」、「 両国船着場 」案内図。



近づいて。




                                  ・・・​ もどる ​・・・



                  ・・・​ つづく ​・・・








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Last updated  2026.04.27 17:02:16
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