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相変わらずいじめで自殺した報道がなされています・・。昔から長年に渡りずっと存在していたいじめが表面化されてきました。そしてワイドショー的ニュースはその原因をああでもないこうでもないと評論家たちがTVで話しています。視聴率や思想の問題など裏方でさまざまな意図が見え隠れしているとは思いますが、まったくお粗末なものだとは思います。中にはこんなにいじめられたら自殺するのは当たり前でもっともだという感覚で報道している番組でさえあります。この報道を子供達が見たときに、"ああ~私もやろう”と思ったらどうするというのでしょうか?もちろんいじめをする方が悪いに決まっているし、それを見て見ぬふりをしていた学校側や事件が発覚した後もその態度が附に落ちないこともあります。しかし、そう簡単に命を自ら落とそうとしてしまう・・、そういうことが一番問題なのではないでしょうか?そして、もちろんその原因は個人の問題だけでなく、さまざまな要因があるとということを追求しなければならないのではないでしょうか?しかしそういう報道は人権のタブーなのかなんなのか、一切していません。言葉の暴力の細かい内容を挙げ連ね、そればかりを取り上げる。それは確かに人を傷つけることだし言ってはいけないしやってはいけないことですが、そんなことでどうして実際に自殺などしてしまうのでしょうか?それははっきり言うなら逃げであると思います。絶対に後々後悔することであると確信します。一回死んでしまったら、もう取り返しが付かない・・。私がどうしてこのことに対し心に重く、引っかかるかというと、私自身が命を懸けてUCに入会したことと重なってしまうからです。私は自殺に追い込めれる気持ちはどんなに苦しく辛かっただろうかと痛いほど判ります・・。しかし、気持ちは十分確かにそうだ間違いないということがあってもその選択を間違えば、もう後は後悔先にたたずであります・・。私も自分の人生を捨てました・・・。一番人間が土台作りをしなければならばならない時をカルトと呼ばれている団体の中で過ごしました・・。その中で結婚までしてしまった私は今現在完全にリセットすることは困難だと自覚しています。なぜこの団体に入ってしまったのか・・、もちろんいろいろな人生問題に悩み、苦しんできたから、ある意味しかたがなかったのであろうと自分自身思いますが(これも認めたくなかったのですが、ようやく最近認められるようになりました)しかし、離教した今思うこと、できたら・・、できたら・・、関わりたくなかったし、こんなにもすべてを懸けて20年の歳月をそこで費やしたくはありませんでした。多少心の問題を抱えていたってこういうカルト的宗教団体に入らなくても、もっと違うところで昇華できたに違いないと思うから・・。解決方法・生きていく方法は他にいくらでもあったと思うから・・。やはり私の選択は痛手が大きく、リスクが多すぎました・・・。しかし、後悔先に立たずです。私は私としてこういう人生を歩んできたと来たということをしっかりと見つめ、自覚し、今後人生を歩んでいかなければなりません・・。私が今精一杯できることやっていかなければならないと思っています。そしてなんとかねじ伏せてでもプラスに転換していかなければと思っています・・。そうでなかったら私が私として浮かばれないからです。しかし自殺してしまったら、もう取り返しがつきません。ある意味生きることは苦しいことでもあります・・。それでも生きていかなければならないと思います。生を受けたものの使命というべきか・・。絶対自殺した人は今、後悔していると思います。言葉がきついかもしれませんが、それは単なる人に迷惑をかける犬死でもあるということを自覚していることでしょう。自殺してもなんの解決にもなりませんし、あなたはあなたに負けてしまったと言うことを認めることにもなってしまうと私は思います。それはとても苦しいことだと思います。特にいじめの問題は確かに深刻だとは思いますが、でもそれでも自殺は何もあなたにとって有利なことを残すことはないと思います。万が一私が死ぬことにより何か、強いメッセージが残せると思ったり、相手にそれが最大限の仕返しだという気持ちがすこしでもあるなら、それは間違っていることだと思います。お願いです!生きることを選んでください!闘ってください!悔しいではないですか・・。そんことであなたの尊い命・・、あなたというものを放棄するなんて・・。必ず他に選ぶ道があると思います・・・。そして人生生きていれば必ずいいことあります・・。私は本当に取り返しのつかない人生の選択を過去にしてきてしまいました・・。知らない方にとっては意味不明かもしれませんが、この世から自分をある意味抹殺して生きてきたのです。肉親さえも縁を切って・・。自ら死を選ぶこと・・。それは究極の取り返しの付かない選択だと思います。今日は本当はこういう重たい内容を書く予定はなかったのですが、今朝のTVを見ていて感じ、どうしても書きたくなってしまいました・・・。思いのままに書き綴ってみました。
2006.10.31
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人間は物質的な豊かさの中では本当の幸せを実感することはできないでしょう・・・。しかし、人類は常に物資的な豊かさを思い求めてきました・・・。それが私たちが幸せになれる手段だと信じて・・。不思議です。私はもちろん先進国の場合ですが、もうこれ以上物質的な豊かさや便利さはいらないと思います。以前にも電化製品のことを日記に書きましたが、特に電化製品などの商品に強くそれを感じます。次々に新しい商品を考え、世に出していきますが、これ以上便利にならなくていいです。もうおなかいっぱいで消化できません・・・。げっぷが出てきそうです。人間は多少不便なことがあってもいいのではないでしょうか?そのほうがかえって喜びが生まれると思います・・・。普段の生活も本当に便利になりました。私が生きている間だけでもそう思うのですから、物凄いスピードで進化してきたのでしょう。私が小さい時、お正月になると買いだめをしたことを覚えています。そう、暮れからお正月にかけてすべてのお店が閉まってしまうからお正月に必要な物を含め食料品などを買いだめしておくのです。見事にすべてのお店というお店が閉まりました。商店街はすべてシャッターが下ります。子供心ながらその買出しが嬉しくて、また年始年末が来るというわくわくする気持ち、本当にうきうきしたことを覚えています。今はいつでもどこでも大抵な物はなんでも買えます。あまりにも便利に、物が豊かになりすぎて、感動がなくなっているように思います。父がふと言いました・・。「昔はご飯の時間というだけで、本当に嬉しくて嬉しくて胸が躍った!なんにも豊かなおかずはなかったけれど、ただ食べれるというだけで喜びだった!もう、皆笑顔で口にほうばって一生懸命食べた。それだけで家族が嬉しかった」と。私も自分の子供の頃を思い出しました。近所に駄菓子屋さんがあったのだけど、50円以上のものがとても高価なもので高い戸棚のケースに入っていました。それはミルクキャラメルであったり、ガーナチョコレートでした。それはめったに食べれる物ではありませんでした。大抵は10円や20円を握り締め、横目でそれを見ながら駄菓子を買った記憶があります。しかし時々50円をもらえて高価なお菓子を買えたときの喜び・・・、今でも鮮明に覚えています。今は子供のおやつも溢れかえっています・・。おもちゃも凄いです!どこの家庭も物で溢れています!豊かに便利になることは確かによいことでもあるとは思いますが、私たちの心は返って虚しくなるような気がします。私達人間が本当の意味で喜び、感動することとはいったい何でしょうか?私自身、いろいろ矛盾を感じ葛藤しつつ、不快に感じながらもとにかく流されて生活していることは事実です。
2006.10.30
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最近、ニュースで自殺という文字がよく飛び込んできます。いじめでの生徒の自殺・介護疲れでの老人の自殺・電車脱線事故で婚約者を亡くした人の自殺・・・、今朝は新人教師の自殺について報道していました。心が締め付けられ、苦しくなる・・。生命・・。誰でもそれが尊いものであり、貴重なものであり大切なものであるとは知っています。なぜ、自らその命を絶つのか・・・。まさしく、命を懸けて何かのメッセージを残し、世間に知らしめようとする・・。そして命が多く犠牲になり、周囲はやっとその問題の持っている根深さ・重要さにようやく気付いていく・・。やっと問題を見つめ、それを改善していく方向に向かっていく。しかも何年もかけながら・・・。しかし・・・。そんなに命とは軽いものなのか?あまりにも切ない・・。私自身、正直のところ自分の命に対してあまり貴重に思っていなかったし、実際高校生の頃、自殺を何度も考え、遺書まで書き、机に忍び込ませ、実行しようと思ったがそれはできなかった・・。何度も自分で自分の首を絞めたが、自殺はできなかった・・。とても怖かった・・・。その一線を越えることはできなかった・・。きっと多く自分で自分を殺めるということは、その瞬間は正常な精神状態で出来るはずも無く、もう完全に頭では考えられず精神も肉体も疲れ切っている限界状況なのだと思う・・。その状態はまさしく、すべての思考が停止し、本能のみなのではないかと私は思う・・。そこで頭ではなく、一つの生命体として、”生きたい”という意欲・・。願望・渇望というか・・。人間としてではなく、強烈な生存意欲がそこにあるかどうか・・なのではないかと私は考えてしまいました・・・。いろいろな要因があるとは思いますが、何かその原因はわからないけれど、人は生きるか、死ぬかという命ぎりぎりまで追い詰められた時に、なんの理屈もあるわけでもないのに、それでも生きようとする強烈な力がある人と無い人とに別れることがあることを感じるときに、命あるものとしての生命力の不思議さをまざまざと感じるのです・・・。それは理屈ではない・・。生命力そのものとでもいいいましょうか・・。この本能的な生命力が昨今欠けているのではと感じます・・。生命の神秘・・。生きようとする強烈な肉体(細胞)の思い・・・。私は肉親の中にまざまざとその違いを感じたことがあります。私の母と近所に住んでいる母の姉(私の叔母にあたる)が10年ぐらい前にちょうど同じ時期に大腸がんになりました。叔母は極端にやせてきたので周囲が心配し医者に行くのを勧めても”私はいい”と断り続け、結局、病院へ行ったときには末期状態で手の施しようがなくなってしまい、あっという間に亡くなってしまったのです。そのときの状態は周囲の人に言わせると”生きようとする気力が不思議と初めから無かった”と言っていました。逆に私の母は"生きよう”とする凄まじい執念でした。それは何か本能的なものにも見えました・・。母が持っている生命力の強さ、生きることへの執着のようなものを感じました・・。母はありとあらゆる良いという病院があればすぐに足を運び、ドクターに言われたことを忠実に守り、手術はしましたが、無事他への転移も無く、元気に回復しました。私の叔母と母・・。まさしく命運を分けてしまいました。母もよくこの話をします。もう一つ、母の鬼のような(私にはそう感じた)"生きたい、良くなりたい”という強烈な執念を感じたことがあります。2年前に母は腰を怪我をして、入院生活をし、一時は全く寝たきり状態になり動けなくなっていました。しかし、母は強かったです!精神まで弱くなることはありませんでした。気迫十分でした。退院すると毎日毎日何かに取り付かれたようにリハビリを続け、寝たきり状態であったことが信じられないくらい、今では寒い時期になると多少痛みがうずくらしいですが、すっかり元気になりました。現在ダンスなどの趣味に明け暮れています。話は横道に逸れてしまいましたが、自らの命を絶つということ・・・。そのときはどんな状態だったのでしょうか?どんな思いだったのでしょうか?それしか選択がなかったのでしょうか?・・。そのように追い込まれる前に自らSOSはなんらかの形で取れなかったのでしょうか?ありとあらゆる生命が持っている生命力による生きることへの執念はそこにはなかったのか?どんなに苦しい思いで、また辛い思いで亡くなっていったかという事を考える時に、またそれ以上にご家族の人など周囲の人たちの悲痛な思いを考えるとあまりにも心が痛くて、こうしていろいろなことを頭の中でぐるぐる考えてしまいました・・・・。どんなことがあってもあなたには生きていて欲しかったと・・・。命は決して自ら絶ってはいけないと強く思う・・・。
2006.10.26
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私の一番の課題と言うべきか、長期に渡り重く圧し掛かっているものがあります。そして一番書きたいこと、書かねばならないことの一つでもあるものは”私の両親”についてです。私にとってとても重く、切ないほど苦しいことなので、なかなか書き出すことができません。いつか時間をたっぷりとって書き始めなければならないと思っています。今日はそろそろ書いていこうとは思っていましたが・・。もうこんな時間です。今日も無理でしょう・・。人間にとってどうしてこうも影響力を及ぼしてしまうのが親という存在なのでしょう・・。そしてそれは家系として永遠に繰り返され、連鎖していく・・。しかし決して選ぶことは許されない・・・。もしかして物の道理って一番根源的な物に対しては決して選ぶことができないようになっているのでしょうか。それを運命とか宿命とかっていうのでしょう・・。また課題に対しても、気付いた者が変えていくしかないのでしょうか。身もだえしながら・・・。私はどうしても両親の生き方や価値観や物の考え方が納得できないし、許せない・・。それは娘の立場というだけでなく、一人の人間として、私はそれを受け止めることはできない。事情や立場は理解できる。私ももういい歳の大人である。子供ではない。そう子供としての立場からではなく、人としてそれは果たしてどうかな?と多くの疑問を持ってしまうのだ・・。人としてそれえは卑怯なこと・自己中心的・ずるい事、逃げなのでは?とか。特に家族間の中でそれは勃発する・・。本当にそういう道しかなかったのか?その選択しかなかったのか?もっと人として大切なことがあったのではないのか?私が親の猛反対を押し切り、勘当までされて新興宗教にのめり込んだのはきっとそういう両親への猛烈な反発的な思いが潜在意識的にあったのだとはっきりと自覚しています。もちろんそれだけではないけれど・・・。すべては家庭の中の人間関係に尽きると思っています。これは自己の責任転嫁ではなくて、今家庭を持ち、親となっている自分に対してもかつを入れているのだ。自分の親のようにはなりたくないと・・・。絶対に間違っていると・・・。私は子供からみて明らかに要領は悪いけれど、人として正義や道徳を貫ける姿を見せたい。人として恥じない生き方をしたい。それは経済力とか地位・名誉とかそういうものではなく、人格などの人間性において、子供が誇れる親になりたい。人様に迷惑をかけるなとか、人から見てどう思われるのかばかりを気にして生活するのではなく、裏表無く堂々と生きていきたい。確かに私の両親は一見真面目です。コツコツ働いてきましたし、浪費もする親ではありませんでした。人様にも確かに迷惑は懸けてこなかったと思います。しかし、私は断じて自分の親を一人の人間として尊敬できないし、家族に対する接し方は間違っていると思います。私は自分の親を通して偽善者とは何か、そして人間の根本的に持っているだろう醜い部分をはっきりと自覚してしまうのでした。またこのように引っかかり、葛藤してしまう自分自身も少し嫌気がさしている・・。早く卒業したい・・。今日は独り言を言ってみました。なんのことか、詳しく具体的に書いていないので意味不明かもしれませんが独り言の為、ご勘弁を。
2006.10.24
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この週末は予定が入り込んでいて、大抵私の場合は子供関連か親族に関することで忙しくなります。その中の予定の一つ、昨日は子供の通っているバレエ教室からの紹介のバレエコンサートがあり、娘と行って来ました。内容的に面白く、古典ものだけではなく現代風にアレンジした創作ものだったので、なかなか目新しい物が多くて新鮮でしたが、最後に披露してくれた合同作品の現代作品だけがどうしても私には受け付けることができませんでした。まるで、フランス映画でも観ているようでした。クラシックバレエ界でも随分前からもう古典だけではやっていけないので、コンテンポラリーが必ず必修になっているといいます。私はこのコンテンポラリーもイマイチよく感覚的によくわからないのです。はっきり言うならば、どうしてこれがいいというのか・・、納得できないということです。これを観ていると、私の頭の中にクエッションマークがたくさん並んでしまうのです。そして、う~ん・・????よくわからん・・。ということになってしまいます。私にこういった芸術がわかるセンスが無いと言ってしまえばそれまでなのですが・・。昨日の合同作品も思わず、う~ん・・・????という感じに。そして私はそういうものをひとくくりにして、”フランス的”と言ってしまうのですが、まさしくそのものでした。プログラムを見たらやはりそのはず、振付の方は文化庁在外研修員としてフランスで活躍されていた方でした。以前アフリカで生活をしていて、フランスの植民地だった為、言語・建築物はもちろんのことかなりフランスの文化がそこにはありました。私は以前にも書きましたが、ヨーロッパ大好き人間で、それは幼少の頃から始まるのですが、特に芸術関係はフランスが大好きです。建築物もロココ調にとても惹かれ、フランス人の美に対する感覚は私の感性を魅惑的にやたらと惹きつけるのでした。実際に2週間フランスに滞在したときに、主要な観光地を観れたのですが、まさしく、隙のない美というのでしょうか。実感させていただきました。しかし、その富と栄華の背後にどれだけの植民地からの搾取があったかと連想される多くのものもあり、アフリカの任地国を思いながら複雑な思いになり心も痛みましたが・・。しかし、そんな大好きなフランスの芸術・文化にも理解し得ないものがありました。それはアフリカにいるときなど語学学習ということでよくフランス映画をレンタルで観たのですが、本当に訳わからない物ばかりでした・・。あまりにも抽象的過ぎて、きっと何か言いたいのだけれどよくわからず・・。しかし、フランス文化をよく知っている方がその当時よく言っていたのは、それがフランス文学なんだそうで・・。物事をはっきりさせない、一見たらたらとストーリがしている、その中に感覚的な機微があり、それが素晴らしいそうです・・。私たち日本人にはどうしてもそれがよくわかりませんでした。私も全く良さがわかりませんでした・・。それだけはフランス文化、いただけませんでした・・。しかしそれがフランス人の芸術的感性なのでしょう・・。その感性が次々と素晴らしいものを生み出していくのでしょう。昨日観ました合同作品の中に全くそれと同じ物を見ました。まるでフランス映画を観ているようでした。もちろん娘にもそのよさは判るはずも無く、”ママ、最後のよくわからなかったね~”と娘が一言。”妙にフランス的だったね~”と私・・。そしてその合同作品、確実にフランス文化に影響を受けている内容でしたが、面白いことを発見しました。ダンスの中の一部に現地のアフリカンダンスを思い出させるような独特の踊りの内容も含まれていました・・。その部分はとても懐かしい思いがしたし、と同時に”植民地”というとても重い言葉も蘇えってきたというのも事実です。アフリカの植民地の歴史と現代の問題点について、私の感ずることも日記にいずれ取り上げてみたいと思っています。
2006.10.23
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私は皆様に感謝しています・・。akiさんの60万突破の日記を読んでいて、また改めて蘇えってきました。私の想い・・。私が完全にUCは間違いだと気付き、離教を決意した時、本当に私の心もそして実生活の方もぼろぼろ状態で、生きる屍でした。それでも愛する愛娘がいるからその責任故にとにかく生きなければならないと、生きながらえてはいました・・。おまけに両親とも相変わらず悲惨な関係で私が精神的に不安定で鬱状態に入っているのに、事あるごとに私を責め続け、罵倒し続けていました・・・。そしてそれまでの私は人間関係はそれこそ、UCの人間しか本当の意味で付き合うことを許されなかった世界で生きてきて、全く一般の社会にその基盤は全く無い状態でした・・。そして日本の組織を離れ海外人事になったことで、それまで築いてきたUC内の人間関係は全く切れ、また日本に帰国してきた時に南米の摂理やその他の内部人事などでほとんど知っている人脈がなくなり、おまけに国際祝福ということで、組織は日本になく、しかししっかりと献金だけは要求され、そのことのみ人間関係、個人のことはすべて自己責任の世界・・・。そして中傷罵倒・ねたみ、嫉妬。足の引っ張り合い・・。幹部の失態。内部のさまざまな矛盾などなど・・。それでも文師だけはメシアだと信じ、なんとか家庭を保ってはいました。しかし、文師を信じていることが間違いであると自覚した時、私の中のすべては崩れ去り、自己ばかりを責め続け、人間関係をすべて立たれた私にはその愚痴をこぼすことさえ許されない環境で、おそらくは本当に鬱の状態だっと思います。そんな時の年末、国際結婚しているのにも関わらずネットもやっていないことに夫と共に限界を感じていたので、パソコンを買ってネットを始めたのです。そしてあれこれ"統一教会”を調べているうちにその当時もう既に始めていた海きりんさんやカンナさん、akiさんのブログと出会いました。そして天のしずくさんの掲示板やその他今はなくなってしまっているブログにも触れるようになりました・・。初めは怖くて、ロムするだけでしたが、勇気を持って確かakiさんのところだったと思います。書き込みをさせていただきました・・。それまで私の心の中に隠してしまっているだけで悶々としていたUCのことを話せてそしてそのレスが返ってきたときの喜びは今も忘れることができません・・・。嬉しくてPCの前で声を立てて笑ったのを覚えています・・。本当に嬉しかったし、心の中にほんの僅かですが確実に光が入り込んでいくのを感じました・・・。そして目から鱗だったのはakiさんが書かれていた”リハビリ”という言葉・・。私は正直心から感動してしまいました・・。そうか~、私は被害者の立場でいいんだ!!私自身が回復していかなければならない患者の立場でいいんだ!・・と。それまで自分ばかりを責め続け、被害者ではなくどうしても加害者として自分を見ていて本当に苦しかったのです。この言葉には慰められたし、解放されました・・。それから少しの間でしたが(半年ぐらいだったか)やりとりをブログ上でさせていただき、私の心が少しづつ、解放されていきました。その後、どこでどうわかってしまったのか、ある幹部に私であることがわかってしまい、嫌がらせをリアルでされてしまい、ネットに意見を書くことができなくなってしまったという訳です。詳しくは書けないのですが、暫くネット上に顔を出すことができなくなっていました。しかし、その間もブログは読ませていただいていました・・。本当に感謝でした・・。元の皆さんがブログを始めていなかったら、私は正常に自分を取り戻すのに時間がかかってしまったかもしれません・・。本格的なカルトのカンセリングが必要だったかもしれません・・。私自身本当に自虐的でした・・。これには私の生い立ちも関係しているのですが、この私の思いにUCの思想がばっちりヒットしてしまったのだと思います・”死んでもいい!”とか”殉教”とか”献身”とか・・。妙にスパークしてしまったのだと思います。自分の人生を懸けることをいとわなかったのだと思います。自分ばかりを責め続け、絶望的だった私の心の中に光が差し込み、そして時間と共に心が解放され、整理され堅くなっだ思いが解けていくのを感じました・・・。そして生きる屍だった私、生きていくのも自分の為ではなくひたすら愛娘の為にしか生きようと思わなかった私がそこで初めて自分の人生はこれからだ、あきらめてはいけないと心から思えるようになったのです!自分を大事にしようと生まれて初めて思えるようになりました・・・。これは私にとって奇跡です!たかがネット、されどネットです・・。だから皆さんに感謝したいのです!!!本当にありがとう・・ありがとうございます。ネット上で私が出会い、こうして文章だけですがやりとりできること心から感謝し、喜びに思っています。ネットのエチケットをお互いに守りつつ、皆様と交流ができていろいろと学べたら嬉しいと感じています。ふつつかものですが、これからもどうぞよろしくお願いします・・。(ぺこり・・そんなこんなで自分の想いを長々と書いてみました。
2006.10.19
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ここ数日、少し忙しくて、日記を更新していません。ブログを始めるのに相当悩んでしまった私は、始めるにあたりいくつか心に決めたことがあり、其の一つに、”あまり気張らずに、マイペースにやっていこう”というのがありました。私はどうも午年のせいか、何か興味がある一つのことをやり始めるとそれにのめり込み周囲が見えなくなり、うまくバランスが取れなくなってしまうので、たずなを引いてまるで"どうどうどう・・”と馬を抑えるがごとく、自分にブレーキをかけてコントロールをしなければならないことがあります。そして変に気張ってしまうところがあります。ブログを始めるにあたり、確実に恐ろしいほどのめり込み、主婦業が勤まらなくなるのは目に見えていたのでこの辺は自省をしなければと肝に銘じて始めたつもりです。故にふっと息を抜く日々もブログ上作っていきたいと思っています・・。書きたいことがいろいろあってもあえてそういう日に書かない・・とか。徐々に自分のブログにも愛着を感じるようになってきました・・・。とにかく、細く長く続けていけたらと思っています。
2006.10.18
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ありきたりな題材になってしまいますが、昔新人類と言われた世代の私から見ても、最近の日本人はちょっと~っと思うことが多いような気がします・・。この間の日記を書いた後、ふと思ったことです。私が確かまだ中学生の頃、近所に小僧寿し店があり、お寿司が大好きな私はちょくちょく買っていました。ある日、巻物をいくつか買ったのですが、ぼろぼろとご飯がこぼれてしまい、上手に海苔を巻くことが出来なかったのです。要するにご飯の握り方が甘く量も極端に少なかったのです。まだ子供だったので母と相談をして苦情の電話を入れました。すると明らかにまだ子供だった私からの電話だったのにも関わらず、丁寧に応対してくれ、代金の返金と商品の交換はもちろんのこと本社からお皿の5枚セットが詫び状と共に送られてきました。日本人とはこういう誠実さと丁寧さと几帳面さがあったと思うのです。故に海外に行ったとき、私はまさしく目が点になることばかり経験しました。改めて日本人の良さを実感しました。特にここ数年目に付くのはビッグカメラの件と同様で、客商売をしている社員の態度と言動であります・・。そして、その物自体の不具合などの質の低下・・。いったい日本はどうなってしまったのか???と首をひねることが多くなり、ついにはまたか・・と思うことが多くなってしまいました・・。これは日本人として本当に悲しいことのように思います。今日もやっと3度目にようやくきちんとサイズどおりのオーダーカーテンが届いたところでした。実は5月、オーダーカーテンを急遽作らなくてはならなくなり、選んでいる時間がなく近所のイトーヨーカ堂にて頼んだのですが、サイズが全く合わない物を作ってきて3度も作り直しをしたのです。その応対ものらりくらりとかわされ、ついに半年も経ってしまいました・・。その間何度も連絡を入れたり、お店に足を運んだりといろいろ手間が大変でした。まず、オーダーなのにサイズを合わせて作れないってどういうこと???と思ってしまうのですが・・・。昔ならこんなミスをしたら大変な騒ぎになると思うのです。しかしなんとなく、その工場の人間もイトーヨーカ堂の営業マンもどうも人事の様子・・。こちらが低く出ればそれだけの対応しか見せない・・。う~ん。それでカーテンも単に作り直しだけすればいいということで決着つきそうだったので、私から、言ってしまいましたね。「半年もこういうような状態で、しかもこちらとしては全くのミス(測り間違いなどの)は無いわけですよね。単なる交換だけなのですか?」またこれだけ言っても判ってもらえなかったので、ついには「こちらから言うのはなんなんですが、”お詫び”とかそういうものは無いのですか?」と・・。言っちゃいましたよ~。そこでようやく理解したようで、そのように対応してはきましたが・・。正直本当に嫌な気持ちがしました。そこまでお客に言わせるのかと・・・。それともはっきり言わなくてはいけないのか?とにかく、クレームを言いたくなることここ最近増えていませんか?特に自分がお客の立場である時に・・・。その他にも思えばたくさんあります。私の両親は本当に生真面目な典型的な日本人の人たちなので、まさかここまで酷い現状だとは最近まで思ってもいなかったらしく、私のこんな様子だけを見ていると、”まあまあ~落ち着いて・・”と言いたくもなったらしいですが、さすがにいろいろと事情を知るととても驚き、”今の時代はおまえみたいに対するのが正しいかもしれないな”と言っているほどです。そしてクレームって正直本当に疲れます・・。特によく女性(いわゆる奥さんの立場の人)が言うと、営業の方ってなめてかかってくるっていうではありませんか・・・。そうなんです!我が家は私が問題処理をすべてしなければなりません。これが非常に私にとって負担であります・・。しかたがないことですが・・・。悲しいくらいに疲れるときがあります・・。(涙***ビッグカメラ事件もなぜパパは客観的に対していたのか?それは実は私が何を言われていたのか全くパパには判っていなかったからなのです。南国生まれのパパなので怒り出したら怖いですよ~。日本語の細かいところがわからないので、あまり怒らずに済んでいる所はあります・・。そういう場面は我が家はとても多くて私一人が馬鹿みたいにアタフタしていることが多いです。たまに私も誰かに頼りたくなる時がしばしばあります・・。しかたがないこととは判ってはいますが・・。話が少し逸れてしまいましたが・・。だんだん日本も国際化されてきて、グローバルになってきつつありそれは良きことだとは思います。しかし、日本人の良き性質・習慣・伝統まで失くしてしまうのはとても悲しいことのように思います・・・。それとも日本人はこうであるはずだと思うこと自体が既成概念を持って見てしまっていることで、グローバル化した時代にはそぐわない事ということなのでしょうか?
2006.10.16
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今日は久々に怒りを露わにしてしまいました・・。意外におおざっぱな性格をしているし、国際結婚をしているのでいちいち拘っていたらやっていけない訓練をされてきたせいか、大体のことは”まあ~、しょうがないでしょう”ということで許してしまう私であります。しかし、今日は本当に私のカンに触れた出来事がありました・・。もう店名も出してしまいましょう・・。”ビッグカメラ”での出来事・・。パパと一緒にDVDプレイヤーを購入したくて近所の”ビッグカメラ”に見に行ってみました。始めの定員はとても対応がよく、「あ~そうですか、ではもっと詳しくDVDのことがわかる者と変わります」と言って、某定員に変わりました。この某定員、なんだか初めから愛想が無く、少し傲慢そうではありました。そして「もう何を買うか大体決められているのですか?」と聞いてくる・・。「いいえ、再生のみ出来るものと録画などすべて出来るものとどちらがいいか悩んでいるんですが・・」と私は言って、悩んでいる理由を少し話し始めました・・。正直言って未だにうちはTVだってブラウン管のTVだし、近いうちに必ず液晶かプラズマを買わなくてはなるまい、そしておまけに未だにビデオデッキでほとんど子供のアニメを録画する為の道具になっていて、DVDはパソコンで見ている家庭であります。もう再生だけのDVDプレイヤーでいいかなあ~とも思うのですが、これもいずれは録画機能など全部ががついているものを買わなくてはならなくなることだろうと思ってはいます・・。しかし先立つ物が無く、できたら安く買いたいと思っています。いや多少お金がある人だって安く買いたいと願っているからこそ、バーゲンで長時間並んでも買いたいと思うのでしょうし・・。ましてや・・、我が家は・・・。プラズマTVや液晶TV・DVDプレイヤーにしてもいくら最近値段が下がったとはいえ、決して安い物ではありません・・。とくに我が家にとって・・。しかも、一番踏み切れないのは、電化製品は次から次へと新製品が開発され、その度に以前の物がとても安い値段に下がったり、使えなくなることもあることから、完全にビジネスとしか言えないやり方に私自身とても怒りにも似た矛盾と疑問があり、すっきり納得できないものがありました。そういった私の根本的な悩み、故に買い時など考えてしまうことを簡単に伝えたら、某定員が「それははっきり言ってこっちもビジネスやってますからね~。またそう言ってる客がちっともふんぎれなくて結局買わないんですよ~。」と言ってきました・・。私、「・・・・・。今日はとりあえず買おうとは思って来てるんですけど・・」某定員「さっき言っていたようなことはね~、近所の人と一緒にそういう愚痴はこぼしてくださいよ~ここで言うべきことではないんですよ。」と言ってきたんです!!!私、なんで定員にこんなこと言われなくてはならないのだろう?と悲しくなってきて「じゃあ、いいです!」と言い返したら、その某定員逆切れして、「では、これで!!!」と私の元をつかつかと立ち去っていきました・・。もう、はあ?、はあ?って感じで・・。私ってあまりにも予想外のことを言われたり、やられたりするとあまりにも驚いてしまって、固まってしまうのです。すぐには反応できず、しばらく、ぼ~っとしてしまいます。今日もそうでした・・。彼が立ち去った後暫く経ち、だんだん怒りがこみ上げてきて、なんでお客の私がこんなこと言われなくてはならないのだろう・・と。ずっと側で私と定員のやりとりを心配そうに且つ客観的に見ていたパパに「う~ん、どうしても納得できない・・。私ちょっと言ってくる・・。」と言い残し、そのフロアーの責任者と話をさせてもらいました・・・。しかし、某定員が出て来ず、ずっと「申し訳ありませんでした。社員教育を徹底させますので・・。」とありきたりの言葉の一点張りで、「きちんとその社員に言って下さるんですか?」と言ってみたものの、責任者はひたすら頭を下げるばかりで、これ以上言っても虚しくなり疲れるだけなので、もうあきらめることにしました。なんだか疲れました・・・。ふ~・・。言うだけ虚しいのかなあ~と思いましたが、ついつい怒りをぶつけてしまいました。ちなみにパパはやたらに冷静で、最後一言・・。「ママって日本人じゃないみたいだよね」言われてみれば私の性格、日本人でなくなってるかもしれません・・・。確かに海外では人目はばからず言い争っている姿はよく見かけましたがね・・。私はそこまではやっていない・・・のつもりですが・・。皆さんならどうしますか?頭にきても心の中にこっそりそれを締まっておきますか?それとも・・・。
2006.10.14
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私が初めてクラシックバレエのコンサートを観に行ったのは、実はもうすでに協会員になっていた頃なのです。それまで、何かと音楽には関連した生活を送っていたのでコンサート関連はオーケストラ・ピアノ・吹奏楽・オペラ・合唱・劇(日劇など)小さいときは母親に連れられ、少し大きくなったら先生に引率されながら仲間と観に行きましたが、クラシックバレエは全く観にいったことはありませんでした。バレエ(体操も含め)というと子供の頃の私は”線がとても細く柔らかく、華奢で可憐なイメージの小柄な女の子”がやるものだと絶対に信じ込んでいて、小学生の頃、るいそう児(やせすぎの児童の意)と診断された経験を持つ私にはそれこそあてはまったものの、背がひょろっと高く(いわゆる背高のっぽさん)だったのでバレエは一種コンプレックスにも似た、でも全く私に無い憧れの世界のもので、逆に最初から無視していた(あきらめていた)領域のものだったのです。それが統一協会(以下UC)のメンバー(以下”食口”と書いて”シック”という)になって伝道のためにさまざまなイベントが用意され、芸能人を呼んでコンサートを開いたり、またUCはユニバーサルバレエという韓国発のバレエ団も所有しているのでそのバレエ団のクラシックバレエコンサートも開いたりしていました。皮肉にもそういうきかっけで初めてクラシックバレエというものを観たのです。それから度々観ることになっていくのですが、徐々に感化されていきました。そしてクラシックバレエの美しさを知ることになっていき、もともとクラシック音楽は大好きだったのでその音楽に乗り、そこまで人間が優雅に華麗に体で表現していく素晴らしさ・・。その舞台に立っているだけでまさしく生きた芸術作品ともいえる美しさとその洗練された極限の局地まで鍛え抜かれたその肢体・・。長い歴史の中で培われ、確実に伝承されてきたものの結実。そこで芽生え始めてしまったのです・・。しかし、バレエの世界は特に子供の頃から始めてないと絶対に無理と言うことは十分にわかっていましたから、”あ~、子供の頃から習っておきたかった!”と強烈に思ったわけです。クラシックバレエを始めるということは私のある一種の私自身に対する挑戦でもあります。一番の憧れの世界のもの・・であると同時に私の幼い時から抱えていたコンプレックスでもあること、走ることや球技などは得意だったのですが、体操関係は全く苦手でした。体がとても堅いと思い込んでいてそしていつも心の中で背が高いので絶対向いてっこないと思い込んでいたのです。(でも結局トレーニング次第で体の柔軟性は作れるのだけど、子供の私にはわからなかった)今現在娘がバレエを習っているのですが、娘から教えてもらうこと、気が付かされること只あります。一番”目からうろこ”だったのは体の柔軟性は遺伝的要素が大きいと思っていたのですが、どうやらそうではないようです。このことはバレエの先生にも何度も確認してしまいました。というのも、私もパパも体がとても堅くてとても心配したのです。素質がないのにやらせるのは不憫だったので、いつも心に引っかかっていました。そして確かに娘はもともと柔らかいという感じではなかったからです。しかしどのバレエの先生も足の付き方はあっても柔軟性は訓練次第でどうにでもなると口をそろえておっしゃってくださいました。娘も年長になり、毎日ストレッチを欠かさずやり始めると、なんとほんの1・2ヶ月でどんどん柔らかくなり、今は見違えるようです。娘自体が体の柔軟性は遺伝ではなくある程度努力で克服できることを証明してくれました。私は娘と違いもう中年のおばちゃんなので、即効性はまったくありませんが亀のごとくコツコツ毎日積み上げていきたいと思っています。はっきり言って一番の苦手な分野でもあります。憧れと同時に・・。10年後、20年後を見据えて、楽しみながら頑張っていきたいと思っています。そして私の人生の中でその積み重ねが新しい自分の発見と自信に繋がりますようにと願いながら・・・。
2006.10.13
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(”私の好きなこと”なんて誰も関心ないかもしれない、これではまるでナルシストではないか)とタイトルを書いた後、ふと感じましたが、そう、これは私のブログであるので、好きなことを書かせていただこうと思います。昨日の日記でいよいよ私の長年の憧れ、しかしなかなかやる勇気も(そしてお金も)なかったので高根の花だったクラシックバレエを始めることを書きました。そこで、今日は当初予定は好きなこと第2弾漫画についてだったのですが、変更して書こうと思います。私は正直クラシックバレエにはほとんど縁がありませんでした・・。音楽関係(特にクラシック)は3歳から18歳までピアノを習っていたのを皮切りに何かと縁があり、小学校3・4年生の時の担任が音楽専攻の先生ではなかったのに、どういうわけか合唱に関心があり、さまざまなコンクールに私たちのクラスは挑戦しました。NHK少年少女合唱コンクールやTBS合唱コンクールなど、多くのコンクールに参加しました。先生もそして一部の父兄もとても熱心で毎日の放課後の練習はもちろんのこと、夏休み・冬休みも返上して練習に励みいくつかの賞もいただきました。芝居を自分がやるのも大好きで、小学生の頃お楽しみ会・クリスマス会・誕生日会などのときに決まって出し物をグループに分かれてやるのですが、いつも率先して3枚目役を買って出て観客を笑わせたりする子でした。その頃、確か小学2・3年生ぐらいだったと思います。何気にTVを観ていたら宝塚をやっていました。ヒットする前だったからなのか、TVで”ベルサイユのばら”を一幕すべてを流していたのです。体中に衝撃が走り、食い入るように観てしまったのを今でも鮮明に覚えています。このときに密かに心の中でああいう世界があるんだと子供心ながらに刻み込んでいました。そして中学生になりブラスバンド部(吹奏楽部)に入部し、パーカッションのパートになります。伝統ある部でかなり練習もきつく、演奏会も度々あり、コンクールに出場して賞もいただきました。また高校生の頃はなぜかバンドに目覚め、女の子だけのバンドを形成、ドラム担当でした。このときは友人の影響でハードロックを演奏していました・・。自分でもクラシック以外の、しかもロックに手を出したのは驚きですが、ドラムなのでやってみると激しい音楽の方がストレス発散になって意外と楽しかったです。ザーッと流して書いてしまいましたが、そういう経験上、どうしても舞台とは縁があります。舞台は観るのも自分がそこに立つのも好きです・・。そして舞台の裏方も好きです!ぴんと張り詰めた緊張感と、またこれから始めるぞ~というわくわくするようななんとも言えない高ぶった気持ち・・・。そして幕が上がったその瞬間・・・。舞台から見える観客の姿・・。意外と舞台からよく見えるのですよね。一人ひとりの表情まで、場所によっては見える・・。あ~、懐かしいです~。なんとも言えない快感です!!!爽快感!!!あ~、私は舞台が好きなんだと実感します。そう、クラシックバレエとの接点はどこにあったのか・・。後ほど違った角度からこのことについては詳しく書きたいのだけれど、高校受験の大事な時期に親の反対を押し切り、自分で勝手に願書を取り寄せ、”宝塚音楽学校”を受験しました。このときに必要だったのがクラシックバレエだったのです!ピアノはやっていましたが、バレエは全くやっていませんでした・・。結果は悲惨で一次で落ちましたが、そのときにクラシックバレエと私がぐっと近づいたのです。そうか、舞台やるにはバレエか・・と。私には子供の頃から極端な両面性を持っていました。音楽関係にたまたま縁があったでそればかりをやってはきてしまいましたが、運動も大好きで本当は背も高かったしこちらの方が向いていたのではと今になって思います。しかし、私の母親が体を動かすことではなく、ピアノなどの音楽を選びました。きっと女の子なので私の個性で選択したのではなく単純にピアノと決めたのでしょう・・。しかし、この選択が子供の頃からの(特に思春期の)私に大きな悩みをもたらすことになるのですが、また改めて書きたいと思います。そろそろ時間となりました・・。今幼稚園で個人面談があり短縮保育に入りまして・・、時間がありません。ではまた続きは後ほど。
2006.10.12
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そう、書きたいことは本当にたくさんあります。次から次へ頭の中に浮かんでくるし、長年懸けて書きたいと思い続けてきたものもあるはずなのですが・・。一日中パソコンにへばりついているわけにもいかず・・。おまけに私は要領が良くなくて、家事や子育て・仕事・趣味などをしっかりこなし、尚且つこのようなネットをする時間も作り出せればいいのですが・・。要するに24時間をうまく使いこなせていないと言うことですね~。”一日は24時間である”というのは人種を超えて国境を越えて貧富も超えて時空を超えて人類に平等に与えられたものであると思います・・。時間をどのように使うかはその人の価値観の表れでないかとも思うのです。私も時間を有効に使いたいです!特に私の中に20年もの間、全くおかどちがいなことをしてきてしまい、その時間を少しでも取り戻さなければならないというプレッシャーにも似た思いがどうしてもあるということです。どうしても心の中に”こんなことをしていてはいけない。もっと充実させなければ。私にはやらなければいけないことがたくさんある”というような思いがいつもつきまとっています。故に余計に時間を有効に使わなければならないと言う感覚になってしまうのです。その中の一つはやはり一般の人が知れば知るほど驚くほどの不安定な経済状況です。故にお金も作らなければ話になりません・・・。安定した職をなんとか探さなければなりません。きっと夫より私のほうがそういった面ではがんばらなくてはいけないと思っています。もう少し時間の使い方を工夫をしたいと思います・・・。朝の時間を作りたいとは思ってはいるのですが。ブログもたくさん書きたいことがあります。今回も連休でほとんど日記が滞ってしまいましたが、いろいろな書く題材を見つけてしまいました。家族のことについてはもう大分以前から書きたいことが多くあります。時間をしっかり確保してからでないととても書ききれないけれど・・。そしていよいよ私が今までやりたくてもできなかった憧れの趣味、とうとう始めちゃいます。それは・・、クラシックバレエです!娘が習っている教室で5人まで婦人方が集まったら初級の初級、全くの初心者のクラスを作って下さるというのでさっそく集めてしまいました・・。いよいよ11月から開講です・・。さてどうなることやら・・・。またこの続きは後ほど・・・。今日は時間が無く、早急に書きたいことを思いつくまま書いてみました。
2006.10.11
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昨日は台風一過でお天気になり心配していた娘の運動会が無事予定通り終わりまして、ほっとしていたいときですが・・・。しかし、こういうときはにわかに忙しくなる私です・・。私の両親が今来ています・・。この連休中はあまり更新できないかもしれません。隙を見て書きたいとは思いますが。今も急に増えた家族がおなかをすかせて私の脇でお昼ごはんを今か今かと待っていますのでこの辺で終わりにしたいと思います。とりあえず、ご挨拶と言うことで・・・。では失礼します・・・。
2006.10.08
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私の夫は日本人ではなく、肌も少々(娘に言わせると真っ黒だと言う)浅黒い南国系の人です。結婚した当初から日本に住んでいるせいか、何かと日本人の女性の外見、特に体型に目が付くらしい。もともとモデルとかミスユニバースなどといったものも大好きで女性の美に対して関心が強い人ではあります。私は今までさんざん言われ続けてきています・・・。日本人を代表して。特にヒップが気になるらしい。日本人は特に駄目らしい・・です。私は日本人女性の中では背が高く体脂肪率も22ぐらいなので、部分的にはやせたいところと肉を付けたいところはありますが減量までは全く考えない体型はしているつもりです。そのことはうちのパパも納得してくれて満足はしてくれているらしい・・。が・・・、私のヒップはどうも駄目らしい!!今までそんなこと意識もしたこと無かったのだけれどずっと夫から言われ続け、私もついつい日本人の体型をそのような目で見てしまうようになってしまいました・・。確かに日本人はいくら最近スタイルが良くなったとはいえ、お尻の形はイマイチの人が多いかも?です。もちろん、類稀なる努力をすればある程度の形は維持できるとは思いますが、もともとの骨の付き方が違うのではないかと思うのです。以前アフリカへ行った事がありますが、もうここに絵を描いて表現したくなるくらい凄いせり上がったヒップをしていて、これは完全に骨格が違うのだと思います。黒人系のヒップは凄いですよね!白人系はその次でしょうか・・。そうなるとやはり日本人はぺしゃんこで垂れ下がってはいますよね~。太ももと一緒にくっついてしまってどこが境目だかわからない感じ・・・。悲しいけれど・・・。確かにいただけない・・と思います。もう、うちのパパは事あるごとに私のヒップをチェックして”もっとこう上げて~”とか言って自分のヒップを見本にします。うん、確かにうちのパパのヒップはかっこいいです~。なんであんなに持ち上がっているのだろう?不思議です・・。完全に太ももとヒップの筋肉がくっきり分かれています。凄い~!!日本人はやはり和式の生活様式の歴史からこのような体型になったのでしょうか?あるモデル学校の講師のインタビューをTVで見ましたが、正座は明らかにお尻と足の形を悪くすると言っていました・・。正座をしていると膝から下が短くなって太くなるそうです。そしてヒップも崩れるそうです・・。そう、足も膝から下が長いととてもきれいで、美しく見えモデルの必衰条件なのだそうです。(実はクラッシクバレエも)ということでこの間、家族全員で計ってみました。トホホホ・・・。やっぱり、私の足は膝から下が確かに短かかったです。パパはさすがに膝から下も長かった・・。凄い~。そして身長は同じくらいなのに長さも長かった。娘もパパと同じく・・。(良かったね~、ママに似なくって)ちなみにうちのパパ、正座ができないのです!本当なんですよ~。そして娘には正座をさせていません・・。正座禁止です・・。私がつい正座をしてしまうと娘にすかさず怒られます。「ママは今からじゃ遅いからもういいの~!」と言い返してはいますが・・。3歳から15年間書道やっていて正座ばかりしていたもので、正座が一番楽なのですよ~。それから、パパのチェックは姿勢と歩き方・・。「どうして日本人はみっともない姿勢と歩き方をするのか?」と手厳しいです・・。パパの国では学校でそういう授業もあったそうですから、日本と違います。また歯並びも日本人は汚いといいます。「どうして歯をきちんと矯正しないのか?」と言います。そうなんですよね~。日本は保険が利かないけれど諸外国は大体保険利くんですよね~。子供の頃から皆きちんと矯正してしまうのが当たり前なのです。私は有難い事に歯並びには自信があります。でも歯並びが良すぎるとどういうわけか歯槽膿漏になりやすいのだそうで、とてもショックを受けました。ちょっと美にたいしては手厳しい夫ですが、向上することは良いことなので私自身も美を出来る限り追求していきたいと思っています。年を取ってもきれいで魅力的な女性でありたいですから、甘んじて受けたいと思っています。
2006.10.06
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今日は朝から雨・・。ひと雨ごとに秋が深まっていきます・・。シドニー・シェルダンの本のタイトル”真夜中は別の顔”ではないけれど、二つの世界の自分がいます。まぎれもなく両方とも私なのだけど・・・。例えば、以前日記に書いた”競馬の話”・・・。もう一つウラがあります。学生時代に競馬場によく馬を見に乗馬友達と行っていたのですが、実は教会時代にもあるのです。それはカンパで行きました・・・。競馬場だけではなく、競輪場・競艇場にも行きました・・。・・・・これ以上は書けません・・・。などなど・・。地元で復帰された私は本当に同じ空間を全く違う世界で経験していることが実に多いのです。とても不思議な感覚になります。そう、シドニー・シェルダンに一時はまりました。ちょうど海外へ行っていて、お金を作りに日本に一時帰国したときに実家に少し居たのですが、ちょうど弟の部屋に6冊あって全部読みました。読み始めると止まらないんですよね~。ほとんど完徹で読んだ記憶があります。”血族”・”時間の砂”・”ゲームの達人”・”明日があるなら”・”真夜中は別の顔”・”女医”。だったけ?当時の私には刺激的で面白かったです。思えば海外人事になり、少しづつ外の世界を知ることに・・・。人事になったとたん、なんだかシャバに出たような感覚だったのが今でも忘れられません。ああ~、これで外に出られる~なんて思ったのですから・・・。確かに教会での生活は常識で考えたら驚くことばかりだったかもしれません。だったかもしれないと書くのはその当時の私にはそれが普通だったし、違和感が全く無かったのでそう感じていなかったからです。自覚がありませんでした。あまりにも世間知らずだったのだと思います。まだ子供でしたもの・・。お金も自分のために使うということに未だに抵抗感があり、思わず躊躇してしまう私がいます。私的に使うことが非常に悪いことだという思いと同時に、そういうことに慣れていないようなのです。習慣付いていないというか・・・。普通の人が聞いたらこれ一つだけでもきっと驚くことでしょう!それから、私は未だに自分はいったい何をしたかったのか・・、また何が好きだったのか・・。何をしている時が一番喜びに感じるのか・・・。子供の頃、本当に好奇心旺盛で勉強が手に付かなかったぐらいなのに・・・ね。人間本来の普通の感覚を呼び起こさなければなりません・・・。なんとなくぼんやりとはわかるのですが・・。それは子供の頃だったりと、随分昔のことになってしまいます。只はっきり言える事は私は理不尽なことや不条理なこと、汚いことが大嫌いです!人間としての誇りと自尊心を大事にしていきたいと強く感じます。そしてやはり清いもの・純粋なもの・高貴なもの・品格があるもの・・・などにとても惹かれるし、憧れます・・。そして芸術が大好きです・・。今後書いていきたい分野ですが、クラシックを中心にした音楽・文学・史学・絵画大好きです!もちろん、漫画もです!そして子供も大好き!そもそもきっと人間が好きなのだと思います・・。教育にも関心があります・・。私は未だに教会関係の夢を見てしまいます。どうしてなのでしょうか?そのほとんどが万物復帰をしている夢です!私、万物復帰とか前線大好きでした!任地も慕わしくてしょうがないです!今も時々ふとそこへ訪問しに行きたいと思ってしまいます・・・。任地の夢も見ます。いろいろ懐かしい人も出てきます~。入りたての頃は誰でも前線を通過すると思うのですが、その頃、私は”一番やりたいことは前線”趣味は前線”って言っていたのですから・・。全くあきれてしまいますね~どうか笑ってやってください。私はこれからも関係の夢を見続けるのでしょうか?しかし、その当時の感覚が目覚めた時にそのまま残るのでとても複雑な気分になります。今日は回想と言う意味で思う付くまま、だらだらと書いてみました・・・。本当にだらだらになってしまいました・・・。意味不明かもしれません。でもそれはそれでいいと思います。あしからず・・・・。
2006.10.05
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皆さんはどういう思いでブログを始めたのでしょうか?一人ひとり心の中にあると思います。千差万別な思いが込められて、日々日々多くのブログが生まれてくることでしょう・・。そんなことは無い単純にやりたかったからやったと言う人もいるかもしれませんが、それなりに理由はあると思います。私もずっとずっと考えていました。悩んできました・・・。本当は随分前から自叙伝を書こうと思っていました。以前にも書きましたが小学生の頃作家になりたいという夢があったので、文章を書くということは抵抗なく、自分の半生を書き綴ってみたいとは思っていました。しかし、私には18歳から20年間カルトと呼ばれるところにいてそこから私の人生は一変していくのですが、その期間ほとんど(というか全く)一般の本は読まず、関係本ばかり読んでいたので、文章力には全く自信がないのです。今現在も読書量は本当に極端に少なくて正直ほとんど読んではいません。が、ほとばしる心の思いを表現したいと言う思いはいっこうに消えませんでした・・。故にこうしてネット上で大衆が見うる環境で自分の文章力の無さをさらけ出すのは恥ずかしいのですが、とにかく、自分を表現したいという思いがその思いより勝ってしまいました。このブログでは日記になるので自叙伝的なものはもちろん書こうとは思ってはいません。しかし、一つのテーマに絞って書く気にもなれないのです。以前の日記にも書いたと思いますが、私の経験した”カルト的新興宗教”は確かに私の人生に多大なる影響を与えましたが、”私”という人間はそれだけではないのです。それ以外のいろいろな”私”が存在するのです!入信する前の18年間も貴重な私の時です。しかし20年間のそこでの生活は明らかに社会と遮断された世界だったし、それまでの”私”が”私”であることを完全に封印してしまったので、私は自分を取り戻して生きていかなければなりません・・。もちろんもうすでに新しい出発はしているつもりですが、いろいろな意味で整理しながら前進していけたらと思っています。そしてそれが以前日記にも書きましたが、人生の教訓として生かしていけたら私の人生は無駄ではなかったと心から思えるのではないかと思うのです。このブログの場は”私”が”私”に戻る場でもあり、これから日々日々を一歩一歩確実未来に向けて歩んでいく足跡でもあります。そして私がずっと心の中で苦しかったこと、私は2つの世界があるということ。今一見平凡な生活を送ってそうに見える私の家庭・・。例えば国際結婚していると絶対に聞かれることは「どうやって出逢ったの?」本当のことを言えるわけがない・・。また普通の人が普通に聞くこともまともに答えることができないこと・・・。例えば今までどんな仕事をしていたとかほんの些細なことにしても真実を答えることができない。仕事をする時の履歴書にしても・・。到底嘘をつかなければならない・・・。本当に辛いこと・・。苦しいこと・・。私の人生すべて偽りではないか?なぜ嘘を言わなければならないのか?なぜ隠さなければならないのか?ずっとずっと苦しかったのです!!!私の人生は隠さなければならないほど、嘘を付かなければならないほど惨めで悲惨などうしようもない人生なのかと・・・。子供にも申し訳が立たない・・。このことがとても苦しかったのです!!!故にこのブログの場はこの二つの自分の人生が唯一重なり合う場だと思っています。そんな場にしていけたらと思っています。等身大の自分を表現できたらと思っています・・。しかし少し怖いのは、あからさまになるべく書いていきたいと思っているので、どうしても個人情報が出てきてしまうことです・・。少し心配ではありますが・・・・。ちょっと今日は横殴りのような感じで書いてしまいましたが・・。そんな意味で始めた日記です・・。どうぞこれからもよろしくお願いいたします・・・。
2006.10.04
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今日は少し細切れに思いついたことを書いてみたいと思います。朝のTVのニュースを見て・・。(というのも我が家新聞を取っていません。パパは時々”Japan Times”を買ってきて読んでいますが、日本語の新聞は私しか読まないし、もったいないでしょ?以前新聞屋さんにPushされて6ヶ月ほど取りましたが。子供の頃から、朝起きたら必ず新聞を読むのが日課だった私には未だに少し苦痛です。)1.キッザニア 10月5日OPEN 東京の豊洲に子供中心のアトラクションができるそうです。 さまざまな職業を実体験でき、お給料ももらえ、買い物もでき、銀行のATMもあるという。もち ろん、本物のお金ではないが、お金のしくみや使い方を体験できる。 もともとはメキシコで始まったものらしいが、現地でも人気だそうです。*ぜひ、娘を連れて行きたくなりました。子供の遊び場所も本当に進化してますね。日本の場合は子供の為と言う名目ですぐにビジネス化しそうですが・・・。2.次期国連事務局長は韓国の潘基文外交通商相が有力。*この韓国の方が次期国連事務局長になったら、かなりの対日強硬派だそうで、日本は完全に立場が不利になると思われます。安部さんもどう動くのでしょうか?政治のことはよくわからないし、どうしても汚い世界に思えて不信感の塊ですが、どうか、日本を売ることだけはやめて欲しいと強く思っています。政治や世界情勢を見るとき、どうしても人間のとても汚い部分を見るような気がしてなりません。弱肉強食は生命あるものの性なのでしょうか?しかたがないものなのでしょうか?日本以外の国を何カ国か見てきまして、本当に悲しい現場や実情を多く知ってしまいました。日本にいるだけなら、違った意味で知ることはできない心の痛みを感じる多くのことを・・・。世界のリーダー達は人間本来ある理性的な判断をグローバルな世界で繰り広げて欲しいと感じてやみません。国と国同士の野望や私利私欲の思いがあったとしてもそれを克服して欲しいと切に願います。ちょっと最後は堅い話になってしまいました・・。なんだかこう書いてみると何歳になっても私は青臭いなと思います。どうも泥まみれ土まみれに汚れるのが嫌なのです。いつまでも清純さ清さを持ち合わせていたいと思ってしまう自分がいます。
2006.10.03
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名探偵コナン、はっきり言ってはまってます!以前から子供を持つ身としてママ友の間で話は聞いていました。コナン君が大好きで子供よりママがはまるという人は多い・・。そのときは”へ~”と聞いていましたが・・・。私もついにはまっています・・。2年前からですが。今夜はコナン祭り。本当はこんな日記を書いている場合じゃないのですが・・・。正直コナン君のファンです~。声優さんもいいですよね~。かっこいい・・。(声優は女性ですが)蘭ちゃんもかわいい~。新一君と蘭ちゃんの切ないラブストリーでもあります。単なる探偵推理ものでないのが、ママさんたちがはまる理由でしょう。私も私も・・・。うんうん・・。(切ないことに妙に弱い私でした)変わらないコナンの主題歌も好き。そして時々変わるZardの歌もいい歌歌ってる~。さあ~観なくっちゃ・・・・。
2006.10.02
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まずは本当に良く頑張った!とエールを送りたいと思います・・。そう、ディープインパクトと武豊さんにです。もうお疲れ様でした!!!慣れない環境と、特に難しいと言われているロンシャンの馬場、日本勢には本当に不利な状況だったと思います。いつものゴール直前超加速アクセルをヨーロッパ勢に見せつける事はできませんでしたが、もう十分です。何も言うことはありません。国境を越えて人々に感動と喜びを与えてくれてありがとう!ディープ、あなたは本当に美しい~。Thanks you!ただちょっぴりいつも悲しくなるのは、競走馬としての寿命はとても短いということです・・・。まあ、それがこの世界を一層貴重なものとし、盛り立ててはいるとは思いますが、切ないものがあります・・・。またあのガラス細工のような足から繰り広げられるレースは故障もつき物でもあり・・・・。今までも多くの競走馬の悲劇の歴史がありますよね。悲劇の名馬テンポイントは子供ながらにひじょうに印象に残っています。だから故により一層輝きを増すのかもしれませんが・・・。その強さと弱さの両面を併せ持つはかなさと言うべきか・・・。
2006.10.02
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今日から10月に入りました。ブログを始めてからちょうど一ヶ月経ちました。早いような長いような・・・。変な気持ちです!まあ、ぐだぐだと極々自然に決してかっこつけることなく、書きたいことを書いていけたら~と思っています。予想していたとおり、なかなかブログのあらゆる機能を使いこなすこともできないでいますが、これも私らしいということで・・・。かっこいいブログにはできないのではありますが・・。素敵なブログをさりげなくつくれる方尊敬であります。10月は衣替えでもあり、明日から娘も園服が変わります!間違いないようにしないと・・・。意外とドジで抜けている私は時々忘れ物をしてしまい、娘に怒られます。はっきり言って娘の方がしっかりしています。(汗・・またハローインの季節にもなりましたので、今日はデコレーションをしてみました・・。いちおインターナショナルファミリーでもあるので・・・・。えへ*そしていよいよ凱旋門ワールドカップ、そう競馬の話です!時差があるので本日の夜中になりますが、ディープインパクト頑張って!!!本当は現地にて応援したいくらいですが、絶対ライブで観ますからね~。TVで・・。しかし、本当に見れば見るほど美しい馬であります。飛べ~!ディープインパクト。世界の頂点に立つのだ!!!
2006.10.01
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