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今日は午後出勤で、暫し時間があるので日記を書いておこうと思います。そして、掃除をする時間もなんとか作れそうです・・・。良かった!やはり家族総出での大掃除は年末の一大イベントでしょう・・・。これなくしては一年が終わりません。今日は仕事のことを少し書いてみたいと思います。実は産後も家計の足しになればと言うことで少しですが、仕事をしていました。本当は妊娠前の仕事はずっと続けていたかったのですが、なんといっても以前にも書きましたが、流産も経験していたし、つわりもとても酷く、とても通勤ラッシュの激しい電車には乗ることが出来ない状態で、辞めざるをえませんでした。その後もパパの仕事関係で臨月になってから娘が1歳になるぐらいまで、単身で遠方で暮らすようになり、たった二人きりの生活が一年以上続いたり、そして、娘共々パパのところへ引っ越した途端、即解雇され、また急遽引越しをしなければならなかったり・・ととにかくいろいろありました。しかし、なんとか私も働きたくて、保育園を考え、毎年申請をしていたのですが、いつも却下されていました。倍率がとても高く、産休休暇を既にとっている(要するにもう既に正社員で働いて長い人)母親しか無理でした。もう一時は生活が大変で、市役所まで乳飲み子を抱えて押しかけ、我が家の経済状況を必死に訴えても”保育園は、生活困窮者の支援をやっているわけではないからね~”と言われてしまい、同情はしてくれても、実際には埒が明かず、あきらめざるをえなかったのでした。そしていくら私立の保育園があったとしても値段は高いし、またいざという時(子供が急に発熱したとか)に預けられる人がいないということは職探しには致命傷でありました。その当時は両親との関係は最悪の状態が続いていましたから、頼むなんてことは難しかったのです。ということで、後に娘は幼稚園に行かせることになったということです。なんとか、少しでも収入が欲しくて、しかし私が働くのはパパが確実に帰ってくる夜の時間しかありません。その間娘をパパに見てもらい・・。ということで夜の仕事やりました。ガ○トのウエイトレス・・。PM10時から、夜中3時まで。飲みに来る人が多く、昼はファミレスなのですが、夜は飲み屋と化す。タバコの煙も凄くて、もう下着にまで臭うので夜中に帰ってきては毎回シャワーを浴びていました。私にとって凄い世界でした・・。酔っ払いのおじちゃんには絡まれるし~。過去、確かに歌舞伎町を中心に六本木・赤坂のB街で珍味売りはよくしてて、顔利かせていたけど・・。確かにそこではこんなことにははるかに及ばない経験はしてきたけど・・。それとこれとは別????娘もまだ2歳頃で頻繁に熱を出していて、そんなに長くはやれず、辞めました。次もやはり夜の仕事。中華そばのラーメン屋・・・。やはり同じく、PM10時から夜中3時まで。この仕事も夜中に出て行くので、やはり母親が夜いないと生活のリズムが極端に変わってしまって大変だったこと、そしてこの職場はちょっと私には本当に合わなかったです。最後辞める時もはっきり言ってしまいました。”私にはこの仕事は合いませんので・・”と。しかし、この仕事をしてみて、どうして一杯290円という安い値段でラーメンを食べることができるかということを知ることができました。それからというものの、値段が安いものに出会うと、”ああ~、そこで働いている人は苦労してるだろうなあ~”と、ふとそういう思いがよぎるようになっています。そしてそんな中資格も挑戦しました。時間的にも将来的にもなにか自分に出来ること・・、まず簡単な介護の資格のホームヘルパー2級をとりました。ほんの手始めとして・・。その後は訪問介護のヘルパーを短時間ですが、娘に支障が無いようにやっておりました。ということで、今の仕事はその経験を生かし(←大したことではないのですが)介護施設で働く事になった次第です。入居型の有料老人ホームなので、年中無休なのです。大変だけれど、やりがいがとてもある仕事です。これから、少しずつ、仕事のことも書いていきたいと思います。これから大掃除に取り掛かりたいと思います。ちょうど、洗濯機も終了のブザーで私を呼んでいるようです。では、この辺で、今日は失礼したいと思います。
2006.12.30
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最近、俄かに太り始めた私・・・。ここず~っとある一定のベスト体重をキープしていたというのに・・。クラシックバレエを始めて、1キロ増加し・・。仕事を始めて、2キロも増加してしまった・・。トータル、なんと3キロ。ここ1ヶ月半で???なんと!!!産後体重が増える人が多い中、私は完全母乳をあげていたせいもあるのか、ベスト体重よりも5キロも痩せてしまい、その頃、産後の方対象の”痩せます”というビジネスの電話がよくあり、"逆に痩せすぎて困ってるんですよね~”と話すとことごとく撃沈できた。ああ~、そんな私が最近危ない、危ない・・。この体重は何年ぶりだろうか?もしかして、思春期以来とか~。ははは・・。しかし、どうして動いて太るのか????なぜ故に???思い当たるふしは只一つ・・。そう、よく食べること、食べること・・・。ははは。食欲旺盛になってしまった。そうか、今まであの体重を維持していたのは、なんてことない、只の運動不足だったってわけか・・。なるほど、なるほど・・。妙に納得してしまう。ああ~、これからどこまで増えていく体重・・。崩れていく体型・・。このままではまずい・・と思いつつ、食欲は増すばかり・・。私の体型はバレエをやりつつ・・、崩れていくばかり・・。止まらぬ、食欲・・。いかにせん・・・。
2006.12.28
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この時間、少しの間だけど、時間が取れるようになりました・・。細く、長く気ままに日記を書いていこうと思います。相変わらずマイペースな私です。今現在やっているお仕事、年始年末は一切関係ありません。いやあ、こういう仕事は久しぶりです。思えば我が家の経済状況では、お盆、お正月、ゴールデンウイークなどあってはならなかったのです。ちょっとエンジンがかかってきた模様・・・。年中無休の生活を過去嫌と言うほど経験してきたので、暫し一般の人のような普通な生活をしてみたかったといえば、そういう気持ちもあったには違いないのですが・・・。そうのんきに構えてなどいられないというのは十分に承知です。そろそろおふざけは終わりにしなければなりません。まあ、過去の経験があるので、確かに忙しいことは私の性には合っています。しかし、不思議なもので、私が仕事を始めた途端、パパの収入が極端に減ってしまいました。仕事がないそうです・・・。残業もほとんどありませんし、なんと驚いたのは、年始年末の休みがなんと、2週間もあるということです!月収ではなく、時給なので、仕事が無い分給料はもらえなくなってしまいます・・。12月からは大ピンチで、これでは、1月分のパパの収入は限りなく10万に近くなりそうです!(汗、汗・・まあ、頑張るしかありません。パパも単発で仕事を探してくるとは言ってくれていますが・・。どうなることやら。ただただ・・、私は娘に申し訳ないです!家事が大幅に手抜きになっています。母親が働くということはこういうことか・・・と日々日々実感しています。ああ~、お片づけもぜんぜん出来ない日々が続く・・。いちよはきれい好きの私・・。こんなに汚くしているのは、凄いこと!!!自分でも驚き・・。今年の大掃除はもう抜きかもしれない予感!!!でも救われるのは娘が健気に応援してくれること!"ママ、たくさんお金もらって来れるんでしょ?頑張ってね!”だって・・・。私よりしっかりしてる・・。明日も母は頑張ります!!!
2006.12.27
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本日のニュースに飛び込んできた"代々木アニメーション学院”。書かずにはいられなくなった。アニメの学校の老舗だという。私にとっては少し苦々しい思い出が蘇えってきた。忘れもしない高校生の頃、バイトと称して確か友人からの紹介だったが、TVの視聴率の調査の内容だった。簡単な視聴率のアンケートを書くだけで、一回につき6千円だったかをもらえた。バブルに向かう時期だったため、おいしいバイトはあちこちにころがっていた。特に大学生にとっては極々簡単な仕事で短時間で1万もらうこともざらだったような気がする。そんな時代だったので、そんなに高額でもないし、その当時、不安な匂いは感じなかった。しかし、その後バイト料が入る期日が来ても支払いが滞ることが多く、苦情の電話を入れると渋々何回かに分けてやっと支払うという始末・・。そしてこのバイトには大きな穴があった。それは預かり金を1万円だったか(ちょっと確かな金額を忘れている)を振り込んで、初めて仕事ができるという話。それは後で返してくれるという・・。結局、半年の期間だったが、何度も苦情の連絡を入れ、預かり金もその後、何回も分割で払われ、バイト料もすべて支払われたわけでもなく、1年ぐらい過ぎていった・・・。まあ、しょうがないかなあ~と妥協しつつ、何気なく時間が過ぎていった。そしてあるCMをTVで観て、私は愕然とした。なんとあの何度もかけた電話番号と住所と全く同じで、"代々木アニメーション学院”がコマーシャルに流れているではないか!きっと私達から得た資金を資本金にあててこの学院を創設したのだとそのとき実感した。その当時借りるとなると利子も高かったろうから、さぞ助かったことだろうと思う。確かなことは判るかねるが、嫌な思いがしたのは事実である。その"代々木アニメーション”。確か原宿の駅にも堂々と大きな看板があったのを少し不快な気持ちで山手線から眺めていたことも思い出す。その後もTVやマスコミ、専門書などで度々目にすることとなる。そして昨今はもうすでに、アニメ界の老舗になっていたのだ。何か訴えられているらしい・・・。今日ニュースでやっていた。何分、創始者がかなりワンマンで、無理な経営をしていたらしい。必ずこうして長い年月をかけても膿が出るときには出るものだと感じた。
2006.12.26
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ご無沙汰になってしまいました!PCを開けていない日々が長く続いていました・・。今日はクリスマスイブ・・。なんと時間が経つのが早いことでしょうか。12月に入ったと思ったら、もう今年も残すところ一週間余りになってしまいました。仕事も始めましたし、子供の幼稚園の行事も多く、特に年長児にとっては最後の幼稚園生活。卒園までイベントが目白押しです。本当にばたばたしていました。私が仕事をしている時間、娘と一緒にいてくれた父が突然発熱し、急遽母に来てもらったり・・と。まあ、なんとか今日はようやく少し落ち着き、こうして書いています。忙しいことはとても良いことだし、私自身多忙の方が性に合っているので、とても充実感は味わってはいます。年賀状もまだ書いていず、今日まとめて仕上げたいと思います。私の年賀状のこだわりは、手書きの表書きと、やはり手書きの一言メッセージであります。今の時代、多くの方がPCで作ると思います。特に表の住所などは去年送られて来た年賀状を見てもすべての方がPCでの印刷でした。この時代にもしかしてほんの少数派の方のみが直筆という感じかもしれませんが、今年もこれだけは譲れず、本日一気に仕上げたいと思っています。本日は有馬記念もあり、ディープインパクトのラストランです。経済効果も凄いとか、日本人はいつも経済に関心があるようで、いつもこういう話のニュースになってしまうようです。もちろん、私も自分の家庭の家計簿には関心がありますが・・。とにかく、その素晴らしい走りっぷりを思う存分見せつけ、最後を飾って欲しいと思います。さて、今日は久しぶりに家庭のことがゆっくりできます。天気もいいことですし、洗濯、掃除、布団干し、そして最近手抜きが続いていた手料理と久々に主婦業に戻りたいと思います。そして大好きな娘にいっぱいいっぱいスキンシップをしたいと思います。こういう時間もとても幸せの一時なのだとしみじみ改めて感じています。
2006.12.24
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今日初仕事でした。8時間労働してきました。思った以上に手ごたえがあり、なかなかでした。やりがいもありそうです。詳しくは後ほど・・。とにかく、とにかく、私自身が自立しなくては事は始まりません。社会的にも経済的にも・・・。娘は父が見てくれました。昨日幼稚園で嘔吐してしまい、最近流行のノロウイルスの可能性も大かと思われたのですが、昨夜は38度の発熱止まりに収まり、本日は熱は下がったのですが、大事をとらせて幼稚園はお休みにしました。父がいてくれて本当に助かりました。娘も父に懐いているし・・。父親像を私の父に見出している様子です。両親が協力的になってきてくれて、本当に嬉しいです。もうこれは奇跡としか言いようがありません。とにかく、がんばるしかありません。すべてはそれからです・・・。では今日はこの辺で~。
2006.12.13
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結局、私は一番苦手で姿かたちも大嫌いで決して受け入れることの出来ない人と結婚してしまったんだと自覚する。人間結局自己中なのは、自分の為ということだけでなく、周囲の人を守り、大切にすることに繋がるということ、こんな簡単なことに40になって気が付いた・・。
2006.12.12
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”マインドコントロール””洗脳”私はこの言葉が好きではありませんでした。すっかりカルトに染まっていた頃はこの言葉の存在さえ、拒絶していました。それは共産主義者が生み出した言葉であると教え込まれていて、それを本気で信じていましたから。そして人はそんなに簡単に心をコントロールされるはずがないと、あくまでも自らの意思で感じ考え、行動できるはずだと思い、ましてや私がそんなに簡単に操られるものかと変な確信をしていたものでした。そしてカルトから目が覚め、この言葉自体は受け止められるようにはなりましたが、私は私の意志ですっかり目が覚めたので私の心は長年に渡りカルト世界にいたので多少影響はあるものの、しっかり自分の意思で感じ、考えているものだと思ってはいました。しかし・・、私は極々最近気がついてしまったのです。認識をしてしまいました。私はまだまだ自分の感情や思いをかなり抑えているし、心が自由になっていないことを・・・。自分で自分の思いを押し殺している・・、そしてそれすら気付けずにいるというこを・・。これはまさしくマインドコントロールであります。自らの心を自動的に押さえつけ、しかも本人の自覚なしに、それをやっているのです。いつ気が付いたのかというと、夫の件であります。相当、自分でも気が付かないうちに自分の正直な思いを押し殺して、見ないようにして今まで過ごしてきました。かなり無理をしてきてしまったようです。正直私はこの人と結婚などしたくは無かったし、本音を言えば、この人と結婚などしてはいけなかったのです。たとえ、それに信仰が関わっていたとしても、それはしてはいけなかったのです。私の思いはこの人と結婚することにより、ますますマインドコントロールを自らにかけずにはいられなくなってしまったようです。とにかく、自分の思いを押し殺す・・、否定する。その方法しかこの人と家庭生活を営むことは出来ませんでした。なんと馬鹿な私だったのでしょう。愚かな私でした。それを実行することが私の最高の信仰の証だったし、ミッションだと思い込んでいたのです。ここ数日、夫のことは日記に書きませんでしたが、その後も実はいろいろありました。やはり人はそう簡単には変わることはできません・・・。ましてや本人がその気がないのに、どうしたらいいのでしょう・・・。もう私自身疲れ果て、もう溜めに溜めた心の思いを暴発せずにはいられませんでした。しかし、子供の前ではあまり酷い姿は母親として見せられないので、洗面所にこっそり閉じこもり、鏡に写る自分の顔を見ながら、”ママは馬鹿だ”と繰り返し繰り返し何度も何度も言いました。本当に自分がどうしてこんな人と結婚をしてしまったのかと自分が自分で情けなく、いつも馬鹿正直に尽くし、信じ、ひたすら与え続けることに、本当に自分が馬鹿だと言い聞かせなければまた繰り返してしまうと思ったからです。しかしドアを締め切っていても娘には聞こえていたらしく、娘が泣きながら、止めに来ました。私は正気を戻さずにはいられませんでした。私は少し精神的におかしいのかなと鏡に映る自分を見ながら、そう感じました。今までも私はもしかして気が狂ってしまうかもしれない、いや、既にもう狂っている?と何度思ったことか・・・。もう、自分の思いを否定し、自分で自分を縛りつけ、苦しめ・・・、ついには自分の思いを閉じ込めしすぎて、完全にマヒ状態になってしまったようです。そのことにふとようやく気が付きました・・・。もう無理するのはやめようと思いました。娘の手前、よい家庭を演じようと必死の努力をしてきてしました。あまりにも娘が不憫だったから・・・。(そう感じるのは良くないとは思うのですが、ふとそう思ってしまいます)私が子供の頃から両親の関係が悪い姿をずっと見てきて不快な思いをずっと感じてきたから、自分はそうしまいと思っていました。たとえ演技でも、娘には理想の姿を出来うる限り見せたかったのです。それは私にとって相当プレッシャーでありました。私さえ耐えればいいと・・いう思い。私の本当の気持ちは、こんな人と結婚などしたくなかった・・。まず第一に、本音をいうと、この人の国自体が大嫌いで、申し訳ないのだれど、私にとって世界中で一番魅力を感じない、そして生理的にも受け付けない民族なのです。その国の名前が出てくるだけで何か嫌悪感が走る・・、心の中が何かざわつくほどの・・。差別意識とか非難されてもしかなたがないと思っています。しかし正直な私の思いなのです。どうしようもない・・。最初から受け付けていなかったし、悲鳴を上げるほど嫌だった・・。しかし、一切を自己否定しました・・。その反対のことを今までやり尽くしてきました・・・。周囲から見て、”本当に仲がいいカップルだ”と思われ、夫自らも自分は愛されていると思うほどの・・。本当の私の思いは心の奥底に押し込められました。しかし、私の心は・・、もうとっくの昔から疲れ果て壊れていたのです・・。もうそれが常で私の心も麻痺していました・・。でもいつも心の中はいらいらしていたし、満たされることはありませんでした。それでもいつも笑顔で尽くしました。なんとか良い家庭を築きたくて・・。極々最近気が付きました・・。私は本当の自分の気持ちに嘘をついていたことを・・・。そして娘の前でも無理せず、正直であろうと・・。もう少しずつ理解できる年齢になってくるでしょうし・・。とにかく、無理はよくない・・。どこかにきっとしわ寄せが来る・・。そして最終的には娘の精神状態にも良くないと・・。相当力んで生活してきたのだということに気が付いてきました。ふと肩の力を抜いてみようと・・。随分楽になったように思います。無理に彼に尽くすことはないし、気を使うことはないということ・・・。自然体でいきたい・・。そしてそれで駄目だったら駄目でいいじゃないかと・・・。そして絶対に離婚はタブーという考え方ではなく、将来的にそのような方向になったらなったで、自然の流れに任せてみようと思いました・・・。とにかく、自分の思いを抹殺することを少しずつ辞めていきたいと思います・・。自由な思いを手に入れるには少し時間がかかりそうですが、じっくりゆっくりやっていこうと思います。
2006.12.12
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今日もバレエに行ってきました。仕事を始めるにしてもこれだけは譲れず、この時間に私は自分自身をリセットして仕事や諸々のストレスを跳ね返していき、活力にしたいと思ったからです。本当に気持ちが良かったです。気分すっきり爽快です・・。なぜ故に芸術に惹かれるのか?それは精神的なハンディをバネにしてそれ自身をも肥やしにし、表現するからこそ、より深みを増し、芸術性が高められるからだと感じるからです。芸術は芸術家自身の人生そのものであると思うからです。痛み、苦しみ、身もだえするような試練、不条理の世界を経験したものでしか通過し得ない心情の極みの世界。激しい心情の発露、行き場の無い思い・・・。それがすべてが芸術になって表現される。魂そのもの・・。例えば私が好きな現代のピアニストは、フジコ・ヘミングです。あのピアノの音色は魂を揺すぶられます。この人の人生は壮絶極める人生でした・・・・。指先から奏でる音は切ないほどの心情が流れ出る魂の音・・・。その芸術家が持つ魂の響きに人は感動するのだろうと思います。逆に言うならば、そういう人でしか人を感動させられない・・・。我が娘も相当なハンディを背負って生まれてきていると実感しています。到底精神的に強くたくましくないとつぶれていくであろうと予測しています。将来必ず・・、悩む時が来ると思います。今は本人はわからないと思うけれど・・。普通でないということが・・。あらゆる面において・・・。娘の人生は娘が切り開いていくものであります・・。しかし、精一杯選択肢は広げておいてあげたいと思っています。出来る限り・・。こういった理由で娘にはバレエを習わせた次第であります。今後何か困難にぶち当たった時、もしくは行きづまったとき、自分を表現できる場があればと。そしてなによりも私自身が子供の頃、こういうことに気が付きたかったのだということを今日は電車に乗りながらふと考えていました・・。
2006.12.11
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まだ仕事は始まっていない。いよいよ来週からである。いろいろ予定を作っているうちに、ふと、淋しい思いが湧いてきた。今まで娘にいろいろやってきたことができなくなる・・。今までそれは当然のこととして私がやってきた・・。そして私にある程度時間の余裕があった為、ゆとりを持って娘にいろいろなことをできたと思う。娘とゆっくり向き合えたようにも思う。ゆったりとした時間の中、娘の気持ち、思いも心でかみ締めながら受け止める、またやりとりすることができたように思う。とても幸せな時間だったと振り返る。それはお金には換えがたいものであったと思う。その一方で経済的な不安定さや環境を思うように作って上げられないことや諸々のことで、申し訳ない思いを娘に対し私が持っていたので、余計に私が今できる精一杯を与えたいと思ってきた。それが良いことだったのか、悪いことだったのかはわからないが・・。とにかく、精一杯思いを尽くしたかった・・。それしか私にはできなかったから・・・。娘を犠牲にすれば、今までだって十分にフルで仕事はできたとは思う。しかし、私にはそれができなかった。確かに保育園の事情は厳しかったし、夫の仕事の都合で転々と住居を移らなければならなかったというのもあったけれど・・。しかし、子供のことを優先しなければいくらでも働けたとは思う。しかし、それは私にはとても耐え難いものがあった。いつも娘のことを考え、絶対優先し、方向性を決め選択してきた。この子だけは・・と思い・・、いつの間にか今のような生活スタイルになってしまった。私が仕事を始めることにより、いよいよ、この生活スタイルが変わろうとしている。今までやってあげられたことができなくなる。正直とても淋しい・・・。大丈夫だろうか?心配もある・・。今までのように細かく見られなくなる・・・。しかし娘ももうすぐ小学生・・。確かにしっかり自立するにはいいチャンスかもしれないとも思う。成長と共に今度は娘が自分の人生を歩み始めていくのだ。私ではない娘の人生が・・。そして娘には強くたくましく生きる力を付けなければならないと思っている。そうだ、いいチャンスである・・。私から少しずつ、離れていく。思えば本当に今までいつも一緒だったね。あなたの心が手に取るようにわかった・・。私の両親も”おまえと00(娘の名前)はしっかりとした信頼関係を結んでいる、いいことだ”と認めているくらいだし、母親を10代で亡くしていて情関係が薄かった母からも直接的には聞いていなく父親経由だが、私と娘とのやりとりや関係を見て母親の愛を感じたと言っていたくらいだから、きっとまんざらでもないのだろうと思う。正直、淋しさと心配な思いが募る。しかしきっとお互いに次のステップに進む時なのかなとも思う。今までのような関係は卒業する時なのかなと・・。今まで築いてきた土台の上に更なるステップを踏んでいこうと思う。しかし、どんなに忙しくて時間が無い時でも娘の心にいつでも関心を寄せ、慕っていこうとは思っている。しみじみ改めて娘が慕わしくなった・・。切ないほど慕わしい・・。
2006.12.08
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PCをここ数日間ほとんど開いていなかったように思います。こうして日記を書くのも久しぶりになってしまいました・・・。この数日間いろいろありました・・・。今までも我が家庭はいつも次から次へと台風到来のようなそんな日々で、いつになったら落ち着くのだろうかと思いつつ、ここ暫くは表面的には静けさを伴った平安な日々が続いていましたが、私がまた本格的に問題解決に向けちょっと踏み出した途端、その台風は再びやってきました。そんな数日間でした・・。こうして日記を書いているということは、そう、少しようやくなんとかほんの僅かですが初めの一歩が踏み出せそうな環境が準備されたということです。私の仕事を探すと同時に、娘のことを誰にお願いするかとなるとやはり頼めるのは両親だけであり、そうなると、両親との話し合いと段取りも必要になり・・。またパパのことも当然話にあがってくる・・。私の両親ももちろん自分達の趣味や生活スタイルはほとんど変えたくないし犠牲にしたくないという思いがあったとしても、私達に対してできる範囲で協力したいという思いが最近は伝わってきていました・・。私の両親、特に母はとても多忙であり、既に仕事はリタイアしているが、趣味や交際関係が忙しい日々を過ごしているので、私の心の中で、”UCに入り多大なる迷惑をかけてしまったし、老後充実した生活を満喫しているのにそれを邪魔したくない”という思いが強く、自分が働きたいので少し娘のことをいざとなった時にお願いしたいということはとても今までは言えなかったのです。また正直、そう言えるほどの人間関係も信頼関係も今までは築けてはいなかったのです。しかし、少しずつ時間をかけ、時にはぶつかり、けんかしつつ、反発しあいながらも徐々に前向きな人間関係が生まれていってはいました。そして、今回私はこんなこと悠長なことを思っている場合ではないと思い、今回はお願いをしてみたということです。私の心の中にいろいろな面で少し不安がありますが、とりあえず、承諾を得ることができました。そして両親も多忙な人たちなので、綿密に打ち合わせをして、その合間を縫って私の仕事の予定が出来るという訳です。かくして、来週からさっそく仕事を始めることになりました・・。どんな内容なのかはおいおい書いていきたいと思っています。本当は一番やりたい仕事は営業事務などの事務職か、子供と関わる教育関係だったのですが、時間帯などの事情により、難しかったので、それとは全く違った分野になりました・・。選んでいる場合ではないですし・・。子供の冬休み、夏休みなどがあるので、時間的にも融通が利く仕事でないと受けられませんでした。しかし長い目で見てやりがいはありそうです。そう、一番の台風の目はパパでした・・・。本当にこの人は・・、なんと言ったらいいのでしょうか?言葉が見つからないです・・・・。私は正直この人のことが未だによくわかりません・・。これは同じに日本人だったとしても、同じに思ったと思います。ましてや、全く違う文化、生活習慣、そして・・、言葉。とにかく・・、不思議な人です!決して悪い人ではありません。素性はいいとは思います。そしてとてもピュアな人です。心の中は・・。驚くほどに・・・。もう少し自分をなんらかの形で表現してくれたら、うれしいのですが・・。周囲には訳わからないことが多分にあり、それが本人にとってとてもマイナスにとられてしまうことが実に多いと思います。しかし、いろいろぶつかった数日ですが、昨日辺りから、少しずつ日本語を使いながら会話をするということにトライするということは受け入れたようです。私も日本語をなるべく本人が使うように先導していきたいと思います。やっとその気になってきてくれましたから・・・。まだまだですが、なんとなく前向きとまではいっていませんが、我が家庭も少しずつ動いていきそうな予感がしています・・。なんとかこれをきっかけにして、少しでも希望ある未来を作っていかなければと、思っています。
2006.12.07
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相変わらず、日本語を勉強しようともしないパパ。昨夜、機嫌がいい時を見計らって以前から聞きたかったことを聞いてみました。”ねえ、どうして日本語勉強しないの?どうして?嫌いなの?日本語が嫌?””嫌だ!嫌い!”と一言・・。ちなみに会話の内容が英語ばかりだと覚えないだろうから良くないと思い、極力日本語で話すようにはしてはいるのだが、結局全く通じなく、彼は沈黙してしまい、話にならないので、一度日本語で話をし、次にもう一回同じことを今度は英語で話すというパターンになってしまっています。しかし、昨夜の答えも・・、まあもうわかってはいるのですが、娘が目の前にいながら、日本語が嫌いだと堂々と言われてしまいました・・。”ねえ、自分の娘が何を感じているとか、今何を思っているのとか知りたいと思わない?自分が直接話をしていろいろ話してみたいと思わない?”と聞いてみたのだが、いつものごとく黙ってしまい・・、そのうち、す~と違う部屋へ移っていってしまいました・・。娘がいつものごとく、淋しそうな顔をしていました。う~ん・・・。彼は少し性格的な欠陥があるのでしょうか?以前から確かに少し気になってはいました・・・。ついに、この間父親にも”心療内科とかの専門医に見てもらったほうがいいのではないか”と言われてしまいました・・。う~ん、しかし、ここでも言葉の壁が・・・。私が通訳をやらなくてはならないのか?日本にいて私以外に彼の心の触れられる人っているのでしょうか?思えばいつも私を経由してのコミュニケーションであります・・・。彼は心の病気なのだろうか?それとも性格上の問題?一度やはり専門医に相談した方がよさそうな気がしてきましたこの頃です。
2006.12.01
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