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最近俄かに忙しくなってきました・・。そうです!本格的に就職活動開始です。日本は職と時間帯さえ選ばなければはっきりいってまだまだ求人はたくさんありますよね。しかしやはり子育て主婦にとって一番のネックは時間帯です。どう私生活の子育てと仕事を24時間の中に組み込んでいくか、そして諸々の事情に折り合いをつけていくか・・・、そこですね、問題は・・。ではでは、今日はこの辺で。
2006.11.30
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もっともっとパワフルに元気になれるように、テンプレートをちょっと変えてみました・・。いががでしょうか????なんとなく、元気になってきたような気がしませんか?とにかく、やるっきゃあありません~。このままでは娘のパワーに負けてしまいますから・・・。
2006.11.28
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どうしたらいいのか?私の心は苦悩している。夫婦とは一言で語れないさまざまな深い内容があるけれど・・、そして時にはそれは覚悟だったり腹をくくるということでもあり、そして・・、時には堪忍してあきらめるということも必要であると思う。そしてさまざまな過程を通過しつつ、お互いに人格が穏やかに丸くなっていくのだろうとも思う。しかし、時々私は私としての置かれた立場と責任として、何を夫にしてあげたらいいのかわからなくなるときがある。それを詳しく語るには、私が夫と今に至るまでの内容を少しは書いておかなくてはなるまい。私の夫は、8人兄弟の末っ子であり、私が結婚した当初、只一人の独身で実家に居て、それはそれは母親や近所に住むお姉さん達にたっぷり愛情を注がれかわいがられながら育ってきた人だった。それは私が日本に連れてくるときまで続いていた・・・。自分の母国でさえ、何一つ自分から決断を下したり、自分から何かやろうという姿は一切見られず、なんでもかんでも周囲の人に助けられないと何も出来ないという印象はすでにこの頃からあり、私はとても不安に感じたのを覚えている。家族仲がいいのは良いことなのだが・・・。UCの教育のおかげで私はこの人を絶対に教育しなければいけない、私が母として生み直さなければならない、私がすべて責任を持って立派な大人に育て直していくのだなんて妙に意気込んでしまったのも事実である。とにかく私には祝福を全うしなければならないという思いしかなかった。それが神様の解放に繋がると固く信じていたから・・。特にどんな理由があれ、一度韓日の祝福を、恩赦式に参加したにも関わらず、壊している為、命がけで全しなければならない、私のミッションであった。とにかく”きちんと家庭を出発し、子女をもうけること”がまず、わたしがやらなければならない使命であった。とにかくマッチングを受け、家庭を出発し、日本に連れて来るまでも本当に多くのドラマがあった。その間、私は海外宣教に行っている。はっきり言って私でなかったら、この人と家庭を出発するなんて到底無理だっただろうと本気で思う位である。そういう強く恐ろしいほどの信仰を持つために、私は今までUC内で日本で海外で訓練を受けて来たに違いないと自負できるくらい、いろいろなことがあった・・。後に機会を新たに書きつづってみたいと思うが・・・。ここでは到底書ききれない・・。そして、夫の現地と私の祖国とでどちらで家庭を持つかということは悩んだのだが、まず、日本に来て彼を近代的文化に触れさせながら育てていこうということに決めた。いつまでも家族と一緒では彼がどうしても甘えてしまう・・・ということや諸々のことを考えつつ・・・。彼はとてもある一種(というのはとてつもない頑固な一面もある為)子供のように従順に従うという面があり特に家族に対しては絶大なる信頼を置くせいか、本当に従順で無垢な人であった。故に既に日本で家庭を持っていた彼の姉のたった一通の手紙により祝福を承諾し、受けることになる。驚くべきことである。また、私の一言で日本行きもすんなり承諾し、すべて私にお任せであった。日本のビザの手続きについても日本で準備するのはもちろん私の仕事であるが、それ以上に大変だったのは彼の国での現地においての手続きだった。彼は全く準備をしていず、私が現地に行ってしかも私がすべてやらざるおえず、また日本のようには手際よくというわけにはお国柄そうはいかなかった・・・。しかし、私以上に彼はすべてに不慣れで自分の国でありながら、怖気づいてしまったので私がすべてやらざるおえなかった。私はこの為に海外、特にアフリカという国で経験をさせてもらったのだと妙に納得してしまう自分がいた。確かに海外での経験はすべてのことに生かされた・・・。そこでまた神様なんていうのも感じてしまったりもしたし・・・。また彼は本当に運が悪かった・・・。どうして、こうも・・・、と思うことが只あった。私は結構今までの協会生活において神様と霊界に導かれたことが多くあり、自分で言うのはなんなんだが、試練は多くあったけれど、最後には導かれ、運が強かった。人との出会いも良かった。しかし、彼は逆だった・・・。しかしそのことが逆に私にとって、協会の教えにぴたりと当てはまってしまい、”そうか、私と全く逆の人だ、この人を生かすのは私の使命なのだ”と奮起し、葛藤しながらもますます頑張ろうとしていた。そういうわけで、私は熱帯雨林の山奥から、自分で勝手に夫を日本に連れ出してきて、家庭を持ち、今に至っているということです。今だから思うのだけど、はっきり言って強烈な信仰がなかったらこんなことはできなかったと半ば目が覚めた冷静な状態になりつしみじみ思う次第である。日本で家庭出発した当初、なんだかんだいっても私は恥ずかしいことに強気であった。その当時、私は家庭を出発する為に帰国してきたのだが、夫のビザを申請するためにどうしても一般の企業で働かなければならず、就職活動をしたのだけど、以前の日記にも書かせていただきましたが、ラッキーなことに結構きちんとした企業に勤めることができ、なかなかの給料をもらえていた。故に夫が暫く仕事が見つからなくても大丈夫だったし、私が妊娠するまで、10万そこそこのアルバイトでも十分に生活はできていた。そして私は必ずもう一度今度は家族でアフリカの宣教国に戻る決意をしていた。そして摂理に答えるべく壮大な計画を立て準備をしていた。その当時の幹部と共に・・。今思えば馬鹿なことなのですが・・。そしてその強気の思い、世帯主として気迫とやる気十分な気持ちは、女性として子供を産むという責任重大の使命により・・・、少しずつ状況が変化していった。その後一回流産を経験した私はなんとしても子供を守りたく、つわりも酷くとても通勤ラッシュには耐えられなく、そこで退職する形となり、それから経済的受難が続く。夫には日本に住むようになって一番重要なのは言葉をまず覚えることということで、ボランティアの日本語学校に行ってもらったりしたのだが・・・、いつも挫折をしてしまっていた。当初から時には口をすっぱくして、またあの手この手を使いながら彼に日本語を覚えて欲しいとあらゆる手段を試みた。海外に出たら言葉は必修科目である。私自身身にしみて経験している・・。しかし彼は駄目だった・・。必要性を感じないらしい・・。やる気がなかった・・。また日本に溶け込もうというのもなかった。このまま孤立をしてしまう感じだった。私は地域の国際交流の場に何度も足を運び、働きかけをしたが、彼の反応はイマイチであった。彼に少しでも日本の社会に慣れ、溶け込んで欲しかった。しかし、興味が無い様子だった・・。そうこうしているちに、もう月日は流れ、愛娘も6歳になり来年は小学校である。もうとっくにひらがな、カタカタを覚え、漢字すら書けるようになってしまった・・。娘と一緒に覚えてもらおうと一緒に遊びながら学ばせる機会も試みたことが何度もあった。娘の教材を夫にも見てもらおうと、働きかけた・・・。すべてが無駄であった・・・。どうしたらよいのだろう・・・。どうしてこんなにやる気がでないのか?どうして現状に満足してしまうのか?今まで私がすべてをやってあげ過ぎたのだろうか?私の両親はこの現実にあきれ果てています。直接コミュニケーションがとれない歯がゆさを・・・。なぜなのか?と・・・。私も散々しかられた・・。私がすべて日本語でしゃべらないからだと・・・。今までがやってあげ過ぎたのだと。この間も職を探しにハローワークに夫を私が付き添って連れて行ったのだが、スタッフの人に"日本語を話せますか?書けますか?”と最初に聞かれ、その答えが”NO”だった為、話にならず、ほとんど私に対する説教(やはり妻の私の責任らしい)で時間を費やした。仕事を紹介するという話という段階ではなかったらしい・・・。ハローワークの人は言う。"奥さん、頑張って!そこは奥さんの愛情で・・・。好きで結婚したんでしょう?奥さんが頑張んないと!奥さんの愛情で変えていかないと・・”と。夫は終始無言の状態・・・。そしてさすがの私もショックだったのがひらがなで私の名前も娘の名前も読めないし、書けなかったことである。もう心が痛んでしまった・・・。私の夫は今の現状で十分に満足らしい。そしてもともと受身の人・・・。どうしたらいいのだろうか・・・。あらゆる手段は尽くしたつもりである。あとは夫のやる気がなければどうにもなるまい。それともまだ私がやるべきことが残されているのだろうか?あったとしたら知りたい、具体的に。以前スパルタ式の私の母にも日本語を教えてもらっていたこともある。そのときはやる気を見せるのだが・・・。そのときだけで終わってしまった。未だに一人で買い物もできないし、マクドナルドなどのほとんど英語名の商品でさえ、注文することができない・・。もちろん、役所関係や銀行関係など皆無に等しい・・。常に付き添いが必要となる。言葉の問題なのか性格の問題なのか・・・・。しかし確かに、母国でさえ、私がすべてやっていたものだから・・・。今後将来どうなっていってしまうのだろう・・。私はいいにしても、娘に対してや私の両親に対して、また周囲の人に対して・・・。夫に対する評価はますます厳しいものになると予測される。そしてこういう状態だと社会に認められることは不可能だろう。ましてや今よりもよい待遇の職を得るのは難しい・・・。話にならない・・・。もうかれこれ、夫は日本に来て8年になり、とっくに永住権は得ている。
2006.11.27
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今夜9時、10チャンネルにてスペシャルドラマ”氷点”後半を放送します。クリスチャンの三浦綾子原作”氷点”は私がUCに入りたてのまだ学生だった頃、夢中になって読んだ本の一つです。圧巻でした・・。心が揺さぶられたことを思い出します。究極の許しとは何か・・・。原罪とは・・・。クリスチャンなら誰でも一度は考える内容なのではないでしょうか?あれから何年経ったでしょうか・・・?今現代はとても複雑な問題を抱えている時代だとも思います。なぜなら、この話のように自分の愛する娘を殺した殺人犯の娘を育てていくという選択・・・。誰もが相容れがたい内容・・・。ある意味では道理がかなっている情だと思います・・・。そして純粋な本来の人間らしい心のあり方であり、究極の問題定義の内容であると思います。しかし現代は実の子供であってさえ愛することが出来ない・・・、虐待してしまう、殺してしまうと言う現実。母であると言う立場より、自分が女であることをためらいもなく選ぶし、子供より男を当然のごとく優先させる・・。そこには良心の呵責というものは存在するのでしょうか?なんだか、とてもやり切れ無い気持ちが残ってしまいます・・・。あえてこういう時代にこういうスペシャルドラマをやるということ・・・、何かのメッセージを現代社会に強く与えたいのではないかとふと思いました。
2006.11.26
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ディープインパクト、たった今勝ちました!後方からの後方、ドン尻からのばく進劇。とにかく嬉しいです!フランスではいろいろありましたね。あれはいったいなんだったのでしょう・・・?未だに私は納得していないのですが・・・。しかし、今回やってくれました。さすが大和魂です。武豊さんも感無量だったのではないでしょうか。引退かという話もありましたが、意地があったのでしょう・・。関係者の方すべての思いも込めて・・・。底力を見せてくれました。後は有馬記念を残すばかりです。がんばれ~、ディープインパクト。実力は無言のまま言い訳せず実体で示すということを教えてもらいました。
2006.11.26
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22日の水曜日、この日は幼稚園が短縮保育でした。娘を幼稚園に迎えに行き、お昼を一緒に食べ、アイロンがけや細かい家事をしていつものように何気なく時間が過ぎていこうとしている・・、そんな時でした・・・。突然、娘が"ディズニーに行きたい”と言い出しました・・。クリスマスシーズンなので結構の数の娘のクラスのお友達が行っているらしい・・との情報は以前から聞いてはいました・・・。そしてパパとも12月だと混むから今月中に行ってみようかと言う話は確かにしていました・・。そして、この日はとても暖かく天気もいい感じ・・・。週末はとても寒くなるという天気予報・・。ネットで調べているうちに、私も行きたくなってきてしまい、ついに”よし、それじゃあ、行ってみよう”と思い立ち、実行に移してしまいました。思い立ったら吉日。ディズニーリゾートは、私達家族の唯一と言っていいほどの譲れない娯楽であります。パパとの交流を深めてきた場でもあり、私以上に、娘以上にエンターテイメント好きのパパはディズニーリゾートの大ファンなのです。私はあの20年間という期間がありながら、もうトータル三十回近くは行ってますし、1歳から行き始めた娘は誕生日は必ずディズニーリゾートホテルに宿泊していて、なんだかんだで今回でついに12回目になりました。家庭を持ってから必ずパパと一緒に行くのが定番だったのですが、今回は平日でしかも急に決めたこと・・、申し訳ないけれど、娘と初めて二人きりで行くディズニーということになりました。まあ、心の中でやはりお金のことも気になり、娘と二人きりの方が何分出費も大分減るだろうと見込んでのことでしたが・・・。心の中で"パパごめん~”と叫びながら・・、とりあえず、書置きだけを残して・・。後は現地で携帯で連絡つける予定ということで、そそくさ準備をし、いざ出発・・。今回はランドの方へ行きたいという娘・・。はいはい・・。こんな無計画で行くのは今回が初めてで、さすがの私も”おいおい、いくら片道1時間の道のりでも、こんなのってあり?”って何度も口ずさんでしまったのでした。でも、娘と妙に盛り上がりながら、現地に向かいました。現地に着いたのは3時半過ぎ・・。ああ、本当にこんなのって初めて・・。案の定、バズもプーさんのアトラクションのファーストパスはもう時間切れ・・。ファーストパスのシステムになってから、これを使わないできちんと並んで待つのもこれまた初めてのこと・・。次の日休みということもあり、またクリスマスシーズンということもあり、人が凄かったです。まあ、予想ついてはいましたが・・。それぞれ2時間待ちました・・。とにかく、どこへ行くのも何に乗るのも何かを買うのも、並ぶ並ぶ・・。トイレも。すべてが想定内ですが・・・。ディズニーリゾートは待つのもエンターテイメント・・。待ってこそ、ディズニーリゾート・・。判ってます!判ってます!!はいはい・・。娘も頑張りました・・。こんなに成長したのか・・と思わされるほど、忍耐強く本当に助かりました。娘の一番好きなのは、”It's a small world"でいつも5回は乗るのですが、今回はクリスマススペシャルバージョン仕様になっていた為、やはり一回目が40分待ちで、3回しか乗れず・・。その後、”snow white and seven dwafts"と”ピノキオ”、そしてメリーゴーランド・・、そしてエレクトロニクスパレードを見て、閉場の22時まで楽しませていただきました。この時期にしてはとても暖かく完全防備をしていったのですが、あまり寒くならず助かりました。そして何よりも本当にきれいで感動しました。ディズニーリゾートはクリスマスシーズンが一番輝く時でもあり、特にランドはデコレーションが素晴らしかったです!やはりクリスマス仕様ディズニーは何度来てもいいと実感しました。娘と二人できゃあきゃあ~言いながら満喫できました・・。"やっぱりパパと一緒に来たかったね~。見せたかったね~”なんて二人で言いながら・・・。また娘の好きな”It's a small world"も本当に良かったです!私もあんな世界が大好きです。白人も黒人も黄色人種も、人種、言語、思想、宗教を超えて一緒にいれること・・。本当にそんな世界が素晴らしい!!!いつまでたってもこの世界には胸がきゅんとなり、涙が出そうになります・・。娘にはそんなグローバルな世界を感じて、少しでもそんな世界の役に立てる人間に成長してくれたらと思い、それが私の本望であります・・・。そんなこんなで、自宅に着いたのはもうすでに夜中の12時を回ってしまいました・・・。パパごめんなさい、そしてありがとう・・。今度はまた一緒に行きましょう・・。でもあなたの娘は本当に成長してきましたよ。二人手を合わせて頑張って親としての責任を果たしていきましょう・・・・。Thank You so mauch!!!ちょっぴり冒険の今回のディズニーリゾートへの旅でした。
2006.11.24
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最近両親との交流が増え、たくさんの会話をするようになりました。私がUCを脱会し、真っ向からお互いに個として向き合えるようになったということと、何よりも愛娘のパワーは恐ろしい程に私の両親の心情の堅さをことごとく溶かしていきました。そして今も溶かし続けています・・。正直ここまでとは、私は予想だにしていませんでした。恐るべし孫パワーであります・・。また、両親との交流、多くの会話の中で、私は多くのことを気付かされ、たくさんのことを学んでいます。それがとても嬉しいです。私と両親の間には20年間という長い年月もの隔たりがありました。ちょうど思春期の反抗期が終わり、成人になり、社会経験を積み上げていくと同時に、その頃の時期というのは自分の両親、家族とも向き合い、交流を持ち、係わり合いながら、共に成長する時ではないかと思います。親も親として、子も子として・・・。そして家族としての良き人間関係をお互いの立場において築き上げていくのではないでしょうか。私はこの失われた20年間を取り戻す為になるべく両親と交流を持とうと積極的に働きかけてきたつもりです。どんな理由があれ、私は両親に親孝行をしたいと思いつつ、結局は両親に深い悲しみを与え、苦悩させてしまったのは事実ですから、私の心はとても痛かったのです。それを少しでも回復したいと思いました。はじめは事あるごとにとにかく責め続けられました。長年の私に対する恨みをことごとくぶつけてきました。それからそういう思いに便乗させ、それぞれの個人的な恨みまでぶつけてくることも只ありました。私がどんなに小さい子を抱えてたいへんな状況だったとしてもおかまいなしに・・。その当時私自身にも精神的にももちろん物質的にも追い詰められていて、さまざまな課題が山済みになっていてとても心に余裕がなかった常態だったので、辛くて辛くて、本当に逃げ出したかったです。住んでいる場所は同じ関東県内で、お互いにそんなに遠くではない場所でした。もうこのまま海外に逃亡しようかと思ってみたり・・・。それかせめて、音信不通にして日本のどこか遠くへでも引っ越しするか・・とか。しかし、私の心の奥底の本心はやるべきことを冷静にわかっていました。”ここで逃げてはいけない””父と母をここまで追いつめてしまったことを私は今までしてしまったのだ、とにかく、両親との関係を良き関係にしたい”この一心でした。私には弟が一人いるのですが、エリートで優秀でもあり、小さい時から両親から絶大なる評価を得ていたのですが、それが両親の過信だということと、何よりもその弟からの裏切りに合い、精神的に相当打撃を受けた時期と重なっているということもあるということをここで付け加えておきたいと思います。そして我が弟は未だに音信不通になっていて、両親の深い悲しみの原因になっています。そんな中、弟の件も私に相談してくるようになり、徐々に両親が私に心を開いてくれるようになってきました。本当に嬉しく、ありがたいことです。何よりもきちんと向かい合いたかったからです。もちろん、いろいろな課題がまだまだ残っていますが、こうして思ったこと、感じたこと、聞きたいことを話して伝えることができ、それが返って来るということはとても感謝すべきことです。極々当たり前のことなのですが、我が家族はそれができなかったのです・・。まだ弟のことが両親にとって深い悲しみになっていますが、少しずつ時間をかけながらも、姉として努力していきたいと思っています。もう両親も歳なので、最後家族が心が一つになれたら・・と思っています。思えば小さい頃から私が求めていたこと・・・、家族の心が一つになり、通い合うこと・・。これだったような気がします。そして、面白いことに、頑なな我が両親の心にすっと、溶け込むように極自然と入り込んでしまったのが我が娘なのです・・・。評価ゼロだった私に対しても我が娘を通して少しずつ信頼をしてくれるようになりました。本当にありがたいことです。我が娘がたった一人で私の家族、皆を自然に一つに結んでくれようとしています。父も母も私も・・、そしてパパも皆、頑なで意固地で素直ではありませんでした・・。それが娘の成長と共に着実に溶けていっているのです・・。弟もそのうち・・・きっと。そう心から願っています。娘はなぜかじいじっこ(要するにわたしの父)なのですが、それでも私の母も我が娘にぞっこんの様子。母は誰よりも頑ななのです。情が本当に堅い人なのですが、そんな母も・・・。どんなにいろいろ文句言われようが、やはり母に立会い出産してもらってよかったと思っています。(実際、出産に三日かかりもう体力の限界だったところ、母に怒られ怒られ、文句言われながら出産しました。そう、母は強く怖い人なんです。)そう、一番初めに愛娘を見たのは他でもなく、この母なのだから・・・。我が母の情の解放と、私の愛娘と母を強く結び付けたかったから・・・。これからも責任を持って、我が娘を育てていきたいと堅く心に誓います。
2006.11.22
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本日バレエレッスン3日目。初日の体中が痛くなり、歩くのも厳しい状態からは確実に抜け出しています。今日は余り筋肉痛にならなそうな気配すら感じます・・。いい感じです・・。レッスン自体は全員が初心者、そして子持ちのママさん達なので、クラシックバレエというより、それを基本としたストレッチとバレエのポジションの練習という内容です。まず床の上でのストレッチ。体を柔軟にする為と温める為。上体と足を中心に少しずつ伸ばしていく・・・・。そして開脚・・。実は娘と共に6月から毎日ストレッチは欠かさずやっていたので、少しずつではありますが軟らかくなってきた実感がでてきてはいます。娘は3歳になる前からバレエを始めているので一緒にやっていると私に手厳しくあれこれ言ってくれます。思わず、「ママはとにかくコツコツマイペースでやるよ。でもね、いつか絶対に亀のようにウサギに勝ってやる~」と娘にはっぱをかける意味で、そう言いながらやってはいるのですが、追いつけないのは百も承知であります。母はマイペースでやるのみであります。それから、バーレッスン・・。バーを使って基本的なポジションをクラシック音楽にあわせながら体を動かすのは、難しいけれどもまさしく私にとって至福の時です・・。体も痛いし疲れるけれど、快感です。なんと気持ちがいいのでしょうか・・・。大好きなクラシック音楽に身を委ねながら体を動かしていくこと、心から幸せを感じてしまいます。やっぱりバレエを始めてよかったと思う瞬間です。最後にセンターレッスン。主にジャンプや回転などを教えていただいています。そして挨拶をして終わりです。今日も本当に楽しかったです!やっぱり、勇気を出して始めてよかったです。これを活力として、少しずつ”私”としての一歩を具体的に行動として踏み出していけたらと思っています。電車で通っているのですが、気が付くと電車の中で足をバレエのポジションに動かしている自分がいて思わず一人でにんまりしてしまいます。そんな時、つくづく私ははまりやすい人間なんだと実感します。とにかく、前向きに明るく希望的に生きていきたいです。一度しかない人生、悔いなく生きていきたいです。何はともあれ、こうしてバレエレッスンを受けられることは幸せなことだと思いました。感謝!!
2006.11.20
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日々日々寒くなってきています。今朝、娘を自転車に乗せ、幼稚園へ送りに行った時、頬に当たる冷たい風がもうすぐ来るであろう冬の到来を告げていました。今年は暖冬ではないのでしょうか。きちんとした平年並みの冬が来るのでしょうか?私は2月に生まれたので寒い冬はとても愛着を感じます。なんだか懐かしいような・・・。それでも年と共に苦手にはなってきつつあるのですが。この前は不思議なことに秋だというのに、3年住んでいたアフリカの風を感じました。匂いというか・・・。ふと、ここが日本ではなくアフリカに一瞬いるような錯覚に陥っていました。しかも一日のうち何度も何度も、そう感じました・・・。そんな時なんともいえない気持ちになります!!!くすぐったいような、変な気持ち・・・・。いつかはパパと娘を連れて行ってあげたい!私が行ったことのある国すべてを・・・・。これはいつかは必ず実現させたいと計画しています。もし、時間と溢れるほどのお金があるなら、私は断然世界一周旅行へ行きたいです。私が以前訪れた国を中心に・・・・。一人では淋しいから、家族で行きたいです・・・。家庭を持った喜びを知っているから、必ず家族で行きたいです。そういえば先週の金曜日に娘を連れて眼科に行ってきました。とても丁寧な優しいDoctorで、ほっとしました。とりあえず、今は様子を見ましょうということになりました。手術は全身麻酔でまだ小さいので、なるべく避けたいということと、そんなには目にまつ毛がかかっていず緊急性はないとのことでした。視力にも影響はなかったのでとりあえずよかったです。今週の月曜日に第2回目、バレエレッスン行ってまいりました。今回は以前ほど筋肉痛になっていません・・・。少しずつ筋肉が付いてきたのでしょうか?それから、バレエと関係あるかどうかわからないのですが、今月に入り食べ物がおいしくてしかたなく、ついついたくさん食べてしまい、ずっと一定の体重をキープしていたのですが、最近1キロちょっと増加してしまいました・・・。バレエの先生曰く、"新陳代謝がよくなったんじゃない?”って言われたのですが、確かにそうかもしれません。体重は増えても、どうしても細くならなかった足が心なしか確実に細くなっているのを感じています。もちろん、毎日のストレッチは例え10分でも欠かしてはいません。少しずつ体も柔らかくなってきたように思います・・・。少しずつでもコツコツやったら、バレエらしく素敵に踊れるようになれるかしらと密かに夢を抱いています。今はお笑いでも・・・・。5年先、10年先には・・・、きっと・・・。
2006.11.17
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昨日の日記はなんとなく妙に暗くなってしまいました・・・・。本当はそのように書く予定ではなかったのですが、書き進めるうちにそのようになっていってしまいました。というのはどんなことがあれ、UCを正当化する理由などどこにも無く、そこを意識していたらあんな文章になってしまったのでした。昨日書きたかったこと、UCの体験の中において私の中で自分なりに精神世界だけをみるならば、とても満足しているところもあるということです。それは現実世界の中ではめったに得ることはできないことだと思います。そう、私がすっきり、後腐れも恐怖感もなく見切りを付け、脱会できたのは、すべてをやり切ったと自負するものがあるからです。霊界など怖くもありません。全く未練などありません。やり切りました・・・。本当に満足です!こういう気持ちで辞められたことはある意味感謝です。どんなことに対してでも、何事も一生懸命自分なりに頑張るということ・・、そこから何かしら得ることはできます。それはとても感謝しています。純粋に頑張れたこと。とても充実していた日々でした。もちろん苦しいことはあったけれど・・・。最近のUCの世界は良くわからないし、私がいた頃とは大分違っていると予測がつきますが、文鮮明氏も幹部の方も本気で純粋に世界の為に人類の為に、そして神様の為に摂理を進めていて欲しかったとつくづく感じるときがあります・・・。それは私の本望であったから・・・。そして信じた人たちもそうであったに違いないでしょうから・・・。その気持ちはかけがえの無いほどの素晴らしいものだし、私はそういう世界が好きでした。しかし、現実社会はもっとどろどろしていて、醜いものがたくさん蠢いています。打算やエゴの塊の世の中です。その中で私としてどう生きていくのかということが問われていると感じます。私は清く気高く、純粋に生きていきたいです。子供にもそう生きて欲しいです。どろどろの中にもまれて汚されて、醜くすれていくのはどうも性に合いません。そういった意味ではカルトと言われていても守られた環境の中で一時的にいたというのは一種幸せだったのでしょうか?いやいや、どうせなら、やはりスポーツや芸術世界の中で世間知らずと言われようが自分を投入できたらもっと良かったに違いないとはもちろん思いますが・・・。紛れも無く、私の青春時代は一種聖い世界の中で(今思えば馬鹿みたいですが)世界平和を夢見て一切自分のことを考えず、一番おしゃれしたい時、一番男女関係も多いだろうと思われる時に、ひたすら神様の為に泣き、為に生きる精神で一昼夜過ごしてきたことであるということは、素晴らしいことなのかもしれません。”ある意味”において・・・・。(←このある意味というのが曲者ですが)今現在、主に子供を通してのお付き合いすることが多いのですが、私に対するイメージは世間ずれを全くしていないので、お嬢様育ちで、私立の一貫校出身と思われてしまうことが多いのですが、こういうところからきているのでしょうか・・・。まあ確かに世間知らずですが・・・・。自分自身がすれていくこと・・・。私には許せないことです!どんなことがあってもいつでも人間としての尊厳と温かみと聖さを持っていたいと痛切に感じています。夫もそういう人でよかったと感じています。こんな家庭なのでこの現代の世の中は(特に日本では)ひじょうに生きずらいというのが正直のところですが・・・。将来娘が嫁ぎ、親としての役目がひと段落着いたら、夫は自分の国に二人で帰ろうと言っています。それもそれでいいかもしれないとふと思うのですが・・・、しかし熱帯雨林の過酷な環境・・。政治的、経済的不安定な環境。医療事情・・。などなど。果たして年老いた私の体は付いていけるのだろうかという不安があります。しかし精神的にはそんなトロピカルな場所で人との付き合いを大切にしながらピュアにのんびり生きていくのも楽しいに違いないとは思うのでした。
2006.11.16
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”万生懸命”協会員だった人にはなじみが深い言葉だと思います。一生懸命では足りないと言うことで一を万に変えて教祖の文鮮明氏が日本のメンバーに送ってくれた言葉の一部であります・・。私はそのごとく、自分でもはっきり言えること、本当にすべてをかけて自分自身を投入してきたと思います。これだけ一生懸命頑張ってきたことはそれまで一度も無かったし、辞めた現在も一つのことにこれだけ集中して自分をかけ、精神的にも肉体的にも限界まで挑戦したことはないと自負しています。何事もこれだけ長い期間集中してすべてを投入するならば、おそらく何かしら成功をつかんでいるに違いないと思うほどです。それだけ私の心にもどんぴしゃりと合ってしまうものがこの組織の思想やしくみにあったのは大いに認めなければならないとは思っています。私の精神の、ずっとずっと渇望しているものの部分に鋭敏に触れたのだと思います。確かに私は物心付いた時から何かに渇望していました・・。私の心の奥底に、何か自分のすべてをかけることのできるもの、また確固たる確信が持てる人間関係をずっと求めていました・・・。また後で機会を見て私の生い立ちを書きたいとは思ってはいますが、両極端な世界が私の過去にはあり、決して子供らしく伸び伸びと開放的に育ってきたわけではなく、いつもジレンマと葛藤の渦の中にいました。一見時には華やかな時もあったけれど、私にとってそれも虚しいものでしかありませんでした。人間関係も私にとって決して満足できるものは無く、いつも虚無感があり、心から信頼できる人を求めていました・・・。しかし表面には決してそういう思いを見せることはできませんでした。いつも明るく、元気に活発にという様子を見せていました。いつも自分はピエロのような存在だと認識して、自分を演じていました。自分でも驚くべきことなのですがそれは既に幼稚園児の頃からあったし、高校生までそれは続いていました。自分を演じる、なんでもないように明るく活発に演じる。決して自分の本当の気持ちは見せまいと・・・。頑なに自分を隠していたように思います。そして大学入学とともに、ふと今までの頑なな気持ちがふとほんの少しほぐれた時に、そしてようやく自分の居場所探しを始めようとそしてようやくそういう居場所がやっと見つかるかもしれないと気持ちが動いて少し緩んでいた時に、統一教会に大学の友人を通して勧誘されてしまったという訳です。もちろん、全く協会だということは隠して、自己啓発のサークルということで誘われたのですが・・。そこで嵌ってしまったんです。そしてどんどん学んでいくうちにこれだ!私は出会うべくして出逢ったのだと思ってしまうほどの、強烈に引き込まれていくのを実感しました。初めは不信感と警戒心の塊だった私が、見事にいろいろなセミナーや修練会などを通して半年後ぐらいにはすっかり自分の人生を懸けようとする決意までしてしまうのですから・・・。一度信じて自分の人生をすべて懸けてしまう決意ができてしまうと、疑いなど持たなくなってしまいました。これは今思えば恥ずかしいことだけれど、この為に自分が生まれてきたんだという気にさえなってきてしまいます。またそう教え込まれるのだけれど・・。義務感・使命感・召命観や神様・誤父母様・世界の為にとにかく生きることが自分の生きがいになってくるのです。それは間違ったことで、この組織の中ではできないことなのだけれど、それによって限界まで挑戦し、20年もの月日を半端ではなく完全投入して歩んできたことで経験してきた精神世界はめったに得られることではないと感じています。またそういう環境を共に乗り越え、経験することによりより深い絆で結ばれた兄弟姉妹達(あえてここではそう呼ばせてもらいます)と、過ごした充実した日々・・・。決して忘れることはないでしょう・・・。一生懸命歩んできたその思い、そしてそこで味わった達成感、数数え切れない一種神様との出会い・・。また苛酷な環境で共に同じ目標向かって歩んだからこそ築き上げられた人間関係・・・。そういう環境はもしかして人間誰でも心のそこから本来は求めているものではないかとも思うのです。しかもその目標が公的なもの(世界の為とか)であればあるほど・・。しかし私の心にとてつもない虚無感が襲うのは、やはり間違ったことに向かって一生懸命生きてしまったことです・・・。そこで築いた人間関係はその場限りで、バブルの泡のごとく消えていき、私が脱会をしたと同時にすべてを失いました。また私がとりあえず、築き上げたものはなんにも実績を残せるものは現実社会には何一つなく、それどころか、隠し通さなければならない恥ずかしいものだということに私は深い悲しみを感じています。娘にだって堂々と話せる内容ではないでしょう・・・。私が命を懸けて人生をのすべてを懸けたものが、こんなものだったとは・・・・。そして私が今現在それにより具体的に得たものはなんだったのか・・・。今後あの時以上に投入できるものが見つかれば少しは私の心も満足するのかもしれません。まだまだ私の心はもがいています・・。あの素晴らしい達成感ややりがいの心の満足度を知ってしまったから、そしてそれが間違ったことへ投入だったことに気付いてしまったから・・・。そしてあの時築き上げた深い人間関係の絆の素晴らしさを知ってしまったから・・・。時折、ふととてつもなく侘しい、淋しい気持ちになります・・。まだまだ私の居場所を見つけるのには時間がかかりそうです・・。あせらず、求めて行きたいと思います・・・・。もう間違ったことはしたくはありませんから・・・。
2006.11.15
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先ほど実家から娘とともに帰宅してきました。ほとんど実家に行くときは車です。遠出をする時も、もちろん私の運転です。今ではすっかり車を運転するのも慣れました。私は学生で復帰されそれからずっとほとんど最前線を歩んできましたのでもちろん自動車免許など持っているはずも無く、家庭を持ち子供が産まれ、パパの仕事の都合上どうしても車が必要な土地に引越ししなければならず、まだ1歳にも満たない乳飲み子を抱えながら短期集中で免許を取ることになったのです。完全に母乳で育てていた為そのとききっぱり断乳もした訳です。そして2ヶ月で普通免許を取り、とにかく無我夢中だった為、恐れも知らず全く知らない土地に地図を片手に助手席には日本語が全くわからない夫と赤ちゃんだった娘を乗せ、高速に乗り、200KMの道のりを走らせ、引越しをしたことを思い出します。思えば我ながら本当によくやってきたと思います。ひたすら私が家庭を守らなくてはと必死であったのは確かです。私には”できない!”ということは許されないことでした・・・。私がやらねば誰がやる!という感じでした・・・。もともと小さい時から乗り物は好きだったし、昔若い頃マイクロも長く、ドライバー付きのキャプテン(私が運転できなかった為)もやっていたし、海外での万物復帰でも鍛えられたせいか、地図を見ることは好きで得意でしたし、方向感覚には伝書鳩とうわさされるほど(オーバーですよね)なかなか自信はありました。もう知らない土地でもどこへでも地図を片手に運転しながら、後は勘と直観力だけを頼りにスリル感さえ、味わいながらドライブするというのが私のスタンスであります。カーナビなどとんでもありません。なんといっても夫は祖国でも免許を持ってず、私が取った後、日本で英語でも免許が取れる教習所を見つけたのでとらせようと思いましたが、最低40万ぐらいかかるということで、断念したということです。もちろん助手席に乗っていても日本語が読めないので地図なんて見てくれるはずも無く・・・、しかし、私にはそれも一種の快感のような・・、まあ時には切なくなる時もありますが・・、いちよ、私も女性なので・・・。しかしドライブは大好きです!!!特に、信号があってちょくちょく止まらなければならない一般道路より、断然首都高や高速道路がお気に入りです。夜の夜景もきれいですし・・・。運転できるようになってよかったと思っています。結構免許を持っていてもペーパードライバーの女性も多いと思いますが、私の場合は追い込まれてそうせざるをえなかったのですが、今はとても感謝しています。しかもまだ一度も車をぶつけたり事故を起こしたことはありません・・。車を傷つけたことは今のところないです・・。余談ですが、この間お台場へ行ったときに、TOYOTAの展示場で動体視力の検査をやって、結構いい線までいきました・・・。並んでいる人達から”お~!!”という歓声が上がってしまいました・・。恥ずかしいのですが。火事場の馬鹿力・・・。そんなパワーで私はドライブが一人前になったような気がします。何年かの前の私は運転なんて全く出来なかったのです。自分でもその頃が懐かしいです!まだまだ男性並みには運転できないかもしれませんが、自分ではなかなかの上出来だと思っています。今後もきちんとマナーを守りつつ、事故には十分な注意を払いながら、DRIVEを楽しみたいと思います・・・。もちろん、カーナビではなく、古い地図を片手に・・・・。助手席には愛するパパと愛娘を乗せて・・・・。
2006.11.11
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今日は少し統一協会問題に関して書いてみたいと思います。私にとってずっと心に引っかかっており、どう自分の中で納得し、理解し、先に進むことが出来るのか・・という問題の一つです。でもきっとこの問題は私の人生の過ちの一つとして、結局甘んじて受けていくしかないという結論で終わりそうですが・・・。例え、私が老いてなくなる瞬間においてさえも、決して感謝などはできまいと今は思っています。私は長年に渡り信じきっていた統一協会に見切りをつけ、今現在生活をしています。どのような状態で脱会したのかということは全く一人一人違うのでそれこそ今おかれている事情、環境、精神状態などは人それぞれでありましょう・・。私は脱会をしてもうあのような生活を強いられることはないし、時間もお金も束縛されることは無く、自分の自由に使えます。私的なものはすべて排除しなければならなかったし、公的生活ということで、私のすべてのものは協会のもの(文師のもの)でした。私の精神さえも・・・。まさしく脱会することにより、今、私は自由を手に入れました・・。しかし、悲しいかな、すべての再出発はできるはずもなく・・、それはやはり協会の中のマッチングにおいて無条件で信仰故にその人を結婚相手として受け入れて、実際に結婚生活をし子供までもうけてしまったということです。結婚は人生にとって本当に大事なことであり、特に女性にとって夫により人生が大きく変わることだってあるでしょう・・・。その中でも経済的な問題は大きく占めると思います。私は正直もう途方に暮れています・・。しかし、先のことを考えてもどうしようもないので、とにかく、"今を懸命に生きる"しかないと思っています。将来のこと、子供のことなどを考えると頭がおかしくなりそうで、なるべく考えないようにするしかありません。すべての問題をいろいろ考える時にやはり結婚に対して私は誤ってしまったと思ってしまいます。結婚とは自分だけの問題ではなく、責任が問われ、子々孫々に影響を与えていくことだと思います。やはり自分と釣り合った人と結婚すべきです。それは家庭環境や、経済力、学力、価値観などを含めて社会的にも同じ者同士が結ばれるのが一般的なのではないだろうかと思っています。現に人は自分の過ごしている環境の中で出会いが在るわけでしょうから・・・。中には特殊の形もあるとは思いますが、極稀に思います。もちろん、愛(ラブパワー)があるならば、さまざまな障害を乗り越える力はあるとは信じていますが・・。理想論かもしれません。そう面白いことに、ちょうど家庭を持つときに"タイタニック"が流行っていて、今から思えば恥ずかしい話ですが、自分と主体者を主人公のジャックとローズに重なり合わせて、やたらに盛り上がっていました。劇場に5回も観に行ってしまいました。ストーリーが貧富差や身分を越えて周囲の反対を押し切って愛を貫いていくという内容だったので自分の状況と照らし合わせていたのでしょう。しかし、家庭をいざ持ち、気持ちも協会から離れていった時に、逆にその部分が納得できなくなり、現実はそんなに甘いものではないと不快な気持ちになったのを覚えています。実際あまりにも自分の現実が大変だったのでそう思ったのです。しかし、"タイタニック"の映画は単なるラブストーリーではなく、他にももちろん感動する場面が多くありますし、また未だにレオナルド・デカプリオ(レオさま)のファンですが。きっともし、自分で選んでも出会えないような素敵な人とマッチングを受けていたり、お互いにいろいろな意味で合っている人とマッチングを受けていたなら、きっとこんなに悩んでいないし、人生に絶望を抱いていないと確信します。しかし現実問題そんな人が協会にいるわけないから(が、時々そういう人とマッチング受けられる奇特な人もいます)そんなに理想は描かないけれど、せめて、どこかしら妥協できる・・、このくらいだったら・・とか・・。そんな人だったらどんなによかったかと思ってしまっている自分がいます。それは経済的なことがほとんど占めています・・。人間なんだかんだ言っても経済力は必要です・・・。せめて、常識的な、普通の基準の・・・。人生は誰にだってどんなことでも起こりうるのですから、それはある意味しかたあるまい・・。それを乗り越えていくしかない・・・と思っています。しかし結婚はどうなのでしょうか?やはり結婚もその一つなのでしょうか?私にはそう思えないのです・・・。というのも、あまりにもお互いに恐ろしく違った環境の中で育ち、そして、生活している今の環境、日本という現実に生きていけないくらい・・、事実を受け止めるのも辛くなるのでなるべく考えないようにしているのですが・・・、危うい生活状態だということです。学生で協会に入ったので世の中の一般常識を含め、普通の生活の人がどのように生活しているのか全く知りませんでした・・・。日本の社会制度なども全く知りませんでした。知れば知るほど私は何も知らずに生きてきてしまったと気付かされます。途方に暮れます・・・。日本の生活レベルはこんなに高いのか?日本の平均収入ってこんなに高いのか?うち、お話になりません・・・。こんなに格差が広がっているのか?勝ち組とか負け組みとかという言葉は好きではないけれど、私の家庭なんて話にならない・・・。そして日本の民主主義の世の中のしくみ・・・。やはり経済力であると感じます。特に子育て・・。二極化がリアルに進んでいることを実感します。こんなふうに生きるために私はうまれてきたのではないし、私の両親もいろいろな習い事をさせ、大学まで行かせてくれ、私自身もこんな生活する為に今まで生きてきたのではない!と私の心の奥底でいつも叫んでいる自分がいます。結婚や経済力がもちろんすべてではないけれど・・・、十分わかっていますが、あまりにも自分が育ってきた環境や自分の思いと全く違う生き方になってしまうとどうしてもとまどってしまいます・・。この問題は今の夫が好きとか嫌いとかということではなく、要するに生活力なのかもしれません・・・。結婚は生活力をつけてからするべきだという一般常識は本当に正しいことだと実感いたします。いつこれに関する問題に私自身決着が付くのでしょうか?あきらめるしかないのでしょうか?でもそれではなんだか辛すぎます。
2006.11.08
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もうすでに今日は火曜日です・・・。今日はざっと最近の日常生活書いてみたいと思います。日曜日に久々にお台場に行って来ました。まだお台場がちょっと有名になり始めた頃、パパと一緒に二人で行った以来です。娘は行ったことがありませんでした・・。複数のママ友からもよく子連れで行く話しは聞いていて、以前行ったイメージからどうしてあんなところに子供を連れて行くのかしら?どこで遊ばせるのかしら?と不思議に思っていたのですが、行ってみてよくわかりました・・。なるほど面白いではないですか・・・。子連れでも十分楽しめる場所がたくさんあります。いろいろできたのですね~。そして意外にも高層マンションが立ち並んできたせいか、たくさんの公園もあり、我が娘そこでの遊びがとても気に入り、お台場へ行ったというのにほとんどそこで一日を過ごしたというわけです。特に海岸沿いの公園が気に入りました。ご近所から来るのか、自転車に乗っている人、犬を連れて歩く人、ほとんどがそういう家族連れでした。海がきらきら光って本当にきれいでした。来ている子供達もとてもフレンドリーで年齢を超えて皆で一緒に遊んでいました。我が娘もいつの間にかその仲間入り・・。そんな子供達の様子にいささか日本の子供達の無愛想さにほとほとあきらめていたパパも満足して、"皆いい子達だなあ~”なんて言いながらいつの間にか一緒になってたわむれていました。久々に良い休日でした。本当は3連休だったので車でも走らせて紅葉狩りでも行きたかったのですが、十分満足の行く休日を過ごさせていただきました。そして昨日いよいよバレエレッスン始まりました。なので、今日の私は筋肉痛です・・。う~・・。予想は十分付いていました。ああ~、やっぱり子供の頃から習いたかったです!皆言っていました・・。でもとても楽しかったです。体動かすことはなんて気持ち良いのでしょうか。実はバレエ行く前はちょっといろいろなことがあって気持ちが曇っていて、ずんと沈んでいたのですが、先生の指示に従いながらクラシック音楽に体の動きを合わせて動かしていくと、本当に心の中からす~っと何かが抜けてそのもやもやした嫌な気持ちが無くなっていき、とても軽やかな気持ちになりました・・。本当に楽しかったです!!!皆初心者なので、恥ずかしいぐらいにまだまだぶざまですが、それはそれで笑いが絶えず、やっぱり始めてよかったと確信した次第です。どこまでできるかわかりませんが、とにかくマイペースでやっていきたいと思います!
2006.11.07
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就学前の健康診断を受ける為に、来年の春に通う予定の小学校に娘とともに行ってきました。内科、耳鼻科、歯科、眼科など総合的な健康診断と学力検査も少しあったらしい。らしというのは親は一緒ではなく小学6年生一人が園児一人に案内係として付いてくれ、その間、親たちは体育館にて説明会を受けました。その時間3時間余りのこと・・・。説明会の中で生活指導の先生のちょっとした講演があり、”子育ては親育て”という話を聞きました。とても素晴らしいことを言っていました。本当にその通りだと思います・・。2人息子さんがいてもう35歳ぐらいだという。見たところ私の母と同じぐらいかなと感じました。我が母がこのくらい子供の心をしっかりと見つめてくれてたらよかったのにと思った。ご自分の経験も話されていましたが、まさに優等生的な模範的な親の立場である。息子さん実際どんなふうに感じているのか、ふと考えた・・。教師や教授などの子供は逆に大変であると聞く・・・。理想と現実はかなり違うものである。はたして子供にとってどんな親が理想なのだろうか?それは必ずしも優秀さや、模範的な親ではあるまいということは確かなように思う。私の小学校時代が蘇えってくる・・・。苦い想い出がたくさんある・・・。表向きは華やかには見えた時代だったが、私の心の中は・・・・。そして誰にも言えず、人知れず、日記を書き自分の感情をぶつけていた。ついつい娘のことを考え、身構えてしまう・・。どうか私のような学校生活を送らないで欲しいと・・・。どうか・・・・。いよいよ来年から小学校に入学です。私自身が緊張しています・・。自然と硬くなってきてしまいます・・。闘いが始まる気がどうしてもしてしまうのです。いよいよ始まります・・・。本当の学校生活が・・。そういえば、健康診断の結果意外なことが見つかりました。さかさまつげだそうです。眼科に行かなければなりません。全く今まで気が付きませんでした。確かに私に似ず、パパに似て、まつ毛がとても長いです。でもきちんと上にカーブしているのだけれど・・。よくパパにビオラがいらないね~と言われています。さっそく眼科に予約をいれました。来週行ってみようと思っています。
2006.11.02
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