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2005.03.12
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 「自序」に「故意に固有名詞を一つでも掲げまいとした」とあり、実際、地名のほかはほとんど固有名詞は出てこない。
 そのため、ある地域にのみおこった変化ではなく、普遍的な変化を描くことができたのではあるが、読んでみると、抽象的すぎて理解しにくい面がある。
 多くの具体例を挙げて帰納していくのではなく、著者の中にある理論があり、そこから演繹して書いているような印象を受けてしまうのだ。
 ただし、身近すぎてだれも目を向けなかったような世相の移り変わりに目を向け、なぜそうなったのか、以前の姿はどうだったのかを探ろうとする姿勢はさすがである。こういう本があれば、この内容を検証することによって、埋もれていた事実が発見されることもあるだろう。
 古くからの習慣のように思えることでも、実は明治に入ってからの流行だ、ということも多いようだ。
 変化の結果がよかったことも悪かったこともあるだろう。
 著者は冷静に傍観者的態度を取ろうとしているが、そうしていられない場合もある。
 たとえば、

 これは「風光推移」の章で、この文章は、変化の結果をそのまま受け入れているが、その少し前には、「単なる無関心のために、不必要に未来の幸福を壊そうとしているのである。」「特に進んで風景を作り立て、もしくは選び定める技術は拙劣であったにもかかわらず、こういう破壊力のほうが人が増すとともにいよいよ猛烈になった。」という文章がある。
 破壊への怒りが感じられる。

 新知識。
 「明治三十四年の六月に、東京では跣足《はだし》を禁止した」(p50)
 「対等条約国の首都の対面を重んずる動機」もあったそうだ。
 欧米の真似をすることばかり考え伝統文化を軽んじた明治政府の意向もあったのだろう。

 [刀自《とうじ》という語は現在は杜氏などとも書いて」(p245)
 「杜氏」と語の由来を中国に求める説があるが、「刀自」がもとで表記が変わったと考える方が自然だ。

 知らなかった言葉。
「房州砂」(みがき砂だそうだ)
「鶚鮓《みさごずし》」(猿酒のように、ミサゴが岩陰においた魚が潮に当たって鮓のようになったもの)


「しだいに多数の小屋は、いわゆる岐阜提灯式になったのである。」(p104)
 華美になったということだろうか。

「講談や小説が同情を一方に傾け、他の一方を完全な鷺阪伴内《さぎさかばんない》とするゆえに」(p191)
 講談に登場する悪役らしいが鷺阪伴内とは誰だ。
 「鷺坂伴内」で検索したら、仮名手本忠臣蔵の半道敵(道化の悪役)。


 結びの文章は以下の通り。
「われわれの考えてみた幾つかの世相は、人を不幸にする原因の社会にあることを教えた。すなわちわれわれは公民として病みかつ貧しいのであった。」 





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Last updated  2005.03.12 21:23:23 コメントを書く
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