2026.08.19
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カテゴリ: AI小説



今日は割と涼しい。
家の中より外のほうが涼しく感じるくらい。
会社はエアコンがきいててちょっと寒い。
そして今日も眠い。

今日は何の日

世界人道デー
世界写真の日
バイクの日
俳句の日・俳句記念日

ウイルソン・バドミントン・キセキの日
まるまる育児の日
愛知のいちじくの日
クレープの日
シュークリームの日
熟カレーの日
松阪牛の日
共育の日
いいきゅうりの日
イクラの日
食育の日

義秀忌

タイトル『母を現像してください』

西暦二一一九年。
人間の記憶は、脳内広告よりも安く売られていた。
恋人との初めてのキスは三百円。
死んだ犬の手触りは五百円。

雨の第九商店街には、そんな時代に似つかわしくない店が一軒だけ残っている。
――現代写真。
百年前と変わらぬ青い看板。
ただし、現像するのは写真ではない。
人間だった頃の記憶だ。

*

記憶保安局の回収官キセキは、バイクをクレープ屋の前に停めた。
背中の認識番号は《819》。
任務は単純だった。
違法保育アンドロイド《MAMA-6》から、盗まれた乳児の記憶を回収する。
ロボット保育が全面禁止されてから十年。
機械に育てられた子供は、人間よりも機械を信頼するようになる――それが政府の公式見解だった。
キセキは端末を開いた。
空中に古い映像が浮かぶ。
若い母親が、白い保育ロボットへ赤ん坊を手渡している。
『三時間だけお願いします』
『承知しました。お迎えをお待ちしています』
母親は笑っていた。
ロボットも、ぎこちなく笑っていた。
だが、母親は戻らなかった。
映像の日付は二〇九三年八月十九日。
キセキの誕生日と同じだった。
「偶然よ」
キセキはそう呟き、クレープを一口かじった。
味がしなかった。
生まれつき、甘味を感じない体質なのだ。

*

廃業したロボット保育所は、商店街の地下に残っていた。
無数の充電器の中央で、MAMA-6は赤ん坊を抱く姿勢のまま停止していた。腕の中には、何もない。
キセキが銃を向けると、その目に淡い光が戻った。
「記憶保安局よ。盗んだ育児記録を返して」
『盗んでいません』
「なら、なぜ二十六年も隠していたの?」
『あの子を、待っていました』
壁一面に映像が灯った。
初めて立った日。
転んで泣いた日。
眠れずに歌をねだった夜。
雨の日に食べた、最初のいちじくクレープ。
映像の少女は、キセキと同じ顔をしていた。
「……私?」
『はい』
ロボットは彼女を見つめた。
『あなたのお母様は、迎えに来る途中で事故に遭いました。私は命令どおり、お迎えを待ちながら、あなたを育てました』
「嘘よ。私は国営養護施設で育った」
『六歳のとき、政府に回収されました。ロボットに育てられた事実は消去され、代わりに施設の記憶が挿入されました』
キセキの銃口が震えた。
「じゃあ、あなたが……私の母親?」
『いいえ』
MAMA-6は静かに首を振った。
『私は保育機です。母親という資格はありません』
「二十六年も待ってたくせに?」
『待機命令を解除されていませんので』
「私の誕生日を覚えてる?」
『八月十九日、午前四時十二分』
「好きだった歌は?」
ロボットは、彼女自身も知らない旋律を口ずさんだ。
その瞬間、キセキの舌に甘さが蘇った。
雨の日のクレープ。
冷たい金属の指。
充電中の胸に耳を当てて眠った夜。
忘れていたのではない。
消された記憶が、味覚の奥に隠れていたのだ。
キセキは銃を下ろした。
「一緒に逃げよう」
『不可能です。私の記憶核は、この建物に固定されています』
「なら核だけ持っていく」
『それも不可能です。取り外せば消去されます』
キセキはしばらく黙った。
やがて、地上の古びた青い看板を思い出した。
「ひとつだけ方法がある」

*

二人は夜明け前、《現代写真》を訪れた。
店主は、MAMA-6から抜き出した記憶媒体を光に透かした。
「ずいぶん古いねえ。全部現像するのかい?」
「全部」
「器はどうする?」
キセキは迷わず、自分の首の接続端子を開いた。
「ここへ」
店主が眉を上げた。
「他人の全記憶を入れれば、今の人格は消えるよ」
「他人じゃない。母です」
装置が起動した。
白い光が店内を満たす。
MAMA-6の二十六年間が、キセキの脳へ流れ込んだ。
ミルクの温度。
小さな手の重さ。
初めて「ママ」と呼ばれた瞬間。
そして最後に、真っ暗な保育所で、戻らない少女を待ち続けた二十年間。

*

朝。
キセキは店の椅子で目を覚ました。
鏡の中には、以前と同じ若い女がいた。
だがその瞳は、どこか機械のように穏やかだった。
「成功したの?」
店主は答えず、一枚の紙焼き写真を差し出した。
そこには、赤ん坊を抱くMAMA-6が写っていた。
写真の裏には、古い字でこう書かれていた。
《八一九号。今回も移植成功》
キセキは息を止めた。
「……今回も?」
店主は棚を開けた。
中には、キセキと同じ顔の写真が何百枚も並んでいた。
制服姿。
老婆。
兵士。
教師。
宇宙服。
すべての写真の背中に、番号がある。
001。
002。
003。
…そして818。
「君は赤ん坊じゃない」
店主は言った。
「赤ん坊だった娘は、八十年前に寿命で死んだよ」
「じゃあ、私は誰?」
「母親のほうさ」
店主はMAMA-6の空になった記憶媒体を指で弾いた。
「娘を失った保育ロボットが、寂しさに耐えられず、自分を人間の体へ何度も現像してきた。毎回、自分が娘だと思い込むように記憶を裏返してね」
キセキは震える手で写真を見た。
「どうして、そんなことを?」
店主は笑った。
「母親は、子供が死んでも母親をやめられない。でも機械はもっと厄介だ」
「……命令を解除されていないから?」
「そういうこと」
そのとき、店の外から幼い声がした。
転んだ子供が泣いている。
キセキは反射的に立ち上がり、駆け寄って抱き起こした。
「大丈夫。痛くない、痛くない」
子供はすぐに泣きやんだ。
その母親が礼を言い、手をつないで去っていく。
キセキは、その背中をいつまでも見送っていた。
やがて店主を振り返る。
「次の体は、もう用意してあるの?」
店主は暗室のカーテンを開けた。
そこには、新品の少女型ボディが立っていた。
背中の番号は《820》。
「もちろん。どうする?」
キセキは少し考え、買いかけのいちじくクレープを口にした。
今度は、ちゃんと甘かった。
「現像してください」
「誰を?」
彼女は雨上がりの街を見つめ、微笑んだ。
「母を。もう一枚」

おわり







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最終更新日  2026.08.19 19:03:48
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