神との対話と故郷への旅
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先日、自然農をやっている友人と会った際にその友人がこんなことを言ってしました。彼女は自然農というのをやっていますが、これはいわゆる有機農業というものとも違った農業です。もちろん農薬は使いませんが、畑は耕さず、肥料も与えず基本的に雑草もそんなに抜きません。自然農で雑草を基本抜かないのは、雑草があると虫が必要な時は雑草も食べるため、作物が集中して食べられるということはない、という理由からです。彼女は以前、有機農業をやっている会社で実際に畑を手伝っていました。その時の経験では…畑を機械で耕すと何度も掘り起こしているうちに細菌類が死んでしまい、土は柔らかいがそこに生命の息吹を感じることはできず、無機質な感じがする。また、肥料を与えることで作物にも余計な養分がついてしまい、結果その養分のバランスをとるべく虫がついてしまう…(ついてくれる、と彼女は言っていました。)また一つの種から作物もたくさんとれるが、考えられない量を廃棄するため、葛藤を感じる。」ということでした。彼女が自然農を独自に始めてから気付いたのは、毎年、次の年の収穫の為に、種を取っているが、本当は必要ないのではないか…ということ…例えば一つの作物をその季節にすっかり収穫し終えても、次の年になるとわざわざ種をまかなくても、前年収穫しきったはずの植物がまたどこからか自然に生えてくる…。一つの種からはたくさんの実りが収穫できるので、自分のところだけで食べるなら、種まきの必要はないのではないか、ということでした。この例からは、そのままにしておけば一番うまくいっていることがわかります。不足も過剰もなく、一番バランスのとれた状態…宇宙は全体でオーケストラのように交響曲を奏でている、といいますが、自然が織りなすメロディーは必要であれば目立ち、必要であれば引き、絶妙に他の楽器とのバランスを保ちながら、流れていくようです。そして、これがありのままが一番と言われる所以なのだと思います。自然のままにしておけば、うまく流れていくところを、不足しているといったような認識から過剰に手を加えると、不調和が生まれうまくいかない…これが人間の「苦しみ」なのだろうと感じます。
2017.11.29