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2026年3月8日(日)晴れ。気温2℃■スタート地点まで大阪駅びわ湖マラソンはゼッケンなどが事前送付されるため、日帰り参加が可能である。ただしスタートが8時20分と早いので、我が家からは午前4時38分の始発に乗り、大阪駅で6時09分発の臨時快速「びわ湖マラソン号」に乗り換えて大津京へ向かわなければならない。午前3時前に起床し、目覚ましのアラームを解除した。朝は動作がゆっくりだが、何とか始発に間に合った。大阪駅でマラソン号はほぼ満員となり、新大阪・高槻などから乗り込んだ人は立ったままだった。■スタート前 競技場から比叡山を望むスタート地点の皇子山総合運動公園からは比叡山が間近に見える。山頂付近は白く霞み、雪が降っているようだった。やがて運動公園にも雪がチラつき始めた。昨年はトイレスタートになった反省から、今年は早めにトイレに並んだ。 いつもはウエストポーチにスマホを入れて走るが、制限時間は先月の北九州マラソンと同じ6時間。スマホを見る余裕はないと判断し、今回はポーチを持ってこなかった。軽くなる分、1kmあたり2〜3秒は縮まるはずだ。■スタート~10km 先月の北九州では後半に失速したため、今回はキロ8分で行けるところまで行く作戦だった。しかし最初の3kmをキロ7分前後と、やや速く入りすぎた。さらにトイレに早く並びすぎたため、びわ湖沿いの公園のトイレに差しかかった時、気持ちを落ち着かせる意味も込めて列に並ぶことにした。5km過ぎの近江大橋を渡ると、進行方向が東から北へ変わる。追い風から一転、冷たい向かい風に。これは比叡おろしだろうか。7.4kmの第一関門は10分前に通過。その直後、後ろから突然声をかけられた。同じ走友会のMさんだった。九州や仙台など行く先々で走友会の支部を作った顔の広い人だ。いつもの黄色いユニフォームでなかったため、追い越した時に気づかなかったらしい。5時間のペースランナーに抜かれたが、5時間半のペースランナーはまだ後ろ。10kmまではトイレ以外ほぼキロ7分で進めており、このペースで行けるのではないかと思い始めた。■10~20km 15kmまでは湖岸道路の似た景色が続き、そこから一度内陸へ入り、横棒の長い右上がりの「T字」を書き順を逆にして二重に走るようなコースで中間点へ向かう。行き違いが続くため、5時間と5時間半のペースランナーが前後1kmほどの位置にいることが確認できた。距離が近すぎる気もしたが、これから差が開くのだろう。Mさんの姿は確認できなかった。17km付近の公園には大エイドがあり、地元銘菓が並んでいた。乾燥剤入りの包装紙がなかなか開かず苦戦したが、朝早くて空腹だったので助かった。歩きながらゆっくり食べる。ここは第2関門でもあり、30分前に通過。「T字」の横棒はメロン街道で、遠くには雪をかぶった比良山系が見え、強い向かい風で進むのが大変だった。折り返してすぐにハーフ地点を通過。先月の北九州より15分ほど早い2時間35分だった。■20~30km 再び湖岸道路に戻り、ゴール地点の烏丸半島へ向かう。ただし、ここはまだ25km地点で、一度通過してさらに北の守山市陸上競技場へ向かうという、心が折れそうなコース設定である。ここからゴールに向かう選手とすれ違うことになる。ゴール付近のエイドで時間を使い、初めてキロ7分台をオーバー。比良山が間近に見えた。住宅街に入ると応援が増え、少しペースが戻った。35kmで陸上競技場に入る。ゴール前に競技場に入るのは福井マラソンと同じだ。小学生のチアダンスが元気をくれる。エイドには近江牛の焼き肉があり、先月の北九州で小倉牛が売り切れだったことを思い出しつつ、今回はまだ大量に残っていた。■30km~ゴール 競技場を出ると、5時間半のペースランナーの集団がやって来た。まだ500mほどの差がある計算だ。最後の折り返しを過ぎ、ようやく5km先のゴールへ向かい始める。最後尾ランナーとすれ違ったが、Mさんには会わなかった。すれ違いのない区間があるためだろう。40kmの表示がなかなか来ず、ペースも8分台に落ちてきた。後半のエイドには大量のアメがあり、ボランティアの方々が「たくさん持って行ってください」と声をかけてくれる。しかしポケットのないタイツにしたのは失敗だった。昨年は40km付近で収容バスが迫ってきたが、今年は歩いても行けるタイムで通過。41kmの関門も50分前に通過した。どうやら第1関門だけが厳しいようだ。8ゴールタイムは先月の北九州より30分以上速い5時間20分ほど。寒かったので早めに着替えた。Mさんはすでにゴールしているかと思ったが、ゴール付近で待っていると姿が見えた。昨年は41km関門で引っかかったそうだが、今年は見事にリベンジ成功だった。
2026年03月13日
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2026年03月04日
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2026年2月15日(土)晴れ スタート前小倉の姉の家からスタート地点の北九州市役所までは約 500mと近い。神戸の友人とは荷物預けの入り口で会う約束をしていた。彼は小倉でホテルが取れず下関に宿泊していたが、 47 都道府県のフルマラソンを完走している仲間で、全国の大会でよく顔を合わせる。荷物預け終了の 15 分前に到着した。朝から小雨が降っており、むしろ走りやすい条件だったが、スタートが近づくと雨は止んだ。号砲が鳴ってからスタートラインを越えるまでに約 6 分かかった。制限時間は 6 時間で途中の関門も厳しいため、このロスタイムは大きい。八幡方面へスタート後はいったんゴールとは反対方向の八幡方面へ向かう。コースは基本的に平坦だが、最初の 5kmほどに 50mのアップダウンがある。皿倉山が横に見えてくると八幡に入ったことがわかる。以前、ここを走って上った際に福岡の友人と偶然会ったことがある。遠景は黄砂の影響で白く霞んでいた。5kmを過ぎて暑くなり、アンダーシャツを脱ぐことにした。約 2 分のロスだったが気分転換になったのか、キロ 7 分 30 秒前後だったペースが 10kmまでキロ 7 分 00 秒まで上がった。直前のLTトレーニングでは予想タイム 5 時間 6 分(キロ 7 分 15秒)だったので、目標達成も見えてきた気がしていた。給食と前半の折り返し地元のテレビでは給食の充実ぶりを盛んに紹介していた。ねじチョコをはじめ、地元製菓会社のまんじゅうやパンが並ぶはずだった。しかし 10km過ぎのねじチョコは、バレンタイン翌日とはいえまったく残っていなかった。スペースワールド跡地で折り返し、若戸大橋を過ぎて 15kmまではキロ 7 分15 秒とやや落ちたが許容範囲だった。中間地点へ中間点とゴール地点である小倉駅を通過し、門司港レトロまで海沿いに 10kmの折り返しが続く。向かい風で寒くなると予想し、再びアンダーシャツを着た。 5 時間 30 分のペースランナーに抜かれ、行違になるランナーたちが羨ましく見えた。中間点は 2 時間 53 分ほどで通過。右ひざがいつものように痛み始め、キロ 8 分を超える場面が増えた。 3 時間のペースランナーが大集団を引き連れて反対側を駆け抜けていった。 25km手前、反対側のエイドに煙が見えた。小倉牛のエイドである。テレビではスーパーで見かけるような 100gほどの小倉牛パックを紹介していたが、以前私が食べたのは弁当用の小さなパックに 2~3 切れだった。ここまで戻ってくるには 10kmあり、 1 時間以上かかる。30km以降の苦しい区間30kmの門司港レトロ折り返しで、 6 時間のペースランナーが約 500m後方にいるのを確認。ここからはキロ 9 分を超えることが多くなった。 32km関門の余裕は 8 分にまで減少。伴走の 2 人組に抜かれたので、ペース維持のためについていくことにした。彼らはキロ 8 分前後で進んでいた。伴走されている女性ランナーは疲労が濃く、 40km関門を過ぎて「歩いてもいいか」と尋ねていたので、私は少し前に出た。 35kmの小倉牛エイドはすでに撤収され、匂いすら残っていなかった。スポンサーの菓子会社前のエイドもミニクロワッサンやメロンパンはおろか、給水の紙コップすらなく、ランナーはヒシャクでつがれる水を手に受けて飲んでいた。ここで私は秘密兵器の焼酎ワンカップを取り出した。長崎橘湾岸スーパーマラニックで得た知恵である。大会はマイカップ持参を推奨しているが、自分で水タンクのコックをひねって注ぐ必要があり時間がかかるため、ここまでは大会の紙コップを使っていた。 35kmを 4 時間 54 分で通過。残り 7kmを 1 時間ほどで走らなければならない。 36km関門で 6 時間のペースランナーに追いつかれた。若い女性 2 人で、ここからは彼女たちについていくしかない。 40kmは 5 時間 38 分で通過。ゴールへ地元のテレビ中継は 14 時 40 分までのはずで、家で見ている姉に 100 回目のフルマラソンのゴールを見せることができなかった。マップ高低差最近の記録
2026年03月03日
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