知らない道を走ってみたい(新館)
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(写真提供s.kさん)今回で2回目の参加だが記録を調べてみたら前回の参加は2007年だった。この年は天草マラソンや阿蘇スーパーカルデラなどに出ているので博多に単身赴任時代である。前回は知り合いの走友会の貸し切りバスツアーに入れてもらった。途中バスの中ではは飲み続け、宿でも飲んで、帰りのバスの中も宴会。寝ているときと走っているとき以外は飲み続け。それでも3時間を切っている人がいた。往路は博多から自転車で来た人もいた。今回は8名で関空から鹿児島空港にPeach飛んでレンタカーで移動ということになった(うち一人は現地では別行動)。始発の関空行き電車に乗って連絡バスにもすぐに乗れたのだが、第2ターミナルに着いたら他の人はもうチェックインを済ませていた。携帯にも着信が入っていた。離陸まであと40分ほどあった。Peachはめいめい予約したので席はバラバラとなっていた。1時間ほどで鹿児島空港へ着いた。この空港は3年前の鹿児島マラソンできたことがある。お茶畑の中の空港である。機内から見える桜島や霧島は冠雪していて到着時の気温はマイナス4度とアナウンスされていた。菜の花マラソンの受付は14時半からなのでまだ5時間ほどある。まず知覧平和記念館に向かった。ここはNさんが来たかったところでネットですべて調べたことを確認しに来たようなもので、少年飛行兵から行きつけの食堂のおばちゃんまで全員のことを知っていて、まるで以前来たことがあるように詳しかった。全国の飛行基地の地図があったが、同じ九州の私の故郷の宇佐(USA)航空隊が載っていなかったのは海軍の基地だったからで、さすが陸軍のすることだと思った。ほとんど20歳前の飛行士達の暮らしと現在の若者を比べるにはほんとうに忍びない。受付会場で先週の日曜日に一緒に走って飲んだSさんに会った。次の日もスタート地点に移動するときにも会って1万3千人もいる中で本当にピンポイントで奇跡のようだった。実家が頴娃ということでコースに近いようだ。エントリーする前からホテルや民宿はどこも満室で残っているのは6万円以上する高級ホテルしかなかった。前回泊った宿を福岡のはるみさんに紹介してもらってキャンセル待ち1番で待っていたが、別府から一人合流予定だったので最低の2部屋が必要だった。何度かネットで宿を探していたら「いせえび荘」が空いていた。しかも8名なので団体割引が適用されるという。そして1名と7名と訳を話すと大部屋を取ってくれた。会場までは30km弱で普段なら40分で行けるとのことだった。あまりにもうまくいきすぎて逆に心配になったが部屋は全室オーシャンビューで素晴らしかった。そしてその名の通りイセエビ料理にヒラメの刺身がサービスで付いた。大会ゲストは瀬古さんだった。スタート前のあいさつとスタート地点での応援に加えて途中コースを逆走して車からの応援があった。今回は2月の泉州マラソン(制限時間5時間)の練習のため惜しいがエイドへの立ち寄りは少なめにしたが5時間のペースアドバイザーに付いていくのがやっとだった。ゴールタイムは4:57:54で4大会連続で4時間50分台となった。しかもすべて九州の大会だ。
2018年01月16日
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