イミドスのブログ
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<町年寄り 奈良屋>-----#344 翌日、龍一郎の仲間たちが日本橋を軒並み探索し三人の町年寄りの屋敷を探した。 奈良屋市右衛門は日本橋本町二丁目、樽屋は日本橋本町二丁目、喜多村は日本橋本町三丁目だった。 「三家に剣術使いはおりましたか」 「はい、奈良屋には五人、その内の一人が凄腕です、ですが、殺気には敏感のようですが、気配は探れぬ様です」 「樽屋にも三人おりました、同様に気配は探れぬ様です」 「喜多村家も同様に三人で御座いました、一人は抜きんでております、申し訳も御座いませぬ、私がいることに気づかれたやに存じます」 三郎太、平四郎、平太、が龍一郎の問いに答えた。 「香具師の元締めが雇う浪人よりは使える様だのう。皆の無事、我らを知られぬ事、忘れぬ様にして下さい。 ですが我らも十分な鍛錬をしております、技前に自信を持って下さい、但し、用心も忘れぬ様にな」 「はい」 龍一郎の言葉に皆が声を揃えて答えた。 「佐紀、奈良屋市右衛門殿に挨拶に行こうか」 「はい、旦那様」 「ご苦労様でした、其方らの仕事はここまでに御座る。道場にてお待ち下さい」 龍一郎と佐紀が皆の前から消えた。 二人は奈良屋の隣の武家屋敷の屋根にいた。 「佐紀、気が付いたか」 「この武家屋敷の武家のことで御座いますか」 「そうじゃ、ここは旗本の屋敷じゃが、一人だけじゃが気配を探る力がある様じゃのぉ」 「はい、平太の気配は解らないでしょうが、雪の気配は悟られてしまうのでは無いでしょうか」 「そうじゃのぉ、その辺りであろうの、父上、平四郎、双角、慈恩も危険じゃな」 「念の為に向こう隣に致しましょう、旦那様」 「そうじゃのう、行くぞ、佐紀」 「はい」 二人は目指す屋敷の向こう隣の武家屋敷の屋根に移った。 「さて、残念じゃが、奈良屋殿は一人ではないのぉ、誰か解るかな、佐紀」 「お二人ですね、一人は腹心の方でしょうか、もう一人は武家で御座いますか」 「その様だのぉ、武家は屋敷にもう二人おるの」 「五人と申しておりませんでしたか」 「うむ、そう聞いたな」 「二人は他出で御座いましょうか」 「配下の者の警護で他出しているのであろう」 「私もその様に思います」 「用心棒の技量もましな方だが気を探れぬではな、事を荒立てぬ様に暫く、待つとしょう」 「おやおや、私の旦那様の用心深い事」 「皆に用心深くと申しておるでな、我らが用心を怠ってはならぬでな」 小半刻程して用心棒頭らしい侍が主人の居間から退出した。 龍一郎と佐紀が居間の天井裏に現れた。 「太兵衛、其方はあの田所弥九朗様をどう思うな」 「どうと申されますと」 「私はあの御仁は信に置けると思うております、ですが、副審の室田殿はどうもなぁ、其方はどうか」 「旦那様もで御座いますか、この際ですから申しますが、田所様の座を狙っておる様に思えます。 他の武家や奉公人に在らぬ事を吹聴しておるようです」 「田所様はご存じですかな」 「さて、そこまでは存じませぬ」 「田所様は見識と見分も豊かな御仁です。ご存じやも知れませぬが、其方から一言ご注意を申しなされ」 「畏まりました」 「他に何か御座いますかな」 「明後日の名主方との集まりをお忘れ無きようにお願い申します」 「四つでしたな」 「左様です、では私は此れにて失礼致します」 「ご苦労でしたな」 腹心の仁左衛門が主人の座敷を去って行った。 「其方様方は何方様で御座いますかな」 突然、目の前に現れた二人の黒尽くめの人物に驚く事も無し問うた。 「流石に町年寄りをお勤めのお方で御座います」 「それで、其方様は何処の何方で、この爺に何様ですかな」 「其方様には取引きは要りますまい。某は橘龍一郎と申し、隣におりますは妻女の佐紀で御座います」 「おぉ、其方様が先の大試合の勝者・龍一郎様で御座いますか、隣が見目麗しいと評判の妻女殿」 佐紀が面体を隠していた口当てを下げた。 「うむ、噂は大げさな物と思うておったが、逆のものもあるのじゃな、それで要件を聞こうかのぉ」 「我々は日乃本の、江戸の安寧を目指す者の集まりで御座います、此度、町人に寄る火消しを作りたく、其方様の助成をお願いに参りました」 「二人の名主からも請願が御座いました、定火消しだけでは不足ですかな」 「はい、定火消しは千代田の城、武家屋敷の火消しを任としております。町屋に手を付けるのは武家屋敷への延焼を防ぐ時のみで御座います。江戸の町々に常備の火消し組をと考えております。常駐は二十人程で火災の際には、鳶職、左官職、大工たちが集まり火消しをと思うております。資金は町人からの徴収をと思うております。如何で御座いましょう、ご助力頂けましょうや」 「町人たちが銭を出しますでしょうか、纏め役は何方がなさいますかな」 「はい、幾つかの街の纏め役は決めて御座います」 「町々の全てに必要で御座いましょう、無理な話で御座いましょう」 「・・・ご助成頂けませぬか・・・それでは申しましょう、二、三日中に上様より文が其方様に届きます。内容は町火消しを作れ、との事で御座います。それでも御助成頂けませぬか」 「な・何と上様からの書状とな・・・何故に・・・其方は・・・」 「上様からの書状の前に動かれる事が寛容と思い罷り越しました」 「忝い」 礼を述べ頭を上げた時には二人の姿が消えていた。 「橘龍一郎、佐紀・・・ただの勝者では無いわい・・・太兵衛、太兵衛は居らぬか~」 <参考>----------(町年寄り)---------------------------------------------- 吉宗の時代には2つの異なる「奈良屋」が存在していました。 樽屋、喜多村とともに「三町年寄」と呼ばれ、吉宗の時代を含め、江戸時代を通じて権勢を誇りました。 奈良屋、樽屋、喜多村は、江戸時代の町政を司る町年寄を務めた家で、ともに現在の東京都中央区日本橋本町に拝領屋敷がありました。 ・町年寄の奈良屋(舘市右衛門) ・場所: 本町二丁目(現在の日本橋本町二丁目)。 ・本業: 元々は染物屋だったといわれています。 ・特徴: 江戸の町年寄として、幕府の町奉行のもとで江戸の町政を統括する世襲の役職にありました。 ・屋敷地: 日本橋の本町に居宅を拝領し、職務を行っていました。 ・町年寄の奈良屋は染物屋を本業とする家で、行政官としての役割を担っていました。 ・樽屋 ・場所: 本町二丁目(現在の日本橋本町二丁目)。 ・詳細: 江戸城の常盤橋御門を出て本町通りに面した角地にあったとされています。 ・家名: 当主は代々「樽屋藤左衛門」を名乗りました。 ・喜多村 ・場所: 本町三丁目(現在の日本橋本町三丁目)。 ・詳細: 現在では「町年寄喜多村彦右衛門屋敷跡」として案内板が設置されており、東京メトロ三越前駅 のA9出口付近にその場所が示されています。 ・家名: 当主は代々「喜多村彦右衛門」を名乗りました。 ・豪商の奈良屋(茂左衛門) ・本業: 江戸中期の豪商で、主に材木商として知られています。 ・特徴: 紀伊国屋文左衛門とともに、材木やみかんの商いで巨万の富を築いたとされ、「大尽(だいつく)ぶり」 で有名でした。 ・活動時期: 彼の全盛期は吉宗の時代とほぼ重なります。 ・材木商の奈良屋は豪商で、商業活動で富を築きました。 ------------------------------------------------------------------------------’ <つづく>
2026.04.09
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