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壊された観音墓碑のように思えますが、頭上の菊の花の様な紋様は、何でしょうか?綺麗に彫ってある、気品ある観音さんです。石工の方の腕前の良さが良く分かります。
2010年09月30日
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何の変哲もない地蔵墓碑の様ですが、頭上の三角形が気になります。状態も非常に綺麗な状態で残っています。
2010年09月30日
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上の燈籠は、江戸時代には観音堂であった所が、明治になって八幡宮と成り村社になった所にあった、慶応年間に造られた燈籠です。左右の窓が太陽と三日月(十三夜月かも)、何か怪しい感じがします。それと下の写真の墓碑の様なものには、真ん中に大日如来、左右には普賢菩薩ではなく普賢大薩と彫ってあるように見えますが、普賢大薩とは聞いた事もありません。それと一番上に書かれた文字が、私には理解出来ません。台座の形や、そこに彫ってある紋様も、何を意味するものか分かりません。頭部の形は、キリシタン墓碑の形のようにも思えるのですが、確証がありません。尚、この立碑の頭部の形をした墓碑は、この村の中の墓地にいくつかは有るようです。 分からない事ばかりですが、誰か知って居られる方の、ご教授をお願いします。
2010年09月28日
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この墓碑の屋根の真ん中に彫ってある模様も逆さ卍ではないのでしょうか。良く見ないと分りにくいかもしれませんが、どう見ても逆さ卍としか見えません。墓碑の中の、この様な位置に、卍や逆さ卍の彫ってある、比較的新しい墓碑も結構あるようですし、中には菱形の中に斜めになった、卍の彫られた墓碑もこの村には在ります。島原の乱で全滅したとされている村に、これだけ多くのキリシタン墓碑と思われるものが存在する事自体、これまでの歴史認識に問題があると考えても当然ではないでしょうか。
2010年09月28日
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〇に逆さ卍が彫ってある墓石です。ご夫婦の、お墓だと思われますが、ご主人の享年は萬治三天となっており、釋の上に帰空と書かれてあり、奥様の享年は、寛文二暦、釋の上に法名と書いてあります。寛永14年(1637)島原の乱,鎖国(1639)から二十数年しか経っていない、萬治三年(1660)、寛文二年(1662)に、これだけキリシタン墓碑と、はっきり分かる墓碑が建立された事を考えると、歴史上全滅となっている、この村は、本当は全滅してはいなかったとしか考えられません。そして、その後にも、キリシタン墓碑であろうと思われる墓碑が、多く造られている事を考えれば、歴史を考え直さなければならないのではないでしょうか。領主に背かない人達まで、キリシタンを理由に厳しい取り締まりをしたとは、私には、到底考えられない事です。
2010年09月27日
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前回紹介した、縦長の墓碑に似ている墓碑を紹介します。この墓碑の上の方には、○じるしが彫り込んであります。その横には、首が無くなった地蔵さん。 下の写真がその地蔵さんです。左側の地蔵さんの下の墓碑は、真ん中が膨らんでいます。そのような、真中が膨らんだ墓碑が他にも有りますが、どのような意味をもったものか分かりません。詳しい方の、ご教授をお願いします。
2010年09月25日
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左の墓碑には、没年を墓碑の右側に彫ってありますが、「正徳三?巳天」と、最後に天の字が彫ってあります、やはり、この墓碑もキリシタン墓碑ではないのでしょうか。この墓碑の周辺にも、天の字が没年の最後に彫ってある墓碑が、いくつも有りました。 右の墓碑は、その中の一つ、没年、寛政六天と彫られた墓碑、地蔵さんと一体になった墓碑です。地蔵さんと一体になった墓碑も、やはり、キリシタン墓碑でしょうか?詳しい方の、ご指導をお願いします。
2010年09月24日
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前回紹介した、立碑の上の墓地にあるお墓です。いずれも、墓碑の上の方に○が彫ってあります。 その他にも、無縁仏と成っている墓碑の中には、上面が切妻造りになっていて、背面が丸く削ってある墓碑も在ります。そのような形の墓碑も、キリシタン墓碑ではないかと思いますが、意外とあちこちの墓地にあるようです。
2010年09月22日
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今日、昨日投稿した立碑について、そこのご近所の方に状況を聞く事が出来ました。あの立碑は、ホウトウさんと言われ、ご近所の方達が、昔から道を通るたびに、お参りされていたそうです。元々は、道の横に伏せてあったものだそうですが、5年ほど前に道路の拡張の際、道の横に根元をセメントで固め、立碑にしたとのことでした。 そのように聞くと、益々キリシタン墓碑では無いのかと、期待を抱くのですが、何もしるしに成るものも彫っていないので、期待道理にはいかないでしょうね。
2010年09月21日
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今日、雲仙市小浜町飛子のキリシタン墓碑を、久しぶりに見に行ってきましたが、良く見てみると、私の写した上の写真に、少しばかり似てはいないかと思いました。もしかして、この何も彫りものもして無い石碑も、もしかして、伏せ墓では無いのでしょうか。裏面が丸く削ってあります。どなたか、鑑定して頂けませんでしょうか。ちなみに、この石碑の上の墓地にも、隠れキリシタンの墓らしき物があります。
2010年09月20日
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南無阿弥陀仏と書いてある上部に、丸印が描かれています。地元の人に聞いたところ、ソウガン様もしくは、草庵様と言われている墓碑の様です。信奉者の方々には、昔から、この地方にある風習で、七日正月の際、赤飯に餅を入れて炊いて食べるのですが、ある時、その赤飯を食べて、咽喉に詰まらせ死んだ人が居るので、その赤飯を食べてはならないという、言い伝えがあるらしいのです。
2010年09月19日
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今までに見たことの無い、変わったお地蔵さんです。周囲には、隠れキリシタンのお墓と思える、変わったお墓が多くあります。このお地蔵さんも、何かキリシタンに関係あるのではないでしょうか?地蔵さんに刻んである模様の意味が分かりません。どなたか、ご存知の方は、お教え頂けないでしょうか。
2010年09月17日
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百合十字らしき文様の彫ってある、墓碑の台座を紹介します。 それは立派なお墓の台座の部分に彫り込んであります。キリシタンに関係のある、百合十字紋様だとは知りませんでしたが、孤峰庵宗信さんのブログを見て、もしかしたら、これも同じものではないかと思い、掲載させて貰います。どなたか真偽のほどを、お教えくだされば幸いです。
2010年09月14日
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お墓の台座に、菱形で十字が刻んであります。写真中に、黒で模様の形を入れてみましたが、その上の方に、同じ形の文様が刻まれています。分かりますでしょうか。
2010年09月14日
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雲仙市国見町の、神代小路(くうじ)を見に行った際に、たまたま神代鍋島家の墓所を覗き見たところ、凡字を丸で囲んだ墓碑が多くありました。丸の刻んである墓碑は、隠れキリシタンの墓だと思い込んでいましたが、そうでない墓の丸印は、どのような意味を持つのでしょうか?知って居られる方は、教えて頂けないでしょうか。
2010年09月13日
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このお地蔵さまには、幽黙とだけしか彫って有りません。この周辺の墓地の中の無縁仏には、戒名の彫り込んである墓石の上に、座り地蔵さんが乗せてある物や、地蔵さまと一体に成っている墓石が多くあるようです。しかし、このように幽黙の文字だけしか彫って無い物は、珍しいのではないでしょうか?幽黙とは、どのような意味なのか、誰かご存知の方は、教えて頂けないでしょうか。
2010年09月12日
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○だけしか彫り込んでない、自然石の不思議な墓碑です。
2010年09月11日
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