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弁護士が先方に挨拶をしてからすぐ、社長を差出人として、二通の文書が入った封筒が弁護士宛に送られてきた。「文書」は、一通が「経緯の説明」なる手紙で、もう一通は「覚え書き」である。「経緯」といったって、こいつは今回の経過について肝心なことは何も知っちゃいない。夫本人だってわかっていないと思う。なぜなら、夫婦は私を介してやりとりをしていた時期があり、私の方が当事者よりも経過に詳しいという奇妙な事態こそが、何より今件の問題の一つであったからだ。 ましてや、夫のことだからどうせ自分に都合の悪いことは言っていないだろう。いくら社長が「説明」したところで、何も今件の真実など見えては来ない。 それでもそのような手紙が来たというのは、おそらく「相談役」の恫喝事件の後に、主婦の代理人として弁護士が出てきたために、夫側は後ろめたさとともに、いよいよ追いつめられたような気分になっていたのではないだろうか。 中身は、予想通り、夫にとって都合の悪い事実は全て落としたり歪曲したりした「経過」になっており、夫がいかに「迫害」と「強要」を受けたかという内容が、私を名指しして書かれていた。 パソコン通信が媒体(ママ)して、主婦は只野から知己を得て関係を生じた。 今回の事態に至るまで半年以上にわたり、両者は相談して角度を変え ながら夫に精神的迫害と強要を加えてきた。 夫は自殺寸前にまで追いつめられている。 主婦は只野を頼って家出をしたあと、我が子を放棄し別の男の言い分 のみを聞いていた。 今更親権は渡したくないが、両者の変な強要から逃れるためならば 仕方ない。「家出」ではないことはそもそも明々白々だし、私を頼ったのではないことも夫は知っている。肝心な夫婦の不仲の原因である「嫁姑問題」も一言も書かれていない。 また、私は主婦に「インターネット」でメル友を求められたのは事実だが、「メル友」の時点では、結局一度も彼女とは会わずに終わっていた。これも夫は承知している。 にもかかわらず、禁じられている方法でわざわざ私の住所を調べた夫が、夜中に私の家まで勝手に主婦を送り出しているのが真実である。もちろんそれも書かれていない。「知己を得た」「関係を生じた」とストーリーを作っているが、夫自身が何をしたのかを書かなければ説明にならないだろう。 さらに、「迫害」「強要」の具体例が何も書かれていない。そもそも夫婦の離婚問題がどう転がろうが、第三者である私には何の利益も生じないのだから、「脅迫」「強要」の類は法的にも論理的にも成立しない。げんに、私は夫に、暴力もふるっていなければ金銭要求もしていないのだから書きようがないだろう。「抗議」と「強要」は全く別物だ。 もちろん、夫がなぜ「迫害」なるものを受けるに至ったかは何も書かれていない。姉とマッサージ師を使った仕事の妨害などは今更隠しようもないだろうに。「我が子を放棄し」というのもタチの悪い煽りだ。子どもの手を引っ張って強奪していったことは許されるのか。 だいたい何人がかりだろうが、角度をいかに変えようが、事実関係を争うなら真実は一つである。やましいところがなければ堂々とすればいい。夫は十分やましいことを再生産しているから、自業自得で苦しんでいるだけだろう。それを「迫害」とは何事だ! ことほどさように、夫側の主張は、「ここを反論してください」と言わんばかりに、わざと間違った事実をちりばめ、不快な気持ちを煽っているようにすら見えた。こんなばかげたものなら、調停や本訴訟などで、私が証人になるまでもなく、主婦一人でも十分に反駁できるものである。 私は最初、あまりのばかばかしさに、「これは、何かのワナではないか」と疑ったほどである。つまり、私を煽って怒らせて、たとえば行きすぎた攻撃にエスカレートさせるとか、何か落とし穴にでもはめるつもりだったのではないかと考えたぐらいだ。 いくら何でも、ここまで幼稚では私も怒る気にもなれない。同じ土俵には乗れないよ。 ただ、問題は、もう一通の「覚え書き」である。主婦に、次のことを約束しろという。内容がまさに夫の人格を象徴していた 息子のことで、養育料、冠婚葬祭、入学卒業等一切の金銭的、物的、 精神的負担となる請求をしません 息子が満18歳になるまで一切迷惑をかけません これらに違約したときはいかなる処分も受けます そして、そこに署名と捺印を要求しているが、弁護士が間に入って署名捺印させるなら印鑑証明はいらないなどとかいてある。まだ印鑑証明にこだわっているんだ。知恵のない奴は滑稽だな。弁護士センセイを相手に印鑑証明はマズイだろう。 子どもを人質に「養育料」を請求させないことの方が、日本の法律では公序良俗に反する「違約」なのだが、それはおくとして、「冠婚葬祭」が入っているというのが問題だった。 それは何を意味するか。つまり、息子が不幸にして亡くなっても知らせるな、ということである。 これは、さすがに弁護士も主婦の母親も驚き、呆れたようだ。 離婚しようが親権がどうなろうが、父親はどこまでいっても父親である。そもそも離婚交渉は夫婦の問題であり、息子には何の責任もない。離婚の「怒り」を息子に向けるなんていうのは、まともな人間のすることではない。 けだし、主婦を「殺した方が良かった」と無表情に言い放つ夫の真骨頂がここに表れている。 手紙を主婦に渡した弁護士は、主婦をこう諭した。「調停をやった方がいいと思うんだけどねえ。親権もあなたが勝つよ。こんな『覚え書き』を送りつけてくるようでは、問題にならない。調停でケリをつけた方が後々のことを考えるといいと思う」 弁護士は、夫の人格を信用していないようである。そりや、当然だよな。「でも……」 弱気になっている主婦に、弁護士はこうも言った。「まあ、こっちには損害賠償という攻め方もあるんだし……」 この「損害賠償」が具体的に何を意味するのかは、今もわからない。私が夫に仕事を妨害されたことを指すのか、この手紙で私と主婦が「関係」と書かれたことをもって、私が間男呼ばわりされてきたことの証明となるからそこから名誉毀損として争うのか。 いずれにしても、この時点で弁護士は、調停でも、私を有効に使う方法でもどちらでもいけるよ、ということを主婦に教えたわけである。 ところが、主婦はどちらも選択しなかった。「私は子どもが帰ってくればそれでいいんです。親権と養育費を相殺というのならそれでもいいです。借金も私が全て受けます」 弁護士は、う~ん、と唸ってしまった。 この主婦の回答から、弁護士は、たたかうのではなく、とことん事なかれで解決する方針を選択したようである。「わかりました。では、その内容で協定書を作ります」「あの、今日の手紙は……」「ああ、これ? こんなものは、ただの手紙です。ふ~ん、と読んで、それでおしまい」「覚え書きは?」「これも手紙だから、読んでおしまい。協定書には、こういうものは一切盛り込みません」 私はそれを聞かされて、主婦に対してホントにイライラした。 向こうは、息子をかっさらったものの、老婆だけでは面倒は見きれない。引っ越したばかりで土地勘もなく近所の人をあてにできない。何よりも、自滅としかいえないような知恵のない今回の手紙を送りつけてきた。 ここまできたら、もう、待っているだけで「勝ち」が転がり込んでくるたたかいではないか。 それでも主婦は、何でも向こうの言うことを聞く、などと言っている。 口を出すなと言われたが、私は自分のことのように食い下がった。だって、このままじゃ、主婦だけじゃなく子どもまで可哀想じゃないか。「なぜ、そんなに弱気になるんだ。待ってれば解決は間近じゃないか。あの手紙は、後ろめたい職工たちの最後の悪あがきだぞ」「でも、私の母親に聞いたらね……」「また母親か。何だって」「養育費なしなら親権渡すと言われたと報告したら、それでいいじゃないかって言うし」「そんな……」「それに、私も疲れてしまったということもあるの」 私は、彼女のこういう親離れできない信念のなさは、とりわけ後半の混乱を招いたものだと思う。 彼女の姉や母親たちは、自分の肉親でありながら、それぞれの思惑や立場から、主婦の方が悪い、という立場から彼女にあれこれものを言っていた。姉に至っては、直接電話攻勢で仕事の妨害までしていた。 そういう期間が半年以上も続き、主婦は疲弊し、自分に自信がもてなくなっていたのだろう。 たしかに、主婦にも浮ついたところはあったかもしれない。しかし、夫の態度は、個人的な好き嫌いや評価の問題ではなく、明らかに人の道を外れる行為をくり返している。 しかし、事実に根ざした説明をしようとすると、母親や姉は聞こうとせず逃げてばかりいた。自分の意見が否定されるのが嫌なら、最初から関わらなければよかったのである。 肉親なら、もっと彼女を信頼して話をちゃんと聞いてやり、彼女の幸せを願う方向で事態の収拾に汗を流したっていいではないか。 主婦は、「負の家族」の一員ではあるが、同時に被害者でもあるような気がする。 アカの他人の私が、いいことなんかひとつもないのに彼女を守ってきたことは、結局、彼女のこういう気の毒なところを見ていたからかも知れない
2002.09.25
やれ調停だ、やれ養育費だ、やれ公正証書だ、といった主婦の責め口上から逃げてきた夫にとって、主婦が弁護士を使うということは、逃げ道を失ったという感じがしたのかもしれない。 今回の「相談役」による恫喝も、それが引き金になった居直りともいえた。 いずれにしても、仕事は一刻の猶予も許されないが、私は自分の机で仕事をしていても全く手につかない。結局、彼女のアパートの前で彼女の帰りを待つことにした。 彼女が戻ってきたのは夕方だった。 部屋の中に入るなり、私はすぐに成り行きを尋ねた。「どうなったんだ」「これから、印鑑証明をとりに世田谷の等々力に行ってきます」「印鑑証明?」「親権がほしけりゃ、養育費を諦めろって。誓約書を作るのに、印鑑証明をつけろと言われて」「印鑑証明なんていかなる法的な意味があるんだ?」「私の言うことがコロコロ変わるからって」「印鑑証明があると変わらなくなるのか」「でも、向こうが欲しがってるんだから仕方ないのよ」 主婦は、私とは目を合わせないような淡々と話した。「だいたい、そいつは何者なんだ。名前は何て言うんだ。弁護士なのか」「会社の相談役だって」 名刺を見ると、コピー機か何かでこしらえたような作り方をしていた。本当に会社の関係者かどうかも怪しい。「何でそんな奴と、大事な離婚についての話を決めなきゃならないんだ。おかしいと思わないのか?」「いろいろ言われてもがんばったんだけど、子どもを取られているし、どうしようもないのよ」 彼女はフローリングにしゃがみこみ、顔を抱えた膝に埋めてしまった。 こもった嗚咽が聞こえてくる。 私は、主婦を椅子に座らせてから、喫茶店での経過を聞いた。「口を出すなって言われてるけど、常識で考えてもちょっとおかしいんじゃないのか。だいいち、弁護士を立てたのに、何で直接会ってしまうんだ」「……」「養育費は親権と相殺できるものなんだろうか。どうもそこが腑に落ちないんだが」 彼女は少し落ち着きを取り戻した。「でも、向こうには、印鑑証明を取ってくると言ってしまったのよ。相談役とかいう人も、まだ喫茶店で待っていると思うわ」「何時間でも勝手に待たせとけばいいじゃないか」「もし、ここで約束を破ると、向こうの主張の正当性はどうであろうと、私が話し合いを放棄したという口実にされないかしら」 「まあ、そういうことはあるだろうな。だからこそ、弁護士と相談もせずに向こうと勝手に会ってはいけないんだよ。それにしても、その場に夫がいないというのは呆れた。責任感も誠意もない人間だな」 ま、そんなことは今にわかったことではないんだけどね。 しばらく沈黙の後、彼女は「一応、印鑑証明は取りに行くわ。取ってからまた考える。そうでないと、何か後悔しそうで」と言い出した。「仕事はどうするんだ。もう一刻の猶予も許されないんだぞ」 冗談ではないのだ。今晩納品できなければ減額は必至だ。「ご迷惑をかけていることはわかっています。いろいろよくしていただいたのに、こんな結果になって申し訳ありません。損害賠償は私に求めてください」「え?」「姉からは三日と開けず中傷の電話が入るし、その都度気の弱い私は、動揺していつも折り返しあなたに電話をして相談をしてしまい、結局あなたを道連れにする形で妨害に負けちゃった。もうここ何ヶ月も続いているし、母親のところに行ったりしたこともあったし、それで仕事に影響があったのは事実だもの」「納品日はそれを証明しているよね」 彼女が母親の実家に行った頃は、全く納品できていなかった。「しかし、その頃私は、事情を説明した上で夫に善処を求めている事実もある。夫の不誠実さは、もはや私の責めを免れるものではないよ」「もちろん、法的に立証できればやっちゃって構わないけど、そうでない場合の話。どちらにしてもあなたの被害は事実だし、因果関係もあるから」「うん」「夫にしろ姉にしろ、結局、私の側の人間だし、私がきちんと説明しておかなかったことが原因なんで、あなたの損害については私が責任を負うものだと思うの。その上で改めて、私の損害を夫に問えるかどうかは弁護士に相談してみるわ」 そこまできっぱり言われてしまうと、私はもう何も言えなかった。 主婦は、印鑑証明の登録カードを持って、私と一緒にアパートを出た。 あーあ、これでもう、仕事もパァだな。 そう考えると、何かここ数ヶ月維持してきた緊張のタガがプツン、と切れてしまった。もう、私一人だけでもがんばって、出せるものだけでも出そう、という気にはなれなかった。 再校分の納品を諦めたわけだ。ということは、初校までしか関わっていないということになるから、もう減額も必至である。減額は受注したもののトータルで行われるので、外注の支払いを考えると足が出る可能性もあった。 私との話が長くなったために、結局、主婦はその日の区役所の受付が間に合わなかった。 主婦はそこで、今度はちゃんと依頼した老弁護士に連絡した。「印鑑証明なんて、そんなものが要るなんて話は初耳だねえ」と老弁護士は「相談役」の要求をコバカにしていた。「でも、そう約束してしまったんで、こちらが約束を守るという意味で、取った方がいいと思ったんですが」「いや、それには及びません。必要ない物を要求する方がおかしい。そんな要求に従う必要はなし」 老弁護士にしてはめずらしく、この点だけはきっぱり言った。「とにかく、今後は私が話を進めますから、あなたは帰ってきて構いませんし、明日以降も印鑑証明の申請をする必要はありません」 いったん自宅に帰っていた私も主婦から電話を受け、また彼女のアパートに向かった。「弁護士の先生はそう言ってるんだけど、向こうには何て言ったらいいのかな」 彼女に聞かれた私は、こう答えた。「この件は弁護士に任せると通告したはずです。それとも、あなたは弁護士なのですか? と尋ね返したらいい」 主婦は喫茶店に電話をすると、「相談役」はまだ待機していた。 いくら自分から要求したとはいえ、もう六時間近くその喫茶店に居座っていることになる。 店だって迷惑だよな。どうせコーヒー一杯で粘っているんだろうし。「印鑑証明はとれませんでした。明日以降もお渡しできません」「ほう、じゃあ、子どもはどうなってもいいんだな」 主婦は、私の指示通りに返答した。すると、相談役はまた慌てて早口で「そんなことはどうでもいいだろう。弁護士がどうしたというんだ。法律が子どもの幸せを決めるのか。あんたは何を言ってるんだ」などと一方的にまくし立てて電話を切ってしまった。 全く知恵のない奴だ。ちょっと揺さぶるとすぐにボロが出る。 翌日、老弁護士は夫の会社に電話をし、協議離婚のための話し合いと協定書作りを主婦から依頼された旨を社長に告げた。 私の予想通り、社長は「何でこんなことぐらいで弁護士を」というニュアンスで警戒するような対応だったという。喫茶店での一件もあって、バツが悪かったのかも知れない。
2002.09.21
トレースの締め切りが今日いっぱいに迫った。もうかなり前からクライアントに、この日が最終期限と申し渡されていた。 出版社への最終的な入稿まではまだ何日かあるのだろうが、クライアントがチェックし、他の外注が制作した分との調整も行わなければならない。いずれにしても、この日までにできなければ、あとはクライアントが引き上げますという最後の日だった。 外注を使ったこともあり、普通にやっていれば何とかクリアできた仕事だった。しかし、あまりにも離婚問題に関したあれこれで時間とエネルギーを奪われすぎた。 それでも何とか再校までたどり着いた。この日、提出できれば、約束は守ったことになる。出来が悪いからと値引きされることはあるかも知れないが、とりあえず提出の約束さえ守っていれば、あとは話し合いだ。三校という猶予だってもえるかもしれない。 しかし、提出できないまま引き上げということになれば、「初校までしかやらなかった」ということになり、客観的に見て仕事を完了できなかったということになる。そうなれば、同社との請負契約書に従えば、三~五割の減額を言い渡される。 それは、今日一日で、あと二〇点ほどの校正ができるかどうかにかかっていた。 そんな大事な日の昼過ぎ、主婦から電話がかかってきた。「社長に離婚のことで呼ばれたんですが、行ってきていいでしょうか」という。「仕事中だろう。非常識だな」「私もそう言ったんだけど、『子どもの問題が大事だと思ったらすぐ来い』と言われてしまったの」 恫喝のような物言いだ。「おい、何もそれは今日でなくてもいいんだろう。こっちは一刻の猶予も許されないんだ。今晩ギリギリの締め切り納品に行くことはわかっているだろう?」「ええ」「これまで、どれだけあんたの夫に邪魔されてきたと思ってるんだ。リミットは夕方だぞ」「先方にそれはちゃんと話して、夕方になったら翌日にしてもらうか、こっちの納品がすんでからにしてもらいます」 主婦は、この数日前に社長宛に手紙を出していた。内容は私に言ったことと同じ。つまり、「当事者同士で話し合わせろ」というものだ。そして、協議離婚のための協定書作成書は弁護士を代理人とすることも表明していた。 それを受けての呼び出しだったので、主婦としては、今度こそきちんと話し合えるという期待があったのだろう。だからこそ、仕事がタイトな状況の中でも呼び出しに応じる気になったのだと思う。 しかし、「当事者同士で話し合わせろ」と言った挙げ句、弁護士が間に入るということは、本来なら社長のこの件における存在が否定されたことを意味する。社長の立場に立てば面白いはずがなかろう。 主婦が、先日四人で会った喫茶店に行くと、肝心の夫は姿を見せず、かわりに会社の「相談役」を名乗る柄の悪い男が社長とともに待っていた。 男は、目つきの悪い相好で主婦をじろりと睨むと、威圧的に切り出した。「養育費は要りませんという誓約書を書かないと息子は渡さない。そして、印鑑証明を持ってこい」「何でそんなものが要るんですか?」「あんたの言うことがコロコロ変わらないように担保を取るんだ」 落ち着きがなく滑舌も悪い話し方だが、知恵もなかった。協議離婚の協定書に印鑑証明が必要という法的根拠はどこにもない。さすが、夫の一派だけのことはある。 さらに男は、「何なら、子どもに親を選ばせてもいいんだぞ」 などと言って、鼻にかかったような笑い方をした。 七ヶ月も一緒に暮らしたから、父親の方を選ぶ自信でもあったのだろう。しかし、子どもが四歳児ということを考えたら、これもまともな人間の言うことではない。 主婦は、「一五歳にならなければそういうことはできないんですよ」とたしなめるように言うと、バツが悪くなったのか、男は急に不愉快な表情になり、「あんたはいろいろ調べてくわしいようだな」などと言って体裁を取り繕っていた。 その間、社長は隣に座って黙って話を聞いていた。自分が手を下さないつもりらしい。卑怯なオヤジだ。「相談役」は夫の代弁者を気取って、しばしまくし立てた。「今までのことも全部、女房であるあんたが悪いことにしろ」「そんなことできません」「子どもが帰ってこなくていいのか」「……」「親権が欲しいんだろう。それはあんた次第だといってるんだ」「……」「それから、あんたの後ろにいる、只野という男に謝らせて言い分を引っ込めさせろ。私の命令ということにしないで、あんたから説得しろ」「そんな。今までもさんざん迷惑をかけているし、只野さんは只野さんの体験や立場で腹を立てているのですから、そんなことできるわけないでしょう」「それでもやれ。やらないと息子は帰さない」「夫がそういっているのですか?」「相談役」はちょっと詰まってから、鼻の穴を広げて早口でまくしたてた。「……う、うるさいな。そんなことはどうだっていいだろう。何を言ってるんだ。そんなことを言い出すのはおかしいんじゃないのか。私がそういっていると言うことは、あんたの夫もそう言っているということだ。決まってるだろう」「子どもの問題と、只野さんの抗議がいったい何の関係があるんですか。不満があるのなら、夫が直接只野さんと話せばすむことではないんですか。少なくとも只野さんは夫と話したがっていますけど」 主婦もがんばっている。男は、ちょっと声を低くして「彼は、何も話すことはないと言っている」などと言った。「いえ、只野さんの方にあると言ってるんです。只野さんにはずいぶんご迷惑をかけてるんですよ」「それは、あんたとの別居問題で動揺していたときだから、彼は彼であって彼ではなかったんだ。動揺したときの行動は別人格だから、責任といわれてもそんなことは知ったことではない」 おいおい、四〇近い夫のはた迷惑な迷走の言い訳がそれか? そんなことで免罪されるんなら、世の中、警察も裁判所も要らないだろう。 男は、自分のくだらない回答に多少は自己嫌悪の気持ちがあったのか、話を打ち切るように手で振り払うような仕草をしてどなった。「ああ、もういい。それなら、私から只野に一言言ってやる。電話をかけろ」「今、仕事が大変なときなんでやめてください。それに、たぶん通話は録音されるから、後々もつれたら後悔することになりますよ」 それを聞くと、この男は急に話を変え、「ちぇ、もういいよ。どうせあんたら、一緒に暮らしてるんだろう? わかってるんだよ」などと中傷に移った。「只野さんは何度も夫に、『アパートに来て仕事ぶりを見るように』と言ってたんですよ。それでも夫は来なかったんです。見もしないで、そういう中傷はやめてください」「そりゃ、あんた方は夫婦喧嘩してるんだからな。わざわざ喧嘩相手のアパートなんか見に行くはずないだろう」 おい、「相談役」とやら。お前は脳みそがないのか? 主婦は、見てないんなら中傷するなって言ってるんだ。見ない言い訳なんか聞いてないんだよ。 次々言い負かされることが不愉快になったのか、「相談役」は急に声を荒げた。「おい、そうやってあんたが只野の肩ばかりもつから、あんたの夫は追い込まれるんだ。なんで夫の肩を持たないんだ」 こいつは、直前に自分の言った言い訳を忘れたようである。それがそのまま当てはまることだろう。誰が喧嘩相手の肩を持つか、アホか。 電話は、かけさせればよかったのだ。こんな知恵のない野蛮人を興奮させるのは私には朝飯前だ。興奮させて自滅させればいいのだ。 そもそも私は一人暮らしではなく、主婦は私の自宅の電話番号すら知らなかった。そう、私はこの「負の家族」のゴタゴタを一切家族には知らせていなかったのである。私は愚直だから関わっているが、普通なら話すらも聞きたくないようなばからしい出来事だから、私はこの件を自分の家族に聞かせる気などは全くなかった。 だから、私の家族にとって、彼女は取引相手の主婦の一人、という程度の認識しかなかった。私の自宅がいくら一戸建てといっても、ごく普通の民家だ。家族に内緒で「主婦と一緒に暮らす」などという芸当できるはずがないだろう。 ことほどさように、知恵のない「相談役」の話は不毛だったが、驚くべきは、夫がこのときその場に全く姿を現さなかったことである。自分自身の離婚問題なのに他人に女房を恫喝させ、自分は姿を隠す。 夫の人格を雄弁に物語る光景ではないか。 夫よ。お前は、自分の子どもに対してこうした態度をどう説明するつもりなんだ。「お父さんは、こうやってお母さんをやっつけたんだよ」とでも説明するつもりなのか。
2002.09.20
トレースの方は、ゴタゴタが続き、いよいよ一刻の猶予も許さないという状況になってきた。発注された分のデータはすでに提出していたが、その校正に往生した。 地図という精緻な制作物は、この校正が一苦労だ。海岸線などちょっとした狂いに対しても容赦なく朱が入ってくる。自分の担当分を直すだけでなく、外注とのミーティングもあった。朱が入ったデータは、連日バイク便で届き、こちらは外注と途中でおちあって、そのときの提出分と次の直しの分を受け渡してからクライアントにできた分を届ける。 毎日のように夜中に原稿を提出したので、外注の人たちもずいぶん苦労しただろうが、何より大変だったのは、全く未経験なのにディレクションを行う主婦だ。全く頭が下がる思いだった。ただ、考えてみると、私もMacintoshのイラストレーターは初体験だった。私も我ながらよくやったなあと思う。みんな大変だったんだ。 夫が自業自得で悩みを大きくして仕事を休んだり社長に迷惑をかけたりしている一方で、こちらは仕事に対しても必死だった。あんなとっちゃんぼうやとは、心構えも人間の出来も違うのだ。少なくとも私はそう考えてがんばった。誰もそれには文句を言えまい。 何度目かの校正が主婦のアパートにバイク便で届いたと連絡があり、私が取りに行ったとき、「離婚問題」の今後について話が出た。 切り出したのは主婦の方だ。「私は子どもさえ戻ってくれば、向こうのどんな条件でも飲もうと思うの」「向こうが養育費を払わないとか、謝れとか言っても、それを飲むということか?」 私は少し気色ばんで詰問すると、彼女は「仕方ないのよ」というニュアンスで、何度もカクカクと首を縦に振った。 私は「冗談じゃないよ」と思った。 そりゃあそうだろう。亭主の軍門に下るくらいなら、いったい今までの苦労は何だったんだ。「この前、団地でも言ったけど、向こうは結構追い込まれているはずなんで、あとはもうちょっと辛抱して待てばいいんじゃないのかなあ」 私はそう言ったが、主婦は頷いてはくれなかった。そればかりか、私を傷つける言葉すら口にした。「いろいろ考えたんだけど、あなたと結託していることがマイナスになっているかもしれないから、第三者のあなたはタッチしないで、当事者だけで話し合わせて欲しい」「え?」 私はこの瞬間、夢か幻聴かと思いたくなった。 それほど、この一言が悲しく悔しかった。 夫婦の問題なのだから、夫婦当事者で話すというのは当たり前の話である。もとより、私が夫婦のあり方を指図するつもりは毛頭ない。 しかし、それはむしろ私がこれまで口をすっぱくして言ってきたことであり、それをしなかったのは、姉たちを利用してきた夫の方なのである。 なのに、なぜ、今更、まるで私が干渉してきたからおかしくなったように言うのか。それが悲しかったのである。それはあんまりじゃないのか。 もともと私は、夫婦と無関係な立場であったのに巻き込まれて振り回されたのである。その立場から主婦の立場も思いやって抗議をしたら今度は邪魔だから消えてくれ、と言われているのだ。「あんたは身勝手すぎるよ。ご都合主義なんだよ」「……」「また母親か姉にネジをまかれたのか。あの人達はそんなに私が憎いのか」「……」 主婦よ、よく考えてみろ。もし、私が夫に睨みをきかせていなかったらいったいどうなっていたのだ。お前は夫とまともなコミュニケーションもないまま、もっとはやく夫の軍門に下り、しこりを残したまま団地の生活に戻るか、団地まで取り上げられて放り出されるか、そのどちらかが関の山だったのではないのか。 私も正直言って、「あのときああすればよかった」というこまかい作戦上の失敗や後悔はある。しかし、こんにち、お前が仕事をある程度覚え、夫の本性を知り、自分の頭で自分の幸せを考えて夫との離婚を決断したことは、長い目で見るといい方向であることは間違いないだろう。それは、たしかにお前自身の功績だ。しかし、私だってその道筋を掃き清める程度の貢献はしているんじゃないのか? 私がいなかったら、そういう現実はなかったんじゃないのか? だいたい、お前にとって本当の「マイナス」というのは、お前の身内でありながら夫を助けてきたお前の姉やその同居人ではないのか? 私はそんな内容で彼女をなじりながら思った。これはもう私に対する裏切りではないか。 そういう了見なら、仕事がコケたら、夫ではなく、額面通り責任者であるこの主婦に責任をとってもらおうか。私はそこまで本気で考えた。 思えば、この主婦をはじめとした「負の家族」たちとの縁を切るチャンスはここにあったのかもしれない。 だが、私はその通告をしようと彼女を見据え、「だったらお前に責任を……」と言いかけた瞬間、疲弊しきっている彼女の顔を見て、結局その場で三行半を突きつけることはできなかった。 私も結局は、気が弱い人間なのかもしれない。 別居以来、夫と姉のタッグによる中傷と私との板挟み、未経験の上に外注まで使って後には引けない過酷な仕事、そして七ヶ月待った挙げ句に連れて行かれた子ども……。 これらのことが重なれば、彼女がかなり疲弊するのも無理はないと同情してしまったのである。 疲れと動揺が言わせているのであって、彼女に「恩知らず」のレッテルはまだはれない。私は自分自身にそう言い聞かせた。 何より、今、私が彼女と喧嘩別れしたら、あの夫を喜ばせるだけである。 私がこの件に関わってきたのは、彼女の仕事の手助けと、人間のクズのようなふるまいを恥じない夫から降りかかった火の粉を振り払って糾弾することだった。 彼女の発言は悔しいが我慢しよう。そもそも、私が彼女にそこまで踏み込んでも、彼女に対して責任をとれるわけではない。「全面的に信じて私の胸に飛び込んでくれ」と本心からは言えなかった。「わかった。今後、夫婦の問題には何も口を出さないよ。しかし、これ以上仕事の邪魔をされたら、離婚問題がどうなろうが、その限りにおいて私の行動は保証できないよ」「すみません」 彼女は儀礼的に私に頭を下げた。 翌日、主婦の母親から電話がかかってきた。相談があるのだという。私に相談するとは、この母親もずいぶんかわったものだ。「ご存じの通りの状態なんで、私としては、弁護士を使って事態を打開しようと思っているのですが、どんなもんなんでしょうねえ」 向こうは、夫のことも主婦のことも知っている社長が出てきている。「元のサヤ」を希望する動機に限って言えば、私よりも純粋な人だろう。 それなのに、主婦がここで弁護士なんか使ったら、相手は態度を硬化させるのではないか。私はそんなふうに考えたが、母親には言わなかった。 主婦に「夫婦の問題に口を挟むな」と言われて白けてしまっていた私は、あまり真剣に相談に乗る気がしなかったのである。私抜きでやれるならやってみろ。そういう気分もあった。「まあ、いいんじゃないんですかねえ」 こういうのを「気のない返事」というのだろう。「どなたか、いい弁護士さんをご存じありませんか」「だったら、私が無料相談した弁護士なんかいいんじゃないですか。私の側からですが多少は今回の事情を知っているから、話も通りやすいでしょう」 私は、いつぞや相談した無気力な老弁護士を紹介した。
2002.09.16
鬼婆が息子を連れ去ってだいぶたってから、主婦と主婦の姉がかけつけ、夜まで待機した。しかし、鬼婆はもちろんのこと、夫もその日は団地に戻ってこなかった。 三人はミーティングを兼ね、最後の「東京の牧場」だった四谷軒牧場の跡地に建てられたファミリーレストランに入って遅い夕食を摂った。 心配した私は、主婦の携帯電話をならし、彼女が折り返しレストランから電話をよこして事情を説明してくれた。 電話がすんで、席に戻った主婦に、母親が呟いた。「只野さんという人を私はよく知らないけど、ずいぶんなトバッチリで嫌な思いもしたろうに、本当にお前のことを思いやっているようだね」 おっかさん。もっと早く気づいて欲しかったなあ。もう少し早く私を信頼して一丸となっていたら、こんなことにはならなかったのに……。 その日は、主婦と主婦の母親が団地に泊まることになった。多少神経質で寝付きが悪い母親は、「埃っぽくて汚い部屋だねえ」 などと文句を言いながら客用の布団にくるまった。 そりゃ、「夜逃げ」で荷物をまとめた状態なんだから、「埃っぽくて汚い」のは当然だ。もちろん母親だってそんなことはわかっている。ただ、部屋にでもあたらないとやっていられない心境だったのだろう。「あんたの夫は誠のない人間だよ」 母親はその日、枕元で何度も主婦に呟いた。 翌朝、主婦はそこから派遣元に向かい、夕方はいったんアパートに帰って着替えをし、今度は私が主婦を車に乗せて団地に向かった。 家賃一二万円の公団住宅は、玄関を入ると両脇に五畳の洋室と台所、さらに進むと六畳の和室が二間並んでいる。奥の向かって左側を姑に与えていたそうだ。何より新築で入っただけにこぎれいで広い。これだけの3DKなら、今なら分譲で三~四〇〇〇万程度はするだろう。 すでに荷物の一部は運び出されていた。夫は昼間、引っ越しを始めたらしい。 私はその点、すぐに注意をした。「おい、これはおかしいぞ」「何が?」「離婚も成立していない。財産の分与も決まっていない段階で、夫婦として買った物をあんたに何の許可もなく持ち出すことは許されないんだ。そりゃ、泥棒と一緒だよ。なめた真似しやがって。奴はどこまでふざければ気が済むんだ」「そうなの?」「セロテープとフェルトペン、あと赤い紙があったら出してくれ」 主婦がそれらを持ってくると、私は紙に次々「禁帯出」と書き殴り、それを家具にベタベタ貼り付けた。「赤い紙」というところがミソだ。「ついでに私の名前も書いてやろうか。お守りになるかもよ」「でもこういうものの権利は、早い者勝ちじゃないの」「早いもなにも、離婚も成立していないんだぞ。勝手に持ち出していいわけがないだろう。そんなお人好しを言っていたら、親権だって『早い者勝ち』と言われてしまうぞ」「それもそうね」 奥にある姑の部屋ではない方には、おいていった家具に混じって、子どもに買ったと思われる、兜や太鼓などがバラバラに飾られていたまま残されていた。「子どもを連れて行ったのに、これはおいていったのね。もしかしたら、出て行くのは自分たちだけで子どもは帰すという意思表示なのかな」 主婦が期待を込めるように呟いた。しかし、そうとは限らないので、馬鹿正直な私は「うん」とは言えなかった。「まだ引っ越し荷物は残っているだろう。第二弾で持って行く予定かもしれない」「そうか……」とガッカリする主婦。 この期に及んで、無根拠な慰めは意味がない。というより、その必要もないと私は考えていた。「でもね、私の予想ではかなり向こうは追いつめられていると思うね」「そうかしら」「考えてもみなよ。あんたを追い出してから七ヶ月。夫が、手のかかる小さな子どもを母親から引き離しても何とか無事に育てつつ強情をはれたのは、あんたの姉がいたからだ」「そうね」「あんたの姉さえ最初から手を引いていてくれれば、夫はもっとはやくギブアップしていたと思う。その頃、夫は私とメールをやりとりしていた。夫は私を恐れてはいたけれども、一方ではあんたとの間接的な交渉に私を使っていたという面もある。だからこそ、メールをやめたといいながら、まだ電話ではやりとりをしていた」「そういえば、マッサージ師の電話までは、たしかにそういう微妙な関係を維持してきたと思うわ」「そう。それが崩れた以上、いずれはこうなるしかなかったし、土地勘のない新しい引っ越し先では誰も面倒を見てくれないから、息子を人質にがんばっても、そう長続きしないと思う」「向こうでは保育園の手続きなんかもできないんでしょうね」 寂しそうにため息をつく主婦。 部屋には、夫婦のアルバムもそのまま残されていた。私はその中の一冊を手にして中をパラパラとめくると、まだ出会った頃であろう主婦と夫の楽しそうなツーショットの写真が何枚も貼られていた。 結局、その晩も夫は団地には泊まらず、私たちは深夜、諦めて団地を後にした。 翌日、夫から姉の家に連絡があり、「もう団地に戻ることはない」と言って、一気に残りの荷物を運んでいったという。 マッサージ師が、また夫の援軍を気取って文句を言っているらしい。曰く「赤紙を貼るとは何事だ。我が舎弟の稼いだものを舎弟が持って行って何が悪いのか」 マッサージ師よ。お前なんか誰も相手にしていないんだよ。もはや夫だってな。 もともとこの夫が姉とマッサージ師を頼ったのは、自分に都合がいいから利用しただけの話である。別にマッサージ師に友情なんか感じちゃいない。 私の予想では、マッサージ師はそれもわかっていた。わかっていても「舎弟」と言っているこの酔っぱらいが、むしろ私には哀れに見えた。 だが、こっちの話は我慢がならなかった。 その後、姉はわざわざ団地に出向き、せっせと「夜逃げ」後の掃除までしてやったという。 私はさすがに頭に来た。「あんたの姉という人は、いったい何なんだ。何で子どもまでさらって自分の妹と敵対する人間の、夜逃げの後始末までするんだ」「ごめんなさい。姉はそういう人なの。全体から見た善悪や事態の流れを読む判断力が欠落していて、そのときどきの雰囲気でしか動けない人なの」「だけど、今回の場合、ただごとではないんだぞ。あんたは子どもまでさらわれているんだぞ」「今まで黙ってたけど、春に私が追い出されたときだって、夫は『今日は家に入れたくない』と言っただけなのに、『じゃあ、家に泊めるわ』って二つ返事で自主的に別居の受け皿を引き受けたらしいの」 この話も私は初耳だったが、さもありなんだ。「それじゃあ、こんにちの事態を招いた張本人じゃないか。社長じゃないけど、姉の責任は重いね。もちろん、おおもとは夫だけど、諫言をしてこなかった責任は重いよ」「同居人のマッサージ師も、ああいうふうだから、気の弱さと無責任さから、姉を諫めることができずに、同調することしかできないの」 思うに、この姉は、「自分を必要としてくれる人がいい人」であり、その人のために動くべきである、という「奉仕」的価値観を持っているのだろう。たとえ、それが自分の身内の敵であろうが、自分を利用する人間であろうが、そんなことはどちらでもいいらしい。だから、夫の要求で何でも言うことを聞く。その一方で、もし、私が夫を名誉毀損で訴えるので姉に証人を依頼しても、姉はそれを引き受けるだろう。 こういう人間て、結局は誰にも信用されなくなってしまうのだが、それでもこういう生き方を改めることはできないんだろうな。どういう価値観で生きるかはその人の自由だが、マッサージ師同様、可哀想な人だと私は思っている。
2002.09.14
「大変だ。息子が連れて行かれるよ!」 派遣先の主婦の携帯電話に主婦の母親から連絡が入った。 電話を受けた主婦は、急いで団地に向かった。 主婦と主婦の母親は、この日までに、子どもを強引にでも引き取ることを決断していた。 子どもを強引に引き取れ、というのは、すでに私が四ヶ月も前から彼女に進言していたことだった。彼女はそれに対して「仕事が軌道にのらないうちにそれはできない」と主張し、口論にもなった。 しかし、喫茶店や渋谷での話し合いにおける夫の不誠実な態度に、ついに見切りをつけざるを得ない時期に来たと判断したのだろう。 まず最初に母親が団地に行き、身支度や当面の生活に必要な衣服・道具などをとりまとめた上で、仕事を終えた主婦が駆けつけることになっていた。 母親が団地に行き、ベルを押すと、ドアを少しだけ開けた夫の母親が顔を出した。そして、今まで見せたことのない鬼婆のような形相で母親に連れがいないか左右を確認した後、家の中に入れた。 部屋の中に入った母親は驚いた。何と家財道具の多くは段ボールに梱包され、引っ越しの準備がおおむね完了している。そして、鬼婆は引っ越し先に向かうつもりだったのか、息子に靴を履かせようとしていたところだった。もちろん、この引っ越しは何の予告もない「夜逃げ」に等しいものである。 主婦の母親は引き留めようとして息子の手を引いたが、鬼婆は主婦の母親を小突き、子どもを抱えるようにして玄関を出ようとした。 鬼婆は一六〇センチをゆうに超し、好物の天ぷらを毎日ばくばく食べているせいで体重も七〇キロ近い。女性、とくに老婆としては巨漢の部類に入れてもいい。何しろ、以前盲腸の手術をしたときに、腹の脂肪で傷口がふさがらなかったそうだ。主婦の母親も、マッサージ業を営んでいて肱(かいな)力は強いが、体格的にはずっと華奢である。 母親はまず、説得を試みた。「ちょっと待ってください。娘に無断でこんなことしたら、あとで禍根が残りますよ。この子はあなたの子ではないでしょう。そんな勝手なことをしていいんですか?」 それには答えないで靴を履く鬼婆。 母親は、今度は息子に直接話しかけた。「後でお母さんが来るから、ここで待ってましょうね」 しばらく母親と会っていない息子は、無邪気に「お母さんて、誰のお母さん?」などと答える。「忘れたのかい。お前のお母さんに決まっているじゃないか」 母親も必死だ。「ぼくのお母さんは、お仕事で遠くに行ってるんだよ」 夫と鬼婆は、四歳児にこう言い聞かせて、七ヶ月我慢させてきたのだろう。 靴を履き終えた鬼婆が息子の手を引いて出ようとしたので、主婦の母親は、慌てて子どもを手中に引き込みいったん部屋まで戻した。 すると鬼婆は、腹の底から絞り出したような「キィ~」という唸り声あげて靴を履いたまま部屋まで戻り、息子を取り返そうと乱暴に息子の手を取った。 この瞬間、四歳児は二人の祖母から左右の腕を引っ張られ、まるで体を縦半分に引き裂かれるような状態になった。 身体的ショックとともに、その光景にビックリした息子は火がついたように泣き出した。 息子の反応を見た主婦の母親は、瞬間的に息子を気遣いすぐに手を離したが、知恵のない鬼婆にはそういった細やかな配慮はなく、すさまじい形相のまま息子をひったくるようにして小脇に担ぎ、脱兎ならぬ脱熊のごとく部屋を飛び出して行き、二度とこの団地には戻ってこなかった。 その後鬼婆は、団地の前でタクシーを拾い、何も知らない息子とともに、団地のある世田谷から、転居先である千葉県のベッドタウンまでタクシーで直行した。いったい何万円取られたんだか。…… 時は流れ、六年後、テレビで「嫁姑の対決」番組を観ていた息子は、ポツリとつぶやいた。「嫁姑なんて凡庸だね。姑同士の対決っていうのもあるんだよ」 子どもは決してあの日のことを忘れてはいない。
2002.09.13
社長から主婦のもとに電話がかかってきた。離婚にあたって、養育費など具体的に決めるために夫婦二人だけで会ってみろということだった。 主婦には依存はない。話し合いができなかった原因は、逃げ回っている夫の方にあったのだから。 場所は前回と同じ渋谷。主婦の元に現れた夫は、すでに顔面蒼白で緊張していたという。「離婚の条件は何ですか?」 ろくに挨拶もせず、大学ノートを開いて他人行儀に夫が質問した。「こないだ話したように、養育費の取り決めと団地の立ち退き。子どもの引き渡し。あとは細かいことだけど、今、私のMacintoshに入っているソフトのマスターディスクとシリアル番号。今のままでは不法なコピー使用になってしまうし、今後ハードディスクを再セットアップすることもあるから、マスターディスクをちゃんと欲しいの」 主婦の要求は、もうここ数ヶ月同じことがくり返されている。 夫は、震える唇をやっと動かすように「団地は、私が引き払ったらどうするのですか」などと尋ねた。「それをきちんと言わないと、引き渡しはできないの? さあて、どうしようかしら。今までさんざんお世話になったし、只野さんに使っていただこうかな」 夫は、頭の先から出てきたような声を震わせながら「あ~、そうですか。そういうことなんですね」などといって、震える手で大学ノートにメモをした。 お前の体臭と安タバコの煙が壁や天井に染みついたド田舎の団地なんか、不浄と不便すぎて金をもらったっていらねえんだよ。 これは冗談ではないのだ。私はすでに、都心まで乗り換えなしの地域にある一戸建てに住んでいるし、そもそも書き屋としてはめずらしく、タバコもコーヒーも一切受け付けないクリーンライフである。愛煙家は自家用車にも絶対に乗せないほど徹底していた。「養育費はいくら欲しいんですか」 夫はロボットのように質問をくり返す。主婦は、「一〇万円、と言っとこうかしら」とまず答えた。 それを聞いて顔が引きつる夫。「一〇万円」というのは、夫の母親が田舎にいた頃、家庭生活を犠牲にしても続けさせた仕送りの額である。「母親に一〇万円払えて、息子に一〇万円払えないの?」という皮肉のつもりで主婦は言っただけだったが、知恵のない夫は気がつかなかったようだ。「養育費は払い続けなければならないものだし、支払者の能力や誠意の問題が絡んでくるから、まずそっちが自らの責任できちんと意見を言って欲しい」と主婦は続けたが、夫はそれを無視して、「一〇万円ですね。わかりました」などと言ってプルプルとノートにメモした。手の震えと緊張のあまり、書かれた字は本人でもほとんど判読できないであろうほどゆがんでいる。 しかし、こいつはこれを持ち帰って、社長に「只野と暮らすから団地を出て行けと言われました」「一〇万円払えと脅かされました」などと報告するに決まっている。これまでも、そうやって問題を大きくしてきた。 このとっちゃんぼうやは、いつまで不毛な脚色で同情を引く田舎芝居でもり立ててもらうつもりなのだろう。 主婦は、核心部分に話を移した。「それで、子どもにはいったいいつ会わせてくれるの」 夫は、待ってましたとばかりに急に姿勢を正し「さあ、一〇年先かもしれない。ずっと会わせないかもしれない」 などともったいぶった。「だって、七月の時点で、私の母親や姉にも宣言して、私にも手紙で約束したでしょう。親権も渡すし養育費も払うって……」 夫は、口元に薄ら笑いを浮かべてそれには答えなかった。 こいつには、子どもを人質にして女房に「勝つ」というくだらない目論見があるらしい。 しかし、別居以来七ヶ月。七月以降は交渉を逃げられた挙げ句、この返答では主婦も辛いだろう。 しばしの沈黙の後、主婦はこらえきれずに嗚咽し、涙をリノリュームの床にポタポタ落とした。夫はその落ちた先にちらっと視線を移し、落ちる音を確認するような表情をしてから、また主婦の泣き顔を無表情で見続けた。 その視線は、人間が人間を見る視線ではなかった。 おもむろに、夫はこうつぶやいた。「あのとき、お前を殺していればよかったと思うこともある」 ついに白状した。これが、こいつの人格的本性なのだろう。 主婦は、いたたまれなくなって席を立ち、トイレに駆け込みワンワンと泣いた。そして、気持ちをいったん落ち着かせて席に戻ると、力を振り絞って今度はこう尋ねた。「只野さんの件はどうするの? 今日のことも私は報告するわよ。正義感の強い人だから、たぶんあなたは無傷ではいられないと思うわ。損害賠償は決してハッタリでも強請たかりでもないのよ。自分のしたことには責任もてるんでしょう?」 すると夫は、急に目をつぶり、肩で息をしながら全身が小刻みにふるえ出した。形勢逆転である、「うぅ。今は、今はそのことは言いたくない、言いたくない」 などと独白のように言葉を発し、水を飲もうとコップを握ったが、震えのために水がこぼれて手にかかってしまった。 動揺を見られた夫は気まずくなり、「これで話は終わりだ」 などと言って慌ててノートをしまい、レジで勘定を済ませると彼女を振り返りもせずに早足で雑踏の中に消えてしまった。 その日の夜、主婦の姉から主婦のもとに電話がかかってきた。 渋谷の話し合いの後、また姉の所に寄ったらしい。社長の話では、告げ口は解雇のはずである。もっとも、こちとら、あの「職人ワールド」のおっさんが約束を守るとは思っちゃいないが。 姉は主婦にこう報告してきたという。「もう声もかけられないぐらい真っ暗な表情。うちの娘も、『まるで死刑宣告受けた人みたいだ』って言ってるわ」 バカが。小心なとっちゃんぼうやの分際でイキがるからだ。「どうしてそんなに暗くなるの? 離婚するから?」 主婦が尋ねると姉は「うぅん。何か、養育費に一〇万円とられる話をしてたから、お金のことじゃないのかしらねえ」「一〇万円にしとこうか、と言っただけで、一〇万円を正式に要求なんかしてないわ。何しろ話の途中で、急に席を立ってしまったから、結論も出てないのよ」 こいつは、家庭の崩壊よりも一〇万円の方が大事だったんだなあ。 月謝を払いたくないと言って息子の幼稚園入園に反対したり、赤ん坊が寝ているからとフロッピーディスクの音を注意されただけでむくれたりした話は、こいつならあり得ると私は思った。 こいつは、正真正銘の札が付いた、心の貧乏人なのだろう。
2002.09.11
「そう。絶対なんだな? 絶対に告げ口はしていないと言い切れるか!」 主婦の姉への告げ口を、していないととぼける社長&夫に対して、私は夫を睨みつけて念を押した。 社長は、「絶対」と言われて自信がなかったのだろう。別の逃げ道を提案した。「ではこうしましょう。今後、一切告げ口はさせない。私が約束する。もし告げ口をしたら、この男は解雇しましょう。それで、いいじゃないですか。私に免じてこれで勘弁してくださいよ」 ふん、解雇なんかするつもりないのはお見通しだ。その程度の結びつきなら、仕事ができなくなっていたここ数ヶ月の間に、とっくに解雇していただろう。そもそも、これまでの話をしているので、いきなり「今後」の話なんかされても噛み合わないんだよ。 みえみえの出任せで堂々と論点を逸らす。「解雇」が本当にあるかどうかはどのみち未来のことだから、今の段階では「嘘」とは言いきれない。そしてそれを譲歩するような口ぶりで使うことで事を収めてしまおうとする。 こいつはやはり、侮れないタヌキオヤジだと私は思った。社長は、さらにこうも言った。「只野さん。はっきり言いましょう。私はあなたのメールをこの男から全部見せてもらいました。その上で話をしています」「経緯を全部知っているという意味ですか?」「そうです」「ほぉ~。なら話の通りはいいんでしょうね」「まあ、この男は見た通りの男なんで、ちょっとしたボタンの掛け違いもあるでしょうけど……」「『掛け違い』というより、わざとボタンをはずして騒ぎを作っていると言った方がいいでしょうね」 夫の方を睨み付け「あんた、私より年上なんだろ。範をたれるべき立場ではずかしくないのかい」と吐き捨てるように言った。 社長は、「あれ、お前の方が年上なのか」と、初めて聞いたような反応を示してから夫に確認し、夫は例の姿勢のまま、かすかに頷いていた。 それを見た社長は、小考した後、それ以上は私のことには触れず、話を主婦に向けた。「それで、どうなの。これからのこと。やり直せないの?」 主婦は即答だった。「その気はないですね。別居してからもいろいろあって、どんな人かということがはっきりわかってしまったし」 社長は、それを聞くと、ちょっとだけ寂しい顔をして「そうか」と呟いた。できればもとのサヤに収まって欲しいと思ったらしい。 実を言うと、私も本音ではこの社長と同じ考えだった。「そうすると、別れる条件も決めなくちゃならないね」「いえ、それはもうずっと前に伝えてあります。養育費を決めることとか、団地を出て行って欲しいとか」「だって団地の家賃はこの男が払ってるんだろう」 社長が「仲裁」ではなく夫の立場に立った発言になりかかったので、私も助け船を出した。「そうじゃないでしょう。夫婦生活における財産は共同。つまり、家賃は夫婦で払ってきたんだ。ただし、もともとの権利は主婦のもの。別れるんだったら主婦の元にお返しするのが当然のことでしょう」 社長は言い返せず下を向いた。そして、右手に握り拳を作り、親指と人差し指の腹をこすり合わせながら押し黙っていた。「私個人の意見を言わせてもらえばね、この人は、彼女が東京に出てきて生活の基盤を作ってから、転がり込んできて仕事も面倒見てもらったんでしょう? 彼女にもともと世話になって、かつ自分では何もしようともしない。そんな甘えん坊が何を偉そうにしてるんだってことですよ。 離婚するんなら、それを機に今度は自力で生きてご覧なさいって私は言いたい。いつも女房とか社長さんとか、人に面倒ばかり見てもらっているから、四〇近いのに一人前になれない。社会人としての自覚と責任も持てない。今回だってそうでしょう? 今日の態度だって何だ。すねたガキと同じじゃないか。たぶん、こっちが言っていることも彼は咀嚼できないんじゃないのか? 離婚するんなら、団地は出て、自分で自分の住むところは探すこと。とにかく一からやり直すことを私はお勧めしますよ」 夫が全く手をつけないオレンジジュースは、氷が完全に溶け、コップの外側についた水滴は下のコースターをぐっしょり濡らしていた。 時間が夜の一一時を過ぎ、私たちは喫茶店を出た。夫は、近日中に改めて返事をするということになった。 夜の道を、前列は私と社長、後列に瀬戸際夫婦が続いた。 このときの社長は、すでに商売人の物腰に戻っていた。「いやあ、只野さん。しかし、あんたの手紙を見て感心しましたよ。あんた、相当腕のいい人だねえ」「弁が立つ」とか「筆力がある」ではなく、「腕のいい」という表現は、社長に他意はなかったのかも知れないが失笑を禁じ得なかった。 このおっさんの思考は、どこまでいっても職人のノリなのである。そもそも私信に腕がいいも悪いもないだろう。 後ろの瀬戸際夫婦はこの間、一言も会話がなかった。 車を止めてある十字路になった。 このとき、夫は一応会釈だけはしていたようだが、私たちとは目を合わせず、すぐにコソコソと歩いていってしまった。「いくら瀬戸際夫婦でも、言葉を交わした挨拶ぐらいしろよ」 私はそう思いながら、社長に挨拶をして主婦と車のある方に向かった。 私たちは、特に言葉を交わしたわけではないが並んで歩き、パーキングエリアに止めておいた車のキーを開け、彼女が乗り込んだことを確認してから自分も乗り込もうとした。 そのとき、フッと十字路の方を振り返ると、いつの間にかそこには夫が戻ってきて、仁王立ちでこちらを睨み付けていた。 遠くだったからかもしれないが、このときは、私と目があっても視線を動かすことなく立ち尽くしていた。車が出てからも、ルームミラーからそれをはっきりと確認することができた。
2002.09.09
喫茶店で四人が揃った。奥の席には、左から社長、夫が座り、手前側には左から主婦、そして私が座った。 まず、それぞれ飲み物を頼む。社長と主婦はホットを、意外にもコーヒーが苦手な私は紅茶を、夫は低くボソボソと聞き取れない声でオレンジジュースを頼んだ。この日、夫が声を発したのはこのときだけだった。社長が話すことを禁じていたようなのだが、かりに禁じなくても、真ん前に「天敵」の私が座っていたんだから、どのみち満足には話せなかっただろう。 話さないだけでなく、姿勢も同じだった。背中に物差しを入れたようにつっぱらかり、肘はまっすぐ下に伸ばして股のあたりで両手を握った状態。表情もほとんど変えず、視線は天井の一点を凝視したままで四時間近くがんばっていた。自業自得で自分を拷問状態にして、全くもってご苦労なことだ。 出てきたおしぼりで手を拭いていたが、重い沈黙が続いている。先陣を切ったのは社長だった。「まあ、いろいろあっただろうけど、やはり本人同士で、どうしても別れるのか、やり直せるのか、きちんと決めたらいいと思う。何しろ、いろいろプレッシャーがかかっちゃって、本人は満足に話せない状態なんだ」 おっ、社長さん、きっかけを作ってくれたんだね。 私は、フッと聞こえよがしに息をついてから、バカにするように言い捨てた。「それはこの夫さんの自業自得でしょう。私はもともと、この夫婦とは何の関係もないんだから」 それを聞いた社長は、ぷるぷると震える手で私を指さし、目は大きく見開き、沸き上がる感情に言葉が追いつかないように口だけをアワアワと動かす状態を暫し続けてから、「あ、あんたが、し、仕事なんか誘ったからいけないんだ」などと怒鳴っていた。 決して普段ドモる人ではないので、よほど興奮しているのだろう。 私は、怒鳴り返すタイミングを見計らうために、夫を見ながら一発返した。「聞き捨てなりませんね。私は、こちらの方から許可をいただいて仕事を始めたんですよ」 指さしをやめず、しかし、さっきよりは流ちょうに社長が答えた。「しかし、亭主としては建て前と本音というのがあるでしょう。そのへんをひとつ、あなたもわかってやって……」 よし、今がチャンスだ。「甘ったれるんじゃない! だったらこっちに何をしてもいいってぇのかっ!」 私は、腹の底から声を出して、テーブルをドーンと叩いた。 店中に響き渡る怒声で、店内がシーンとしてしまった。社長も指していた手をソロソロと下ろした。 ちと効果がありすぎかな。まあいい。この勢いでいくしかない。 私は心持ち大きな声で一気に続けた。「なんで私がこの男にそこまで配慮しなければならないんだ。その理由は何ですか。あったら言ってみなさい!」 今度は私が社長をスパッと指さした。社長は、指先から視線を逸らしあらぬ方を向いてしまった。「だいたいね、勝手に人の家の住所を調べて、こっちが頼みもしないのに夜中に女房を送り出しといて、この人は何と言ったか。『私は訴える気はありませんからどうぞご安心を』だって。それで周囲には『間男』呼ばわりか? あんたなあ、あんたの言ってることはなあ、勝手に財布を人の家に放り投げて、そこの家の人にf『泥棒というのは勘弁してあげますからご安心を』なんて言っておきながら、近所に人には盗人呼ばわりしているのと同じ事なんだぞ。自分でやってることがわかってるのか?」 ちらっと夫を見るが、夫は相変わらず“幽体離脱”状態だ。「何が『自分の女房に成功してもらいたくないわけがない』だよ。だったら何で、いろいろな嫌がらせをした。ん? あんたの女房は母親の所にいっちまって、こっちは仕事が止まって今でも大変なんだぞ。 それに何だ、あのマッサージ師の電話は。私がいつ、連日のようにポケットベルを鳴らしたんだ。いつ、団地の権利をくすねようとしたんだ。小さいことでも、それを口実に彼女は毎日のように姉から電話で嫌みを言われていたんだぞ。主婦の身内を巻き込むなって私に何度言わせたんだ! 自分のお袋に今回の事情を話せないのは、あんたがだらしないだけの話。あんたの女房が、あんたのお袋が嫌だといってるんだから、お袋を聖域にしていたら何も解決しないだろう。私に酔っぱらいを差し向けて何の意味があるんだ。ふざけんのもたいがいにしろ!」 夫は、マッサージ師の話をしたときだけ、涙ぐんだ視線を私に向け、ちょっと唇をすぼめて何かを話しそうな状態になったが、すぐに元に戻ってしまった。 社長は視線を逸らしながら、私を制すこともなく黙って聞いていた。そりゃそうだ。どうせこの夫は、自分にとって都合の悪いことは社長に言ってないはずだ。社長も初めて聞くことも出てくる、ということは覚悟しているのだろう。「で、彼女が、今、抱えている仕事が約三〇〇万。それが転けたら、私はお手上げだ。だから邪魔はしないで欲しい、ということはもう三ヶ月前からたびたびあんたにお願いしているはずだが、事態はいっこうに改善されない。話し合いといっても逃げてばかり。これはどういうわけだ」 夫に答えさせようとすると、それを制して社長が、「いやあ、すごいなあ。三百万ですか。ウチなんか何円の仕事ばっかりだ」などと茶化した。「こういうときに、つまらない茶化しはやめてもらいましょうか」 私が制すると、社長は、「要するに、それは電話をして仕事の妨害をするこの人のお姉さんがいちばん悪いということだね」などと答えた。「姉にいちいち告げ口して味方につけようとする、この夫がいちばん悪いに決まってるでしょう」と私。「おかしいなあ。私もさっきこの男に聞いてみたんだが、お姉さんには告げ口はしていないと言っているけど。その方の独り相撲ではないんですか? だとすればこの男の方が被害者ですなあ」ととぼける社長。「そう。絶対なんだな? 絶対に告げ口はしていないと言い切れるか!」と夫を睨みつけて念を押す私。 つっぱらかったまま、涙が一筋、つつーっと頬を流れる夫。夫の口元に手をあて、「話すな」という仕草をする社長。姉に責任を押しつけられ、ちょっと気色ばんだ表情の主婦。 何とも重い光景だ。
2002.09.08
例のごとくトレースで悪戦苦闘していると、主婦から電話がかかってきた。「夫の会社の社長から電話がかかってきたわ」 私は、ついに出てきたか、と思った。 夫は逃げる一方で、また半月近く膠着状態が続いていた。 どうせ奴はロクに仕事も手につかないのだろう。そんな状態が数ヶ月続き、社長ももう我慢の限界なのかもしれない。その限りでは社長もこの夫婦問題のトバッチリを食っている人間ということも言える。「そうか。で、用件は?」「私が間に入って話をするって。それで、今度、会社の方に行くことになったんだけど」「そうか。なら、私も行くよ」「いいの?」「ここまでかかわったら仕方ないだろうな。当然、夫も交えた話し合いになるんだろう?」「たぶん」「なら、言いたいこともあるからついていくよ。私は、まだ一度も夫にあったことがないんだ」「ああ、そうだったわね」「今までもいろいろあったし、私だって一言二言、言う資格はあるだろう」 主婦にとって、この社長との付き合いは、東京に出てきて就職した印刷会社にはじまるという。主婦は、この社長について、当時の相場より高い給料を要求したり、社長が新しい会社を作るときも、誘われたにもかかわらず固辞したりしたいきさつがあるからか、あまり悪くは言わない。 それも、私には「ちょっとやりにくくなるかなあ」という思いを抱かせた。 ただ、それ以上に、この社長に対しては、私の留守番電話に入っていたメッセージと、直接話したときのギャップが大きかった「ダブルスタンダード」というイメージがひっかかっていた。 夕方、出向く前にちゃんぽんの店で腹ごしらえをしたが、正直なところ、あまり食は進まなかった。私は、この一連の出来事でトバッチリを食った立場であり、終始余裕綽々だったのだが、このときだけは何か妙な胸騒ぎがして落ち着かなかった。「こいつは百戦錬磨のタヌキオヤジだ。夫とは違い、気をつけなければならない」 私はこの社長を直感的に警戒していた。 会社までは私の車で向かった。心の準備をしておこうと、途中、社長がどんな顔をした人間なのか、主婦に尋ねた。「うーん、頭のはげた、背の小さい人」 私がイメージした、小柄なはげちゃびんオヤジに近い人物が、ちょうど車の横の歩道を歩いていた。開襟シャツを着て、集金用鞄を小脇に抱えている。見た感じ、近くで話すとヤニ臭そうで、やや高めの濁声で話しそうな感じがする。「おい、あんなもんか?」と主婦に聞くと、「ああ、ああいう感じかもね」 と答えた。 私は以後、会社に着くまで、そのオヤジとの脳内ロールプレイングに熱中していた。 そして会社に到着。 ノックして入ると、聞き覚えのある声をした小男が歩み寄ってきた。「ああ、どうもご苦労さん。こっちにかけて」と、応接用のソファを指し、私を見ないようにして主婦に笑顔で声をかけた。「しばらくだったねえ」 どうやら、この男が社長らしい。小男ではあるが、さっきのはげちゃびんオヤジとは全くイメージが違う。開襟シャツではなくネクタイもしていた。少しだけ声が太くなった橋本龍太郎元総理を連想すれば近いのではないか。 主婦は、社長に私を紹介した。私は名刺を出して堂々と挨拶をした。社員たちの視線を感じる。営業と思われる背広を着た男は、薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ている。たいした男ではなさそうなので、本当なら、にらみ返すか、文句を言ってやってもいいのだが、場所と用件をわきまえてグッと我慢した。オフィスを見回したが、夫らしき人物は見えない。きっと別の部屋に隠れているのだろう。 社長は、一瞬こわばった表情で名刺を受け取った後は、また相好を戻して名刺をしばらく眺めた後、「ま、ここじゃなんだから、場所を変えよう。駅前のルノアールに行っててくれる?」と、今度は私を見ながら答えた。 車に戻った私は主婦に、喫茶店までの道を尋ねつつ、軽く苦情を言った。「何だ、さっきのオヤジとは全然違うじゃないか。こういう交渉事は気持ちも大事なんだ。せっかく脳内で組み立てたイメージが壊れてしまうと、出鼻をくじかれたような気持ちになって後手後手に回ってしまう」「ごめんなさい。何か忘れちゃったのよ、社長の顔」「忘れたって……。夫よりも付き合い古いんじゃないのか?」「うーん。でも忘れちゃったんだから仕方ないじゃない」 そうだった。この主婦の記憶力を私は忘れていた。この頭の悪さが、気持ちの切り替えの早さにプラスに働くからライター向きだと私は思っていたのだ。うーむ。こんなところでその負の面が出るとは……。 駐車場の場所探しがちょっと手間取ったため、喫茶店に着くと、すでに社長は奥のソファに陣取っていた。 そして、隣には下を向いて緊張している男がいる。 もちろん、夫である。 主婦からは何回か写真を見せてもらっていたので顔はわかっていたが、この日の実物はさすがに若干やつれて見えた。身長一七〇センチ、体重七〇キロというが、もっと背が高く、そしてもっと痩せているように見える。「あんたが夫だね」 私は、ソファに腰掛けながら、思いっきり低く重い声で問いかけ、にらみつけた。 夫は、無表情な顔を上げ、かすかに頷いた。無表情といっても、「アウト・オブ・眼中」というニュアンスのそれではない。もしそれが科学的にあればの話だが、魂がすでにその場から逃げ出してしまっているような無感性な面持ちだった。よほど緊張し、そして私をおそれていたのだろう。 しかしな、夫よ。それは私のせいではなく、みんなあんたの自業自得なんだよ。 怖がっている夫には悪いのだが、主婦の大ボケのおかげでいきなり気持ちが負けていた私は、流れを自分の側に持ってくるために、ちょいと乱暴だが、唐突に夫を怒鳴りつけることで主導権を握ろうと企てた。
2002.09.07
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