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全3件 (3件中 1-3件目)
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子どもが戻ってきてからの主婦は多忙を極めた。 まず翌日、図書館に調べものをする用事があった。当然、子どもを連れて行ったが、子どもは図書館が主婦の仕事場と思ったという。 翌日は保育園等、諸手続きを行った。公立保育園は、月途中からの入園を認めないため、それまでの「つなぎ」も見つけなければならなかった。そこでその足でみつけたのが、赤ん坊の死亡事故で問題になった某園。マンションの一室にあり、その前を歩くと、外に出られない子ども達が顔だけ出している胸詰まる光景は主婦の気分をめいらせた。 主婦の母親は、一緒に住んで寝食を共にすること以外の協力はしてくれなかった。少なくとも元夫のもとにいれば、夫と夫の母親の二人で面倒を見ることになる。母親がこれでは、主婦の元に引き取ることがよかったかどうかも疑わしくなってしまう。それもわざわざ弁護士まで使って、だ。 子どもを奪還したらそれで終わりではなく、そこからどう育てるかが大切ではないのか。 その翌日は、子どもを区の温水プールに連れて行って遊ばせた。子どもをとられている間、主婦が子どもを連れて行くことを何度も夢想した所である。これだけで七ヶ月半の埋め合わせができるわけではないが、まずはここから、といったところだ。 帰り道、私たちが打ち合わせで何度も使っているチャンポンの店に来たが、主婦は我慢して通り過ぎた。 そのまた翌日、子どもにビデオを見せようとしたところ、ビデオが壊れたことに気がついた。団地から持ってきたものだが、すでに団地にあった頃から壊れていたのかもしれない。主婦は私のところに電話をよこした。「ビデオのデッキが壊れてしまったので、量販店に連れて行って欲しいんだけど」「車を出して欲しいのか」「配達だといつになるかわからないし、持ち帰りにはちょっと重いし。申し訳ないんですけど」「いいよ」 私は愛車、セフィーロで彼女のアパートに向かった。いよいよ子どもと会うわけだ。別に私がドキドキする必要はないのだが、意識しないといえば嘘になる。 今まで、私が元夫の子供じみた態度に腹を立てても、ギリギリのところでおおごとにせず止まってきたのは、この子どものことがあったからだ。大人になって経過を知ったときを斟酌したのだ。 といっても、別に私は子どものことをうらんでいるわけでもないし、大きくなってから事情を話して恩に着せようとも思ってもいない。写真でしか知らないが、何ともがんぜない坊やが、他人ながら見返りなしに愛おしく思えただけである。たったそれだけのことである。赤くあたたかい血の流れる人間なら当たり前の情ではないのか。 アパートにつき、ブザーを押すと奥から母子のバラバラな足音が聞こえ、それは玄関の前で止まった。ドアが開くと、正面にはさっそく坊やが仁王立ちしている。「こんにちは」と私が言うと、「こんにちは」と少しだけ微笑んで坊やは答えた。 顔は写真でみるよりも一回り太っているように感じた。あとで主婦が言うには、ババアの味付けで味の濃いものを食べ過ぎてむくんでいたらしい。ボサボサで多い髪は父親譲りか。少しイカった肩とちょんと突き出た腹は今も変わらない体型だ。 私は初対面で拒絶反応をされないことにちょっとだけホッとした。話によると、坊やは、男性を怖がりバスでも隣に座らないと聞いていたからだ。そして、まさか四歳児にとは思ったが、もし元夫が変なことを吹き込んでいたらという心配もあった。しかし、それはさすがに杞憂だった。「お兄ちゃんが来たからビデオを買いに行こうね」 主婦が坊やに言うと、坊やは頷いて「どこに行くの」などと聞いていた。 主婦が坊やの上着を取りに行く間、私はこの子と歩きたくなって、「先行ってようね」と言って車に向かうことにした。主婦の住むアパートの前は、国道の裏道でバス通りへのバイパスになっており、車両の通行量が多かった。坊やは来て間もないのにそれをわきまえており、門の前で立ち止まって車がこないかどうかを確認していた。なかなかやるじゃないか。 私は、坊やの手をとって車を止めてある所まで歩いた。途中、「気をつけてな」という一言しか会話はなかったが、手をつなぐことも嫌がらずに歩いていた。車の前に来ると、私は「ちょっと待ってね」といいながらキーをさしてドアを開け、「こっち(前の座席)に乗る?」と聞いてみた。安全上、四歳児にそれは反則なのだが、反応を見たくなってしまったのだ。坊やは「えっ?」と戸惑いながらも、喜んでいるようだった。元夫はペーパーだったらしいが、どうやら、この子は車が好きらしい。行く先は歩いても行けるディスカウントショップなので、シートベルトを締めて徐行すれば何とかなる。今は子どもが王様だ。子どもが喜ぶのなら、それで行こうと思った。 店で、適当なデッキを選び、レジに向かうとき、主婦が小声で尋ねた。「持ち合わせがないんだけど、お金、ある?」 私は、最初から息子奪還祝いで買ってあげようと思っていたが、主婦はそこまでしてくれなくていいと言った。「一万円だけ貸してください。後日返しますから」 チャンポンも我慢する人から金なんか取れるか。 デッキを買ってから来た道を戻り、二人を降ろして私も車を降りると、主婦は「後は大丈夫」と私を制して坊やとアパートに戻っていった。デッキを買った坊やはすっかり上機嫌で、ゴジラの歌を歌いながら足取りも軽かった。二人がアパートに入るまでの後ろ姿を見届けてから、私は再び車に乗り込み、エンジンを吹かした。 季節は晩秋になっていた。加速する車のフロントガラスには幾度となく落ち葉がぶつかり、その都度弾かれていった。 ずいぶん色々あったし、また、これから先、どうなるかわからないが、無邪気な坊やの笑顔は何よりの収穫であり、また救いでもあった。(第一部 おわり)
2002.11.13
土曜日の昼過ぎ、起きたばかりで何となく新聞をめくっていたところに主婦から電話がかかってきた。背後からは子どもを含めた複数の人の声が聞こえる。「無事、子どもは戻ってきました」 そう。この日は子どもが姉に引き取られて戻ってくる日だった。「姉が夫の所まで引き取りに行ったんだろう。今のあんたのアパートを姉は知っているのか」「最寄りの駅まで私が行ったの」 主婦の声はもちろん暗いはずはなかった。が、興奮のまっただ中というより、目的を達成し、ひとまず落ち着いたという趣だった。子どもとの再会が「案ずるより産むが易し」だったからかもしれない。これからのことを考えていたのかもしれない。「あんたが心配したように、子どもはあんたのことを忘れたり怒ったりしていたか?」「うぅん。姉に連れられて向こうの家を出るときは、『どこへ行くの?』という感じだったらしいけど、私と会ってもすぐにわかって手をつないでくれたし。大丈夫だった」「子どもは純朴だからさ。そんなもんだよ。だからね……」 と言いかけて、私は後のことばをのみこんだ。 せっかく子どもを奪還してホッとしている日ぐらい、文句を言うのはやめておこう。 あと、ほんのちょっとだけ辛抱すれば、向こうがギブアップしていたのに、という無念さは、後で冷静に事を振り返るようになったとき、主婦自身が感じるだろう。「これから、こっちの保育園の手続きもするんだけど、たぶん、息子は、私がまたいなくなってしまうのではないかと心配して、当分私のもとを離れたがらないと思うの。それで、派遣先にお願いしてしばらく休みをとることにしたわ。だから、こっちの仕事も少し滞ることになるかもしれないけど、許して欲しいの」「ああ、構わないよ。そういう『リハビリ』は当然だと思う」 こうやって話している間も、何か子どもが言い、母親や姉が答えているのが聞こえてくる。七ヶ月待った主婦こそが、その相手をしたいはずだ。 私は話をその程度で切り上げた。 主婦の家では、元夫の家のことが話題になっていた。「一軒家だった。わりと大きかったみたい。家賃は八万五千円と言っていた。二階もあったわ」と興奮気味に報告する姉。 自分のところはなさぬ仲の四人が、都営の2kでブロイラーのような生活をしている。彼我の差を感じたのか。「東京じゃないから家賃も安いんでしょう」 主婦が冷徹に言うとー「きっと、あんたとヨリを戻してもいいように、そういう大きな家にしたんだよ」 などと元夫を美化する。知恵のない姉は、この期に及んで、まだ元夫に幻想を抱いていた。 しかし、主婦には想像がついていた。そもそも、自分で何もできない元夫が、土地勘のないところにそんな家を見つけて借りられるはずがない。しかも、同じ町には社長も住んでいる。 つまり、新居は社長の娘あたりがすべての手はずを整えてくれたのだ。だから、社長はともかく、少なくとも元夫には、家に対してそうした思惑などもってはいないはずだと。「子どもと別れるとき、泣いてたわよ」「あの人は涙が得意だし、雰囲気で泣いただけでしょう。そんなに可愛い子どもなら、なぜ離婚交渉の取引に使ったりなんかするのよ」「でもね、保育園も退園じゃなくて休園だったでしょう。きっと、はじめから子どもを取り上げる気なんかなかったんだよ。だからきっと優しい人なんだよ」 姉は粘った。元夫を庇うというより、元夫を正当化しないと、元夫を助けるようなことをしてきた自分の行動が正当化できないという彼女の本音が見えてくる。 しかし、そのために自分の妹を苦しめた相手を美化するのはいかがなものか。つくづくおかしな思考をする人だと私は思った。 姉の粘りにいらだった主婦は、今までためていた不満の一部分を姉に切り出した。「そういうことなら言わせてもらうけど、最初に向こうが私を追い出すと言ったとき、向こうがお願いしたわけでもないのに、おねえちゃんは事情も聞かずに即答で自分から受け皿を引き受けたでしょう。あれで私が出て行かなければならないきっかけができてしまったのよ。あの人も、安心して追い出せたわけよ」 事なかれ主義の主婦にとっては思い切った発言だった。「あのとき、『夫婦間のトラブルには干渉も協力もしません』と突っぱねてくれれば、気の弱いあの人は、いくら何でも私を追い出すことはしなかったんだと思うわ。少なくとも、私が喜んで出て行ったような言われ方はしなかった。当事者である私が言うと責任転嫁のように聞こえるかもしれないけど、姉として軽率じゃないの?」 主婦の話の限りでは、もっともなことである。この「追い出し」の一件さえなければ、「主婦は只野を頼って団地を出て行った」などという言いがかりを、私は受けずにすんだのである。「それだけじゃないわ。私が団地を出て行ってからも、おねえちゃんが息子の面倒を見なければ、向こうだってそんなに長い間別居はできなかったはずよ。向こうは、自分一人で子どもを育てたようなこと言っているのよ」「だって、しょうがないじゃない。向こうから来られれば私は断れないのよ」「只野さんに夜中に失礼な電話をしたときだって……」「だからあれは、私は寝てたから知らないって言ってるでしょう!」 姉は言い訳はしたが、結局最後まで謝らず、帰っていった。
2002.11.09
協定書と離婚届に署名・捺印をもらってきた老弁護士は、主婦にその旨連絡した。「子どもさんの引き取りですが、夫だった方は、あなたのお姉さんにお願いしたいそうです。それと、何かあった場合の窓口も、すべてお姉さんにお願いしたいそうです。その件、よろしいですか」「はい、わかりました」 最後まで姉が絡むのか、と思いながらも、子どもの奪還まであと一歩と迫った主婦は、異論を述べなかった。「私の意見では、お子さんが大きくなったときに、わだかまりなくお父さんに会えるようにしておいた方がいいと思います。だから、あまりお子さんには、大きくなっても今回のことはいろいろ言わない方がいい。あなたも仕事、がんばらなくてはだめだよ」 老弁護士は、依頼者の主婦に対してそう因果を含めた。 一見、年長者としてのアドバイスに聞こえるが、私は、この老弁護士に全く賛成しない。 考えてもみるがいい。自分が死んでも連絡をよこすなという「覚え書き」まで送りつけ、自分を人質にして養育費「免除」をかすめ取った父親に対して、そもそも子どもが「わだかまりなく」会える道理がなかろう。そうした「父親の真実」は、わざわざ話さなくても、子どもが成長するにつれて自然とわかってくることだ。 子どもにとって父親に対する心情的余地を確保するには、そうした事実経過をいっさい隠すだけでなく、歪曲や捏造を加えて、主婦を不条理に悪役にしたてあげて父親を美化しなければ不可能である。 では、そこまでして守る「父親像」に果たして何の意味があるのか。 子どもは、これから女手ひとつで育ててくれる母親を、一方的に悪者にしてまで偽造した「真実」によって作られた父親像を決して欲しないだろう。 たしかに父親は大切だが、真実を曲げてまで無謬としなければならないというものではないし、母親の立場や主張と両立できないなら、なおさら曖昧にしてはならないのだ。事実をありのまま話せばいい。その上で、子どもが判断すればいい。そういうものだろう。そういうものじゃないのか、老弁護士よ。 法律事務所に行って離婚届を受け取った主婦は、その足で役所に届け出た。そして、長く別居生活で使ったアパートを本籍地とし、新たに子どもを迎え入れられるもう少し広いアパートに転居した。 新しいアパートは、若干日当たりは悪いが2DKで家賃七万円。もとのアパートから一〇分ほど歩いたところにあるが、町名は変わらない。そこには主婦の母親も当分一緒に住むことになった。 母親は商売を従来通り続けるので、片道約一時間半をかけた通勤となるが、実の娘や孫と直系親族だけで水入らずの暮らしが実現したことで、たいそう喜んでいるように私には見えた。 以前、主婦がしばらく母親の自宅兼仕事場に厄介になったときも、母親はやけに張り切っているように見えたが、やはり同じような理由で喜んでいたのかもしれない。 引っ越した主婦は、姉に息子の引き取りを依頼した。人からありがたがられることが生き甲斐の姉は、喜んで引き受けた。 姉は、さっそく夫に電話を掛け、引き取りの日時を約束した。 そう。姉は夫の新居の電話番号を知っていたのだ。主婦はもちろん知らない。しかし、姉は決して主婦に番号を教えなかった。もとい、これは過去形ではない。現在も教えられていない。 夫を「舎弟」などとして事情も知らずに庇い立てている、同居人のマッサージ師の影響や圧力もあるのかもしれない。しかし、どちらにしてもおかしな話である。 普通、たとえ夫から「教えないでくれ」と頼まれていたとしても、妹から聞かれたのなら、こっそりでも番号を教えてやるのが身内として当然の情ではないのか。 ましてや、もう離婚しているのである。今や夫は義弟でもなんでもない、たんに自分の妹に嫌な思いをさせて借金を踏み倒し、養育費も払わず逃げた男に過ぎないのだ。自分の妹をないがしろにしてまで、なぜそんな奴を守る必要があるのだろう。情がない、といってしまえばそれまでたが、この人の思考回路は人間として理解できないと私は思った。 ことほどさように、姉は終始、夫の協力者、もとい共犯の役割を果たしてきた。 主婦が私を信用していることに対して姉は嫉妬していたが、自分のとっている行動を考えれば、私に関係なく、主婦が信用したくてもできないことに、この姉はなぜ気がつかないのだろう。 こんな姉に介入された主婦は、自業自得な面もあるが、やはり身内に恵まれない気の毒な人だなあ、と私は改めて思った。
2002.11.05
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