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夫婦の離婚問題の方は、いよいよ大詰めを迎えていた。 弁護士は、相手方に次のような内容による離婚協定書作成を文書で提案した。・社長からの手紙の言い分は協定書に採り入れない。そんなことを言うのだったら、主婦にも言い分がある。・子どもの親権は主婦側とする・離婚にあたって養育費は請求しない・借金その他も主婦が精算する 私に対する誹謗中傷や、デタラメな経過の主張を「採り入れない」のは当然としても、後ろの二項は何だ。 子ども(それも我が子!)を人質にし、「相談役」まで使って、養育費と親権を相殺することを求めた、夫側の公序良俗に反する主張が全面的に通ったことになるではないか。 これほど夫に譲歩した協定書なら、何もわざわざ弁護士が間に入らなくたって作れたはずだ。 弁護士を使うからには、養育費とか、子どものための権利をきちんと取り決めるのが当然の要求だろう。 養育費を取るというのは、何も、夫が憎いとか、夫をとっちめたいとかいう一時的な感情がおおもとになるものではない。これは子どもの権利なのである。 別の言い方をすれば、大人(親やその取り巻き)の駆け引きや取引きでどうこうするものではなく、どんな事情で離婚しようが、協議の中できちんと取り決めなければならないことである。 いったい、主婦の側は、弁護士まで使って何をやりたかったのだろう。 私は内心、歯がみする思いだった。 もともと、兜や人形を団地においていったことに対して主婦が予想した通り、そして私がその前から予想していた通り、夫と夫の母親は、離婚後、子どもを自分のところで引き取って育てる意志はなかったと見るのが自然だった。 たとえば、子どもが通っていた団地近くの保育園は、「退園」ではなく「休園」扱いになっていた。つまり、子どもはすぐにでも保育園生活に復帰できた。実際にそうするかどうかは別として。 その一方で、千葉の新居に子どもを強奪はしたものの、一ヶ月近くもどこの保育園にも入れていなかった。 子どもはいずれ団地に戻る(戻さざるを得ない)と、夫は観念していたのだろう。 無能で小心な夫と夫の母親は、七ヶ月に渡る主婦不在の生活を続ける中で、子どもの母親不在の不自由、そして主婦を追い出した後ろめたさという二つの理由から、もう心身ともにクタクタに疲弊していたと思われる。この上、主婦から強奪した子どもを離婚後も何年にも渡って育て続ける、という図太い意欲や展望はもてなかったのではないだろうか。 だから私は思うのだ。別居中、主婦の姉が団地に顔を出して子育てを助けるようなことさえしなければ、もっとはやく夫はギブアップしていた。そうすれば、少なくともこんな事態にまで至らずに子どもの問題は解決できたのではないか。 なぜ姉は、私につまらない嫉妬をせず私を信用し、力を合わせてくれなかったのか。 私は今でも、それが悔やまれてならない。 数日後、弁護士は夫の会社に電話した。そして協定書の合意を得、あわせて離婚届に夫の署名・捺印をもらうことを決めて会社に出向いた。 会社では、社長や夫とともに、またしても恥ずかしげもなくインスタント名刺を用意した「相談役」ががんばっていた。 書面のやりとりを終えると、社長は夫を代弁して、弁護士相手に法律相談を始めた。「あの、相手の依頼人である先生にこんなこと聞ける立場ではないんですが、夫は本当に只野に訴えられてしまうんでしょうか?」「う~ん、どうですかねえ」 おい、そんなこと、そこで聞いても仕方ないだろう。弁護士は私の代理人でもないし、そもそも私に関する事情だって知り尽くしているわけではないのだから。 「夫はもう、今にも自殺しそうで、私どもも見ていられないんです。だから何とかしてやりたいのです」 粋がっていたこいつらも、要するに私の出方をそれほど恐れていたのだろう。「う~ん。まあ、そうならないように私からも言っておきますけどねえ」 老弁護士は相手に調子をあわせて答えた。 それにしても、この代言屋もかなりいい加減である。私が訴えようが訴えまいが、このジジイには何の関係もないことだ。いったいいかなる権利と根拠で何を「言ってお」くというのだ。お前は誰の代理人なんだ? こんな間抜けな弁護士を紹介した自分も腹立たしくて仕方なかった。 だいたい、社長の言い分の通りなら、自殺さえほのめかせば、どんな迷惑もやった者勝ちになってしまう。そういうことを私は性分として許せないのだ。 もっとも、肝心の損害賠償問題は解決していた。社長が弁護士に宛てた私の実名入りの手紙は、この時点で名誉毀損と侮辱を問える可能性があったが、結局はしなかった。 理由の一つは、私自身、この件に深く関わりすぎてしまったのではないかという迷いや反省があり、何が何でも夫をつぶしたいという方向に自分の心を集中することができなかったこと。 もうひとつは、この老弁護士が、「夫は本当に自殺しそうな感じだったよ」という話を聞いていたので、私もちょっとひるんでしまったことにある。 普通に考えれば、人間はそう簡単に自殺などはしない。しかし、ちょっとした気分とタイミングの一致で、事に及んでしまうという可能性もないとはいえない。 私は声だけしか聞いたことはないが、がんぜない四歳児の息子のことが頭に浮かんだ。その子はただでさえ、本人には何の責任もないのにこれから母子家庭の子どもとして生きていかなければならないのだ。その上、父親が自殺をしたらどうなるのか。大きくなってその経過を知ったときのことを考えると、さすがに気の毒だと思ったのだ。 しかし、これは毎度お馴染みの夫の「お涙頂戴」の芝居だったようだ。つまり杞憂だった。 後で判明したのだが、実はこの頃、夫は、自分の離婚問題を社長や「相談役」に任せっきりにし、麻布に住むウェブデザイナーを自称するガールフレンドのアパートに入り浸っていたのである。 弁護士や私は、まんまとこの夫に騙されたわけだ。
2002.10.23
一軒家を借り切ったクライアントのオフィスを訪ねると、玄関には、それまで納品で何度も顔を合わせている若い女性スタッフが出てきた。「約束があってお訪ねしました。社長はいらっしゃいますか?」と私が尋ねると、「あ、今日は何でしたっけ。新しい仕事の打ち合わせですか?」などと彼女はトンチンカンな返答をした。 どうやら、社内の従業員にも、必ずしも今回のことが知れ渡っているわけではないらしい。私はてっきり、社員たちの白眼視による出迎えがあると思っていたから、ちょっと拍子抜けした。 最初の面接では入らなかった社長室に通されると、部屋では、電話中の社長がいた。私たちが通されるとチラリと横目でこちらを確認し、主婦が会釈すると、そこにかけるようにとソファを指した。 ソファの前のテーブルクロスには、子ども向けの絵が描いてある。そういえばここの社長は、もともと童話作家が本業だったが、今は編集プロダクションの方が本業になってしまったと言っていた。 電話を切り上げた童話作家は、仕事の資料らしき定型外の大きな封筒をソファの前のテーブルにドンと音がするようにおき、最初は呆れたように苦笑しながら話を始めた。「毎日毎日ファックスは送ってくるし、こっちが返事をしようとすると連絡はないしで……。ホントもう、あなたのとこはどうなってるの、一体」 主婦は二度ほど頭を下げていたが、私はヘラヘラと笑って意に介さずという態度をとった。 今まで礼節を捨ててやってきたのだ。その路線で突っ張るしかない。かといって、最初から喧嘩を売るような態度を取って逆効果になってもいけない。とりあえず出だしは、へらへら笑って「どうも」と言っておけばいい。最初からそう決めていた。 童話作家は、封筒から書類を取り出して本題に入った。「四割引といったのはね、ウチの担当の話では、あなた方は仕事を完了していないんですよ。そうじゃないんですか?」「あー、そうでしたっけ。うーん」などととぼける私。「だから最初は、あなた方に減額を自主申告してもらおうと思ったんだ。減額そのものは契約書にもあるわけだし」 具体的な提出点数、未提出点数なども上げてきた。それを出されると何も言えない。しかし、「すみません、減額で結構です」とも言わなかった。「問題集については、DTPソフトのクォークを使えないのに、できると偽って仕事を請けた疑いがあるという報告も担当者から入ってますが? 嘘をついて仕事を請けたというのはいかがお考えなんですか」 これもその通りだった。主婦はその頃、DTPソフトは「ページメーカー」しか使えなかった。しかし、あとで裁判にでもなったときの言質を取られてたまるかと思い、私はここでも居直った。「『嘘』なんて人聞きの悪いことを言わないでください。失礼じゃないですか。証拠はあるんですか。ちゃんと途中までは提出していたんだからいいでしょう。何なら、ここでそのソフトを操作させましょうか。逆にお尋ねしますが、もし操作できたらどうしますか」 私はふてぶてしく相手を睥睨した。童話作家もにらみ返し、しばし緊張が走った。「では、できると仰るんですね」と念を押す童話作家。「できるんですよ」と身を乗り出して再度答える私。 自分で自分を「よく言うよ」と思った。請けた当時にできたのかどうかという話をしているのだから、たとえ、今操作したところで、「嘘」でないという答えにもなっていないのに。 まさに「なぁによぉ」で開き直る野球監督夫人顔負けだ。 私はかねてから、理路整然、正々堂々とした生き方をしたいと思っていたから、黒のものを白にするための「ああいえば、こういう」は大変に苦痛だった。自分の哲学が許さなかった。しかし、背に腹はかえられない。そのギリギリの選択で、てのひらには脂汗がにじみ、そのたびに何度も握り拳を作って汗を薄く広げていた。 主婦は、頭を垂れて黙って話を聞いている。どんな気持ちだったのだろう。「それにしてもね、請求書の出し方もどうかと思いますよ」 童話作家は今度は交渉方法に話を移した。「普通はね、『請求書をお出ししてもよろしいでしょうか』って尋ねるぐらいしませんか? いきなりぽーんと送りつけてくる。その上で連日一方的なファックス。コソコソコソコソと、もう忍者みたいにこっちが連絡すると隠れる。連絡が取れない。コミュニケーションがとれない。言ったきりで逃げる。おたくはちゃんと会社として機能しているんですか?」 大きなお世話なので返答せず黙りこくった。「それでこっちがひいたらまたででくる。その上で、どこで調べたか知らないけど版元の名前まで調べて、どこぞの協会ではこの件を注目してるって……。今度は脅しですか」 これもシカトだ。 最初こそ苦笑混じりに話していた童話作家も、私がペースに乗らないこともあってだんだん興奮し、最後には涙までためていた。「いいですか。ぼくはねえ、騙すよりも騙された方がいいという考えなんですよ。だから金が欲しければいくらでも差し上げますよ。好きなだけ金額を言いなさいって連絡したでしょう?」 請求書を手に取り「いくらだって? 二三〇万? わかりましたよ」 えっ? そうなの? 本当にいいの?「只野さん。あなた、金を払えばそれで気が済むんですね。本当に気が済むんですね?」 うん。気が済む。 私が「ええ」とはっきり答えると、童話作家は内線電話をして小切手帳と印鑑を持ってくるよう言いつけた。「とにかくね、誠実に仕事をすれば仕事はついてくる。だから、ぼくの会社は二五人も社員がいるのに営業が一人もいないんですよ。営業なんかいなくても仕事が来るんだよ。あなたがたみたいに、おかしな手を使って金をむしりとらなくっても仕事が来るんだよ。仕事は信用なんだよ!」 小切手帳と印鑑が来ると、童話作家はチェックライターでガシャガシャと数字を打ち込んだが、興奮したためか、数円だが数字を間違って多く打ち込んでいた。 打ち込んでから請求書を見て気づいたようだが、「あ、まあいいや。サービスだ」 などと呟き、書損にせずそのまま私に手渡した。私は「横線でお願いします」と差し戻し、小切手に二条の線を引かせた。 今度はこっちが領収書を作成する番だ。しかし、ここで印紙を忘れたことに気づいた。集金で頭がいっぱいになっていて、印紙のことまで気が回らなかった。 どうしましょうか? という表情で童話作家を見ると、「あぁん」と、イライラしたようなうなり声を上げて印紙をくれた。「もう、大サービスだね、ホント」 童話作家は呆れていた。その通りだ。 何はともあれ、とにかく満額プラスアルファの集金だ。この時点で、夫への損害賠償は消滅した。 別に夫のために集金をがんばったわけではないが、結果として夫は助かったわけだ。 ま、とれるかどうかわからない裁判よりは、クライアントからきちんと頂く方がいいに決まっている。 私たちは小切手を受け取り、オフィスを出ると、近くにあるファミリーレストランに入り、ジュースで乾杯した。
2002.10.21
外注のうちの一人から、「請求書をお出ししてもいいですか?」という連絡がきた。自分の担当のデータを提出して一ヶ月近くたっており、さすがに気になって連絡してきたのだろう。その人には四〇万近い発注をしていた。 東京・恵比寿の瀟洒なマンションに住む三〇代の女性だった。連れ合いはカメラマン。羽振りはいいのかも知れないが収入は不安定だ。年末に向けてお金も欲しかったのだろう。 主婦は正直に、「クライアントとは支払いでモメており、まだ集金金額が確定していないから待って欲しい」という報告をした。 その後、また別の外注である美術大学の院生から催促があった。その人は三〇万程度の発注をしていた。同じように主婦が事情を話すと、その人は、とりあえず怒りをクライアントの方に向けていた。「御社も被害者なのですから、弁護士なりに相談して動くべきです」 これがいつ、私を直接罵倒することになるかわからない。 院生は大阪の大学に在籍していたが、この仕事をしたいばかりに、実家のある埼玉在住ということにして応募してきた。打ち合わせの時は、高速道路を徹夜で突っ走り、さも埼玉から来たようにしていたという。ある程度仕事が軌道に乗ってから、「実は……」と告白されてこちらもビックリした。 何でも美術系大学の場合、教員になるためには論文ではなく、商業的作品の実績が求められるのだという。高校の副教材である世界史の地図作成というのは、実績としてはどうしても欲しいものだったらしい。 だからといって、ガソリン代や制作の手間を考えれば、無給というわけにはいかない。 その後も半月近く連絡をしなかっため、三〇代の女性からまた連絡があった。「いったん請求書を出させていただきます。何か交渉事があれば、その後ですればいいわけですし」と言われた。仕事をしたという事実をごまかされないように、ということなのだろう。 そもそも、私の会社がその人に発注したわけだから、クライアントからの集金具合にかかわらず、その人は私の会社に堂々と請求できるのだ。 彼女の態度はビジネスの手順として全く当たり前のことなのだが、私は情けなかった。 とにかく、クライアントとは交渉しなければならない。私が主婦に言い聞かせたのは、プライドを捨ててお金をもぎ取れ、ということだった。「ゴネるんだ。実際に仕事をしていないんだからそれしかない。法律スレスレでも何でもいい。その上で成り行き任せだ。より満額に近い債権を回収するんだ」 債権回収、といえばもっともらしい権利闘争に聞こえるが、実態は、完了もしていない仕事に対していかに満額に近い集金をするかという、ゴロツキのような「闘争」だった。 私はまず、満額の請求書を先方に送りつけた。自分からわざわざ値引きは主張する必要はないと思っていたし、げんに向こうの値引き案に対して承諾はしていないのだからこれ自体は違法ではない。 しかし、初めての取引で、かつ「四割減」の提案をうけている最中に一方的に満額の請求書を送りつけるという行為は、商慣行上ぶしつけである。私が逆のことをされたら不快になるだろう。事実、先方から文句の電話が入ったが、出ないようにした。 次に、ファックスで、契約書に対する文句を送りつけた。あらかじめ固定した減額を明記しているのはおかしいという趣旨だ。一度ではなく一日おきに送った。 ファックスは二種類送った。もうひとつは、制作会社の協会が目安として出している金額を「資料」と称して送りつけた。要するに、「お前の所は安いんだから、その上値引きなんてするな」というアピールである。 しかし、いかに不当な契約だろうが、いったん合意して署名捺印した以上、遵守すべきであり、結果が出ないからと言って後から文句を言うのはたんなるゴネである。わかっていてもゴネるしかなかった。しかも、私の会社はその協会に加盟していないから、他人のフンドシで相撲をとるようなものである。 ファックスは何度も送った。それに対する先方の返事の電話にも出なかった。向こうからきたら逃げるというのも、相手をイライラさせる戦略だった。 こういうことが続くと、相手はだんだんイライラする。しかし、こちらが居留守を使って肩すかしを食らうことで先方の交渉する意欲をそいでいく。向こうは私たちに「バカ負け」した状態になってくる。どうにでもしてくれよ、という気分になっていくまで揺さぶろうと思った。 そして、これが一番きいたようだが、向こうから来たまま返していない資料を隅から隅まで見直し、版元の担当編集者らしき名前を発見した。これを利用することにした。 わかりにくいかもしれないので整理しておくと、この地図製作は、ある教材出版社が編集プロダクションに委託し、そこからさらに私のところが孫請けで仕事をしていた。その出版社の担当者を知ったというわけだ。そこは、フリーランス組合が調べてくれた通りの会社だった。 私は、その人が実在するかどうか、その出版社に偽名で電話をして存在を確認した。いることを確認すると、今度は主婦がファックスをクライアントに送りつけた。「私どもの仕事が本当に減額されねばならないものなのか、版元の○○出版社の××さんに今回のことを相談してもいい」 さらに、フリーランス組合の名前も出して、そこではおたくのこんな情報までわかっているし、今回のこともそこの執行部はみんな注目しているんだよ、などとだめ押しした。 外注とのゴタゴタなど版元に好んで見せたいものではないだろう。だから、モノは試しの嫌がらせとしてやってみたわけだ。ホント、よくやるよ(笑) こっちも必死だったが、やられた方はたまらないだろう。こんなこと、ひと頃、ワイドショーの主役だった野球監督夫人だってやらないんじゃないのか? 半月ほどこれをくり返すと、呆れたクライアントから、ファックスが来た。「コソコソ忍者のような真似ばかりしていないで、領収書を持って堂々といらっしゃい。そちらの好きなだけの金額で決済しましょう」 堂々と……。それはいみじくも、私が夫を非難するときに何度も使ったフレーズだった。私たちはこの件で、本質的には夫と同じことをしているのだろう。「好きなだけ」というのが気持ち悪かったが、何か悪くない方向に話がいきそうだったので、主婦と二人でクライアントのもとに向かった。
2002.10.20
無駄遣いせずにチマチマやっていたって、お金はかかる。主婦とこなした他の仕事の売り上げは、とっくに人件費や経費に回していた。当時、国民金融公庫への借金返済とパソコンのリース代金、業者関連の集まりの会費などが毎月出て行く支出だった。それに加えて、主婦と仕事をするにあたってプリンタ等機械類を現金で購入していた。その頃は、パソコンにしても周辺機器にしても今より高かった。ポストスクリプトのプリンタが量販店で買いたたいて一台五〇万の頃の話だ。 いくら、主婦が一人前になるまで一定期間は持ちだしを覚悟していたといっても、この時点で、本来とれるはずの集金が、九二万も少なくなったら困るに決まっている。正確に言えば弊社はいわゆる消費税免税業者であったため、九二万プラスその五%が「うべかりし利益」だった。 そう、ほぼ一〇〇万がパーになるかどうかの瀬戸際だったのである。 しかも、もしこのまま交渉が長引いたら、一円も入らないまま外注に支払いを始めなければならない。これを考えるとぞっとした。「少なく入る」だけでなく、「出るものが先」という状況だったわけだ。 つなぎ資金を借りるあてもなかった。残高と事業年数の関係で、取引銀行は小切手帳も手形帳も出してくれない。この頃から「貸し渋り」は始まっており、金を貸すなんてとんでもないという状況だった。国民金融公庫は貸してくれそうだったが、わずかな借り入れで個人の預金残高や自宅調査、挙げ句の果ては連帯保証人の家まで調査するので借りたくなかった。 そりゃ、仕事を妨害してくれた夫を訴えたくもなるだろう。 この危機で私がまず考えたのは、法人会に相談することだった。しかし、「商行為のトラブルは当事者が話し合ってやってくれ」と門前払いで話も聞いてもらえなかった。私は以来、法人会なるものは入っていない。こんなものは会費を払うだけ無駄である。げんに入らなくても、こんにちまで何も困ることはない。 次に、主婦の問題で世話になった無料法律相談にも行った。 このとき相談を受けてくれたのは、膝上まで見えるミニスカートをはいた四〇前後の女性弁護士だった。弁護士は契約書を見て、「ははあ、なるほど。たしかに『三割ないし五割の減額』は書いてありますねえ」などと見たままの感想を言いながら、ちょっと間をおいてこう回答した。「この契約書によれば、下限は『三割』なわけですから、あなたの言われた『四割』との差額は一割です。そこに近づくよう、相手の方とねばり強く交渉をなさってください」 おい、バカにしてんのか、女弁護士。 方程式そのままの答えでは相談した甲斐がないだろう。 結局、法は万人に平等である。つまり、収奪者である側も零細労働者も法の前では権利は「平等」なのである。弁護士は、その前提で方程式通りの解釈をするに過ぎない。弁護士というと、まるで社会正義の代名詞のような職業に見られるが、それはたまたま司法という近代社会を支える仕組みに関わっているからに過ぎず、弁護士の全てがそのような価値観で仕事をしているとは限らない。しょせん、その基本は代書屋、代言屋に過ぎないということも思い知らされた。 しょんぼりと下を向いて話を聞いていた私は、諦めて顔を上げたところ、途中で視線が女弁護士の足下を通過した。すると、彼女は慌ててスカートを右手で刷り下げていた。 そんなに見られたくなかったら、ミニスカートなんかはいてくるなよな。 三つ目に行ったのが、出版労連傘下となっているフリーランスの労働組合だった。 私は、仕事柄、新聞を朝夕刊で合計六紙購読している。うち一紙に、その組合が女性ライターの債権回収に成功した記事が出ていた。 私は一縷の望みというやつで、その記事を見た日にさっそく組合を訪ねることにした。 実は、私はこのときまで労働組合というものに入った経験がなかった。出版労連はどこのナショナルセンターの傘下でもないが、全労連系の全印総連と友好関係を維持し、機関誌を見ても階級闘争を感じさせる文言が目につく。その点に「一縷」の望みをかけたわけだ。 会社形態で仕事をしている私が労働組合というのもおかしな話だが、フリーランスには、実際には個人でも法人としての登記を行っている「一人取締役兼従業員」の人は少なくない。かくいう私も、主婦と合流するまではそうだったわけだ。この組合は、そういった人たちの加盟も認めていた。 東京・文京区にある出版労連のビルに行くと、書記次長という人が名刺をくれた。そして、加盟についての説明とともに、「何か困っていることはありませんか?」と尋ねてきた。 私は待ってましたとばかりに、今度の件を話した。 書記次長はメモを取りながら、「只野さんは、そことまた取引をしたいなどということは思ってませんよね?」などと確認してきた。「全く思っていません」と私は答えた。 金でモメれば、普通は取引なんかできないだろう。だいたい、こっちは原稿を引き上げられているんだから、金の問題以前に能力的に先方から見限られているのだ。 書記次長は、私に対して組合をずいぶんと大仰にPRしていた。「家永教科書裁判が何十年にもわたって続けられるのはどうしてか。この出版労連の力があればこそです。組合員がカンパすれば、一人では少額でも大きな活動資金ができる。団結こそ力です。幸い、大手中小の出版社の編集者がここの組合員になっているので、その下請けプロダクションの情報などは得やすい環境になっています。只野さんを苦しめる制作会社のこともすぐにわかるでしょう」 書記次長は私に握手を求め、「明日の役員会で報告します。債権はきっと取りましょう」などと調子よく私を煽っていた。 しかし、翌日になっても翌々日になっても、ちっとも連絡はこなかった。 三日目になって、しびれをきらした私の方から電話を入れると、電話に出た書記次長は、そのときに比べて声の威勢も格段によくない。「役員会で話したところ、普通は契約書がないために泣き寝入りするところを、契約書があるために困っているという珍しいケースだという意見が執行部から出ました」 おいおい、ここも女弁護士と同じで「見たまんまの感想」だけかよ。「それで結論ですが、絶対訴訟をしてはダメだ、ということです。訴訟をしたら負けだと思ってください。『費用対効果』を考えるのです」「団結は力」の結論がそれか。どうやったらとれるか、という話はないのか。 思うに、しょせんここは組合員もみなフリーランスである。正面きって同業者のために自分が業界に敵を作るようなことをするはずがないのだ。 法人会のように門前払いではなかったものの、新聞記事やこの人の前宣伝があっただけに失望感も大きかった。 やはり、自分のことは自分の力で何とかするしかない。私はここに及んで、やっと悟った。 書記次長はついでのように、発注者の情報が入ったからご参考までに、という報告を加えた。「従業員は二五名。年商四億円。社長は警察関係に強いようですね。クライアントは○○が主で、他には△△などの仕事も定期的に請けているようです」 私が奔走した中で、唯一得られた有効な情報がこれだった。あまりたいした話ではないから、「ついで」のように言うしかなかったのかもしれない。 しかし、これは結果的に望外の成果を得る糸口となった。
2002.10.07
トレースの発注元から主婦の所に電話がかかってきた。 発注時には顔を見せなかった社長自らの電話である。いい話であるはずがない。「今般、お願いしたトレースその他の仕事ですが、契約書の第八条に明記していたように、お金について見直しをしたいと思っています。契約書には、『三割ないし五割の減額』を明記していたはずです。つきましては、そちらの方で、値引き額について妥当と思われる額を考えておいてください」 とうとうきたか、というのが正直なところだった。 減額の通告自体は覚悟していた。それはそうだ。何しろ弊社は再校のデータの一部を最後まで提出していない、つまり「校了」と言われるところまで仕事をしていないのである。 当初の約束では、印刷所に放り込めるまでの完全データを提出することになっていた。具体的には最低でも再校(二度の校正)までは行うことになっていた。 弊社では、再校の一部を残したまま、締め切りまで間に合わなかったのである。 また、トレース以外には、問題集のレイアウトも発注されていたが、これもできるメドが立たずに発注元に引き上げられていた。 ただ、契約書に書かれている「三割ないし五割」という減額がもしそのまま適用されると、再校の大部分を提出していることを考えれば、ちょっと厳しいのではないかと思った。 よく、SOHOという名の零細事業者(とくに主婦の内職)を支援するホームページや書物、またはその方面の人たちの談話には、「下請けは弱い者だから、契約書を作るべき」などということを主張する向きがある。 一見もっともだが、それだけでは現実的ではないし不親切でもある。 資本を持つ者が労働力を収奪して経済を動かす資本主義社会は、そもそも構造的に、労働してお金をいただく側の大部分が弱者であるようにできている。それは構造の問題であり、契約書の有無という個々の商行為のありようは基本的に関係ない。契約書がたとえあったとしても、資本側に有利なように契約書が作られれば同じことだからである。むしろ、不合理な収奪を合理化するという意味で、契約書はより厄介な存在として労働者を締め付ける場合すらあるのだ。 今回などがそうであろう。つまり、実際の提出や作品の質を見てから減額の調整を話し合うことなく、問答無用に「三割減」から査定を始められるようになっているからだ。発注側からすれば、こんなに楽な話はないだろう。 もちろん、主婦一人では判断できず、私に相談の電話が来た。「どうしたらいいのかしら」「強引と見られてもわがままと思われてもいいから、とにかくゴネるしかないだろう」 馬鹿正直でクリーンであれとつねに言い聞かせていた私には、何とも情けない苦渋の選択だった。しかし、「三割ないし五割の減額」を飲んだら、もう立ちゆかなくなってしまうところまで追い込まれていたのだ。 たとえば五割の減額では、外注に支払う分だけで赤字になる。三割でも、機械類や諸経費を考えると利益が出ない。 派遣は週四日しかはたらいていない主婦は、月々赤字がふくらんでいたし、ほとんど無給の私は会社の経費を自腹で賄っていたこともあり、これまたせっぱ詰まった状態だった。「自分の方から値切りなんかすることはない。しらばっくれていよう」 私は主婦にそう指示した。 返事をしないまま一週間が過ぎ、再び発注元から電話がかかってきた。「結論は出ましたか?」「当方から減額は申し上げるつもりはありません」「なるほど、そうですか」 主婦の回答を予定していたように受け流した発注元の社長はこう通告してきた。「では仕方ない。発注に対する支払い予定額の四割引きということでどうでしょうか」「その根拠は何ですか?」「もろもろを総合的に考えた結果です。契約書の第八条で示した数字の範囲内ですから、合意していただけますね」「考えさせてください」 二三〇万の四割は九二万である。私には、それだけ引かれても大丈夫と言える余裕はなかった。 何とかしなければならない。私は翌日から、相談先を奔走した。
2002.10.05
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