三田のいのしし 見て歩き日記

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2012年01月24日
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テーマ: 生涯学習(390)
カテゴリ: 広く・深く・学ぶ

隋身門と随身の謎を訪ねて その二 

弓矢の散逸と移動?から名前の由来を推理する

隋身門の随身に関しては、「矢大臣 左大臣」または矢大臣(右大臣) 左大臣と表

されるケ-スが多く見られました。

何かのの拍子に「隋身門」に興味が湧いてくると、たちまちこの表現のミステリ-の

虜になること請け合いですよ。

私がその例で、すっかり頭に血が上った三週間でした。

☆ 写真(ネット検索で)を拝見する。

☆ 地元の神社で隋身門の有る神社参詣をはたして、実物を拝見する。

この過程で散々迷いの山へ迷い込み、やっと抜け出しました。

☆ そこで今日では、すっきり統一できました。

  矢大臣(右大臣 左大臣)又は矢大神(右大神 左大神) 

  つまり、実物の右、左が問題ではなくて、ともに矢大臣であり、神様を守護する。

しかしながら、ここに至るまでに私とデジカメ・パソコンの中では、ミステリ-の探偵

さん。

さしずめアガサクリスティの「エルキュ-ル ポアロ」の如く考えました。

その一 私の大失敗だから、恥じを懼れずに笑って話せます。

  左大臣は矢が頭の後ろに隠されている→→ 矢大臣(右大神) 左大臣
  三田天満神社の随身さん
矢大臣と左大臣のコラ-ジュ
   右の左大臣の頭の後ろの矢を元へ戻す?と右大臣と同形になる。(私の推理)

  やはりそうだ! 納得! だから矢大臣は右大臣で、左にあるんだ!

(写真を写した瞬間としばらくはそう誤解しました)

             早とちりと分かって大笑い!

 こんなことで悦に入っている内にもネット検索はどしどし進んで、やがて、

矢大臣(左大臣 右大臣→左右の丸々と言う表現習慣からの順序) 

 或いは実際に安置されている隋身門を参道側から見て矢大臣(右大臣 左大臣)

 が、妥当な表記と分かり、この写真に関しても、つまらないミステリ-探偵役をやめ

ました。



その二 偶然 矢大臣二人の内、片方の矢が散逸した隋身さんに出合った場合

   ある金刀比羅神社の隋身さん 
智頭の随身さん
このブログで付された説明文
   ・・・・・
   隋身門について
   守護神像を左右に安置した神社の門のことで、矢大臣、左大臣と称される二
   つの神が置かれるのだそうです。
   確かに、右の方は矢を持っていますね。

   ( 大胆な推測ですが、この文章の場合、矢大臣=右側の大臣

    右大神(左側)の背中の弓と左手の弓が散逸?の可能性があり、参道から
    隋身門へ向かって右側(本当は左大臣)に弓と背中の矢が残っていた。    ( 失礼を恐れずに私の推理です、申し訳ありません )  

  1. この時も最初の恥じを申し上げますが、片方が矢大臣だと思いました。

  2. 次に見た時は、矢大臣が右側にありましたので、矢大臣(右大臣 向かって

     左側が定位置)の定石から何かの機会に「右大臣」の言葉にひかれて、右

      へ移動させたんだと見ました。

  3. 1月22日以降、改めてこの写真をじっくり拝見致しました。その結果

     私が現在考えている定理どおり、矢大臣(右大臣 左大臣)であり、二人の

     大臣(大神)は昔からそこにあったものだと思いました。

                 即ち、元々は

    3-1 お写真の左側も、元々背中に矢を背負っていた事。

    3-2 左側(右大臣)の手元をよく見ると、右側(左大臣)が弓を持っていた手

        元と同一であります。

    3-3 元々は、左右の随身さんは、定石通り、背に矢を背負い、左手に弓を

         持ち右手にはいつでも戦闘できるように矢を1本持っていた随身さん

        の構えであったと思います。


その三 長い歴史の中で、「矢大臣(右大臣)=左側 左大臣=右側」が隋身の定

      理だと考えても不思議ではありません。

      出雲 須佐神社 随身さん
      出雲の随身さん達
      胡座をかく足の違いからも右大臣、左大臣は確かであります。 
      左大臣は阿形で、口も開き加減です。

      左大臣は左手に「笏」を持っており、背中の弓もありません。

      何しろデジカメもネット検索もない平安朝から近年までの時代、幾つもの情

     報の流れの中で、これがそうだとなった例の一つであって貴重な例だと思

     います。修理をされたか新規か分かりませんが綺麗です。

     冠の耳当て(おいかけ)もあり、巻纓冠か細纓冠か分かりませんが武官

     である事も確かでしょうね。

隋身門に出合ってお陰様で古人の心の拠り所の一つに少し近づけて嬉しくもあ

り、楽しませてもらいました。


写真をお借りした方がへ

万一失礼がありましたら深くお詫びを申し上げます。有難うございました。

勿論これからは尚一層色濃く隋身門と随身さんに親しめるものと強く思っておりま

す。






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最終更新日  2012年01月24日 15時30分24秒
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