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郵便局へ行った。その理由は「結婚するために市役所へ届け出る添付書類として戸籍を取らねばならず、戸籍を大阪市へ申請するのに郵便為替を添付する必要があるため」である。 郵便為替と、ネットで取り出した申請書を封筒に入れて、戸籍を申請した。てっきり阿倍野区役所へ送るのかと思ったら、大阪市の郵送受付センターのようなところへ送ることも分かった。 一仕事終えて、次に考えたのは「新しい籍をどこにするか」である。結婚すると、拙者と嫁が入る新戸籍を作る。いろいろ調べたところ、新戸籍の場所はどこでもいいそうだ。好きな観光スポットでもいいし、小笠原のような離島でもいい。極端な話、北方領土でもいいらしい。戸籍が身分関係のみの形式的な存在だからだそうで。 そうは言っても、具体的にどこにすればいいのか、正直悩む。 手っ取り早いのは、親と同じ場所とすることだ。大阪市阿倍野区北畠・・・阪堺電車上町線の北畠駅近辺で、なんでも南北朝時代の武将、北畠顕家を偲んで付けられた地名らしい。大昔の大河ドラマで、北畠顕家を後藤久美子が男装して演じたことを思い出した。本人はかなりの美青年だったとか・・・。 親と同じ場所と言っても、新戸籍を作ると「場所の見た目が同じ」でも別戸籍だ。別になってしまうのだから、思い切って心機一転・・・と考えてみたものの、妙案が浮かばない。「人気のある場所」というのがあるそうで、断トツの1位は皇居だという・・・。あのなぁ、一臣民に過ぎない立場で、あの場所はおそれ多いでしょ。 他の人気スポットは、「ディズニーランド」とか「大阪城」とか挙がってるらしいが、アメリカ嫌いは永年の伝統だし、秀吉も好きじゃないから大阪城もちょっと・・・。阪神甲子園球場はどうだろう。ここも、関西人を中心に人気あるスポットだという。 甲子園にすべきか、北畠顕家のままにするか、もう悩み始めたら止まらなくなってしまった。そして、いろいろ調べたら、何だかややこしいことになってきた。 例えば、阪神甲子園球場の住所だが、一般に公にされているものは「住居表示(西宮市甲子園町1番82号)」であり、地番は全く別の番号だという。そのことを理解していないことで、全く関係ない場所を本籍地にしてしまってる人がいるという。一生モノの戸籍で、ミーハーな感覚で突き進んで失敗するのは痛すぎる。 何だかよく分からなくなってきたので、もう北畠顕家殿に託すとする。
2015.02.21
久々、相模原の実家へ戻った。金曜日の夜、仕事をたたんで一旦自分のアパートに戻り、着替えをして出かける。横浜線に乗る頃にはすっかり遅くなってしまったが、実家へ着いたら母が晩御飯を用意して待ってくれていた。実家というのは有り難い・・・。 翌朝、昔寝起きしていた自室の掃除をする。札幌へ赴任する時に残したままの、古い本や資料などを整理し、もう使わないものは思い切って処分する。実家に帰るたびに、こういうことをやっていたつもりだが、ゴミは次から次へ出て来るものである。 昼過ぎ、親を駅まで送るためにクルマを出した。その帰り、ホームセンターへ寄ろうかなーと、いつもと違う道を進んだところ、渋滞で動かなくなった。動くまで待っていたその瞬間、「ドーン!」と衝撃がきた。なんと、追突されたのじゃな。 一瞬、アタマ真っ白になる。これからどーすればいいのか、皆目分からなくなってしまった。しかも、ケータイを家に置き忘れていた。 幸いだったのは、相手が「まともそうな」人で、「すいません、すぐに警察呼びます。保険会社にも電話します。」と対処してくれたことだ。よく考えたら、追突した方こそ直ちにやらなければならないことで、こっちは何もする必要もない、とも言える。 警察はすぐに来た。現場検証を行い、双方の個人情報などを聞き取り、最後に「クルマの方は保険会社でやってください。」と言い残して警官は去っていった。あとは、へこんだバンパーの修理の問題になる。相手方から、保険会社の連絡先を渡されて、その場は終わった。相手方は、「すいませんすいません、すいませんすいませんすいません・・・」と事あるごとに「すいません」と言ってくるので、当たり前といえば当たり前(だいたい、単なる不注意としか考えられない)なのだが、もう早く終わって欲しいし、面倒くさい。なにせ、全てが終わるまで体がすっかり冷えてしまった。 やれやれ、と家に戻り、すぐに保険会社に連絡する。保険会社で修理の段取りを説明され、いつも車検でお世話になっている工場へ持って行けばいい、ということになった。工場への支払いは、保険会社でやってくれる。当たり前だが・・・。 今年は前厄だからって相模原の村富神社のお札を部屋に飾ったけど、効果の無さに呆れる。不幸中の幸いは、体に差し障りが無いということ。後で異常を感じたら、すぐに保険会社に連絡せねばならない。 翌週、また実家へ行く。工場へクルマを持ち込んで、代車で帰って来る訳だが、触ったこともないクルマの運転が不安だというので立ち会った。代車は・・・確かに触った感覚が全然違うクルマで、ブレーキが効きすぎて怖い。親に、代車のクセをいろいろ説明して、慣れるまでの練習にも同乗する。諸々の出来事で随分時間をロスしたが、今更どうにもならない。とにかく、こちらが事故を起こすことだけは絶対に避けねばならない。
2015.02.15

日本統治下の台湾から甲子園へ。1931年に初出場を果たした、日本人、漢人、台湾原住民による三民族混成チーム「嘉義農林学校野球部」の活躍を、実話に基づいて描いた台湾映画だ。 台湾南部に位置する「嘉義市」は、のどかな田園風景が広がる田舎町。「嘉義農林学校」には、一応野球部が存在したが、勝った話など聞いたこともない弱小チームであった。そこへ現れたのは、名門松山商業からやってきた日本人、近藤兵太郎監督。彼のスパルタ式教練により、球児たちは「甲子園」という「行ける訳ねぇだろレベルの目標」に向かって突き進む。訳あって辺境にやって来た鬼監督が、ダメダメチームを最強軍団に鍛え上げるという、マンガのようなストーリーだが、実際にあった話だというから驚く。しかも球児達の大半は、漢族や台湾原住民の青年達。「ベースボールは万民のためのスポーツ、人種など関係ない!」という、近藤監督の爽やかすぎるスポーツマンシップに貫かれた熱いドラマなのである。けれども近藤監督がもたらした野球とは、そのスパルタ式教練といい、一球入魂の精神主義といい、およそ日本人にしか考えられない、泥臭ぁーい野球そのもの。スポ根の元祖、本家本元という感じやな。日本映画と勘違いしそうな程のリアルさ日台合作ではない。台湾映画である。でもセリフのほとんどは日本語。日本統治時代だから当たり前なのだが、だから日本人役も日本の俳優さんがやっている。主役がそもそも永瀬正敏なんですよ。奥さんが坂井真紀だし。エンディングの曲も日本語で、途中だけ中国語が入ったりと、もう日本映画と勘違いしそうな感じだ。球児の役は台湾人なんだけど、俳優経験より野球経験を重視して起用したんだって。だから野球アクションにもこだわっていて、栄誉顧問にあの王貞治氏が入ったというから、見る方もテンション上がる。 当時の台湾ってこんな感じだったんだー・・・、当時の甲子園球場ってこんな感じかー・・・セットの作り込みもリアルで、史実に忠実(=フェア)であろうとする製作者の意気込みを感じる。日本統治時代とは何だったのか映画では、近藤監督だけでなく、治水事業に取り組む日本人技師(出演:大沢たかお)など、台湾のために尽力する日本人が多数描かれている。その性か、この映画は日本統治時代を美化し過ぎているとの批判も起こり、台湾の映画賞を総ナメに出来なかったのは中共の圧力の性だと一騒動あったらしい。この映画の監督さん(馬志翔)は、前作「セデック・バレ」では抗日事件を題材にするなど、様々な角度でアプローチを試みており、それはバランス感覚(=様々な見方価値観を許容できる台湾社会の民度の高さ)もあるだろうが、台湾の複雑な歴史も反映しているかもしれない。 台湾にとって日本は外部からの征服者だが、原住民にとって華人も異民族だったろう。日本が撤収した後は、国民党という第2の征服者も現れたのである。 この映画だけ見て台湾の歴史を語るのは危険だろうが、それ以上のことは専門家にでも任せて、今はこの映画の余韻を楽しむとするか。ちなみに、この映画は昭島市のムービックス昭島で見た。映画館内の雰囲気(ポスターの露出度とか)を見て、そして観客の数を見て、「んー、台湾での盛り上がりに比べて日本ではこれかい・・・」という感じ(他の映画館はどうかわかりませんが)。メディアの露出も無いに等しいし、これではせっかくの超大作も泣くよ。 阪神甲子園球場では、映画に感動した台湾の観光客のみなさんが数多く訪れているという。野球は万民のスポーツ!そして野球の醍醐味とは~やっぱ阪神が巨人を倒すことにある!なーんちゃって。
2015.02.08
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