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村上春樹が専業作家となって初めに書かれた本格的な長編小説。鼠三部作の最終章(「ダンス・ダンス・ダンス」は除く)。 まさしくタイトル通りの物語。「シャーロック・ホームズの冒険」よろしく、羊を、めぐる、冒険。同時に村上春樹が作家としてめぐる冒険の、始まりでもある。作者自身が感じた確かな手応えがあり、また、未来の作品への布石が散りばめられていて、陽射しを浴びた太平洋のイワシの大群のようにキラキラ光っている。 喪失と再生。さよなら80年代。ジョン・レノンが撃たれた年。僕の生まれた年。
2017.05.24
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ジャズバーで働きながら、台所で書かれた作品。 「風の歌を聴け」を読み返すのは、通算何十回目になるかは分からないが、読み返すほどに、冒頭の文が凄みを増してくる。 「例えば象について何かが書けたとしても、象使いについては何も書けないかもしれない。」 「少なくともここに語られていることは現在の僕におけるベストだ。つけ加えることは何もない。それでも僕はこんな風にも考えている。うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない、と。そしてその時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろう。」 若き日の村上春樹は、自らの数十年後を予言し、そして実現させた(と言っても良いだろう)。 「風の歌を聴け」は、時代や当時の文壇への挑戦状でもあり、作者の決意表明でもあった。そして、新しい風が吹いた。中には顔をしかめる者もいた。こんなものは小説ではない、と。しかし、私たちの多くはそれを自分だけにあてられたラブレターのように受け止めた。 「1973年のピンボール」は、書きたいことを書きたいように書いている。「スターシップ」ピンボールと再会するシーンは、なぜ心を打つのか。そこに堅苦しいテーマなどは微塵もなく、文章それ自体が楽しいからだ。サナギがぺりぺりと皮をはがし、なかから光輝く蝶が出てくる瞬間を始めて目にしたときの感動がある。 英文で書き、それを日本語に直すという試みから得られた新しいシンプルな文体。進化し続ける文章。 (誤解を恐れずにいえば)小説としては、不完全である。しかし、不完全であるが故に、完成されている。1を足しても、あるいは1を引いてもいけない。他者の介入はもちろん作者自身の修正をも拒んでいる。そのままとして完璧な原石。 このようにして幻の小説は、台所で誕生した。 以降、若き日の村上春樹はジャズバーを辞め、専業作家としての道を選んだ。それから、38年間、コンスタントに作品を発表し続けている。
2017.05.13
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生粋の村上主義者でもある作家・川上未映子がインタビュアーとして、村上春樹に、訊く。緊張感と意気込みが伝わってくる。新作や過去の作品や、村上さん自身のことについてはもちろん、そうそう、それが訊きたかった!と膝を打ちたくなるような質問まで。矢継ぎ早に、鋭く、ときに執拗なくらいに。川上さん、良い仕事したなあ。 そして、村上さんが、その質問たちに、豊かでシンプルな語彙と、巧みな比喩とユーモアをもって、誠実に答える。本人いわく、二年分くらい語り尽くす(笑)。作家としての器の大きさ、キャビネットの引き出しの多さは言うまでもない。 何というかマスターヨーダが、弟子にフォースの極意を伝授しているような感さえあった。 ★★★★★ みみずくは黄昏に飛びたつ Haruki Murakami A Long,Long Interview
2017.05.10
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10年前に日本で開かれた村上作品をめぐる国際シンポジウムの全記録。リチャード・パワーズの基調講演では、ミラーニューロンに絡めて村上作品が反響し相互作用する働きを刺激的に論じられた。また、パネルディスカッションでは、翻訳家たちが、村上春樹の魅力と各国での読まれ方を語り、ワークショップでは、テクストと社会科学の二つの視点から様々な見解が飛び出した。 思うのは、村上作品を誰よりも精読しているのは、作者本人を差し置いたら、村上作品の翻訳家だろう。そんな彼らの考察は、鋭く、深く、ときにユーモアがあり、つまりは「ハルキ的」であった。 個人的には、卒論の執筆時期に嫌というほど論評を読み漁ったためか、それからは全くハルキ関連本(作者本人が参加しているもの以外)は読まないようにしていたが、今回は柴田さんの名が挙がっていたので読んでみたら、アタリでした(笑)。 あと「みみずくは黄昏に飛び立つ」を併読したのも、とても良かった。お互いが反響し相互作用し、立体的に楽しめたから。
2017.05.09
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小島さんが育児休業中に、養老先生と子育ての本を出したい、と鎌倉へ押しかけてから8年。2011年の10月に完成した対談本。主に、二人の子供の母である小島さんが「昆虫バカ」の養老さんに質問し、先生がそれに答えるという形式で進む。 「子離れなんて、できなくていい」 「それでもお受験、させますか」 「どんな花だって、世界に一つ」 「おカネとエネルギーに依存しない幸せ」 の四章を経ての二人の結論は、 養老「子を思う親の気持ちは、時代も洋の東西も問わない。ひたすら可愛がるのは親のエゴだと言われるかもしれないが、そんなことを気にすることもない。親が子供に本当の愛情をかけていれば、それでいいではないか。」 小島「どうやら生きていることは、中途半端で不完全なことらしい。でもその中で時々、どうしても確かだと思えるキラキラしたものと出会うことがある。それで十分だということを、子供に教えてやりたい。」 ということ。とても勉強(参考)になりました。絵になる子育てなんかない
2017.05.06
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まだまだ本の整理には、時間がかかりそうですが、じっくりと気ままに楽しみます。読書も同じです。じっくり、気ままに。
2017.05.06
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