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2013.09.29
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カテゴリ: その他
前回のblogで内田伸子先生(筑波大学監事、お茶の水女子大学名誉教授)に紹介していただ本について書いたので、続けてもう一冊。

「ヘレン・ケラーはどう教育されたのかーサリバン先生の記録ー」(サリバン著 遠山啓序・槇恭子訳 明治図書)である。

・・・・・

 ある概念が子どもの心の中ではっきりできあがっている場合、その概念の名前を教えることは物の名前を教えることと同じようにやさしいことなのです。でも概念が子どもの心の中にまだ育っていない場合に、その単語を教えることは非常に困難です。経験や観察から子どもに、小さい・大きい・良い・悪い・甘い・すっぱいなどの概念ができていない場合には、子どもはそのことばを何に結びつけてよいかわからないでしょう。

 ・・・・・

 同様にして、子どもは多くの経験から、彼の感覚を区別することを学びます。そして、私たちはその感覚に良い・悪い・やさしい・乱暴な・しあわせな・悲しいなどの名前をつけてやります。子どもの教育で重要なのは、感覚を多く経験する能力であって、言葉ではないのです。

 ・・・・・

 言語は生活や、その必要や、さまざまな経験から生じる。最初、私の生徒の心は空虚であった。彼女は理解できない世界に住んでいた。言語と知識は固く結びついている。それらは互いに依存し合っている。言語を使ったよい仕事は、物事の正しい知識を前提とし、それに依存する。ヘレンがすべての物は名前をもっているということに、また、文字を使ってこれらの名前を人から人へ伝えることができるということに気づくや否や、私は彼女が喜びながら名前を綴ることを覚えたその対象について、さらに深い関心を目覚めさせるようにした。私は決して言語を教える目的のために、言語を教えたのではない。考えを伝える手段として不断に言語を用いたのである。
 このようにして言語の学習は、知識の獲得と一致する。言語を知的に使うためには、人はそれについて話す事柄をもっていなければならず、また、話す事柄は経験の結果もつことができる。



理科でも、子どもたちに科学的な用語を教える場面は多い。しかし、「経験や観察から概念を育てる」「多くの経験から感覚を区別する」ことを大切にしているだろか。

また、授業中に考えをノートに書かせたり、話し合ったりさせたりするが、「話すこと事柄をもっている」のか、さらには、そのための「経験の結果」があるのかと、ていねいに子どもをみているだろうか。

さらには、「ことばの力」を育てるために、「ことば」ばかり意識していてはいけないということだろう。





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最終更新日  2013.09.29 13:17:07
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