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2013.10.16
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カテゴリ: その他
先日、このblogで「カブトムシの頭・胸・腹は?」を書いた。このことに直接関係はないものの、無藤隆先生(白梅学園大学)のフェイスブックに次のような記事(近況)があったので紹介したい。

・・・・・

学校での体験活動と分類行為

生活科での植物の分類の授業へのコメントから。

<分類することの意味>

・中学年くらいになると,すべての物を分類したくなり,分類しつくす面白さを感じるようになる。個別の特徴から,全てを覆う属性を作ること(例えばアンコを使っているのは「和菓子」,バターを使っているのは「洋菓子」など)は現実にないものまで分類できるようになり,予測につながっていく。
・幼稚園の子と遊んで楽しかったというときにも,楽しかったにもいろいろあるよねと返すと,「幼児が喜んでいたので楽しかった」「自分が遊んで楽しかった」などいろいろ出てきた。こういう発見の中身で分けていけると良いのではないか。
・科学の場合,椅子は家具であるという階層的な概念化よりもむしろ,椅子にはどういうものがあるのか,座る機能として重要なのはどういうことか(足があって平たい板と背もたれがあるなど)を知ることが重要である。生物は,足が6本あれば「昆虫」など,ある意味では無理やり約束を作って分類しており,そうであっても、そういった分類の約束を教えるのが学校教育である。それには素朴な段階もあって,物の個性に属した機能や特徴を知ると良い。
・12年間のカリキュラムを考えると,中学の生物はまさに分類。それもあって今回取り上げているというのもある。



・中学校や高校の理科がゴールではない。はっきりいって植物が根や茎に分かれることを知るのは大したことではない。特に学校教育の中の理科は分かりやすい所だけを取り出していて例えばキノコのような植物とも動物とも言い難いものは取り扱っていない),大学1年を越えるとぐっと内容が変わる。今回の授業で子どもが出した「きゅうりの手触りはベタベタしてい」という発見についても,どうしてなのかを考えるとものすごく難しい。日常には素朴な体験レベルの発見がたくさんあって,そういう体験が実は重要である。学校教育ではそういうことは扱わず,ある限界の中で授業をしているのだということを教師側は自覚しておくことが大切である。
・中学や高校の内容から下に下ろしていくと,下に行くほど分かりやすく簡単になりやすいが,実際の「体験」はこのように複雑でややこしいものである。子どもが関心を持つことは高校までの理科では扱えないものであり,何でも生活に戻していけばいいというものではない。体験を学校教育の枠の中で決めてしまうとつまらないし,教科として取り出している内容と日々の体験とを組み合わせるのは実際にはとても難しい。取り出しつつ,生活の中との結びつきを考えて,新しい文脈を考えるといいのではないか。例えば中学年くらいからは,生活から離れたことに飛躍できるようになる。「世界一○○な人」といった実際にはあまり意味のないことへの「ギネスブック的関心」が出てくる。歴史なども,自分には直接関係ないけれども好奇心を持つようになり,文脈から離れたことにも関心を向けるようになる。生活の中から出てきた疑問と,生活と無関係に出てくることをどうつなげるかが課題になる。
・不思議なことは「不思議ね」で置いておくとしても,不思議さを経験し,それに気づくことが大切である。それが科学的発見につながっていく。生活科では,経験ベースの分類と,多様なその子なりの気づきを引き出すことが大事で,単なる学校教育のカリキュラムに落とし込まないほうがいい。むしろ中学年以降の何にでも興味を持つところに落とし込んでいく。

・・・・・

「6本のあしがついている部分が胸」というのも、無理矢理つくった約束なのだろう。

「ある限界の中で授業している」ということ、「日常には素朴な体験レベルの発見がたくさんあって,そういう体験が実は重要である」こと、「不思議さを経験し,それに気づくことが大切である」こと。しっかりと自覚したい。





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最終更新日  2013.10.16 16:24:55
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