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わが子の誕生から早や1ヵ月が過ぎ、昨日無事にお宮参りを済ませた。お参りしたのは自宅から一番近くの「宮地嶽神社」という神社。福岡では割と名の知れた神社である。日本一の大注連縄で有名なのだ。昨日の朝の福岡は前日の夜から続く雨・風がひどく、なんとヒョウまで降ったらしい。午前8時前、変わらず悪天候だったので延期にするつもりで実家に電話をかけた。実家の母がお祝いに来てくれることになっていたのだ。しかし「午後からは晴れるよ。中止にするにしても取りあえず行くわ」と強引に押し切られてしまった。「お宮参りが中止になるとしても母に来て貰うのは嬉しいから良いか」なんて考えていると、どんどん天気が回復して来た。そこで中止に傾いていた気持を引き締めて準備をすることにした。といってもかんきがする事は自分の支度のみ。あとは浜ちゃんと母にお任せ。自分の髪と顔を何とかして、着物を着るだけ。でも髪の毛を何とかするのに苦労するのだ。着物の時はいつも美容室に行っていたのだが、美華子が生まれた今はそんな時間は無い。いっそショートカットにすると着物の時は便利なのだけれど。襟足が見えるくらいに。でも悲しいかな、かんきに短い髪は似合わない。諦めて適当にまとめる。さてすっかりお天気が良くなったところで、神社に向かった。お払いをしていただき、お札も貰った。ついでに名物の「松ヶ枝餅」をお土産に買い家に向かう。この間2時間ほどわが娘はずっと眠り続けていた。神社でのお払いの時、自分の頭の上で鈴を鳴らされようと、太鼓が響いていようと目を覚まさなかった。だから見知らぬ人から「男のお子さんですか?」なんて聞かれるんだよ。 ○境内で眠り続ける美華子と
2005.11.28
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いよいよ待ちに待った1ヶ月検診の日がやって来た。ドキドキしながら産院へと向かう。受付を済ませた後、美華子は検査のため看護婦さんに抱かれ別室に連れて行かれた。かんきは血圧測定や尿検査を終わらせ、ダッシュで美華子のいる部屋へ向かった。「いつものように大泣きしているのではないか」と心配したのだ。予想に反して美華子はお利口さんにしていた。看護婦さんから「お人形さんみたいでちゅね~」などと言われながら、慌てて駆けつける母を見ても、おっとりと視線をこちらに動かしたのみ。家でのわがまま一杯の生意気顔とは別人のようだ。あれ?おさるさんのように真っ赤な顔で泣き喚かないのか。人見知りはしないの?安心すると同時に何となく物足りない。この1ヶ月での体重の増えは1日28グラム。平均は30グラム以上との事だ。助産婦さんからはやはりミルクを足すように指導があった。噂には聞いていたけれど、どうして母乳で足りるようにする指導ではなく、ミルクを足す指導なのだろうか?おっぱいマッサージや母乳に良い食事などを教えてくれる方が時代の流れに合っていると思うのだけれど。そして毎日の育児の悩みの相談。思い通りに行かずにイライラしてつい「もう、嫌っ」と子供に怒鳴ってその後「ごめんね」と落ち込み、泣きながら謝る。・・・これはみなさん同じらしい。それを聞いてほっとした。「ずっとこれの繰り返しです」と大きくうなづく助産婦さんが頼もしく思えた。親子ともども何の問題もなく検査は終わった。先生からは「体重の増えは少ないけれど、元気だから大丈夫」と言っていただき安心した。それにしても美華子は離れている時は全く泣く事もなく、良い子でいてくれた。でもかんきに抱っこされて待合室にいる時に泣き出した。仕方が無いので生まれて初めて人前で授乳してしまった。(でも意外と抵抗なし。場所が場所だからか)この外面の良さはどっち似なんだろう??
2005.11.26
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○かんきが37年前、お宮参りで着た一つ身早いもので美華子の誕生からもうすぐ一ヶ月。そこで今週の日曜日にお宮参りに行く事にした。その時に着用する一つ身の着物をどうするか、浜ちゃんと悩んでいた。その時一度しか着用しないのに何万も出して買うのか。初めての子供なのにレンタルで済ませてしまうのか。二人で堂々巡りの話し合いをしていると実家の母があっさり「あなたが着たのがあるわよ」と一言。これを着せる事になった。確かにお宮参りで着ている写真は見た事があったのだが、てっきり親戚の誰かにお下がりでまわったかと思っていた。(雛人形はいつの間にかどこかへお下がりで回ったから)そして母が実家から運んでくれたのが上の写真の着物である。襦袢が多少黄ばんでいるのは生地が正絹なので仕方が無いが、それ以外は驚くほど保存が良い。37年間仕舞いっ放しだったらしいのに。日の目を見て良かった・・・。遅くなってごめんよ。あとは日曜日のお天気を祈るばかり。かんきが着る着物もコーディネートしたのだが、それはまた別の日に。
2005.11.23
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家には10歳になるシーズーの雌・ロンと雄・リーチがいる。かんきが妊娠すると、両方とも小さい頃を彷彿させる甘えん坊に戻って、何かと側に居たがるようになっていた。人間でいう「赤ちゃんがえり」か、もしくはお腹の赤ちゃん共々かんきの事を守ってくれているのかな、なんて考えていた。そんなわんこ達だから、実際に赤ちゃんに対面させるとどのような反応を示すか興味があった。歓迎してはしゃいでくれるか、赤ちゃんに嫉妬してしまうか、ドキドキしながら対面させた。結果・・・全く何のリアクションもなかった。あっけないほどに。やはり同じような境遇の方に「対面させる前に、赤ちゃんがミルクを吐き戻したガーゼなどの匂いを犬に嗅がせておくと良いよ~」とアドバイスを頂いていたので、前日浜ちゃんにその通り実行してもらっていた。そのお陰なのかスムーズに対面は終わった。「ほら~赤ちゃんよ」とわんこ目線にまで赤ちゃんを下げて見せたのだが、わんこ達は礼儀上ちらっと顔を見た程度だった。何の反応もなかった。わんこ達は本当に赤ちゃんを受け入れたのだろうか。それからずっとわんこ達の様子を見ているのだが、あっけないほど嫉妬もしない。赤ちゃんのお世話にかかりきりで全然かまってあげられないのに不満をいう事もない。出産前は両方ともあれだけ側から離れなかったのに。超わがままなロンでさえわがまま言って、甘えてくれなくなった。ただただ、かんきと赤ちゃんの様子を少し離れた場所から見ているだけ。お手伝いに来ている母や浜ちゃんには甘えているのに、赤ちゃんのお世話から手が離せないかんきには寄って来ない。寂しい・・・。でも今はまだ赤ちゃんとわんこは同じ部屋で過ごせないから、わんこ達をかまう暇がない。もう少し赤ちゃんの月齢が進むと一緒にいられるんだけれど。それまでかんきの事忘れないでね。いつまでもかんきの事を誰よりも一番好きでいておくれ。○皮膚病なのか、首の下をかきむしるので「襟巻き」を付けられてしまったロン。怒ってコタツの下へもぐりこむ。早く直りますように。
2005.11.21
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出産が終わったら甘い物、ジャンクな物をお腹一杯食べるのを何よりも楽しみにしていた。妊娠中はそれなりに気を使って我慢していたから。そこで入院中は毎日チョコレートやプリンを差し入れしてもらっていた。でも産院では食事とおやつが充実していてそれほど大量には食べれなかった。そして自宅に戻り、ストレスから大量のチョコレートやスナック菓子を食べ続けた。お腹一杯で食事が食べられないくらい。次々とお菓子の袋を開けていく快感。浜ちゃんもお産の後ということで下手に刺激させないためか、何も言わなかった。いつもは「お菓子を食べるとご飯が入らないからほどほどに」とやんわり注意されるのだが。それを良い事に好きな物ばかり食べていたら、ある日美華子のほっぺたに赤い湿疹がポツポツとできた。板チョコの大きいサイズ(70グラム)一気食いが効いたのだろう。そこで甘い物を食べるのは授乳後に限定してみた。それなら次の授乳時の母乳には影響ないのではないか、と考えたのだ。でも甘い物を食べた後に限って、美華子は泣き出す。「今飲んだらチョコレートの成分が・・・」と忸怩たる思いの中で授乳。そして湿疹が悪化。この繰り返しが続いた。とても子育てに積極的とは思えない浜ちゃんなのだが、美華子の外見に表れる症状にはとても敏感。美華子の顔を覗き込んで、「あれ~?お母さんがお菓子ばっかり食べるからポツポツが出来たね~」そして第三者である母親も「あら、どんどんひどくなるわね。かわいそうに。チョコレートはダメよ~」と美華子の顔を見る度につぶやく。お菓子を食べるのはそんなに悪い事なのか?この楽しみをかんきは一体いつまで我慢すれば良いのか?そしてどうやってストレスを発散すれば良いのだろうか?初めての育児に対する不安。周りの勝手な意見。慢性的になった睡眠不足。しつこく続く下半身の痛み。戻らない体型。いくつものストレスにさらされる毎日。いくら美華子がかわいくても母親である前に人間だからストレスを発散させないと、育児は出来ない。でもこんなかんきにとても有効な情報があった。こんな湿疹には「どくだみ茶」が効くらしい。早速「どくだみ茶」を購入して、毎日のお茶をこれに変えた。効果はてきめん。一週間ほど続いた湿疹がきれいになくなった。その効果には周りも驚いた。このどくだみ茶をすすりながら、最中などを食べるのが最近のかんきの楽しみ。これで夜中の授乳も夕泣きもこなせる。
2005.11.17
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赤ちゃんとの新しい生活で、授乳がこんなに重要で大変だとは思わなかった。かんきは母乳が出にくいのではないかという疑惑は早いうちからあった。助産婦さんに診察していただいた時、色々なお話の中で、「母乳が出にくい人」の生活習慣が全て当てはまったからだ。○ワイヤー入りのいわゆる寄せて上げるタイプのブラジャーをしている・・・友達が下着メーカー勤務の為、ブラジャーはほぼそのタイプ○社会で男性と肩を並べて仕事を続けて来た・・・肩を並べたかどうかは分からないが、学校を卒業してからずっと働いてはいる○若い頃激しいスポーツをしていた・・・していた○牛乳やヨーグルトなど乳製品を良く摂っていた・・・体に良いと思ってたくさん食べていたかんきの今までの生活は何だったのだろう・・・。産院では3日目から母乳の量をはかる。母乳をあげる前と後で体重をはかりその差が赤ちゃんが飲んだ母乳の量だ。これがなかなか面白い。はかるようになると、お母さん達はみんな頑張りだす。2グラムとか4グラムとか、中には飲ませた後の方が体重が減ったとか、様々だ。その中でかんきは一応18グラムほどは出ていたので、のんびりしていた。18グラムでも少ないのだが、そのうち出るようになるだろうと思っていた。だから看護婦さんが「体重が減っているので、ミルクで体重を増やして退院しましょうか?」と提案してきた時も何も考えずに賛成した。そして自宅で授乳を始めて、その大変さに気付いた。周りがうるさいのだ。自分ひとりで完母と決めていても周りの雑音に惑わされる。まず浜ちゃん。夜中の授乳の最中に「ミルク作ろうか?50ccで良い?」と誘う。寝気と浜ちゃんへの申し訳なさでついうなずく。そしてお母さん。美華子が大泣きすると、「ああ、ひもじいのね。おっぱいが足りないのね」とミルクを作り始める「美華子がお腹空いたって言ったの?」と厳しく問いただすと「うん、口に手を持っていくのはお腹が空いたサインよ。母乳が足りないのよ。かわいそうに」・・・ああ、「ミルクで子育て」世代との戦い。ミルクをゴクゴク一気飲みする我が娘。裏切り者・・・。かんきは母乳について周りに対抗できるよう理論武装するために、今日図書館で本を3冊借りてきた。改めて完母を目指そう。負けないぞ!
2005.11.12
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出産前からかかるだろうとは思っていたのだが、やはりかかってしまった、マタニティ・ブルーズ。かんきは退院して自宅に戻って、わずか3時間でかかってしまった。きっかけは家の汚さ。その日は友達がお祝いに自宅へ来てくれる事になっていた。なのに家の中がとても散らかっていたのだ。どうしても我慢が出来ずに片付け始めた。それに美華子のお世話をする為の準備も全くなされていなかったので、部屋の家具の配置からやり直す事にした。そうこうしているうちに実家の母からの電話。「ちゃんと横になってる?」心配してかけてくれたのだ。始めは普通に喋っていたのだが、何かのひょうしに涙がこぼれてしまって、後は大泣きになってしまった。かんきも自宅に帰ると、横になれるものと思っていた。そうするように産院からも言われていた事だし。でも現実はお昼ご飯も食べずに部屋の片付けをしなくてはならないのだ。何故、浜ちゃんはかんきが退院する前にちゃんとしておいてくれなかったのだろう?何故、片付けは良いから横になっていて、と言わないのだろう?何故、産後の辛さを分かってくれないのだろう?「ご飯をまず食べなさい。お腹が空いているから、いらいらするのよ」と母親に説得される。電話を切ると、やばいと思ったのか、浜ちゃんが「ご飯を買いに行って来るから」とそそくさお買い物に行った。こういう時は素早い。その後ちゃんとご飯を食べて、遊びに来た友達に愚痴をこぼすとかなり落ち着いた。でもその日の夜遅く、またかかった。今度は浜ちゃんがオムツ替えや授乳に興味を示さなかったのが原因だった。良いとこ取りで写真を撮ったり、離れたところから眺めるだけで、自分の手を汚そうとはしない。父親なのに。「私は美華子と二人で生きていく覚悟はしているんだからね」延々と文句を言った後にこんなとどめを刺したのが効いたのか、それからは積極的に美華子のお世話をするようになった。その日の夜中、泣き止まない美華子を1時間抱っこして、かんきを寝せてくれたのだ。お陰で久しぶりに1時間以上まとめて寝れた。(産院では3時間毎に授乳していて、ほとんど寝れなかった)かんきの泣きながらの訴えがよっぽどこたえたんだ、とほくそ笑んでいた。でも次の日、浜ちゃんは美華子を見ながらしみじみと言った。「美華子の口ってかんきの口に似てるよね~。怒ったら美華子みたいにへの字口になるなぁ、って昨日かんきの口を見ながら思ったよ」だと。人があれだけ怒っていたのにそんな事考えていたんかい!!
2005.11.08
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かんきが出産の為に入院していた産院は、体重管理や運動について全然厳しくないところだった。9ヶ月の時、かんきは既に10キロも太っていたのだが、「あと2キロまではOKです」と助産婦さんに言われたくらいだった。運動についても、強いて勧められる事はなかった。その産院の入院中の食事はとても豪華だった。朝・昼・晩・3時のおやつ(その地域で有名なケーキ屋さんのショートケーキ)・夜中のおやつ(これまたケーキやお饅頭)。全部完食すると、3000カロリーはあろうかというボリュームだった。初日はあんまり考える事なく、完食まではしないけれど、ほどほどに食べていたら、次の日体重が1キロ増えていた。大体、お産で5~6キロは減ると聞いていたのに、かんきの場合は4キロしか減っていなかった。これで1日1キロ増えていたら退院時には生む前と同じ体重になるじゃないか!!次の日から、食事の時間が我慢大会になってしまった。食べる量にかなり神経を使った。それでも体重が減る事は無かった。最終日にやっと1キロ減っただけだった。そして家での生活が始まって、体重はやっと1キロだけ減った。あと5キロをどうすれば良いのだろうか?半年で元に戻ると言うけれども、半年も努力するなんて嫌だ。試しに妊娠前のGパンを穿こうとしたけれど、太ももで引っかかる。何故赤ちゃんを産むのに太ももが太くなる必要があるのだろうか?それに二の腕。そして何といってもこのお腹!お腹が出ているとかの次元ではなく、たるみが凄いのだ。胸の下の部分は妊娠時から、重力の関係でお腹の重さであばらが浮き出ている。その反面へそから下は何か巻きつけているかのようにだぶついている。それは肉というには弾力がなく皮というには厚みがあり過ぎる。これを半年も抱えるなんて。それにしても産院で一緒だった第2子・第3子のお母さん達は肝が据わっていた。「こんな豪華な食事は家に帰ると絶対ありえない」「家に戻ると家事が忙しくて、すぐに体重は戻るわよ」と言いつつ、毎食ほぼ完食。そして次の日の体重測定で「1.5キロ増えていた」と意にも介せず。さすが体重管理に厳しくない産院だけあって、患者さんも体重を気にしないらしい。ある日、1ヶ月検診に来たらしいお母さんが「体重70.9キロか~、減らないなぁ」と嘆いていた・・・。かんきも二回目のお産の時には、そんな風に言えるようになるのかしら。
2005.11.05
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この何ヶ月もの妊婦生活の中で、浜ちゃんに対して積もり積もっている不満がたくさんある。赤ちゃんが誕生する前に言っておきたかったのが、予定日より早い出産で言う暇が無かったので、今忘れないうちに吐き出しておく。お酒大好きのかんきが禁酒しているそばで、毎回美味しそうにビールやら焼酎、果ては日本酒までたくさん飲んでいたねぇ。それもかんきが「いらない」って言うのを見越して毎回「飲む?」なんて聞きながら。産気づいて病院に送ってくれた時もお酒臭かったよね。妊娠9ヶ月の時、都市高速をかんきに運転させたよね。自分が出先のお鮨屋さんでたくさんお酒を飲んだから。あの時かんきは何を飲んでいたと思う?お水だよ、お水。緑茶は妊婦さんの体に悪いからって気をつかって。お鮨屋さんでお水飲んでいるのはかんきだけだったよ。それに妊娠9ヶ月で夜の高速はかなり厳しかった。お腹もずっと張っていたし。お腹が張るといえば、「お腹が張るの」っていうかんきの訴えに「あれ?食べすぎ?」って答えたよね。お腹が張るのは妊婦さんの代表的な体調不良なのに、そんな事も知らなかった。しかも体重管理していてあまり食べてないのは見ているくせにね。その時はさすがに切れたかんきから「勉強しろ!脳みそは勉強するためにあるんだ!!」って怒鳴られたよね。でもその後も絶対に勉強していない、と今でも確信している。そしていよいよ陣痛か、っていう時「でもテレビでは陣痛ってもっと痛そうだよ」ってのんきに構えていてくれたね。それを聞いてあてにならないと思って自分で病院に行くタイミングを決めたよ。言っておくけど、傍から見ると楽に見えた妊婦生活や出産だったけれど、それなりにきつかった。ただかんきは性格上、愚痴が言えないだけ。体調が悪い事を主張しても、良くなるわけではないし、周りに気をつかわせるから。でも今回の事で浜ちゃんの前では大げさに主張するように決めた。それでもかんきをママにしてくれたから全部帳消しにしてあげる。浜ちゃんがいないと、かんきは美華子に会えなかった。どうもありがとうね。これからもよろしくね。
2005.11.03
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10月24日に誕生した娘のお七夜を迎えた。浜ちゃんが居ないのでまだお祝いはしていないのだが、命名書は親戚のおばちゃんに書いていただいた。「美華子」これが我が家の娘の名前。かんきが勝手に決めた。字画がどうのこうの言っていたわりに、この名前については全く何も調べていない。男の子なら「太郎」。女の子なら「美華子」に決めていたのだ。本当は女の子は「はなこ」にしたかったのだが、苗字との兼ね合いで諦めたのだ。で、「美」を付けて「美華子」。命名の本をたくさん読むうちに面倒になった・・・のではなく、呼びやすい名前の方がみんなから愛されるのは?と思ったのだ。「美」という字は女の子だったら付けてあげたい字だった。好きな漢字の1つ。かんき自身があこがれた字だから。美華子は生後3日目、病院で授乳の時、盛大に泣いて暴れた。扱いにあぐねて「チビ、どうしたの?」とお腹にいる時の呼び名で呼んでみた。するとピタッと泣き止んでくれた。ちゃんと覚えているんだ、と思うとそれだけで泣けてしまった。今はもう同じように呼んでも効果はないのだけれど、代わりに「美華子」で反応するようになるのだから、いっか。それにしても、「男の子だったら太郎にするつもりだったの」と言うと、みんな賛成してくれる。自分の息子には付けないけれど、かんきの息子の名前としては似合っているらしい。・・・どういう事かいまいちよく分からない。でも美華子は生まれたから、次は太郎だ!早くお腹に宿って欲しい。最初、美華子の名前を聞いて実家の母が「名前負けしないかしら?」と心配しているのを聞いて、わが実母ながらめちゃくちゃ腹が立った。「負けるわけないじゃん!!」と鼻息荒く答えたけれど、もう親ばか丸出し・・・。
2005.11.01
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