浅きを去って深きに就く

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Freepage List

September 30, 2012
XML
カテゴリ: 池田大作の軌跡
アシックスの鬼塚喜八郎が机の上で時折、ふさぎ込むようになったのは、自社がスポーツシューズで日本のトップメーカーに躍り出たところである。

戦後、履き倒れの町・神戸の永田で、靴製作を一から学んできた。休日返上で売り歩く。創業九年目の1958年(昭和33年)には、中小企業庁から優良企業として表彰を受けるまでに。売り上げも急速に伸びていった。

しかし収益がふくらむと、ある疑念が首をもたげてきた。利潤の追求が企業のすべてなのか。果たして会社は自分のものなのか。

毎日、夜遅くまで社員は汗を流してくれる。経営者の自分だけ、いい思いをしてはいけない。悩む日々。トップは孤独である。

近所の美容師さんが学会員だった。
“髪結いおばさん”と呼んで、長く慕ってきた。
「もっと会社を立派にしようと思ったら、あんたの生命力を強くする信仰をせなあかん。人間革命することや」

ずばりと踏み込んでくる。
「それが従業員を幸せにしていく根本の道やで」



これや!
池田SGI(創価学会インターナショナル)会長の思想を学び、経営理念に反映させた。
「自分の幸せだけではいけない。同時に他者の幸福を可能にすることで、社会に寄与する経営でありたい」

1グラムでも軽く、衝撃をやわらげるシューズを開発し、スポーツ文化の向上に貢献した。
“裸足の王様”と呼ばれたエチオピアのアベベにシューズを履かせ、マラソンで優勝させた。

シドニー五輪の金メダリスト高橋尚子も、鬼塚に「靴がピッタリでした」と感謝した。アテネのマラソンで優勝した野口みずき、イチロー(当時:シアトルマリナーズ)の足元も守った。
執務の合間に手を休め、よく聖教新聞に目を通した。つと目を上げ、秘書に話しかける。

「池田先生は、こんなに世界から顕彰されて、ほんまにすごい。こういう人は、二度と出てこうへんわ」2007年(平成19年)9月29日に永眠した。池田会長と共に写った記念写真を生涯の宝とした。

【平和と希望の大城 池田大作の軌跡】潮/08・4月号





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  April 17, 2019 04:02:46 PM
コメントを書く
[池田大作の軌跡] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

聖書預言@ Re:池上兄弟とその妻たちへの日蓮の教え(10/14) 神の御子イエス・キリストを信じる者は永…
背番号のないエースG @ 関東大震災 「福田村事件」に、上記の内容について記…
とりと@ Re:問われる生殖医療への応用の可否(04/03) 面白い記事なんですが、誤字が気になる。
とりと@ Re:●日本政策研究センター=伊藤哲夫の主張(03/21) いつも興味深い文献をご紹介いただき、あ…
三土明笑@ Re:間違いだらけの靖国論議(11/26) 中野先生の書評をこうして広めていただけ…

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: