浅きを去って深きに就く

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Freepage List

March 8, 2016
XML
カテゴリ: コラム
演出家 田尾下 哲

フランス人の先生に西洋演劇を教わる中で学んだ、私にとって物事の見方が大きく変わった教えがあります。それは、隣にいる人と同じものを同じアングルで見ているからといって、その人には私と同じように「見えて」いるとは限らない。

フランスで、私は先生に連れられて教会でステンドグラスを見ていました。先生は「美しいと感動しているあなたと、隣で涙を流しているご老人と、何が違うと思う?」と問いました。私にはすぐにその意味が分かりませんでした。「あなたはステンドグラスを図形として、色彩として美しいと感動している。だがステンドグラスは、もともと文学を詠むことのできない人のために聖書の物語を絵にして、教会の人間が信者に語って聞かせるものだ。だから感動するといってもその宗教的、歴史的背景を知っているか、また、ステンドグラスの画から聖書の場面や聖人の姿を思い浮かべる人とそうでない人では、感動の意味が違う。あのご老人はその教えに感動して涙しているのだよ」と。

物理的な視覚情報としては、隣同士にいればほぼ同じ(それでも、目の色や、体調、集中力、視力など個人差はありますが)ものをみているのにもかかわらず、その人の「知識」によって見えるものの意味が変わり、「見えているもの」さえ変わってくるということは、20代の私にとって大きな衝撃でした。

演出家は、演出作品が国も時代も違う物語ならなおさら、観客は作品が初演された時とは違う価値観、知識で観劇しているということを忘れてはなりません。前提となる価値観や知識が物語の理解に必要ならば、それらをどのように観客に提示するのか、またはそのことを抜きにしても物語を物語れるのか……それらの判断もまた、演出家の仕事なのです。


【言葉の遠近法】公明新聞2016.2.10





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  March 8, 2016 06:05:03 AM
コメントを書く
[コラム] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

聖書預言@ Re:池上兄弟とその妻たちへの日蓮の教え(10/14) 神の御子イエス・キリストを信じる者は永…
背番号のないエースG @ 関東大震災 「福田村事件」に、上記の内容について記…
とりと@ Re:問われる生殖医療への応用の可否(04/03) 面白い記事なんですが、誤字が気になる。
とりと@ Re:●日本政策研究センター=伊藤哲夫の主張(03/21) いつも興味深い文献をご紹介いただき、あ…
三土明笑@ Re:間違いだらけの靖国論議(11/26) 中野先生の書評をこうして広めていただけ…

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: