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「エビデンス」とは?
東京大学名誉教授 安藤 宏
最近、「エビデンス(証拠、根拠)」という言葉をしばしば耳にする。議論の中で、「貴女の主張や意見にエビデンスは有るのか?」と、やや批判的な文脈で使われることが多いようだ。きちんと証拠を示せ、ということらしい。実は私は、どうしてもある種の違和感を隠せないでいる。
もちろん私自身、長年研究を職業にしてきた人間なので、「エビデンス」の重要性については十分に認識しているつもりだ。だが、実際には A という学説を裏付ける資料が、観点を変えれば B という相反する学説の論拠にもなりうる、という地雷にしばしば遭遇する。
また、大半の資料は A という学説の正しさを立証しているのに、そうでない資料に出会い、困ってしまうこともある。研究の現場は、決して一つの「エビデンス」があるから主張が成り立つ、などといった単純なものではないのである。証拠は、ただそこにあるから「証拠」なのではない。一つの資料をどのような角度から解釈し、どのような意図をもって立証の手立てとするかという見通しがあって初めて「証拠」になるのである。都合の悪い事例があることを招致で、あえて作業仮説の有効性に欠けなければバラないこともあるし、だからこそ、さらに調べてみよう、という熱意も生まれてくるのである。
「エビデンスは?」と、人の意見に横やり(?)を入れるような発言には、とにかく証拠を一つ示せば主張が正当化される、という安易な発想が含まれていないだろうか? 表やグラフも作り方次第でいくらでもうける印象は変わってくるし、観客の衣をまとった、こうした印象操作ほど怖いものはない。重要なのは、「エビデンス」という言葉を錦の御旗に掲げてしまうのではなく、主張の内容を自分の判断でしっかり吟味していく心がけなのだと思う。
【言葉の遠近法】公明新聞 2024.8.7
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