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June 16, 2025
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カテゴリ: 抜き書き

不変真如の理と隨縁真如の智

今度は、この「帰命」という文字を、「帰」と「命」の二つに分けて、それぞれの文字から「帰命」することはどういうことなのか、その意味することが論じられる。

「帰」というのは、原点に回帰することを意味している。だから、まず回帰するべき原点が、「 帰と云うは、迹門不変真如の理に帰するなり 」と提示される。回帰すべき原点とは、『法華経』迹門に説かれた普遍的で永遠不変の真理「不変真如の理」だという。

そして、「命」を「もとづく」と読ませ、「 命とは本門随縁真如の智に命(もとづ)くなり 」と述べている。永遠不変の真理(不変真如の理)に回帰した上で、今度は現実世界に於いて本門に展開される臨機応変で縦横無尽の智慧に基づいていくということであろう。

「真如」は、サンスクリット語のタタター( tathata )の漢訳後である。タター( tatha )は「そのように」という意味の副詞だが、それに女性の抽象名詞を接尾語辞ター( ta )を付したタタター( tathata )は、「そのようであること」「ありのままの真理」という意味になり、「真如」{真理}と漢訳された。

ここに「迹門」と「本門」という言葉が出てくるが、これは、天台大師智顗が『法華経』二十八品を、①序本第一から安楽行品第十四までと、②従地涌出品第十五から普賢菩薩品第二十八までとに大きく二分して、前半を「迹門」、後半を「本門」と名付けたものである。本門とは、遥かな久遠において既に成道していた本仏ついて説いた教えであるのに対して、迹門とは、久遠において既に成仏している仏の立場を秘して、インドにおいて三十五歳で成道したとする迹仏(本仏の仮の姿)の対場で説かれた教えのこととされる。「迹門」の「迹」は、「あと」「足あと」「あとから」を意味する。

迹門では、諸法実相・十如是をはじめ、すべての人の平等、成仏を可能とする一仏乗の法理が、説かれている。それを、普遍的にして永遠不変の真理としての「不変真如の理」と呼んだのであろう。「不変真如の理」という言い方には、声聞たちへの未来成仏の予言( vyakarana 、授記)がなされているだけで、真理として成仏の可能性が示されているが、その結果はまだ現れていないことを踏まえたものであろう。

本門では、永遠性を宇宙大の広がりを持つ十界が具わり、そのすべてが輝いている姿が霊山虚空会(霊山浄土)として抽象的に描かれた。妙法の智慧にてらされて、十界のすべてがそれぞれの個性を生かして自由自在の働きをなすことができる。それを「隨縁真如の智」と呼んでいるのであろう。

迹門のほうは、非常に原理的なことが書かれている。それを「不変真如の理」と言う。本門のほうは、それを踏まえて現実に応用展開するか、現実の振る舞いとしていかに生かすかという観点が強くなる。それを「隨縁真如の智」と言っている。

その相違は、迹門のほうが、その主要部分で自利的探究者と声聞と縁覚(二乗)を対告衆(教えを説く対象)としているのに対して、本門が利他的実践者の菩薩を対告衆としているという違いも見ることができる。

「帰」のほうは、永遠不変の真理に回帰していく、原点に戻っていくという方向性を持っている。「命」のほうは、「もとづく」ことであり、いったん回帰した原点から現実の世界に戻ってくる方向性を持っている。両者は、まったく逆の方向性(ベクトル)になっている。

だから、私たちが『法華経』、あるいは本尊に回帰していくことは、不変の真理としての南無妙法蓮華経に帰り、またそこから現実に立ち帰り南無妙法蓮華経という智慧を発揮するという往復運動を繰り返しいるということになる。あくまでも、この両面が必要である。

「隨縁真如の智」を発揮するといっても、もしも「不変真如の理」に帰していなければ、現実生活の慌ただしさに振り回され、根無し草のように自分を見失って空転するという結果になりやすいであろう。「隨縁真如の智」を無視して、「不変真如の理」だけを追求すれば、融通性がなく原理原則の観念的な人となるであろう。「不変真如の理」に根差した「隨縁真如の智」であるがゆえに、状況が変わっても自由自在に対応できる。

日蓮は、『法華経』を読誦したり、南無妙法蓮華経と唱えたりすることで、いったんはこの「不変真如の理」に帰ることを意図している。

自らの原典を確認したうえで、そこからまた現実に戻ってくる。日常生活に戻って、さまざまな人間関係の中でいろんな判断を問われる場にあって「隨縁真如の智」は発揮されるというのだ。

この「不変真如の智」と「隨縁真如の智」の二面性を踏まえて、ひとまず「 帰命とは南無妙法蓮華経是なり 」と結論される。「帰命」とは、「妙法蓮華経」という不変真如の理に「帰」することであり、「南無妙法蓮華経」という隨縁真如の智に「命(もと)」づくということであるともいえる。従って、「帰命」とは、「帰」すべき対象、「命」づくべきところという意味で、「南無妙法蓮華経」としている。

次に、この「隨縁真如の智」と「不変真如の理」が一体となった時のことが、「 釈に云く、『隨縁不変・一念寂照』と 」と述べられている。ここに「迹に云く」とあるのは、『三大章疏七面相承口結』のことかと思われるが、そこに「隨縁不変・一念寂照」という趣旨のことが書いてある。これは、「不変真如の理」と「隨縁真如の智」があいまって、ピタリと兼ねそなわった時のことを言ったものである。「不変真如の理」に回帰することによって、私たち一念の心はしみじみと静かで落ち着き払った平穏な境地に立ち、それと同時に「隨縁真如の智」によって、心は智慧の光明によって明々と輝きわたるというのである。

「寂」とな、サンスクリット語のシャーンティ( santi )を漢訳したもので、もともと「心の静穏」を意味している。現代語としては、「平和」( peace )という意味で用いられる。一九一三年にアジアで初めてノーベル賞を受賞したインドの詩人、 R ・タゴール(一八六一~一九四一)が創設した大学は、カルカッタのシャーンティ・ニケータンという町にあるが、非常に静かな楽しいところである。この名前にも、「シャーンティ」という言葉が入っていて、その町の名は「平和の宿るところ」という意味である。

あるいは、仏の国土される「寂光土」にも、「寂」という字と、「照」という字が入っている。

こういうことを踏まえると、『妙法蓮華経』に帰命し、境智冥合(主体と客体の融合、一体化)した時には、心が鎮まり、安らかな境地が顕現するであろう。それは、熱狂的な忘我の境地とはまったく逆である。「寂」であるとともに、「照」である。静かで穏やかな境地であるけれど、光り輝くものがある。煩悩や執着心などが鎮まって、智慧が輝いてくる。だから、ものごとを〝ありのままに見る〟( yathabhutam pasyati 、如実知見)ことができる。「寂光土」とは、そのような人たちの住んでいる国土である。

『法華経』は、我々の生命が、瞬間に永遠をはらみ、宇宙大の広がりをもつものであることを、三世十方の諸仏・菩薩をはじめとする十界のあらゆる衆生が列座した虚空会の儀式として抽象的に表現していた。天台大師は、それを一念三千として理論的に体系化し、日蓮は、それを十界曼荼羅として顕して、実践方法を具体化した。だから、『法華経』を読誦すること、あるいは十界曼荼羅に向かって南無妙法蓮華経と唱えることは、霊山虚空会(霊山浄土)、あるいは十界曼荼羅で示された我々の尊く豊かな生命の世界に立ち還るということになる。そこに、静かで安らいだ心が開けるとともに、心が明々と輝いてくる。「静かであるが深い人」といったところであろうか。そういう世界が、この「帰命」によって開かれる、ということであろう。

この「寂照」に類似したサンスリット語のプラサーダ( prasada )がある。これは「浄信」「澄浄」「清浄心」「歓喜心」などと漢訳されたが、「真理に則った信の結果得られる澄み切った晴れやかな心」を意味している。これと正反対の言葉にバクティ( bhakti )がある。これは「我を忘れた熱狂的な信仰」のことである。仏教では、原始仏典でも『法華経』などの大乗仏典でもバクティという言葉は一切用いられることはなかった。それを用いたのは、バラモン教であり、それを融合した真言密教だった。

【日蓮の思想「御義口伝」を読む】植木雅俊/筑摩選書






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Last updated  June 16, 2025 05:18:13 AMコメント(0) | コメントを書く


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