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June 16, 2025
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カテゴリ: 書評

近代天皇制と伝統文化

高木 博志著

文化遺産を投入し、国民意識を形成

東京大学名誉教授  島薗 進 評

本書の冒頭には著者独自の現代天皇制の理解が示されていて刺激的である。平成期から令和への転換期について、著者は「皇室(天皇家)は国民に身近に「寄り添う」ものであるとの発信を、我々は過剰に体験した」という。一方、その後のコロナ禍の時期には天皇の存在は薄かった。国民に平等に作用するパンデミックの恐怖に対して象徴天皇制は無力なようだと推論する。そして、身分制を現代に持ちこんでいる天皇制は、現代的な国民・市民の生活の在りようとそぐわないものがあることに注意を喚起している。

明治以降の近代の過程で、国民を養う文化財や歴史意識の構築が課題となり、そのために多くの資源が投入された。明治維新以後、とりわけ一八九〇年頃から「伝統文化」の振興や文化財の保存、また郷土意義の宣揚が進められていく。当初は皇室儀礼や陵墓などの称揚に力が入れられるが、次第に一方では国家神道や国体論を結びつく側面が強化されていき、他方、仏教や古都の文化や全国の史跡旧跡が天皇や国体と結びつけられつつ資源として尊ばれるようになる。皇室関係の仏教施設と古都京都は、明治後期以降、この意義が強調されるようになるが、それは名教論(道徳教化)的な形で、すなわち国体論や天皇制と結びつく形においてだ。史跡や寺院などをまわる修学旅行において最重要地となる伊勢神宮はそのよい例だ。

桜の植樹を進め、桜が国民の娯楽文化に浸透していき、郷土意義の強化に寄与していくのも明治後期以降の顕著な動向だ。典型的には弘前城だが、植樹がしやすい新たなサクラ、ソメイヨシノがナショナリズムと結びつき愛好される例が全国に見られる。近代前には桜は多くはなかった植民地朝鮮にも植樹は及び、朝鮮には朝鮮の桜があるという認識も広がった。だが、戦後の挑戦韓国では桜への愛好は後退している。

こうした文化財保護には諸学問の関与は大きい。東京帝大の歴史学教授、黒板勝美は文化財保護について海外から学んでくる使命を国から与えられ、ドイツの方式にならって文化財保護の理念的基盤を固めるが、そこでは各経論的な側面が大きな要素を占めている。こうして史実譽神話が重ね合わされる傾向は強固に基礎づけられ、現代においてもそれは廃棄されておらず、国家神道や国体論の持続に貢献している。歴史学的には事実性が否定されているにもかかわらず、大山古墳を「仁徳天皇陵」とよんで世界遺産登録しようとしてきたのはその良い例である。

明治以降、伝統文化や文化財など広い範囲の文化遺産が、政策的に天皇制や国体論、また国家神道と一体のものとして捉えられ、国民意識の形成に寄与してきた。「伝統の創造」の日本版である。敗戦後もそれは解体・再構築されたわけではなく、かなりの程度、持続している。こうしたことを資料を博捜しつつ丁寧に実証しており、日本の「伝統文化」についての反省的理解を助けてくれる。歴史教育やミュージアムやツーリズムについて考え直す素材も豊かに含まれている。

たかぎ・ひろし 1959 年生まれ。京都大学人文科学研究教授。 日本近代史。

【読書】公明新聞 2024.8.12






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Last updated  June 16, 2025 04:50:56 PM コメントを書く
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